2004/06/20

「雨とことりと虹の空」(D.C.~ダ・カーポ~)



 窓をそっと開けると、夜の空気が部屋の中に入り込んできた。
 ここ数日、昼間はとってもいいお天気で、思わず溜め息をついてしまいそうな青空。
 だけど、夜になると昼間の暑さはどこへ行ってしまったのか、6月という時期にふさわ
しいと思えるような、涼しく過ごしやすい風。
 と言っても、多少湿気をまとっている風なんだけどね。
 空を見上げると、残念ながら真っ暗。きれいな星空が見られるとよかったんだけど、そ
れはもう少し先のことになりそう。
「しかたないかな……。梅雨の真っ最中なんだもんね」
 思わず、そう呟いてしまう。
 そう、6月も中盤をすぎたこの時期は毎年の事ながら梅雨に突入している時期なんです。
 だから、私、白河ことりは自分の誕生日がいい天気だった思い出ってあんまりないんで
す。ほんと、しょうがないんですけど。
「それにしても……」
 窓の外、1本の木を見上げて。
「本当に桜、散っちゃったんだなあ……」
 緑色の葉っぱで彩られた桜の木をぼんやりと見ながら、そんなことを考えた。



 それは今年の春のこと。
 この初音島で、桜の花びらが散ってしまうという事件が起こった。
 ごく当たり前の出来事なんだけど、初音島では大事件だった。
 初音島は、どういった原因かはわからないけど、桜がいつでも咲きつづける島だったの
です。もちろん花は散るのですが、すぐまた新しい花びらが咲いて、いつの季節でも桜の
木は満開。
 春はもちろん、まぶしい太陽が降り注ぐ夏も、紅葉が目に鮮やかな秋も、透き通るよう
な真っ白な雪が降る冬も、いつでも桜は私たちとともにありました。
 そんな身近な桜が、これまたどういった原因かはわからないけど、散ったままになって
しまいました。
 他の土地では当たり前のことに戻っただけなのに、私にとっては大事件だった。
 見えないものが見えなくなる、っていう感じかな。
 不安で不安で仕方なかった私。
 そんな私を支えて、元気付けて、そして勇気をくれた人。
 そんな素敵な人がいたから、私はきっと大丈夫。



 一瞬、強い風が吹いて葉っぱが何枚か部屋に舞いこんで来た。今までだったらいやって
いうほどの桜の花びらが入ってきていたんだけど、そういう意味では楽になったかも。
「おそうじ、大変だったもんね~」
 私はそのときのことを思い出して、自然に顔が微笑んだ。
 開けたときと同じように、そっと窓を閉めて祈った。
「明日は、晴れるといいな……」
 明日は私の誕生日。ただ晴れて欲しい、そんなささやかな願いをこめて、私は祈った。



 ザー……
 窓の外は、さっきからひっきりなしに雨の音が聞こえてきている。
「あ~あ、やっぱり雨が降っちゃったな……」
 ゆうべの風が少し湿気があったからちょっと嫌な予感がしてたけど、案の定的中。
 気分が少し落ち込んでいるところに、コンコン、とドアをノックする音。
 どうぞ、と返事をすると、ドアを開けて入ってきたのは暦お姉ちゃんだった。
「どうしたの、お姉ちゃん?」
「ああ、実は突然さっき電話があってな、今から学園のほうに行かなければならなくなっ
てしまったんだ」
 ……え?
「それで、どうやら帰りは夜遅くなりそうなんだ」
「そう、なんだ。……お仕事なんだもん、しかたないよねっ。私のことは気にしなくてい
いから。お仕事がんばってきて、ねっ?」
 私はお姉ちゃんに心配させないために、もうしないと決めていた作り笑いの笑顔でそう
言った。
 そう、お姉ちゃんは悪くないんだから。せっかくのお誕生日、家族といっしょに過ごし
たかったけど、私がガマンすれば……すむんだから。
「そうか。……すまないな」
 暦お姉ちゃんは、本当にすまなさそうな表情で一言だけそう言った。
「それでは行ってくる。あ、そうそう……」
 出かける間際に、暦お姉ちゃんは何かを言いかけて固まった。
 ?
「どうかしたの、お姉ちゃん」
「……ん?ああ、なんでもない。じゃ、行ってきます」
 暦お姉ちゃんは、一瞬すごく楽しそうに笑って、家を出ていった。
 ???



