2000/03/06

陽菜の微笑み(FORTUNE ARTERIAL ぷちSS)



「おはよう、孝平くん」
「おはよう、陽菜。今日もいい天気だな」
 空には太陽がまぶしく輝いている。
「うん。お休みだったら、お布団干せたんだけどね~」
「昼間は学院に行ってるし、万一ってこともあるといけないから、なかなか干せないんだ
よな」
「そう言えば孝平くんのお布団、だいぶぺたんこになってるよね。今度のお休みが晴れる
といいね♪」
「ああ。……って、次の休みはデートしようって言ってなかったっけ」
「……そう言えば、そうだよね。う~ん、デートは延期してもいいんだけど」
「布団のために延期ってのもな……。まあ、当日の天気によるけど、その時に考えよう。
俺は、陽菜がそばにいてくれれば、それだけで幸せだから」
「わ、私も……孝平くんがそばにいてくれるなら……」
 自然と、ふたりの距離は縮まっていく。



「おかえりなさい、孝平くん。お茶会の準備はもうすぐできるよ、ってどうしたの、そん
なに息を切らして」
「いや、風が強かったから走って帰ってきただけ。強風の中をのんびり歩いてるのもな」
「女の子はそういうわけにはいかないんだけどね。……はい、お茶」
「サンキュー、陽菜。……ああ、やっぱり陽菜のお茶はおいしいな」
「ありがとう、孝平くん」
 そんなふたりを、じっとりと見つめる四つの目。
「な、なんですか、かなでさん」
「いーえー、らぶらぶだなーと思っただけ。ねー、えりりーん」
「そうですねぇ、悠木先輩。まさか、こんなにも夫婦っぽい光景が目の前で見られるとは
思ってなかったわ」
 ずずず、とあからさまに音を立てながら、かなでと瑛里華はお茶をすすった。
「もう、ふたりともからかわないでよ、はいお茶」
「ありがとー、ひなちゃーん」
「ありがと、陽菜」
 孝平は荷物を置くと、いつもの定位置に座る。そして、陽菜も定位置の孝平の隣に座っ
た。
「今日は、白は用事があるからお茶会には来られないそうよ」
「へーじも同じく。バイトで疲れたから寝るって」
「司は、この強風の中を出前してたんだろうから、疲れるのもわかるな」
「そんなに外の風、すごいの?」
「ああ、春一番はもう吹いたけどさ、結構な。寒さもぶり返したような気がするよ」
「それじゃあ、明日のひな祭りはどうなるのかなあ」
 陽菜が心配そうに呟いた。



「今日は雨だね、孝平くん」
「ああ、こればっかりはしょうがないよな。でも、おかげでいいものが見られたと思えば、
雨も悪くないかな」
 あいにくの雨。当初は寮の中庭で開催される予定だったひな祭りパーティーは会場が談
話室に変わった。
「そうだね、こんなに立派な雛人形が見られたんだもん。紅瀬さんには感謝しないといけ
ないね」
「……私は、何もしていないわ」
「それでも、許可、してくれたんだろ。昔、伽耶さんと遊んでたっていう貴重な雛人形ら
しいじゃないか」
「運んでくれたのは、貴方と八幡平君でしょう」
「これぐらいはやらないと、カッコつかないだろ」
「ありがとうね、孝平くんも」
「陽菜のその笑顔だけで、十分お釣りが来るよ」
「……ごちそうさま。それじゃ、私はこれで」
 桐葉は音も無く去っていった。
「……え、えー、みなさん。お集まりいただきまして、どうもありがとうございます。祝
いの杯をお渡ししますので、前の方から順番に取りにきてください」
「お、いよいよ白酒の登場だな」
「孝平くん、私たちも行こう。白ちゃんのお手伝いをしないと」
「そうだな。さすがに白ちゃんひとりで白酒を配らせるわけにはいかないし」
「あ、支倉くんに陽菜。ふたりはそっちでお願い。こっちは私と白でやるから」
 宴の準備は着々と進んでいった。



「陽菜、昨日はありがとうね」
「ありがとうございました、陽菜先輩」
 いつものお茶会の席。生徒会の紅二点がぺこりと頭を下げた。
「え、昨日? ……私、何かしたかな」
 ごつん、という鈍い音がした。瑛里華が机に頭をぶつけたのだ。
「何って、ひな祭りのお手伝いでしょ! もう、頭ぶつけちゃったじゃないの」
「それは会長が自分でやったからだろ。はい、今日は俺が淹れてみた」
「わかってるわよ……ありがと」
 おでこを押さえつつ、お茶を受け取る瑛里華。
「ありがとうございます」
「ありがとう、孝平くん」
 とりあえず、みんなお茶を飲んで気分を落ち着けることにした。
「あら、おいしいじゃない♪」
「これでも、毎日白ちゃんの仕事振りを見てるし、時々陽菜にも紅茶の淹れ方を教わって
るからな」
「はいはい、お熱いですこと。それはそれとして、私たちとしては昨日のお礼をしたいん
だけど、何かしてほしいことってある? 陽菜のしたいこと、私と白でやろうって話して
いたのよ」
「うーん、そう言われても、特に思いつかないなあ……」
「小さなことでも構いませんから、何かあったら遠慮なく教えてくださいね」
「うん。……あ、だったらひとつお願いしても、いいかな」
「ええ、いいわよ」
「あのね、……編ませてもらってもいい?」



「~~~♪」
 顔の表情からも、陽菜の嬉しさが伝わってくる。
 瑛里華の髪をやさしく丁寧に編み上げていく陽菜の笑顔は、見ている人にも伝染していっ
た。
「陽菜先輩、すごく楽しそうです」
「そんなに、編みたかったのか?」
「うん。だって、えりちゃんの髪、とっても気持ちがいいんだよ。それに……」
「それに?」
「小さい頃にも編ませてもらったこと、思い出したから」
「……私は、ずっと覚えていたわ。数少ない、小さい頃の思い出だったから」
 瑛里華が懐かしむように目を閉じる。
「ごめんね。……でも、本当に思い出せてよかったよ。わがままも、時にはいいことがあ
るんだね……」
 陽菜の目に、涙の粒が浮かんでいた。
「よかったな、陽菜」
「うん♪ ……はい、できあがり」
 瑛里華の金髪は、二房の三つ編みになっていた。
「ほんとに上手ね。さすがは三つ編み師、といったところかしら」
「陽菜先輩は、三つ編み師なんですか?」
 白が目を丸くした。
「……そうなのかな?」
「いや、俺に聞かれてもな」
「それじゃあ、白ちゃんもどうかな」
「え、わ、わたしですか?」



「よろしくお願いします、陽菜先輩」
「うん、まかせて。これでも修智館学院一の三つ編み師だよ?」
 冗談めかして微笑む陽菜に、白も笑顔になった。
「うわあ、白ちゃんの髪、すごく細くてやわらかいね」
「そうですか? わたしは自分のことなので、よくわからないのですが」
「自慢していいと思うよ。……そういえば、東儀先輩の髪も長くてきれいだよね」
「もしかして、東儀家には秘密のシャンプーが伝わっているとか」
「そんなわけないでしょう、支倉くん。……ないわよね、白?」
「え、ええと、わたしは少なくとも聞いたことがありません」
 そんなことを話している間に、白の三つ編みは完成した。
「はい、できました♪」
「白ちゃん、鏡見てみなよ」
 孝平が手鏡を渡すと、白はにこりと笑った。
「すごいです。なんだか、文学少女になったみたいな気がします」
「校則にも準じた、伝統的な三つ編みだからね。もしよかったら、また編ませてね」
 そして、陽菜の目は、最後の一人に向けられた。



「孝平くん♪」
 陽菜の楽しげな声に、孝平はうな垂れるしかなかった。
「とほほ、まさかまた三つ編みをすることになろうとは」
「大丈夫だよ、孝平くん。前の時よりも髪の毛が長くなってるから、編みやすいよ?」
「……さんきゅ、陽菜」
「うん♪」
「どうしてなんだろう。甘い会話のはずなのに、切なさが感じられるわ……」
「え、えと、支倉先輩、お茶をどうぞ」
 こぽこぽと急須からお茶を注ぐ白だった。
「ありがとう、白ちゃん。……ふたりにお願いがあるんだけど、このことは誰にも言わな
いでおいてくれるかな。やっぱり恥ずかしいから」
「どうして? 別に、女子大浴場に突入したわけじゃないから、平気でしょ」
「随分なつかしいことを……あいたた。陽菜、なんでつねるんだよ?」
「さあ、孝平くんの胸に聞いてみたらいいんじゃないかな」
「あ、ごめんね、陽菜。余計なこと言っちゃったわね」
「ううん、えりちゃんは悪くないよ。孝平くんがえっちなのがいけないの」
「いや、俺は何も思い出してなんか……」
「(にこにこ)」
「すみませんごめんなさい」
「これっきりだよ?」
 と言って、陽菜は孝平のほっぺたをさすった。
「?」
 白は、何がなんだかわからなくて、ずっと首を傾げていた。



「準備できた、孝平くん?」
「ああ。ちゃんと布団も干したし、洗濯もばっちり。荷物もちゃんとまとめてあるから、
いつでも出られるぞ」
「それじゃ、5分後に寮の前で待ち合わせだね」
「ここから一緒に行けばいいんじゃないか?」
「だめだよ。デートはデートらしくしなくちゃ」
 そう言うと、陽菜は小走りで階段を下りていった。
 やれやれと思いながら、少しゆっくりめに階段を下りる。
 そして、寮の前で待っている陽菜に向かって声をかけた。
「お待たせ、待ったか?」
「ううん、私も今来たばかりだから♪」
 あははっとふたりで笑いあった。
 なるほど、確かにデートってこういうものだよな、なんて思いながら。
 仲良く手をつないで歩いていると、前方から桐葉が歩いてきた。
「おはよう、紅瀬さん」
「おはよう……悠木さん、支倉君も」
「おはよう。紅瀬さんは散歩か?」
「いいえ、主の用事を済ませて帰ってきたところよ。まったく、伽耶ったら寝かせてくれ
ないんだから……」
 それを聞いた陽菜の顔が、赤く染まる。
「ゲームをしていたのだけど、自分が勝つまでやめようとしないのよ。まったく、しかた
のない主だこと」
 と言い残して、桐葉は歩いていった。
「あ、あはは……い、行こうか、孝平くん」
「お、おう」
 なんとなく、ぎこちなくなりつつも、手はつないだままのふたりだった。



 噴水前にやってきた。太陽の光を浴びて、水がきらきら輝いている。
「そう言えば転入したての頃、ここの写真を撮ったっけ」
 あれから、もうすぐ一年になるのか。
「ああ、お姉ちゃんにもらった冊子に従って、写真撮りに行ったんだよね」
「そう。あの時はいろいろあったなあ。確か、このへんで雪丸を……」
 ぴょん
「あ、雪丸だね」
「そうだな。……てことは」
「ゆきまるー」
 孝平は目の前を飛び跳ねる雪丸をキャッチした。
「あ、支倉先輩、陽菜先輩」
「おはよう、白ちゃん。雪丸のお散歩?」
「いえ、お散歩は終えて戻ったところで、逃げられてしまいまして」
「ここで、俺に捕まえられたと。はい」
「いつもありがとうございます。ほら、雪丸も反省しないとだめですよ」
 白ちゃんに叱られて、少しだけ雪丸がしょんぼりしたように見えた。
「おふたりはお散歩ですか?」
「うん♪ ちょっと裏山のほうまで行こうかなって。よかったら、白ちゃんも一緒に来な
い?」
「……いえ、わたしはローレル・リングのお仕事がありますし、それにおふたりの邪魔を
しちゃ申し訳ないですから」
 白はぺこりと頭を下げると、礼拝堂に戻っていった。



 監督生棟まで上がってきた。
「あら、どうしたのふたりとも」
 そこには、いつもの勝気な笑みを浮かべた、われらが生徒会長、千堂瑛里華の姿があっ
た。
「おはよう、えりちゃん。今日は、孝平くんとおでかけなの」
「ふ~ん、いつも仲良しでいいわねえ。ちゃんと陽菜をエスコートしてあげるのよ、支倉
くん?」
「ああ、言われるまでもないさ。会長は、どうしてここに? 生徒会の仕事でもあったっ
け」
「違うわ。四月になったら、新入生が入ってきて、またにぎやかになるでしょう。それに
備えてのアイデア出しと、受験勉強よ。監督生室は静かだから結構はかどるの」
 ぱちりとウインクしてみせる瑛里華。
「そっか。それじゃ、俺も空き時間にアイデアを溜めておくよ。それじゃ、またな」
「ええ、いってらっしゃい♪」
 ひらひらと手を振る瑛里華に、ふたりは笑顔を返した。



「千年泉に到着だね~」
「ああ。ここらで休憩にしようか。ちょっと待っててくれよ」
 孝平はカバンからレジャーシートを取り出した。
「えーと、突風はないだろうけど、一応石を置いておくか」
「はい、こーへー」
「ありがとうございます、かなでさ……って、ええっ?」
「お姉ちゃん?」
「うん、間違ってもひなちゃんのお兄ちゃんじゃないよ?」
「んなことはわかってますって。どうしてこんなところに?」
「もうすぐ卒業だからね~。学内をいろいろまわって思い出に浸ってみようかと」
 かなでは懐かしそうにまわりを見渡した。
「お姉ちゃんは、ここにどんな思い出があるの?」
「そーだねえ……。ずっと昔に、幼なじみの男の子が溺れたよーな記憶が」
「その幼なじみの男の子は、何も悪いことしてないのにイカダで島流しにされたんですよ
ね」
「そーそー。よく覚えてるね、こーへー。さすがは生徒会副会長!」
 ぐっ、と親指を立ててにこやかなかなでだった。
「そういえば、そんなことあったよね。あの時は、お姉ちゃんが孝平くんに人工呼吸しよ
うとして大変だったっけ」
「……ちょっと待って。それ初耳」
「……ごめん、冗談だよ」
「なんだ、よかった」
 ほっと胸をなでおろす孝平。
「実は、私が人工呼吸……したんだよ?」
「……え?」
 ふたりはお互いのくちびるを見つめあい、そして。
「はいはい、そこまでー。まずは、お昼を食べようよ」
 かなでのノーテンキな声が邪魔をするのだった。



「でりーしゃす! やっぱり、ひなちゃんのごはんは美味しいね♪」
「ありがとう、お姉ちゃん。はい、あったかいお茶もあるからね」
「ほんとだ、この卵焼きなんて、絶妙な味で俺好みだ」
「ありがとう、孝平くん。おかわりもあるから、たくさん食べてね」
 三月とはいえまだ少し肌寒いが、ちょうどお昼時ということもあり、日差しが出ている
ので、絶好のランチタイム日和だ。
「お姉ちゃんは、この後どうするの? 私たちと一緒に来る?」
「ううん。ふたりの邪魔をするなんて、お姉ちゃん失格だよ。お昼からは、まるちゃんの
お手伝いでもしようかな」
「いつもお世話になってるもんね。あ、でも、まるちゃんって言うのはやめておいたほう
がいいよ」
「そうですね。シスターの機嫌が悪くなっちゃいますから」
「わかってるって。どーんとまかせておきなさい、屋形船に乗ったつもりで!」
「……いまいち、想像しづらいんですが」
「えっとね、お館様~、今宵は無礼講ですぞ、がっはっは~みたいな?」
「いろいろと間違ってるからね、お姉ちゃん。もう、しょうがないなあ」
 場所は違えど、いつものセリフが陽菜の口からこぼれるのだった。



 それじゃあ、またあとでねーと元気に手を振りながら、かなでは階段を下りていった。
「さて、お昼も食べたことだし、これからどうしようか。もう少しここでのんびりしてい
くか?」
 春の日差しが、千年泉の水面に反射して輝いている。眺めているだけでも、楽しそうだ
が、陽菜は首を振った。
「あのね、行きたいところがあるの」
 そう言って、先を歩く陽菜について行くと、次第に見覚えのある道であることに孝平は
気がついた。
「陽菜、この道って」
「もうすぐ、着くからね?」
 その言葉通りに、唐突に道が開けた。前方に見えるのは、大きな洋館だ。
「こんにちは~。伽耶さん、いらっしゃいますか」
 呼び鈴を鳴らし、陽菜が呼びかける。
 ……。返事がない。
「留守、なのかな」
「紅瀬さんの話を聞いて、今日はいると思ったんだけど……もしかして、眠っているのか
な?」
 そんな話をしていると、
 からん
                       ころん
 という音が聞こえてきた。
「この音って、もしかして」
「うん。きっと、伽耶さんだよ」
「……誰かと思えば、陽菜に、支倉か」
 いつもの豪奢な着物を身にまとった伽耶が、屋敷の裏手からゆっくりと姿を見せた。



「こんにちは、伽耶さん。もしかして、お休み中でしたか?」
「いや、先ほど目覚めたばかりだ。昨夜は桐葉がなかなか寝かせてくれなんだのでな。明
け方になってから、ようやく眠りについたのだ」
 伽耶は気だるそうに首を回すと、大きなあくびをした。
 それを聞いて、陽菜と孝平はくすくすと笑った。
「うん、どうしてふたりで笑っておるのだ?」
「いえ、なんでもないです。そうだ、よかったらお茶でもいかがですか。お昼ごはんは先
ほど食べてしまったんですけど、お茶はまだ残っていますから」
「それでは、頂くとしようか。今日は天気も良いし、縁側でよいか」
 そう言って、歩き出す伽耶にふたりはついていった。
 縁側に行くと、一匹の黒い猫が先客だった。
「今日はあったかいから、ネネコも気持ち良さそうだ」
「ああ。と言っても、こやつはいつもここで気持ち良さそうにしておるがな」
 やわらかな昼の日差しを浴びながら、ごろごろと寝返りをうつネネコだった。



「馳走になった。陽菜のお茶は、いつも美味いな」
「ありがとうございます。それでは、私たちはそろそろ失礼しますね」
「そうか、また、いつでも来るがよい。……支倉もな」
「はい、伽耶さん。ネネコも、またな」
 うにゃあ、と孝平に返事したのかどうかはわからないが、ネネコが気持ち良さそうに声
を出した。
 屋敷を出て、しばらく歩いてから孝平が口を開く。
「せっかく来たんだし、もうちょっといても俺はよかったけど?」
「うん。そう思ったんだけど、伽耶さん、まだ眠そうにしてたから」
「……確かに。朝まで紅瀬さんと遊んでいたみたいだしな」
「また遊びに来ようね、孝平くん」
「ああ」
 そして、ふたりはゆっくりと手をつなぐ。
「孝平くんの手、あったかいね」
「陽菜の手もあったかいぞ。それに、……やわらかい」
「え?」
「なんていうか、女の子の手って、やわらかくていいなって思う」
「……それは、お肉がついてるってこと?」
「いや、そういうわけじゃないよ。うまく説明できないけど、女の子だなあって思うんだ」
「それなら、孝平くんの手も男の子らしいよ。大きくて、力強くて。つないでるとすごく
安心するの」
「そうなのか?」
「うん。だから、これからも一緒に歩く時は、手をつないで歩きたいな」
「ああ。みんなの前だからって、遠慮したりしないからな?」
「あはは、ちょっと恥ずかしいけど、平気だよ。孝平くんがいっしょなんだから」
 陽だまりのような笑顔で微笑む陽菜だった。



「やっとお昼か。よし、早く学食に行こう、陽菜」
「うん。うふふ、孝平くんのお腹の音、私にも聞こえてきたよ?」
「うわあ、ということは周りのやつらにも聞こえてたってことだよな」
「そうかもしれないね。朝ごはんはちゃんと食べたんでしょう?」
「ああ。でも、足りなかったみたいだ」
「いっぱい食べられるといいね」
 食堂に着き、陽菜が場所取りをしている間に、孝平が二人分のメニューを運んできた。
「お待たせ。味噌ラーメンスペシャルだったよな?」
「うん、ありがとう♪ 孝平くんは、いつもの焼きそば?」
「いや、実は、焼きそばの下にはハンバーグと目玉焼きとチキンライスが隠されてるんだ」
「す、すごいね」
「陽菜の味噌ラーメンスペシャルも、色々な具が入っていて十分すごいと思うんだけど。
それじゃ食べよう」
「いただきます♪」
 しばらく、食べるのに専念するふたり。
「そう言えばさ、陽菜はどうして味噌ラーメンが好きなんだ? 何かきっかけがあったり
するのか」
「特別なきっかけはないと思うけど。味噌単体が好きなわけじゃないし。でも、ラーメン
と一緒だとすごくおいしいと思うんだよ」
「へえ」
「それに、味噌とコーンの相性は最高だと思うの。メンを食べ終わっても、コーンを一粒
ずつお箸でつまんで食べるのが好きなの」
「ほう」
「チャーシューもやわらかくていいよね。スープが味噌だと、よりマイルドになるからい
いんだよね」
「ふうん」
「……ごめん、退屈だった?」
「え、いや、陽菜は本当にみそラーメンが好きなんだなって思っただけ。退屈じゃないさ。
嬉しそうな陽菜が見られて俺も嬉しいし」
「ありがと、孝平くん」
 そう言って、陽菜はおいしそうにラーメンをすすった。



「いいお天気だね、孝平くん♪」
「ああ。こういう日は、のんびり昼寝するのが最高の贅沢だよな~」
「孝平くんは、お昼寝したいの?」
「いや、陽菜がいるんだから、いちゃいちゃしたい」
「……」
「あ、もしかして怒った?」
「……ううん、そうじゃないよ。いいのかなって」
「何が?」
「孝平くんと、いちゃいちゃして」
「いいと思うけど」
「……わかった。じゃ、じゃあ」
 陽菜は、そっと孝平の手を握った。
「もっと、そばに行っても、いい?」
「ああ」
 陽菜は、孝平にぴったりと身体を寄せる。
「……孝平くん、どきどきしてる」
「陽菜、だって」
「……うん。もっと、もっとどきどきすること、してもいいかな」



