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2012/09/11

(ぷちSS)「2文字でよろしく」

「ほか~」
「おう」
「ほか♪」
「ほか?」
「うん♪」
「ほか」
「スキ!」
「ほか?」
「ほか!」
「ホか?」
「ホカ?」
「花咲くいろはを見りゃわかる」

ちゃんちゃん♪

わからない人用に通訳バージョンをどうぞ。

2011/03/03

(ぷちSS)「かなでとはるなのひなまつり」(FORTUNE ARTERIAL)



「おっはよー、ひなちゃん!」
「おはよう、お姉ちゃん、って、えええ?」
「どうかな、ひなちゃん」
「そのカッコ、お内裏様?」
「そだよー。で、ひなちゃんにはこっち♪」
「えっと、お雛様、だよね、これ」
「さあ、早く着替えて、ひなまつりしよう!」
「まずは、制服に着替えて登校でしょ」



「今日は寒いね、ひなちゃん」
「そうだね。お姉ちゃん、手は冷たくない?」
「大丈夫だよ。ありがとー、ひなちゃん♪」
「そっか、寒かったら手を繋ごうかと思ったのに」
「寒いです!」
「もう、しょうがないなあ。はい、これでいい?」
「あったかいね〜♪」



「やっほー、ひなちゃん♪」
「あ、お姉ちゃん。もう帰り?」
「ううん、ひなちゃんを待ってるから、もう少しかな」
「それならもうすぐだよ。後は掃除道具を片付けるだけだから」
「それじゃあ、ぱぱっと片付けちゃおう♪」
「ありがとう、お姉ちゃん♪」



「ねえ、ひなちゃん、ひとつお願いがあるんだけど」
「わかってるよ。お雛様、だよね」
「さっすがひなちゃん!」
「だって、お姉ちゃん、もう着替えてるんだもん」
「あっはっは、どうかな、ひなちゃん?」
「よく似合ってるよ、お姉ちゃん」
「ありがとー。ひなちゃんもよく似合ってるよ♪」
「まだ着替えてないんだけど」



ちゃんちゃん♪



2011/01/31

「ぬくもりをそえて」(夜明け前より瑠璃色な)(エステル・フリージア)



「達哉、ひとつお願いがあるのですが」
 俺の隣を歩いている白い物体が話しかけてきた。
「なんですか、雪だるまさん」
 ピコン☆
「誰が雪だるまさんですか」
「だって、そんなに着込んでいるから、遠目から見たら雪だるまにしか見えませんって」
 俺の隣を歩いているのは、月から来た月人、司祭のエステルさんだった。
 ちなみにさっきの音は、エステルさんの天罰である。
「仕方がないではないですか、月人は寒さに慣れていないのですから」
 少し頬を膨らませながら文句を言うエステルさん。
「それで、お願いってなんですか?」
「はい。地球の気象管制システムが故障していると思うので、連絡を取っていただきた
いと思いまして」
 ……、えーと。
「いいですか、エステルさん」
 俺はあくまでも丁寧に。
「地球には、そんなシステムはありませんよ?」
「また、ご冗談を」
 ピコン☆



 数分後、がっくりとうな垂れている雪だるまさん、もとい、エステルさんの姿があった。
「どうして、地球の方々はこんな環境で平気でいるのでしょうか」
「平気というわけではないんですけど……」
 俺は近くの自動販売機であたたかい紅茶を買うと、エステルさんに渡した。
「ありがとうございます。……あたたかいですね」
 嬉しそうに微笑むエステルさん。
「地球人だって寒いです。そりゃあ、夏は涼しくて冬はあたたかい環境なら、とても過ご
しやすいなら、そのほうが嬉しいかもしれません」
 俺はもうひとつ紅茶を買って、今度は自分の手をあたためる。
「でも、こうやってあったまることもできます。夏だって、冷たいアイスクリームを食べ
れば涼しくなれます。要は、気持ちの持ち方ですよ」
 実際のところ、月は管制システムがないと人々が暮らすことさえままならないから、エ
ステルさんたち月人が、地球の気候に対して不満を持つのもわからないわけではない。
「気持ちの持ち方、ですか」
 紅茶を口に含みながら、エステルさんは俺の言葉を反芻するように呟く。
「そうです。環境の変化が少ない月が悪いとは思いません。でも、地球だって悪いところ
ばかりではないと思いませんか?」
 俺はエステルさんを見つめた。
「そうですね。……貴方のような人もいるのですから♪」



「それでは、そろそろ行きましょう。あまり遅くなると、麻衣があることないこと言いふ
らしそうです」
「いいではありませんか。麻衣はとても可愛い妹だと思いますよ?」
 俺とエステルさんは並んで歩く。
「兄をからかう妹は、あまり可愛くありません」
「それでは、あることだけ言いふらしてもらいましょうか」
 そう言うと、エステルさんは俺の手をそっと握ってきた。
「これは、あたたまるための手段です。……そう思えば、麻衣も納得してくれるとは思い
ませんか」
「……こういうのは、逆効果な気もしますが」
 と思ったけれど、朝霧家に到着するまで、ふたりのぬくもりが離れることはなかった。



おわり



2010/11/27

(ぷちSS)「ゼンマイはお好き?」(FORTUNE ARTERIAL)



「こーへーは、ゼンマイ好き?」
 いつものお茶会ではなく、今日はお鍋会にしようという悠木かなでの横暴……ではなく
要望により、お鍋会となった支倉孝平の部屋。
 かなでは鍋の様子を見ながら、唐突に孝平に問いかけた。
「ゼンマイですか? ええ、好きですよ。仕事柄、いろんな学校を渡り歩いてきましたか
らね。俺に好き嫌いはありません」
「仕事柄って、支倉くんは学生でしょ」
 呆れた、と言わんばかりにツッコミを入れる千堂瑛里華。
「えーと、学生兼、渡り鳥ってところかな」
「わあ、素敵ですね」
 東儀白は尊敬のまなざしで孝平を見つめた。
「……貴方、いつも焼きそばの紅しょうがを抜いているのではないかしら」
「あれは食い物じゃない」
 紅瀬桐葉の指摘に、キッパリと答える孝平だった。



「ほほう、こーへーはゼンマイが好き、と。よかったね、ひなちゃん♪」
「うん、もうすぐお鍋できそうだもんね、お姉ちゃん」
 かなでの言葉に、お鍋をかき混ぜながら答える悠木陽菜は、いつも笑顔だ。
「やったー! って、それも嬉しいけど、そう言うことじゃなくて、こーへーはひなちゃ
んのことが好きだってこと!!」
「……ええっ?」
「ちょ、ちょっとかなでさん、いきなり何を言い出すんですか」
 面食らっている陽菜に、孝平の言葉が重なった。
「だって、こーへーは全妹が好きなんでしょ。おねーちゃんとしては残念だけど、ひなちゃ
んの幸せを考えれば、わたしはいさぎよく身を引くよ……」
「お姉ちゃん……」
 顔を伏せて、肩を震わせるかなでを見て、陽菜は寂しそうな表情だ。
「思いっきり、ウソ泣きッスけど」
 それまで黙って見ていた八幡平司がつぶやいた。
「ちょっと、なんてこというのさ、へーじ!」
 反論するかなでの手には、隠し持っていた目薬があった。



「まったくもう、かなでさんは。第一、妹は陽菜だけじゃないでしょうに」
「……も、もしかして、わ、私もなの?」
「わわわ、わたしは兄さまの妹ですから、ということは妹であるわけでして、わわわ」
 なぜか、瑛里華と白までもが顔を赤くしていた。
「きりきり! わたしたちおねーちゃんずは、こーへーの対象外なんだよっ」
「……そのようね。私は姉ではないけれど」
 面倒くさそうに相槌を打つ桐葉。
「待ってくださいって! 俺は……」
 孝平の言葉を遮るように、司がぼそりとつぶやいた。
「てことは、俺の双子の妹も対象内ってことか」
「いいかげんにしてくれーーーー!!!」
 寮内に、孝平の絶叫が響き渡った。



 その後、飛び込んできたシスター天池に延々と説教された孝平は、紅しょうが以外にキ
ライな食べ物がひとつ増えた。



2010/04/14

(ぷちSS)「春のひなたの眠り姫」(舞阪 美咲)



