2004/02/19

「あの人への想い」(君が望む永遠)



 今日は朝からいいお天気でした。
 お洗濯をしていると、自然に鼻歌を歌っていました。
 そのことに気づいて、少し自分でも驚きました。



 私、普通に笑えるんだなって。



 朝ご飯を気分よく食べ終えて、時計を見ると出勤10分前。
 たまには早く行くのもいいかも。
 そう考えた私は、戸締りをして部屋を出ました。
 アパートの階段を降りていくと、管理人さんが掃き掃除をしている光景が目に入りまし
た。
 管理人さんは私の足音に気づいたのでしょう。顔を上げると、
「あら、おはようございます。穂村さん」
 と、にっこり笑って挨拶をしてくださいました。
 おはようございます、と反射的に挨拶を返す私。
「今朝はいつもよりも少し早いんですね」
 さっ、さっ、と気持ちのいいリズムで掃除をしながら管理人さんが尋ねてくる。
「はい。いつもより早く準備ができたので、たまには早いのもいいかな、と思いまして」
 答えながら、嬉しそうに話をしている自分に気がついた。



 なんだか、今日は不思議な感じ。



 それでは、と管理人さんに会釈して、私、穂村愛美は勤め先である欅総合病院に向かっ
た。
 いつもより、幾分弾む足取りで。



 病院に着いて、服を着替えるとやっぱり気合が入ります。まだ私は准看護婦なのですが、
患者さんに対する気持ちは先輩にだって負けません。



 今日もがんばろう。



 両手をぐっと握って気合を入れて、私は今日のお仕事を開始しました。
 今日の最初の仕事は洗濯です。山のようにある洗濯物。いつもなら、ちょっと憂鬱な気
分になるのですが、今日はなぜか気分がいいです。



 これもお天気のおかげかな。



 そう思いながら、少しずつ洗濯物を片付けていると、先輩がやってきました。
「おはよぉ~、穂村。今日もいい天気だね~」
 星乃先輩です。先輩はいつもこんな喋り方ですが、決して仕事がいいかげんなわけでは
なく、むしろその技術は見習うべきところばかりです。
「おはようございます。星乃さん」
 星乃先輩に挨拶をして、私は仕事に戻ります。
「今日は洗濯が多いみたいだから手伝いがいるかと思って来たんだけどぉ~、どう?」
「あ、大丈夫です。私ひとりでやれますから」
「そぉ? じゃあよろしく~」
 手をひらひらさせながら、星乃先輩は戻っていきました。



 それから2時間ほど経って、ようやく洗濯が終わりました。
 病院の屋上には真っ白になったシーツが何枚も干してあって、なかなか壮観です。
 心地よい風が吹いています。
 休憩も兼ねて、私はしばらく屋上から景色を眺めていました。
 すると、ガチャッという音がして屋上の扉が開いて、誰かが入ってきました。
 先輩かと思ってドキっとしましたが、違いました。それは私のよく知っている人でした。
「ん?……ああ、穂村さんか。おはよう」
「おはようございます。鳴海さん」
 屋上に来たのは鳴海さんでした。鳴海孝之さん。私にとって、特別な人…。
「香月先生でしたら、こちらにはいらっしゃいませんけど」
「ああ、そうなの?医局にもいないから、てっきり屋上かと思ったよ」
 そう言うと、鳴海さんは屋上のフェンスにもたれかかった。
「ここは気持ちいいなあ。……もう、この景色も見納めかと思うとちょっと寂しくなるな
あ」



 え?



 私が硬直していると、
「遙が今日で退院するんだ。だから、もうこの病院に来る事もなくなると思う」
 と、説明してくれた。
 そうか、涼宮さんが今日で退院するんだ…。
 涼宮さんはずっと前からこの病院に入院している患者さんで、鳴海さんは涼宮さんの彼
氏さん。
 だから、涼宮さんのお見舞いに来るのは当然で、涼宮さんが退院すれば病院に来なくな
るのも当然だった。
「今までいろいろ遙がお世話になりました」
 鳴海さんはぺこりとお辞儀をした。
「いえ、その……私は自分の仕事をしただけですから……」
 私は少しパニックになって、しどろもどろに返答した。
「それじゃあ俺は遙の病室に行ってみます。もし香月先生が来たら、俺が探していたと伝
えてくれませんか」
「あ、はい。わかりました」
 私の返事を聞くと、鳴海さんは行ってしまった。



