2003/12/14

「(第1回 夜空に星が瞬くように、いつも通りの大空寺)」(君が望む永遠)



 カチっコチっと、壁にかけられた時計から秒針が動いている音だけが聞こえる。
 いつもは気にも止めない秒針の音が、今日はなぜ聞こえるのだろうか。
 それはこの空間が、普段からは考えられないほどの静寂に包まれているからに他ならな
い。
 いつの間にか口中に唾が溜まっていた。ゴクリ、と溜まった唾を飲み込む音がやけに大
きく聞こえたような気がした。
「孝之さん……」
 隣にいる女の子が俺の名前を呼んだ。



 俺の名前は鳴海孝之。2年前から、この『すかいてんぷる』橘町店でアルバイトをして
いる。店長もいい人だし、まかないも付いているので、一人暮らしの俺にとっては申し分
ない職場だ。ただ、野獣の世話をしなければならないというのが頭痛のタネではあるが。
 隣の女の子は玉野まゆさん。おなじく『すかいてんぷる』でアルバイトをしている。彼
女はまだ新人さんと言ってもいいぐらいなので、一応は彼女の指導役を俺がやっていたり
する。
 玉野さんはちょっとだけおっちょこちょいだが、いつも明るく素直で前向きな性格をし
ている。こんな子が妹だったら楽しいのかもな。



「何? 玉野さん」
「………………」
 話し掛けてきたのは玉野さんだが、何も言わずに沈黙している。
 おしゃべりというわけではないがおとなしい子でもないので、普段の玉野さんらしくな
い。不思議に思った俺は質問してみることにした。
「あのさ、玉野さん。今日ってなんの日だっけ?」
「…………?」
 俺の言葉の意味がわからなかったのか、玉野さんは首を傾げている。
「ほら、今日の店の雰囲気ってさ、いつもと違うじゃない。何かあるのかなーと思ってさ。
あ、もしかして本社のほうから誰か視察に来たりするの?」
「いえ、そんな予定はないでござるよ」
 いや、ござるよって言われてもね。
「……知りたいですか」
 突然、背中から声をかけられたのでびっくりして振り向くと、そこにいたのは店長だっ
た。
 何の気配も感じなかったが、いつの間に……。さすがは店長といったところか。いや、
すでに俺の思考もよくわからんが。
 とにかく、心中の動揺はさておくことにする。
「店長は知ってるんですか? この店のいつもとは違う雰囲気の理由を」
「ええ、もちろんです。店長ですから」
 店長はにこりと笑ってそう言った。
「あれは…そうですね、4日前のことです。ちょうど鳴海君はお休みの日でしたね。時刻
は夕方の4時ぐらいでした。4人組の学生のお客さんがいらっしゃいました……」
 それから店長はたっぷり時間をかけて話してくれた。その内容をかいつまんで説明する
と。



 4人組のお客さんが来て、その応対を玉野さんがしたらしい。そして、オーダーを運ん
だのは大空寺だった。ここまではごく普通の話だ。問題は、大空寺がオーダーを運んだ、
ということだ。まあ、普段でも何もないところからトラブルの種を植え付けるやつなのだ
が、今回はいつもと違ったようだ。……より悪い方向に。
 その4人組のお客さんのひとりと口論となったらしい。遠くから見ていた玉野さんの証
言では
「何やら顔見知りの方のようでございました~」
ということらしい。
 大空寺の顔見知りというのも気にはなるが、とにかくその口論は収まるところを知らな
い勢いだったそうだ。もちろん大空寺が引き下がるわけはなく、相手も一歩も引かなかっ
たようで、後日あらためて決着をつけよう、という形でその場はなんとか収まったようだ。



「私も詳しい事はわからないのですが、今日起こる出来事については黙認して欲しい、と
いう上層部からの指令も出ていますので……」
 店長がいつもと変わらない表情でそう呟いた。
 上層部? いったい何がどうなっているんだ……。
 結局、大空寺以外に誰もこれから何が起こるかわからないという事らしい。いや、大空
寺とその相手以外、か。
 大空寺本人に聞いてもきっと答えてはくれないだろう。
 あいつは今、店の奥のスタッフルームを締め切って、何やらやっているようだ。近寄ろ
うとすると、部屋の前に立っている秘書らしきお姉さんからの無言の圧力による攻撃が待っ
ている。
 まったく困ったもんだ。
 そう思った俺は大空寺のことはあきらめて、別の質問をしてみることにした。
「そう言えば、玉野さんはその時いたんだよね。相手ってどんな人だったの? 店長の話
では4人組の学生だったようだけど」
 玉野さんは人差し指を額に当てて、その時の記憶を振り絞りながら答えてくれた。
「えーと、確か男の方がふたりに女の方がふたりでした。みなさん制服を着てらっしゃい
ましたから、学校の帰りだったんでしょうね~」
「制服……どこの学校の制服だかわかる?」
「あれは…んーと名前は思い出せないのですが、柊町にある坂を登ったところにある学校
だと思います」
「……白陵、柊…………」
「え、孝之さんもしかしてご存知なのですか?」



 たぶんそれは白陵大付属柊学園。俺の通っていた学園だ。
 丘の上にある白陵柊に通うのは毎日大変だったが、それももう昔のこと。あれからすで
に3年の月日が経っている。
 3年なんて言うと長く感じられるような気もするが、過ぎ去ってしまえばほんの一瞬の
出来事だったような気がする。それでいていろんな想い出がつまっていたりもする。
 3年前のあの夏の2ヶ月間。俺にとっては何よりも大切なものを手に入れたときであり、
そしてそれをなくした時でもあった……。



「孝之さん? 孝之さん!」
 ふと気づくと、目の前には俺のそでをぐいぐい引っ張っている玉野さんの顔があった。
ちょっと怒っているみたいだ。
「どうしたの? 玉野さん」
「どうしたの? じゃありません。さっきからお呼びしてるのにどうして気づいてくれな
いんですか」
「ああ……ごめん。ちょっと昔のことを思い出してた」
「? 昔のことってなんですか」
 興味深そうに俺をみつめる玉野さんには悪いが、余計な詮索をされないためにも話題を
変えよう。
「ああーそろそろ開店の時間じゃないかなあー。店長、入り口の準備をしてきます」
 店長にそう告げて、逃げるようにフロントに出てきた。いささかわざとらしすぎただろ
うか。
 幸い、玉野さんはついて来ないようなので、俺はそのまま開店準備のために店の出入り
口へと向かった。
 ドアを開けようと取っ手に手をかけようとしたら、ドアが急に開いた。とっさのことに
身体が対応できずに、情けない話だが俺は見事に転んでしまった。
「あいててて……」
「すまない、大丈夫か」
 そう言って俺に手を差し伸べてくる人影があった。
 それは、白陵柊の制服に身を包んだ、ポニーテールの良く似合う少女だった……。



続く(え~)



なお、当たり前のことですが、このお話はもちろんフィクションで、
実在の団体や「君が望む永遠」本編とはまったく関係ありません。
……多分。おそらく。



あとがき



PCゲーム「君が望む永遠」のSSです。
大空寺あゆの聖誕祭記念です。
まー、いろいろありまして、続きます(笑)。
って、あゆ様出てないな(汗)



��003年12月14日 大空寺あゆ様のお誕生日



2003/11/01

「モトコ先生の相談室」(君が望む永遠)



 ここは、欅町のとある病院のなかの一室。
 机の上には何枚かのカルテとコーヒーカップがひとつ置かれている。
 現在、部屋には誰もいない。しかし、先ほどまで人がいたのか、気配は残っていた。
 ほんの少し残っているカップのコーヒーから湯気が立ち上っていることも、それを指し
示していた。



 部屋の主、香月モトコは病院の屋上にいた。
 手すりにもたれかかり、屋上から見える病院の中庭をぼんやり眺めながら、白衣のポケッ
トからタバコを取り出して、火をつける。
 肺の中いっぱいに吸い込んだ煙をゆっくりと口から出しながら、大きく伸びをする。
「やっぱり屋上は気持ちいいわね。……そう思わない?鳴海君」
 屋上にはモトコの他にもう1人、青年がたたずんでいた。
「そうですね」
 その青年、鳴海孝之はそっけなく返事をする。
「それよりも香月先生。どうしてオレをここへ呼び出したのか、教えて欲しいんですけど」
「…………………………」
 返事の代わりに口からタバコの煙を吐き出す。
「オレ、帰ってもいいですか」
 歩き去ろうとした孝之の背中に、ようやくモトコが声をかける。
「別に」
「え?」
 怪訝そうな顔で振り向く孝之。
「特に理由はないわ。そうね、しいて言えば、タバコが吸いたかった……からだけど」



 10分後。モトコは孝之を連れて先ほどの部屋へと戻っていた。
「まあ座って」
「はあ、どうも」
 今から何が起こるかわからない不安を抱えながら、孝之は勧められるままイスに座る。
 同じく椅子に座るモトコ。机の上のカルテを整理しながら孝之に説明をする。
「あなたはそこでじっとしてなさい。今から何が起ころうと、動いたり声を出しちゃダメ。
わかった?私がいいと言うまでね」
 そう言うと、モトコは孝之の前にしきりのためのカーテンを引いた。
 孝之が座っているのは、来客用のイスではなく、どこにでもあるような折りたたみイス。
 そして、孝之が座っている場所は、モトコの後ろ。入り口のドアから最も離れた位置だっ
た。
「そろそろね」
 モトコのその声を待っていたかのように、ドアがノックされる音が聞こえた。



涼宮遙の場合。



「香月先生、こんにちは。
……はい、自宅療養に切り替わって1週間経ちましたが、身体の方は順調です。
これも先生をはじめ、看護婦のみなさま方のおかげです。
……え?元気がない、ですか?私、そんなふうに見えますか。
……そう、ですね。やっぱり先生には隠し事はできないですね、えへへ。
実は……孝之君のことなんです。孝之君、退院した後も以前のように優しくしてくれてます。
優しくしてくれてるんですけど、どこか違うんです。
もしかして私の気のせいかもしれないけど……。
私が眠っていた3年の間に何かあったのかなって。そう考えちゃうんです。
ダメ……ですね、私。
……………………。
はい、そうですね。私に出来ることは孝之君を信じること。それだけなんですよね。
ありがとうございました。香月先生にお話したらちょっと気持ちが落ち着きました。
妹の茜にはこんな話出来ませんから。
……はい。それでは今日は失礼します。
どうもありがとうございました」



 遙が出て行ったドアが閉まり、モトコは孝之に声をかける。
「どうだった?」
「ど、どうって何が……」
「あーまだ答えなくていいわ。答えは全てが終わってからでも遅くないもの」
「それって、どういう……」
 反論する孝之の声を遮るように、ドアをノックする音が聞こえた。
「静かにね。……どうぞ」
 前半は孝之にだけ聞こえるように、後半はドアの向こうの人物に聞こえるように、
モトコは返事をした。



速瀬水月の場合。



「お久しぶりです、香月先生。
……ええ、そうですね。遙が退院して以来ですよね。
あのときはすみませんでした。勝手に屋上に上っちゃったりして。
……はい。孝之とはあれから会っていません。もちろん、遙とも。
……え?そりゃ、未練はありますよ。今でもまだ孝之のこと、好きですから。
そう簡単に割り切れるわけ……ないですよ。
孝之と過ごした2年間のことは、忘れようとしても忘れられません。
むしろ、忘れちゃいけないんだって思うから……。
……………………。
それに、遙のことも私にとっては大事だから。
……だって私と遙は、親友なんですから。
……はい。ありがとうございます。
それでは失礼します」



 水月が出て行ったドアが閉まる。
 モトコはカーテンの隙間からそっと孝之の様子を窺った。
 孝之はうつむいたまま、身体を震わせていた。
 モトコは孝之には何も言わず、ドアの向こうに声をかけた。



涼宮茜の場合。



「こんにちは、香月先生。今日はどうしたんですか?
……え、お姉ちゃんの様子ですか?
さすがですね、先生。
実はお姉ちゃん、ちょっとだけ元気ないんですよ。
……心当たり、ですか?
うーん、なんだろう。お兄ちゃんにはやさしくしてもらってるし、ケンカしてるわけでも
ないし……。
せっかく私が身を引いたんだから、お姉ちゃんとお兄ちゃんには幸せになって
もらわないと……。
……え?私何か言ってましたか、先生。
……そうですか。よかった~。
とにかく、私の方でもお姉ちゃんについて気をつけてみますね。
妹の私がしっかりしてないとダメですよね~。
……はい。それでは香月先生、失礼します」



 ドアが閉まり、部屋には静寂が訪れる。
 5分ほど経過して、カーテンが開かれた。
「もういいわよ、鳴海君」
「……はい」
 まっすぐモトコの顔を見る孝之の目には、真新しい涙の後がついていた。
「涼宮さんは診察の都合もあるんだけど、実は速瀬さんも涼宮さんの妹さんも
時々相談されてたのよ。涼宮さんのことだけじゃなくて、いろいろね」
 そう言って、モトコは孝之の目をじっと見る。
 さすがの孝之もその言葉の意味がわからないほどにぶくはなかったようだ。
「あなたが選ぶの。ほかの誰でもないあなたが。
時間は永遠にあるように思えても、チャンスは少ないのよ。
後回しにすればするほど、つらくなることもある。
前にも言ったわよね。
『時間が一番残酷で……優しい』って。
今のあなたになら、それがよくわかるはずよ」
「はい……。ありがとうございました」
 孝之はモトコに一礼して部屋を出て行った。
「やれやれ、一番手間のかかる患者さんがようやく退院したかな」
 モトコは満足げに呟くと、また屋上へと足を向けるのだった。



なお、当たり前のことですが、このお話はもちろんフィクションで、
実在の団体や「君が望む永遠」本編とはまったく関係ありません。
……多分。おそらく。



あとがき



PCゲーム「君が望む永遠」のSSです。
香月モトコの聖誕祭記念です。
ちょっといつもと違う感じにしてみました。
実ははじめての3人称だったような(笑)
それではまた次の作品で。



��003年11月1日 香月モトコ先生のお誕生日



2003/10/20

「涼宮茜 in すかいてんぷる」(君が望む永遠)



「いらっしゃいませ!すかいてんぷるへようこそ!!」
 お店にやってきたお客様に、私は心からの笑顔で応対する。
 この『すかいてんぷる』で働くようになって、早1週間。ようやく仕事のコツも掴めて
きたと思う。
 ウェイトレスという仕事に興味を持ったのは、ある先輩がきっかけだった。
 どうしてあそこまでお客様に尽すことが出来るのか?
 私の憧れである速瀬水月先輩と一緒のことをすれば、先輩に一歩でも近づくことができ
るのではないか。
 そう考えた私は、お兄ちゃんのバイト先の『すかいてんぷる』を選んだ。別にどこでも
よかったし、それならお兄ちゃんのいるところの方がおもしろいかなって思ったからだ。
 もうひとつの決め手は、制服かな。可愛くて1度着てみたいなって思ってたから。
 実際に制服を着てみると、可愛いことは可愛いんだけど、結構胸元がキワドイんだよね。
 お兄ちゃんに聞いたら、似合ってるよ、って言うから悪い気はしないけど、やっぱり少
し恥ずかしい。
 ウェイトレスって大変なんだとしみじみ思ったよ。
「涼宮さ~ん、オーダーあがりましたよ~」
「わかりました~」
 厨房からオーダーができたことを告げられた私は元気良く返事をする。涼宮茜は、今日
もアルバイトに一生懸命です。なんちゃって。



「ありがとうございました~」
 現在、時間は夜の8時。夕食時とはいえ、今日はいつもよりお客さんが多い。私を含め
たフロアのスタッフは大忙しだ。
「茜ちゃん大丈夫? 今日は随分お客が多いから忙しくて大変だと思うけど、疲れてない?」
「あ、お兄ちゃ……じゃなくて、鳴海さん。大変だけど、大丈夫だよ。日頃から水泳で鍛
えてるもん」
 お兄ちゃんが、私が疲れてるのかどうか心配だったみたいで話し掛けてくれた。
 お兄ちゃんってのは、鳴海孝之さんのこと。3年前、私のお姉ちゃんとつきあっていた
時からの呼び名だ。ずっとお兄ちゃんが欲しいと思っていた私は、お姉ちゃんがつきあい
だしたと聞いた時から『鳴海孝之』という人の事が気になっていた。お姉ちゃんがすんご
くうれしそうに鳴海さんのことを話すものだから、どんな人なのかな~って。
 実際に実物を目にして私の淡い期待は裏切られたんだけど、悪い人じゃなさそうだった
から、まあいいかなって思った。この人が私のお兄ちゃんでもいいかなって。
 はじめての出会いから3年経った今でも、私は鳴海さんのことをお兄ちゃんと呼んでい
る。3年の間にはいろいろあったけど、それでも私は鳴海さんのことをお兄ちゃんと呼ん
でいる。
「ようやくお兄ちゃんって呼ぶ癖が治ってきたか? 店の中では絶対、お兄ちゃん禁止だ
からな」
 お兄ちゃんが苦笑いしながらそう言った。
 一週間前のはじめてのバイトの日。お兄ちゃんにまず言われたのは、『店の中では、お
兄ちゃんと呼ばないこと』だった。理由を聞いたら、公私混同はよくないってことだった
けどそんなのはタテマエで、お兄ちゃんと呼ばれるのが恥ずかしいからに違いない、と私
は思っている。
「そりゃ、1週間も経てばね~。今までず~っと呼んでた呼び方を変えるのは大変だよ。
鳴海さんだって私のことを茜様と呼べって言われたら困るんじゃない?」
「そりゃ困るけど、困るの意味が全然違うだろ」
「それもそうだね。てぃひっ」
 何を言ってるんだか、とお兄ちゃんにこつんと頭を叩かれた。可愛い義妹になんてこと
を。お姉ちゃんに言いつけてやろうかしら。
「ちょっとそこの糞虫と乳臭いガキんちょ! 何この忙しい時にベラベラとしゃべくって
んのよ。働け! この給料泥棒が!!」
「お兄ちゃんとほんのちょっと話をしてたら、いきなり野獣に吠えられた。この野獣の名
前は大空寺あゆ。お兄ちゃん曰く、『すかいてんぷるの”核弾頭”』。はじめは大げさな
あだ名だな~と思ってたけど、今ではそれ以上に的確な表現はないんじゃないかってぐら
い。この国には『非核三原則』ってのがあるんだから、核兵器は保有しちゃいけないはず
なのに。それに乳臭いガキんちょって何よ。自分の方こそちんちくりんのくせにさ」
「……アンタ、さっきから何のつもりか知らないけど、思いっきり聞こえてるわよ」
 核兵器がしゃべった。
「あ、しまった。つい本音が。てぃひっ」
「まあ、茜ちゃんの言う事はもっともだが、そろそろ仕事に戻ろうか」
「はい!鳴海さん」
 私は元気良く返事して、ちょうどお客様に呼ばれたのでオーダーを取りに行った。その
直後、
「おまえらなんて、んがっ、へほのふんほふへ~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」
という奇妙な叫びが店内に響き渡った。お兄ちゃん、ないすっ!