 春休みも間近に迫った、三月のある日。
 半日授業を終えた俺は、いったん家に帰って着替えるとすぐに家を出た。
「あら、雄くん。こんにちは♪」
 いつもにこにこ麻美さんが俺を出迎えてくれた。そう、俺の目的地は舞阪家、正確に言
うなら美咲の部屋である。
「こんにちは、麻美さん。美咲、帰ってますよね?」
「ええ。三十分くらい前に帰ってきたわね。雄くんは今日は掃除当番だったの?」
「はい。それに平田先生に荷物運びを手伝わされてしまったせいで遅くなりました」
 部活に関係のある物なら納得もするが、運ばされた荷物は先生の私物だった。
「それだけ気に入られてるのよ。そう思ったほうが嬉しいでしょう?」
「それはまあ、そうなんですが」
 麻美さんに言われると、そんな気がしてくるから不思議だった。
「それじゃ、美咲の部屋に行きますね」
 そう言って上がらせてもらおうとした俺に、
「美咲ちゃんなら、お部屋にはいないわよ」
 と麻美さんが言った。
 え、と……美咲は帰ってきてるんだよな?
「どこか出かけたんですか?」
 わざわざ俺を呼びつけておいて出かけるとは。
「いいえ。そうじゃないわよ?」
「……?」
「お茶をいれてあげるわ。居間で待っていてね♪」
 麻美さんは怪訝そうな表情の俺に微笑みかけると、台所に入っていった。



 うーん、よくわからないが、とりあえず居間に行っておくか。
 そう思った俺は、脱いだ靴を整えてから舞阪家の居間にお邪魔することにした。
 ふすまを開けると、心地よいあたたかさ。暖房はないが、太陽のあたたかさだけで十分
すぎるほどあったかい。
「もう春なんだなあ……」
 そんなひとりごとを呟いて、俺は座布団に座る。
 すると、見慣れたポニーテールが視界に映った。
「ん? ……ここにいたのか」
 居間の反対側の障子を開けると、そこは縁側になっている。ガラス戸が閉められている
ので、ビニールハウスの中を想像してもらえば、そのあたたかさもわかってもらえるだろ
うか。
 そこに座布団を並べて、美咲が昼寝をしていた。
 居間に入った時に気づかなかったのは、障子がほんの少ししか開いていなかったから。
 俺が座った位置に来ると、かすかに縁側が見えるのだ。
 きっと、麻美さんの仕業だ。
 だって、俺がここに座ることを知っているのは、美咲を除けば今は麻美さんしかいない
のだから。



 美咲はというと、気持ち良さそうに眠っていた。
 人を呼びつけておいて何眠ってやがる、と思わないでもなかったが、その寝顔があまり
にも気持ち良さそうだったので、何も言わずにおいた。
「おまたせ、雄くん。美咲ちゃんは見つかったかしら♪」
 お茶の用意をした麻美さんが、楽しそうに言う。
「いいえ。俺が見つけたのは、春のひなたの眠り姫だけですよ」
 そう言うと、麻美さんはますます嬉しそうに微笑んだ。
 まあ、もう少しぐらいは寝かせておいてやってもいいかな。



2010/02/19

(ぷちSS)「モーニング・コール」(FORTUNE ARTERIAL)(東儀 白)



 漂っているのは夢の中。
 東儀白は自分が夢を見ていると自覚しながら、まだ起きませんようにと願っていたが、
その思いに反するようにやがて周囲が白くなっていった。
 目を開けた白は、小さく溜息をついた。
 しょんぼりしながら枕元に置いておいた携帯電話を手に取ると、その途端に呼び出し音
が鳴り始めた。
「わぁっ」
 びっくりした白は持っていた携帯電話を落としてしまった。
 あわてて拾うと、電話機のボタンを押した。
「おはよう、白ちゃん」
 聞こえてきたのは、やさしい声。
「おはようございます。支倉先輩」
 そう答えた後で、白は小さなくしゃみをした。



「あはは、そういうことか」
「はい……、支倉先輩の電話の前に起きてしまいました」
 今日は二月十九日。白の誕生日だ。
 昨日の別れ際に孝平が、
「誕生日プレゼントのひとつとして、白ちゃんにモーニング・コールしてあげるよ」
 と言ってくれたのが白は嬉しかった。
 だけど、嬉しすぎてゆうべはすぐに寝付けなくて、おまけに今朝はいつもよりも早く目
が覚めてしまったのだ。
「うーん、内緒にしておいたほうがよかったかな。いきなり白ちゃんに電話したらいけな
いと思って」
「そんなことありません。支倉先輩は悪くないですから」
 いつもやさしい孝平には、なるべく甘えないようにしている。
「ところで白ちゃん、さっきくしゃみしてたけど」
「す、すみません。お恥ずかしいです……」
「いや、別に気にしなくても。可愛かったし」
「は、支倉先輩!」
「ごめんごめん。でも、パジャマのままじゃ寒いから、エアコンを入れるかベッドに戻っ
たほうがいいよ。今日はこの冬一番の寒さらしいし」
 どおりで寒いわけだ。
「……あ」
「どうしたの?」
「いえ、雪丸は大丈夫かなと思いまして」
 雪丸とは、白が学院の礼拝堂で世話をしているうさぎのことだ。
「……あの、支倉先輩。わたし、これから雪丸のところに行ってみます」
「うん、わかった。俺もつきあう」
「え?」
「十分後に寮の玄関で待ち合わせしよう。それでいいかな?」
「は、はい! ……ありがとう、ございます」
「それじゃ、またあとで」
 孝平の声がやさしくて、孝平の言葉がうれしくて。
 白は目覚めた時のしょんぼりした気持ちから、すっかり上機嫌になっていた。



 孝平と合流して寮を出ると、いつもよりもかなり冷たい空気を感じた。
「寒くない? 白ちゃん」
「は、はい。ちょっと寒いですけど、だいじょうぶです」
 やせがまんしてそう答える白。
「そっか、俺は大丈夫じゃないんだ」
 と言って、孝平は白の手を握った。
「うん、あったかくなった」
「支倉先輩……」
「さあ、行こうか」
「はい♪」



 手を繋いで歩いていくと、昨日降った雨のせいだろうか、そこら中に水たまりが出来て
いる。
「あ、氷が張ってます」
「本当だ。やっぱりこれだけ寒い朝だから、凍るよなあ……」
 水たまりを避けながら、ふたりは礼拝堂へと向かう。



 礼拝堂に到着すると、ちょうど入り口のところにシスター天池が立っているのが見えた。
「シスター、おはようございます」
「あら東儀さん、支倉君も、おはようございます」
「おはようございます。あれ、シスターが抱えているのって、雪丸ですか?」
 見ると、シスターが大切に雪丸を胸に抱えていた。
「ええ。今朝は寒いでしょう。兎小屋ではかわいそうだから、中に入れてあげようと思って」
「そうでしたか。よかったですね、雪丸」
 白が雪丸の頭を撫でると、雪丸は気持ち良さそうに鳴き声をあげた。
「おふたりもいらっしゃい。まだ時間はありますから、あったかいお茶でもいかがですか」
 孝平と白は顔を見合わせて微笑むと、
「はい」
 と声をそろえるのだった。



2010/02/14

(ぷちSS)「とある兄妹の聖貯古日(バレンタイン)」(FORTUNE ARTERIAL)



 二月の半ばの、とある日曜日。
 今日は臨時の仕事が入ったので、休みであるのにも関わらず、生徒会の面々は学院まで
出てきて、それぞれ仕事を進めている。
「あ~、せっかくの日曜なのに、俺たちまで出勤とはね~」
「仕方あるまい。今日は支倉が用事で不在なのだから」
 書類をめくりながらぼやく伊織に、征一郎が答える。いつもの光景だ。
「そりゃ俺だって知ってるよ。まったく支倉君にも困ったもんだねえ。今日はせっかくの
バレンタインだってのに」
 伊織の言葉に、ぴくりとわずかに反応する征一郎。
「おや、どうしたんだい、征」
「……いや、なんでもない」
 そんな征一郎の様子を見て、伊織はにやにやと笑う。
「なんでもなくはないだろう。……やっぱり、気になるのはあれかな?」
 伊織が指差す方向には、給湯室があった。



 そろそろお茶にしましょうか、と瑛里華が言い、それではお茶の準備をいたしますねと
白が答える。それがいつもの光景だったが、今日は少し違っていた。
「ねえ白、きょ、今日は私も手伝うわ」
「え? ……あ、そうですね。わかりました」
 という言葉を残して、ふたりが給湯室に入っていったのが、今から10分ほど前のことだっ
たのだ。
「心配なんてしなくても、白ちゃんなら征にくれるんじゃないか?」
「……何の話だ」
「おいおい、それを言うのは野暮ってもんだろう」
 伊織のにやにやは、瑛里華と白が給湯室から出てくるまで続いた。



「お待たせしました~♪」
「遅くなって申し訳ありません」
 瑛里華と白が上機嫌で出てくると、それぞれ飲み物を配ってまわった。
「はい、兄さん」
「おう、サンキュー、瑛里華」
「兄さま、どうぞ」
「……ああ」
 全員分の飲み物を配り終えても、瑛里華と白は立ったままだ。
「え~、コホン。兄さん、征一郎さん。いつもありがとう。そして、今日もありがとう。
これは、私たちからの気持ちです♪」
「いつもお世話になっているおふたりに、私たちからのささやかな贈り物です。受け取っ
ていただけるとうれしいです」
 と言って、瑛里華は伊織に、白は征一郎にきれいにラッピングされたハート形のものを
差し出した。