 鳴海さんともうすぐ会えなくなっちゃうんだ。



 そのことばかりが頭の中で渦を巻いて。
 お昼休みまでの時間はぼーっとしたまま過ごしてしまい、星乃先輩にからかわれるネタ
になったのはまた別の話。



 お昼を過ぎて、やっと休憩時間を取ることができた私は、涼宮さんの病室に行ってみる
ことにしました。
「……失礼します」
 ノックをして部屋に入ると、涼宮さんは不在で、代わりに涼宮さんの妹の茜さんが
部屋の片付けをしていた。
 すでに片付けはほとんど終わっていた。一応、何かお手伝いできることはありませんか?
と、尋ねてみたが、
「もうすぐ終わるから大丈夫です。どうもありがとう」
 という返事が返ってきた。
「あ、姉さんなら今医局にいると思います。多分、香月先生とお話をしているころなんじゃ
ないかな」
 茜さんにお礼を言って、私は病室を出ました。
 私は涼宮さんに用があるのではなく、鳴海さんにもう一度だけお話したいことがあった
のですが、残念ながら休憩時間も終わりに近づいていたので、やむなく仕事に戻りました。



 夕方になり、いよいよ涼宮さんが退院する時がやってきました。
 院長をはじめ、みんなでお見送りです。
 医局からでてきた涼宮さんをみんなで出迎えます。
 その後の香月先生に続いて、鳴海さんが出てきました。



 拍手で出迎えながら、自然に涙が溢れていました。



 まわりを見ると、にっこり笑って見送りをしている人。
 もらい泣きで泣きながら見送りをしている人。
 いろいろな人がいます。
 でも、私の涙はほんの少しだけ、理由が違っていました。



 涼宮さんたちが車に乗り込みました。
 私はこれが最後かもしれないと思い、鳴海さんの姿を一生懸命見つめました。
 鳴海さんは笑っていました。
 その目は涼宮さんに向けられています。
 私はそっと目を閉じると、誰にも聞こえないような小さな声でお別れをしました。



 ありがとう、鳴海さん。
 あなたにもう一度会うことが出来て、本当によかった。



 私は車が見えなくなるまで見送りをしてから、仕事に戻りました。
 空を見上げると、朝と同じくいいお天気。
 風がやさしく吹いていました。
 それは、それぞれの門出を祝福しているようでした。



おわり



あとがき



PCゲーム「君が望む永遠」のSSです。
ヒロインの穂村愛美の聖誕祭用です。
背景は『遙エンド』なので、安心してご覧頂けたのではないでしょうか(笑)。
マナマナにはこういう一面もあるんですよ、ということをみなさんに
知っていただけたら幸いです。
それではまた次の作品で。



��004年2月19日 マナマナのお誕生日♪



2004/02/03

「豆まきなんて大嫌い!」



 今年も2月3日がやってきた。
 今日が何の日かは、ちっちゃい子からお年寄りまで、みんな知ってる。
 そう。節分だ。
 季節の分かれ目、という意味があり、立春、立夏、立秋、立冬の前日のことを示すらし
い。
 だから、1年に4回は節分がやってくるのだが、なぜか2月3日だけが有名になってい
る。
 まあ、そんなことはどうでもいい。
 と言うより、1年に4回もやってこられたら大変なのだ。
 だから、1年に1度の2月3日。
 この日だけを切り抜けることができれば、何の問題も無い。
 無事、切り抜けられればの話だけど。