 それから1時間ぐらい経って、ようやくお店も普段の落ち着きを取り戻したようだった。
なんとかディナーは乗り切ったかな。さすがに疲れた~。
「お疲れ様です、涼宮さん」
 そう話し掛けてきたのは、この『すかいてんぷる』橘町店店長の崎山健三さん。なかな
か渋くてかっこいい。それにすごくいい人なのだ。
「今日は普段よりもお客様の入りが多くて大変ではありませんでしたか」
「そうですね……確かに大変でした、けど……」
「けど?」
「忙しいからこそ、働いてるんだな~って実感できました」
 私がそう答えると、店長はにっこり笑って、
「そうですね」
と言ってくれた。
「今日は少し早いですが、もうあがってもらって構いませんよ。あとは、鳴海君と大空寺
さんにおまかせすれば大丈夫でしょうから」
 店長がそんな優しい言葉をかけてくれたとき、



がっしゃ~~~~~~ん



という音が店内に響き渡った。
「ああ~、またやっちまいました~~~~~~」
「まゆまゆ大丈夫?ほら糞虫、あんたの出番よ」
「玉野さんけがはない?お前も手伝えよ、大空寺」
……………………………………………………
「私、お手伝いしてきますね」
「お願いします」
 私は店長にそう告げると、ほうきとちりとりを持って現場へと急行した。
 まだまだ今日という日は終わりそうにないみたいだった。



「ありがとうございます~、涼宮さん~」
「いえいえ、困ったときはお互い様ですよ~。それに、私がはじめてお皿割ったときは玉
野先輩が片付けを手伝ってくれたじゃないですか。あのときは本当に助かりました」
 ざっざっとほうきで割れたお皿を片付ける。
「お礼なんていいですよ。先輩として当然のことをしたまでです。……先輩?」
 ちりとり役の玉野先輩の動きが止まった。
「玉野さんのことですよ。私より先にバイトに入ってたんですから、『先輩』じゃないで
すか」
「先輩、だなんて……恥ずかしいです。でも……ちょっと嬉しいです」
 玉野先輩はちょっとおっちょこちょいなとこもあるけど、いつも一生懸命で元気な人。
その前向きな姿勢は見習いたいと思う。
「まゆまゆ~、チチクサ~、それが片付いたら洗い物お願いね~」
「御意っ!」
 玉野先輩は元気良く返事した。チチクサって……もう怒る気力もないよ。早いとこ洗い
物をすませたほうがいいなあ。そう思った私は急いでゴミを片付けて、玉野先輩と洗い物
をはじめた。
 いつもよりお客さんが多かったせいで、洗い物の量はハンパじゃなかった。玉野先輩と
手分けして片っ端から洗う。
 ゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシ…………。
 途中で急に水道の水が出にくくなったので、蛇口をもっと開いてみた。……出ない。お
かしいなと思い、もっと開いてみると、



がきん



という音と共に蛇口が外れ、大量の水が私に襲い掛かってきた!
「うわわわわ~~~~~!!!」
 あわてて、水道の蛇口を押さえつける私。
「た、大変です!一大事です!!た、孝之さ~ん!!!」
 その声を聞きつけてやってきた鳴海さんが、蛇口を手馴れた様子で直してくれた。
 あとで聞いたところに寄ると、その水道の蛇口は以前から調子が悪くて、いっぱいまで
開くと外れてしまう、とのことだった。みんなは知ってたみたいだけど、まだバイトに入っ
て1週間の私は知るはずもなく、今回の事態を招いてしまったのだった。
「大丈夫、茜ちゃん。災難……だった……ね」
 なぜかお兄ちゃんは途中で私から目をそらした。怪訝に思っていると、
「水もしたたる……ってやつかしら。ふふふ」
 まるでどこかの財閥のお嬢様のような口調で大空寺先輩が言うので、私は自分の姿を見
てみた。
 きっかり10秒後。
「きゃあああああああーーーーーーーーーっっっっっ!!!!!!」
 今日、店の中に響き渡った音の中でも、最も大きな音が計測された瞬間だった。



 10分後。
 私は更衣室の中で、ひとり悩んでいた。
「替えの下着がない……」
 いつもなら替えの下着は常備しているのだけど、今日はここに来る前に水泳部の練習が
あったため、すでに使ってしまっていたのだ。
 このまま濡れたままの下着をつけているわけにもいかないし、かといって履かない訳に
はいかないし。
 悩みに悩んだ末に私が手に取ったのは。
 あの体育の授業でおなじみの、紺色のブルマーだった……。



なお、当たり前のことですが、このお話はもちろんフィクションで、
実在の団体や「君が望む永遠」本編とはまったく関係ありません。
……多分。おそらく。



あとがき



PCゲーム「君が望む永遠」のSSです。
涼宮茜の聖誕祭記念です。
あくまでゲームのキャラクターのみです。~エンド後というわけではないので、
あしからず。
それではまた次の作品で。



��003年10月20日 涼宮茜たんのお誕生日



2003/09/27

「焼きそばパンが食べたくて」(マブラヴ)



 『焼きそばパン。英語では「Yakisoba Bread」。
 最近では、パンの中に焼きそばを閉じ込めたタイプの焼きそばパンもあるが、やはりコッ
ペパンに切れ目を入れて、そこに焼きそばを挟んだタイプがオーソドックスであると思わ
れる。
 単純に、パンに焼きそばを挟めば焼きそばパンの出来上がりではあるが、それでは普通
の焼きそばパンでしかない。素材、調理法、パンの形等、工夫する余地は十分にある。
 美味しい焼きそばパンに出会うために、今日も私は歩きつづけるだろう。』



 なんか、すげえな……。
「タケルちゃん何読んでるの?」
 俺の名前は白銀武。白陵からの帰り道、たまたま寄ったコンビニで雑誌を立ち読みして
いると、幼馴染の鑑純夏が話し掛けてきた。
「えーと……『月刊ヤキソバ』だな」
「『月刊ヤキソバ』? 何それ、そんな雑誌があるんだ~」
 俺が雑誌を純夏に渡してやると、純夏はそれを受け取って興味津々で読み始めた。
 何気なく手に取って読み始めたんだが、何か引き寄せられるものがあった。ただの雑誌
のコラムのくせに俺の気持ちを動かすとは……。
 気が付くと、俺はそのコンビニの惣菜パンコーナーの前に立っていた。焼きそばパンが
食べたくて仕方がない。時間は午後4時。ちょうど夕飯前に軽く腹ごしらえしておきたい
ころだ。
 焼きそばパンを探す……探す……探す……あった!! ひとつだけ!! まさに、俺に
食べられるためだけにその焼きそばパンはあった。普段は存在すら気にもかけない神に感
謝の祈りをささげる。そして、俺は焼きそばパンに手を伸ばした。すると、
「も~らいっ」
 と言う声と共に、俺の目の前から焼きそばパンがさらわれた。
「……純夏か。悪いことは言わない。その焼きそばパンを置け。それは俺のものだ」
「そうはいかないよっ! 私だって焼きそばパン食べたいんだから。ひとつしか無い以上、
先に手に入れたほうが勝ちだもん」
 純夏のくせに生意気な。どうやら俺が渡した雑誌を読んだせいで、純夏も焼きそばパン
が食べたくなったようだ。
 雑誌を渡した俺のせいと言えなくもないが、今はそんなことはどうでもいい。最優先事
項は、目の前の焼きそばパンの確保だ。
「ここは公平にじゃんけんで勝負を決めようぜ。どうだ?」
「……そうだね。そのほうがもめなくてすみそう」
 と言うと、純夏は焼きそばパンを棚に置いた。
 ふふふ、やはり純夏だな。俺が何年お前の幼馴染をやっていると思っているんだ? 純
夏のじゃんけんのくせはすでにお見通しだぜ! そして、俺のじゃんけんのくせは純夏に
は読みきれない! すなわち、俺の勝ちだということだ。ふっふっふ。
 俺はひとつ深呼吸をして構える。無駄な力を入れない自然体の構え。手は半開きにして
おく。……よしっ!
「準備はいいか、純夏?」
「いつでもいいよっ!!」
 俺と純夏は一定の距離を保って向かい合う。双方の緊張の高まりのせいか、まわりの空
気が張り詰めているように思えるのは俺の気のせいだろうか?
 ……気のせいだよな。だってここはコンビニの惣菜パンコーナーの前なんだから。微妙
に周りの視線が突き刺さっているような感覚がするのは気のせいだろうか?
 …………………………………………………
 早いとこ、勝負しよう。
 お互いの呼吸を合わせて……3……2……1っ!
「「最初はグッ!! じゃんけんぽんっっ!!!」」
「やったーーーーーーっっっっっ!!!!!」
 コンビニの店内に純夏の声が響き渡った。俺はグー。純夏はパー。
 ガクっとひざをつく俺。しまった。勝負の直前に周囲が気になってしまったせいだ。そ
れまでいい感じで張り詰めていた緊張感が、あの瞬間ふっと途切れた。俺の……負けだ。
「ふっふっふ~。タケルちゃん甘いね! タケルちゃんのじゃんけんのくせはお見通しな
んだから。何年タケルちゃんの幼馴染やってると思ってるのさ。これに懲りたら、二度と
私にじゃんけん勝負は挑まないほうがいいと思うよ」
 くっそ~、純夏のやつめ。言いたい放題言いやがって! お前にじゃんけんのくせを読
まれたからじゃないんだが、今は何を言っても無駄だろう。……覚えてやがれっ!
「わかったわかった純夏の勝ちだおめでとうおめでとう」
「心がこもってないうえに棒読み。しかも句読点がない」
 ツッコミ入れんな、純夏のくせに。
「ま、いいか。負けを認めたくない気持ちは誰にでもあるものだし。それじゃあ、勝利の
特典として焼きそばパンを買おうかな…………って、あれ?」
 純夏が変な声を出したのでそちらに目をやると、純夏は固まっていた。さらに注意深く
見てみると、純夏はある一点を見つめたまま固まっていた。その一点とは、純夏が焼きそ
ばパンを置いておいた場所だった。
「……なんだ、もう食べたのか? 早いね。それにしても金を払う前に食うのはどうかと
思うが」
「そんなわけないでしょ! ……確かにここに焼きそばパン置いといたのに。……神隠し?」
 んなわけあるかよ。
「まああれだ。気を落とすな。たかが焼きそばパンひとつで」
「あんなに真剣にじゃんけん勝負挑んできたタケルちゃんに言われたくないけど」
 ツッコミ入れんな、純夏のくせに。
「きっと心やさしい誰かに買われていったのさ。あいつも幸せになってるに違いない」
「そうだね……」
 ツッコミ入れろよ、純夏のくせに。



 じゃんけんに負けて気落ちしている俺と、じゃんけんには勝ったが焼きそばパンをゲッ
トできなくて気落ちしている純夏。ふたりともそれぞれしょんぼりした気分のまま、コン
ビニを出た。
「あああああーーーーーーー!!!!!」
 コンビニを出た途端、耳元で純夏がでっけえ叫び声をあげた。
「うるせえなあ、なんだよ……お、彩峰じゃん。それに、犬?」
「?…………」
 コンビニの前にいたのはクラスメイトの彩峰慧だ。その足元にはどこかで見たことある
ような気がする犬がいた。
 彩峰は俺らをチラッと見ると、犬に餌をやりはじめた。その手に持っているのは………
焼きそばパンだった。
「おい彩峰。それは……」
「……焼きそばパン」
「んなこたあ見りゃわかる。それどうしたんだ?」
「……買った」
「どこで?」
 彩峰は俺の後ろを指差した。そこにあるのは、コンビニだった。
「えーと、いつ?」
「……5分ぐらい前、かな」
 純夏、やっぱり犯人はこいつだ。一目見た瞬間答えはわかっていたんだが。
「ひどいよ彩峰さん。それ私が食べる予定だったのに……」
 純夏がどうにもならないことを呟いた。
「……食べたいの?」
「うんっ!」
 純夏はパブロフの犬のように反射的に答えた。
「……白銀も、食べたい?」
「まあ、な」
 俺も、もちろんだと言わんばかりにうなずいた。
「……お手」
「するかっ!!」
「……残念」
 そんなことをしているうちに、犬は焼きそばパン(俺か純夏が食べるはずだった)を食
べ終わって、去っていった。
「それじゃ」
 そう言って、彩峰も帰っていった。
 あとには、俺たちふたりが残された。
「……帰るか」
「そだね……」
 なんかもうどうでもよくなった俺たちは、意味もなく疲れきっていた。



 家に着いた俺は、腹が減っていたのでキッチンへ行った。
 キッチンの机の上には置き手紙があり、そこにはこう書かれていた。



『父さんと母さんは、今夜は鑑さんたちと夕食を食べに行ってきます。
あんたは純夏ちゃんに何かめぐんでもらいなさい。
あ、そうそう。おやつは冷蔵庫に入れておいてあげたから』



 ……俺が何かしたんだろうか?
 置き手紙を握りつぶしながら冷蔵庫を開けると、そこにはラップにくるまれた焼きそば
パンがひとつ置いてあった。



なお、当たり前のことですが、このお話はもちろんフィクションで、
実在の団体や「マブラヴ」本編とはまったく関係ありません。
……多分。



あとがき



PCゲーム「マブラヴ」のSSです。
ヒロインの彩峰慧の聖誕祭の作品……のつもりです。
ヒロインがあまりからんでないような気もしますが……フィクションですから、
ま、いいか(ぉ
それではまた次の作品で。



��003年9月27日 あの日からひと月後(ぇ



2003/08/28

「あの人の背中を追いかけて」(君が望む永遠)



「ここが、白陵柊かあ……」
 長い長い坂を登った先にある学園。白陵大付属柊学園。
 私のお姉ちゃんが通っている学園。そして、私の尊敬する速瀬水月先輩が通っている学
園。
 水月先輩の泳ぐ姿を始めて見た時から、水月先輩は私の憧れだった。
 水月先輩が見ているものはなんだろう?水月先輩と同じぐらい速く泳ぐ事が出来れば、
私にもわかるのかな?
 私の夢は、速瀬水月先輩と一緒にオリンピックの舞台で泳ぐことだ。そのためには、もっ
ともっと速く泳げるようになりたい。
 だから水月先輩のことを色々知りたい。
 今日ここに来たのは、水月先輩の新たな一面が見られるかもしれないからだ。
 こないだ、お兄ちゃんがうちに来た時に話してくれたんだ。水月先輩のこと。
 あ、『お兄ちゃん』ってのはお姉ちゃんの彼氏のこと。まさか、あのお姉ちゃんに彼氏
ができるなんて想像もできなかったよ。それで、どんな人か気になって、お姉ちゃんにつ
いていって見たら、……65点の彼氏でした。
 でも、それなりにおもしろいし、暇つぶしにもなるし、いいかなあ~って思ってる。
 そのお兄ちゃんが教えてくれた。水月先輩が喫茶店のウェイトレスをやるのだというこ
とを!!
 いつもの水月先輩からは想像も出来ないその姿。水月先輩のファンとしては見逃すわけ
にはいかないのです!
 お姉ちゃんからは見に来ちゃダメって言われたけど、はい、わかりましたって返事する
わけもなく、わざわざお姉ちゃんの予備の制服を探し出して、今ここにいるのだった。
「しかし、どうでもいいけど。お姉ちゃんの制服ってちょっと大きくない?」
 スカートはぴったりなんだけど、どうも胸元あたりがすーすーするんだけど……。これ
がもしかして3年の違いってやつなのかな、あははー。……お姉ちゃん、おそるべし。
 いつまでも門のところに突っ立っててもしかたないので、いよいよ私こと、涼宮茜は学
園内に潜入することにした。時計を見ると、12時を5分ほど過ぎた頃だった。