「おはよう、こーへー!」
「おはようございます、かなでさん。……陽菜も、おはよ」
「う、うん……おはよ」
 今日も春らしい朝。寮を出たところで孝平は悠木姉妹と出会った。
「あれあれ? ひなちゃんの様子がおかしいな。……もしかして、こーへーとケンカでも
したの?」
「し、してませんって」
「こーへーはこう言ってるけど?」
「う、うん……、ケンカじゃないよ。……ちょっと、ね?」
「ふむ……、まあ、そういう時もあるよね。お姉ちゃんは器がおっきいから、ふたりをあ
たたかく見守っていくからね」
 かなではそう言って、ふたりの背中をばしばしと叩いた。
 孝平は、かなでが意外にもあっさりと引いてくれたので、ほっとした。
 ちらりと陽菜のほうを見ると、陽菜もこちらを見つめていて、目が合った。
 瞬間、昨日のことが思い出されて、ふたりとも顔を真っ赤にして目をそらすのだった。
 かなでは、ふたりの少し前を歩いていて気がつかなかった。



 休み時間。ぼんやりしている陽菜の前に、ひとりの少女が立った。
 うつむいていた陽菜が顔を上げると、長く美しい黒髪が視界に入った。
「……紅瀬、さん」
「貴女にしては、反応が鈍いわね」
「……そう、かな?」
「ええ。……もうずっと前の約束だけど、今日なら編ませてあげても、いいわ」
「…ほんと?」
「私に二言はないわ。そうね……昼休みでいいかしら」
「う、うん!」
「それじゃ、また後で」
 桐葉は静かに自分の席に戻っていった。



「それじゃあ、行きましょうか」
「う、うん」
 陽菜は桐葉の後についていった。
 何も言わず、すたすたと歩いていく桐葉。
 他の人に見られない場所に行くのかな、と思っていた陽菜だったが、校舎を出て、さら
に森の中の道をずんずんと歩いていく桐葉に、陽菜は不安を覚える。
「……あの、紅瀬さん。どこまで行くの?」
「もうすぐ、着くわ」
 その言葉が終わった途端、唐突に明るくなった。
「うわぁ……」
 海からの風が心地よく吹きぬける。丘の上に、陽菜と桐葉は立っていた。
「すごくきれい……。学院にこんなところがあるなんて、知らなかった」
 海を見つめながら呟く陽菜。
「あまり人は来ないわね」
 桐葉はゆっくりと腰を下ろした。



 風がやさしく吹き抜ける丘で、陽菜は桐葉の髪を編んでいた。
 会話はないが、陽菜の嬉しそうな様子はその表情から容易に伺うことができる。
 ちらりと陽菜の顔を見つめ、桐葉は口を開いた。
「今日は、少しぼんやりしているのね」
「……心配、してくれてるの?」
「そ、そう思ってもらって、構わないわ」
「……ありがとう、紅瀬さん」
 陽菜は微笑む。三つ編みを作る手つきもよりやさしくなる。
「昨日ね……孝平くんと過ごした時間が……頭の中でずっとまわっているの。おつきあい
するようになって、いろいろな孝平くんを見てきたのに、まだまだ私の知らない孝平くん
がいるんだなって」
「そう。……ケンカ、ではないようね」
「うん。それはないよ。……やっぱり、みんなに心配かけているのかな」
「貴女が気にすることではないわ。……友人の心配をするのは、友人の役目だから」
「えへへ、嬉しい。……はい、できました♪」
「ご苦労様。……どうかしら」
 桐葉はくるりと回ってみせる。
「うん。とっても似合ってるよ。袴を着たら、大正時代の女学生に見えるかも」
「それ、褒められているのかしら?」
「うん、もちろんだよ」
「ならいいわ。ありがとう、悠木さん」
 桐葉は満足そうに笑った。



「支倉くん、お茶淹れてくれない?」
「あ、お茶ならわたしが」
「白はその書類が終わるまで動いちゃダメ」
「うう……」
 うなだれて、パソコンに向かう白。
「いいよ、白ちゃん。たまには俺もやらなきゃな」
 孝平はそう言って、給湯室に向かった。
「はい、お待たせ」
「ありがとう。……あら、美味しいわね」
 適度に冷まされた紅茶を口に含み、笑顔になる瑛里華。
「茶葉がいいからさ」
「それだけじゃないわ。……陽菜の教え方が上手なのね」
「そう、だな」
 孝平は一瞬、口ごもる。
「そうよ。さて、単刀直入に聞くけど、陽菜とケンカしたの?」
「してないよ」
「そう。ならいいわ。噂話なんて当てにならないわよね、やっぱり」
「……えっと、それだけか?」
「ええ。追求するものでもないでしょ。貴方たちなら、きっと大丈夫だと信じてるもの」
 誰にも真似出来ない笑顔で、瑛里華は言い切った。
「……ありがとな、会長」
「いえいえ。それじゃ、白のサポートをお願いできるかしら?」
 パソコンの前で、白は泣きそうな表情になっていた。
「了解。白ちゃん、どんな具合かな?」
「すみません、支倉先輩。ここの計算がうまく合わないのですが……」
 瑛里華は満足そうに微笑むと、紅茶をもう一度口に含んだ。



「こんばんは、孝平くん」
「いらっしゃい、陽菜。どうぞ」
「おじゃまします……あれ、私が今日は一番乗りなんだ」
「ああ。まあ、司はバイトで、会長は他の集まり。白ちゃんはパソコンの練習で今日は来
ないんだけど」
「そうなんだ。じゃあ、後はお姉ちゃんだけ……って、メールかな」
 陽菜が携帯をチェックすると、噂をすれば何とやら。かなでからだ。
「今日は春の陽気に誘われたので、もう寝ます。こーへーに、夜這いに来ないように言っ
ておいてください、だって」
「ぜっ……たいに、行きませんからって返信しておいてくれ」
「あはは、了解」
 ぽちぽちとメールを打つ陽菜を見ながら、孝平はティーセットの準備をする。
「あ、私も手伝うよ」
「大丈夫。今日は俺が淹れるよ。会長に褒められた腕前を見てもらおうと思って」
「……えりちゃんに?」
「ああ。生徒会の仕事中にお茶を淹れる機会があってさ」
 話をしながら、手際よく準備する孝平。やがて、紅茶の香りが孝平の部屋に満ちていく。



「それじゃあ、いただきます」
 陽菜は孝平の淹れた紅茶を口に含んだ。
「……ど、どうかな?」
「……うん、すごく美味しいよ。これなら、えりちゃんが褒めてくれるのもわかるよ」
「ありがとう。会長に褒められたのもうれしいけど、陽菜に美味しいって言ってもらえた
ことが、俺にとっては一番嬉しいよ」
「もう、私から孝平くんに教えることはないかな。……ちょっと寂しいね」
「そんなことないよ。陽菜の好きなことは他にもあるだろ? それについて、いろいろ教
えて欲しいな。俺も、陽菜が教えて欲しいことがあったら、できるだけのことはするし。
それに……」
「それに?」
「たとえ、そういうのが何もなくたって、陽菜と一緒なら、きっと俺は幸せなんだと、思
う……」
「孝平くん……。うん、わたしも、そうだよ……」
 見つめあうふたりの距離が、ゼロになった。
「……えっと、今日はこれぐらいにしておこうか?」
「そうだね。今朝は夕べの余韻でどきどきしてたから、みんなに心配かけちゃったし」
「そうだよな。でも、みんな信じてくれてもいるから、本当にいい友人たちだよ」
「感謝しないとね、みんなに」   
「明日からは、またみんなでお茶会ができるといいな」
「うん! ふたりきりもいいけど、みんなが一緒でも楽しいよね♪」



「はい、孝平くん。プレゼントだよ」
「お、サンキュー。……ローソク?」
「そんな! わたしの知らないうちにふたりがアブノーマルな関係にっ?」
 孝平が取り出したものを見て、かなでは大げさにのけぞった。
「ち、違うよお姉ちゃん。これはアロマキャンドルだよ?」
「も、もちろん知ってたアルよ。にゃはー」
「今、思いっきり悠木先輩の目、泳いでましたけど」
「どうしてアブノーマルなのか、わたしにはわかりません」
「どうしてこんなに騒がしいのかしら……」
 いつものお茶会だった。久しぶりに大勢が揃ったので、自然とにぎやかになる。
「そういや、俺の部屋にもそんなローソクがあったな」
「えっ、もしかして司はアロマ関係の趣味があったのか?」
「いや。知り合いが置いていっただけだ。サバイバルに役立つとかなんとか」
「それは、本当のローソクじゃないかしら」
 瑛里華が苦い顔でつっこんだ。
「私の部屋にも、ローソクぐらいあるわ」
「まさか、きりきりにそんな趣味がっ!」
「お姉ちゃん、いい加減にしようね?」
「ごめんなさい、ひなちゃん。ちょっとテンションが下がらなくて」
「かなでさんのテンションはいつもハイですよね」
「それじゃ、お姉ちゃんを落ち着かせるために、ちょっと点けてみようか」
 キャンドルに火を点けて、部屋の明かりを消してみると。
「うわあ、きれいだね~」
「おお、ほんとにかなでさんがおとなしくなった」
「こーへーには、後でおしおき」
「なんでっ?」



「こんばんは~。ごめんね、みんな。遅くなりました」
「大丈夫、まだお茶会は始まったばかりだから。寮長の仕事だろ?」
 孝平は陽菜にお茶を渡す。
「うん。寮長になって思ったのは、お姉ちゃんはすごいなあってことなの」
「へ、わたし?」
「そうだよ。大きな問題、小さな問題、連絡事項やイベント、小さなことでも積み重なる
と結構大変な時もあって。私、ずっと去年のお姉ちゃんを見ていたけど、お姉ちゃんは全
然辛そうな顔してなかったもん」
 みんなの視線がかなでに集まる。
「そう言えば、兄さんも悠木先輩のことを褒めていたわね。………でもないのに、すごく
パワフルだって」
「兄さまも、かなで先輩のことを尊敬しているようでした。悠木はすばらしい寮長だ、と」
「や、やだなあもう。褒めても何も出ないからね?」
 と言いながら、かなではみんなの湯飲みにお茶を注いでいく。
「私、お姉ちゃんにがっかりされないようにがんばるね」
「ひなちゃんなら、大丈夫だよ。わたしはがむしゃらにやっただけ。でも、ひなちゃんは
ちゃんと相手のことを考えてあげられる子だからね。こーへーも、それはよく知ってるで
しょ」
「ええ。陽菜なら、きっとかなでさんに負けないくらい立派な寮長になれるよ」
「そうね。陽菜は交友関係も広いし、いざとなったらみんなに頼ってもいいし」
「陽菜先輩のことは、クラスで話しているときもよく話題になります。あんな先輩になれ
るといいなって」
「や、やだなあもう。褒めても何も出ないよ?」
 と言いながら、陽菜はみんなのお茶請けにお菓子を追加していった。



「あ、悠木さん。ちょっといいかしら」
「はい。御用ですか、シスター?」
 大浴場からの帰りに談話室に寄ったところで、陽菜はシスター天池に声をかけられた。
「次回の寮でのオークションなんですけど、来週の休みに実施されるのよね」
「はい、そのつもりです。シスターも参加されますか?」
「いえ、お誘いは嬉しいですが、私が参加すると進行に影響が出るでしょうから」
「そんなことは……」
「いいのですよ。それより、そのオークションに礼拝堂の備品を提供したいのですが、構
いませんか?」



 翌日。陽菜は孝平と司にお願いして、礼拝堂を訪れていた。
「ごめんね、孝平くん、八幡平くん。今度お昼おごるからね」
「いや、それはいいんだけどさ。俺たちが呼ばれたって事は、力仕事なんだろ?」
「うん。とある施設の方から、礼拝堂に寄付があったそうなの。それで、古くなっていた
備品を新しいものにすることができたんだけど、古いといってもまだ十分使うことができ
るものが多いからどうしようって思っていたんだって。オークションが開催されるのは神
の配剤ねってシスターは喜んでいたよ」
「そりゃシスターはいいだろうがな」
 司のぼやきはわかるが、シスターのいうことももっともだ。
「あ、いらっしゃいませ、先輩方」
 礼拝堂の扉を叩くと、ローレル・リングの制服を着た白が出迎えてくれた。
「こんにちは、白ちゃん。オークションに出品する品物を引き取りに来たんだけど」
「はい、こちらにまとめてあります。どうぞ中へ」
 三人は礼拝堂の中へ入っていった。



「食器類などが中心なんですけど、少し大きなものもありますので……」
 段ボール箱が何箱か、そしてその隣に鎮座していたのは。
「これって……安楽椅子か? どうしてこんなところに」
「さあなあ、シスターが座ってる光景は想像できねえけどな」
 孝平と司はそれぞれに感想を述べる。
「東儀さん、これで全部だよ」
 奥からひとりの女生徒が段ボールを抱えて現れた。
「どうもありがとう。支倉先輩たちが運んでくださるそうなので、そこに置いてください」
「よろしくお願いします。先輩方」
 ぺこりと頭を下げる少女に見覚えがあった。
「あれ、あなた確か、園芸部だったよね?」
「はい。あれから、ローレル・リングもかけもちしているんです」
「そっか。よかったね、白ちゃん」
「はい。いつも助けていただいてます。とっても大切なお友だちです♪」
 白がそう言うと、女生徒は顔を真っ赤にしていた。



「こんなこともあろうかと、カートを持ってきていてよかったね~」
「そうだな。司のチャリが使えればよかったんだけど、学内じゃさすがにな」
「見つかったら、間違いなくフライパンでマジ殴りだな」
 陽菜はカート、男ふたりは安楽椅子を抱えながら、寮までてくてく歩いた。
 途中で出会った運動部の男子たちも手伝ってくれたので、思っていたよりも楽に荷物を
運ぶことができた。
「これも陽菜の人徳のおかげだな。さすがは寮長だ」
「私は何もしてないよ。孝平くんや八幡平くん、そしてみんなのおかげだよ」
 陽菜はいつものやわらかい笑顔だった。



「それでは、恒例となりました白鳳寮主催、オークション大会を開催します」
 談話室には大勢の学生が集まっている。いつもよりも人数は多いのは気のせいではなく、
事前に噂が流れたからだ。



「おい聞いたか。今度のオークションさ、礼拝堂の備品が出品されるらしいぞ」
「それがどうかしたのか?」
「よく考えてみろよ。あのシスター天池が使っていたかもしれないんだぞ。これはレアな
一品だと思わないのか?」
「言われてみれば……。それに、礼拝堂って事はローレル・リングでも使われていたって
ことだよな」
「ああ。ということは、あの東儀さんが使っていたって事も……」
「やあねえ、男って。でも、礼拝堂の備品ってけっこう装飾も凝ってて素敵よね」
「そうそう。アンティークにこだわるわけじゃないけど、お値打ちだったら欲しいよね。
そういうのでお茶を飲むと、なんだか味わいも違う気がするし」



 というわけで、それぞれの思惑が交じり合って、いつも以上の熱気となっていた。
「ではまず、このお皿から。少しヒビは入ってるけど、この柄とかとっても素敵だよね。
��枚セットで、500円から」



「お次はティーカップ。むむ、なんだかすごく英国風な感じが漂ってきます。これで紅茶
を飲むと、また格別なんだろうな~。私も欲しい逸品です。これはソーサーもつけて、2
��0円から」



「次は、フライパンだね。最近は中華鍋とかのフライパンも多いけど、私はやっぱり普通
のが好きかな。寮ではあまり使う機会がないけど、持ってても損はないと思います。あれ
……なんだかここに凹んだような後があるけど……、もしかして、シスターが『使った』
のかな? じゃあ、800円からで」



「最後に一番の大物。どういうわけか礼拝堂から提供された安楽椅子です。ちょっと置き
場所に困るかもしれないけど、一番お値打ちな品だったりして。これであなたも安楽椅子
探偵になれる……かもしれませんよ? じゃあ、1000円から」



 結果からいうと、大盛況のうちにオークションは終幕を迎えた。
「こんなに盛り上がるなんて思わなかったね」
「ああ。ただの備品で骨董的な価値があるかどうかもわからないのに、ほとんどが最初の
設定価格より高く売れたもんな」
 お茶会でも自然とオークションの話題になった。
「でも、いいことじゃないの。使わなくなった物でも、使ってもらえる人のところにいけ
ば、品物も人も嬉しいわよね」
 嬉しそうに瑛里華が言う。
「そうですね。わたしたちもお手伝いができてよかったです♪」
 白がにっこりと微笑んだ。
「それにしてもこの売り上げは予想以上なんだけど、これはどうするんだ?」
「うん。寮内で使う共用の消耗品とか、観葉植物とか。今まではそういうのに使ってたみ
たい。それでもまだまだ余裕があるんだけど……」
「それじゃあ、突撃会長からひとつ提案があるんだけど、いいかしら?」



「みなさま、お待たせいたしました。それではただいまより、送別会&大お花見大会を開
催いたします!」
「いやっほぅ! 今日はとことんまで飲もうじゃないか、なあみんな?」
「きゃー、伊織様~☆」
 瑛里華の開会の挨拶に、伊織の声が重なり、さらに黄色い悲鳴がたすきがけされた大お
花見大会がはじまった。
「まったく、兄さんには困ったものね」
 そう言いながらも、瑛里華の表情は困っていない。
「千堂先輩は、きっと場を盛り上げようとしてるんだよ、えりちゃん」
「それは間違いじゃないと思うけどねぇ」
 陽菜のフォローにも、苦笑を浮かべざるをえない瑛里華だった。
「それにしても、まさかこんなに集まるとは思わなかったわね~」
「今年は桜の開花も早まってるからね。最後のイベントだし、みんな参加したいって思う
のも当然じゃないかな」
 それに、参加しているのも生徒だけではない。教職員をはじめ、学院関係者や学生の父
兄たちまでも参加する大規模イベントなのだ。
 先日のお茶会で、瑛里華が提案したのがこのイベントだった。
「卒業生の送別会だけでなく、お花見も一緒にやりましょう。それに、どうせなら生徒も
教師も父兄もみんなが楽しめるイベントにしたほうが、おもしろいと思わない?」
 オークションで予想以上に儲けが出たこともあり、資金も十分。それに加えて、卒業祝
いということで、学院創設者からも多額の寄付があったこともあり、無事にこうしてイベ
ントを開くことが出来た。
「それじゃ、私たちも食事をいただきましょうか。せっかく鉄人も参加してくれているん
ですもの」
「そうだね。それじゃ行こうか、えりちゃん♪」
「ええ、陽菜ちゃん♪ ……うふふっ、なんだかあの頃に戻ったみたいね」
 陽菜と瑛里華は、仲良く手をつないで料理コーナーに向かった。



「千堂さん、ずいぶん楽しそうね」
「それはそうだろう。瑛里華が企画したそうだからな。発案者としては嬉しいだろうさ」
「伽耶も、手伝っているしね」
「さて、何のことやら。……あー、桐葉、そこのたこ焼きでも食べようではないか」
「ふふ、いいわよ。私が取って上げるわ。……はい、どうぞ」
「……あたしは、たこ焼きを頼んだはずだが」
「どこからどう見てもたこ焼きじゃないの」
「たこ焼きとは、そのような『真紅の血液』色はしておらぬ!」
「おかしいわね、吸血鬼なら喜んで食べると思ったのに」
 桐葉はふところに謎の小瓶をしまいこんだ。



「あの方も、表情がおやさしくなられたな」
「はい。最近は、わたしにも話しかけてくださることが増えました」
「よかったな、白」
「はい♪ 兄さま、わたしたちも何か食べませんか」
「ああ、そうするとしよう」



「しろちゃんたちはいっつも仲良しだねえ。よし、こーへー。わたしたちも負けないよう
に仲良くやろうよ!」
「でも、俺たちは姉弟じゃありませんよ、かなでさん」
「細かいことは言いっこなしだよ。こういう時は、楽しんだもの勝ちなの!」
「確かにそうですね。それじゃあ、俺たちも食べることにしましょうか。かなでさんは何
が欲しいですか、俺取って来ますよ」
「ほんと? それじゃあ、お鍋をお願いしようかな♪」
「いや、お花見に鍋はないでしょう……って、ぐつぐつ煮えてるー?」
「わたしがちゃーんと頼んでおいたんだよ。鉄人特製のかなでなべ♪」



「悠木さんはやっぱりにぎやかね」
「そういう先輩は、やっぱり静かっすね」
「しょうがないわ。こういう性格なんだもの。あなたも、私の相手なんてしなくてもいい
のに」
「……先輩、今日で卒業っすから」
「とは言っても、またお店で会えると思うんだけど?」
「いいじゃないっすか。さあ、俺らも食べましょう」
「そうね。それじゃあ、普段あまり家で食べない中華にでもしましょうか」
「っす」



「あらあら、八幡平君の意外なところを見てしまいました」
「人には色々な顔があるんだよ、志津子ちゃん♪」
「そういう貴方は、いつも同じように見えますね、千堂君」
「やだなあ、志津子ちゃん。今日は『いおりんっ☆』って呼んでもいいんだよ?」
「はいはい、わかりました、千堂君♪」



「やあ、支倉君! 盛り上がってるかい?」
「前会長、ええ、料理もおいしいですし、楽しんでますよ」
「そうかそうか。それじゃあ、もっと盛り上げてやろうじゃないか!」
「いえ、別に無理しなくても」
「俺が無理なんてしていると思うかい?」
「……これっぽっちも思いませんね」
「ははっ、言うようになったね、支倉君。それじゃあ、また後で♪ おっと、これは俺か
らのプレゼントだ」
 伊織は手に持っていた飲み物を孝平に渡した。



「どうしたの、孝平くん。はい、鉄人特製のソースやきそばだよ。もちろん、紅しょうが
は抜いてもらったから」
「サンキュー、陽菜。いや、伊織先輩がさ、また何かやるらしくて」
「……えりちゃんと、兄妹で何かやるのかも」
「え? ……あ、いつのまにかステージに上がってるな」



「レディースアーンド……ジェントルメーン! みんな楽しんでるかー!! ……うんう
ん、そうかそうか。俺もすごく楽しんでるよ☆」
「いつも以上にテンション高いわね、兄さん」
「それでは、千堂兄妹のショートコント!」
「え、ちょっと待って」
「隣の塀に囲いが出来たんだってね~?」
「塀を囲んで、どうすんのよ!」
 ビシィ!!
「いつもよりツッコミが強烈だぞ瑛里華~~~…………」
 キラッ☆と光って、伊織は星になった。



「あやつは、何をやっておるのだ……」
「楽しそうだからいいんじゃないかしら。ほら、もう戻ってきたみたいよ」
「まったく、吸血鬼というよりはゾンビだな」
「あれがゾンビだとしたら、ゾンビのファンクラブができるんじゃないかしらね」



