2009/07/24

(ぷちSS)「5日目 帰り道の誘惑」(舞阪 美咲)



「よおし、みんなお疲れ~。今日も密度の濃い練習ができました。明日と明後日は土日だ
から休みなんで、また来週からがんばろう。片付けは俺がやっておくから、回復したヤツ
から帰ってくれ。それじゃ、解散!」
 返事はなく、ぜいぜいはあはあという息遣いだけが、そこかしこから聞こえてくる。
 うーん、やっぱり一週間の締めにフルタイム試合はまだ早かったのかな。
 それでも、みんないやがって練習してるわけじゃないし、ケガに気をつけてればきっと
大丈夫だよな。なんせ俺たち、初心者揃いのバスケット部なんだから。
「お疲れ様、雄一。でも、みんなよりは平気そうだね」
「ああ。一応、これでも体力はあるほうなんでね」
 毎日、誰かさんの相手をしていれば、いやでも体力はつくというものである。
 俺は体育用具室からモップを出し、床掃除を始めた。まだ寝そべっているヤツも端まで
ついでに押してやる。
「ちょ、やめろって笹塚」
「遠慮すんなって。今はおとなしくしとけよ」
「おとなしくしてられるか! 床と一緒に掃除されてたまるか!!」
 元気よく立ち上がって、大声で叫んだのは中村だった。
「来週は俺がお前をモップがけしてやるからな。じゃーな!」
 そう言い放って、中村は歩いていった。なんだ、まだまだ元気あるじゃん。
「中村くん、部員の中では一番やせてて体力なさそうだけど、けっこうすごいよね」
「ああ。多分、俺たちじゃなくて部員のみんなも驚いてるんじゃないかな」
 たまたま声をかけてみただけで、まさか参加してくれるとは思ってなかったこともある
が、思わぬ拾いものってやつかな。みんな、中村には負けられんって気持ちがあるから、
練習もダレたりすることがない。いい感じだ。
「俺は残りのモップがけをやるから、悪いけど美咲は開けてあるドアを端っこから閉めて
きてくれないか」
「オッケー。敏腕マネージャーさんにおまかせあれ♪」
 美咲は元気よく走っていく。ほんと、あいつの元気は無限大だな。



 体育館の施錠をして、鍵を職員室に返す。
 職員室には、何人かの先生が仕事をしているようだった。休みとはいえ、先生たちも大
変だなあ。
「おう、笹塚。部活終わったのか」
「あ、平田先生。今、体育館の鍵を帰してきたところです」
「そうか。悪いな~、練習見てやれなくて。七月はいろいろ忙しくてさ、お前たちに任せっ
きりになっちゃうけど、八月になったら時間も取れると思うから」
「ありがとうございます。それじゃあ、俺は帰りますね。お仕事がんばってください」
「おう。そういや、舞阪はどうした、一緒じゃないのか?」
「美咲なら、外で待ってますけど」
「女を待たせるなんて、ひどい男だな」
「先生が話しかけるからじゃないっすか」
 平田先生はニヤリと笑う。
「冗談だ。ちゃんと送ってやるんだぞ。狼には気をつけてな」
「いや、今の日本に狼はいませんし」
「何を言ってる。お前が狼じゃないか」
 ……。先生、それも冗談なんですよね?



「もう~、雄一が遅いからわたしナンパされちゃうところだったよ?」
 平田先生の口撃を乗り越え、職員室を出た俺が美咲のところに行くと、いきなりそんなこ
とを言われた。
「どこの誰だよ、そんな物好きは」
「平田先生」
 ……あの教師、美咲が待っていること、知ってやがったな。
「つーか、平田先生は女だろ。……まさか、先生はレ」
「ぴぴー。不適切な発言禁止。先生はバイなんだよ」
「そっちのほうが不適切だろ?」
 認識の違いなんだろうか。
「ちなみに、それって本当なのか」
「そうなんじゃない? 先生自身が言ってたし」
 限りなく胡散臭いな。
「それで、美咲はなんて言って断ったんだ?」
「……気になるの?」
「そ、そりゃまあな」
 えっへっへ~、と美咲は嬉しそうに笑う。



「雄一がアイスクリームをおごってくれるので、先生にはつきあえませんって言ったんだよ☆」



 そんなこんなで、帰りは商店街に寄って、美咲にアイスクリームをおごらされる羽目になっ
たのだが。
「ああっ、あのカキ氷すごく美味しそう~。ねえねえ雄一、あれどうかな?」
「それじゃ、アイスは無しだな」
「ええっ、そんな~。あっ、あのタコヤキ見てよ。特別タイムサービスで、10個百円だって!」
「アイスより安上がりだな」
「あれは幻の特大コロッケ!! う~、食べたいなあ~」
「お前、俺の話聞いてないよね」
「え? 全部おごってくれるって? もう~、雄一ったら太っ腹なんだから♪」
「言ってない! そんなことひとことも言ってないからっ!」
 あれやこれやと、美咲の目標が移り変わるたびに、俺の財布は軽くなるのだった。 



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