「いらっしゃいませ!M’s メモリィへようこそ!!」
 もう何度この挨拶を繰り返したことだろうか。
 開店してまもなく座席は満席となり、お客は絶えることがない。それどころか順番待ち
のお客が増える一方なので、急遽『時間制』の許可が白秋祭管理委員会から出たほどだ。
注文した物を食べ終わってもなかなかお客が出ていかないからだ。普通なら大したことは
ないのだろうけど、お客でいっぱいのこの状況なら話は別。お客の回転をよくするために
も『時間制』は当然のことといえよう。
「ただ、回転がよくなったら仕事量がその分増えるのよね……」
 目が回る忙しさとはこのことだろうか。常日頃、水泳で鍛えている私だったが、見えな
い緊張と慣れないメイド服。そして、恥ずかしさという最大の敵が相乗効果を発揮して、
私の肉体を蝕んでいた。……要は疲れたってことなんだけどね。
 お客の注文を調理場にオーダーして、注文が出来上がるまでのわずかの間が休憩時間だ。
この忙しさは時給1500円はもらっても割にはあわない、と思う。
「水月さん。3番の注文できたわ!」
 委員長の調理場からの声を聞くと、徐々に重くなりつつある身体に力を入れ、オーダー
を『御主人様』の元へと運ぶのだった。
「お待たせしました、御主人様。M’sセットでございます」
「ああ、どうも」
「それでは、ごゆっくりおくつろぎくださいませ」
 すでに私は一流のメイドさんになりつつあった……。



「えーっと、水月先輩のクラスは……3階かあ」
 受付でもらった白秋祭のパンフレットを見ながら階段を上る。どこの出し物も魅力的で
はあるのだが、全部見てまわっている余裕はないので、やっぱり水月先輩のとこをメイン
にすることにした。
 水月先輩のクラスを目指して歩いていると、目の前にヘンなお化け屋敷があった。
『一億万回死ぬかもしれないお化け屋敷』
 どこかで聞いた事あるよーなないよーな。パンフレットを見てみると……B組の出し物
らしい。えっと、確かB組って、お姉ちゃんのクラスだよね? ということはこのネーミ
ングは……。
「さあ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい~。『一億万回死ぬかもしれないお化け屋敷』
だよ~。もしかして卒倒したり気絶したり意識不明になっちゃうかもしれないよ~。さあ
どうぞ~」
 そんなこと言われて入る気になる人はヘンだと思います。呼び込みをしている人がお姉
ちゃんにすごく似ているような気がしたけど、あまり深く考えずに私は水月先輩のクラス
へと向かうのだった。



「M’s メモリィ……ここかあ」
 ようやく到着した喫茶店、『M’s メモリィ』。店内をチラっと見てみると、お客さん
でいっぱいだった。受付の人に聞いてみると、あと数分で交代するらしいので、予約用紙
に名前を記入してパンフレットを見ながら待つことにした。



チリンチリン



 ベルの音が鳴り響いた。すると喫茶店からお客さんがぞろぞろと出てきた。どうやらあ
のベルの音が交代時間を告げる合図だったらしい。
 お店の中からひとりのメイドさんが出てきて、予約のお客さんの名前を読み上げていく。
 メイドさん? 不思議に思う間もなく、私は名前を呼ばれたので列に並んで、順番に店
に入っていった。
「いらっしゃいませ!M’s メモリィへようこそ!!」
 総勢七人のメイドさんが一斉に挨拶をする光景は、ある種のプロ意識を感じさせられた。
この人たちは間違いなくメイドさんだ。そう思わせる何かが、そこには、その空間にはあっ
た。
「おかえりなさいませ、御主人様」
 そう言って顔をあげたその人は、
「み、水月先輩?」
「あ、茜?」
 私も水月先輩もお互いにびっくりしていた。何より水月先輩は、知り合いにこんな姿を
見られることが特に恥ずかしかったのだろう。顔が真っ赤になっていた。
 しかしながら、さすがはプロというべきか。動揺しながらも私を席へと案内して、注文
を取っていった。



「ちょっと水月さん? さっきの態度はどういうことなの」
「あ、委員長。たまたま知り合いが来ててさ……」
 弁解しようとしたら、
「委員長って言うな!」
 と、怒られた。
「……じゃあ、なんて呼べばいいのよ」
「侍従長です。侍・従・長。もしくは下の名前で読んでください」
 委員長のメイド像がどういうものなのかイマイチ理解できないけど、さすがに侍従長は
ないだろうと思ったので、下の名前で呼ぶことにした。でも、下の名前ってなんだっけ?
「あ、麻奈麻奈ー。アイスティーひとつねー」
「了解。せめて、さん付けで呼んでくれないかな。そして私の名前は麻奈です」
 別のメイドの子の注文を聞きつつ、委員長は注意をしていた。……マナマナ?



「いってらっしゃいませ、御主人様」
 水月先輩に送り出されて、私はM’s メモリィを出た。
 水月先輩は最初こそ動揺していたが、その後は完璧なメイドさんだった。私が話し掛け
てもにっこり笑うだけで答えてくれない。世間話には相槌を打ってくれたりするのだが、
プライベートに関することは全て笑顔ではぐらかされた。
 残念ではあったが、水月先輩の新たな一面を見られて私は満足だった。
 このときのことが印象に残っていたのだろう。
 3年後、私は水月先輩に追いつくべく、アルバイトに行っていた。
「いらっしゃいませ! すかいてんぷるへようこそ!!」



なお、当たり前のことですが、このお話はもちろんフィクションで、
実在の団体や「君が望む永遠」本編とはまったく関係ありません。
……多分。



あとがき





PCゲーム「君が望む永遠」のSSです。
水橋かおりさんの聖誕祭用と、ヒロインの速瀬水月の聖誕祭の後夜祭用を兼ねてます(笑)。
段々脱線して行っているよーな気もしますが……フィクションですから、ま、いいか。
本編にからんでない、という前提で書くと、とても楽ですね(笑)。
それではまた次の作品で。



��003年8月28日 水橋かおりさんのお誕生日



2003/08/27

「白秋祭に想いをこめて」(君が望む永遠)



「え、うそ……」



 水泳の朝練で疲れている私にとって、HRは格好の休憩タイムだ。さすがに机に突っ伏
して眠ったりはしないけど、目を閉じて体力の回復に努めるのはいつものことだったりす
る。
 今日のHRの議題は、来るべき白秋祭のクラスの出し物についてだ。うちのクラスは喫茶
店をやることになっている……らしい。実は今まであんまりHRに真剣に参加したことなかっ
たからさっぱりなのよ。別に私が不真面目っていうわけじゃなくて、水泳のためなんだか
ら仕方ないじゃない。ねえ?
 黒板を見ると、役割分担がすでに決まっていた。いつのまにか、決まっていた。どうも
立候補していない生徒は勝手に決められたらしい。
 私は自分の名前を探してみた。すると、



ウェイトレス:速瀬水月



 と書かれてあった。ここで冒頭のつぶやきに戻るわけである。



「ちょっと!それってどういうことよ!!」
 反射的に私は委員長に食ってかかっていた。
「どうって? 見たまんまだけど。何か不満でもあるの、速瀬さん」
 委員長の委員長による委員長らしい言葉に、私は圧倒された。
 さすが委員長。おそるべし。伊達に委員長は名乗っていないようね。でも私だって水泳
部期待の星と呼ばれた速瀬水月。簡単に負けるわけには……いかない。
「私……立候補してないわ」
「確かにそうね。あなたの言う通りだわ」
 委員長はごく自然にそう言った。動揺なんか微塵も感じられない。
「じゃあなんでっ!」
 逆に私のほうが動揺したのか、声を荒げてしまった。
 感情的になっちゃ駄目よ、水月。水泳のときと同じじゃない。あせったほうが負けなん
だから。落ち着いていつもの自分でいられた方が勝ちなんだって知ってるでしょ?
「推薦があったから」
 …………え?
「確かにあなたは立候補してないわ。でもね、推薦があったのよ。それで多数決を取った
結果、クラスの半数以上の票を獲得したため、あなたがウェイトレスに決定したというわ
け。わかった?」
 こんなに丁寧な説明をされてわからないほど私だってバカじゃない。それに、くやしい
けど寝ていた私にも非はある。ただ、理解はできても納得はできなかった。
「まああきらめろ速瀬。寝てたヤツが悪い」
 孝之がまともな意見を……。孝之、他人事だと思って随分楽しそうじゃない。しかし、
言い返せない。何を言っても負け犬の遠吠えになってしまうのは火を見るよりも明らかだ。
だから私は黙った。
「おい孝之。推薦したヤツがそんなこと言うか?」
 ……?
「いいんだよ、慎二。それよりも、賭けは俺の勝ちだな」
 …………
「ああ、しかたない。今日の昼飯は俺のオゴリだ」
 ……………………
「ふふふ。早くも昼が待ち遠しいぜ」
 こ、このふたりは~! 怒りに震える私。だが。



 キーンコーンカーンコーン。



 チャイムが鳴った。委員長が号令をかけてHRは終了。結局、私がウェイトレスをやるこ
とは問答無用で決定したのだった。孝之、覚えてなさいよ!



 その日の夜。親友の遙から電話があった。私がウェイトレスをやることを孝之から聞い
たらしい。
「まあ、そういうことになっちゃったのよ。今更ジタバタしたってしかたないけどさ~、
やっぱりなんかくやしいのよね~。孝之にハメられたってところが特に」
「え?……ハメられた? 孝之君に??」
 あ。
「ち、違うのよ? 孝之に推薦されたってこと。私はウェイトレスなんてガラじゃないか
ら自分で立候補するわけないじゃないっ」
 な、なんか聞きようによっては危険なセリフだったわね。ちょ、ちょっと動揺しちゃっ
たじゃない。
「……あ、そういうこと、なんだ。ははは、納得。なんだか孝之君らしいね」
「孝之らしいからいいってわけじゃないけどね……。ところでさ、遙のクラスは白秋祭で
何やるの?」
 あまりウェイトレスのことについては考えたくないので、さりげなく話をそらしてみた。
「わたしのクラス? 定番だけど、お化け屋敷だよ」
「…………」
「あれ、水月? どうかしたの」
「あ、ううん。なんでもない、なんでもない。ちょっとぼーっとしてた。ごめん」
 なんでよりによってお化け屋敷なんか選ぶのかな……。
「そう? ならいいけど。あ、そうだ。茜も行くって言ってたよ。白秋祭に」
 ……え?
「茜? なんで茜が来るのよ。って言うか、もしかして茜も知ってるんじゃ……」
 私は恐る恐る尋ねてみた。すると予想通りの答えが帰ってきた。
「うん、知ってるよ。今日はね、一緒に勉強しようってことで孝之君がうちに来たの。そ
れで、休憩時間に孝之君が茜に話してたよ。水月がウェイトレスをするってこと」
 な!? ……ここにも孝之の魔の手が広まっていようとは。お、覚えてなさいよぉ……。
「そしたらね、『絶対、ぜーったい行くんだから!』って、茜はりきってたよ」
 ああ~、そうなったときの茜は止められないでしょうね。私にも無理なんだから遙には
絶対無理だろうなあ。はぁ~……。
「あの、水月?」
「あ、ごめんごめん。何?」
「もし、茜に来て欲しくないのなら、私から行かないように言ってあげようか?」
「あ~、いいよ。多分茜のことだから言っても聞きそうにないし。むしろ余計行く気にな
るような気がするから。ありがとね、遙」
 そう、遙は悪くない。悪いのはひとりだけよね!
「それじゃ、そろそろ寝ることにするわ。明日も朝練あるから」
「うん、わかった。おやすみ水月。また明日学校でね」
「うん。……おやすみ、遙」
 おやすみの挨拶をして携帯の電源を切る。携帯を充電器にセットしてからベッドにダイ
ビング。…………ふう。ま、しかたないか。決まっちゃったものは。いつまでもくよくよ
してるのは私には似合わないよね。
 そう考えると、ちょっとだけ気分が楽になったような気がした。やっぱり物事は気の持
ちようだ。いやだいやだと思っていたら本当にいやになっていくし、逆に気にしないでい
れば大したことなく済んじゃうかもしれない。
「お風呂に入って寝ようっと」
 先ほどまでの気分はどこへやら。ポニーテールを縛っている紐を外しながらお風呂場へ
と向かう私であった。



 次の日から、どこのクラスも空き時間は白秋祭の準備に追われていった。
 うちも例外ではなく、みんな忙しい日々を過ごしていった。テーブルの運搬などの力仕
事は男子たちに割り当てられたので、私たち女子は喫茶店のメニュー作りや内装について
の担当だった。私は主にメニュー作りに精を出した。



「そうねえ~……ドネルケバブ?」
「「「「「「え?」」」」」」
 みんながハモって聞き返してきた。
「ドネルケバブよ。ド・ネ・ル・ケ・バ・ブ。新顔よ? 中近東よ?」
 何か珍しいメニューないかな? ってことなんで発言したんだけど、そんなに珍しいか
な。どうやらみんな知らないみたいなので熱く語ろうとしたその時、
「速瀬さん。確かに新顔で中近東だけど、それはちょっとどうかと思う」
 委員長が横槍を入れてきた。
「あ、委員長は知ってるんだ。おいしいのよね~、焼きあがったばかりのお肉を野菜やソ
ースと一緒にパンにはさんで食べるとジューシーな肉汁がジワーっと!」
「そうそう! あの専用の機械で回しながらお肉を焼いてるところがいいよね!なんかも
う見てるだけで食欲をそそられるって感じで!!」
 お? 意外にも委員長ノッテきましたよ?
「ちなみにケバブってのはトルコの言葉で『焼き肉料理』って意味なの。知ってた?」
「ううん、初耳」
 しかも、解説が始まったんですけど。
「お肉にもいろんな種類があって、羊とか牛とか豚とか鶏とかあるの。速瀬さんは何の肉
が好き?」
「私は、羊かな? やっぱりドネルケバブは羊じゃない!」
 ノリノリの委員長に合わせておけば、もしかしてメニューになるかも? そう思ってい
たのだが。
「そうだよね。やっぱり羊だよね! …………羊肉なんて、簡単に手に入らないわよね?」
「え?」
「それに、あの専用の機械がないとドネルケバブじゃあないわよね~」
「……………」
「ってなわけで、却下ね♪」
 委員長は音符マーク付きでそう言うと、会議に出席するということで教室を出ていった。
 後には、うまく丸め込まれた私と、目が点になったままの女の子たちがいた……。
 委員長。なぜだかわからないけど、あなたには勝てないような気がしてきたわ。でも、
私はあきらめない。なぜなら、私は水泳部期待の星なのだから!!
 思いがけず気合が入ったので、水泳の練習のために私はクラスの作業を抜け出させても
らい、戦場であるプールを目指した。
 後には、まだ目が点になったままの女の子たちがいた。うちのクラスは大丈夫だろうか。



 少しだけ不安に思いながら廊下を歩いていると、声をかけられた。
「あ、水月。今からプール?」
「うん。ごめんね、みんな作業してるのに私だけ抜けさせてもらっちゃって」
 クラスメイトの女の子だった。
「いいよ、気にしないで。その分、水月は水泳をがんばればいいと思うよ。あ、でも水泳
がイヤになったらいつでも作業に戻ってもらって構わないからね~」
 この子はいつもこんなふうに言ってくれる。いい子だなあと素直に思う。
「あ、そうそう、忘れるところだった。水月、ちょっとだけ時間いいかな? 部室までつ
きあってほしいんだけど」
「うん、いいよ。少しぐらいなら。でも何の用事?」
 腕時計を見る必要もなく了承。そもそも泳ぐ時間がきっちり決められてるわけでもない
し。
「えーと、水月は知らなかったっけ。私、手芸部なんだ」
「……だから?」
「つまり、今度の喫茶店で水月が着るウェイトレスの衣装のためにサイズを測りたいのよ」
「え? わざわざ衣装なんかあるの?」
 初耳だった。てっきりエプロンとか着ける程度だと思ってた。
「そうなんだよ。結構力入れてるみたいで、このための予算も多めなの。手芸部の私とし
ても腕の見せどころだからね~。もう他のみんなのサイズは測ったんだけど、水月だけま
だだったから」
 彼女と話をしているうちに、手芸部部室へ到着した。
「ここよ、入って」
 ノックもせず部室に入っていく彼女に続いて私も入った。
「ようこそ。手芸部部室へ」
「え、うそ……」
 部室に入ってまっさきに目に飛び込んできたものに、私は空いた口がふさがらなかった……。



