2003/09/27

「焼きそばパンが食べたくて」(マブラヴ)



 『焼きそばパン。英語では「Yakisoba Bread」。
 最近では、パンの中に焼きそばを閉じ込めたタイプの焼きそばパンもあるが、やはりコッ
ペパンに切れ目を入れて、そこに焼きそばを挟んだタイプがオーソドックスであると思わ
れる。
 単純に、パンに焼きそばを挟めば焼きそばパンの出来上がりではあるが、それでは普通
の焼きそばパンでしかない。素材、調理法、パンの形等、工夫する余地は十分にある。
 美味しい焼きそばパンに出会うために、今日も私は歩きつづけるだろう。』



 なんか、すげえな……。
「タケルちゃん何読んでるの?」
 俺の名前は白銀武。白陵からの帰り道、たまたま寄ったコンビニで雑誌を立ち読みして
いると、幼馴染の鑑純夏が話し掛けてきた。
「えーと……『月刊ヤキソバ』だな」
「『月刊ヤキソバ』? 何それ、そんな雑誌があるんだ~」
 俺が雑誌を純夏に渡してやると、純夏はそれを受け取って興味津々で読み始めた。
 何気なく手に取って読み始めたんだが、何か引き寄せられるものがあった。ただの雑誌
のコラムのくせに俺の気持ちを動かすとは……。
 気が付くと、俺はそのコンビニの惣菜パンコーナーの前に立っていた。焼きそばパンが
食べたくて仕方がない。時間は午後4時。ちょうど夕飯前に軽く腹ごしらえしておきたい
ころだ。
 焼きそばパンを探す……探す……探す……あった!! ひとつだけ!! まさに、俺に
食べられるためだけにその焼きそばパンはあった。普段は存在すら気にもかけない神に感
謝の祈りをささげる。そして、俺は焼きそばパンに手を伸ばした。すると、
「も~らいっ」
 と言う声と共に、俺の目の前から焼きそばパンがさらわれた。
「……純夏か。悪いことは言わない。その焼きそばパンを置け。それは俺のものだ」
「そうはいかないよっ! 私だって焼きそばパン食べたいんだから。ひとつしか無い以上、
先に手に入れたほうが勝ちだもん」
 純夏のくせに生意気な。どうやら俺が渡した雑誌を読んだせいで、純夏も焼きそばパン
が食べたくなったようだ。
 雑誌を渡した俺のせいと言えなくもないが、今はそんなことはどうでもいい。最優先事
項は、目の前の焼きそばパンの確保だ。
「ここは公平にじゃんけんで勝負を決めようぜ。どうだ?」
「……そうだね。そのほうがもめなくてすみそう」
 と言うと、純夏は焼きそばパンを棚に置いた。
 ふふふ、やはり純夏だな。俺が何年お前の幼馴染をやっていると思っているんだ? 純
夏のじゃんけんのくせはすでにお見通しだぜ! そして、俺のじゃんけんのくせは純夏に
は読みきれない! すなわち、俺の勝ちだということだ。ふっふっふ。
 俺はひとつ深呼吸をして構える。無駄な力を入れない自然体の構え。手は半開きにして
おく。……よしっ!
「準備はいいか、純夏?」
「いつでもいいよっ!!」
 俺と純夏は一定の距離を保って向かい合う。双方の緊張の高まりのせいか、まわりの空
気が張り詰めているように思えるのは俺の気のせいだろうか?
 ……気のせいだよな。だってここはコンビニの惣菜パンコーナーの前なんだから。微妙
に周りの視線が突き刺さっているような感覚がするのは気のせいだろうか?
 …………………………………………………
 早いとこ、勝負しよう。
 お互いの呼吸を合わせて……3……2……1っ!
「「最初はグッ!! じゃんけんぽんっっ!!!」」
「やったーーーーーーっっっっっ!!!!!」
 コンビニの店内に純夏の声が響き渡った。俺はグー。純夏はパー。
 ガクっとひざをつく俺。しまった。勝負の直前に周囲が気になってしまったせいだ。そ
れまでいい感じで張り詰めていた緊張感が、あの瞬間ふっと途切れた。俺の……負けだ。
「ふっふっふ~。タケルちゃん甘いね! タケルちゃんのじゃんけんのくせはお見通しな
んだから。何年タケルちゃんの幼馴染やってると思ってるのさ。これに懲りたら、二度と
私にじゃんけん勝負は挑まないほうがいいと思うよ」
 くっそ~、純夏のやつめ。言いたい放題言いやがって! お前にじゃんけんのくせを読
まれたからじゃないんだが、今は何を言っても無駄だろう。……覚えてやがれっ!
「わかったわかった純夏の勝ちだおめでとうおめでとう」
「心がこもってないうえに棒読み。しかも句読点がない」
 ツッコミ入れんな、純夏のくせに。
「ま、いいか。負けを認めたくない気持ちは誰にでもあるものだし。それじゃあ、勝利の
特典として焼きそばパンを買おうかな…………って、あれ?」
 純夏が変な声を出したのでそちらに目をやると、純夏は固まっていた。さらに注意深く
見てみると、純夏はある一点を見つめたまま固まっていた。その一点とは、純夏が焼きそ
ばパンを置いておいた場所だった。
「……なんだ、もう食べたのか? 早いね。それにしても金を払う前に食うのはどうかと
思うが」
「そんなわけないでしょ! ……確かにここに焼きそばパン置いといたのに。……神隠し?」
 んなわけあるかよ。
「まああれだ。気を落とすな。たかが焼きそばパンひとつで」
「あんなに真剣にじゃんけん勝負挑んできたタケルちゃんに言われたくないけど」
 ツッコミ入れんな、純夏のくせに。
「きっと心やさしい誰かに買われていったのさ。あいつも幸せになってるに違いない」
「そうだね……」
 ツッコミ入れろよ、純夏のくせに。



