2002/08/13

「ダイヤモンドダスト」



 初めてそれを見たのは、私が小学生になってから一回目の冬休みだった。
 その日、友達と遊ぶ約束をしていた私は、白いコートに白い手袋といういつものお気に
入りの服に、カイロをいくつか持って公園に向かった。いつもはカイロなんて持っていか
ないんだけど、その日はいつもよりかなり寒かったから、出かける前にお母さんが渡して
くれた。私は寒いのは苦手。だから寒い日は外には出かけない。生まれたときから夏は涼
しく、冬は寒いこの地方だけど、私はいつまでたってもこの「寒さ」というやつには慣れ
なかった。
 でもそんな私にも、あるときだけはどんなに寒くても外に出ることが出来た。それは雪
があるとき。雪が降ってたり積もってるとき。なんで外に出られるかは私にもわからない。
人に聞かれたときはこう答えるようにしている。
「雪、好きだから。すっごく」
 もしかして他にも理由や原因があるかもしれないけど、私にとってはどうでもよかった。
雪が好きだから。私にとって理由はそれだけで十分だった。
 公園に着いた。吐く息が白いのは寒いからだけじゃなくて、ちょっと走ってきたから。
見渡すと公園は早くも白いお化粧をしていた。空を見上げると、お化粧の源の雪がいっぱ
い降っていた。一粒一粒が結構大きいからしばらくすると公園は白一色となるだろう。私
は足跡をつけたくなかったから、屋根のあるところで友達を待つことにした。そのまま待っ
てるのも退屈だったので、お母さんからもらったカイロを一個取り出して、ごしごしとこ
すった。あったかい。やっぱり寒いときはカイロに限るね。なんか自然と顔がニコニコし
てくる。私は幸せな気分で友達を待っていた。その時の私は時計を持ってなかったから詳
しい時間はわからなかったけど、30分ぐらい経っただろうか。友達はまだ来ない。公園
は白一色になっていた。道路はさっきから誰も通らない。みんなどうしちゃったんだろう。
 しかたがないので、友達には悪いと思ったけど、先にひとりで遊ぶことにした。雪だる
まを作るにはまだちょっと雪が少なかった。だから私は雪うさぎを作った。何匹も。お弁
当に入ってるりんごのうさぎさんもいいけど、やっぱり雪うさぎのほうが私は好きだった。
りんごのうさぎさんは赤いけど、雪うさぎは真っ白だから。やっぱりうさぎさんは白くな
くっちゃ。私はそう思うんだけど、友達のほとんどはりんごのうさぎさんのほうが好きみ
たい。なんで?って聞いてみたら、
「だって、おいしいんだもん!」
だって。みんなわかってないよ。
 雪うさぎが10匹ぐらい出来た頃、ふと空を見上げると、雪はもうやんでいた。さっき
までのねずみ色の空がうそみたいになくなって、赤い夕焼け色の空になっていた。私はがっ
かりだった。友達が来なかったこともそうだし、真っ白な雪うさぎも夕焼けのせいで赤い
雪うさぎになっていたから。
「あーあ、せっかく作ったのに・・・」
 私はふう、とため息をついて、雪の上に大の字になって寝転がった。雪の冷たさが雪う
さぎ作りで火照った体には気持ちよかった。カイロはとっくの昔に役立たずになっていた。
しばらくそうやって空を眺めていた。
 さすがに背中が冷たくなってきたので起き上がることにする。雪が降る気配はまったく
なかった。寒くなってきたからそろそろ帰ろうかなと思っていたときだった。なんだか目
の前にきらきらしたものがたくさんあった。
 うわあ、なんだろこれ・・・。きらきらしたものは空気中をふわふわと浮かんでいた。
太陽の光があたって、まるで宝石の海にいるみたいだ。私は暗くなるまでそのきらきらし
たものを眺めていた。夢の中にいるような、不思議な、時間を忘れるぐらいのすごい出来
事だった。
 家に帰るとお母さんから、裕美子ちゃんから電話があったことを聞いた。裕美子ちゃんっ
てのは今日遊ぶ約束をしていた友達のことなんだけど、なんでもカゼひいたせいで今日来
れなかったみたい。一生懸命謝ってたことをお母さんが教えてくれた。そうだったんだ。
カゼならしかたないよ。それに、今話を聞くまで約束すっぽかされたこと完全に忘れてた
から。よし、お夕飯を食べたら裕美子ちゃんにお見舞いの電話しよう。それに、あのきら
きらしたもののことも教えてあげよう。
 夕飯は私の大好きなクリームシチューだった。あったかいクリームシチューをお腹いっ
ぱいになるまで食べて、大満足の私はゆっくりお茶を飲みながらテレビのニュースを見て
いた。ニュースは今日の出来事についての話題だった。・・・そっか、そうなんだ。ニュ
ースを見終わった私は裕美子ちゃんに電話した。
「もしもし、裕美子ちゃん? 私、雪夜。カゼ大丈夫? ・・・そう、よかった。あのね、
今日すっごいもの見たんだよ! 裕美子ちゃんにも見せたかったよ。ダイヤモンドダストっ
て言うんだけど・・・」