 白秋祭当日。
 私は最後までその衣装を着ることに抵抗を感じていたのだが、委員長の口車、衣装製作
者の泣き落としなどの攻撃により、あえなく白旗をあげた。
 同じウェイトレス役の子たちはすでに着替えを済ませていた。かわいいだの、これはこ
れでいいんじゃない? といった感想が飛び交っている。確かにかわいいんだけど……ね。
 恥ずかしさを満載しながらみんなが待つ教室に入っていくと、私たちは拍手で迎えられ
た。
 最初はお義理で拍手してくれていたのかと思ったが、途中から歓声が飛んだりしていた
ことから本当に喜んでくれていることがわかった。……特に男子たちが。
「すごく似合ってるよ」
「あ、ありがと」
 慎二君が褒めてくれた。うれしいような恥ずかしいような気持ちでいっぱいだった。
「まさか速瀬がそれを着ている姿を見られる日が来るとは思わなかったよ」
「あ、あんまり見ないでよね~。結構恥ずかしいんだからさ、これ」
 特に短いわけでもないのに、スカートのすそとか妙に気になったりする。
「いやいや、本当に似合ってるって。なあ、孝之!」
「……馬子にも衣装ってヤツだな~って思った」
「……あ、あんたねえ、花火大会の時から進歩してないじゃないのよ」
 ポカーンと私を見ていた孝之は進歩のないセリフを口にした。よくよく考えてみれば、
孝之が私を推薦したせいで、この衣装を着ることになったんだけど……ま、いいか。
「しかし、誰が考えたのよ。このメイド服」
 そう。我がクラスの白秋祭の出し物はただの喫茶店ではなかったのだ。メイド喫茶だ
ということに私が気づいたのは、手芸部の部室でこの服を見たときだった。
「さ、さあ? 誰だろうなあ。なあ、孝之!?」
「あ、ああ。一体誰なんだろうなあ、慎二」
 こいつらか。なんとなく想像はついてたけどね~。
「でもね~、こういうのって遙の方が似合いそうじゃない?ほら、あの子控えめだしさ」
「遙が…メイド……」
 何気なく言った言葉に、孝之は空想の世界へと旅立ってしまった。やれやれだわ。
「まったく困ったヤツね。ねえ慎二く……」
「涼宮が……メイド……」
 ここにも旅立ってしまった人がいた。
「あ、速瀬さん。そろそろ時間よ。……どうしたの、このふたり?」
 委員長が孝之たちを哀れみのこもった目で見ていた。



 時計の針はあと1周で10時。いよいよ開店時間だ。
 5秒前、4、3、2、1、はい!
「いらっしゃいませ! M’s メモリィへようこそ!!」



なお、当たり前のことですが、このお話はもちろんフィクションで、
実在の団体や「君が望む永遠」本編とはまったく関係ありません。
……多分。



あとがき





PCゲーム「君が望む永遠」のSSです。
ヒロインの速瀬水月の聖誕祭用です。
なんか今までで一番書いてて楽しかったような気がします。
本編にからんでない、という前提で書くと楽ですね(笑)。
それではまた次の作品で。



��003年8月27日 速瀬水月さんのお誕生日。…………そして、あの日……。



2003/07/15

「あいつとの思い出」(君が望む永遠)



��、天川との出会い(看護学校入学時)



「…………………………………………………………」
 壇上でえらい人が延々と話をしている。校長だか学長だかいう肩書きの人は、どうして
こうも話が長くなるのだろう。
 あたしはうんざりしていた。昔っからこの手の式は退屈でしかたない。できることなら
サボリたいぐらいだけど、入学式ともなれば、さすがに出席しないわけにはいかない。
 あたしは星乃文緒。今年の春からは看護学校の一年生。
 看護婦になるのが当面のあたしの目標だ。つっても、別に看護婦になりたいという確固
とした理由があるわけじゃない。誰かの役に立ちたいとか、小さい頃に看護婦にお世話に
なったとか、そんな理由でもあればいいんだろうけど。
 ただ、なーんとなく手に職持ってるほうが便利かな、と思っただけ。今の世の中、不景
気まっしぐら。技術を持ってて損する事はないだろうしね。
 あたしが看護婦になるって言った時、友人たちはみんな驚いたものだ。みんなボーゼン
としてた。それできっかり10秒後、大爆笑。あたしが一番似合わない職業らしい。失礼
なやつらねー、まったく。ま、わからないでもないけどね。
 ああ、そういやひとりだけ賛成してたヤツいたっけ。ヒロトだったかマサシだったか。
その理由を訊いてみたら、またみんな爆笑。そういうムチムチなナースのイメクラもいい
じゃん、だって。とことんバカだね。
 ぼんやりとそんなことを考えていたら、いつの間にかえらい人の話は終わっていて、式
が進行していた。次は……新入生代表挨拶か。
「新入生代表、天川蛍」
「はいっ」
 元気良く聞こえた返事だったが、どこにもその姿は見つけられなかった。不思議に思っ
ていたらそいつはようやく壇上に上がった。その姿を見てあたしは思った。
��ここって小学校の入学式だっけ?)
 そいつ、天川はすんごくちっちゃかったのだ。あたしだけじゃない、周りにいる新入生
のみんなも同じことを思ったに違いない。だけど、天川はその外見とは違い、しっかりし
た口調で新入生代表挨拶をやり終えた。人は見かけによらない。それどころか見かけだけ
で判断してはいけないんだと思った。
 このときが、天川をはじめて知ったときだった。まさかこんなにも長い付き合いになる
とは、そのときは思いもしなかった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
��、天川と仲良くなった(看護学校時代)



 看護学校での生活ももうすぐ一年が過ぎようとしている。講義や実習、レポートなど毎
日忙しい生活を送っている。寮生活も規則は煩わしいけど、それなりに楽しくやっている。
 この寮では2人部屋が基本で、あたしのルームメイトはあの天川だった。別に誰がしく
んだわけでもなく、ただの偶然だろう。あいつをはじめて間近に見たとき、あまりの小さ
さに驚いたっけ。入学式で見た光景は夢じゃなかったんだと思ったものだ。
 あいつは一言で言って、マジメなやつだった。二言目を付け加えるならば、一生懸命。
はっきりいって、あたしのニガテなタイプだ。事実、その予想は的中していた。あいつは
事あるごとに色々と口出しをしてきた。お化粧のしすぎですよとか、爪はもっと短くしな
いと患者さんを傷つけてしまいますよとか、夜中に窓から抜け出すのは寮則違反ですよと
か。
 なんでこんなに口やかましいのか、もしかしてあたしのことがキライなのか? そう思っ
たことも一度ならずあったけど、それはあたしの勘違いだった。
 あいつは、天川はただマジメで一生懸命なだけだったのだ。それに規則を守ることは理
由だけど、裏にはあたしのことを心配してくれていたんだってことも今ではわかってる。
 何日か前、夕食を食べてる時に、突然天川が一年のみんなに話し始めた。もうすぐ戴帽
式を迎える先輩たちに、一年のみんなで何か贈り物をしたい、ということだった。
 先輩たちに対する感謝の気持ちもこめて、そういうことをしたいという天川の純粋な気
持ちはみんなもわかってると思う。でも、あたしたちだってそんなに暇があるわけじゃな
い。戴帽式まで時間もないし、レポートの期限も迫ってる。看護学生というのは忙しいの
だ。
 天川だってそんなことはわかってる。だからああいうことを言ってしまったのだろう。
天川にとってはごく自然で当たり前のことを。
「ちょっと頑張れば、すぐに終わっちゃう量でしたよ……ねっ?」
 天川にとっては全然悪気のないセリフだったんだろうけど、みんなにとっちゃあイヤミ
以外の何物でもなかった。それはできるやつが言うセリフだったから。
 案の定、みんなは怒って食堂から出ていった。ま、確かにムカついてたってのもあるん
だろうけど、本当のところはやりたくないから、だと思った。あたしだって自分からやろ
うなんて言い出さないけどね。
 でも天川は、がっかりはしてたけど、すぐに立ち直って贈り物の準備を始めた。
 こいつのこういうところはえらいと思うのよね~。めげないっつーか、へこたれないっ
つーか。だけど、どうしてひとりでがんばろうとするんだろうね~。そうやってひとりで
がんばってる姿を見せられたら……ほっとけないじゃない?
 だから、あいつの手伝いをした。天川は知識とか勉強関係はすごいけど、実技関係はそ
れほどでもない。むしろダメなほうかな。それに比べてあたしは逆で、実技関係は結構得
意なほうなのよ。見かけに寄らず(って自分で言ってて悲しいけど)、裁縫とかも得意な
のよね~。
 これが天川と仲良くなったきっかけ。今まではただのルームメイトだったけど、これか
らは友だち………なのかなあ。ま、あたしはあたし。天川は天川なんだからあんまり変わ
らないのかもしれないわね~。でも、これ以降、天川はあたしのことを『星乃さん』では
なく、『文緒っち』と呼ぶようになった。
 なんとなくだけど、うれしかった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
��、日常(欅総合病院時代)



 看護学校を無事に卒業したあたしは、欅町にある総合病院に勤めることになった。病院
の裏手には海があり、環境的にもいいところだ。同僚には……天川がいた。ここまでくれ
ば、くされ縁もいいところだ。お互いに家が欅総合病院に近いから、もしかして同じ病院
になるんじゃないか、ぐらいには思っていたが、いざそうなるとなんだか無性に笑いがこ
みあげてきた。運命の赤い糸なんて信じちゃいないけど、くされ縁って言葉ならまあいいやっ
て思えた。
 今振り返ってみると、このときが一番楽しかったのかもしれない。あたしがいて、天川
がいて、穂村、香月先生、涼宮さん、そして『彼氏』。いろいろと大変なこともあったん
だけど、楽しいって思える時間だった。
 天川は一生懸命なのはいいんだけど、それがカラ回りしてるってのかなあ。あいつらし
いと言えばそうなんだけどね。それにいつもニコニコ。中にはそのニコニコ顔が気に障るっ
ていうひねくれた患者もいたっけ。それでも、天川はいつでもニコニコな笑顔の看護婦だっ
た。
 そんな天川のフォローをしてるのは大抵あたしだった。面倒なときもあったけど、いつ
ものことだから慣れていた。なんだか子どもの世話をしてるみたいだよねえ。
 でもねぇ~、彼氏を誘って断られたときはちょっとショックだったけど、その後に天川
の誘いを彼氏が受けたって聞いた時はほんと立ち直れないかと思ったわよ。天川に負けた、
ガーン!! みたいな感じでさ~。だけどその後で彼氏の特殊な趣味のせいだって気が付
いたんでよかったけどね。
 ちなみに、その時のことを『彼氏』に問いただすと絶対否定するんだけど、あれは当たっ
てるから否定してるのよねぇ?



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
��、報告(菩提寺)
 そして今。あたしは菩提寺に来ている。1年に1度、9月6日にだけ。掃除をして、花
を新しい物に変えて。1年間にあったことを報告する。



 あたしさ~、小児科の看護婦になることにしたよ。
 あんたの夢を受け継ぐっていうかぁ、あんたの目指してたものが何なのか知りたいんだ。
 ガキってさぁ~ほんとにうるさいのよね、ぴーちくぱーちくと。
 前のあたしなら、もう~うっさい!って言って泣かしちゃってたんだけど、今はそんな
ことないんだ~。
 なんだかね~ぴーちくぱーちくうるさいのもかわいいなぁ~って思えてきたよ。
 ガキだからぴーちくうるさいのは当たり前なんだって気が付いたのよ。
 それに、あんたの相手で慣れてたからかなぁ?
 あはははは。
 それからね~、すでに聞いてるかもしんないんだけど~、『彼氏』のこと。
 なんと! 医者になるんだってさ~。
 あんなにフラフラしてた彼氏なのにね~、人間変われば変わるもんだよ。
 ま、人の事は言えないか。あたしもそうなんだけどさ~。



 9月とはいえ、まだ夏の陽射しは衰えることなく降り注いでいる。先ほど掃除をして水
をかけたばかりだというのに、早くも渇きはじめている。
 ジジジと鳴くセミの声。毎年変わることのないような光景。けれど、少しずつ少しずつ
時は移ろっていく。辛い思い出も懐かしい記憶へと、楽しい思い出はより楽しかった記憶
へと変わっていく。



 それじゃあ、またね。天川。



あとがき





PCゲーム「君が望む永遠」のSSです。
ヒロインの星乃文緒の聖誕祭用です。
やはり文緒っちには天川さんがかかせないということで。
なんだか天川さんSSみたいですが、これはれっきとした文緒っちのSSです。
書いた本人が言うのですから間違いありません(笑)。
それではまた次の作品で。



��003年7月15日 文緒っちのお誕生日



2003/07/07

「7月7日」(マブラヴ)



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��月6日(雨)



明日は7月7日だ。
みんなにとっては7月7日=七夕なんだろうけど、わたしにとってはもうひとつの意味が
ある。
��年に1度だけの特別な日。
どんな日になるんだろう。
いいこといっぱいあるといいな。
でもひとつ不安なことがあるよ。
お天気。
天気予報では明日は雨。
今日が雨なのはしかたないとしても、明日は晴れてくれるといいな。
だって、毎年七夕は雨なんだよ?
��年に1度だけの特別な日ぐらい、晴れてくれてもいいじゃない。
そうだ!
てるてるぼーやだ!
てるてるぼーやを吊るしておけばいいじゃん。
そう思って、一生懸命てるてるぼーやを作った。
…………できたっ!
急ごしらえにしては良い出来だった。
わたしは早速てるてるぼーやを自分の部屋の窓の外に吊るした。
「何やってんだ、純夏?」
てるてるぼーやを吊るしていると、声をかけられた。タケルちゃんだ。
「てるてるぼーやを吊るしてるの。明日晴れますようにって」
「……てるてるぼーや?てるてるぼーずの間違いじゃないのか」
「いいの。てるてるぼーやのほうがかわいいでしょ」
「ま、いいけどな。どっちにしたって明日は雨だろうし」
「そんなのまだわかんないじゃない。みてろー、てるてるぼーやの力を」
明日は絶対に晴れるんだから!
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っと、こんなところかな。
わたしはいつものように日記を書き終えた。
しかしタケルちゃんもひどいなあ。絶対てるてるぼーやの力を信じてないよね。
明日になればその力にタケルちゃんも驚くことになるだろう。ふふん。
わたしはてるてるぼーやに全てを託して眠りについたのだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
そして翌朝。目が覚めてすぐに窓の外を見たわたしは目が点になった。



「どこまでも澄みきった青空。照りつける直射日光。波のせせらぎ。……うーん、夏だね
え」
「おい」
「子どもたちの騒々しい声も、カップルのいちゃつく声も、夏だねえ……」
「お~い」
「お祭りに浴衣、花火大会。夜店の金魚すくいに射的。屋台のドネルケバブにたこやき。
どこからどこまでも夏だねえ…………」
「バカ?」
カチン!
「バカって言った方がバカなんだよっ!」
わたしの言葉を聞いて、タケルちゃんはふぅと溜息を付いた。
「じゃあお前のほうがバカだな。だって今2回もバカって言っただろ」
「くっ……タ、タケルちゃんだって今2回言ったー」
わたしは悔しさに拳をふるわせながら言った。
「わかったわかった。いいから、そろそろ現実に戻って来いよ」
わたしとタケルちゃんはマイルドクルー横幅に来ていた。ある人いわく、『夏のにおいを
感じることのできない室内型リゾート』らしい(ある人ってだれ?)。
そう。わたしたちは屋内プールに来ているのだった。なぜなら、外は土砂降りだから。



目が覚めてすぐに窓の外を見たわたしの目に飛び込んできた光景は、すごい勢いで降り
注いでいる雨と、その雨によって原形をとどめていないてるてるぼーやだった。
やっぱりな、と言って笑うタケルちゃんをどりるみるきぃぱんちで黙らせ、なかば無理矢
理ここへ連れてきたのだった。



「いーじゃない。少しぐらい夏のイメージトレーニングしてたって。誰に迷惑かけるわけ
でもないし」
「俺に迷惑かけてるだろ」
「タケルちゃんは他の人とは別だよ」
「俺は一緒にしてくれてもいっこうにかまわないんだが。つーか一緒にしろ」
やれやれしかたないなあ~。それじゃタケルちゃんの相手をしてやりますか。
「それじゃあタケルちゃん、泳ぎに……って何見てるのよ」
タケルちゃんの視線はわたしではなく、わたしの肩越しに何かを見ていた。振り返って見
ると、そこにはきわどいハイレグのお姉さんがいた。タケルちゃんの視線はお姉さんのハ
イレグ部分に釘付けだ。
「……ヘンタイだね」
ヴォグゥ!!
「んがっっっ!!!」
ザッパーーーーーンッッッ!!
どりるみるきぃぱんちふぁんとむをタケルちゃんにぶちこんだわたしは、ひとりでマイル
ドクルー横幅名物のウォータースライダーへと向かった。ふんだ。水でもかぶって反省す
ればいいんだ。隣にわたしがいるのに、他の女の子に目が行くなんて失礼だよ……。