「さっすがいおりん! よーし、しろちゃん、ひなちゃん、わたしたちも負けてられない
よ!」
 かなでが白と陽菜を連れてステージにあがった。
「え、かなで先輩?」
「こうなったら、あれをやるしかないねっ」
「お姉ちゃん、いったい何を」
「修智館学院に集いし……」
「ふぉーちゅんファイブはやらないからね?」
「えー、ひなちゃんいけずー」
「……しょうがないなあ、もう。今日だけだよ?」
「やっぱりひなちゃん♪ わたしのヨメだー」
「違いますよ、かなでさん。陽菜は俺の嫁です」
「ここ、孝平くん?」
「何度でも言うぞ、陽菜は俺の」
「ちょ、ちょっと孝平くんってば! ……あれ、もしかして、立ったまま寝てる?」
「わー、支倉先輩が先生方用に準備したアルコールを飲んでしまったみたいです~」



「う、ううん……」
「あ、孝平くん、気がついたみたいだよ」
「まったく、こーへーは最後までわたしに心配をかけるんだから。……でも、お姉ちゃん
はあのひとことが聞けたから安心かな」
「え、何のことですか?」
「さあね♪ 後でひなちゃんに聞いてみるといいよ」
「俺、何か言ったのか、陽菜」
「……孝平くんの……ばか」



「それじゃあ、最後にみんなで写真を撮ろうか。俺がタイマーセットをするから、みんな
そこに並んでくれたまえ」
「まったく、最後までしきってくれるわね。ほんとは私がやろうと思ってたのに」
「伊織はいつまでも伊織、ということだな」
「そういう征一郎もいつもと変わらぬな」
「伽耶だって、見た目も中身も変わらないでしょうに」
「紅瀬先輩は、よく笑うようになったと思います」
「確かにな。もうフリーズドライなんて言われないな。先輩も、笑ってみたらどうっすか」
「あら、私は笑う時と場所をわきまえているだけ。あなたの前とか、ね」
「ほらほら、まるちゃんも並んで並んで!」
「こら、悠木さん。あまりひっぱるとおしおきですよ?」
「それじゃあ、陽菜。最後の号令を頼むよ」
「え、私? ……わかりました。それじゃあ、いくよ。月は東に、日は西」



『に~!!!』



 その写真は、誰にとっても最高の思い出になった。なぜなら、写真に写っている全員が、
最高の笑顔だったから。



2000/03/05

瑛里華の突撃大作戦!(FORTUNE ARTERIAL ぷちSS)



「孝平っ、二月よっ」
「そうだな、瑛里華」
「ほら、元気出しなさい。今月は私が主役なんだから!」
 孝平の背中をぱしんっと叩いて、瑛里華はお馴染みの勝気な笑みを浮かべた。
「それはどういう意味なんだ?」
「言葉通りの意味よ。今月は私が生徒会の中心となって、率先して行動するの。寒いからっ
て縮こまっていたら、せっかくの学院生活がつまらなくなってしまうもの。だから、胸を
張って、背筋をぴんと伸ばして、歩きなさい」
 自分の言葉の通り、瑛里華はきれいな姿勢で歩いている。思わず息を飲んでしまうほど、
それは素晴らしいものだった。
「や、やだ……。あんまり見つめないでよ」
「えっ? あ、いやそーゆーつもりで見てたわけじゃないからっ」
「……それはそれで、ちょっと残念」
「どっちがいいんだよ」
「女の子はフクザツなのよ。状況に応じて対処しないとね。さしあたって、今は」
「今は?」
「手を繋ぎましょう♪」
 瑛里華の手は少し冷たくて、でも、すぐにあたたかくなった。



「おはようっ、孝平!」
「おはよう、瑛里華。今日も元気だな」
「当たり前じゃない、私を誰だと思っているのかしら?」
 瑛里華は得意気に胸を張る。形の良い胸が強調されて、孝平はごくりと唾を飲み込んだ。
「どうしたの、熱でもあるのかしら。顔が赤いけど」
「い、いや、そういうことじゃないんだ。ははは」
「ふうん。ま、孝平の考えてることはわかってるから、何も言わないでおいてあげるわ。
それじゃあ、今日もがんばっていきましょう!」
 元気よく歩き出す瑛里華に遅れないように、孝平も歩き出した。
「うんうん、えりりんは元気だね~」
「それはそうだよ、だって千堂さんだもん」
「こーへーも元気だったよね。……一部分が特に」
「それはそうだよ、だって孝平くんだもん♪」
 ふたりの後ろ姿を眺めながら、悠木姉妹はにこにこと笑いあう。



「ねえ、孝平。今日は節分ね」
「ああ。豆まきでもするか?」
「せっかくだけど、今日はおとなしくしておくわ。鬼は外、福は内って言うでしょ」
 瑛里華はどう見ても元気が無い。
「よくわからないんだけど、どうしてそれでおとなしくしてなきゃならないんだ?」
「あのね、私は吸血鬼なのよ」
「知ってるよ。でも、俺は瑛里華のことが好きだ」
「ば、ばか……いきなり何言うのよ」
「恋人が元気なかったら、心配するのは当然だろう」
「孝平……」
 瑛里華の瞳が潤む。
「……ふぅ」
 二人だけの世界に、冷ややかな視線を送り続ける黒髪の少女がため息をついた。
「……何よ、紅瀬さん。今いいところなんだから邪魔し・な・い・で」
「別に、邪魔をしているつもりはないわ。貴方たちが好きにしているように、私も好きに
させてもらっているだけだから」
 ネネコに福豆を放り投げながら、桐葉は答えた。



「瑛里華、おはよう」
「おはよう。昨日はごめんなさいね、孝平」
「気にするなって。まあ、俺としては普段見られない瑛里華の表情が見られたから、ちょっ
とだけ得した気分だよ」
 おちゃらけたことを言う孝平に、瑛里華は頬を膨らませる。
「もうっ、私は落ち込んでいたのに、孝平はそんなことを考えていたのね」
 すたすたと歩く瑛里華を追いかけながら、孝平は言った。
「だって、俺は瑛里華のことが好きだから、瑛里華のことばかり考えてしまうんだ」
 ぴたりと足を止める瑛里華。
「どうした、瑛里華?」
「もう……馬鹿なんだから」
 孝平の手を掴んで、瑛里華は走り出す。
「私も、孝平のことが好きだから、孝平がいやな気持ちになってないか、とか考えてたの
よ。でも、もうそんなこと考えなくてもいいってわかった」
 勝気な笑みを浮かべて、瑛里華は笑う。
「心配がなくなったところで、今日もがんばるわよっ、孝平!」



「孝平、その書類が終わったら休憩にしましょう」
「ああ、もうすぐ終わるよ。……よし、これでオッケーっと」
 出来上がった書類をクリップでまとめると、孝平は大きく伸びをする。
「今日は白がローレル・リングでいないから、いつもより大変かもね」
「ちょっとだけ、な。白ちゃんもがんばってるんだし、俺たちでフォローすればいい。時
間が出来たら、俺たちが白ちゃんを手伝うってのもいいかもな」
「そうね。たまにお手伝いできれば、白もシスター天池も喜ぶでしょう。さてと、それじゃ
お茶の準備をするわね。今日はコーヒーでいいかしら?」
「うん、ありがとう。……珍しいな、瑛里華は紅茶が好きだと思ってた」
「ええ、好きよ。でもね、年がら年中紅茶を飲んでいるわけじゃないわよ。白は日本茶、
陽菜は紅茶。それじゃあ、私はコーヒーでも極めてみようかな、なんてね」
 そういうと、瑛里華はコーヒーミルを取り出して、自らの手で豆を挽きだした。
「お、随分本格的だな。俺なんてインスタントと缶コーヒーしか飲んだことないかも」
「大げさね、孝平は。まだ見よう見真似の段階なんだから、あんまり褒めちゃだめよ」
 やがて、コーヒーの香りが監督生室に漂ってくる。
「う~ん、こういう匂いって、なんだかいいよな」
「でしょう? 待っててね、もうすぐ出来るから」
 そして、瑛里華の笑顔とともに、瑛里華のコーヒーが出来上がった。
「……ど、どうかな?」
「……うん、うまい。挽きたてってのもあると思うけど、うまいよ、これ」
「よかった。……コーヒーはね、飲む人のことを考えながら豆を挽くの。それが、おいし
いコーヒーの淹れ方なんだって」
 瑛里華は自分のコーヒーを念入りに冷ましてから口に含んだ。
「うん、まあまあかな。今度は、孝平が私のためにコーヒーを淹れてね。大丈夫よ、ちゃ
んとみっちり教えてあげるから」
 香りとともに、幸せな時間が広がっていく。



「ところで、ひとつ質問があるんだけど、いいかしら?」
「ああ、俺に答えられることなら」
 瑛里華は、こほんと咳払いをすると、おずおずと切り出した。
「こ、孝平は、甘いのと苦いの、どっちが好き?」
「は? いったい何の話なんだ?」
「いいから、何も聞かずに答えて」
「そうだなあ、どっちかというと甘いほうかな」
「そ、そうなんだ……。じゃあ、甘いのとちょっと甘いのと、すっごく甘いのだとどうか
しら」
「……ちょっと甘いの、だな」
「……なるほどね。わかったわ、ありがとう」
 瑛里華はすっきりした感じで、にこやかに微笑んだ。
「一週間後を楽しみにしてて。それじゃっ、仕事の続きをがんばりましょう♪」



「あ、孝平。ちょうどよかった。悠木さん、まだいるかしら」
「陽菜か? えっと、あ、あそこにいるな。おーい、陽菜!」
 手を振る孝平のところへ、ぱたぱたと陽菜がやってくる。
「どうしたの、孝平くん。あ、千堂さん」
「こんにちは。あのね、今日のお昼は予定が埋まってる?」
「? お姉ちゃんと食べるつもりだったんだけど」
「悠木先輩ならちょうどいいわ。私も一緒に行ってもいいかな」
「え? う、うん。いいけど、突然どうしたの?」
「ちょっと……ね」
 と、瑛里華は孝平のほうをちらりと見た。
「えっと、もしかして俺は邪魔だったりするのか?」
「出来れば今は外してもらえると助かるわ」
「わかった。それじゃ、俺は司とメシを食うことにするよ。陽菜、瑛里華をよろしくな」
 手を振って歩いていく孝平を見送って、瑛里華は通り過ぎようとする黒髪の少女にも声
をかけた。
「紅瀬さん。あなたにもお願いするわ。協力して」



「……どうして私が」
 予想通り、桐葉は煩わしそうに言う。
「いいじゃない、たまには協力してくれても。あ、もしかして私に嫉妬してるから協力し
たくないとか」
「そんなわけないでしょう。それにどうして私が貴女に嫉妬しないといけないのよ」
「……孝平を私に取られたから?」
「取られた覚えなんてないし、そもそも支倉君は私のものではないわ」
「それじゃあ、いいでしょ。お願い、お礼はちゃんとするから」
 頭を下げてお願いする瑛里華に、桐葉も戸惑いを隠せない。
「紅瀬さん。千堂さんに協力してあげようよ。ここまで一生懸命なんだもん」
「……ふぅ、しかたないわね。今回だけよ」
 陽菜の言葉に、溜息混じりに同意する桐葉だった。



「みんな、今日は来てくれてありがとう」
 瑛里華は、監督生室に集まったみんなに挨拶をする。
「私は、来たくて来たわけじゃないけどね」
「それでも来てくれたんでしょう。なら、お礼は言わせてもらうわ」
「……物好きな人ね」
 桐葉は小さく溜息をつく。
「それで、えりりん。今日はいったいどうしたの?」
「もうすぐ、女の子にとって特別な日なんだけど、みんな準備は進んでる?」
「私は、買い物は済ませたけど。何を作るかはこれからかな」
「さっすが、ひなちゃん♪ わたしはこれから準備しないと」
「そう思って、お姉ちゃんの分も買っておいたからね」
「やっぱりひなちゃんはわたしのヨメだね♪」
「わ、わたしはいろいろと考えているのですが、まだどうするかは決まっていません」
「オッケー。ひとりで準備するのもいいと思うんだけど、みんなで協力すればもっともっ
といいものが出来上がると思うの。だから、みんなの力を貸してほしいの。お願いします」
 頭を下げる瑛里華に、みんながあたたかい眼差しを向ける。
「ここに集まったってことで、その答えにはなってると思うよ、千堂さん」
「そうだよ、えりりん。みんなで力を合わせて、こーへーに喜んでもらおう!」
「わ、わたしでよろしければ。よろしくお願いします、瑛里華先輩」
「……今回だけ、と約束したから」
「ありがとう、みんな。それじゃ、早速取り掛かりましょう♪」



「やあ、支倉君。久しぶりだねぇ~」
「あ、伊織先輩。こんにちは、お久しぶりです」
 授業が終わり、監督生棟に向かって歩いていると、噴水前で伊織が立っていた。
「どうだい、生徒会の仕事は順調かな?」
「そうですね、今のところは。瑛里華を中心に、俺と白ちゃんでちゃんとサポートできて
いると思います」
「そうかそうか。特に、支倉君は瑛里華のプライベートもサポートしてくれているみたい
だから、頼もしいねえ」
 楽しげに笑う伊織。
「そこのところ、もう少し詳しく教えてくれないかい。ああ、食堂棟まで行こうか、大丈
夫、今日は俺のオゴリだから♪」
「え、でも俺、生徒会の仕事が」
「大丈夫大丈夫、瑛里華には話しておいたからさ。何なら、電話して確認しても構わない
よ?」
 こうまで言うからには、本当に瑛里華に話しているのだろう。まあ、最近はイベントも
ないし、暇だからたまには骨休めしろってことかな。
「わかりました。それじゃ、お言葉に甘えてごちそうになります」
「そうこなくっちゃ! ようし、今日は無礼講だ。たくさん飲んでくれたまえ♪」
「あの、俺たち学生ですよね……」
 伊織に肩を抱かれて、孝平は食堂棟へ向かうのだった。



「あの、瑛里華先輩」
「どうしたの、白。何かわからないところでもある?」
「いえ、そうではないのですが、ここで作業をしているところを支倉先輩に見られてしま
うと、まずくないでしょうか」
 白は入り口のほうを気にしながら、瑛里華に声をかけた。
「大丈夫よ。兄さんに支倉くんを足止めするように頼んでおいたから♪」
 瑛里華は材料をそろえながら、得意気に語る。
「さすが千堂さん。計画に漏れがないね」
「ということは、今頃こーへーはいおりんと?」
「……肩を抱かれながら、食堂のほうに向かっているようね」
「がーん! いおりんに先を越されちゃった……」
「ちょっと紅瀬さん、見てきたようなこと言って不安がらせないでよ」
「見えたのよ。ちょうどこの窓から、ついさっき二人が歩いていくのが」
 桐葉が指し示す窓からは、米粒のような人影しか見えなかった。



「さあてと、みんないつまでも窓の外を見てないで、作業に戻りましょう」
「で、でも瑛里華先輩……」
 白は不安でいっぱいの表情を瑛里華に向ける。
「大丈夫よ、白。わたしたちはわたしたちにできることをするの」
「ずいぶん、余裕ね?」
 桐葉がわずかに驚きを含んだ眼差しを瑛里華に向ける。
「そう見えるなら、私の演技もたいしたものね。演劇部にスカウトされるかしら」
「えりりんは、不安じゃないの?」
 かなでは小首を傾げて、瑛里華を見る。
「ゼロではないけど。でも、私は孝平を信じているから」
「……千堂さん、すごいね」
 陽菜が尊敬の眼差しを瑛里華に注ぐ。
「それに、一応、兄さんも信じているしね」
 ウィンクをしてみせた瑛里華を見て、みんなは安心して作業に戻った。



『今日はごめんなさい。兄さんの相手は大変だったかしら? そのお詫びというわけでは
ないけど、明日はとっても楽しいイベントになるから、楽しみにしててね!』
『こっちこそ、仕事をサボることになったから、おあいこだな。多分、後で伊織先輩にい
ろいろからかわれることになると思うけど、少しぐらい手加減してあげてくれ。悪いのは、
俺だからさ』
『き、気になるんだけど、ものすごく。……今からそっちに行ってもいい?』
『おいおい、もうすぐ消灯だぞ。気持ちはわかるけど、今日はやめておいたほうがいいと
思うぞ』
『わかってるわよ。ちょっと言ってみただけ。……でも、孝平が来ていいって言ったら、
行ってたかも』
『それこそ、伊織先輩にネタを提供するようなものだけど、来たら来たで俺も自分を抑え
られないかもしれないな』
『孝平、エッチね』
『……否定できないけど、瑛里華だって、こないだはあんなに乱れてただろ』
『……やめましょう、この類の話は、きっと堂々巡りになるに違いないもの』
『そうだな、それじゃあ、明日に備えてそろそろ寝るか』
『ええ。おやすみなさい、孝平』
『おやすみ、瑛里華』
 最後のメールを打ち終えると、孝平は送信ボタンを押してから、携帯電話を充電器に戻
した。
「明日が楽しみだな」
 輝く星空を見ながら呟くと、孝平はベッドにもぐりこんだ。



 終わりのホームルームが始まったときに、突然放送が入った。
『ぴーんぽーんぱーんぽーん。みんな久しぶり。元会長の千堂伊織です。ちょっとだけ俺
に時間を貸してくれ。なあに、時間は取らせない。今日が何の日かは、みんな知っている
よね。……そう、バレンタインデーだ。どうやら今年は、生徒会のメンツが中心になって、
何かやってくれるらしいよ。時間のある人は、噴水前に集合だ。それじゃ♪』
 それぞれの教室から、キャーという黄色い歓声が聞こえる。あの人は、いったい何をす
るんだ?
『あー、言い忘れたけど、これは瑛里華に頼まれた放送なんだよ。そこのところをわかっ
てくれると、未来のお兄ちゃんはうれしいよ、支倉君♪』
 わざとらしく付け足された放送に、それぞれの教室から笑い声が起こった。
「あの人、ほんとなんでもアリだな」
「んで、未来の弟はどうすんだ、孝平」
「どうするって、行くしかないだろ、司」
「ま、がんばれ」
 孝平はかばんを持つと、ダッシュで駆け出した。



 噴水前に着くと、放送を聞いたであろう生徒たちがたくさん集まっていた。
 泉の前には簡単なステージが作られている。
「いったい、何が起こるんだ?」
 と孝平が呟いたとき、どこからともなくマイクの音声が聞こえてきた。



かなで「修智館学院に集いし、我ら5人の美少女っ」
桐葉「……清く、正しく、麗しく」
陽菜「た、珠津島と学院の平和を守りっ」
瑛里華「愛と勇気と希望と幸せにあふれた学院生活をとことん盛り上げる!」
白「ふぉ、ふぉ、『ふぉーちゅんファイブ』っ。ここに参上です~」



 ちゅど~ん
 という音と五色の煙とともに現れたのは、お茶会の面々だった。
 いや、一応生徒会のメンツというべきなのだろうか。
「みんな、今日は来てくれてありがとう♪ せっかくのバレンタインなので、今日は私た
ちでチョコレートを用意したの。男の子も女の子も関係なく、みんなにプレゼントするわ♪」
 なぜか美化委員会の制服に身を包んだ瑛里華が、満面の笑みで宣言した。
 そして、周りにいる4人も、同じく美化委員会の制服だった。
「うんうん、俺が自腹を切った甲斐があったというものだ」
「伊織先輩? いつの間に」
「最初っからさ。さて、それじゃ俺たちもチョコを配るのを手伝おう!」
「……めちゃくちゃ楽しそうですね、伊織先輩」
「もちろんさ。支倉君はどうだい?」
 孝平は壇上の瑛里華を見て、こう言った。
「楽しいですよ、とっても」
 そう、無条件でそう思えるほど、瑛里華は輝いていた。



「今日はごめんなさいね、孝平」
 いつものお茶会の席で、瑛里華はそう切り出した。
 といっても、今日は孝平と瑛里華のふたりだけなのだが。
「いや、俺も楽しかったから。それにしても、いつの間にあれだけの仕掛けを作っていた
んだ?」
「一週間前ぐらいかな、孝平にチョコの味について質問したことがあったでしょう。あの
時は、ただ普通にバレンタインのチョコを作るつもりだったの。でもね、みんなに協力し
てもらってチョコを作っているときに、ふと思ったの。せっかくだから、みんなで楽しめ
るイベントにしたいなって」
「そういうことか。学院のみんなもすっごく楽しんでたみたいだし、イベントとしては大
成功じゃないか?」
「ええ。征一郎さんがシスターに話を通しておいてくれたし、兄さんも衣装とか提供して
くれたし、助かったわ。孝平がいれば、わざわざ兄さんたちにお願いする必要はなかった
んだけど、今回、孝平にはぜひ一般生徒と同じ立場で参加してほしかったから」
「どうして?」
「だって、孝平の驚く顔が見たかったから♪」
 瑛里華はパチリとウインクすると、紅茶を口に運んだ。
「それは驚くさ。だって、突然出てきたと思ったら、『ふぉーちゅんファイブ』だろ。あ
れはやっぱりかなでさんのネタか?」
「よくわかったわね~。そう、五人揃ったんなら、これやらなくちゃって、もう止められ
なかったわ。紅瀬さんは最後まで渋っていたけど、やってくれたんだから彼女には感謝し
ないとね」
「俺からもお礼を言っておくよ。制服似合ってたって」
「あら、私の制服姿はどうだったのかしら」
「言わなくちゃだめか」
「だめってことはないけど、聞きたいわね」
「……似合ってた、すごく可愛かった、思わず抱きしめたくなった」
「……、……あ、ありがと」
 お互い顔を真っ赤にしたまま、時間がゆっくり過ぎていく。



「あ、あのね、孝平。さ、寒くないかしら」
「そ、そうだな。……二月だからな」
「……もう少し、そっちに行っても、いい?」
「あ、ああ」
 差し向かいに座っていた瑛里華が、座布団と自分のマグカップを持って、孝平の隣にやっ
てきた。
「どうだ、少しはあったかくなったか?」
「……まだ寒い、かしら。ほら、私の手って、冷たい、から」
 孝平は瑛里華の手を取ると、やさしく包み込む。
「本当だ。でも、これで少しはマシになっただろ?」
「ま、まだ冷たいもの。だから、もっと……してほしいわ」
 瑛里華は孝平の膝の間に入ると、ゆっくりともたれかかる。
「……瑛里華って、手は冷たいけど、身体はあったかいな」
「そ、そう? だったら、孝平ももっと……くっついてもいいわよ」
 孝平はゆっくりと瑛里華の腰に手を回す。
「……あったかいな」
「……うん」
「それに、いい匂い」
「だめよ、まだお風呂に入ってないもの」
「俺は、気にしないけど」
「だあめ。それに、まだ私のチョコレート、食べさせてあげてないもの」
 瑛里華はきれいにラッピングされたリボンをほどくと、中からチョコを一粒手に取った。
「はい、あ~んして」



