2009/07/31

(ぷちSS)「12日目 夏の夜はやっぱり」(舞阪 美咲)



「あ、美咲ちゃん、雄一君~こっちこっち」
「ごめんね、香奈ちゃん。ちょっと遅れちゃった。……弘明くんに襲われなかった?」
「え……、そ、そんなわけないじゃない」
「と、グッさんは言ってるが、お前に脅されている可能性もあるよな。さあ、真相はどう
なんだ、弘明よ」
「時々お前は俺の親友なのかと疑いたくなるな、雄一。お前こそ、遅くなった理由は舞阪
といちゃいちゃしていたからじゃないのか?」
「な……、そ、そんなわけないに決まってる」
「って、雄一君は言ってるけど、真相はどうなの、美咲ちゃん?」



「真相はね、わたしが雄一を襲ってました☆」



 いつもながらどうでもいいやり取りだが、いつもとちょっとだけ違うところは、今が夜
の八時をまわった時間であること、場所が学校のグラウンドであるということ、そして、
各人の手には花火セットがあることだった。



 七月もいよいよ最終日。夏休みもあっというまに四分の一ほどが過ぎた。部活やら宿題
やら順調にこなしてはいるが、あまりみんなで遊んでいないということで、夏なんだから
花火をしようということになったのだ。
 河原まで行ってもよかったんだが、うっかり川に落ちでもしたら大変なので、無難なと
ころで学校のグラウンドを会場にした。
 昼間は部活でにぎやかなグラウンドも、夜になると静かなもんだ。
 だが、そんな静かな空間も美咲が花火に火をつけた瞬間、華やかな空間へと変化した。
「やっぱり夏はドラゴンだねえ~」
 こいつは何を言ってるんだろう、という無粋なツッコミはなしだ。というか、この状況
で『ドラゴン』が何を意味しているかわからない人は、花火で遊んだことがない人だけだ
と思うんだがどうだろう。
 美咲が据え置きの(という表現でいいのか?)花火をメインにやっている横で、弘明は
どこから集めてきたのか、ビールびんを束にして、ロケット花火を大量に発射している。
かと思えば、グッさんはひとり静かにあの『にょろにょろ』を楽しそうに眺めていた。
 なんだ、このカオスな空間は。
「ほらほら、雄一も早くしないと。花火なくなっちゃうよ?」
「お、おう」
 俺は袋の中に手をつっこんで、適当に取り出してみた。
「えーと、ねずみ花火と……なんだこりゃ?」
「雄一、考えるな、火をつけろ、だよ♪」
 なんて物騒なやつだ。
 ともあれ、俺は火をつけてみた。まずはねずみ花火に火をつけて、弘明の足元に放り投
げた。
「お、甘いぞ雄一。これぐらいでこの俺を倒そうとは三日早いぜ!」
 すぐに追いつけそうだ。俺は次に謎の花火に火をつけて、さらに弘明の足元に投げてみ
た。
「うおおっ! な、なんだこれ? ねずみ花火に自動的に向かっていくぞ?」
「ねこ花火、か?」
 そんなもんがあるのかは知らないが、すごい勢いでねずみ花火を駆逐していった。そし
て、ねずみ花火を駆逐した後は、弘明に向かっていった。
「うわあー!!」
 弘明のまわりをぐるぐるとまわって、ねこ花火は四散した。後には、弘明だったものが
横たわっていた。



「イタタ、なんだったんだ、あの花火は」
「ご、ごめんね弘明くん。かわいいカタチの花火だったから、買ってみたんだけど」
「いやいや、グッさんのせいじゃないから気にしないでくれ」
 いや、悪意はないが、どう見ても犯人はグッさんなんだが。
「それじゃ、残りはまた今度って事で、最後に線香花火をしようよ♪」
「そ、そうだな」
 花火はまだたくさん残っているが、これ以上犠牲者を出すわけにはいかないしな。



 ぱちぱちと静かに燃え続ける花火を見つめながら、みんなの顔をそっと見る。
 みんな、一生懸命に自分の花火を見つめている。
 やがて、ぽとり、ぽとりと落ちていって、最後までがんばっていたのは美咲だった。
「えへへ~、最後まで残ったんだから、わたしが王様だよね♪ それじゃあ、帰りは雄一
がわたしをおんぶして帰る事」
 ちょっと待て、いつからこれは王様ゲームになったんだ。
「おめでとう、美咲ちゃん。雄一君、しっかりね」
「がんばれよ、雄一」
 ……あー、もう。
 結局、俺は美咲をおんぶして帰る事になった。
 夏の夜に、ポニーテールが気持ち良さそうにはずんでいた。



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