あ~、気持ちいい~。
やっぱり室内プールといったらウォータースライダーだよね。このジェットコースターみ
たいなスピード感はたまらないよ。
せっかく来たんだし、タケルちゃんにも味わってもらおう。あ、タケルちゃんだ。
「おーい、タケルちゃーん」
「んあ?……なんだ純夏かよ。やっと戻ってきたか」
「うん。ねえねえタケルちゃんもウォータースライダー乗ろうよ~。すっごいおもしろい
よ」
「戻ってくるなりそれかよ。やっぱり純夏は純夏だよな」
なにそれ、どういう意味。もしかしてタケルちゃんバカにしてる?
「別にバカにしてるつもりはねーよ。お前はお前だってことだ」
「なんかよくわかんないけど。ところでタケルちゃん何してたの」
「ああ。お前にプールに落とされてから、美人のお姉さんに助けてもらったよ。人工呼吸
のオマケ付き。それからそのお姉さんと楽しく過ごした。お姉さんは用事があるっつーん
でさっき帰ったとこだ。いやー、いい人だった。どっかの誰かとは大違いだ」
え?……うそ、だよね?
「連絡先も教えてもらったし、今年の夏は楽しくなりそうだぜ。ははははは」
タケルちゃんが他の女の人と……え?え?
「…………なーんてな。何信じてるんだよ、バーカ」
タケルちゃんは呆れ顔だ。
急にそんなこと言われたらびっくりして冷静に考えることが出来なかったんだよ~。
「純夏を待ってたんだよ」
…………え?
「……もう1回言って」
「二度と言わねーぞ。……純夏を待ってたんだよ」
「ほんと?」
「ああ」
「ほんとにほんと?」
「しつこいぞ」
…………えへへへ。まいったなー。どうしてかわからないけど、うれしいよ~。
「ゴメンね、タケルちゃん。おいてけぼりにして」
「いいよ。気にしてねーからさ」
時々タケルちゃんってやさしいよね~。いつもこうだといいんだけど。
「んじゃあ、行こうぜ」
「うんっ!」
わたしは幸せいっぱいに頷いたのだが。
タケルちゃんの歩いていく方向はウォータースライダーの方向とは違っていた。
あれれ?
「タケルちゃん、そっちは方向が違うよ?」
わたしにとっては当然の疑問だったが、タケルちゃんはこう言った。
「何言ってんだ。こっちにしか売店はねーだろ?」
は?売店??
「財布役のお前がいないことには買い食いもできないからなあ。ほんと待ちくたびれてハ
ラペコだぜ」
「財布役?」
「そう。財布役。なにしろ無理矢理連れてこられてきた身。当然、飲み食いはおまえ持ち
だろ」
さーて、何を食おうかな~なんて言いながらタケルちゃんは歩いていった。
「やっぱり、タケルちゃんはタケルちゃんだね……」
わたしは呆れたまま、しばらくそこに突っ立っていたのでした。



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コンコン
「………………」
コンコン、コンコン
「………………………………」
おかしいな~、気が付いてないのかな。……よし、これでどうだっ!
わたしは手近にあったソレを投げつけた。タケルちゃんの部屋の窓めがけて。
すると、ちょうどいいタイミングで窓が開いて、ソレはタケルちゃんにクリティカルヒッ
トした。
「……ててて。いってーな!何すんだよ!!ん?国語辞典??んバカか、てめえはっ!!
こんなもん投げたらガラスが割れちまうだろがっっ!!!」
タケルちゃんが怒りながらソレを投げ返してきた。
「あ、ははは~。ごめんなさい。気づいてないかと思って」
「気づいてないからってこんなの投げるかね、普通」
タケルちゃんは呆れていた。
「まーまー、それより今日は楽しかったね」
「ん?」
「マイルドクルー横幅だよ。今シーズン限りなんだもん。どうだった?」
「あー。あのたこやきは絶品だったなあ。思い出すだけでもよだれが出てくるぜ。それに
お好み焼きもだ。味はそれほどでもないが、あのボリュームで200円とは信じられんよ
なー。あの店あんな値段設定でやっていけるのかって心配しちまうぜ」
「いや、そっちじゃなくて」
「んん?あー、金魚すくいのほうか。俺の腕前をもってすりゃちょろいもんだった。店の
おやじ、泣いてたからな。かわいそうになって、獲った金魚全部返してやったもんな。ま、
持って帰っても育てられないということもあるが」
「……タケルちゃん」
「なんだ?」
「やっぱり、タケルちゃんはタケルちゃんだね……」
わたしはしみじみと今日2回目になるセリフを口にした。
「ところで、今日は何の日か知ってる?」
これ以上この話を続けてもしかたないので、話題を変えることにする。
「今日は7月7日だから……七夕だろ?」
「……そうだね。他には?」
「何だっけ?」
じとーーーーーーーーーー。
「冗談だよ。純夏の誕生日だ。おめでとう」
「ありがとう」
「…………」
「それだけ?」
「誰か他に誕生日のやつでもいたっけ?」
……そうだった。タケルちゃんはこういう人だった。ガクリ。
気を取り直して、と。
「今年も雨だったね~」
「毎年のことだからなあ。そういや天の川って見たことないよなあ。純夏は見たことある
か?」
「言われてみるとないかも。あ、ねえねえ、織姫と彦星ってわたしたちみたいだね」
「そうか?織姫と彦星は年に1回、七夕の日に天の川をはさんでしか逢えないんだぞ。俺
たちは違うだろ。毎日こうやって家と家のほんの少しの隙間をはさんで逢うことができる
んだからな」
「そうか。じゃ、毎日が七夕みたいなもんだね」
「それはどうかと思うが、まあそういうこった」
「ってことはー、毎日が7月7日。つまり毎日がわたしの誕生日。……タケルちゃん!」
「な、なんだよ」
「明日はプレゼントよろしくー」
「………バカ?」
むかっ。
「バカって言った方がバカなんだよっ!」
七夕=わたしの誕生日なんだから、この論理は完璧じゃない。
「じゃあ、お前は毎日年を取っていくわけだ?」
え?
「だってそうだろ~。誕生日に年を取らないヤツなんていないもんなあ」
……しまった。そこまで考えてなかったよ……。
「てことはあれだ。来月にはお前はおばさんで、再来月にはおばあちゃんか。……俺には
なぐさめの言葉もかけられねーよ」
よよよ、とタケルちゃんは大げさに泣き真似をした。
「うるさいなー、もういいよ。それじゃおやすみっ!」
「あ、ちょっと待てよ。プレゼント欲しくないのか」
プレゼント?
むかっとしていたわたしの気持ちはその言葉で元に戻った。
「何かくれるの?」
「ああ、目を瞑って手をこっちに出せ。……もっとこっちに寄れ。……よし、動くなよ」
わたしはタケルちゃんの言う通りにした。
わー、何をくれるんだろう。どきどきするよ~。
わたしは手のひらに神経を集中させていた。



ちゅっ



「わっ」
「そんじゃ渡したからな。おやすみー」
ガラガラー、ピシャ。シャッ。
窓を閉める音、カーテンをひく音が聞こえた。
わたしは一瞬何が起こったかわからなかったが、すぐに理解した。
思わず唇を手でなぞる。
確かに唇にはその感触が残っていた……。
-----------------------------------------------------------------------------



……なんてね。
わたしは日記を閉じながら呟いた。
ちょっとだけ脚色しちゃった、へへへ。
今日は貰えなかったけど、クリスマスには貰えるかな。
タケルちゃんは約束しても守ってくれないけど、でも……。
ちょっとぐらいは期待してもいいかな。
だって……。
これからも、わたしとタケルちゃんはずーーーーっと一緒なんだもんね!!



あとがき



PCゲーム「マブラヴ」のSSです。
ヒロインの鑑純夏の聖誕祭用です。
いろいろ調べて書いているうちに、純夏への想いが強くなっていることに気づく(笑)。
やっぱり純夏っていいですよね~。
それではまた次の作品で。



��003年7月7日 織姫と彦星の日



2003/06/26

「あの言葉」(君が望む永遠)



 聞きたいけど、聞いちゃいけないような気がする「あの言葉」。
 言って欲しいのに、言ってもらいたいのに、それをしてもらったらダメな気がする。



 今、私は診療所にいます。欅町から新幹線を使えば3時間ほどの距離にあります。
 空気はとってもきれいで、窓からの眺めも素敵です。ここで静かに生活していればある
いは……と思ってしまいそうです。



��『期待』しちゃいけないんだ。)



 小さい頃からだから、そんなふうに考えるのが当たり前になってしまっているのかもし
れません。
 ………………ダメですっ! このままじゃ気持ちが滅入っていってしまいます。『病は
気から』ともいいますし。元気良く、いつもの天川さんらしく行きましょう。
 そうだ! お庭を散歩してみましょう。天気もいいことですし。
 私は外出着に着替えてから部屋を出ました。階段をトントンと降りて玄関へ向かいます。
玄関の近くには受付があります。私は受付まで歩いて行って、うんと背伸びをして声をか
けました。
「すみませーん」
「はい? ……ああ、蛍ちゃん。どうしたの?」
 やっぱりすぐには気づいてもらえませんでした。いくら天川さんがちっちゃいといって
も、そんなに小さいわけではないと思うのに……ちょっとショックです。
「あの、ちょっとお庭を散歩してきます。いいですか?」
「ええ、かまいませんよ。気をつけていってらっしゃい」
 受付の女の方はにっこりと笑ってそう言いました。私は、はい、と元気良く返事をして、
お庭に出ました。
 陽射しが強いので、木陰を選びながらのんびりと歩きます。とってもいい気持ちです。
 ぐるっと回って一周が終わるころ、小さな犬小屋に気が付きました。わんこ、いるのか
な?
 そろそろと犬小屋に近寄って、中を覗きこんでみます。すると、いましたっ! ちっちゃ
なわんこです。
 お昼寝をしてるらしく、すーすーと寝息が聞こえます。なでなでしたいけど、そうした
ら起きちゃうかもしれません。残念でしたが、今日はあきらめてお部屋に戻りました。



 診療所に来てから1週間ほど経った頃、なんと! 鳴海さんが来てくれました。すごく
びっくりしました。
 でも、私は心のどこかで望んでいたのかもしれない。鳴海さんが来てくれることを。こ
んな姿を見られたくなかった。けれど、会いたいって気持ちも間違いなく私のもの。実際、
私は嬉しかったんだと思う。鳴海さんが来てくれた日はすごく調子がよかったから。
 それに、あんなにも幸せな気持ちになれたのだから。
 鳴海さんと交わしたキス。……鳴海さんの心が直接伝わってくるようだった。鳴海さん
は私のことを『好き』だと思ってくれている。……勘違いかもしれない。むしろ勘違いの
方がいいのかもしれない。
 鳴海さんに悲しい想いをしてほしくないから。
 あ、もしかして、私の気持ちも鳴海さんに伝わってないだろうか。決して形には出来な
い、言葉には出来ない、この想い。
 こんなことを考えてしまうのは、やっぱり元気が出てきている証拠なのかな。いつのま
にか鳴海さんのことばかり考えてしまっているのだから。



 でも、ごめんなさい、鳴海さん。私はあなたにお願いしてしまいました。
 決して叶うことはないお願い。
 でも、もしかして。
 そう思う事は、私にとって何よりも幸せな時間でした。
 鳴海さんに「あの言葉」を言ってもらって。
 私も鳴海さんに「あの言葉」を言って。
 それから始まる2人の未来。
 とても幸せな、夢。
 あなたを苦しめてしまうことになるってわかっているのに、私は……。



 私は小さい頃からこんな身体だから、いつそうなってしまうか、お医者さまにもわかり
ませんでした。
 自分が生まれて来た意味って、なんなんだろう?
 その意味を探すために、ううん、探したいから今まで生きてこられたのかもしれません。
 小児科の看護婦になりたいという夢。
 その夢が叶わなかったのは残念だけど。
 代わりに、こんなにも素敵なことを体験できました。
 いろんなことを体験したいと、思っていました。
 でも、『好き』だけは体験したくないと思っていました。
 そう思っていたのに。
 いつの間にか私は体験してしまっていたようです。
 よかった。
 体験できてよかった。
 怖いとか、いろいろな理由をつけて体験したくないと思っていたことが、実は1番素敵
なことでした。
 そして、その素敵なことを私に与えてくれたのは。
 鳴海さん。あなたです。
 今なら、私は自分が生まれて来た意味がわかります。
 ありがとうございます、鳴海さん。



 夜空を見上げると、たくさんの星たちが輝いていました。
 今頃、鳴海さんは何をしているんだろう?
 お風呂に入っているのかな?
 それとも、もう寝ちゃってるのかな?
 もしかして、私宛のお手紙を書いてくれているのかな。
 あなたのことを考えることが出来るのがとってもうれしいです。
 少し眠たくなってきました。
 鳴海さんのことを考えていると、幸せな夢が見られそうです。
 それでは、鳴海さん。
 またね、です。



あとがき





PCゲーム「君が望む永遠」のSSです。
ヒロインの天川蛍の聖誕祭用です。
今回はショート・ストーリーとも言えないような気がします。
決して〆切のせいではないので、何も言えません。
すべては僕の力量不足が原因です。
それではまた次の作品で。



��003年6月26日 天川さんの生まれた日



2003/05/11

「がんばりますっ!!」(君が望む永遠)



「いらっしゃいませ~」
 今日最初のお客様がいらっしゃったことを告げるベルの音が聞こえました。
 私はすかさずお客様の応対を致します。
「喫煙席と禁煙席、どちらになさいますか?」



 私は、玉野まゆ。この『すかいてんぷる』橘町店でアルバイトするようになって、そろ
そろ10ヶ月。
 少しは一人前に近づけたでしょうか。まだまだ熟練というレベルにはほど遠いですが、
一生懸命がんばっております。
「まゆまゆ~。オーダーできたから3番テーブルまでお願い」
「御意っ!」
 大空寺あゆ先輩がオーダーがあがったことを教えてくれました。
 今回のお皿は2枚。これなら大丈夫です!
 私は両手にお皿を持って、3番テーブルへと向かいます。
「お待たせしました~。……ご注文の品はお揃いですか?それではごゆっくりどうぞ!」
 私はお客様に深々と頭を下げて、フロントへと戻りました。
「おはようございます、玉野さん」
「あ、店長さん。おはようございます~」
 店長の崎山健三さんがいらっしゃいました。私たちの間では”健さん”と呼ばれていま
す。
「今日はゴールデンウィークが終わってから最初の日曜日です。また忙しい日になると思
いますが、がんばってくださいね」
「はいっ!がんばりますっ!」
 そうです。休日の『すかいてんぷる』は、いつも人がたくさんいらっしゃいます。特に
ランチタイムなどはまさに戦場といっても過言ではないほど。モノノフの私としましては、
負けるわけにはまいりません。毎日が戦いの日々なのですっ!



「あ~~。やっと落ち着いてきたわねえ」
「そう、ですねえ~~」
 先輩が話し掛けてきました。壁にかけてある時計を見上げると、14時を少し過ぎたこ
ろ。ランチタイムも終わり、私たちもようやくひと息つける余裕が出てきました。
「この忙しい日に、あの糞虫はなんで休みを取ってやがるのかしらね?あんな給料泥棒が
休みなんて100万年早いのよ!」
「なんでも~、彼女さんとデート、らしいですよ?」
 先輩のおっしゃってる糞虫とは、鳴海孝之さんのことです。先輩と孝之さんは、私が『す
かいてんぷる』で働き始めた頃からずーっとお世話になっている方々です。早く先輩たち
のお手をわずらわせないように一人前になりたいものです。
「あんですと~!糞虫の分際で生意気ね。あんなやつは人の3倍働いてちょうどいいぐら
いなのよ」
「では、今度から鳴海君には赤いエプロンをつけて働いてもらうことにしましょうか」
 健さんがいつのまにかそばにいらっしゃってました。
「店長、あの男はそろそろクビにしたほうがこの店のためだと思うわ」
「ははは、まあいいではありませんか。鳴海君だってたまには休みも必要でしょう。彼は
ここのところ毎日シフトに入ってましたからねえ」
「あんなのは死ぬまでこき使ってやってもいいのよ」
「そうですね。あ、ランチタイムも終わって少し余裕も出てきたことでしょう。交代で休
憩を取ってもらってかまいませんよ。私は事務処理がありますので奥にいますので、何か
ありましたら声をかけてください」
 健さんはそう言って、店の奥に入っていかれました。
「どうする、まゆまゆ?」
「先輩がお先にどうぞ~。後は私ひとりでも大丈夫ですから」
「そうね。まゆまゆもだいぶ使えるようになってきたからね。それじゃ後はよろしく~」
「はいっ! おまかせくだされ~」



 えへへ、先輩にちょっと褒められちゃいました。うれしいです~。がんばっている成果、
でているのかもしれませんね~。



ポロンポロン



「いらっしゃいませ~。喫煙席と禁煙席……って孝之さんっ?」
「や、玉野さん。バイトご苦労様」
 お客様は孝之さんでした。どうして孝之さんがいらっしゃったのでしょう。今日はお休
みのはずでは……。
「今日はお客として来たんだ。ほら」
 そう言って孝之さんが指差したのは、彼女さんでした。
「お食事……ですよね?」
「うん。ランチタイムは混んでると思ったから、わざと時間ずらして来たんだ」
「それではこちらへどうぞ~」
 私は孝之さんと彼女さんをテーブルへと案内しました。
「ご注文はお決まりですか?」
「うん。『すかてんS』をふたつ。……それでいいだろ?」
「『すかてんS』ってなんなの?」
「『すかいてんぷるすぺしゃる』のことだよ。前に食べてみたいって言ってたろ?」
「うん。じゃあ、それ」
 彼女さんが頷かれました。……素敵な彼女さんです。
「では『すかいてんぷるすぺしゃる』をおふたつですね。しばらくお待ちください~」
「うん、よろしく。……ところで玉野さん。今日、大空寺のやつは?」
「先輩はご休憩中です。ご用でしたらお呼びいたしましょうか?」
「いやいや! 呼ばなくていいよ。呼ばれるとやかましくてたまらないからね~」
「わかりました♪」
 先輩と孝之さんはいっつもこんな感じです。