「あ~ん」
「……ふむふむ、虫歯はないみたいね」
「っておい、誰かが見てたらめちゃくちゃ恥ずかしいぞ、今の俺」
「大丈夫よ。今の孝平は、私だけが見てるんだから」
 にこにこ笑顔の瑛里華だが、孝平はきょろきょろとあたりを見回す。
「どうしたの?」
「いや、どこかからかなでさんが見てるんじゃないかと思って」
「わ、私は見られても……平気なんだけど」
「そんなこと言ってて平気なのか? これからもっとすごくなるのに」
「へ、平気よ。それに、悠木先輩が見ているのなら、こっそり見続けるなんてできないと
思うの。だから、大丈夫なの」
「わかったよ。それじゃあ、そろそろ続きをしようか?」
「……もう、えっちね」
「いや、チョコを食べさせることの何がえっちなんだ」
「そんなこと……恥ずかしくて口に出せないわ……♪」
「おーい、瑛里華ー」
「冗談よ。はい、あ~ん♪」



「……うん、おいひい」
「そう、なんだ……っ」
「ほーはひはは?」
「できれば、私の指まで食べないでほしいんだけど……くっ」
「……いやあ、ごめんごめん」
「確信犯でしょ」
 孝平はあさっての方向に目をそらす。
「まったくもう……、ほんとに悠木先輩には見せられない光景よね」
「少しぐらいいいじゃないか。いつもはもっと……」
「だ・め・よ。……まだ、夜は長いもの」
 瑛里華は孝平の手を離すと、身を正して座った。
「……何をする気だ?」
「何をしてあげたいか、わかるでしょう」
 瑛里華は、ぽんぽんと膝を叩く。



「なんだか、どきどきするな……」
「大丈夫よ、他の人に見られてるわけじゃないんだから。それとも、こういうのはイヤ?」
「そんなことないって。それじゃあ、お言葉に甘えて」
 孝平はゆっくり身体を横たえると、そーっと瑛里華の膝の上に頭を乗せた。
「これでいいか」
「もうちょっとこっち……そう、そこで」
 少し頭の位置を調整して、ようやく収まった。
「……膝枕って、子どもの頃以来かな。すごく懐かしい気がする」
「そうなんだ……いいわね、そういう思い出があるって」
「瑛里華?」
「私は、膝枕の思い出ってないから」
「……」
「あ、ごめんなさい。別にしょんぼりなんてしてないわよ。思い出がないだけで、今なら、
きっとお願いしたら母様はしてくれると思うから」
「……そう、だな」
 恥ずかしがって、してくれないんじゃないかと思ったが、それは言わないでおこう。
「どう、孝平。気持ちいい?」
「ああ。適度にやわらかくて、気持ちいいな。頭を撫でられるのも……悪くない」
「そう、よかった♪」
 瑛里華はとても嬉しそうに微笑む。
「それに、瑛里華のいい匂いがするから」
「……も、もうっ、そういうことは心の中だけで閉まっておいてね。……恥ずかしいじゃ
ないの」
 恥ずかしがりなのは、親子揃ってだなと思ったが、黙っておく。
「さてと、それじゃ次のステップに進みましょうか♪」
 瑛里華は、小さな道具を取り出した。



「これが何かわかる?」
「……耳かきの棒、だよな」
「そうよ。ちゃんと先っぽに梵天もついてるスグレモノなの。母様がくれたのよ♪」
 瑛里華は嬉しそうにくるくると耳かき棒を回す。
「それじゃはじめるわね。動いちゃだめよ。孝平の耳が大変なことになっちゃうから」
「おいおい、丁寧にやってくれよ……」
 えらく楽しそうな瑛里華の口調に不安を隠せない孝平だったが、瑛里華の作業は丁寧そ
のものだった。
「他の人にやってもらうと、自分でやるよりもきれいになるからいいよな。自分でやると、
どうしても手探りになるからさ」
「そうよね。……あっ、おっきい。……すごいわ、孝平」
 瑛里華は慎重に耳の中に棒を入れていく。
「あっ、そっちじゃないってば……ううん、見にくいわね。孝平、もう少しこっちに……
そうそう、そのまま動いちゃだめだからね」
 瑛里華の胸が顔の目の前にある、と言ったら大変なことになりそうなので、孝平は目の
前の果実を眺めながら、時が過ぎるのを待つしかなかった。
「よし、取れたわ」
「ほんとか? って、こりゃでかいな」
「そうでしょう? もう、こまめに掃除してないからよ」
 瑛里華は梵天を入れると、やさしく動かした。
「ぅくっ……、くすぐったいな、それ」
「……もしかして孝平って、くすぐったがりなの?」
「そうでもないんだけど、その梵天はちょっとニガテかも」
「そう。……それじゃあ、これならどうかしら」
 瑛里華は孝平の耳にそっと息を吹きかける。
「ぅあ……」
「孝平、気持ち良さそう……」
「ちょ、ちょっと待って」
「それじゃあ、今度はこれなら……」
 瑛里華は口を開くと、舌先をゆっくりと差し入れた。



「ぺろっ……ん、っん……」
「くぁっ……っ!」
 瑛里華がゆっくりと舌先を動かすと、孝平は思わず声を上げてしまう。
「気持ちいいのでしょう? わかってるわ、孝平のことならなんでも、ね」
 頬を上気させ、次第に息を荒くしながら、瑛里華は行為を続ける。
「ちょっ……ダメ、だ……これ以上はっ……」
「動いちゃだめって言ったでしょう。今は私の番だもの」
 瑛里華は孝平の口を、自らのそれで塞ぐ。と、同時に今度は口内に舌を差し入れて、孝
平の動きを封じる。
 あたたかくやわらかな舌を感じながら、孝平の意識は靄がかかったように鈍くなってい
くが、下半身は熱を帯びていく。
「え……り……か」
「まだ、こっちが残ってるから、もう少し待っててね?」
 瑛里華はそういうと、反対側の耳にも同じように舌を差し入れた。



 瑛里華の動きに反応してくれる孝平が、瑛里華にはたまらなく嬉しかった。
「は~い、これでおしまい。……どうだった? って、聞かなくても孝平の反応がすごかっ
たから、答えなくてもいいけど」
「……ぁ……れ……?」
 口を開こうとした孝平だったが、うまく言葉が出てこない。
「うん? どうしたの、孝平。何か様子がおかしいけど」
「……か、らだ……しび……れて……」
「えー??」



 ……。…………。



 数分後、やっと動けるようになった孝平が言うには。
「か、感じすぎちゃって、身体がしびれちゃったの?」
「……どうやら、そうとしか思えないんだよな。今は、だいぶよくなってきた気がするし」
 孝平は腕を回してみる。少々ぎこちなさはあるが、ちゃんと動いている。
「……孝平は、耳が性感帯ってこと?」
「俺に聞かれても困るけど……、くすぐったいのと気持ちいいのが同時にやってくるとい
うか。そもそも気持ちいいのかどうかもよくわからないな」
「……Mの人が、叩かれた痛みを気持ちよく感じるのと同じなのかしら」
「それは、俺が普通じゃないと言いたいのか?」
「まあ、ある意味普通じゃあないわよね」
 紅いかけらが体内にあるわけだし。
「もしかして、相手が瑛里華だからなのかも、な。ほら、瑛里華も俺の血に反応してただ
ろ」
「うーん、結局のところ、全部推測でしかないわけよね。確かめる術もないし。ごめんな
さい、今度から気をつけるわ。ちょっとやりすぎたんだと思う」
 瑛里華は素直に頭を下げる。
「そうしてもらえると助かるかな。あ、このことはふたりだけの秘密にしておいてくれよ。
他の人に知られても困るから。特に、かなでさんに聞かれでもしたら……」
「したら?」
「きっと、毎日、俺の耳で遊ぶと思う」



「毎日じゃないよ。今からだよ~♪」
「かなでさん?」
「悠木先輩?」
 突然聞こえた声に孝平と瑛里華の二人が揃って振り向くと、そこにはかなでが小さい胸
を張って仁王立ちしていた。
「わたしを呼べば、どこからでも現れるんだよ、こーへー」
「いえ、呼んでませんが」
「何を言ってるのかな、こーへー。さっき、わたしの名前を『呼んだ』でしょ」
 かなではそう言うと、孝平の背後に回った。
「うりうり~、ここか~、ここがええのんか~?」
 かなでは孝平の耳の穴に小指を入れてぐりぐりと動かす。
「ぬわっ、ちょっ、やめてくださいよ~」
「そうですよ、悠木先輩! 孝平がいやがってる……って、えええっ?」
 孝平は先ほどと同じように、だらりと弛緩している。
「ふっふっふ。こーへーのことなら、お姉ちゃんにおまかせ♪」
「……くっ、また……これ……かよ……」
「どうやら、えりりんに開発されちゃったみたいだね。お姉ちゃん、ちょっとフクザツか
な」
「私のほうが複雑な気持ちですよ。ああ、もう、どうしたらいいのよ……」
「こうするといいよ、千堂さん」
「え、ひなちゃ」
 えいっ、と陽菜はかなでの首筋に一撃を加えた。
「きゅう~」
「ごめんね、ふたりとも。それじゃあ、お騒がせしました。千堂さん、孝平くんのことよ
ろしくね?」
「……ええ、ありがとう。悠木さん、助かったわ……本当に」
 陽菜はかなでを抱えると、孝平の部屋を出て行った。
「……大丈夫、孝平?」
「……ああ。一瞬だったから、しびれる時間も、短くてすんだみたい、だ」
「よかった。本当にごめんなさい。明日から、孝平のことは私が守ってあげるからね」
 瑛里華は力強く宣言すると、ふと首を傾げた。
「あら、ところで、悠木姉妹はどこから出てきたのかしら?」



「あ、おはよう、孝平」
 だるい身体に軽く鞭を打ってドアを開けたら、そこには瑛里華が立っていた。
「おはよう、瑛里華。どうしたんだ、こんなに早くに」
「今日は、孝平と一緒に登校しようと思って……いいかしら?」
「もちろん」
 二人は並んで階段を下りていく。
「昨日言ったでしょ。孝平は私が守ってあげるって。だから、登下校から
一緒にしようと思ったの」
「心配のしすぎだと思うけどな。かなでさんは陽菜が何とかしてくれるだろうし」
「それはそれでいいのよ。悠木さんには私からもメールでお願いしておいたしね。でも、
私自身も何かしなきゃって思って」
 女の子に守られるなんて……と思っていた孝平だが、ここまで心配してくれるのはそれ
だけ自分のことを考えてくれているんだと思うと、自然と笑みがこぼれた。
「ありがとうな、なんだか元気出てきた。さっきまでは、まだ少し身体にだるさがあった
んだけど。これも瑛里華たちのおかげかな」
「そう言ってもらえて嬉しいわ。それじゃ、元気良く今日も一日がんばりましょう♪」



「孝平、お昼の時間よ!」
「おう、って来るの早いな」
「ご、ごめんなさい。……迷惑だった?」
「いや、そんなことないよ。ありがとな、瑛里華」
「貴女……いつの間に押しかけ妻になったの?」
 二人を冷ややかな視線で見つめながら、桐葉が瑛里華に話しかけた。
「誰が押しかけ妻なのよ! ……まあ、そう呼ばれて悪い気はしないけど」
「満更でもなさそうだね、千堂さん」
「まあね♪ あ、悠木さん、今日はいろいろありがとうね」
「ううん、いいって。お姉ちゃんのことなら、私に任せておいて」
「お礼に、今日のお昼は私がおごるわ。孝平、いいわよね?」
「ああ、それじゃあ食堂に行こうか。紅瀬さんもよかったら一緒に行かないか」
「……貴方が、奢ってくれるの?」
「なんでそうなる」
「女を誘うということは、そういうことでしょう」
「いいわ、今日は私が奢ってあげる」
「……千堂さんが?」
「妻としては、器の大きいところを見せておかないとね」
 バチバチと、ふたりの間に見えない火花が飛んでいた。



「あ、支倉先輩。こんにちは。皆さんもおそろいで」
 孝平たちの姿に気づいた白が、ぺこりと頭を下げる。
「ああ、白ちゃん。白ちゃんはもうお昼済ませた……よね」
「はい。先ほど食べ終わったところです。先輩方は、ちょっと今日はゆっくりですが、何
かあったんでしょうか」
「うん……まあ、ね」
 ここに来るまでの間に、瑛里華と桐葉の間でひと悶着あったのだが、ややこしくなるの
で、孝平は苦笑を浮かべてごまかすことにした。
「それじゃ、俺たちはごはんを食べてくるよ。また放課後に」
「はい。それでは失礼します」
「さて、俺たちもメシにしよう。先に場所を取らないとな……」
 孝平があたりを見渡すと、馴染みのある声が聞こえてきた。
「おーい、こーへー。ここだよ~」
 そんな呼び方をするのは、この修智館学院にはひとりしかいない。
「かなでさん。……やっぱりお鍋ですか」
「そうだよ。寒い冬も、あったかい春も、あっつい夏も、心地よい秋も、おなべはいつで
もおいしいんだもん♪」
「そう言われると、すごく美味しそうに見えてきますね」
「みんなの分もあるから、みんなで食べようよ♪」
「そうしようかな、瑛里華、いいか?」
「え、ええ。孝平がよければ、私は」
「どうした、熱い鍋が苦手なら、俺がふーふーしてやるぞ?」
「だっ、大丈夫よ。自分でふーふーできるから!」
「ふーふーと言うよりは、夫婦喧嘩を見てるみたいだね、紅瀬さん」
「そのようね。ふふっ、まったく、からかうネタには事欠かないわね、このふたりには」



「ねえ、千堂さん。……お姉ちゃんが近くにいるけど、いいの?」
 みんなでかなでの鍋をつつきながらの昼食。陽菜は隣の瑛里華に心配事を思いきって聞
いた。
「大丈夫、だと思うわ。悠木先輩も、こんなに大勢の生徒たちがいる中では、無茶なこと
はしないでしょう。元とはいえ、風紀委員長だった人だもの。それに、ふ~、こんなに美
味しいお鍋を前にして、他の事に気を取られていたら、はふはふ、お鍋に申し訳ないでしょ♪」
「……そうだね、うん。ごめんね、変なこと聞いちゃって」
 笑顔の瑛里華につられて、陽菜も笑顔になる。
「あ、孝平くん。このお肉、もう食べごろだよ、取って上げるね」
「お、ありがとな、陽菜。それじゃお返しにこのしらたきをどうぞ」
「ありがとう。あ、えりちゃん、このちくわとっても美味しいから、どうぞ」
「サンキュー、陽菜。じゃあ、紅瀬さんにはこのはんぺんを上げるわ♪」
「そこへ、この鉄人特製の一味をどさっと!」
「おおお、お姉ちゃん何やってるの?」
「何って、きりきりのためのトッピング」
「……あら、なかなか美味しいわね」
「ほおら♪」
「……どう考えても、紅瀬さんオンリーよね、あれ」
「そうだな。俺たちは俺たちで食べよう。ほら、瑛里華」
「ありがと、孝平♪」
 美味しいお鍋が、みんなの笑顔を作り出してくれた昼食だった。



「悠木先輩のおなべ、すごくおいしかったわ。この喜びは、みんなにも共有してもらいた
いと思わない?」
 放課後の生徒会で、瑛里華は興奮冷めやらぬ様子で熱く語りだした。
「今日はかなで先輩のお鍋だったんですか。わたしもご一緒したかったです」
「突然だったからね。今度また機会があったら、白ちゃんにも連絡するよ」
「ありがとうございます、支倉先輩」
「こら、そこのふたり。ちゃんと聞いてるの?」
「聞いてるって。で、具体的にはどうするんだ」
「生徒会で、鍋パーティーを主催する、というのはどうかしら」
「鍋パーティー、ですか……。となると、予算の確保と先生方の許可、材料の調達と会場
の設営など、やることはたくさんありますね」
 白がてきぱきとホワイトボードに項目を書き上げていく。
「別に反対するわけじゃないんだけどさ、それってどっちかというと白鳳寮のイベントっ
て気がするんだけど」
「確かに、今までもバーベキュー大会やオークションなどの実績があるわね。……でも、
生徒会が主催したっていいんじゃないかしら?」
 瑛里華はいつもの勝気な笑みを浮かべる。
「ううん、別に生徒会主催じゃなくてもいいの。寮主催でもかまわないの。みんなが喜ん
でくれる学院生活。それが私の目標なんだもの」
「瑛里華先輩……かっこいいです」
「ああ、やっぱり瑛里華はすごいな」
 白と孝平が褒めると、瑛里華は真っ赤な顔になった。
「ほ、褒めてもボーナスなんて出ないわよ。それじゃあ、この件は寮と共同で進めてみま
しょうか。今夜、寮長の陽菜に話をしてみるわ」
「そうだな。スタッフは多いほうがいいし、そのほうがみんな参加してくれるような気が
するよ」
「ありがとう。それじゃ、このイベントも思いっきり盛り上げるわよ、孝平、白!」
「おう」
「はい♪」
「みんなで力を合わせてがんばりましょう。えい、えい、おー♪」



2000/03/04

白ちゃんのしあわせ(FORTUNE ARTERIAL ぷちSS)



「あけましておめでとうございます、支倉先輩♪」
「あけましておめでとう、白ちゃん。それって、あの時の舞の衣装だよね」
 白は、いつもの見慣れた修智館学院の制服でも、ローレル・リングの制服でもなかった。
「はい。伊織先輩が、お正月だから巫女さんがいるといいよね、とおっしゃられまして」
「それで、その巫女服を着てきたんだ?」
「あの……変じゃないでしょうか」
「すごく似合ってるよ。白ちゃんのイメージにぴったりだと思うよ」
「あ、ありがとうございます。……よかったです、支倉先輩に喜んでいただけて」
 白の笑顔は、新年の朝日のように晴れやかだった。



「さてと、そろそろ休憩にしましょうか。白、お茶の準備をしましょう」
「はい、瑛里華先輩。今日のお茶菓子は、瑛里華先輩のお気に入りの左門堂のショートケ
ーキですよ」
「うん、知ってるわ♪ さっき冷蔵庫の中を見た時に気づいたから」
 瑛里華は幸せそうに微笑んでいる。
「副会長って、甘いものが好きだよな」
「ええ。……子どもっぽいって思ってるの?」
「いやいや、そういうつもりじゃないよ。女の子らしいなって思っただけさ。白ちゃんは、
和菓子が好きなんだよね」
「はい。……あの、子どもっぽいでしょうか」
「そんなことないって。白ちゃんのお気に入りの和菓子は、俺も美味しいと思うしね」
「ありがとうございます♪」
「そういえば、支倉くんは焼きそばが好きなのよね、紅しょうが抜きの」
「うん。……子どもっぽいかな?」
 そんなことありませんよ、と白が言うと、孝平はほっとした表情を浮かべた。



「あけましておめでとー、えりりんにしろちゃん、そしてこーへーも」
「あけましておめでとうございます、悠木先輩」
「いらっしゃいませ、かなで先輩。あ、陽菜先輩もこんにちは」
「うん。こんにちは、白ちゃん。えりちゃんも」
「ところで、その格好はどうしたんだ。新年早々大掃除でもするのか、陽菜」
 かなでは普通に制服姿だが、陽菜は美化委員会の制服を着ている。
「ううん。そうじゃないんだけど、お姉ちゃんがお正月だから着てみてって言うから。…
…ちょっと恥ずかしいけどね」
「やっぱりひなちゃんにはこれが似合うよね~。でも、しろちゃんの巫女さんも可愛くて
いいよね♪」
「ありがとうございます。支倉先輩にも喜んでいただけましたし、勇気を出して着てみて
よかったです」
「こーへーは、しろちゃんなら何を着ても喜ぶんじゃないかなあ」
「それはまあ、そうですけど……って、何を言わせるんですか」
「あはは。ところで、今日のお仕事はもう終わったの?」
「今、ちょうど休憩していたところよ。でも、お正月なんだし、緊急の仕事があるわけで
はないから、時間は作れるけど」
「それなら、みんなで羽根突きしないかな?」
「お正月って言ったら、やっぱり羽根突きでしょ。こーへーで書初めしちゃおうよ」
「なぜかかなでさんの中ではごっちゃになってるようですが、そう簡単には負けませんよ」
「わたし、羽根突きはあまりやったことはありませんが、おもしろそうです」
 白もやる気を見せたので、みんなで羽根突きをすることになった。



「それじゃあ、トップバッターはえりりんとこーへーね」
「いいわよ。ふふん、支倉くんを真っ黒にしてあげるんだから」
「それは勘弁してもらいたいな。白ちゃん、応援よろしくね」
「は、はい。フレー、フレー、支倉先輩!」
 一生懸命に手を振り上げて、応援する白だった。
「……とほほ、いいところまで行ったのになあ」
「まあ、ざっとこんなもんね。それじゃあ、大きな丸を描かせてもらうわ」
「うふふ、支倉先輩、変な感じです」
「ほんとだ。これは写真に残しておかないといけないね」
「ちょっと待て、陽菜。それは俺が副会長に勝ってからでもいいだろ」
「うーん、無理だと思うよ?」
「大丈夫、助っ人をお願いするから。白ちゃん、いいかな?」
「えっ、わたしが瑛里華先輩と試合するのですか?」
「私は構わないわよ。なんなら、ふたり一緒でもいいわよ♪」
「は、はい。よろしくお願いします……」
 そして、白のほっぺにも孝平と同じ丸が描かれ、陽菜がにこにことその光景を写真に収
めた。



「ふえぇ、すみません、支倉先輩。負けてしまいました……」
「大丈夫、白ちゃんはよくがんばったよ。だから、泣かないで」
 孝平は、そっと白の目からこぼれる涙をふき取った。
「ごめんね、白。でも勝負は勝負だから」
「でも、これで全員えりちゃんに負けちゃったんだよねえ」
「誰か、誰かおらぬかえー!」
「あの、かなでさん。誰に呼びかけてるんですか」
「残ってるのは、あとひとりだよ、孝平くん」
「えりりんに勝ったら、こーへーが何でも願いを叶えてくれるってさー」
「ちょっと、かなでさん?」
「……騒がしいわね、まったく」
「あ、紅瀬先輩」
「あけましておめでとう、東儀さん」
「はい、あけましておめでとうございます、紅瀬先輩」
「あら、紅瀬さんじゃない。新年早々、私に負けに来たのかしら?」
「あら、新年早々おもしろい冗談ね。私は、支倉君に願いを叶えてもらいに来ただけよ」
 白が持っていた羽子板を受け取ると、桐葉は不敵な笑みを浮かべた。