「え、瑛里華が俺にっ!?」
 伊織は大げさにのけぞった。
「そうだけど、なんでそんなに驚いてるのよ……」
「だってー、えりりんが俺にくれるものっていったら、拳骨とか天罰ばっかりだし」
「それは、兄さんが悪いからでしょ! ……ったくもう、まあ今日は大目に見てあげるわ」
 瑛里華は少し顔を赤くすると、伊織の手にそれを握らせた。
「……ありがとうな、瑛里華」
「べっ、べつに兄さんが好きってわけじゃないんだからね」
「いや、俺は瑛里華がいいなら、いつでもオッケーだ!」
「私がイ・ヤ・で・す」
 という、いつもどおりの千堂兄妹だった。



「白、俺は……」
「はい。兄さまがあまり甘いものが好きではないのは知っています。ですので、甘さを控
えたチョコレートをご用意いたしました」
「そ、そうか……。それでは、いただくとしよう」
 征一郎は、動揺しながらも白の手から受け取った。
「はい♪」
 それを見て、嬉しそうに微笑む白。微笑を浮かべる征一郎。
 少しだけ、いつもと違う東儀兄妹だった。



 翌日。
 白からのチョコレートを征一郎が受け取ったという話をどこからか聞きつけた女生徒た
ちが、征一郎の元へたくさん押し寄せ、その対処に征一郎は苦労させられることになるの
だが、それはまた別のお話。



2010/02/01

「とびきりの天罰」(夜明け前より瑠璃色な)(エステル・フリージア)



 眠れない夜を過ごして、二月一日になった。
 ようやく峠は越えたのだろう、さきほどから聞こえている寝息もずいぶんおだやかだ。
 達哉はなるべく音を立てないように扉を閉めると、安堵の溜息をそっとついた。
「お疲れ様、達哉くん」
 リビングに入ると、さやかがお茶を出してくれた。
「ありがとう、姉さん。……う、苦い」
「そうかしら? とっても美味しいのに、この特濃緑茶」
 さやかが愛飲している特濃緑茶だった。
「身体にもとってもいいのよ。疲労回復、眠気ぱっちり、筋肉隆々」
「まあ、姉さんを見ていれば、それはわかるけどさ」
「失礼ね、私は筋肉隆々じゃありません#」
 自分で言っておきながら、さやかはこめかみに青筋を立てる。
「なんてね。でも、前の二つは本当なんだから。今の達哉くんには必要だと思うわよ?」
「どうして?」
 さやかはにっこりと微笑む。
「だって、これから礼拝堂に行くのでしょう?」



 手早くシャワーを浴びて、身支度を整えると達哉は家を出た。
 外の空気は二月らしい冷たさに満ちており、吐き出される息も真っ白だ。
「今日はずいぶん寒いな」
 はやる気持ちを抑えながら、達哉は歩いていく。目指すは礼拝堂だ。
 通い慣れた場所ではあるが、少し気が重い。
「エステルさん、怒ってるかな……」
 エステル・フリージア。満弦ヶ崎にある月人居住区に赴任してきた司祭である。
 昨日が彼女の誕生日だということはずっと前から知っていて、そのための準備も念入り
に済ませていたのだが、緊急事態が発生したためにすべてが水の泡となってしまった。
「でも、そんなのは単なる俺の言い訳だから」
 何を言われても仕方がない。
 とにかく今は、ひとめでも早く彼女の顔を見たかった。



 礼拝堂の重い扉を開くと、そこには見知った顔の高司祭様がいた。
「おはようございます。モーリッツさん」
「おはようございます。朝霧さん。今日はずいぶん早いですね」
 いつものおだやかで深みのある声を聞くと、少しだけ落ち着いた。
「あの……エステルさんは」
「……部屋におりますよ。ただ、朝霧さんが来たら部屋には入れないようにと言われてお
りますが」
 ……やっぱり、怒っているのだろうか。
「おおよその事は察しがつきますので、私からは何も申しません。それで、朝霧さんはど
うされるおつもりですか」
「きちんと謝って、許してもらいたいと思います」
「おや、朝霧さんは何かエステルにされたのですか?」
 モーリッツはいつもと変わらずに微笑を浮かべている。
「いえ、そういうわけでは。ですが、私が彼女に謝りたい気持ちは変わりません」
「……そうですか。では、どうぞお通りください」
「いいんですか?」
「私はエステルに『入れるな』と言われただけで、貴方を止めろと言われたわけではない
のです」
「……どうもありがとうございます、モーリッツさん」
「いえ。エステルのこと、よろしくお願いします」
 深く一礼すると、達哉はエステルの部屋へと向かった。



 こんこん
「……はい。何でしょうか」
 とても重く、冷たい声だった。会ったばかりの頃でも、こんな声は聞いたことがない。
「朝霧です。あの、エステルさん……おはようございます」
 とっさに出てきたのが、ただの挨拶だった。
「おはようございます」
「あの、……開けてもいいでしょうか」
「………………どうぞ」
 随分、間があった。
 これは相当だなあと思いながら、達哉はゆっくり扉を開くと、赤い何かが視界いっぱい
に広がった。



 ピコン☆



「うわあっ?」
 びっくりして尻餅をついてしまった。
「何をしているのですか、達哉」
 顔を上げると、エステルさんがうれしそうにピコピコハンマーを構えていた。



「俺、エステルさんは怒っているものだとばかり思っていました」
 エステルが淹れてくれたお茶を飲みながら、達哉は言う。
「どうしてです? 達哉が何も言わずに約束を破ることなんてありえないと思ったから、
私はこうやっておとなしくしていたのですよ」
 先ほどのピコピコハンマーはおとなしく、の部類に入るらしい。
「すみません、麻衣が突然熱を出してしまって、その看病をずっとしていました」
「まあ、麻衣が……。今は大丈夫なのですか?」
「ええ。夕べに比べるとだいぶ落ち着いたので、姉さんにバトンタッチしてきました」
「そうですか。それは何よりです」
 エステルはほっと胸をなでおろした。
「でも、連絡もしなかったのは俺のミスです。そのせいで、エステルさんを不愉快にさせ
てしまいましたから。どうもすみませんでした」
 達哉は深く頭を下げた。
「達哉のせいではないではありませんか。だから、謝る必要なんてありませんよ」
「いえ、でもそれでは申し訳なくて。天罰でもなんでも、甘んじて受けます」
「……わかりました。それでは、そこに座って頭を下げてください」
「はい」
 達哉は言われたとおりにすると、おもむろにエステルは達哉の頭を抱きしめた。
「達哉がとても家族想いで、私は嬉しく思います。これからも、家族を大切にしてあげて
ください。……それでは、天罰です」



 エステルは、そっと達哉に唇を重ねた。



 一、二分経ってから、エステルはそっと離れた。
「いかがですか、達哉?」
 エステルが頬を染めながら問いかけると、達哉は真面目な顔でこう答えた。



「とびきりの天罰ですね」と。 



おわり



2009/12/24

(ぷちSS)「聖なる夜のおくりもの」(てるてる天神通り)



 ここは日の丸町天神通り商店街。
 年の瀬を迎える準備で大忙しの中、一番大変なのはやはりこちらなのかもしれません。
「おうおう、手の動きが止まってんぞ。スムーズかつリズミカルにデコレーションしねえ
と、ケーキの味が落ちちまうだろうが!」
「わかってるけどよ……、なんで今年はこんなにもクリスマスケーキの注文があんだよ、
クソ親父!」
 ずらりと並んだホールケーキの群れ。
 ケーキショップ「カンパニュラ」が一年で最も忙しくなる時期なのです。



「なんでって言われても、そりゃあ俺にもわかんねえよ。でもな、天志。お客さんがうち
のケーキをこんなにも予約してくれてんだ。ケーキ屋としちゃあ、こんなに嬉しいことは
ねえっ!」
 まあ親父の言うことは当然だし、俺もそう思うけど、それでも去年の予約の軽く二倍も
あるのは、どう考えてもおかしい。
 ……おかしいけど、考えたってしょうがないこともある。なにせここは、『変人通り』っ
て呼ばれてるぐらい、おかしなことが当たり前のところなんだから。
 天志はケーキのデコレーションを再開した。



