2003/12/14

「(第1回 夜空に星が瞬くように、いつも通りの大空寺)」(君が望む永遠)



 カチっコチっと、壁にかけられた時計から秒針が動いている音だけが聞こえる。
 いつもは気にも止めない秒針の音が、今日はなぜ聞こえるのだろうか。
 それはこの空間が、普段からは考えられないほどの静寂に包まれているからに他ならな
い。
 いつの間にか口中に唾が溜まっていた。ゴクリ、と溜まった唾を飲み込む音がやけに大
きく聞こえたような気がした。
「孝之さん……」
 隣にいる女の子が俺の名前を呼んだ。



 俺の名前は鳴海孝之。2年前から、この『すかいてんぷる』橘町店でアルバイトをして
いる。店長もいい人だし、まかないも付いているので、一人暮らしの俺にとっては申し分
ない職場だ。ただ、野獣の世話をしなければならないというのが頭痛のタネではあるが。
 隣の女の子は玉野まゆさん。おなじく『すかいてんぷる』でアルバイトをしている。彼
女はまだ新人さんと言ってもいいぐらいなので、一応は彼女の指導役を俺がやっていたり
する。
 玉野さんはちょっとだけおっちょこちょいだが、いつも明るく素直で前向きな性格をし
ている。こんな子が妹だったら楽しいのかもな。



「何? 玉野さん」
「………………」
 話し掛けてきたのは玉野さんだが、何も言わずに沈黙している。
 おしゃべりというわけではないがおとなしい子でもないので、普段の玉野さんらしくな
い。不思議に思った俺は質問してみることにした。
「あのさ、玉野さん。今日ってなんの日だっけ?」
「…………?」
 俺の言葉の意味がわからなかったのか、玉野さんは首を傾げている。
「ほら、今日の店の雰囲気ってさ、いつもと違うじゃない。何かあるのかなーと思ってさ。
あ、もしかして本社のほうから誰か視察に来たりするの?」
「いえ、そんな予定はないでござるよ」
 いや、ござるよって言われてもね。
「……知りたいですか」
 突然、背中から声をかけられたのでびっくりして振り向くと、そこにいたのは店長だっ
た。
 何の気配も感じなかったが、いつの間に……。さすがは店長といったところか。いや、
すでに俺の思考もよくわからんが。
 とにかく、心中の動揺はさておくことにする。
「店長は知ってるんですか? この店のいつもとは違う雰囲気の理由を」
「ええ、もちろんです。店長ですから」
 店長はにこりと笑ってそう言った。
「あれは…そうですね、4日前のことです。ちょうど鳴海君はお休みの日でしたね。時刻
は夕方の4時ぐらいでした。4人組の学生のお客さんがいらっしゃいました……」
 それから店長はたっぷり時間をかけて話してくれた。その内容をかいつまんで説明する
と。



 4人組のお客さんが来て、その応対を玉野さんがしたらしい。そして、オーダーを運ん
だのは大空寺だった。ここまではごく普通の話だ。問題は、大空寺がオーダーを運んだ、
ということだ。まあ、普段でも何もないところからトラブルの種を植え付けるやつなのだ
が、今回はいつもと違ったようだ。……より悪い方向に。
 その4人組のお客さんのひとりと口論となったらしい。遠くから見ていた玉野さんの証
言では
「何やら顔見知りの方のようでございました~」
ということらしい。
 大空寺の顔見知りというのも気にはなるが、とにかくその口論は収まるところを知らな
い勢いだったそうだ。もちろん大空寺が引き下がるわけはなく、相手も一歩も引かなかっ
たようで、後日あらためて決着をつけよう、という形でその場はなんとか収まったようだ。



「私も詳しい事はわからないのですが、今日起こる出来事については黙認して欲しい、と
いう上層部からの指令も出ていますので……」
 店長がいつもと変わらない表情でそう呟いた。
 上層部? いったい何がどうなっているんだ……。
 結局、大空寺以外に誰もこれから何が起こるかわからないという事らしい。いや、大空
寺とその相手以外、か。
 大空寺本人に聞いてもきっと答えてはくれないだろう。
 あいつは今、店の奥のスタッフルームを締め切って、何やらやっているようだ。近寄ろ
うとすると、部屋の前に立っている秘書らしきお姉さんからの無言の圧力による攻撃が待っ
ている。
 まったく困ったもんだ。
 そう思った俺は大空寺のことはあきらめて、別の質問をしてみることにした。
「そう言えば、玉野さんはその時いたんだよね。相手ってどんな人だったの? 店長の話
では4人組の学生だったようだけど」
 玉野さんは人差し指を額に当てて、その時の記憶を振り絞りながら答えてくれた。
「えーと、確か男の方がふたりに女の方がふたりでした。みなさん制服を着てらっしゃい
ましたから、学校の帰りだったんでしょうね~」
「制服……どこの学校の制服だかわかる?」
「あれは…んーと名前は思い出せないのですが、柊町にある坂を登ったところにある学校
だと思います」
「……白陵、柊…………」
「え、孝之さんもしかしてご存知なのですか?」



 たぶんそれは白陵大付属柊学園。俺の通っていた学園だ。
 丘の上にある白陵柊に通うのは毎日大変だったが、それももう昔のこと。あれからすで
に3年の月日が経っている。
 3年なんて言うと長く感じられるような気もするが、過ぎ去ってしまえばほんの一瞬の
出来事だったような気がする。それでいていろんな想い出がつまっていたりもする。
 3年前のあの夏の2ヶ月間。俺にとっては何よりも大切なものを手に入れたときであり、
そしてそれをなくした時でもあった……。



「孝之さん? 孝之さん!」
 ふと気づくと、目の前には俺のそでをぐいぐい引っ張っている玉野さんの顔があった。
ちょっと怒っているみたいだ。
「どうしたの? 玉野さん」
「どうしたの? じゃありません。さっきからお呼びしてるのにどうして気づいてくれな
いんですか」
「ああ……ごめん。ちょっと昔のことを思い出してた」
「? 昔のことってなんですか」
 興味深そうに俺をみつめる玉野さんには悪いが、余計な詮索をされないためにも話題を
変えよう。
「ああーそろそろ開店の時間じゃないかなあー。店長、入り口の準備をしてきます」
 店長にそう告げて、逃げるようにフロントに出てきた。いささかわざとらしすぎただろ
うか。
 幸い、玉野さんはついて来ないようなので、俺はそのまま開店準備のために店の出入り
口へと向かった。
 ドアを開けようと取っ手に手をかけようとしたら、ドアが急に開いた。とっさのことに
身体が対応できずに、情けない話だが俺は見事に転んでしまった。
「あいててて……」
「すまない、大丈夫か」
 そう言って俺に手を差し伸べてくる人影があった。
 それは、白陵柊の制服に身を包んだ、ポニーテールの良く似合う少女だった……。



続く(え~)



なお、当たり前のことですが、このお話はもちろんフィクションで、
実在の団体や「君が望む永遠」本編とはまったく関係ありません。
……多分。おそらく。



あとがき



PCゲーム「君が望む永遠」のSSです。
大空寺あゆの聖誕祭記念です。
まー、いろいろありまして、続きます(笑)。
って、あゆ様出てないな(汗)



��003年12月14日 大空寺あゆ様のお誕生日