「それじゃあ、行くわよ。……えいっ!」
「……ふっ」
「なんのっ」
「……ふっ」
「ダイナミックな動きのえりちゃんとは対照的に、紅瀬さんは動きを最小限に抑えてるね」
「陽菜先輩、すごいです。わたしには、おふたりの動きは目にも止まらないですので、何
が起こっているのかわからないです」
「あはは、私も羽根がどうなってるかまではわからないんだよ。ただ、影がうっすらと見
えるから、なんとなくわかる程度なの」
 いつもの笑顔を浮かべながら、陽菜が言う。
「いや、それがわかるだけでも俺はすごいと思うけどなあ」
「さっすがひなちゃん、わたしのヨメ♪」
「な、なんだかだんだんやる気がなくなってきたわね……」
「……隙あり」
「ああっ?」
「ぴぴーっ。きりきりの勝ち♪」
「ううっ、油断したわ……」
 がっくりと膝をつき、うな垂れる瑛里華だった。



「お疲れ様でした、瑛里華先輩。こちらを召し上がってください♪」
「ありがと、白。……お粥?」
「七種粥(ななくさがゆ)です。少し熱くしてありますので、注意してくださいね」
「だいじょーぶ、えりりん。ふーふーしてあげようか?」
 かなでが瑛里華にふーふーしようと近づく。
「大丈夫です! ふー、ふー、……あら美味しいわね」
「ありがとうございます。みなさんもどうぞ」
「支倉君は、七種が全部言えるかしら?」
「それぐらいは知ってるさ。セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、
スズシロ、だろ」
「芹、薺、御形、繁縷、仏の座、菘、蘿蔔、ね」
「わ、さすが紅瀬さんだね。漢字で読むとさっぱりわからないよ」
「ひなちゃんに同じー」
「わたしも、漢字までは知りませんでした。ありがとうございます、紅瀬先輩」
「ふふ。昔、伽耶と食べた記憶があるわ」
「え、母様も?」
「ええ」
 遠くを見るように、桐葉が目を細めた。



「ごちそうさま、東儀さん。美味しかったわ」
「ありがとうございます、紅瀬先輩」
「お礼と言ってはなんだけど、支倉君を好きにする権利は貴女にあげるわ」
「え? ええっと……よろしいのですか」
「ええ。それじゃあね」
 桐葉は白に告げると、さっと姿を消した。
「なんだか、やりたいことだけして帰っていったわね……」
「クールなところも、紅瀬さんらしいね」
「さ~て、しろちゃん。こーへーにお願い事を言ってみよう♪」
「かなでさんなら不安だったけど、白ちゃんなら大丈夫かな」
「そんなこと言うこーへーには後で風紀シールを山盛りプレゼントするとして、いいよ、
しろちゃん♪」
「わ、わたしの願いは……」
 白の願い事が、みんなの耳に届いた。



「わたしの願いは……支倉先輩と、瑛里華先輩と、みなさんと今年も仲良く過ごしていき
たいです!」
「……」
「あ、あの支倉先輩?」
「はは、白ちゃんらしいな」
「あの、何かおかしかったでしょうか」
 小首を傾げる白に、孝平は微笑む。
「いや、そんなことないよ。白ちゃん、今年もよろしくね」
「はい。よろしくお願いします♪」
「ちょっと、ふたりだけってのはないんじゃない? 私も一緒でいいわよね」
「はい、もちろんです♪」
「白ちゃん、私もいいかな」
「はい、大歓迎です♪」
「し~ろ~ちゃん♪」
「かなで先輩も、よろしくお願いしますね」
 今年も幸せな一年になりますように、と白は心の中で願った。



「見てください、支倉先輩。息がまっしろですよ」
「ほんとだ、白ちゃんの息がまっしろ、なんてね」
「ふふふ。この分だと、明日は雪が降るかもしれませんね」
「そっか、そしたら雪丸は礼拝堂に入れておいたほうがいいんじゃないか?」
「あ、そうですね。屋根はありますけど、きっと寒いでしょうし」
「それに、雪が降ったら雪丸がどこにいるのかわからなくなっちゃうかもしれないしさ」
「もう、支倉先輩はそんなことばかり言うんですから~」
「それじゃあ、礼拝堂に行こうか。白ちゃん、寒いから手を繋ごう」
「あ……はい。よろしくお願いします」
「こちらこそ。……うん、これなら寒くないから、ゆっくり歩いていこうね」
「そうですね。支倉先輩の手、とてもあたたかいです♪」



「見て、白ちゃん。雪が降ってきたみたいだ」
「よかったです、雪丸を中に入れておいて」
「そうだね。でも、これぐらいなら積もるほどではないかなあ」
 降ってくる雪を見て、孝平が呟いた。
「支倉先輩は、雪の多いところの学校にもいらっしゃったことがあるんですか?」
「うん、これでも転校の達人だからね。北は北海道から、南は沖縄まで、日本中を行った
り来たりしたよ」
「ちょっと、羨ましいです。わたしは、島からほとんど出たことがありませんから」
「それじゃあ、春休みとかの長い休みになったら、みんなと遊びに行こうか」
「え、よろしいのですか」
「もちろんだよ。白ちゃんとふたりっきりでも、俺は構わないよ」
「はは、支倉先輩……。あの、わ、わたしでよろしければ、ご一緒します」
 白は繋いだ手に、ぎゅっと力を入れた。



「今日のお茶請けは、ぜんざいです。どうぞ、支倉先輩」
「ありがとう。そう言えばさ、おしるこってあるけど、ぜんざいとは何が違うんだろう?」
「地域によって呼び方が違うそうですが、意味は同じだと聞いたことがあります」
「善哉(ぜんざい)は小豆の粒がある汁粉に使うようね。だから、漉し餡の場合は汁粉と
呼ぶのよ」
 受取ったぜんざいをみつめながら、桐葉が呟いた。
「さっすがきりきり、博識だねー」
「たいしたことじゃないわ」
「そんなことないです。とても勉強になりました、紅瀬先輩。あ、これ先輩用の七味です。
よかったらお使いください」
「ありがとう、東儀さん。遠慮なく使わせてもらうわ」
「え、紅瀬さんって、もしかしてぜんざいにもソレ、入れるの?」
「ええ。とても美味しいのよ。貴女も使うのかしら?」
「遠慮するわ。ぜんざいは甘いほうが好きだから」
「私も甘いほうがいいかな。あはは、またダイエットしないといけないけどね」
 陽菜の呟きに、女性陣はふたりを除いて動きを止めた。



「あ、おはようございます、支倉先輩」
「おはよう、白ちゃん。あれ、こんなに早く行くんだ。日直とか?」
「いえ、違いますよ。今日は雪が積もっているので、礼拝堂の雪かきをしようかと思いま
して」
「ひとりで?」
「ええ、そのつもりですけど……」
「ちょっと待っててね」
 そう言うと、孝平はダッシュで階段を駆け上っていった。
「お待たせ、それじゃあ行こうか」
「あ、あの……ありがとうございます♪」
「お礼はいらないよ。その代わりに、手、つないでもいいかな」
「はい。……えへへ」
「まだ誰も登校してないみたいだから、俺たちが最初かな」
「誰の足跡もついていない雪道を歩くのって、すごく久しぶりです」
「そうなの?」
「はい。いつもは、たいてい兄さまが先に歩いてくださいますから」
「じゃあ、今日は白ちゃんの後に歩こうかな。よろしくね」
「はい! わたし、がんばりますね」
 一歩ずつ、ゆっくりと歩いていく白と孝平の姿を、遠くから兄が眺めていた。



「うわ、礼拝堂がまっしろだ」
「そうですね。いつもと雰囲気が違うので、少し不思議な気分です」
「それじゃ、手分けして雪かきをしようか。白ちゃんは、礼拝堂の裏手をお願いしてもい
いかな。俺は入り口の周りからはじめるよ」
「はい、わかりました。……ありがとうございます、支倉先輩」
 白は小さな声で呟くと、建物の脇を歩いていった。
「さてと、出入り口ぐらいはきれいにしておこうかな」
「あら、支倉君ですか?」
「あ、シスター天池。おはようございます」
「おはようございます。東儀さんのお手伝いをしてくれているのですね」
「ええ。……あ、一応、ローレル・リングの手伝いってことでお願いします」
「わかりました。……そうだ、それではこれを着てください」
「これは?」
「ローレル・リングの制服ですよ。実は男子用の制服もちゃんとあるんですよ。あまり着
てくれる人がいないのが困ったところですが」
 雪かきをしながら、シスター天池は普段よりもやさしげな笑顔だった。



「は、は、支倉先輩~」
「どうした、白ちゃん。お化けでも出たかい?」
「ゆ、雪……」
「雪男? それとも雪女かな」
「雪丸が逃げ出してしまいました~」
「あいつも元気だなあ。よし、俺が探してくるから、白ちゃんはシスターと玄関の雪かき
をしていて」
「は、はい。よろしくお願いします~」
 孝平は白の頭を撫でると、建物の裏手に向かった。
「それじゃあ、こちらも雪かきをはじめましょうか」
「はい、わかりました」
「それにしても、支倉君は頼りになりますね」
「はい。生徒会の仕事でも、いつも手伝ってくださいます。同じ時期に役員になったのに、
わたしはあまりお役に立てなくて、みなさんに申し訳がないです……」
「東儀さん。ひとりで出来ることも大事ですが、それには限りがあります。集団のいいと
ころは、みんなで分担して、協力して物事にあたることができることです。ですから、東
儀さんが役に立っていないはずがありません。もっと自信を持って、いいのですよ」
「……わかりました。ありがとうございます、シスター」
「ふふふ。さて、そろそろ雪かきはよさそうですね。それでは、支倉君が戻ってきたらお
茶にしましょう」
 気がつけば、雲間から太陽が顔をのぞかせていた。



「ただいま~。はい、白ちゃん、雪丸だよ」
「ありがとうございます~。ほら、雪丸、支倉先輩にお礼を言わなきゃダメじゃないです
か」
 白は雪丸の目を見つめて、叱ってみせた。
「お疲れ様でした、支倉君。これを飲んであったまってください」
「ありがとうございます。……あ、おいしいですね」
「当然ですよ。だってそれは、東儀さんが支倉君のためにと丁寧に準備したお茶なのです
から」
「ごちそうさまでした。それじゃあ、そろそろ学院に行こうか、白ちゃん。あまりゆっく
りしてて遅刻したらいけないからね」
「そうですね。それでは雪丸、行って来ますね♪」
「あ、このローレル・リングの制服はどうしましょうか。洗って返したほうがいいですよ
ね」
「いいえ、その必要はありません。支倉君さえよければ、しばらくそれを借りておいてく
れませんか。臨時の会員、ということで」
「……そう、ですね。では、しばらく貸していただきます」
「よろしいのですか、支倉先輩」
「ああ。白ちゃんもいるしね。白ちゃんは、いやかな」
「そんなことないです。……とても嬉しいです」
 白は孝平の目を見つめて、幸せそうに微笑んだ。



「おはよう、陽菜」
「おはよう、孝平くん。……えっと、その格好はどうしたのかな」
「あ、脱ぐの忘れてた。道理ですれ違うみんながちらちら見てると思ったよ」
 羽織っていた白い制服を脱ぎながら孝平が言う。
「もしかして、それってローレル・リング?」
「ああ、そうだよ。シスター天池が貸してくれたんだ。ちょっとの間、臨時の会員になる
みたいだ」
「孝平もシスターの手先か」
「人聞き悪いな、司。俺はまだよく知らないけど、ローレル・リングってのはシスターの
手伝いをする委員会なんだろ。どうして入ろうとする人が少ないのか、気になっていたん
だ。だから、これはいい機会だと思ってるよ」
「ま、がんばれ。ほどほどにな」
「おう。陽菜もやってみるか? 時々でもシスターは喜んでくれると思うけど」
「う~ん、私は美化委員会があるからね。ちょっと難しいかな。それに、白ちゃんに悪い
し」
「ん? どうして白ちゃんなんだ。むしろ白ちゃんも喜んでくれると思うけど」
「そういうとこ、孝平くんらしいけど……。じゃあ、今度お姉ちゃんと一緒に行ってみよ
うかな」
「ああ、それでいいよ。無理する必要はないしさ」
 チャイムの音とともに桐葉が教室に入ってくるのを見て、孝平は自分の席に座った。



「支倉君」
「何かな、紅瀬さん」
 昼休みになった時に、珍しく桐葉のほうから孝平に声をかけた。
「ローレル・リングに入ったと聞いたのだけど」
「ああ。と言っても、臨時のお手伝いみたいなものだけどね」
「貴方も物好きね」
「そうかな? まあ強制されてるわけじゃないし、ちょっとやってみようかなって思った
だけだよ」
「まあ、がんばりなさい。……お迎えがきたわよ」
 紅瀬さんの視線を追うと、白ちゃんが教室の入り口に立っていた。
「あ、あの、支倉先輩はいらっしゃいますか?」
「白ちゃん、どうかしたの?」
「あ、支倉先輩。シスター天池が一緒に来てほしいということなので、お願いできますか」
「よしわかった。それじゃあ、ちょっと行って来る。陽菜、司、悪いけど昼飯は俺抜きで
行って来てくれ」
「うん、がんばってね、孝平くん」
 孝平はかばんからローレル・リングの制服を取り出すと、羽織って白と教室を後にした。



「ねえ、ちょっとちょっと陽菜」
「うん、どうしたの?」
「支倉君って、ローレル・リングに入ってるの?」
「孝平くんが言うには、臨時の会員みたいだけど」
 孝平から聞いたことを、陽菜はクラスメイトに簡単に説明する。
「臨時かあ、その手があったか。なるほどね」
「何がなるほどなの?」
「だってさ、あの制服を着てみたいと思わない? さっきも、4年生の東儀さんが着てた
けど、実は結構人気があるんだよ、あれ」
「そうなんだ」
「うんうん。陽菜の美化委員会の制服が一番人気なんだけど、ローレル・リングも秘かに
人気なんだよね」
「それじゃあ、みんなで臨時会員になるってのはどう?」
「わ、お姉ちゃん」
「ゆ、悠木先輩、いつからいたんですか?」
「ひなちゃんのいるところに、わたしあり!」
「それ、説明になってないと思うけど」
「それはさておき、ひとりだと気後れしちゃうかもしれないけど、みんなと一緒なら怖く
ないものだよね。まるちゃんも、きっと喜んでくれるんじゃないかな」
 かなでの説明に、クラスメイトたちは相談をはじめた。



「あの、支倉先輩。ちょっとよろしいでしょうか」
「どうしたの、白ちゃん。改まって相談事かな」
 数日後の昼休み、白が孝平に声をかけてきた。
「実は、ここ数日のことなんですが、礼拝堂の周囲で誰かの視線を感じるんです」
「誰かって……心当たりは?」
「いえ、それがまったく。わたし、ちょっと怖くて……でも、兄さまにはこんなことでご
迷惑をおかけできませんから」
「そうだよな、東儀先輩も多忙だからなあ。よし、それじゃしばらく俺が護衛としてそば
にいることにするよ。幸い、ローレル・リングの臨時会員でもあるわけだし、一緒にいて
もおかしくはないだろう」
「あ、ありがとうございます、支倉先輩♪」
「……もしかして」
 それまで静かに味噌ラーメンを食べながら白の話を聞いていた陽菜が、おもむろに口を
開いた。



「えっとね、白ちゃん、孝平くん。答えは諸事情で言えないんだけど、危険なことにはな
らないと思うから、安心していいと思うよ」
「どういうことでしょうか、陽菜先輩?」
 白は首を小さく傾げて陽菜に問いかける。
「白ちゃんは、孝平くんを信じられる?」
「はい。支倉先輩は兄さまと同じくらい信用できる方です」
「孝平くんは、私のことを信じてくれる?」
「ああ。俺にとって、陽菜はとっても大切な友だちだからな」
「じゃあ、白ちゃんは私のことを信じてくれるかな?」
「……はい、わかりました。陽菜先輩を信じます」
 真剣な表情で、白は陽菜に答えた。



「それじゃあ、礼拝堂に行こうか」
「はい。今日もよろしくお願いします、支倉先輩」
 二人仲良く歩いていると、イーゼルを抱えた女子生徒が通りかかった。
「あら、キミは確か……支倉君だったわね。生徒会役員だと思っていたのだけど、ローレ
ル・リングにも入っているの?」
「お久しぶりです、部長さん。ローレル・リングは今のところ臨時ですね。よかったら、
部長さんもいかがですか?」
「せっかくのお誘いだけど、遠慮しておくわ。これからスケッチに行く予定なの」
 そう言って、イーゼルを掲げてみせる美術部部長だった。
「悪いわね。……あ、もしよかったら、今度貴方たちを描かせてもらえないかしら。その
制服を着ているところ、一度描いてみたいと思っていたのよ」
「俺は構いませんけど、白ちゃんはどう?」
「わ、わたしはちょっと恥ずかしいのですが、支倉先輩が一緒なら心強いです」
「ありがとう。それじゃ、日にちはまた今度連絡するわね」
 ひらひらと手を振りながら、部長は歩いていった。



「こんにちは~。少し遅くなりました」
「遅いわよ。時間は無限じゃないんだからね?」
「え、瑛里華先輩?」
「どうしてここに? っていうか、その格好は」
「ご覧の通り、ローレル・リングの制服よ。今の時期は学校行事も特にないし、せっかく
だから私も参加させてもらおうかと思って。……迷惑だったかしら?」
 瑛里華はくるっと回って、制服の裾を翻らせて見せた。
「い、いえ、そんなことないです! ありがとうございます! 瑛里華先輩がお手伝いし
てくれたら、とても心強いです」
「ふふ、ありがと。ところで支倉くん♪」
「ん、どうかしたのか」
「何か言うことはないかしら、あるわよね、聞かせてほしいなあ♪」
「えっと、……に、似合ってるぞ」
「妙な間があるのがちょっとだけ気になるけど、お礼を言っておくわ。ありがとう」
 にっこりと笑う瑛里華の笑顔は、ローレル・リングの制服を身にまとっていても、変わ
らない。



「ちょっと、悠木先輩! 千堂さんまで入っちゃったじゃないですか」
「うーん、これは予想外だったねー。さすがは突撃副会長のえりりん」
「もしかして、素直に入会しますと言っていればよかったんじゃ」
「おかしいねえ、こういうのは事前に入念なリサーチが必要なのに」
「リサーチはともかく、どうして東儀さんを見張る必要があったんですか」
「決まってるじゃん。恋のライバルの調査は大事なんだよ。敵を知り、己を知れば百発百
中ってことわざを知らないの?」
「初耳ですし、そもそも恋はまったく関係ないのでは……」
「細かいことは気にしちゃだめだよ。それじゃあ、今からまるちゃんに入会届けを出しに
行こう!」
「今度はずいぶん行動が早いんですね」
「えりりんを見習ってみたのだよ、明智君」
「私、明智じゃありませんけど」
「ええっ? じゃあ、ホームズ君」
「なんでイギリスの紳士になるんですか……」
 あきれつつも、かなでの後についていく女子生徒だった。



「まーるちゃーん。わたしたちもローレル・リングに入れてくださいっ!」
「よろしくお願いします、シスター」
「悠木さんは後で礼拝堂の裏まで来るように#。それはさておき、仲間が増えるのはとて
も嬉しいです。みんな仲良くがんばってくださいね」
「はい! それであのう、制服はいつ支給していただけるんでしょうか」
「実はですね……」
 シスターの言葉を聞いて、女子生徒とかなでは絶望の声を上げた。
「あ、あの、どうかされましたか? あれ、かなで先輩じゃないですか」
「……ああ、しろちゃん。……燃えちゃったよ、燃えつきてまっしろに……」
「またわけのわかんないことを。かなでさんらしくないですよ」
「こーへー……。うしっ、こーへーに心配されちゃあ、元気を出さないわけにはいかない
ねっ!」
「立ち直りはやっ」
「それが悠木先輩の取り柄だもんね」
「あ、えりりん。それ、褒めてるんだよね」
「もちろんだよ、お姉ちゃん」
「ひなちゃんも来てくれたんだ。よーっし、それじゃあワトソン君。制服がないけどわた
したちもがんばろう」
「だから、どうしてワトソンなんですか~。お仕事は、がんばりますけどぉ~」
「おっけー、それじゃああとはしろちゃんよろしく。わたしはちょっとまるちゃんに呼ば
れてるから」
「あ、はい。わかりました。……あの、よろしくお願いします、先輩」
「こちらこそ。予定とは違うけど、自分で言い出したことだしね」
「あの、まだ確約はできませんが、人数が増えれば予算もいただけると思いますので、制
服はその時までガマンしてくださいね」
「……ホントっ? ありがとう、東儀さん。さすがは未来の財務担当だね」
「いっいえ、わたしは当たり前のことをするだけですから」
「それじゃあ、仕事をはじめようか。って、かなでさんはどこに行ったんだろ?」
 その頃、礼拝堂の裏で、かなではシスター天池に叱られていた。



「支倉先輩。お時間ありましたら、ご一緒にお散歩に行きませんか」
「ああ、俺だったら大丈夫だけど。……でも、外は雪がちらついてるよ?」
「これぐらいなら平気だと思います。雪丸も外に出たそうにしていますし」
「わかった。白ちゃんがそう言うなら、行こうか」
「はい、ありがとうございます♪」
 空からは、孝平が言うようにちらほらと雪が舞い降りてきている。
「どこまで散歩に行くつもりなの?」
「あまり遠くにはいけませんので、学内をまわってみようと思います」
「オッケー。それじゃ、雪丸は白ちゃんにお願いしていいかな」
「わかりました。……あ、もし支倉先輩が雪丸を抱きたくなったら言ってくださいね。雪
丸は抱き心地もやわらかいですし、あたたかいですから」
「大丈夫だよ。その時は、白ちゃんを抱きしめるから。白ちゃんの抱き心地も俺は好きだ
しね」
「もう、支倉先輩ったら……」
 ふたりと一匹は、雪の舞う中を歩き始めた。