「はい、玉野さん。『すかてんS』ふたつあがったよー」
「わかりました~」
 コックさんが出来上がりを教えてくれました。
 『すかいてんぷるすぺしゃる』は今、『すかいてんぷる』で一番人気のあるメニューで
す。ボリュームのあるメニューですが、値段もお手ごろなので若い方を中心に大人気です。
 普通、そんなメニューだと店の売上げにも響くらしいのですが、先輩がおっしゃるには
大丈夫だそうです。なんでも材料に秘密があるそうなのですが。
 私は『すかてんS』を両手にふたつ持って、孝之さんたちのテーブルへと向かいます。『す
かてんS』はボリュームたっぷりなためお皿も大きいですが、がんばって運びます。玉野ま
ゆ、ここで負けるわけにはまいりません!
「おまたせしました。『すかいてんぷるすぺしゃる』です」
「ありがとう~って、玉野さんふたついっぺんに持ってきたの?」
「はい、そうですけど」
「すごいね~。前ふたつ持とうとしたらフラフラしてたのに」
「あ、あのときのことは忘れてください~」
『すかてんS』がメニューに出来たころ、私はお皿をふたつ持ってみたら、見事にバランス
をくずしてころんでしまったことがあります。あの時は散々でした……。
「いや、すごいよ。玉野さんも成長してるんだね~」
「ありがとうございます♪それではごゆっくりどうぞ~」
「あ、ちょっと待って。お持ち帰り、注文してもいいかな?」
「はい。かまいませんよ」
 メニューを孝之さんに差し出します。
「ありがと。ええと……じゃあこれ」
「はい、わかりました。それでは会計の時にお渡ししますね」
「うん。よろしくね」
 私はコックさんにオーダーを伝えました。
「すみません~。『お持ち帰りS』お願いしまーす」



 孝之さんたちが会計のために席を立ったので、私はレジへと向かいました。
「……はい、2500円ちょうどですね。ありがとうございます。では、こちらが『お持
ち帰りS』になります」
 私は孝之さんに『お持ち帰りS』をお渡ししました。
「ありがと。じゃあ、はい」
 孝之さんは私に『お持ち帰りS』を渡しました。???
「玉野さん、今日誕生日だよね。おめでとう。それ、俺からのプレゼント。おやつにでも
食べて」
「孝之さん……ご存知だったんですか」
「うん。っていうのはちょっとウソ。実は今日思い出したんだ。それでプレゼント用意す
る時間がなくて、ごめんね。こんなもので」
 孝之さんはそうおっしゃいましたが、私は……私は……うれしいですぅ!
 孝之さんにプレゼント戴けて、今日は本当に良い日です!
「ありがとうございます。私は果報者ですぅ……」
「あはは。大げさだなあ、玉野さんは。それじゃ、俺たちは行くね。バイト、がんばって
ね」
「はいっ!!玉野まゆ、がんばりますっっ!!!」



あとがき





PCゲーム「君が望む永遠」のSSです。
ヒロインの玉野まゆの聖誕祭用です。今回もなんとか間に合いました。
またまた短めですがね(汗)。
実働数時間ですが、数時間かかってこれだけというのもなんだかなーという感じです。
それではまた次の作品で。



��003年5月11日 PS2版「君のぞ」を早くプレイしようと心に誓った日(笑)



2003/05/04

「ラクロスへの思い」(マブラヴ)



「いよいよ、明日なんだ……」
 夜空に瞬いている星空を見上げながら、私は呟いた。
 11月ともなれば、夜は結構冷え込む。窓を開けたままの室内はかなり寒い。
 だけど、その冷たさが今の私には心地よかった。
 ともすれば揺らぎがちな私の気持ちを、キリッと引き締めてくれるから。



 明日は球技大会。今まで3年間過ごしてきた白陵柊の最後のイベントと言ってもいい。
 それだけに、クラスのみんなもいつも以上に張り切っているような気がする。
 なんだかんだいっても、白陵柊で過ごすのはあとわずかだと、みんなが感じているから
だろうか。
 御剣さんが転校してきてから、ううん、剛田君が転校してきてからかな。騒々しい学園
生活になってしまっているから、受験とか別れとかのしんみりしたことは考える暇もない
くらいめまぐるしく毎日が過ぎていっている。
 やることがいっぱいで大変だけど、みんなと何かをやり遂げることができたら……と思っ
ている。
 勝ち負けが全てじゃない。もちろん、勝てればうれしいんだけど、そこに至るまでの過
程も大事だと思えるから。……思えてきたから。



 はじめは勝ちたい、という気持ちでいっぱいだった。負ければ、きっとラクロス部は廃
部、もしくは同好会だろうか。どっちにしても、あまりうれしくない未来が待っているに
違いないから。
 球技大会の種目にラクロスが選ばれたのは、知っている人も少なく、人気もないから。
 そんな人気のないラクロス部に入る物好きは決して多くない。自分で言っててくやしい
けど。
 だからラクロス部を球技大会の種目にしてみんなの興味を引こうというのが、学園側の
表向きの理由。もうひとつは、みんな知らない種目なら条件は平等、ということだ。
 これでもし来年ラクロス部に新入部員が入らなかったら、部員の人数は試合をするため
の最少人数にも満たなくなってしまう。そうなればラクロス部は……。
 でも、私たちが勝てば、ラクロスの素晴らしさをみんなに見せることができたなら、興
味を持った人がラクロス部に入ってくれるかもしれない。
 ラクロスは、格闘技の激しさとスポーツの華やかさを兼ね備えた、カナダの国技にもなっ
ている由緒正しいスポーツ。みんながその良さを知ってくれれば……。



 しかし、クラスで球技大会の選手を決めるときも苦労したなあ。球技大会用に少ない人
数の6人制でも、すぐには集まらなかったから。珠瀬さん、鑑さん、御剣さん、柏木さん
と私以外の4人はすぐ決まったんだけど、あとひとりが苦労した。もしかして人数集まら
なくて不戦敗になるんじゃないか、と思ったこともあった。でもそれもうまく解決した。
あの白銀君がどうやったのかわからないけど、彩峰さんを出場させるように説得してくれ
たから。彩峰さん、か……。



 トゥルルルルル。
 あ、電話だ。
 私は開けっぱなしの窓を閉めてから、電話を取りに部屋を出た。
「はい。榊ですけど」
「あ、千鶴? 私、茜ー」
「茜? どうしたの、こんな時間に」
 そう言ってから時計を確認してみると、11時だった。そろそろお風呂に入って寝ない
とまずいかな。
「うん。えーと、特に用があるわけじゃないんだけど、どうしてるかなーと思って」
 茜の声はどこか空々しい。
「なあに? 私の様子でも探ろうってことで電話してきたの?」
「ち、違うよ~? 私はただ、千鶴の声が聴きたいなーと思っただけなんだから。ただそ
れだけだよ」
「それにしては動揺してるみたいだけど?」
「し、してないよ? 私はいつも通りの私なんだから!」
「そろそろ白状しなさいよ。3、2、1、はい」
「あ、私の真似」
「そうよ、茜の真似。……ふふっ」
「あはは、やれやれお堅い委員長にそこまでされちゃかなわないね」
「委員長って言うな!」
「あはははは~。ちょっとしかえし。実はね、半分は千鶴の様子見なんだ。といっても香
月先生からの指令なんだけど。これでもD組の生徒ですからねー。先生への義理は果たし
ておかなきゃ」
 やっぱりね。そんなことだろうと思った。茜は態度に出やすいのよね。電話越しでもわ
かっちゃうぐらいに隠すのが下手なんだから。
「でも後の半分はホントに千鶴の声が聴きたかったんだ。本当だよ?」
「うん、わかってる。ありがとう」
「べ、別にお礼言われることじゃないけどね、ま、いいか。それで、どう? 調子は」
「うん、まあまあかな。練習はじめたころはどうなるか不安だったけど、今日までの短い
間でみんな一生懸命がんばってくれたから」
「いろいろ大変だったって聞いたよ~。ゴールがまっぷたつになってたって話も聞いたし」
「あ、あれはその……誰にだって間違いはあるわよ!」
「え? 本当だったの! てっきり噂話だからウソかと思ってたんだけど」
 しまった! 黙ってればわからなかったのに。そうよ、誰もゴールがまっぷたつになる
なんて信じるわけないじゃない。御剣さんだからこそ出来たんだし、御剣さんだからこそ
次の日には新しいゴールが納入されてたんだから。
「……本当に大変だったんだね」
「しみじみ言わないでよ、お願い」
 あまり思い出したくないんだから。
「それに、メンバー集めも苦労したんでしょ? 彩峰さんってあの彩峰さんでしょ。千鶴
がいっつも『ムカつくムカつく』って言ってる」
「……そうよ」
「香月先生がちょっとあせってたから気になってね。先生があんなふうになってるの、は
じめて見たかもしんない。で? 彩峰さんはどうなの?」
「どうってなにが?」
「そりゃもちろん、ラクロスのことに決まってるでしょ。すんごい秘密兵器とか」
「そうねえ、ノーコメント、にしておくわ」
「あーずるい」
「何がずるいのよ。いい? 私たちは敵同士なのよ。簡単に味方の情報を教えることはで
きないわ」
「それもそっか。でも……ふふっ」
「何がおかしいの?」
「だって、嫌ってる人じゃなかったの、彩峰さんは」
「そうよ、私は彼女のことが気に入らないわ。協調性のかけらもないし、何考えてるのか
わからないし。彼女だって私のこと嫌ってると思う。でも、ラクロスやってくれるって言っ
てくれた。どういう経緯でそう思ったのかはわからないけど」
「…………」
「今でも彩峰さんのことは全部が許せるわけじゃないけど、でも……」
「でも?」
「ラクロスやるって言ってくれた言葉は……信じられるから」
「……そっか。……ごめん、変なこと言っちゃって」
「ううん、いいよ、気にしてない」
「じゃあ、白銀君に感謝しなくちゃね!」
「!? な、なんで白銀君が出てくるのよっ!」
「え? だって先生が言ってたよ。『白銀め、余計なことを……』って。白銀君がからん
でることはすぐにわかるよ。監督らしきこともしてるみたいだし」
「あ……」
「いよいよ、千鶴にも頼れる人が出来たって事かなあ。あはは~」
「な、ちょっ、茜?」
「うふふ、それじゃ、そろそろ切るね。これ以上話してると寝不足になっちゃうから」
「あ……うん」
「千鶴、明日は負けないからね!」
「それはこっちのセリフよ」
「うん、じゃあおやすみ~」
「おやすみなさい、茜」
 ガチャ。
 受話器を置いた私は時計を見た。11時30分。あ、いつの間にかこんな時間なんだ。
早くお風呂に入らなきゃ。



 お風呂から上がった私は、すぐに寝る準備をした。電気を消して布団に入る前に、もう
1度だけ部屋の窓を開けた。
 胸一杯に夜の冷たい空気を吸い込む。
 体全体が澄み切っていくような感じがした。
 モヤモヤした気持ちも晴れていくような気がした。
 珠瀬さん、鑑さん、御剣さん、柏木さん、そして……彩峰さん。
 今日までみんな、ありがとう。
 明日は、精一杯がんばろうね。
 クラスのみんなのために。
 そして。
 ラクロス部の未来のために。
 空を見上げると、夜空にはたくさんの星がまぶしく瞬いていた。



あとがき



PCゲーム「マブラヴ」のSSです。
ヒロインの榊千鶴の聖誕祭用です。今回は間に合いました(というかフライング(笑))。
いつもよりもかなり短めですがね(汗)。
ま、SSというものはサイド・ストーリーともショートストーリーとも取れるので、
オッケーですよね?
それではまた次の作品で。



��003年5月4日 千鶴の誕生日イブ(笑)



2003/04/22

「Happy Birthday!!」(君が望む永遠)



「いよいよ、明日なんだ……」
 明日は3月22日。私の誕生日。迎えるのは実に3年ぶりだったりする。
 3年前の8月27日。私は事故にあった。怪我自体は、それほどひどいものではなかっ
たらしい。
 だけど、私の意識は戻らなかった。3日経っても、1週間経っても、1年経っても・・・・・・。
 あの事故から3年経ったと気づいたときのことは、ほとんど覚えていない。
 ただ目の前が真っ白になったことだけ覚えている。白く白く、何も見えない、聞こえな
い世界に。
 その次に目覚めたときから、私の時間は流れ始めた。まるで、3年間の時間を取り戻す
みたいにすごいスピードで。
 私は大切な人を失っていた。はっきりとそう告げられたわけじゃなかったけど、みんな
の態度とかいろいろなもので気づいた。
 私はこのときに、心の底から「3年経った」ということを実感した。
 それから、いろいろあった。
 病院を退院するときに、香月先生から贈られた言葉を使えば、
「人生って、面白いでしょう」
 という言葉が最も的確な表現だと思う。
 私は大切な人を再び得た代わりに、最も大切な親友を失ったのだから。
 コンコン
 ドアをノックする音だ。
「姉さん、電話だよ。お兄ちゃ……じゃなくて、鳴海さんからー」
「うん。今いくー」
 妹の茜が孝之君から電話があったことを伝えてくれたので、私は部屋を出た。
「もしもし? 遙です。……」



 やわらかな朝の日差しが、目覚し時計の代わりに私を起こしてくれた。
 ん~っと伸びをしてから体を起こす。
 お天気でよかった。今日はいい日になるといいな。
 朝ご飯を食べた後、家を出た。正確には茜に追い出されたの。
「姉さん、いい? お昼までは絶対帰ってきちゃダメだからね。それまでどこかで時間つ
ぶしててね。絶対ぜ~ったい帰ってこないでよ!わかったら早く出る!3、2、1、はい!!」
「わわわっ、ちょっと茜~」
 茜に背中をぐいぐいと押されて、家の外へ出てしまった。いったい何をしようとしてる
んだろう。聞いても絶対教えてくれないんだよね、こういうときは。
 私はせっかくだからのんびり散歩することにした。たまにはいいよね。こんなにいいお
天気だもん。
 商店街のほうへ行ってみようかな。なんとなくそちらのほうへと行ってみることにした。
 いつもはあまりウインドーショッピングしないから、たまにすると新鮮な気がした。
 にこにこしながら歩いてるよね、絶対。なんとなくうれしくなってくるんだよね~。
 ふと気づくと、目の前には本屋さんがあった。私にとってはとても思い出深い本屋さん
だ。
 入ってみることにする。絵本コーナーへと向かう私。ちょっとドキドキしている。
 絵本コーナーの棚を上から下まで順番に見ていく。絵本に限らず、本って読んでみなけ
れば、その良さはわからないと思う。でも、ごくまれに運命の出会いのように、巡りあう
べくして出会う本っていうものもあると思う。
 私にとっては『マヤウルのおくりもの』がそうだった。あの本のおかげで孝之君と仲良
くなれたって思うから。
「あれ? 茜? こんなところで何やってるの?」
「え?」
 突然話し掛けられて振り向いてみると、知らない女の子がいた。
 メガネをかけていて、責任感いっぱいな感じの……例えるなら委員長やってそうな女の
子だ。
「あ、す、すみません!人違いでした」
「あ、気にしなくていいですよ。それより茜って……」
「あ……私の、友だちなんです。さっきあなたを見かけたときにその子だと思って…それ
で声をかけたんです。今はもう留学してるころだと思ってたから」
 ……間違いない。この子は私と妹の茜を間違えたんだ。でも、どうしてだろう?
「ひとつ聞いてもいいですか? 私とその友だちをどうして間違えたんですか? 見た目
は似てないと思うんですけど」
「……そうですね。確かに見た目は似てません。先ほどはちらっと見ただけだったから、
勘違いかなとも思ったんですけど。だけど、やっぱり似てます。どことなく雰囲気が似て
るんです。うまく言えないんですけど」
 彼女の答えが嬉しかった。私と茜は性格も違うし、趣味も違うから姉妹らしいところが
あまりないなあと思ってたんだけど、やっぱりどこか似てるところってあるんだなあ。
「あの、どうかしましたか? 私何かおかしなこと言いましたか?」
 あ、やだ。知らないうちに顔がほころんじゃってたみたい。ヘンな人だって思われちゃっ
たかなあ。
「いえいえ、そんなことないです。ごめんなさい、変なこと聞いちゃって」
「?? そうですか。それでは私はこれで失礼します」
 彼女はそう言ってお店から出て行った。
 意外なところで茜の知り合いと逢っちゃった。あとで聞いてみようかな。