「お、終わった……」
 予約のケーキ全てにデコレーションをし終えた天志は、同じ姿勢で硬くなった首を回し
ながら、気分転換がてらに店の外に出た。
「あ、天ちゃん」
「おう、御菓子。通りの掃除か?」
「はい。お休みですし、大晦日に慌ててやらなくてもいいようにと思いまして」
 御菓子はほうきで落ち葉を集めていた。
「確かにそうだな。よし、ちりとりはどこだ?」
「そんな、悪いですよ。天ちゃんは休憩に出ていらしたんでしょう。ゆっくり休んでいて
くださいな」
 と言われても、素直に休める天志ではない。
「気にすんなっての。これでも一応は町内会長なんだ。雑用は慣れてんだよ、……慣れた
くはないけどな」
 ぶっきらぼうな物言いだが、天志のやさしさは誰よりも知っている御菓子は、うれしそ
うに微笑んだ。
「それでは、よろしくお願いします、天ちゃん」
「応、まかせとけ」



 休憩と言う名の掃除を終え、天志は店に戻った。疲れていたことなどすっかり忘れてい
るようなすっきりとした表情だった。
 しかし、店に戻ると同時に渋面になった。それは、ケーキの山を眺めながらよだれをだ
らだらと垂れ流している神様の姿を見つけたからだ。
「おおう、天志か。今年こそはわしに供物としてひとつ、いやふたつでもみっつでも供え
るがよいと思うのじゃが、いかがじゃ?」
「いかがもたこもねーよ! それは売り物だからダメだっつってんだろ、おフク」
 おフクをつまみあげる天志。
「わかっておるわい。だからこそ、わしも断腸の思いでガマンしておったとゆーに、おん
どれときたら……」
 ぶつぶつ言うおフクを放り投げて、天志は溜息をついた。
「ったく、もうちょっとガマンしてろ」



 そして、クリスマスイヴを迎えた。
 去年ほどの忙しさではなかったが、盛況と言える客足で、二年連続でケーキはめでたく
完売となった。
「おめでとうございます、天ちゃん♪」
「やっぱり、わたしたちが手伝えば、百人力でしょ、天?」
「当然だ。なにせ私たちは、『天神通り看板娘三人衆』だからなっ」
 かんらかんらと笑うのは、御菓子に冬子に頼子姉。今年もケーキの売り子を手伝ってく
れたのだった。
「看板娘なんたらはよくわからねーけど、とりあえずありがとう」
 ぺこりと頭を下げて礼を言う。
「いーっていーって、わたしら幼なじみなんだし。それに、言葉よりもカタチで示して欲
しいなあ♪」
 にやにやと冬子。
「そうだな。良い子のところにはサンタがやってくるものと相場が決まっているぞ、天坊」
 良い子って年じゃなかろうに。と、心の中だけで呟いた天志は、苦笑しながら冷蔵庫か
ら小さな包みを取り出し、三人に手渡した。
「御菓子、冬子、頼子姉。今日はどうもありがとうな。でっけーケーキじゃないけど、一
応、俺がイチから作ったケーキだから、よかったら食べてやってくれ」
「ありがとうございます、天ちゃん♪」
「あ、ありがと」
「ふふふ、ありがたくいただかせてもらうよ、天坊。それじゃ、プレゼントももらったと
ころで、クリスマスパーティー兼、天坊のバースデーパーティーに行くとしようか」



 天志は、ちょっとだけやることがあるからと言い、三人娘を先に送り出した。三人の姿
が見えなくなったのをしっかりと見届けてから、ゆっくりと冷蔵庫の奥にしまっていた箱
を取り出した。
「えーと、なんつーか、材料が余ったから作ってみた。もし気が向いたら、食ってやって
くれ。そんじゃ、俺も行ってくっから。おフク、ほむら、みなせ、はやて、まゆい、それ
から他の神さんたちも、メリークリスマス!!」
 天志は大きなホールケーキを箱から取り出して机の上に置くと、部屋を出て行った。



「まったく、材料が余ったなどと言いおって、天志のやつ」
 おフクはケーキを一口頬張ると、幸せそうな笑顔で呟いた。
「めりい、くりすますじゃ、天志。そして、皆に幸あれ」
 今宵、天神通り商店街は、人々の笑い声が絶えることはなかったのでした。



2009/11/21

(ぷちSS)「桐葉の笑顔」(FORTUNE ARTERIAL)(紅瀬 桐葉)



 紅瀬さんをはじめて見たのがいつなのかは覚えていないが、その時の衝撃は今でも覚え
ている。
 電流がびりっと流れた、なんて陳腐な表現は使いたくないけど、実際にそんなことがあ
るものなのだと妙に感心したものだ。
 それ以来、いつか彼女をモデルに絵を描いてみたいと思っていたが、実現することはな
かった。
 紅瀬さんとの接点はなかったし、話をするどころかすれ違うことさえ稀なのだ。
 数ヵ月後に卒業を控える6年生としては、自由に使える時間も残り少ない。
 そんな折、支倉君が紅瀬さんと付き合っている、という噂を耳にした。
 支倉という名前に聞き覚えがあったので記憶を辿ってみると、体育祭の時に声をかけて
来た彼だということを思い出した。
 私は、すぐに彼の姿を探した。
「紅瀬さんの絵を、描かせてもらえないかしら?」
「桐葉の絵、ですか」
「ええ」
「でも、なんで俺に言うんですか。直接桐葉に言えば……って、オーケーしてくれそうに
ないからですよね」
「察しがよくて助かるわ。私も筋が通っていないと思うのだけど、キミに頼むのが一番確
実だと思ったのよ。……どうかしら?」
 支倉君は少し考えると、にっこりと笑ってこう言ってくれた。
「わかりました。先輩には体育祭の時にお世話になったし、俺から桐葉に話してみます」
「本当! ありがとう、支倉君」



 修智館学院実習棟の中にある美術室。十一月も下旬となれば冷え冷えとしているものだ
が、今日はエアコンが稼動していてあたたかい。
 普通なら、学院が休みの日には閉ざされているはずのこの美術室に、なぜ暖房が入れら
れているのか。
 それは、今この美術室にいるのが修智館学院美術部の部長である、ということで答えに
なっていると思う。 
「かなりあたたまってきたわね……。これなら平気かしら」
『北風と太陽』の話ではないが、寒い北風よりもあたたかいぬくもりがあれば、少しは彼
女の心を溶かしてくれるかもしれないから。
「フリーズドライ、か。まったく誰が言い出したか知らないけど、ぴったりじゃないの」
 フリーズドライ。真空凍結乾燥技術のことで、食品などに使われている技術だ。
 ただ、食品と違って、彼女を溶かすことができる人がいなかったのだが、それも過去の
話である。
「まあ、今回は下準備がしっかりしているから大丈夫でしょうけどね」
 フリーズドライと言われている彼女、紅瀬桐葉を溶かしたのは生徒会役員の支倉孝平で
あり、その彼の協力を取り付けているのだから。



 時計の針が十時を指し示すと同時に、扉が開いた。
 長く美しい黒髪が鮮やかで、ストッキングに包まれた足はすらりとしていて、同性の私
の目から見ても思わず目を奪われてしまう少女、紅瀬桐葉が立っていた。
「よく来てくれたわね。それじゃあ、さっそく準備してもらってもいいかしら?」
「……ええ」
 紅瀬さんは氷のような冷たい表情で私を一瞥すると、静かに衣服を脱ぎ始めた。
 ブレザーのボタンを外すと、白いシャツがあらわになった。そのシャツもボタンが外さ
れると、豊かなバストを包んだブラジャーが姿を見せた。
「上はそこまででいいわ。次は、下もお願いできるかしら」
「わかったわ」
 スカートのホックを外し、ストッキングを少しずつ脱いでいく。
「これで……いいかしら」
「ありがとう。それじゃあポーズを取ってもらえる?」
 彼女がおずおずとポーズを取るのを見届けてから、私はゆっくりと筆に手を伸ばした。



「今日はありがとう。本当に幸せな一日だったわ」
 別れ際に紅瀬さんにそう言うと、彼女は目を丸くした。
「どうかした?」
「いえ……、私は孝平に言われたからここに来ただけだから、貴方に感謝される謂れはな
いわ」
 少しだけ頬を染めた紅瀬さんは、私から目線を外すとそう言った。
 フリーズドライと言われている彼女もこんな表情をするのか。そう思うと、私も自然に
微笑がこぼれた。
「違うのよ。実は、支倉君にあなたを呼んでもらうようにお願いしたのは私だもの」
「……貴方が?」
「そう。卒業前に一度でいいから、紅瀬さんの絵を描いてみたくて、それで支倉君にお願
いしたのよ。だから、私はあなたに感謝するし、謝らなくちゃいけないわ。無理を言って
来てもらってごめんなさい。そして、来てくれてどうもありがとう」
 私はもう一度紅瀬さんにお礼を言うと、深く頭を下げた。
「そう言うことだったのね……。『いいから何も言わずに俺の言うとおりにしてくれ』っ
て言うから、仕方なく来たんだけど。……まったく、孝平らしいわね」
 頭を上げると、紅瀬さんはおかしそうに微笑んでいた。まったく、こんな表情まで見せ
てもらえるのだから、感謝はいくらでもし足りないかもしれない。
「いいわ。でも、今度からは直接言ってもらえるかしら。気が向いたら、またモデルぐら
いなら引き受けるから」
「ありがとう。そう言ってもらえて本当に嬉しいわ! そうだ、今日はあなたの誕生日な
んですってね。もしよかったら、私の描いた絵を貰ってくれないかしら」
「……でも、せっかく描いた絵なのでしょう?」
「構わないわ。絵はまた描けばいいのだし、それに」
 私は心からの笑顔でこう言った。
「気が向いたら、またモデルをしてくれるのでしょう?」
「ふふっ、そうね」
 紅瀬さんは微笑んでくれた。
 フリーズドライと呼ばれていた彼女だが、いずれはそう呼ばれなくなるだろう。
 そんな確信を覚えるような、紅瀬さんの笑顔だった。