 じゃんけんに負けて気落ちしている俺と、じゃんけんには勝ったが焼きそばパンをゲッ
トできなくて気落ちしている純夏。ふたりともそれぞれしょんぼりした気分のまま、コン
ビニを出た。
「あああああーーーーーーー!!!!!」
 コンビニを出た途端、耳元で純夏がでっけえ叫び声をあげた。
「うるせえなあ、なんだよ……お、彩峰じゃん。それに、犬?」
「?…………」
 コンビニの前にいたのはクラスメイトの彩峰慧だ。その足元にはどこかで見たことある
ような気がする犬がいた。
 彩峰は俺らをチラッと見ると、犬に餌をやりはじめた。その手に持っているのは………
焼きそばパンだった。
「おい彩峰。それは……」
「……焼きそばパン」
「んなこたあ見りゃわかる。それどうしたんだ?」
「……買った」
「どこで?」
 彩峰は俺の後ろを指差した。そこにあるのは、コンビニだった。
「えーと、いつ?」
「……5分ぐらい前、かな」
 純夏、やっぱり犯人はこいつだ。一目見た瞬間答えはわかっていたんだが。
「ひどいよ彩峰さん。それ私が食べる予定だったのに……」
 純夏がどうにもならないことを呟いた。
「……食べたいの?」
「うんっ!」
 純夏はパブロフの犬のように反射的に答えた。
「……白銀も、食べたい?」
「まあ、な」
 俺も、もちろんだと言わんばかりにうなずいた。
「……お手」
「するかっ!!」
「……残念」
 そんなことをしているうちに、犬は焼きそばパン(俺か純夏が食べるはずだった)を食
べ終わって、去っていった。
「それじゃ」
 そう言って、彩峰も帰っていった。
 あとには、俺たちふたりが残された。
「……帰るか」
「そだね……」
 なんかもうどうでもよくなった俺たちは、意味もなく疲れきっていた。



 家に着いた俺は、腹が減っていたのでキッチンへ行った。
 キッチンの机の上には置き手紙があり、そこにはこう書かれていた。



『父さんと母さんは、今夜は鑑さんたちと夕食を食べに行ってきます。
あんたは純夏ちゃんに何かめぐんでもらいなさい。
あ、そうそう。おやつは冷蔵庫に入れておいてあげたから』



 ……俺が何かしたんだろうか?
 置き手紙を握りつぶしながら冷蔵庫を開けると、そこにはラップにくるまれた焼きそば
パンがひとつ置いてあった。



なお、当たり前のことですが、このお話はもちろんフィクションで、
実在の団体や「マブラヴ」本編とはまったく関係ありません。
……多分。



あとがき



PCゲーム「マブラヴ」のSSです。
ヒロインの彩峰慧の聖誕祭の作品……のつもりです。
ヒロインがあまりからんでないような気もしますが……フィクションですから、
ま、いいか(ぉ
それではまた次の作品で。



��003年9月27日 あの日からひと月後(ぇ