 本屋さんを出た私は学園に行ってみることにした。私の母校、白陵柊に。
 坂道を登って行く。結構……辛い。通ってるときはこんなに疲れなかったと思うんだけ
どな。
 やっぱり、3年のブランクは大きいのかなあ。……3年、かあ。こうして見ると、周り
の景色とかはあまり変わってないと思うんだけど、やっぱり変わってるんだよね、いろい
ろなものが。
 よいしょ、よいしょ。
 ふ~到着。やっと門まで辿り着いたよ。なんだかついこないだのことだけど、懐かしい
感じもする。
 変な感じだね。
 グランドには野球部の人やラクロス部の人たちが練習していた。あれ? 白陵にラクロ
ス部ってあったかな。
 私はプールに行ってみることにした。私の記憶にあるプールじゃない、あの立派な室内
プールに。茜が言ってたんだよね~。
「すんごいおっきな室内プールなんだよ~。姉さんびっくりして腰抜かしちゃうかも」
 って。ひどいこと言うよね、全くもう。
 プールに着いた。
 …………。
「すご~い……」
 さすがに腰抜かしちゃうことはなかったけど、まさかこんなに大きいなんて思わなかっ
たよ。茜は毎日ここで練習してたんだね。いい環境だといい練習になるよね。
 ……この室内プールが出来たのは、水月のおかげ、なんだよね。そう思うと、本当に水
月ってすごかったんだなあと思う。
 室内プールを出て、時計を確認する。そろそろお昼になる時間。帰ろうかどうしようか
迷ったけど、あの場所に行ってからにしようと思った。あの丘に。



 一歩一歩踏みしめて歩いていく。私にとっては忘れられない場所。全てはあの丘から始
まったんだから。
 丘の頂上に近づいていく。すると、誰かの人影が見えた。
 あれ、誰かいるのかな。後ろ姿だから誰かはわからない。こんなところで何やってるん
だろう。
 そろそろと近くまで行ってみると、その人は急に振り向いた。わわっ。
「タケルちゃん?」
「え?」
「あ、あれ?」
 もしかして、私また誰かと間違われちゃったのかな?今日は不思議な日だなあ。
「あ、すみません。人違いでした~。私そそっかしくて、よく間違えちゃうんですよ。ホ
ント、ごめんなさい」
「私こそごめんなさい。別に驚かそうとしたわけじゃないんです。まさか、ここに誰かい
るとは思わなかったから」
 誰かがいてもおかしいことじゃないのに、どうして私はそう思っていたんだろう。
 それは、この丘が私にとっては特別な場所だからなのかもしれない。
 孝之君との想い出の場所だから。
「もしかして、あなたも待ち合わせなんですか?ここで」
 その子(もしかして、白陵の生徒かな?)が話し掛けてきた。
「え? …違いますけど。どうしてですか?」
「だって、普通はこんなところまで来る人なんていません。白陵の生徒だってあんまり来
ないんですから」
 そう。私が白陵に通ってた頃もそうだった。あまり人の来ない穴場。だから孝之君のお
気に入りだったんだよね。
「あなたは待ち合わせなんですね?」
「!? な、なんでわかったんですか?」
 この子、自分で言ってたのに気づいてないのかな。あなた”も”って言ってるのに。
「彼氏なんですか、タケルさんって」
「はわわー!どうしてタケルちゃんの名前まで知ってるんですかー!」
 うふふ、かわいい。好きだなあ、こういう子。
 見たところ私より年下みたいだけど、こういう子が妹だと毎日騒がしくて、でも楽しい
んだろうなあ。
 茜も白陵に入る前は元気いっぱいって感じだったけど、今は年相応に落ち着いてきたみ
たいだから。
 そう思うと、3年ってやっぱり長い。私にとってはあっという間だったけど、みんなに
とっては3年分の時間があって、茜も孝之君も平君も、……水月も、見た目だけじゃなく
変わったと思う。……いろいろ、変わったよ、ね。
「あの、どうしたんですか?」
「はい?」
「いえ、何か考え込んでるみたいですから」
 ああ、またやっちゃった。
 最近はあまりなくなってきたけど、退院したあとはしばらく、いろんなことを考えるよ
うになってたから。ふとしたことから、考えちゃうんだよ。答えは出ないかもしれないこ
とを。
「ちょっと、昔のことを思い出したんですよ。ここは、この丘は私にとって、とっても大
切な思い出の場所ですから」
「そうなんですか。……私も、ここ、思い出の場所なんです。いろいろあったけど、最後
の場所はここでした」
「…………」
 どうしてかわからないけど、その風景が目に見えるような気がする。実際に見たはずが
ないのに、見たことあるような感覚。もしかして、デジャヴってやつかな。
 彼女はいろいろな表情をしている。思い出してるのかな。楽しかったこと、辛かったこ
と、悲しかったこと、うれしかったこと、めまぐるしく変わる顔を見ていたら、なんとな
く答えがわかったような気がした。だって彼女は最後に世界一しあわせそうな顔をしたか
ら。



「♪~~~♪」
 軽快なメロディが私のポケットから聞こえてきた。携帯電話の着信音だ。
「あ、すみません」
 私は彼女に一言断ってから電話に出た。
「もしもし?」
「あ、姉さん? 私、茜。もう帰ってきてもいいよー。てゆうか、早く帰ってきて! い
い? じゃね~」
 プツッ……ツーツーツー。
 …………。
 茜ったら言いたいことだけ言って切っちゃった。しかたないなあ、もう。帰ってあげよ
うかな。
「あの、私そろそろ失礼します。ちょっと用事が出来たので。どうもおじゃましました」
「あ、そうですか。私こそ、じゃましちゃったみたいで……、ご迷惑でしたよね?」
「そんなことないです。ちょっとしかお話できなかったけど、楽しい時間を過ごせました」
 私はぺこりと頭を下げて、上ってきた道を降りて行った。途中で振り返ると、彼女もこっ
ちを見ていて、手を振ってくれた。うれしくて、私も彼女に手を振り返した。



 ふ~、やっとうちまで帰ってこられたよ。白陵に通ってた頃よりも時間がかかっちゃっ
た。景色がなつかしくて、いろいろ見ていたせいかなあ。
 ちょっと喉が渇いたから、お茶でも飲みたいな。
 そんなことを考えながら、私はドアを開けた。その瞬間!
 パンパンパン!!!
「きゃっ?」
 よろよろ~、ドスン!
「あいたたた……」
 突然の大きな音に、私はびっくり。いたた、おしり打っちゃったよ~。
「あはははは! ね、姉さん大丈夫~?」
 茜が大笑いしてる。手に持ってるのは……クラッカー。さっきの音の原因はこれだ。
「あ、茜~。ひどいじゃない、も~」
「ご、ごめーん。姉さんを驚かそうとは思ったんだけど、まさか転んじゃうとは思わなかっ
たから、つい、あはは」
「もう、笑い事じゃないよ~。そのせいでお尻、打っちゃったんだからね」
 せっかく早く帰ってきてって言うから帰ってきたのに、もしかしてこのために早く帰ら
せたの?
「そうだよ、茜ちゃん。あんまり笑っちゃ涼宮がかわいそうだよ」
 そう言って茜をたしなめる声は、平君だった。
「涼宮、久しぶり。おじゃましてます」
「あ、うん。いらっしゃい……」
 あれ、どうして平君がいるのかな。ぼんやりしながらそんなことを考えていた私の手を
取って立たせてくれたのは、孝之君だった。あれれ??
「大丈夫か、遙?俺はやめろって言ったのに、茜ちゃんがどうしても聞かなくてさ~」
「あ、ひどーい鳴海さん。言い出しっぺのくせに私だけ悪者にしようとするんですか」
「いや、確かに言い出したのは俺だけど、クラッカー使うって言い出したのは誰だったっ
け?」
「う、それは……」
「ふふ~ん♪というわけでだ、遙、悪いのは茜ちゃんなんだよ」
「…………」
「あれ? 遙?」
「言い出しっぺは、孝之君だったんだ……」
「う」
「2人して、私を驚かそうとしたんだ……」
「ううっ」
 茜も孝之君もひどいよ。
「ま、まあまあ涼宮。2人とも悪気があったわけじゃないしさ。そのへんで勘弁してやっ
てよ」
「ごめんな、遙」
「お姉ちゃん、ごめん」
 2人とも反省してるようだし、平君に免じて許してあげようかな。
「もういいよ、ふたりとも顔上げて」
 いつまでも怒っててもしょうがないし、ふたりともわかってくれたと思うからもういい
よ。
「じゃあ、遙の機嫌も直ったところで、茜ちゃんアレの準備だ!」
「了解! お兄ちゃん」
 茜があわただしく部屋から出ていった。なんなんだろう?
「あ、遙はそのソファーに座っててね」
「あ、はい」
 孝之君が私の手を引いて座らせてくれた。え、いったい何が起ころうとしてるの?
「遙、心配することないからちょっとだけ待っててくれないかな」
「…うん、わかった」
 待つこと1、2分。ドアをノックする音が聞こえた。茜だ。
「準備できたよ、お兄ちゃん」
「オッケー!……遙、ちょっとだけ目をつぶっててくれないか」
 そう言って、孝之君は私に目隠しをした。なんだろなんだろ。私、ドキドキしてる。
「慎二!」
「おう!!」
 ガチャっとドアの開く音が聞こえた。茜が入ってきたってのはなんとなくわかるけど…。
 ガサガサと何かやってる物音が聞こえる。2、30秒でその音もなくなった。
「準備完了!」
 茜の声と共に、孝之君が目隠しを外してくれた。
 私の目に映ったのは、なんと! 50センチぐらいの高さのケーキだった。うわあ……。
 そっかあ、この準備のために茜は私を追い出したんだ。孝之君や平君がいるのもそうい
うことなんだ。
「ハッピバースデー♪ハッピバースデー♪うふふっ、おっきなケーキでしょう。今ローソ
ク立てるからね~」
 茜がうれしそうに口ずさみながらローソクを1本1本立てていく。数えてみようかな。
「1、2、3、4……あれれ?3本多いよ?」
「……お姉ちゃん、いくつになったと思ってるの?もう」
 茜が苦笑しながらローソクに火をつけていく。
 そうか、3年分多いんだ。
「だって、しかたないじゃない。頭では理解してるんだけど……」
「だから今までの分も含めて、今日は遙の誕生日を祝うんだ。ケーキの大きさもハンパじゃ
ないだろう?」
「うん、おっきくてとってもおいしそう」
「こんなデカイケーキは届けてくれないから、俺と孝之でケーキ屋から運んできたんだよ」
「そうなんだ。ありがとう、平君。孝之君もありがとう」
「いやいや、遙のためならお安いご用さ。お、ローソクに火、つけ終わったみたいだ。そ
れでは、涼宮遙さん、どうぞ!!」
 すう~っ、ふうう~っ。よしっ、全部消せたよ~。
「おめでとう、遙」
「おめでとう、姉さん」
「涼宮おめでとう!」
 みんなが拍手してくれた。えへへ、うれしいな。
「みんなありがとう。今年の誕生日はね、すごくしあわせ。うふふ。だって、みんなに祝っ
てもらえたから」
 みんな。みんな、か。みんなって言ったけど、ひとりだけ足りない。私にとってとても大
切なあの……。
 プルルルルル。
 そのとき、私の携帯電話から着信を示す音が流れてきた。いつもと音が違うのは電話番号
を登録していない人だからだ。いったい、誰だろう。
「涼宮、出てみなよ。きっと出るまで鳴り止まないと思うよ」
「? うん、わかった」
 平君がそう言うから、出てみることにした。もしかして…。
「も、もしもし?」
「…………」
「あの、もしかして……水月?」
「……うん。久しぶりだね、遙」
「……うん。久しぶり、だね」
 水月からの電話だ。私が退院した日以来、会っていなかった水月からの電話。いろんな話
したい事があったはずなのに、いざこうして機会が与えられると、何を話していいか、何を
話そうか、全然思いつかない。おかしいな。
「まず先にお祝いを言っておくね。遙、誕生日おめでとう」
「ありがとう。水月、覚えててくれたんだ」
「当たり前でしょ、遙の誕生日なんだから。……親友の誕生日は忘れないよ」
「!!」
「ど、どうしたのよ、遙?」
「私のこと、親友って思ってくれてるんだ……」
「……何度も言わせないでよ、当たり前でしょ」
「……うん」
「ほんとはね、会いに行けたらよかったんだけど、まだダメだと思うから。もうしばらくは
距離を置いて、ゆっくり考えたいの」
「うん」
「さらに白状しちゃうとね、電話も……ためらってたんだ。さっきも番号を押す手が震えて
た。でもね、そんな私の背中をちょっとだけ押してくれた人がいたんだ。だから、勇気が出
たよ」
「うん」
「……遙、さっきから『うん』ばかり言ってるよ」
「うん」
「ふふ、遙らしいね」
 電話越しの水月の声はやさしく笑っていた。水月はやっぱり、水月だ。
「それじゃあ、そろそろ……電話、切るね。みんなに、よろしくって言っといて」
「そう……わかった。うん、伝えとく」
「それじゃ、ばいばい。……じゃなくて、またね、遙」
「うん、またね、水月」
 プツッ、ツーツーツー……
「孝之君、平君、茜、あのね水月ね、元気そうだった。みんなによろしくって」
 私はみんなにそれだけ伝えるのが精一杯だった。
 だって、今までこらえていた涙があふれてきたから。
 水月、ありがとう。私はここで元気にやってるよ。
 たとえどんなに距離が離れたって、私たちの想いは変わらないよね。
 だって、私たちは親友なんだから。
「今日は、みんなにお祝いして貰えた記念日…だねっ!」



あとがき





PCゲーム「君が望む永遠」のSSです。
ヒロインの涼宮遙の聖誕祭用に書いていたんですけど、いろいろあって1ヶ月も
伸びてしまいました。
セリフの一部はどこかで聴いたことがあるかもしれませんが、気のせい、ということで。
あと、このSSのイメージソングは栗林みな実さんの「HAPPY BIRTHDAY」です。
僕が勝手にイメージしているだけですが(笑)
それではまた次の作品で。



��003年4月22日 遙の誕生日からひと月後



2003/03/14

「D.C.Valentine Memory」(D.C.~ダ・カーポ~)



 ジリリリリリリ・・・・・。
 目覚し時計の音が部屋に響き渡る。
 やかましい。
 目覚ましを止めなければならないのがかったるくてしかたない。が、止めないともっと
かったるいことになりそうだ。
 俺はベッドの中から手を伸ばして、鳴り続けている目覚ましを止めた。
 ポチ。
 部屋は先ほどのうるささが嘘のように、静けさを取り戻した。
 音夢がいれば、目覚ましを使う必要はないのだが、あいつは看護師になりたいと言って、
看護学校に進学し、看護学校の寮に入ってしまった。去年の春のことだから、そろそろ1
年が経とうとしている。
「かったりぃ・・・」
 俺はそう呟いて、制服に着替えるためにベッドから出た。



 トーストとコーヒーの味気ない朝食を済ませ、家を出る。
 2月の朝はまだまだ寒い。
 なんで俺はこんなに寒い中、学園に向かっているのだろう。たまには休んでもバチは当
たらないのではないか? 毎日毎日、週に5日も学園に通っているのだから、たまに休ん
だりしても問題はないだろう。
 そう思った俺は回れ右をして、閉めたばかりの家の鍵を取り出そうとした。
「朝倉せんぱーい!」
 誰かが俺を呼ぶ声が聞こえた。声を聞いただけで誰だかわかった。というか、朝からこ
んなに元気なヤツは俺の知り合いの中ではひとりしかいない。そいつはたたたっと走って
きて、俺の前で急ブレーキをかけて止まった。
「おはようございます。朝倉先輩。今日は早起きなんですね!」
「・・・お、美春か。いや、俺らしくもないので今日は家でのんびりしていることにする
よ。それじゃ」
 俺は美春にそう言うと、家に入ろうとドアに手をかけた。
「ダメですよ! 朝倉先輩! 朝倉先輩の面倒を見るように、音夢先輩から申し付けられ
ているんですから。この美春の目が黒いうちはおサボリは許しませんからね!」
 この状態の美春には何を言ってもダメだろう。それに、こう見えても美春は風紀委員。
すでに危険人物として風見学園のブラックリストに載っている身としては、今後の学園生
活のためにも目立つ行動は控えねばならない。そうなのだが、やはり
「かったりぃ」
 と、思わず呟かずにはいられなかった。
 しかたなく、俺は学園に向けて歩き出すことにするのだった。