2009/11/07

(ぷちSS)「かなでなべ そのさん お鍋の日」(FORTUNE ARTERIAL)(悠木 かなで)



「こーへー、おなべの季節です!」
 唐突にやってきたその人は、食堂で昼食(やきそば定食支倉仕様)を食べようとしてい
た孝平の前に立つと、そう言い放った。
「えと……」
「おおっと、皆まで言わなくてもいいよ。こーへーの言いたいことはわかってるから」
「皆までも何も、まだ言ってもいませんよ。かなでさん」
 孝平の前に立っていたのは、前風紀委員長で前寮長の悠木かなでだった。
「こーへーの言いたい事、それは……わたしへの愛の告白! きゃっ♪」
「それはありませんから」
「ががーん! それじゃ、わたしへの熱愛の告白?」
「それもありません」
「どががーん!! それじゃ……」
 そこへ、孝平にとっては救いの女神の声がかけられた。
「もう、お姉ちゃん。脱線ばかりじゃ前へ進まないでしょ」
「ごめんね、ひなちゃん。久しぶりにこーへーに会ったからうれしくて。というわけで、
こーへー、おなべの季節です!!」
 陽菜にたしなめられたかなでは、最初と同じセリフを再び口にした。



「あのね、今度白鳳寮のイベントで『おなべパーティー』をしようと思うの」
 陽菜も加わってにぎやかになった昼食の席で、陽菜が話し始めた。
「かなでさんの希望が少なからず入っているようだけど、イベント自体はいいんじゃない
かな」
「むー、こーへーの言い方が皮肉に聞こえる」
「気のせいですって」
「ならヨシ!」
 かなでは満足気にふんぞり返った。
「それでね、生徒会にも協力してもらいたいと思うんだけど」
「ああ、俺は大丈夫だと思う。会長と白ちゃんには、今日の放課後にでも話してみるよ」
「その必要はないわ」
 突然の声に振り返ると、そこには修智館学院生徒会長、千堂瑛里華が立っていた。
「こんにちは、えりりん。久しぶりだね」
「お久しぶりです。悠木先輩もお変わりなく」
「えりりん、それはわたしが成長してないっていう意味じゃないよね」
「も、もちろん」
「ならヨシ!」
 かなでは満足気にふんぞり返った。
「『おなべパーティー』かあ、おもしろそうじゃない♪ はるなちゃんの事だから、もう
企画書の草稿ぐらいできてるんじゃないの?」
「うん。まだ書きかけだけど、コピーでよかったら」
 陽菜がかばんから取り出した数枚の紙にさっと目を通した瑛里華はにっこり笑った。
「これなら問題なさそうね。今日の生徒会で一番最初の議題にするわ」
「ありがとう、えりちゃん♪」
 陽菜が瑛里華に微笑み返すのを見て、かなでは
「うんうん、さっすがわたしのヨメとその友だち」
 と、満足気にふんぞり返っていた。



 それから、とんとん拍子に話はまとまって、めでたく『おなべパーティー』開催の日に
なった。
 開催の挨拶は、現寮長の希望で、かなでさんが務める事となった。
「みなさんこんにちは。悠木かなべです」
 ずべしゃあああああっと、みんながずっこけた。
「あ、間違えた。悠木かなでです。ひらがなみっつでかなでです。好きなものはひなちゃ
んです」
「お姉ちゃんったら……」
 なぜか陽菜は顔を赤くしていた。
「つかみはオッケーってことで、そろそろ本題に入ります。今日、11月7日は『お鍋の
日』です。みなさん知ってましたか? わたしは知りませんでした。たまたまラジオを聞
いていたら、パーソナリティーの人が話していて、知ることができました」
 かなではみんなをぐるっと見ると、微笑んだ。
「わたしは思いました。なんて素晴らしい日なんだろうと。大好きなお鍋を思う存分食べ
てもいい日なんです。ダイエットなんて気にせずに、思いっきり、好きなだけ、食べても
いい日なんです。……これは、わたしひとりじゃもったいない、と。そう思ったから、ひ
なちゃんに話をしたら、こうやって『おなべパーティー』にしてくれました。さっすがは
わたしのヨメです。そして、生徒会のみんなが協力してくれて、さらに大きなイベントに
成長しました。ありがとう、えりりん♪ こーへーもしろちゃんも大好きだー」
 そこら中からみんなの笑う声が聞こえて、瑛里華も苦笑気味だ。
「かなでさん。そろそろお鍋が出来上がりますよ~」
 鍋の様子を見ていた孝平が声をかけると、かなでは目を輝かせた。
「待ってました! というわけで、思う存分食べましょう♪ 大丈夫、昔の人は言いまし
た。『体重計、みんなで乗れば、こわくない』」
 その言葉を合図に、『おなべパーティー』ははじまった。



「お疲れ様でした。かなでさん」
「いや~、久しぶりにスピーチすると疲れるねえ」
 と言いながら、疲れたそぶりはかけらも見せない。
「それにしても、お鍋の日なんて本当にあるんですね」
「うん、わたしもビックリだよ。でもね、わたしにとっては毎日がお鍋の日でもいいんだ
けどね♪」
「えと……」
「おおっと、皆まで言わなくてもいいよ。こーへーの言いたいことはわかってるから」
「皆までも何も、まだ言ってもいませんよ。かなでさん」
 言いながら、孝平はデジャブを感じていた。
「こーへーの言いたい事、それは……わたしへの愛の告白! きゃっ♪」
「それはありませんから」
「ががーん! それじゃ、わたしへの熱愛の告白?」
「それもありません」
「どががーん!! それじゃ……」
 そこへ、孝平にとっては救いの女神の声がかけられた。
「もう、お姉ちゃん。脱線ばかりじゃ前へ進まないでしょ」
「ごめんね、ひなちゃん。それじゃ、冷めないうちにお鍋をいただきましょう♪」
 かなでがそう言うと、陽菜が取皿を分けてくれた。
「あ、そうだ。こーへー、今の季節はなんの季節?」
「えーと、おなべの季節ですか?」
 孝平が答えると、かなではにっこりと微笑んだ。
「違うよ、こーへー。かなでの季節です」
 それを聞いた孝平と陽菜は、顔を見合わせて、大笑いするのだった。



2009/10/04

(ぷちSS)「陽菜に秋の装いを」(FORTUNE ARTERIAL)(悠木 陽菜)



 十月になっての最初の日曜日。
 出かける予定だったので天気を心配していたが、そんな心配は杞憂だったようで、窓の
外には雲のない青空が広がっていた。
「それじゃ、早速でかけるか」
 孝平は秋用のジャケットを羽織ると、ドアを開けた。
「あ、おはよう。孝平くん」
「陽菜? どうしたんだ、こんなところで」
「……おはよう、孝平くん♪」
「おはよう、陽菜」
「えへへ」
 笑いあうふたり。
「待ち合わせは寮の前じゃなかったっけ?」
「……孝平くんに、ちょっとでも早く会いたかったから」
 陽菜は孝平のふたつの質問に、ひとつの答えを返した。



 孝平と陽菜は手をつなぎながらゆっくりと歩く。
「今日、晴れてよかったな」
「うん、そうだね。……孝平くんのおかげかな?」
「俺は何もしてないよ。ただ、てるてるぼうずにお願いしただけさ」
「それじゃ、てるてるぼうずくんと孝平くんに感謝だね」
 きゅっとつないだ手に、陽菜のぬくもりが心地よかった。