「あ、孝平くん、白ちゃん。ふたりでお散歩かな?」
「こんにちは、陽菜先輩。雪丸も一緒です」
「ほんとだ。あったかそうだね」
 白の腕に包まれて丸くなっている雪丸を見つめて、陽菜の表情もやわらかい。
「陽菜は、美化委員会か。寒いのにご苦労様」
「まだ本降りじゃないしね。グラウンドで部活をしているところもあるし、私たちも負け
てられないよ」
「それじゃあ、もし時間があるようでしたら、後で礼拝堂に来てくださいませんか。今日
は、いつもがんばってくださっている皆さんにお茶をごちそうしようと思っているのです。
陽菜先輩も来ていただけると嬉しいです」
「うん。それじゃ、あとでおじゃまさせてもらおうかな」
「それじゃあな、陽菜」
「うん。孝平くん、ちゃんと白ちゃんをエスコートしてあげるんだよ?」
「ああ。それじゃあ行こう、白ちゃん」
「はい。それでは、また後ほど」
 頭を下げて、白は孝平と歩いていった。



「お熱いわねえ、おふたりさん♪」
「瑛里華先輩、こんにちは」
「熱い、とまではいかないな。でも、あったかいのは間違いないけどさ」
 孝平は、白の手を片方握っていた。
「はいはい、ごちそう様。それじゃ、私は監督生室に戻るわ」
「あの、瑛里華先輩」
「わかってるわ。後で礼拝堂に行けばいいのよね?」
「はい。明日からは生徒会に顔を出しますので」
「いいっていいって。兄さんも征一郎さんも時々顔を出してくれるしね。あ、支倉くんは
たっぷり仕事をあげるから、そのつもりで♪」
「さてと、行こうか白ちゃん」
「あ、こら。私の言うことを聞いておいたほうが、来月ラクになるわよ~」
「未来も大事だけど、俺は今の幸せを優先するよ」
「そ、それでは失礼します~」
 歩いていくふたりと一匹を眺めながら、瑛里華は首をすくめた。



「こんにちは。紅瀬先輩」
「あら、東儀さん。……おいしそうなものを持っているわね」
「は、支倉先輩は、お、お、おいしくないと思います!」
 白は左手にぎゅっと力をこめる。
「白ちゃん、うれしいけど、あんまりうれしくないよ……」
「……私は、その兎のことを言ったのだけど。ま、確かに支倉君は煮ても焼いてもおいし
くなさそうね」
「雪丸もだめです~。……あ、それでは代わりに別のものをごちそうしましょうか。この
後、礼拝堂に来ていただければ、おもてなしいたします」
「……そうね、気が向いたら寄らせてもらうわ」
「はい、わかりました。よかったですね、雪丸♪」
「白ちゃん、俺にも微笑んでほしいんだけど……」
 白はにっこりと微笑んで、左手にぎゅっと力をこめた。



「お~、しろちゃんにこーへー。ラブラブで何より♪」
「ほんと、うらやましいよ~。私は悠木先輩とワンセットだから」
「先輩方、お疲れ様です。作業が終わりましたら、礼拝堂までいらしてくださいね」
「かなでさんの相手は大変だと思うけど、がんばって」
 かなでに聞こえないように、小声でささやく孝平。
「ありがと、支倉君。キミも白ちゃんの護衛をしっかりね」
「ああ、言われるまでもないよ。白ちゃんは誰よりも大切だからな」
「……それ、本人に言ってあげたら?」
「言えるわけ無いだろ、恥ずかしすぎる」
「聞かされるこっちはもっと恥ずかしいんだよ、こーへー?」
「うわっと。それじゃあ、俺たちは先に戻ってますね。白ちゃん、そろそろ行こう」
「はい。それでは失礼します~」
 ぺこりと頭を下げて、白は雪丸を抱えなおした。



「みなさま、お仕事お疲れ様でした。ささやかではありますが、お茶とお菓子を用意致し
ましたので、おくつろぎください」
「わぁ、ケーキだぁ♪」
「おい副会長。いいのか、甘いものが好きなのは秘密なんじゃなかったっけ」
「何言ってるのよ。女の子が甘いものを好きなのは当然でしょ」
 幸せそうにケーキを頬張る瑛里華だった。
「辛いものが好きな女だっているわよ」
「紅瀬さん……その真っ赤なきんつばはいったい何なの?」
「東儀さんが手に入れてくれたのよ。幻の紅色のきんつば、略して紅つばね。よかったら、
悠木さんもどうかしら」
「あはは……、孝平くん、お願い」
「おい陽菜、その無茶振りはちょっとひどいぞ?」
「それじゃあ、わたしが行ってみよう! はむっ……がくり」
「わあ、お姉ちゃんが~?」
「かなで先輩、こちらを飲んでください」
 白が差し出した飲み物を口に含むと、かなでの意識が回復した。
「やるね、きりきり。気絶するほど美味しかったよ!」
「どういたしまして」
「うーん、とにかく白ちゃん、お姉ちゃんを助けてくれてありがとう」
「いいえ、わたしはたいしたことはしてませんから」
「そんなことないさ。白ちゃんは目立たないけど、すごくみんなの支えになっているよ。
そんな白ちゃんを、これからも俺は支えていけたらいいなあと思ってる」
「支倉先輩……」
「ローレル・リングにも入ったことだし?」
 瑛里華がふたつめのケーキを頬張りながら言う。
「俺で役に立てれば、それもいいかな。こうして、みんなが集まってくれたのも、白ちゃ
んがいるからなんだ。だから、これからも白ちゃん、よろしくね」
「は、はい! わたしこそ、よろしくお願いいたします♪」
 しあわせな笑顔を浮かべて、白は孝平に微笑んだ。



2000/03/03

桐葉の平日(FORTUNE ARTERIAL ぷちSS)



「おはよう、紅瀬さん。今日も重役出勤だな」
「ええ。役職手当はもらっていないのだけどね」
「むしろシスター天池に罰をもらいそうな気がするんだけど」
「それは貴方に譲ってあげるわ」
「謹んで辞退させていただきます」
「あら、残念ね」
「まあ、事情は知ってるから、こんな軽口を叩いてるんだけどな」
「別に、無理しなくてもいいのよ」
「無理なんてしてないさ。無茶はしてるとは思うが」
 こんなやりとりで、私の一日の学院生活は始まりを告げるのだった。



「昨日夜更かししたせいかな、すごく眠たいんだ」
「だめだよ、孝平くん。授業中に居眠りしたら」
「そうね。せっかく親御さんが払ってくれている授業料が無駄になってしまうわね」
「正論だとわかってはいるんだけど、素直に頷けないのはどうしてだろ」
「私は”授業中に”眠ることはないもの」
「司はどう思う?」
「俺は自分で稼いでいる」
「だからって、眠っていい理由にはならないよな」
「それじゃあ、孝平くんが居眠りしてたら、私が起こしてあげようか?」
「それは陽菜に悪いだろ。ここは、暇そうにしている紅瀬さんにお願いしようかな」
「……わかったわ。貴方が眠れなくなるようにすればいいのね?」
 私は、鞄の中から一冊の本を取り出した。



『”孝平”は自らの男を取り出すと、女の秘所に宛がった。女は懇願するように”孝平”
を見るが、”孝平”は野獣のような笑みを浮かべながら、少しずつ女に侵入していった』
「あの、紅瀬さん。それはいったいなんでしょうか」
「官能小説よ。貴方が眠くならないように、私が朗読してあげるわ」
「ご丁寧に主人公の名前は孝平に変換してくれるわけだ」
「な、なんだか生々しいよね……」
『女の口からは痛みに耐える声が漏れた。”孝平”はそれを聞きながら女の奥まで蹂躙し
ていく』
「有無を言わさずか、孝平」
「孝平くん、そういう趣味だったんだ……」
「こら、そこのふたり、俺は清廉潔白だ。っていうか、紅瀬さんも悪ノリはいい加減にや
めてくれ」
「別にそれは構わないけれど、もう手遅れじゃないかしら」
 教室の外から、廊下を駆ける足音がどんどん近づいてきていた。



「じゃじゃん! わたし、参上♪」
「お姉ちゃん?」
「イケナイこーへーをとっちめるけどいいよね? 答えは聞いてない♪」
「いえ、聞いてくださいってば」
「なんてね、わたしに釣られてみる?」
「釣られるのは孝平だけだろ」
「わたしの強さにこーへーが泣いた!」
「それは、もしかして子どものころの話かしら」
「そうそう! 聞きたい、きりきり?」
「別に」
「ううっ、きりきりは釣られないか。それはさておき、こーへーはおしおきしないとね。
わたしは最初からクライマックスだよ♪」
 その後、支倉君の悲鳴が校舎に響き渡った。



「なるほど。そういうことだったのね」
「支倉先輩、大丈夫でしょうか……」
「ええ。大事を取って、今日は帰らせたわ。代わりに、支倉君の仕事は私が受け持つから」
「あら、いいのかしら。そんな大口を叩いても?」
「ええ。もちろん」
「あ、あの、紅瀬先輩。わたしもお手伝いいたします」
「ありがとう、東儀さん。でも、気持ちだけ貰っておくわ」
「それじゃあ、紅瀬さん。この書類のデータをパソコンに入力してもらえるかしら」
「……わかったわ」
「あの、瑛里華先輩?」
「いいから、白は白の仕事を続けなさい」
「は、はい」
 東儀さんが自分の作業に戻るのを見てから、私はパソコンのスイッチを入れた。



「…………」
「どうかしたのかしら、紅瀬さん」
「なんでも、ないわ」
「なんでもないわけないでしょう。先ほどから手が動いていないようだけど」
「動かす必要がないからよ」
「どうして」
「パソコンが、冬眠してしまったからよ」
「……フリーズ、したのね」
「……そういう言い方もあるようね」
「はぁ、そういうときはね」
「わかっているわ。こうやれば直るのでしょう?」
 私は、パソコンの前に立ち、右手を高く振り上げると、斜め45度の角度から振り下ろし
た。



「ちょっと待ったーっ!!」
「邪魔をしないでくれるかしら、千堂さん。後、その手を離して」
「するに決まってるでしょうがっ。イタタ、手がびりびりするわ。パソコンを壊す気?」
「……心外ね。私は直そうとしただけだわ」
「そのやり方が間違ってるって言ってるのよ。昔の家電製品じゃないんだから」
「……そう、なの?」
「そうよ。むしろ精密機器なんだから、衝撃を加えるなんて『もってのほか』ね」
「……その言葉は、私にとって衝撃だわ」
「あ、あなたねえ……。まあいいわ。ちゃんとした手順を辿れば、よっぽどのことがない
限りは直るから。……教えてあげるわ」
「……随分、親切ね?」
「と、当然よ。……お、同じ生徒会の仲間なんだから」
 千堂さんは、少しだけ顔を赤くしながら、そう答えた。



「紅瀬さん、今日は助かったよ。ありがとな」
「別に。貴方にお礼を言われることじゃないわ」
「そんなことないさ。俺の分も生徒会の仕事をがんばってくれたって聞いたんだ」
「……誰に聞いたの」
「誰に聞いたと思う?」
「……興味、ないわ」
「何で、間が空くんだ?」
「答えがわかったからよ」
「パソコンは叩いちゃダメなんだぞ」
「知っているわよ。……その人に親切に教えてもらったから」
「よかったな」
「……そうね。たまにはいいかもね」
 他愛の無い会話は、どこまでも続いていく。



「何をしているのかしら」
「紅瀬さんを待っていた……と言いたいけど、単なる雨宿りだよ」
「……そう」
「こらこら、そこでスルーしたら寂しいだろ」
「……かまって欲しいの?」
「まあ、できれば」
「いやだと言ったら?」
「その時は、雨が降ってようが走って帰る、かな」
「……ふぅ、仕方ないわね」
「紅瀬さんは、こんな時間まで何をしていたんだ?」
「眠っていたわ。屋上で」
「いつもの”アレ”か」
「ええ」
「でも、雨が降る前に目が覚めてよかったな」
「そうでもないわ。ただ、雨避けのあるところで寝ていただけよ」
「やっぱり不便だなあ」
「どうかしらね」
「何か、得したことってあるのか?」
「……不眠症にならなくて済むことかしら」
 貴方とのおしゃべりの時間が増えたことよ、と心の中だけで呟いた。



「お、そろそろ雨もあがりそうだ」
「……そうね」
「何かいやなことでもあるのか?」
「別に」
「それじゃあ帰ろう。……もちろん、一緒にだ」
「それは、口説かれているという解釈でいいのかしら?」
「そ、そう取ってもらってもかまわない」
「……いいわ」
「ほ、ほんとか」
「ええ」
「まさかOKがもらえるなんて、思ってなかったよ」
「大げさね。一緒に寮に戻るだけなのに」
 口調とは裏腹に、心の中は嬉しさでいっぱいだった。



「おかえり~、おふたりさん♪」
「ただいま、かなでさん」
「……おじゃまします」
「はい、紅瀬さんはここに座って♪」
「ありがとう、悠木さん」
「それでは、支倉くんと紅瀬さんも戻ってきたことだし、お茶会をはじめましょう♪」
「今日のお茶菓子は、『さゝき』のきんつばです♪」
「おいしそうね」
「あれ、紅瀬さんが辛いもの以外に興味を持つなんて珍しいな」
「『さゝき』のきんつばは特別よ」
「紅瀬先輩も、お好きなんですか」
「ええ」
「わたしも大好きなんです。ほっぺたがおちてしまいそうです」
「それじゃ、しろちゃんときりきりのオススメのきんつばを、いっただっきまーす♪」
 口の中に、至福の味わいが広がる。



「美味しいわね、やっぱりこの味は特別だわ」
「いくつ食べても、飽きない味ですね♪」
「私は、さすがにいくつも食べられないかな。ダイエットしないといけないから」
「だいじょーぶ。ひなちゃんはそのままでもとーっても魅力的だから! ね、こーへー」
「え、ええ。そうですね」
「あはは、ありがとう。孝平くん」
「……でも、こーへーにはきりきりのほうが魅力的に見えるのだった」
「ちょ、かなでさん! 俺の心を読まないでくださいよ」
「へ、へー……よ、読んでるんだぁ……」
「しまっ……。あの、副会長、今のは言葉の綾というやつで」
「……綾、なの?」
「紅瀬さん? いや、その……」
「ふふふ、孝平くんおもしろい。ね、白ちゃん?」
「はい、支倉先輩、お顔が真っ赤になってます」
 振り回される彼が面白くて、つい私はそっけない態度を取ってしまうのだ。



「それじゃあ、今日のお茶会はこれにて終了♪」
「あ、今日の片付けは俺がやっておくから、そのままでいいよ」
「ありがと、孝平くん。それじゃあ、おやすみなさい」
「また明日ね、支倉くん」
「おやすみなさいです。支倉先輩」
「ああ、みんなおやすみ。……かなでさん、ちゃんと階段から帰ってくださいね。はしご
は禁止です」
「むむ、こーへーがまるちゃんみたいなことを。まあ、いっか。それじゃあお休み~♪」
「……」
「ん、どうかしたか、紅瀬さん」
「私のカップは、これだから」
「……それが、どうかしたのか?」
「……後で何をしようと、貴方の自由よ」
「あの、紅瀬さんの頭の中では、俺はいったいどんなことをしているんだ?」
「……聞きたい?」
「いや、言わなくていいから!」
「ふふ、それじゃ、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
「……今日は、ありがとう」
 扉を閉じる前に彼の顔を見たら、驚いていたのがおもしろかった。



「おはよう、紅瀬さん。今日は早いな」
「おはよう。私だって、いつも遅いわけではないわ」
「そりゃそうなんだろうけど、最初に付いたイメージって、なかなか払拭できないんだよ
な」
「……そう言えば、貴方は転入早々、女風呂に侵入したのよね」
「すみません、俺が悪かったです」
「あの時のことが、私の心にどれだけの傷を付けたか……」
「会長にはめられたとは言え、なぜここまで言われなきゃならないんだ」
「まあ、貴方にとっては悪いことばかりではなかったのでしょう」
「と、言うと?」
「私の一糸まとわない姿を、目に焼き付けられたのだから」
「ちょっと待ってくれ。俺が見たのは紅瀬さんじゃなくて、副会長の……」
「いい加減に忘れなさい!!」
「ぐはっ!?」
「朝から強烈な回し蹴りね、千堂さん」
 そして、朝から崩れ落ちる支倉君だった。



「お、今日は孝平は遅刻か?」
「違うの、八幡平くん。孝平くん、保健室に行ってるの」
「千堂さんに折檻されたのよ」
「そりゃ、しばらく戻ってこれそうにないな」
「ま、自業自得とも言えるけれど」
「大丈夫かな、孝平くん。ね、紅瀬さん、後で様子を見に行こうね」
「……どうして私が」
「孝平くん。きっと紅瀬さんが来るのを楽しみにしてると思うから」
「そうね。気が向いたら、行く事にするわ」
「うん、ありがとう」
 悠木さんの嬉しそうな笑顔が、やけに眩しかった。



「こーへーだいじょうぶ~♪ って、どうしてまるちゃんとしろちゃんが?」
「今日は保健の先生がいらっしゃらないので、ローレル・リングが代理でお仕事させてい
ただいてるんですよ、かなで先輩」
「そういうことです。それからもう少し静かになさい。それと、まるちゃんと呼ぶのはや
めなさい#」
「はーい。それじゃ、お姉ちゃんはおとなしく帰ろうかな。あ、こーへーに目覚めのキス
をしてもいい?」
「きき、キスですか?」
「……人工呼吸ならともかく、そういう風紀を乱す行為はダメです」
「……なるほどね~。人工呼吸ならいいわけか。それじゃ、しろちゃん、こーへーのこと
よろしくね~」
「……小さな台風がやっと去っていった、というところかしら」
「でも、かなで先輩は、支倉先輩のことを一番に心配しているんだと思います」
「当の本人は、ぐっすりと眠っているようだけど」
 シスター天池の言うとおり、支倉先輩はおだやかな表情をしているように見えました。



「あれ? 保健室の前にいるの、えりちゃんだよね。何やってるんだろ」
「きっと、中で繰り広げられている痴態でも覗いてるんでしょう」
「覗いてな・い・わ・よ! まったく、紅瀬さんたらひどいわ」
「あら、ひどいのは支倉君の現在の状況だと思うけど」
「ぐっ……。それについては言い訳できないけど、支倉くんなら、かなり幸せそうに眠っ
ているみたいよ」
「……貴方、ついに彼を天国へ送ってしまったの?」
「えりちゃん、それはさすがにひどいんじゃないかなぁ」
「陽菜まで!? ううう、いいわよいいわよ。こうなったら、支倉くんになぐさめてもら
うんだから!」
「まあまあ、えりちゃん。みんなで仲良く孝平くんのお見舞いをしようよ、ね?」
「紅瀬さんは?」
「貴方がどうしても、と言うなら、仕方が無いからつきあってあげるわ」
 久しぶりに気持ちよく千堂さんをやりこめることができて、私は機嫌がよかった。



「お疲れ様、白ちゃん。孝平くんの具合はどう?」
「先ほど、かなで先輩もお見舞いに来られましたが、支倉先輩はだいぶ幸せそうなご様子
ですよ」
「そう、それはよかったわ……」
「千堂さんが原因だったのよね、確か」
「ええ。それは認めるわ。今は、支倉くんが無事で、本当によかった……」
「あら、随分殊勝な態度ね」
「私だって、いつも突撃してばかりではないってことね」
「……それ、自分で言う台詞ではないわよ」
「いいのよ。これで私もスタートラインに立つ決心がついたから」
「おもしろいわね」
 相手にとって不足はない、と言うところなのだろうが、私はそれ以上は言葉にしない。



「陽菜に副会長、それに紅瀬さんも来てくれたのか。わざわざありがとう」
「お礼を言われることじゃないよ。でも、孝平くんが元気そうでよかった」
「蹴られる瞬間に、力を逃がす方向に飛んだんだ。だから、見た目ほどダメージは受けて
ないんだよ」
「ふぅん、意外に運動神経はいいのね」
「転校の達人ともなると、何でもそつなくこなさなきゃな」
「そっ、それでも万が一ってこともあるわ。私の責任でもあるのだし、しばらく支倉くん
のサポートは私がやるわ。いいえ、やらせて」
「いや、だから大丈夫だって言ってるんだけど」
「支倉くんは、私が迷惑?」
「……っ、そんなことは、ないけど」
「迷惑ね」
「……どういう、意味かしら。紅瀬さん?」
「言葉通りの意味よ。だって、彼のサポートは私がやると決めているのだから」
 まっすぐに千堂さんの目を見据えて、私は宣言した。



「帰るわよ、支倉君」
「え? いや、俺はこれから生徒会の仕事が」
「油断は禁物、というわ。病気も怪我も治ったと思った時が危ないのよ」
「そうは言っても、昨日も生徒会を休んだわけだし、今日は出ておきたいんだ」
「貴方の仕事なら、千堂さんが代わりにやっておいてくれるそうよ」
「うーん、その気持ちは嬉しいんだけど、副会長には副会長の仕事があるだろ。俺の仕事
を押し付けるわけにはいかないよ」
「意外に頑固ね」
「責任感があると言ってもらえると嬉しいんだけど。それじゃあ、行こうか」
「……一応聞くけど、どこへ」
「監督生棟だよ。俺のサポートをしてくれるんだよな?」
「……ええ。私に二言はないわ」
 どれだけ不向きなことだろうと、ここで引くわけにはいかなかった。



「お、今日も紅瀬ちゃんの登場だね。いらっしゃい♪」
「……会長は、昨日見かけなかったと思うのだけど」
「ちっちっち、会長ともなれば、一生徒の動向ぐらい把握しているものだよ」
「そう言えば、先ほど白から何か聞き出していたようだが」
「おいおい征~、バラしちゃおもしろくないだろう」
「おもしろい必要はないと思うけど。ったく、兄さんはもうっ」
「それで、私は何をしたらいいのかしら」
「支倉くんのサポートに来たんだから、支倉くんの指示に従ったらいいでしょ」
「と、言うことだけど。貴方の言うことに従わないといけないらしいわ。……たとえ、ど
んなに恥辱に満ちた内容であっても、私は貴方に服従しないといけないのね……」
「あの、紅瀬さん。猛烈に人聞きが悪いので、それはやめてくれ。白ちゃんが給湯室にい
て助かった……」
「あら、私だって冗談を言うタイミングぐらいはわきまえているつもりよ」
「みなさん、お茶が入りましたよ~」
「それじゃ、このお茶を飲んだら仕事を始めましょう♪」
「ああ。それじゃ、紅瀬さん。まずはこれからはじめてくれないかな」
「……わかったわ」
 私は、昨日と同じように、パソコンの電源を入れた。