 キーンコーンカーンコーン。
 午前の授業の終了を告げるチャイムの音が鳴った。
 昼休みのはじまりを告げるチャイムでもあるその音を目覚ましに、俺の頭は覚醒する。
 俺は中庭に向かうため、教室を後にした。
 最近、昼食は中庭でことりと食べるようにしている。数日前、ことりに
「手料理が食べてみたい」
 と言ったら、お弁当を作ってきてくれるようになった。それまでは、中庭で食べたり、
食堂で食べたりといろいろだったのだが、さすがに手作りのお弁当とあっては、人の集中
される所は避けたいと思うのは当然だろう。2月のこの時期、中庭で食事をしようとする
生徒の数は少ない。ま、中には外で食べたいと思う生徒もいるようだが。
 それに、人目を避けたい理由はもうひとつある。
 学園のアイドル、白河ことり。その名を知らないものはいないほどの学園の有名人。去
年の卒業パーティーから俺とことりは付き合うようになった。卒パでの出来事は俺にとっ
て(ことりにとっても)一生の思い出だ。全校生徒の前であんなことをしてしまったので、
俺たちの仲を知らない人はいないほどなのだが、それでもことりの人気は未だに根強い。
 さすがに、みんなの前でいちゃつくようなことはしたくないから、こうしてわざわざ中
庭に来ているというわけだ。
 俺はいつもと同じぐらいの時間に着いたのだが、ことりはまだ来ていなかった。教室を
出る前にことりの方を見たら、友達と話をしていたようだったから、それが長引いている
のかもしれない。
 ベンチに座って、空を見上げた。どんよりした曇り空。太陽が出ていないせいだろうか。
いつもより少し寒かった。
「だ~れだ?」
 ふいに、誰かの手が俺の目隠しをした。こういうことをする知り合いには事欠かない様
な気がするが、声と手の感触、それに耳元にかかるかすかな息遣いから、俺にはそれが誰
だかすぐにわかった。
「お待ちしておりました、姫様」
「わ、姫様だなんて・・・もう、冗談ばっかり~」
 ことりはそう言うと俺の隣に腰をおろした。
「ごめんね、朝倉くん。ちょっと友だちとの話が長びいちゃって。ほんと、申し訳ないっ
す」
 ことりはお弁当の用意をしながら、俺に謝ってくれた。
「今日のお弁当のおかずは何?」
「えっとね。鳥のからあげと、卵焼きとほうれん草のおひたしです」
 いつも通り、とてもおいしそうだ。音夢の料理だと見た目はよくても、味のほうは……
といった感じなのだが、ことりは見た目通りの味なので問題はないだろう。
 俺はさっそく食べようと箸を探す…………あれ?
「あの、ことり? 箸が一膳しかないんだけど」
「うん。今日は私が食べさせてあげる。はい、あ~ん」
 ことりはからあげをつまんで、俺の口元まで持ってくる。思わずあたりを見回してしま
う俺。
「えっとですね、今日は朝倉くんと一緒に帰ることが出来ないんですよ。その代わりとい
うと変なんだけど、そのぶん朝倉くんにいろいろしてあげたいな、と思って」
 なるほど。そういう理由だったのか。突然のことにさすがの俺もびっくりしちまったよ。
 俺はことりが作ってくれたからあげを頬張った。もぐもぐ。うん、美味い。まさに絶品
としかいいようがない。
「どうですか?お味のほうは」
「いちいち言わなきゃいけない?」
「ええ、聞きたいです。朝倉くんの口から」
「おいしいよ。ことりの作る料理は最高だ」
 照れながらそう言うと、ことりは満面の笑顔を浮かべた。笑顔ってのは女の子の最強兵
器だと思った。



 何事もなく午後の授業は終了。
 さくら先生が手短にホームルームを済ませる。
「はい。それじゃ今日は連絡事項もないのでこれでおわり~。みんな、寄り道しないで帰
るようにね。特に、男の子はお菓子屋さんに行かないこと。チョコは自分で買うんじゃな
くて、一番大切な人からもらうものなんだから」
最後に余計な一言をクラスに残し、さくらは職員室へと戻っていった。
 誰だって自分でチョコなんて買いたくないに決まっている。それに、バレンタインは明
日だってのに、さくらのせいで意識しちまうじゃないか。やれやれ。
 ちらっとことりのほうを見ると、さりげなく俺にだけわかるように手を振ってくれた。
これは、期待してもいいってことでしょうか?
 ことりは友だちといっしょに帰るらしいので、俺はほとんどからっぽのカバンを持って
教室を出た。掃除当番でもないのに教室に残っていたってしかたないからな。
 正門まで歩いてきたところで美春に声をかけられた。
「朝倉先輩!お帰りですか?」
「ああ、そうだけど」
「白河先輩とは一緒じゃないんですか?」
「今日は友だちと用事があるんだってさ」
 つきあっているからといっても、俺たちはいつも一緒に帰っているわけではない。そりゃ
一緒にいられるに越したことはないし、一緒にいたいとは思うけど、お互いにいろいろと
都合もあるからな。
「・・・じゃあ、今日は美春と一緒に帰りませんか?」
「そうだな。ま、たまにはいいか」
「それじゃ、行きましょう!先輩♪」
 そう言うと、美春は嬉しそうに歩き出した。しっぽがあったらぶんぶんと振っているこ
とだろう。ほんとに美春ってわんこだよな。
 俺たちは桜公園を歩いている。美春は島の西側に住んでいるので、公園を出たところに
あるバス停まで送るのがいつものパターンだ。ちなみにことりを送るときも同じバスを使っ
ているので帰り道は同じだったりする。
「あ!朝倉先輩、チョコバナナの屋台がありますよ。おいしそうですね~」
 お前はチョコバナナの屋台がおいしそうなのか? ・・・違うよな、チョコバナナがお
いしそうなんだよな。
「食べるか?」
 返事はわかりきっているが、一応聞いてみる。すると、
「はい!!」
 と、元気のいい返事が返ってきた。バナナに目がない美春には愚問だったようだ。
「それじゃ美春が先輩の分も買ってきますね。朝倉先輩はそこのベンチで座って待ってい
てください」
 俺の返事を聞く前に、美春は屋台のところまで走っていった。
 さすが、バナナ帝国の国民。その行動力はバナナエネルギーから得ているんだろうか。
 ベンチに座ってバカなことを考えていると、美春がチョコバナナを2本持って走ってき
た。
「・・・速すぎ」
「だって先輩が早く食べたいんじゃないかなーと思って。お待たせしちゃバナナにも悪い
ですから」
 早く食べたいのはお前だろ、というツッコミはさておき、美春からチョコバナナを受け
取る。代金を美春に払おうとすると、
「あ、今日は美春のおごりです♪ 今、美春の財布はほかほかなんですよ。それに・・・」
 美春はちょっと恥ずかしそうに目を伏せて続ける。
「明日はバレンタインですから。1日早いんですけどね」
 チョコバナナを食べている美春の横顔は、いつもよりもほんのちょっと嬉しそうだった。
 美春の気持ちはなんとなくだが、わかっていた。だが、俺が選んだのはことりだった。
 卒パでの一件を知った後、数日はギクシャクしていたが、今では以前のように話せるよ
うになっている。
 そして、チョコバナナとはいえ俺にチョコをくれる美春。ことりのことを考えて、わざ
と1日前に渡すようにしてくれたんだな。バレンタインデー当日は恋人であることりのも
のだから。
「ありがとうな、美春」
「いえいえ、どういたしましてです♪」
 俺はチョコバナナを食べた後、しばらく雑談をしてからバス停まで美春を送っていった。



 家に帰りついた俺を待ちうけていたのは、電話の音だった。かったるいので、無視して
リビングへ行く。どうせ、しばらくすれば静かになるだろう。そう思っていたのだが、電
話は鳴り止まない。すでに20回はコールしてるような気がする。誰だよ、まったく。俺
はあきらめて受話器を取った。
「もしもし?」
「あ、兄さんですか? 音夢です」
「音夢? なんだ音夢だったのか。それならそうと言ってくれればいいのに」
「言える訳ないでしょ。全く、兄さんは……」
「それより何の用だ? 用が無いなら切るぞ、じゃあな」
 俺はそう言って、受話器を置く素振りをする。
「わー! 待って待って!! 用事あるんですから切らないでー!!」
「……冗談だよ」
「ひどいよ、兄さん。久しぶりに声を聞いたかわいい妹にすることじゃないと思うんです
けど」
「悪かったよ、んで、何の用?」
「あ、えっとですね。兄さん、明日は何の日だか知ってますか?」
「……何の日だ?」
「バレンタインデーですよ。もう、ほんとは知ってるくせに~。それで、かわいい妹から
もチョコレートを兄さんに上げようと思いまして。今日、宅配便で送りましたので、明日
しっかり受け取ってくださいね」
「もしかして、音夢の手作りとか」
「ええ、そうです。苦労したんですよ?」
 気持ちはうれしい。が、食べた後に訪れる悲劇を考えると素直に喜べないものがある。
胃薬、あったかな。
「……兄さん、今すご~く失礼なこと考えていませんか」
「ははは、何を仰る音夢様。謹んで受け取らせて戴きますです」
「何かバカにされているような気がしますけど、まあいいです。用件はそれだけです」
「わかった。わざわざご苦労だな」
「いえいえ、それではまた電話しますね」
 そう言って、音夢は電話を切った。本当にご苦労なこった。しかしこれで受け取らない
わけにはいかなくなったな。明日また電話がかかってくるような気がする。ちゃんと受け
取ったかどうか、そしてちゃんと食べたかどうかの確認の電話が。本当に胃薬を探してお
く必要があるかもしれない、と俺は思った。



 俺は桜の木の前に立っていた。元・枯れない桜の木の前に。
 もちろん、魔法は溶けてしまっているので、桜には花びらはなく、寂しい景色だ。現実
ならば。
 しかし、今、俺の目の前の桜は満開だ。
 夢を見ているんだな、とそう思った。
 誰かの夢を覗き見てしまう力は、俺にはもうない。という事は、これは俺の夢だ。
 最近では夢を見ることは時々あるが、ぼんやり覚えている程度だ。
 夢を見ていたという記憶はあるような気がするが、どんな夢だったかは覚えていない。
そんな感じ。
 だから、こんなにはっきり夢を見るのは久しぶりだ。
 桜の周りには誰もいない。だがどこからか、かすかに何か聞こえてくる。
 それが何かははっきりとわからないのだが、どこかで聞いたことがある歌声だった。
 その歌声を聞きながら、俺はだんだん夢から覚めていくのを感じていた。



「……くん。……くん」
 んー。……ぐー。
「もう、朝ですよ。起きてください~」
 ゆさゆさゆさ。
 ん? 今日は音夢のやつ、随分やさしいな。いつもなら広辞苑の一冊や二冊くらっても
おかしくはないのに。
 ……んん? なんで音夢がいるんだ? あいつは今、初音島にはいないはずじゃないの
か。
 がばっ
 起きた俺の目に飛び込んできたのは、
「あ、おはようございます、朝倉くん。もうすぐ朝食ができますよ」
 制服の上にエプロンをつけている、ことりの姿だった。なに!
「な、なんでことりがいるんだ?」
 あまりに唐突な出来事に、いつも起きた直後はまどろんでいる俺だが、すっかり目が覚
めてしまった。
「なんでって、それは朝倉くんに朝ご飯を作ってあげたいな~と思ったからですよ」
「どうやって家に入ってきたんだ?鍵はかかってたはずだけど」
 俺は当然の疑問を聞いてみた。
「もちろん鍵を開けて、ですよ?」
 違う。俺が聞きたいことはそんな当たり前のことじゃなくて。
 そもそも島の西側に住んでいることりがどうやって俺の家まで来れたんだ?
 いろんな疑問が頭に浮かんできた。なんで朝からこんなにも頭を使わなきゃならないん
だ?
「どうやら目はバッチリ覚めたみたいですね。それでは朝ご飯を食べましょう。私は先に
行って準備してるから着替えて降りてきてくださいね」
 ことりはそう言って、リズミカルに階段を降りて行った。
 何がなんだかわからなかったが、とにかく着替えることにした。
 ここで考えていても仕方ないし、何よりキッチンからはうまそうな朝食の匂いが漂って
きていたからだ。



 ささっと着替えて、トントンと階段を降りて行く。
 キッチンのドアを開けた俺の目に飛び込んできたのは、
「おはよう、朝倉。外はいい天気だぞ」
 まるで自分の家のようにくつろいで新聞を読んでいる暦先生だった。
「な、なんで暦先生がうちに?」
「あー、それはだな、ことりに頼まれたんだ。今日は朝倉とずーっと一緒に過ごしたいん
だと。幸せものだな」
「いや、先生がいる理由にはなってませんけど」
「やれやれ。珍しく早起きしたら頭の回転がニブイようだな。ことりがどうやってここま
で来ることができたかを考えれば、わかるようなもんだが?」
 そう言われた俺はちょっと考えてみることにした。
 …………。
 …………。
 かったりい。
「まったくお前って奴は。私が車で送ってやったんだ。さすがに朝早くだし、ふたりっき
りはまずいだろう。そう思って私もここにいるというわけだ。ちなみに家の鍵は朝倉音夢
から預かっていたんだ。『兄さんに万が一のことがあるといけないので』と頼まれていて
な」
 ……音夢のやつ、いつの間にそんなことを。俺はそんなに信用できないやつだっていう
のか?
「朝倉くん。音夢のことを怒らないであげてくださいね。音夢は朝倉くんのことが信用で
きないからじゃなく、大切な兄さんだから、なんですから」
 ことりが朝食の準備をしながら音夢のフォローをする。
「そうだといいけどな」
 そう言って、俺はことりが用意してくれた朝食に手を付けた。



 ことりに起こされて、ことりと朝ご飯を食べて、ことりと一緒に学園へ行く。いつもは
出来ないことが、今日はこんなにたくさん出来ている。
 そして、ことりと昼食。
「はい、朝倉くん。あ~ん♪」
 ことりは今日も俺に恥ずかしい思いをさせたいようだ。
「ことり。ありがたいんだけど、今日は自分の手で食べたいんだけど」
 俺がそう言うと、ことりはちょっと残念そうにしながらも、箸を俺に渡してくれた。
 さすがに頻繁にそういうことは人前で出来ないからな。いくら俺たちの仲が周知の事実
とはいっても。
「それじゃ、今日は私に食べさせてください。あ~ん」
 な、なにっ?そういう返し技でくるとはっ!
 思わず周りを見渡した。中庭には何組か俺たちと同じように昼食を食べている生徒がい
る。俺がそいつらのほうを見ると、みんな気まずそうに目をそらす。くそ、こいつら何気
ない振りで様子を窺ってやがる!
「どうしたんですか?はい、あ~ん」
 ことりが催促をしてくる。その顔は………可愛い。
 こんな顔を見せられて抵抗することができるだろうか?……俺には無理です。
 俺は他の奴らに見せつけるように、ことりと幸せな昼食をすませた。
 ことりの喜ぶ顔が見られるなら、なんだってできる。今日の俺はどこかがマヒしている
ようだった。



 かったるい授業が終わって放課後。ことりが俺の所へとやってくる。
「朝倉くん、一緒に帰りましょう」
「そうだな」
 俺はからっぽのカバンを持って教室を出る。隣にはことりの楽しそうな笑顔。この笑顔
をもっと独り占めしたいと思った。
 学園を出ると、ことりが腕をくんできた。いつもはこんなことしないのに。理由は多分、
今日という日が特別なものだからだろうか。
 ごく自然に、俺たちの足は桜公園へと向かっていた。
 いっぱいの桜の林の中を抜けて、この公園で一番大きな桜の木の元へ。
「やっぱり、ここが一番落ち着くね」
 ことりは桜の木にもたれてそう言う。
「俺も、この桜が一番好きだな」
 小さい頃、秘密基地だったこの場所。さくらとわかれ、そして約束をしたこの場所。家
出した音夢を探し出したこの場所。美春との思い出の品を埋めたこの場所。そして……。
「私たちにとっての思い出の場所だもんね」
「ああ、ことりが大好きな歌をうたっている姿が印象的だよ。そして、ことりと通じ合っ
たのも、この桜の木だったな」
「うん」
「俺、ことりと一緒にいられて幸せだよ」
「うん、私も。朝倉くん知ってる?今日は何の日か。女の子にとって、とっても大切な日
なの」
「ああ」
「私、一生懸命考えた。どうしたら朝倉くんが喜んでくれるかなって。いっぱい考えたけ
ど、わからなかった。ううん、正確には何をしても朝倉くんは喜んでくれるんじゃないかっ
て、そんな気がしたの。今日は朝からずっと朝倉くんと一緒だったよね? 私、すごく楽
しかった。特別に何かしてる訳じゃない。ただ一緒にいるだけなのに。すごく幸せなこと
だなあって思えたの」
「俺も楽しかったよ」
 一緒に朝ご飯食べたり、登校したり、そんな何気ないことでも、ことりと一緒だとすご
く楽しい。
「これからも私と一緒にいてください」
 ことりはそう言って、俺にきれいにラッピングされた包みを差し出した。
「俺の方こそ、よろしくお願いします」
 俺は包みを受け取り、ことりを抱き寄せる。
「俺は今のこの気持ちを言葉よりも雄弁な行動で示す」
「んっ……」
 俺はことりにやさしくキスをした。
「私、嬉しいよ。チョコレートよりも甘いキスでした」
 そう言ったことりの笑顔は、今日何度も見た中でも一番の笑顔だった。





あとがき



PCゲーム「D.C. ~ダ・カーポ~」のSSです。
ことりエンド後のお話です。
本当ならひと月前に完成しているはずでしたが、いろいろな事情が重なって
ホワイトデーになってしまいました。
まだまだ自分の力不足を感じました。
それではまた次の作品で。



��003年3月14日バレンタイン・デーのひと月後