「そう言えばさ、そろそろお祭りの季節だよな」
「10月だもんね~。小さい頃は、お姉ちゃんが大張り切りだったなあ」
 その頃のことを思い出した陽菜は、くすくすと笑う。
「かなでさんのことだから、いろんなことやったんだろ。で、陽菜もそれに付き合ってい
たんだろ」
「うん。時々怒られたりもしたけど、やっぱり楽しかった記憶のほうが断然多いよ。近所
の子も集めて、半被軍団とか作ってた」
「半被かあ。……そういえば、俺着たことないかも」
「そうなの?」
「ああ。お祭りに参加したことはあるけどさ、半被は持ってなかったから」
「……それじゃあ、孝平くんに半被をプレゼントしてあげようか?」
「え? ……うーん、俺よりも、陽菜が半被を着て見せて欲しいかな」
「……わ、私?」
「そう。似合うと思うけどなあ」
「そ、そうかな」
「ああ。胸にさらしを巻いて、半被を着こなすイキな陽菜の姿が目に浮かぶよ」
「……えーと」
「あ、さらしはなくてもいいけど」
「そんなことしたら、お姉ちゃんに風紀シール貼られちゃうよっ」



 と言っていた陽菜だったが、後日、陽菜は孝平がプレゼントした半被姿を孝平にだけ披
露してくれた。
 さらしを巻いていたかどうかは、ふたりだけの秘密である。



2009/08/31

(ぷちSS)「43日目 終わらない夏と……」(舞阪 美咲)



 全力を使い果たした練習試合が終わり、昨日は家に帰ってきて部屋に入った途端、猛烈な
睡魔に屈服した。夜中に暑さで目が覚めて、シャワーを浴びて身体を冷やしてからエアコン
のタイマーをセットして再び眠りについた。
 これでゆっくり眠れる。
 と思っていたのだが、強力な目覚ましを解除するのを忘れていたことに気がついたのは、
��分ほど前のことだった。



「おっはよっ♪ 雄一っ」
 という元気な声で、掛け布団がひっぺがされた。
「きゃあああああっ♪」
 少し嬉しそうな悲鳴と共に、掛け布団が返された。
「どどど、どうしてハダカで寝てるのよ?」
「……気持ちいいからな」
「ヘンタイさんだ、雄一がヘンタイさんだよっ!」
 朝も早くからテンションが高いのは、やはり美咲だった。ポニーテールの似合う元気全開
少女。この強力目覚ましは、解除不能だと言うことを完全に失念していた。



「それはいいとして、なんでおまえはここにいる」
「雄一を起こしに来ましたよ?」
「なんで疑問形なんだ」
「そういう年頃なんだよ、きっと」
「そうか」
「うん♪」
 こんなことで疲れてはいられないので、俺はさっさと起きることにした。
「……わくわく」
 わくわくとか言うな。
「えーとな、出て行ってくれると嬉しいんだけど」
「えー」
 えーじゃない。
「びー」
 びーでもない。
「ふらいー」
「……」
「今日のおかずはエビフライだからねっ。早く着替えてきてね~」
 美咲はどたどたと階段を下りていった。まったく騒がしいヤツだ。



「よーし、今日はちょっと早いがこれで終わりだ。まだ昨日の試合疲れが残ってるだろうし
な。それに今日で夏休みも終わりだから、いろいろやりたいこともあるだろ」
 平田先生の言葉に従って、夏休み最後の部活は終了となった。
 確かに、少し身体の動きは鈍いような気がする。
 試合は、残念ながら俺たちの負け。それもけっこうな大差がついていた。しかし、俺たち
は最後まであきらめなかった。だって、試合の時間は決められているのに、俺たちがあきら
めちまったらすぐに終わっちゃうだろ。
 試合には負けちまったが、練習の成果はちゃんと出ていたように思う。最後のシュートも、
見事に決まったしな。まあ、あれは美咲のおかげでもあるけど。



「美咲。昨日はサンキュな」
 靴を履きながら言うと、美咲は首を傾げた。トレードマークのポニーテールがぴょこんと
揺れる。
「なんのこと?」
「ほら、いっぱい応援してくれただろ」
「それは当然だよ。マネージャーだもん」
「それだけか?」
「……それだけっ」
 珍しく、顔を赤くしていた。まあ追求することでもないか。
「お礼に、美咲のお願いをひとつ聞いてやろう」
「え、ほんと!」
「俺に二言はない……。まあ、金のかかることは聞こえないけどな」
「かっこ悪いセリフだね。でも、雄一らしいかな?」
 あははっと美咲が笑う。



「それじゃあね、プールに行こう!」



 どうやら、夏はまだまだ終わらないらしい。



2009/08/30

(ぷちSS)「42日目 ラスト・シュート」(舞阪 美咲)



 空は高く、青く澄み渡っていた。
「絶好の試合日和だね~♪」
 ほにゃりと美咲が呟く。
「ああ、いい天気だ」
 バスケットの試合は屋内なので、天候はそんなに関係ないのだが、やっぱり気分の問題
である。
「もう少し寝ててもよかったんだよ?」
 隣で美咲が言うが、それはこっちのセリフでもある。
「大切なのは、いつもどおり。だから、これでいいんだ」
「そっか。それじゃ、おはようのチューもしないとだね♪」
 えへへ、と美咲が笑う。……そんなのしたことないよな?



 学校に着くと、すでにみんな集まっていた。
「ちょ、お前ら早すぎだろ」
「笹塚たちが遅い、と言いたいが、まだ時間前だからな。確かに俺たちはみんな早すぎだ」
 珍しく中村が冗舌だった。それだけで、彼の意気込みがわかる。
「そんじゃ、軽く練習しようか。緊張して試合にならなかったら、せっかくうちまで来て
くれる相手に申し訳ないしな」
 身体を動かしていれば、強張っている身体も心もほぐれるだろう。



「お、みんな集まってるな。それじゃ会場設営だ。使うのはAコートだから、そのまわりに
椅子を並べてくれ」
「はい!!」
 それほど数が多いわけではないので、設営自体はすぐに終わった。
「笹塚」
「はい、なんですか先生」
「することがないなら、肩でも揉んでくれないか」
「……」
「こう見えても、私は着やせするタイプなんだ」
 聞いてないよ!



「なんだか試合前にぐったりだ」
「まあまあ。平田先生は胸が大きいからね。きっと肩凝りなんだよ」
 いや、あれはセクハラだろう。
「で、先生の揉み心地はどうだったの?」
 どうと言われてもな、肩だし。
「わたしよりもおっきかった?」
 知らないよ!



「お、やっと来たな。それじゃ私は挨拶してくるから、みんなは練習続けてくれ」
 平田先生が出迎えに行った。なんだか相手の先生とやけに親しげなんだが、知り合いなの
かな。
「後輩だって言ってたよ。あいつは私の妹なんだーとか」
「妹?」
 後輩で妹? そりゃ妹は後輩に違いないだろうけど。
「そうじゃなくて。先生の通ってたのはお嬢様学校で、妹みたいに可愛がってる後輩って意
味なんだよ」
「よくわからん」
 やっぱり先生はレ…だったんだろうか。ま、人の趣味をとやかく言うまい。



 いよいよ試合が始まった。最初こそ地の利がある俺たちがリードしていたが、半ばを過ぎ
ると徐々に押され始めた。
「くっ……」
 わかってはいたが、足が止まり始めた。気持ちはついていけても、身体が動かないのだ。
 オフェンスはともかく、ディフェンスはところどころ綻びを見せ始めた。
 だが、苦しいのはみんな一緒だ。



 そして、ラスト5秒。中村からのパスが、ディフェンスの隙間を通り抜けて俺に届いた。
「打て、笹塚!」
 言われるまでもない!
 反射神経が反応するように、毎日の練習で叩き込んできたシュート動作を取ると、
「雄一、いっけええええええええええ!!!!!!!」
 という美咲の声と共にシュートを放った。
 ボールはきれいな放物線を描いて、ゴールネットに吸い込まれた。



2009/08/29

(ぷちSS)「41日目 1日前にしなくてもいいこと」(舞阪 美咲)



 ガサゴソという音が、わずかに聞こえている。耳に届くか届かないかというかすかな音
なので、気にしなければいいだけの話なのだが、一度気になってしまうともうダメだった。
 ゆっくりとまぶたを開くと、部屋の明るさから七時過ぎぐらいだと思った。
 普段よりは遅い時間だが、今日は部活は休みだし、他の用事も特にないから問題はない。
「あ、起こしちゃったかな」
 ……訂正、問題はあった。
「ああ、起こされた」
 隣に住んでいる、幼なじみの少女。元気が何よりの取り柄で、ポニーテールがよく似合
う女の子。舞阪美咲が、俺の部屋で何かをやっていた。
「よかったねぇ~。かわいい幼なじみに起こしてもらえるのは、男の子にとって百八つあ
る幸せのうちのひとつなんでしょ?」
 どこからそんな情報を仕入れてくるんだろうか。つーか、それだと幼なじみのいない男
は最初から幸せの数が少ないことになると思うがな。
「あんまり幸せとは言えないけどな。まあ、一応お礼を言っておくか」
「いえいえ、どういたしまして♪」
「まだ言ってないし。……えーと、サンキュな。んで、美咲さんは何をやっているのでしょ
うか」
 丁寧語で質問してみる。