「……ねぇ、もっと動いてもいいのよ」
「そう言われてもなあ」
「ふふ、こんなに固まってしまって、おびえているのかしら」
「多分、そんなことはないと思うんだけど」
「がまんできなくなったら、思い切って出してしまえば楽になるのに」
「そういうわけにはいかないよ、生徒会の備品だからな」
「こら、そこの二人。意味深な会話はやめなさいよね」
「あら、何のことかしら、千堂さん。私たちは動かなくなってしまったパソコンについて
話していただけなのに」
「知ってて言っているでしょ。知ってて言ってるのよね?」
「まあまあ副会長。怒ったってパソコンが直るわけじゃないだろ」
「こういう時に正論を言われると、無性に腹が立つのよね……」
「あれ、なんだか命の危険を感じるんだけど!」
「そう言えば、かなで先輩がおっしゃっていたのですが、今夜、白鳳寮でまたオークショ
ンが開催されるそうです」
「もしかして、そこに使えそうなパソコンが出品されるのかい、白ちゃん?」
「それはわかりませんが、掘り出し物がざっくざく、らしいのです」
「ざっくざく、か。悠木らしい表現だな」
「こうなったら、そのオークションにかけるしかないわね。行くわよ、支倉くん」
「わ、わかった。紅瀬さんもいいか?」
「……ええ。貴方の言うことですもの」
 今夜は、また騒がしい夜になりそうだった。



「やあやあ、えりりんにきりきりにこーへー。三人揃ってどうかしたのかな?」
「こんばんは、悠木先輩。今晩、寮でオークションが開かれるって聞いたんですけど」
「うん、やるよ。よかったら参加してってね。品物を提供してくれても助かるなあ」
「う~ん、あいにくオークションに出せるような物は持ってませんね」
「こーへーの使用済みタオルとか、えりりんの愛用のマグカップとか」
「「出しませんっ!」」
「きりきりは? 何かないかな」
「そうね……読み終わった本なら、何冊か持っているけど」
「私、嫌な予感がするんだけど」
「あら、千堂さんも読んでみたいのかしら。官能小説」
「べ、別に読みたく……ないわよ」
「あの、副会長。もしかして読みたいのか?」
「そんなわけないでしょう。私は副会長よ」
「いや、それ答えになってないって」
「心配しなくても、オークションには出品しないわ」
「ありがとお、とってもとってもうれしいわ♪」
「そんなえりりんには、風紀シールをプレゼント!!」
「なんで私だけっ?」
「じゃあ、こーへーにもオマケ」
「俺とばっちりですか?」
 オークションが始まる前から、大騒ぎだった。



「こんばんは、孝平くん。今日は『両手に花』だね♪」
「まあ、な。どっちかと言うと、『きれいな花にはトゲがある』だと思うけど」
「紅瀬さん、支倉くんこんなこと言ってるけど、どうしようか?」
「そうね、トゲとしては、チクリと刺してあげるのがいいのではないかしら」
「えっと、ふたりとも冗談だってわかってくれてるよな?」
「ダメだよ、孝平くん。女の子には冗談が通じない時もあるんだから」
「次から気をつけるよ。……次があればだけど」
「あはは。それじゃ、私はお姉ちゃんのアシスタントをしなきゃいけないから、行くね」
「ああ、がんばれよ」
「そろそろオークションが始まるみたいね」
「ええ。それじゃ、それまでの間、きれいな花の二人で支倉君を問い詰めることにしましょ
うか」
 囲んでしまえば、獲物は袋の鼠なのだ。



「おっ待たせしました~。クリスマス恒例、大オークション祭りをはじめるよっ!」
「お姉ちゃん、恒例って言ってるけど、今年はじめてだよ」
「大丈夫だよ、ひなちゃん。来年もやればいいじゃない」
「というわけで、早くも来年の開催が決定してしまいました。司会は5年生の悠木陽菜と」
「最上級生の6年生、キング・オブ・寮長にしてキング・オブ・風紀委員長、しかしてそ
の実態はっ!」
「肩書きがやたら多いわね」
「副会長の突撃よりもすごそうだな」
「こらーそこの二人、わたしのじゃまをしないよーに。……えっと、どこまで言ったっけ」
「悠木かなででお送りいたします」
「何事もなかったように進めるのは、さすが悠木さんというところかしら」
「それでは、まずはこの逸品からっ!」
「そしてマイペースで進行するのもかなでさん、なんだよな」
 熱気に包まれたオークションは、夜遅くまで続いた。



「はあ、結局パソコンは手に入らなかったわね」
「まあ、出品自体がなかったんだから仕方ないよな」
「私は、『テラ辛の素』が落札できたから、満足だわ」
「誰が出品したのよ、その劇物を」
「嗜好は人それぞれだから、俺たちが口をはさむことでもないと思うけど」
「支倉君にも、分けてあげるわ」
「前言撤回、ほしいなんて一言も言ってないぞ?」
「ふふふ、言わなくても貴方の気持ちはわかってるわ」
「本当に、本当にわかってるのか?」
「ええ。私の料理が食べてみたいのよね」
「否定はしないけど、肯定もしたくないような気が」
「だ、だめよ。支倉くんは私の料理を食べるんだから」
「ふうん、それは勝負したいということかしら」
「の、のぞむところよ」
 必殺の道具を手に入れた私に、果たして勝てるのかしら。



「というわけで、今日のお茶会は『孝平くんをおもてなし対決』になりました」
「わ、わたしにはどうしてこうなっているのか、さっぱりわからないです……」
「しかたないよ、しろちゃんはその場にいなかったんだから。まあ、えりりんときりきりを
見てればいいよ」
「司会は、なぜか私、悠木陽菜と」
「キング・オブ……以下略、悠木かなででお送りします!」
「やっぱりかなでさんはかなでさんだなあ」
「むむ、なんかこーへーにバカにされてる気がするけど、気にせずにスタート」
「そこは気にしたほうがいいんじゃないかしら」
「珍しく、千堂さんと意見が一致したわ」
「あはは、それじゃあルールを説明するよ。孝平くんをお料理でおもてなししてください。
本来ならお料理を作るところからなんだけど、寮ではいろいろと不便なので、料理は既製
品のみ、ただし、アレンジは可とします」
「それではおもてなし対決~、レディたち、ゴー♪」



「それじゃあ、まずは私からね。支倉くんには、この千堂瑛里華特製のテラ甘スイーツを
食べさせてあげるわ♪」
「えーと、最高の笑顔を向けられててすごく言いにくいんだけど、俺、そんなに甘いものっ
て好きなわけじゃ」
「はい、あ~ん♪」
「……、これ、回避不可能だよな……。ぱくっ」
「どう、美味しい?」
「うん、甘い」
「やったあ♪」
「でも、孝平くん、美味しいって言ってないんだよね」
「それじゃ、今度はきりきりのターン!」
「私は、これよ」
 赤くそびえるそれを、支倉君の目の前に差し出した。



「テラ辛スイーツ(紅瀬仕様)よ。思う存分食べるといいわ」
「……あの、紅瀬さん。この辛苦の、じゃなくて真紅の物体はいったい」
「無知なる貴方に一言で説明してあげるなら、隠し味ね」
「私、隠れてないと思うなあ」
「どーかん。ひなちゃんに同じ」
「わ、私もそう思います」
「支倉くんがどうするのかが、見どころであり、勝負の分かれ目ね」
「あのー、俺、食べないとダメか? 喉がおかしくなりそうなんだが」
「……わかったわ。そこまで言うなら、仕方ないわね」
「……えっと、なぜ俺の顔を押さえるんだ?」
「決まってるでしょう。……、口・移・し、よ」
 私はゆっくりと支倉君に近づいていった。



「………………っぷはっ」
「ななな、なんてことしてんのよっ!」
「だから言ったでしょう、口移しよ。それで支倉君、感想は?」
「……やわらかかった」
「それ、紅瀬さんのくちびるの感想なんじゃないかな」
「は、はわわ~」
「きりきりと、こーへーが、キスしちゃった……」
「何を言ってるのかしら。これは口移しよ?」
「そんなこと言ったって、紅瀬さんと支倉くんが……くちびるを重ねたことに変わりはな
いでしょう」
「ええ。でもキスじゃないわ。それにそんなことは些細なことよ。重要なのは、支倉君の
答えよ。違うかしら」
「……そんなこと……、わかってるわよっ」
「俺の答えは……」
 支倉君の答えが、みんなの耳に届いた。



「……おいしかった。……って、あれ? どうしてみんなずっこけてるんだ」
「いや、こーへーらしいといえば、らしいんだけどさ」
「私はてっきり、紅瀬さんか、えりちゃんのどっちかを選ぶんだとばかり」
「わ、わたしもです~」
「何か変か? 今のが俺の感想であり、答えだよ。桐葉はテラ辛スイーツなんて言ってた
けど、実際はそんなに辛くはなかったんだ。つまり、これは見た目で判断することなく、
味で判断しなきゃいけなかったんだ。なのに俺は見た目で辛いと決め付けていて、口にし
ようとしなかった。副会長のスイーツは食べたのにね。だから、桐葉はああいうやり方を
取ったってわけだ。……そうだろ?」
「……さ、さあ、どうかしらね」
「紅瀬さん、ここは照れるところじゃないでしょ。もうっ、なんだか私が勝手に空回りし
てたみたいじゃない」
「まあまあ、えりりんだって、もうわかってるんでしょ」
「そりゃあね。この勝負は、紅瀬さんの勝ち」
「えっと、なんでそうなるのか俺にはわからないんだが」
「孝平くん、それ本気で言ってるの?」
「支倉先輩、……ちょっと鈍感だと思います」
「え、え?」
「あのね、支倉くん。親切に教えてあげるけど、”桐葉”って呼んでるわよ。だから、紅
瀬さんが照れてるのよ」
「てっ、照れてなんていないわ」
「はいはいごちそーさま。それじゃ、おふたりさんいきなりですが、誓いのキッスをどう
ぞっ!!」
「ええ?」
「キ、キスなんてまだ早すぎるわ」
「あら、さっきあんなに熱烈なのをしてたじゃない。何いまさら恥ずかしがってんのよ」
「だ、だからあれはキスじゃないって言ったでしょう!」
「というわけで、『孝平くんをおもてなし対決』は紅瀬さんの勝ちになりました」
『おめでとうございま~す♪』
 支倉君の顔を見ると、彼は私の手をそっと握ってくれた。



2000/03/02

今日のかなでさん(FORTUNE ARTERIAL ぷちSS)



「はい、こーへー。今日もお仕事お疲れ様。たーんと召し上がれ♪」
「って、かなでさんいったいどこから」
「ひどいなあ、人をボーフラみたいに湧いて出るみたいな言い方するなんて。お姉ちゃん
は悲しいよ、よよよ」
「いや、俺はどこからこの鍋を出したんですかって聞きたかったんですが」
「こ、孝平くん……それを聞いちゃうんだ……」
「え?」
「支倉先輩……大胆です」
「ちょ、陽菜も白ちゃんもどうしたって言うんだ?」



「女の子には、秘密があるってことなの。支倉くんも、そういうことはわからないと」
「いや、その理由はどうかと思うんだけど。じゃあ、副会長にも秘密があるってことなの
か?」
「……ふうん、知りたいんだ?」
「……聞かないほうがよさそうだな、って、かなでさんいつまで泣いているんですか!」
「こーへーがかまってくれるまで。ってなわけで、こーへーがかまってくれたから復活し
ます!」
「かまわないほうがよかったかな……」
「まあまあ、孝平くん。はい、お鍋もちょうど良い具合だよ♪」
「とってもおいしそうです」
「ひなちゃんもしろちゃんも、いーっぱい食べてね。もちろんえりりんも♪」
「はい♪ ありがとうございます、悠木先輩」
「ほらほらこーへー。お姉ちゃんがよそってあげるから、そんな寂しそうな顔してないの」
「してません」
「でもだいじょうぶだよ。おなべを食べれば、みんなにこにこ。疲れも悩みもなんでもか
んでもぜーんぶ吹っ飛んじゃうんだから♪」



「もう……食べられません」
「こーへー、やっぱり男の子だね♪ 全部食べちゃうんだもの」
「かなでさんが作ってくれましたからね、残せませんよ」
「も、もう~、嬉しいこと言っても、もう何も出ないんだからね!」
「いえ、もう食べられませんって」
「ふふ、孝平くんのお腹、すっごく膨らんでるよ」
「うわああ、すごいです、お相撲さんみたいです」
「白ちゃん、それって褒められてるのかな、俺」
「ずいぶん苦しそうにしてるけど、ズボンのベルトをゆるめてもいいのよ、支倉くん」
「いや、女の子の前でそれはできないだろ、さすがに」
「わ、私は別に……構わないんだけど」
「そうだよこーへー、えりりんの許可も出たことだし、お姉ちゃんが脱がしてあげよう♪」
「ちょっと待ってください。いつの間にか脱ぐことになってるし!」



「ハッピー、ハロウィーン! ……なのに、どうしてこーへーは元気が無いのかな」
「……昨日、かなでさんが俺にひどいことをしたからですよ」
「まあ、過ぎたことはいいじゃない、見られて減るものじゃないし。……むしろ、おっき
くなってたかも」
「俺、鳥になってもいいですか」
「……貴方達、いつもそんなことをしているのかしら」
「ち、違うわよ! 昨日はたまたまそうなっちゃっただけなんだから」
「そうなの、東儀さん?」
「え? えっと、そ、それは何と申してよいのやら……」
「ちょっと紅瀬さん。白じゃなくて、私に聞けばいいじゃないの」
「あら、誰に聞こうが私の勝手でしょう」
「まあまあふたりとも。お菓子をあげるから、ケンカはダメだよ。はい、孝平くんにも」
「ありがとな、陽菜」
「うんうん、やっぱりひなちゃんはサイコーだね。イタズラしなくてもお菓子をくれるん
だもん♪」
「お姉ちゃんは昨日、孝平くんをいじめすぎたのであげません」
「そんな~~~」
「自業自得、という生きたお手本ね」



「あれ、こーへー何やってるの。お部屋がすごいことになってるけど」
「ああ、かなでさん。今は生徒会の仕事も落ち着いているので、たまには部屋の掃除でも
しようと思って」
「そういうことなら、わたしたち悠木姉妹におまかせだよ。ね、ひなちゃん♪」
「うん。孝平くん、私たちもお手伝いするよ」
「いや、それはふたりに悪いから」
「固いことは言いっこ無しだよ、こーへー。わたしたち、幼なじみだもん」
「かなでさん……」
「それじゃあ、まずはベッドの下からかな。……やややっ、こんなところにこーへーのえっ
ちな本がっ!」
「そんなところに隠すわけ無いでしょ!」
「ふぅん、じゃあ、別のところに隠してるんだ?」
「……うっ」
「お姉ちゃん、だめだよ?」
「ありがとう、陽菜。かなでさんを止めてくれるのか……」
「ベッドの下じゃなくて、本棚の二段目と三段目の間に秘密のスペースがあるんだから」
「って、なんで知ってるんだー!?」
「さすがはひなちゃんだね」
「ふふふ、孝平くんのことは、なんでも知ってるよ。だって、幼なじみだもん♪」



「うわ~、どっちが勝っててもおかしくないよねえ」
「そうですね。でも、こういう時の為に写真判定があるんですよ」
「科学の進歩はすごいねぇ……、って、そういやこーへー」
「なんですか」
「ほら、こーへーが転校してきた時に、『修智館学院108の秘密!』て冊子をあげたでしょ」
「ああ、お姉ちゃんがいろいろ手を加えたんだよね」
「そうそう。その冊子なんだけど、新たに秘密を増やそうと思ってるんだけど」
「……わざわざ増やす必要がないようにも思えますが」
「んにゃ、そういう意味じゃなくてー」
「孝平くん。お姉ちゃんは、秘密のスポットを増やそうって言ってるんだよ」
「そうそう! さっすがひなちゃん、わたしのダンナ!!」
「ヨメじゃなかったんですか」
「いや、だってヨメはこーへーだし」
「なんでそうなるんですか」
「孝平くん。目の前にいるのは、お姉ちゃんなんだよ?」
「台詞は普通なのに、すごく説得力があるのはなんでだろう」
「わかってもらえて、お姉ちゃんはうれしいよ~♪」



「こーへー、今日は少し顔が赤いけど、だいじょうぶ?」
「え? ええ、大丈夫ですよ、かなでさん」
「孝平くん、辛かったら無理はしないほうがいいよ」
「そうよ、支倉くん。無理して病気になってもつまらないじゃない」
「あ、あの、もしよろしかったら、身体があたたまる薬湯を準備いたしますが」
「ありがと、白ちゃん。でも本当に大丈夫だから。陽菜も副会長も、心配してくれてあり
がとうな」
「そうは言っても、こーへーが心配なのだよ、お姉ちゃんは。どれ、熱はないかな~」
「かか、かなでさん、おでこ同士はまずいですって!」
「うわ、なんだかこーへーがどんどん熱くなってくるよ!」
「……お姉ちゃん、それはしかたないんじゃないかな」
「ねえ白、見てる私たちも暑くなってこない?」
「はい、どきどきします……」



「こっ、こここーへーが勉強してる!」
「突然遊びにやってきたあげく、随分ひどい言い草なんですが」
「だってさー、遊びに来たのに勉強してるなんて、それはわたしに対して礼を失している
と思わない?」
「むしろ、かなでさんが勉強している俺に対して、礼を失しているように思うんですが」
「むー、こーへーが反抗期だよぉ……」
「あーもぅ、わかりました。だからそんな泣き真似はやめてください」
「ほんと? えへ~、やっぱりこーへーはやさしいね~」
「それで、何をして遊ぶんですか?」
「そうだね~、二人三脚とか、どう?」
「聞いた事はありますが、それが二人でする遊びだとは知りませんでした」
「なんだったら、ひなちゃんを呼んで三人三脚でもいいよ」
「足が一本減ってませんか……、あー、じゃあ二人四脚で」
「こ、こーへーの第三の脚……きゃっ♪」
「ネタを振った俺が悪かったです、すみませんでした」



「こんばんは、こーへー。今日もかなでお姉ちゃんがやってきましたよ~」
「……むにゃ」
「あらら、孝平くん、寝ちゃってるみたいだね」
「しょーがない、わたしたちでお茶会の準備をしておこうか。ひなちゃん、もうすぐえり
りんとしろちゃんが来るはずだから、ドアの鍵を開けておいて」
「あはは、孝平くんの許可を取らなくてもいいのかな……」
「だいじょーぶ。こーへーのものはわたしのもの、わたしのものはひなちゃんのものだよ♪」
「こんばんは~って、支倉くんは寝ちゃってるのね」
「支倉先輩、おじゃまします」
「……んぁ」
「ふふ、こうして寝顔を見ていると、お母さんみたいな気分になってくるわね」
「支倉先輩の寝顔、すごくかわいいと思います」
「それじゃあ、今日はこのままこーへーを起こさずに、女の子だけでお茶会をはじめよう
か」
「いいのかなあ……」
「無理に起こすよりは、眠ったままのほうが支倉くんもいいんじゃないかしら?」
「い、いいのでしょうか……」



「こんばんは、支倉くん」
「ああ、いらっしゃい。昨日は悪かったな、寝ちゃってて」
「支倉くんが謝ることじゃないでしょう。私たちのほうこそ、勝手に入っちゃってごめん
なさい」
「すみませんでした、支倉先輩」
「いいっていいって、白ちゃんも顔を上げてくれよ。だって、ふたりを部屋に入れたのは
かなでさんなんだろ?」
「それは、そうなんですが」
「だったら問題ないよ。かなでさんはいつもあんな感じだけど、本気で人が嫌がることは
しない人だから」
「……ふぅん、悠木先輩のこと、信頼してるのね」
「かなで先輩が、うらやましいです」
「まあ、その代わりに、今日のお茶会の準備は全部かなでさんにしてもらうことになって
るんだけどね」
「しくしくしく、こーへーがいっぱいごほうししないと許さないって言うから、しかたな
くしてるんだよ~」
「それはそれ、これはこれです。理由はともかく、俺に無断でやった事には変わりないで
しょう」
「千堂さんが来る前から見ているのだけど、支倉君は、意外と亭主関白なのね」
「……く、紅瀬さんが言うと、信憑性があるわね」



「おっなべ♪ おっなべ♪」
「かなでさん、ごきげんですね」
「それはそうだよ。今日は待ちに待ったお鍋パーティーの日だもん。ほら、見てよこれ。
鉄人から秘伝のタレを借りてきてるんだよ」
「ラベルも何も貼られてないけど、鉄人なら信頼できるわね」
「うっふっふ~、えりりんにも分けてあげるからね」
「さっすが悠木先輩。支倉くんには感謝しないとね♪」
「別に俺は何もしていないけど」
「だって、支倉くんがいなかったら、このお鍋パーティーは開かれなかったかもしれない
じゃない」
「それを言うなら、やっぱり必要不可欠なのはかなでさんだと思うけどな」
「何言ってるの、こーへー。必要なのは、お鍋を囲むみんな、なんだよ」
「……そうですね、かなでさんの言うとおり」
「はい、そろそろいいかな。お姉ちゃん、お肉お願いしてもいいかな」
「おっけー、ひなちゃん♪ それでは、お肉を入れちゃうよ~。みんなお腹い~っぱいに
なるまで食べようね」



「寒くなってきたね、こーへー」
「もう十一月ですからね。部屋の中とは言え、上着を着てないと寒いですよ」
「かなで先輩、熱いお茶をどうぞ、です」
「ありがと、しろちゃん。う~ん、あったまるなあ~」
「白ちゃん、俺もおかわりいいかな」
「はい。こういう時は、あたたかいお茶が落ち着きますから。実家では兄さまとよく日本
茶を飲んで過ごしています」
「副会長は日本茶よりも紅茶派だったりするのか?」
「好きなのは紅茶だけど、日本茶もよく飲むわね。白が淹れてくれるお茶は、本当におい
しいもの」
「ありがとうございます、瑛里華先輩」
「確かに、この技術はすごいよね~。ねえ白ちゃん、今度私にお茶の淹れ方を教えてもら
えないかな?」
「はい。わたしでよろしければ。あ、それでしたら、わたしも陽菜先輩に紅茶の淹れ方を
教えていただきたいのですが」
「うん、いいよ。ふたりで教えあいっこしようよ」
「はい♪」
「よかったね、こーへー」
「何がですか」
「だって、ひなちゃんもしろちゃんも、二人ともお茶を上手に淹れてくれるんだもん。そ
のお茶を味わえるわたしたちは幸せだと思わない?」