 暦お姉ちゃんが出かけると、家の中はすっかり静かになった。
 聞こえるのは、私が立てる物音と雨の音だけ。



 ふいに、涙がこぼれそうになった。



 私は大急ぎで部屋に戻って、ベッドにダイビングした。
 …………。…………。
 私はゆっくり顔を上げて、ちょっとだけ濡れた枕をごしごしと拭いた。
 よし、もう大丈夫。
 そのとき、ピンポーンと玄関のインターホンが鳴る音が聞こえた。
 私はあわてて玄関まで行き、ドアの覗き窓からそっと相手を確認した。
「あ……」
 ガチャリとドアを開けると、入ってきたその人は、なんと朝倉くんだった。
「あ、朝倉くん? どうしたの、突然」
「あーその、ことり今日誕生日だろ? だから、えーと、一緒に過ごしたいな~と思って。
……あ、もしかして何か用事でもあるのか?」
「……ううん、用事なんてないよ。ないない」
 私は首をぶんぶん振って、そう答えた。
 朝倉くんが、朝倉くんが来てくれた。
 いやだ、なんか顔がにやけてきちゃうよぅ……。
「そっか。なら、ちょっと出かけようぜ」
 そう言って、私に向って手を差し出す朝倉くん。
「それは構わないですけど、一体どこに行くんですか。外は雨が降ってると思うんですが」
 朝倉くんは私の手を取ると、そっとドアを開けた。
 ……あれ、どうなってるの?
 ドアから見えた外の風景は、いつのまにか雨が上がっていて、お日様が出ていました。
「雨なら、もうとっくにやんでるよ。ことり、もしかして寝てたんじゃないのか?」
 にやにや笑って私の顔を覗きこむ朝倉くん。
 ……もしかして、私、ふてくされて寝ちゃってた?
 かああっと顔が真っ赤になる私。そんな私を見て、ますます朝倉くんは笑った。



「よし、到着~」
 朝倉くんに連れられて、私がやってきたのは桜公園。そして、その桜公園の中でも1番
お気に入りの場所、『枯れない桜』だった。
 と言っても、今は枯れてるわけだけど。
 二人寄り添って木にもたれかかると、朝倉くんが話し出した。
「まず最初にばらしちゃうけど、今朝、暦先生から電話がかかってきたんだ…」
 朝倉くんの話をまとめると、今日の朝突然出かけることになったお姉ちゃんは、朝倉く
んのうちに電話したそうだ。私の相手をするように、とだけ言い残して。
 そっか、お姉ちゃんの笑いはそういうことだったんだ……。
「もちろんことりの誕生日は知ってたわけだけど、突然の電話だったから急いでことりの
家に行かなきゃって思ってな。だから、その……」
 少しためらってから朝倉くんは



「プレゼント、まだ用意してないんだ」



 と言った。
 その顔があまりにも真剣で、思わず私は笑ってしまった。
「いいですよ。朝倉くんからは、もうプレゼントいただきましたから」
 そう、一緒にたいせつなひとと誕生日を過ごしたい。それに、お天気も晴れてくれた。
私にとっては、十分すぎるほどのプレゼントなんだから。
「ことりがそう言うのならいいんだが、でもなあ……」
 私は全然気にしてないんだけど、朝倉くんは不満そうな感じ。
 ……そうだ。
「じゃあ、プレゼント、いただいてもいいですか?」
「ああ、いいけど。何がいい?」
 私はそれには答えず、彼の首にそっと手を回して、唇を重ねた。
 …………。…………。
 この時間がずっと続けばいいと思うような、そんなキス。
 しばらく経ってから、そっと離れる。
「えへっ、いただいちゃいました♪」
 朝倉くんは優しく笑って、私の髪を撫でてくれた。
「ことり、誕生日おめでとう」
「どうもありがとうございます」
 お互いにこにこと笑い合う。
 ふと空を見上げると、雨上がりの空には七色の鮮やかな虹が出ていた。
「まるで、ことりのお祝いをしてくれているみたいだな」
「うんっ!」



おわり



あとがき





PCゲーム「D.C.」のSSです。
ヒロインの白河ことりの聖誕祭用です。
うーん、久しぶりすぎてなんだかうまく書けませんでした。
やっぱりゲームプレイからそろそろ2年ですから、いろいろと忘れてて(汗)。



それでは、また次の作品で。



��004年6月20日 白河ことりさんお誕生日♪