「雄一の部屋の大そうじ☆」



 いや、んな満面の笑顔で言われてもなー……。
「別に今日やらなくたっていいだろ。そもそも大掃除なんて年末にやるから大掃除になる
わけでさ。普通の日にやるのは大掃除とは言わないぞ」
「それじゃあ何て言うの?」
「……さあ?」
 思いつかなかった。まー、どーでもいーしなー……。
「それよりも、俺としてはもう一眠りしたいんだけど。せっかく部活休みなんだし」
「いいよ♪ どうぞどうぞ」
 ニコニコ美咲さん。その場から動こうとしない。
 俺は、言外に掃除をやめてくれと言っているつもりだが、どうやら伝わっていない。
 じいっと美咲を見つめてみると、向こうも微笑み返してきた。
「あのな美咲」
「あ、そういうことか。わたしとしたことが察しが悪かったね、ごめんなさい」
「あ、わかってくれたらいいんだ」
 さすがは幼なじみ。アイコンタクトが通じたようだ。



「添い寝してあげればいいんだね。はい、どうぞ♪」



 ぽむぽむと掛け布団を叩いて、俺を誘ってくれる美咲。
 なんだろう、微妙に通じているような通じていないような……。まあいいや。
 めんどうだったので、そのまま添い寝してもらった。



 これは余談だが、後で部屋にやってきた麻美さんによると、俺と一緒に美咲も眠って
しまっていたらしい。
「ふたりとも、可愛い寝顔だったわよ♪」
 と、麻美さんはご満悦だった。



2009/08/28

(ぷちSS)「40日目 2日前にできること」(舞阪 美咲)



「ようし、これが最後の練習だ。各自シューティング50本。ショート、ミドル、ロング
レンジの3種類だ。やりたいやつは、超ロングレンジも10本だけ許可する。はじめ!」
 俺たちはひたすらシュートを打ち続ける。入ろうが入るまいが、関係なく50本。適当
に流したいやつにはラクな練習だが、そんなやつはいやしない。1本1本全力で、尚且つ
集中を切らさず、誰よりも高い成功率を目指して、俺たちは打ち続けた。



 最後の最後、ひたすら外しまくった超ロングレンジのシュートだが、
「雄一、いっけえ!」
 という美咲の声とともに放ったシュートは、長い滞空時間とゴールネットが奏でるきれ
いな音を俺たちの耳に届けてくれた。
「ほほう、やるじゃないか笹塚。試合でもラストのシュートはお前にかかってるぞ。いや、
舞阪にかかってるのかもな」
 わっはっはと豪快に笑う先生につられて、俺たちは笑った。これで、長かった夏休みの
練習も終わりだからだ。
「明日は休養日だから、ゆっくり休んで、明後日の正午に集合だ。試合開始は2時だが、
お前たちはホストだから、相手を迎える準備をしなくちゃならないからな。と言っても、
せいぜい椅子を並べるぐらいだがな」
 言いながら、先生は俺たちの身体に順番に触っていく。最初はスキンシップの多い先生
だなと思っていたけど、実は身体におかしなところがないかチェックしているらしいとい
うことに気づいたのは数日前だったりする。
「それじゃあ解散。気をつけて帰るように」
 先生は言いたいことだけ言うと、さっさと帰っていった。



「う~ん、あっという間だったなあ」
 お盆休みが明けてから、先生の指導による練習になって、明後日にはもう試合だ。
「夏休みもあっという間だったね~」
 お盆休みこそ旅行に出かけていたけど、それ以外は練習と宿題の繰り返しだったような
気がする。
「でも、楽しかったよね♪」
 ポニーテールを弾ませながら、美咲が笑う。
 そう。楽しかったのだ。単調な毎日かもしれないけど、一日として同じ日はなくて。
 しいて言うなら、毎日が単調で、それでも特別な日だった。夏休みとは不思議な日の集
まりでできているのかもしれないな。



「でもね、まだまだ楽しいことは待ってるよ♪」



 そう言って、美咲は俺の手を取って駆け出した。
「明日はお休みだけど、今日はまだまだこれからだもん。夕ご飯まではいっぱい遊ぼうね」
 どうやら、練習の締めは美咲に付き合うことらしい。
「それじゃ、弘明とグッさんも呼んでみるか?」
「うん、そうしよそうしよ!」
 楽しいことは、みんなで共有しなくちゃもったいないからな。



2009/08/27

(ぷちSS)「39日目 練習は万全」(舞阪 美咲)



 試合の日も近づき、練習にも熱が入ってきた。基本練習は二割増だが、練習時間は変わ
らない。つまり、漫然とやっていると試合に向けた練習が出来なくなってしまうので、自
然に俺たちの集中は高まるという寸法だ。
 だって、基本練習なんだぜ?
 今までいやになるほど繰り返してきた基本練習。大切なことは百も承知しているが、ど
うしても試合形式の練習がしたくなるものだ。
 平田先生もそれがわかっているのか、俺たちが何を言っても練習方針を変えようとはし
てくれなかった。
「ようし、集合! 今日の残り時間は……あと二十五分か。五分交代でオフェンス3、ディ
フェンス2のミニゲームだ。シュートを一番多く決めたやつの勝ち。いいな?」
「はい!」
「それじゃ、スタート♪」
 美咲がホイッスルを鳴らすと、俺たちは配置についた。



 二十五分後。俺たちは五人全員がしかばねのようになっていた。
「みんなお疲れ。今日の勝者は笹塚か、明日もがんばれ。それから、負けた四人はもっと
がんばれ。それじゃ、ちゃんと汗の後始末してから帰れよ~」
「先生お疲れ様でした~」
 美咲が見送って、平田先生は戻っていった。
「みんなお疲れ様~。はいタオル♪ ちゃんと拭いて帰らないと、彼女に嫌われちゃうよ」
 などと言いながらタオルを配る美咲を見ていたら、いつのまにか最後の一人になってい
た。
「えと、美咲さん。俺にもタオルを」
 そう言うと、美咲はにっこりと笑って、こう言った。



「拭いてあげる♪」



「いや、自分で拭けるから。な?」
「まあまあ。遠慮しなくてもいいから」
「そういうつもりじゃないんだけどなー」
「彼女に嫌われちゃうよ?」
「彼女なんていないし」
「そうなんだ?」
「そうだけど」
「えへへ~」
 何がおかしい。



「わたしに嫌われちゃうよ?」



 俺は両手を上げた。持っていたら、白旗を振っているところだな。
 さすがに全身拭いてもらうわけにもいかないので、Tシャツを脱いで上半身ハダカになっ
た。
「お、けっこう筋肉質になってきたかな?」
「どうだろう。自分ではよくわからないけど」
「毎日雄一のハダカを見ているわたしが言うんだから、間違いないよ♪」
「見てないだろ」
「ふふふ、雄一が知らないだけかもね~」
 鼻歌交じりに俺の身体を拭いていく美咲。ウソだろうがホントだろうが、美咲に見られ
ても減るもんじゃないから平気だけど。



2009/08/26

(ぷちSS)「38日目 スパートはまだ早い?」(舞阪 美咲)



 秋の気配が漂って来ようが、八月は八月以外の何ものでもなく、夏休みは残り少なくなっ
ても夏休み以外の何ものでもない。
 つまり、夏休みなのだから夏休みの宿題をするのは当然なわけで。
 俺、笹塚雄一は今日も夏休みの宿題を片付けているのだった。
「しかし、普通ならとっくに宿題は終わっているペースだと思うんだが、雄一はどうして
まだ終わってないんだ」
「夏休みだからなー」
 ぼんやりと弘明の声に返事を返す。条件反射みたいなもんだ。
「別にいいんじゃないかな。夏休みはまだ終わってないんだし、きちんと休み明けに提出
できれば」
「さすがグッさん。今日も眼鏡が似合ってるね♪」
「雄一君。お世辞はいいから手を動かそうね」
「……はい」
 眼鏡をかけたグッさんは笑っているが、得体の知れない雰囲気に俺の背筋はゾクリ。
「雄一はマイペースだからね~。最後に泣きついて来ても、宿題を見せちゃだめだよ、香
奈ちゃん。弘明くんもだよ」
「わかってるよ、美咲ちゃん」
「ああ。親友なら当然だよな」
 美咲による俺包囲網は確実に狭くなっていた。
「まあ、雄一がど~~~~してもって言うなら、条件次第で考えて上げなくもないかもし
れないかも」
 楽しそうに美咲は笑う。いや、お前が何を言ってるかさっぱりわからん。
「お願いします、美咲さん。オラに宿題を見せておくんなましって言うなら、見せてあげ
ると言ってるんだけど」
「んだとコラ!」
 図書館内は恫喝禁止です。