 時計の針が5時を指した。チャイムが鳴り響く。今日の仕事は終了だ。
 今、うちの会社はちょっとだけ暇になっている。従って、残業をすることはできない。
 普段は残業なんてやりたくはないのに、今日に限っては別だ。
 残業という理由があれば納得してくれるのだろうが、なかなか世の中はうまくいかない
ものらしい。
 無駄に会社で時間をつぶすことすらできないので、あきらめて帰り支度をする。
「よう、福野。今日はこれからどうするんだ?」
 同僚の桜餅が話し掛けてきた。
 もちろんあだ名だ。いつも血色の良い桜色の頬と、もちもちとした身体。
 なにぶんストレートなあだ名だが、命名したのはヤツの彼女なので桜餅も文句が言えな
いらしい。
「どうって……家に帰るんだが」
「なんだ。何か用事でもあるのか」
「あると言えばあるし、無いと言えば無い」
「なんだかよくわからんが……。まあいい。ちまきがこれから飲みに行こうって言うんだ。
お前も来いよ」
 ちまきというのは桜餅の彼女のことだ。ちなみに本名だ。ふたりが結婚して子供が生ま
れたら、男だったら大福、女の子だったら苺大福という名前にするのかと、酒の席で言っ
た事がある。
 もちろん、そのときはちまきにしこたま殴られたけど。
 ……酒を飲むのは控えようと思った。
「悪いけど、今日は帰ることにするよ」
「そうか。じゃあまた今度な」
 ヤツは残念そうな素振りも見せず、さっさと行ってしまった。
「……帰るか」
 ボソリと呟くと、僕はカバンを持って会社を出た。
 電車を乗り継いで自宅に最寄の駅に着く。
 その瞬間、空気が張り詰めた!
 嫌が応にも緊張が高まる。
 僕は注意深くあたりをきょろきょろと見回しながら、改札を抜け、駅を出る。
 まわりに人影は、ない。
 緊張感を纏ったまま、家へ向かって歩き始める。
 コツコツと僕の靴の音だけが響く。しばらく歩いていたが何のアクションもない。
 ちょうど駅と家の中間まで来た頃、街灯の下に1匹のネコがうずくまっていた。
 黒と白が仲良く混ざり合った灰色のネコ。うちのネコ、カーラだ。
「何やってんだ、こんなところで」
 そう言って、カバンを置いてカーラを抱きあげる。カーラがにゃおんと鳴き声をあげた
その時、
「もらった!」
 と言う声が聞こえると同時に、無数の何かが僕(とカーラ)に向かって撃ちこまれた!
 とっさにカーラを抱えたままその場から飛びのく。
 あの声は……一姫だ。
「いつきのバカ! 早いんだよ!!」
「うるさいわね! そんなこと言ってる間に攻撃しなさいよ、ニタロー!!」
 僕を間に挟んで、あっちとこっちで会話が繰り広げられる。
 一姫と二太郎の声の聞こえてきた方角から最も離れた方向へと僕は走り出す。
 その直後、ビシビシビシッッッと地面に何かが叩きつけられる音。間一髪。



 その後は2人の散発的な攻撃をなんとか潜りぬけ、なんとか家まで辿り着いた。
 玄関の扉を開けると、愛する妻の美沙希が出向かえてくれた。
「おかえり神弥。その様子からすると、今年は無事に逃げ切ったみたいね」
「かろうじて、だけどね」
 息をはずませながら答える。後ろを振り向くと、一姫と二太郎が残念そうにうつむいて
いる。
「じゃあ、あんたたち。これはあずからせてもらうわよ」
 そう言うと、美沙希はふところから一姫と二太郎のお年玉を取り出し、中身を半分ずつ
抜き取ると、ふたりに手渡した。
 くやしそうにお年玉を受け取る一姫と二太郎。
 我が家では、節分の日の鬼ごっこは恒例の行事になっている。
 子供たちが勝てば、お年玉は2倍。(ただし、その分は僕が出さなければならない)
 僕が勝てば、お年玉は半額。(半額は美沙希の元へ。貯金しているらしいが、真実は闇
の中)
「「お父さんのバカー!」」
 2人仲良く叫ぶと、一姫と二太郎は家に飛び込んでいった。
 なんで僕が悪者なんだ……。名前だけ見ればとってもえらいのに。
 福野神弥。ふくのかみなんだけどなあ……。
 そう言えば、桜餅のやつが言ってたな。ちまきの『き』は鬼の『き』だって。
 という事は美沙希の『き』は……。
「神弥~。今夜はいっぱいサービスしてあげるからね~」
 デカイ声でそう言うと、美沙希は家に入っていった。
 ……ご近所中にまる聞こえなんですけど。
 やれやれと思いながら、家に入ろうとして気がついた。
「カバン、忘れてきた」
 その頃。街灯の下に置き去りにされていたカバンは、豆まみれになっていた。
 トホホ……。



おわり。



あとがき





突発的に書きたい衝動が湧きあがったので、書いてしまいました(笑)。
思い着くままにつらつらと文章を書き連ねるのも楽しいですね。
それではまた。



��004年2月3日 たいしておいしくない豆だけど、気づけばたくさん食べている日



あとがきのついき



今回は、まずタイトルを考えてから、それから本文を書き始めました。
書き終わってから、妙にガキっぽいタイトルだなーと(汗)。
主人公は妻子ある男なのに……。
何も考えずに書くのも良し悪しですね。
執筆時間は1時間30分ほどだったので、いいペースで書けたんですけどね。
オチも5分ぐらい考えたものですし。
それではまた次の作品で。



��004年2月7日 少しくもってて寒い日