「こんにちは、こーへー」
「あれ、かなでさんどうしたんですか」
「うん、今日は風紀委員の仕事が早く終わったから、こーへーのお手伝いをしようかなっ
て」
「それはすごくうれしいんですけど、ちょうど生徒会の俺の仕事も一段落したところだっ
たりします」
「なんだ、ちょっと残念」
「まあまあ、いいじゃないか支倉君。せっかく悠木姉が来てくれたんだから、手伝っても
らおうよ」
「……兄さんの仕事は、兄さんがやらなきゃダ・メ・で・しょ!」
「なあ瑛里華。俺の頭の骨がミシミシと音を立てているような気がするんだが」
「あら、兄さん。耳は正常なようね」
「あわわわわわ……伊織先輩が」
「白。悠木にお茶を用意してあげなさい」
「はははい、兄さま。でも、いいんでしょうか」
「白が気にすることではない」
「うんうん、今日もえりりんは元気だね~」
「かなでさんには、この光景が自然なんですね……」



「ひぇっくしょん!」
「だいじょうぶですか、かなでさん」
「うー、あんまりだいじょうぶじゃないかも」
「お姉ちゃん。女の子なんだから、ちゃんと口元押さえないとダメでしょ。孝平くんに嫌
われちゃうよ」
「そんなのいや!」
「俺は、あんまり気にしないけど」
「孝平くん、だめだよ甘やかしちゃ。女の子はね、好きな男の子の前では一番きれいな姿
を見てもらいたいものなの」
「そういうものなのか」
「そうなの。わかったら孝平くんも……っくしゅん!」
「あ、そういうふうにするんだね。わかったよ、ひなちゃん♪」
「悠木さん、よかったらこのちり紙を使うといいわ」
「あ、ありがとう紅瀬さん」
「礼には及ばないわ。だって、女の子は好きな男の子の前では一番きれいな姿を見てもら
いたいものなのでしょう?」



「こーへーこーへー!」
「なんですか、かなでさ……ぐふっ」
「寒いから、抱きしめて?」
「……俺としては、体当たりする前に言って欲しかったんですが」
「こーへー、わたしのことキライなの……」
「そんなこと言ってないでしょう。……えーと、まあ誰も見てないなら」
「えっへへ~、こーへーはやっぱりやさしいね~」
「あの、私、先に帰ったほうがいいかな?」
「だめだよ、ひなちゃん。ひとりは寂しくて寒いの。だから、みんなであったまればいい
んだよ?」
「えっと、それはもしかして」
「こーへーが、わたしたちを抱きしめればいいんだよ♪」
「えっ、えええっ」
「なるほど、それは名案ですね」
「こっ孝平くんまで?」
「三人仲良く、あったかくなろうね~」



「遅くなっちゃったね、こーへー」
「ええ、すみませんでした、かなでさん。付き合わせてしまって」
「それは言いっこなしだよ。……だって、わたしがこーへーと一緒にいたかったんだもん」
「……俺も、同じ気持ちでした」
「こーへー……だめだよ、早く帰らないと、ひなちゃんが心配するから」
「陽菜には、俺が連絡しておきましたから」
「……」
「かなでさん、抱きしめてもいいですか」
「は、恥ずかしいよ、こーへー……あっ」
「かなでさん、いい匂いがします」
「だめだよ、まだお風呂に入ってないから」
「それじゃあ、後で一緒に入りましょうか」
「こーへー、えっちなんだ」
「えっちですよ、かなでさんの相手をする時だけは」
「……、……いいよ」



「じゃじゃ~ん。今日のお昼は、おなべでーす♪」
「待ってましたっ♪」
「ふふ、えりちゃん、ごきげんだね?」
「だって、この間食べたお鍋の味が忘れられなくて。支倉くんも
そうでしょ?」
「ああ、あれは美味しかったもんな。それに、今日のこれも……って、なんだかすごく」
「紅い……ですね」
「白ちゃんもそう思うか、よかった、俺の見間違いじゃなくて」
「って全然よくないわよ! 悠木先輩、これはいったい」
「きりきりに味付けを頼んだんだけど、何か問題があったかな」
「紅瀬仕様よ。私にはとても美味しそうに見えるわ」
「そりゃあ、紅瀬さんにはそう見えるでしょうねぇ」
「えりりん、料理で一番大事なのは、なんだか知ってる?」
「……味、ですか?」
「そう♪ だから、見た目で判断しちゃだめだよ」
「それはそうですけど……」
「なんだか、目がぐるぐるしてきました~」
「わわっ、白ちゃん?」
「よし、こーへーに先鋒を命じる♪」
「俺ですか……わかりました、かなでさんのお願いですからね」
「言うわね、支倉君。……骨は拾ってあげるわ」
「ありがとう紅瀬さん。いざ!」



「悠木さん、ちょっとお話があります」
「あ、まるちゃんだ、こんばんは」
「はい、こんばんは。……まるちゃんと呼ぶのはやめなさい#」
「お話って、なんですか?」
「……ちょうど支倉君もいるので、一緒に聞いてください」
「わかりました」
「実は、最近ふたりがとても仲良しだということを聞きました」
「はぁ」
「それ自体はよいことだと私も思いますが、物事には節度というものがあります」
「……」
「人前では控えるように。わかりましたか?」
「わかりました~。まるちゃ……」
「はい、気をつけるようにします。では俺たちはこれで。行きますよ、かなでさん」
「あー、こーへーがわたしの口を押さえてイケナイことを、もがもが」
「失礼しました~」
「……支倉君も大変ですね」



「こーへーは、ウェディングドレスと白無垢とどっちが好き?」
「あらためて聞かれると悩みますね。俺の意見よりも、女の子の意見のほうが参考になる
んじゃないですか。副会長は?」
「私? そうねぇ、ウェディングドレスかな。母様がいつも着物を着ているから、洋装の
ほうがいいと思うし」
「わたしは、白無垢にするとは思いますが、瑛里華先輩の言うように、ウェディングドレ
スにも憧れます」
「私は、やっぱりウェディングドレスかな。旦那様に抱きかかえられて家に入るのが、小
さい頃にテレビで見て、とっても印象的だったなあ」
「あ、それわたしも覚えてるかも。ひなちゃん、こーへーと結婚式ごっこしたがってたよ
ね」
「おおお、お姉ちゃん?」
「……えっと、俺の記憶ではそんなことをしてはいないと思うんだけど」
「それはそーだよ。だって、やってないんだもん」
「そっか、陽菜の願望だったってわけね」
「その気持ち、わたしにもわかります」
「もう、えりちゃんも白ちゃんもやめてよ~。それより、お姉ちゃんはどっちが好きなの?」
「え? わたしはどっちも着てみたいから、お色直しで着る予定なんだよ」
「……じゃあ、わざわざ俺に聞く必要はなかったのでは」



「あれ、もしかして雨やんだのかな?」
「そうみたいだな。太陽も見えてるし、また雨が降ることはないんじゃないか」
「それじゃあ、散歩に行こうよ!」
「お姉ちゃん、突然どうしたの」
「せっかくお天気になったんだもん。散歩に行かないと天気がもったいないよ」
「それはそうかもしれないけど……孝平くん、どうする?」
「まあ、いいんじゃないか。せっかくだから、紅茶を水筒に入れて持って行こう。外でお
茶会ってのもいいだろう?」
「そうだね。それじゃあお茶の準備は私がするから、孝平くんはティーセットをお願いし
ていいかな」
「了解。かなでさんは、座るためのシートをお願いします。そこのボックスに入れてある
はずですから」
「おっけー。なんだかすっごく楽しくなってきたー!」



「おかえりなさい、孝平くん」
「……ただいま、陽菜。それに副会長も」
「ふふん、私のほうが早かったわね♪」
「なんで勝ち誇っているのかよくわからないけど」
「いいじゃないの、別に。白はもう少ししたら来るって。さっきメールが届いたわ」
「それじゃあ、そろそろお茶の準備をはじめようか」
「そうしましょう。……どうしたの支倉くん、きょろきょろしちゃって」
「……いや、一番騒がしい人が今日はいないのかなと思って」
「一番大好きな人、じゃないの? 孝平くんにとっては」
「一番大切な人、なのかもしれないわね、支倉くんにとっては」
「……あー、ふたりが何を言いたいのかわからないけど、かなでさんは俺にとって、一番
気になる人、だな」
「ふふふ」
「何がおかしいんだ?」
「だって、私たちはお姉ちゃんのことだなんてひとことも言ってないのに」
「……くっ」
「安心して、孝平くん。お姉ちゃんも少し遅れるって。『たまには、こーへーをじらして
あげるんだから♪』なんて言ってたよ」



「うう~、随分寒くなりましたね。早いとこ帰りましょう」
「そうかな、わたしはそうでもないけど♪」
「そりゃ、俺を風よけにしてりゃ、かなでさんはいいかもしれませんけど」
「こーへーは、わたしに抱きつかれるのが、イヤなの?」
「なんていうか……歩きづらいです」
「つめたっ! こーへーが第四階層みたいにつめたいよぅ」
「それ、一部の人にしか意味が通じませんから」
「こーへーには通じてるんでしょ? だったらそれでいいよ」
「通じればいいというものでもないような……」
「ふたりが通じ合ってれば、それだけでムテキの愛のメモリーなんだよ」
「言葉の意味はよくわかりませんが、かなでさんがすごいひとだなっていうのはわかりま
した」
「えっへん♪ ごほうびに手をつないであげよう」
「ありがとうございます。……あったかいですね」
「ムテキの愛、だからね♪」



「こーへー、あ~んして」
「あ~ん」
「かなでお姉ちゃんからのプレゼントだよ。名づけて風紀チョコ」
「……あの、俺、何か、悪いことしましたか……、ぐふっ」
「はぅっ、支倉先輩が倒れてしまいました」
「お・ね・え・ちゃ・ん?」
「あ、あれー、おっかしいなあ。こーへーのために愛をこめて作ったのに」
「も、もしかして、これが原因ではないでしょうか」
「どれどれ……って、これは包み紙だよね?」
「表を見てください」
「これは、風紀シールと同じような絵!」
「こーへーのために愛をこめて書いたのに」
「かなで先輩に悪気はないのだと思いますが……」
「そうだね。まあ、犠牲者が孝平くんだけで済んだのが、不幸中の幸いなのかな」
「こーへーは、わたしのチョコが食べられて満足なんじゃないかな」
「気絶しちゃってるけどね……」



「今日もおなべだー!」
「寒い日はやっぱり鍋ですよね。今日はキムチ鍋ですか」
「うん! きりきりに味付けを教わったの」
「なんだか、私は嫌な予感がするんだけど。白はどう思う?」
「……すごく、紅いです」
「お、お姉ちゃん、だいじょうぶなの?」
「へーきだよ。ね、きりきり?」
「ええ。味は保障するわ」
「かなでさんと紅瀬さんが言うなら、食べてみるか」
「めしあがれ♪」
「……うまい」
「本当、支倉くん?」
「ああ、騙されたと思って副会長も食べてみろよ。あ、熱いのが嫌なら俺がふーふーして
やろうか?」
「自分でできるわよ! ふー、ふー、ぱくっ……美味しい」
「すごく紅いですけど、辛味だけでなく、きちんとバランスが取れてます♪」
「本当。お姉ちゃんと紅瀬さんに感謝だね」
「わたしは、ちゃーんと『きりきりに味付けを教わった』って言ったよ」
「味は保障する、と言ったでしょう」
「そうだな。ありがとう、紅瀬さん」
「……べ、別に貴方のためにやったわけじゃないわ」
「きりきりがデレた!」



「あ、あのね、こーへーはえっちなこと好きかな!!」
「突然聞かれても、どう答えてよいのやら」
「正直に答えればいいじゃない」
「そうね、私も聞いておきたいわ」
「あら、珍しく紅瀬さんと意見が一致したわね」
「あまりうれしくはないものだけど」
「で、こーへーどうなの!」
「あらためて聞かれましても、どう答えてよいのやら」
「なるほど、そうやってかわそうというわけね」
「のらりくらり……意外にしたたかね」
「あー、そこの二人は静かにしてくれ。陽菜はどう思う?」
「え、え? わ、わたしはえっちはその、興味がないわけじゃないけど、でも孝平くんな
らいいかなっ、て何を言わせるのー!」
「……まさかの参戦ね」
「これに関しては、千堂さんと意見が一致したわ」
「ひなちゃんなら、相手にとって満足だー!」



「支倉先輩。もしよろしければ、この後付き合っていただけませんか?」
「ああ、俺なら構わないよ」
「大変だ! ひなちゃん、きりきり。こーへーがしろちゃんと!!」
「お姉ちゃん、落ち着いて。ね?」
「慌てるよりも、落ち着いた大人の女、というところを見せたほうがいいかもしれないわ
ね」
「な、なるほど。……コホン、こーへー、行ってらしてもよろしくてよ」
「はい、それじゃ行ってきます」
「楽しみにお待ちくださいね」
「おほほほほ……。って、こーへー行っちゃったよ!!」
「だから、お姉ちゃん、落ち着いてね」
「今日は、二十四節気の『小雪(しょうせつ)』。東儀さんがお勧めの和菓子を用意してくれるそうよ」
「孝平くんは、白ちゃんと一緒に買い物に行ってくれたの」
「なんだそうだったんだ。……あれ、でもしろちゃんはこーへーとふたりっきりの時間を
過ごしてるんだよね」
「あ」
「……やるわね、東儀さん」



「こーへー、遅いよ~」
「はぁっ、はぁ……すみません。ベッドから出られなくて」
「その気持ち、わかるなあ。私ももうちょっと寝ていたいなって思う」
「この季節、お布団は極上のしあわせだからね~」
「ゆたんぽを布団に入れておくと、もうたまらないよな」
「お姉ちゃんは、確かゆたんぽ持ってたよね?」
「うん! 今でも使ってるよ。すーっごくあったかくて、もう布団から出たくないーって
思っちゃう」
「それでも、ちゃんと起きられるんですよね。何かコツでもあるんですか」
「え、えっと、教えなくちゃダメ、かな」
「えー、いいじゃない、ね、お姉ちゃん? ほら、孝平くんも」
「お願いします、かなでさん」
「ううう、しょ、しょうがないなあ。あのね、……このお布団から出たらこーへーに会え
るんだって思うと、起きられるの」



「はい、こーへー。お姉ちゃんたちに全ておまかせあれ♪」
「うわっ……なんで俺は組み伏せられてるんですか」
「ごめんね、孝平くん。でも、気持ちよくしてあげるから、ね?」
「そういう問題じゃないだろ。副会長もなんとか言ってやってくれ!」
「悠木先輩、左足は私がやりますね。白は右足をお願い」
「はい、わかりました、瑛里華先輩」
「ふたりともまるめこまれてるっ!」
「あ、でもきりきりが余っちゃうね。どうしよっか」
「私は構わないわ。……ここが、残っているもの」
「あー、きりきりずるーい!」
「残り物には福がある、という言葉を知ってる?」



「おっはよう、こーへー♪」
「おはようございます、かなでさん。今日も元気ですね」
「元気だけがわたしの取り柄だからね~。……こーへー、今わたしのことをバカにしたよ
ね」
「えーと、なんでそうなるんですか?」
「年上のひとに対しては、ちゃんと敬意を持って接しないと」
「はぁ」
「ほら、やっぱりバカにしてる」
「してませんってば。……どうしたら機嫌を直してくれるんですか」
「頭を撫でて」
「わかりました。……なでなで」
「……ま、まだまだ。次は、ぎゅってして」
「わかりました。……ぎゅっ」
「こ、こーへー今日は積極的だね……。それじゃ次は、んぅっ?」
「……キス、でいいんですよね?」
「うん! でも、まだ続きがあるんだよ?」



「ううっ、寒いなあ……」
「あら、こんにちは。珍しいところで会うわね」
「あっ、美術部の……どうも、お久しぶりです」
「そんなにかしこまらなくてもいいわ。私とあなたの仲でしょう?」
「なんだか、他の人が聞いたら誤解されそうなんですが」
「誤解されるだけなら別にいいじゃないの。でも、あなたとの仲を誤解されることにはな
らないとは思うけどね」
「それは、俺では部長さんの相手は務まらないということでしょうか」
「ふふ、嬉しい台詞だけど、それはあなたの本音ではないわよね」
「やっぱり、お見通しですか」
「もちろん。わからない人なんて、うちの学院にはいないんじゃない?」
「おっまたせー、こーへー!」
「ほら、愛しのパートナーが来たみたいよ」
「ややっ、部長ちゃんとこーへーが仲良しさんだっ!」
「悠木さん、その『部長ちゃん』という呼び方はそろそろやめてほしいのだけれど」
「あれ、おふたりはお知り合いなんですか」
「見た目はともかく、一応同じ学年なのよ」
「えええ」
「こーへー、驚きすぎ。そんなこーへーには、ふうき」
「冗談です」
「むぅ」
「ふふ、やっぱりこれは誤解されそうにないわね」



「教えないわよ」
「そんな冷たいこと言わないでくれよ」
「さすが、フリーズドライと言われる紅瀬さんね」
「えりちゃん、そこは感心するところじゃないよ……」
「貴方の大切な人に教えてもらえばいいでしょう」
「……かなでさん、いいですか?」
「ごめんね、こーへー。わたし、日本人なんだよ」
「知ってますけど」
「だから、数学はニガテなの」
「日本人であるということがその答えの理由になってませんが」
「こーへー知らないの? 日本人は数学がニガテなんだよ!」
「今、はじめて知りましたよ」
「嘘ね」
「嘘よ」
「孝平くん、騙されちゃだめだよ」
「きりきりもえりりんもひなちゃんも冷たいよ!」
「だって……ねぇ陽菜?」
「うん。紅瀬さんもそう思うよね」
「そうね。ふたりのそばにいると熱くなってくるから、わざと私たちは冷たくしてるのよ」



「はい。こーへー、これ持って」
「ぞうきん……ですか?」
「そう。今日はこれから白鳳寮の大掃除なの」
「お姉ちゃんが突然やろうって言うの。孝平くんは大丈夫?」
「ああ、構わないよ。自分たちの住んでる寮だもんな」
「さっすがこーへー。それじゃ、ひなちゃんにお掃除のいろはを教えてもらおうね」
「お願いします、陽菜先生」
「も、もう……孝平くんまで。こほん、それじゃ、こびりついた鳥のフンの取り方から」
「やけに局地的な内容なんだけど」
「だって、わたしたちが担当するのが、正に鳥さんのフンの被害がいっぱいあるところだ
から」
「俺の武器はぞうきんで大丈夫なのかな」
「それだけだとつらいけど、ちゃんと手順を踏めば、きっときれいになるから。きれいに
して、みんなに気持ちよく過ごしてもらいましょう」
「お~♪」



「こーへー、きりきり見なかった?」
「紅瀬さんですか、いえ、今日は見てないですね」
「そっか~。まるちゃんが用事があるみたいでさ、もし見かけたら連絡ちょうだい」
「わかりました。俺も心当たりを探してみますよ」
「心当たり、あるんだ……。やっぱりこーへーはきりきりのことが」
「だからなぜそうなるんですかとつっこみたいですが、今は紅瀬さんの捜索が最優先です
よね。副会長に電話してみます」
「今度はえりりんかー! よりどりみどりなんて、お姉ちゃんが許さないんだからね」
「ああ、もしもし、副会長」
「しかも無視してるし」
「かなでさんが泣いちゃうから手短に話すけど、紅瀬さんを探して欲しいんだ」
『わかったわ。ふふふ、去年一年間、苦労した経験が今こそ生きるようね。期待に胸をふ
くらませて待ってて、と悠木先輩に伝えておいて。それじゃっ』
「ということです」
「さすがえりりんだね。……じゃ、じゃあ、わたしは胸をふくらませないといけないから、
こここーへーに、……さわってもらわないと」



「みなさん、今日は寒い中、集まってくれてありがとー♪」
「悠木先輩には、いつもお世話になってるしね」
「かなで先輩は、ローレル・リングのお手伝いもしてくださいますし」
「なんで私まで……、まあ、しかたないのかしら」
「お姉ちゃん、こういうことはみんなを誘うからね」
「私はシスターの仕事もあるのですが、少しだけなら」
「美術部部長としては、部員みんなの分もがんばらないといけない、のかしらね」
「貴様らは関係者なのだからいいだろうが、なぜあたしまでが……」
「まあまあ伽耶さん。これが終わったら、みんなでお鍋を囲む予定なんですから。少しだ
け辛抱してください」
「ふ、ふん……まあ、たまにはよいだろう」
「というわけで、こーへーがネタバラシしちゃったけど、これが終わったら、鉄人に全面
協力してもらった特製お鍋パーティーがあるので、みなさんでお掃除がんばりましょー!」
「えっと、一応ユニフォームがあるので、みなさんそれに着替えてくださいね」
「ちょ、ちょっと陽菜。これ私たちも着るの?」
「そうだよ、えりちゃんなら大丈夫だよ」
「わ、わたしに似合うでしょうか……」
「……まさか、また着ることになるなんて」
「千堂君が私財を投入して寄付してくれたそうよ……」
「私としては、この光景をキャンバスに残したいのだけど」
「あ、あ、あたしまでこれを着るのか?」
「そうですよ。あ、俺は着ませんけど」
「な、ふ、不公平だぞ、支倉!!」
「いえ、俺の名前は孝平です」
「……つまらん。つまらんが、その駄洒落に免じて許してやるか」
「それじゃっ、秋の大お掃除祭り、はじめよう~」
『おー♪』



2000/01/01

このサイトについて

いらっしゃいませ
このサイトは、管理人である朝霧玲一による文章系のサイトです
ごゆっくりおくつろぎください

「ましろ色シンフォニー」
「夜明け前より瑠璃色な- Brighter than dawning blue - for PC」
「真・恋姫†無双 ~乙女繚乱☆三国志演義~」
「秋色恋華」
「オーガストファンBOX」
「Canvas」
プレイ中~♪

since 2002/04/14