 とは言いながらも、みんなから遅れていることは否定できないが、さすがに俺の宿題も
ゴールが見えてきていた。もちろん、リタイヤというゴールではなく、完走というゴール
である。
 だから、多少だらける時間も取れているのだ。
「そう言えば、次の日曜は雄一君たち試合なんだよね。私たちも応援に行っていいのかな?」
 グッさんの言葉に真っ先に反応したのは美咲だった。
「もっちろん♪ 大歓迎だよ~。わたしマネージャーとして大活躍するからね!」
「いやいや、メインは俺たちだから! 美咲はオマケだから」
「ひどい! 雄一にとっては、わたしは過去のオンナってことなの?」
「そんなこと言ってないけど」
「心の声が聞こえたもん」
 エスパー能力が開花していた。……間違った方向に。
「えーとな、美咲はオマケはオマケでも大切なオマケで、場合によってはメインよりも重
宝されるぐらいすごいオマケなんだ。だから、安心してくれ」
「そう? ……えへへ、それならいいかな。もう、雄一ったら照れ屋さんなんだから♪」
 やれやれ、機嫌が直ったか。
「雄一君、やさしいよね~。美咲ちゃんには特に」
「ほんとほんと。見てるこっちはおもしろいからいいけどさ」
 グッさんと弘明には、後できちんと説明する必要がありそうだった。



「でも、それじゃ早めに宿題終わらせちゃったほうがいいんじゃない? 試合前に終わっ
てたほうが、気持ちよく試合に臨めるんじゃないかと思うんだけど」
 グッさんが首を傾げる。
「それもそうなんだけどさ。無理して宿題をやって、無理してバスケの練習時間を増やし
てもよくないかなって思う。もちろん、できる限りのことはやってるつもりだし、全力を
尽くしてるんだけど、それは普段どおりのことをきっちりやったからこそ、発揮できるよ
うな気がするんだ」
「なるほどな。平常心ってことか」
 弘明がしきりに頷いていた。
「そういうこと。だから、スパートはもう少し先。ゆえに、俺は今日もだらだらと宿題を
するのです」
「と言ってますが、いいの、美咲ちゃん?」
「いいんだよ。雄一は昔からマイペースだもん。ええと、なんていうかな……雄一ペース?」
「よくわからんが、まあそんなとこだ」
 なんてことのない雑談だけど、これも俺たちにとっては普段どおりだった。



2009/08/25

(ぷちSS)「37日目 虫の声と」(舞阪 美咲)



 朝と昼間の蝉の声にもようやく慣れてきたのだが、夕方から夜にかけて、少しずつ虫の
声が聞こえてくるようになった。
「もうすぐ秋なんだよね~。だいぶ涼しくなってきたし」
「そう……だな……」
 ゼハーゼハーと、息を荒げながらも答える俺。
「どうしたの雄一。なんだか虫の息なんだけど」
「どうしたのってな、さっきランニングから帰ってきたばっかりなんだよ……」
「うん、知ってるよ♪」
 シャクっとスイカをかじる美咲。
「どうしてお前が、俺が大切に残しておいたデザートを食べてんの……」
 美咲はにっこりとブイサインを繰り出した。
「何を隠そう、わたしはスイカが大好きなんだよ!」
 そんなことは知ってる。俺はお前のことなら大抵のことは知ってるんだよ。
「だから隠しておいたのに……」
「ふっふっふ。わたしのセンサーに反応したから、しょうがないでしょ」
 さらに一口かじる美咲。
「う~ん、この甘味がなんともいえずおいしいよね~。雄一も食べる?」
「ああ」
「はい、あ~ん♪」
 食べかけのやつじゃなくて、そっちの新しいやつを寄越せっての。ったく、しょうがな
い、めんどくさいしな。
 シャクッ。
「どうどう、おいしいでしょ♪」
 冷やされたスイカの果肉と、たっぷりの果汁が俺の口をいっぱいに満たす。
「うめえ……」
「そうでしょそうでしょ。どんどん食べようね~」
 笑顔の美咲を見ていると、なんだか細かいことはどうでもよくなってくるな。まあ、ス
イカのうまさにめんじて許してやろう。
「もうすぐ試合だから走ってたんでしょ。いい試合になるといいねっ♪」
「ああ。それにはマネージャーの力も必要だから、美咲もよろしく頼むぞ」
「はーい。それじゃあ、もうひときれ、食べてもいいかな?」
 そんなふうに言われたら、首を縦に振らないわけがなかった。



2009/08/24

(ぷちSS)「贋者語」(FORTUNE ARTERIAL)



 夏休み直前の、とある日の昼下がり。食後間もない授業は睡眠の温床であり、司はすで
に熟睡している。
 孝平もがんばってはいたものの、期末試験も終わった安心感と、食後の満腹感が手伝っ
て、次第に頭を揺らし始めた。
「支倉君」
 小さいが、針の穴を通すような声が孝平の耳に届いた。
「ん?」
 声の主は言うまでもなく、後ろの席の紅瀬さんだ。大げさに振り向くわけにはいかない
ので、ちらりと後ろを見ると、
「目障りね」
 強烈な毒を吐かれた。
「目の前で頭を揺らされると、とても目障りだわ。次に見つけたら、刺すから」
 とてつもなく物騒なことを言われた。
「善処する」
 とは言ったが、時間が経てば経つほど睡魔は仲間を呼び出して、孝平の耐久力を削って
いく。
「……ぐ」
 グサッ
「アーッ!」
 痛みに思わず立ち上がる孝平。首筋を押さえると、鮮血が指についた。
 桐葉の手には1本のシャープペンシルがあり、そこには孝平のものであろう血が付着し
ていた。
「(……これぐらいの傷なら、平気だけどっ)」
 吸血鬼の眷属である孝平にとって、多少の傷はすぐに治る。だが、痛覚がないわけでは
ないのだ。
「どうした、支倉」
 その声で我に返ると、クラス中の視線が自分に集まっており、数学教師が怪訝な目を向
けていた。
「あ……いえ、その……先生の板書が間違ってるなあと」
「そうか、どこだ?」
「……思ったんですけど、俺の見間違いでした。すみません」
 孝平はぺこりと頭を下げた。
「そうか、まあいい。座りなさい、授業を続けるぞ」
 教師が黒板を向いた隙に後ろの席をちらりと見ると、桐葉は何食わぬ顔で教科書を眺め
ていた。



 そのすぐ後の休み時間。隣のクラスから瑛里華がやってきた。
「どうかしたの、孝平。さっきの時間、あなたの声が聞こえたんだけど」
「あー、えーとなんでもないと言えばなんでもないんだが」
 桐葉は、授業が終わるとすぐに姿を消していた。
「ふうん。まあいいわ。あとで教えてもらうからね。……孝平の血の匂いがしたんだから、
私に知っておく権利ぐらいあるものね」
 瑛里華はそう呟くと、自分のクラスに戻っていった。



「大変だったね、孝平くん」
 瑛里華が戻ると、今度は陽菜が話しかけてきた。
「いや、まあたいしたことじゃないから」
 孝平が言うと、陽菜は苦笑する。
「だめだよ、孝平くん。いくら孝平くんが丈夫だからって、あれはやりすぎだと思う」
「え……。もしかして陽菜、見てたのか?」
「偶然見えただけ。でも、紅瀬さんがやりすぎたのはわかったよ」
「すごいな陽菜は。なんでも知ってるんだな」
「なんでもは知らないよ。知ってることだけ」



 急に用を足したくなったので急いでトイレに向かうと、前から伊織先輩が歩いてきた。
「おやおや支倉君。元気いいなあ。何かいいことでもあったのかい?」
「そんなわけないでしょ」



 用を足してクラスに戻ろうとすると、今度はかなでさんが歩いてきた。
「おや、ありゃりゃぎさん」
「違いますよ、かなでさん。俺の名前は孝平です」
「失礼、噛みました」
「違う、わざとだ……」
 ガブリ
「かみまみた」
「絶対わざとだ! っていうか、噛む意味がないでしょ?」



 廊下で騒いでいると、涼しい顔をしながら紅瀬さんが通り過ぎようとした。
「騒がしいわね」
「誰のせいだと思ってるんだ」
「私のせい、ではないわね」
 噛み付いているのはかなでさんだった。
「こ、これはそうだけど、さっきのことだ」
「何のことかしら」
「白を切ろうっていうのか」
「そんなことできるわけないでしょう」
「観念したんだな?」
「東儀さんを切るなんて」
「……」
「切ってほしいの?」
「んなわけあるかっ!」
「唾を飛ばさないで。童貞が移るわ」
「童貞が移るか! それに俺は童貞じゃない」
「それじゃあ処女なの?」
「なんでそうなる」



 結局、廊下で騒いでいたらシスター天池が飛んできて、生徒指導室に三人連行された。
「なんでわたしまでーっ?」



おわり