 私は待っていた。時が過ぎるのを辛抱強く待っていた。大好きなことをしているときは
あんなにも早く過ぎていってしまうのに、どうしてつまんないことをしなきゃいけないと
きはこんなにもゆっくりなんだろう。私は机にうずくまったままじっとしていた。他にす
ることもないのでそうしていた。
 キーンコーンカーンコーン・・・。チャイムが鳴った。ようやく介抱されるときが来た。
退屈な試験という時間から。高校一年の二学期の期末試験の全日程が今の時間でようやく
終了した。私は大きく伸びをした。
「雪夜ちゃん、やっと終わったね~」
 裕美子ちゃんがいつものほんわか口調で話し掛けてきた。彼女は藤川裕美子ちゃん。私
の親友。小学生のときからずっといっしょのクラスで、ずっと仲良しだ。ほんわかな口調
といつもニコニコしている彼女が、実は学年トップの秀才だという事を聞くと大抵の人は
驚く。そして驚かなかったわずかな人も、彼女が陸上の長距離の大会で毎回表彰台に上っ
ている事を聞くと、絶対驚く。顔もかわいく、人にはやさしい。とにかく、そんなすごい
女の子なのだ、裕美子ちゃんは。
「おつかれさま、裕美子ちゃん。試験の出来はどんな感じ?」
「う~ん、まあまあかな。雪夜ちゃんは?」
「私は・・・今回ちょっとマズイかも♪」
 私、白河雪夜は自分ではかわいい方の部類に入ると思っているごく普通の高校一年生。
勉強は、この前の試験ではクラスでなんとかひとケタに入るぐらいの成績だ。自分ではとっ
ても普通の女の子だと思ってるんだけど、みんなに言わせると違うみたい。
「マズイって言ってる割には楽しそうな口調だね~?」
「だって試験終わったんだもんっ♪」
 そう、3日間もの長きに渡って行われた期末試験は、ついさっきのチャイムをもって終
了したのです。これを喜ばずに何を喜べというんでしょう。
「そうだね。やっと終わったんだもん。今から試験の結果を気にしててもしょうがないよ
ね~」
「そう、私たちの時間は限られてるの。ここのところ試験にだけ集中してたから、これか
らは有意義に時間を使わなくっちゃね!」
 これは私だけの考えではないようで、周りを見るとみんな試験が終わった喜びを感じて
いるようだった。帰りに何か食べにいこっか、俺のうちに遊びにこいよ、早く帰って寝よ
う、といった声があちこちから聞こえてきていた。
「裕美子ちゃん、今日これからの予定は?」
「予定?う~ん、別にないけど」
「だったら、おいしいものでも食べに行こうよ♪私おごるから」
 私は裕美子ちゃんを誘ってみた。試験中は二人ともまっすぐ家に帰って勉強してたから
久しぶりだ。それに相談したいこともあるし。
「なに?おごり?行く!俺も行く!!」
 突然私たちの会話に割り込んできたコイツ。秋森鷲一。私たちと同じクラス。小学三年
のときに私の家の近所に引っ越してきた。いわゆる幼なじみというやつである。運動神経
は人の二倍くらいあるが、頭の中身は人の二分の一しかないオバカサン。それでも私と同
じ高校に通っているのはなぜでしょう?
��、試験でカンニングに成功!
��、先生方に黄金色のお菓子を贈った。
��、この高校は無試験だった。
 こんな三択問題を出すと大抵の人は3番の答えを選ぶんだけど、それはハズレ。正解は
��の「スポーツ推薦で合格」なのだ。神様は平等だなあと思わざるをえない。誰にでも取
り柄ってあるものなんだなあってね。
「私はアンタを誘ったんじゃなくて、裕美子ちゃんを誘ったのよ。耳がおかしいんじゃな
いの? それとも耳じゃなくておかしいのは頭?」
「・・・いきなりすごい挨拶してくれんじゃねーか。えらくご機嫌ナナメだな。さては、
テストあんまりできなかったのか?」
 鷲一は私の言葉に一瞬固まったが、すぐにやり返してきた。知らない人が見ていたら険
悪な雰囲気だと思うだろうが、これぐらいは私たちにとってはいつものことなのだ。日常
茶飯事というやつである。
「仮に百歩譲ってそうだとしても、私はテストの出来の悪さでアンタに当たるような小さ
な人間じゃないわよ」
「なるほどね。小さいのは胸だけか」
「な、なんですって!」
 コイツ、言うに事欠いてなんて事を! 信じられない。今日という今日はガマンならな
いわ! 徹底的に口げんかしてやろうじゃないの!!
 そう思って、毒舌を振るおうとしたら、裕美子ちゃんが私をなだめてくれた。
「雪夜ちゃん、落ち着いて~。雪夜ちゃんの胸は綺麗な形でわたしは好きだよ~。だから、
元気出してね♪」
「・・・裕美子ちゃん、それ誉めてくれてるんだよね?」
「もちろんだよっ♪」
 裕美子ちゃんのおかげといえばいいのか、私の怒りはどこかへ行ってしまったみたい。
まったく、裕美子ちゃんにはかなわないなあ。
「秋森くん、今日は久しぶりに女の子だけで過ごしたいの。悪いけど、また今度ね。その
ときはわたしがおごるから~」
 裕美子ちゃんは鷲一にそう言ってから、私のほうをチラッと見てウインクした。
「しょうがねえなあ。じゃあ俺は帰る。また明日な、2人とも」
 鷲一はそう言って、すたすたと歩いていった。
 明日は試験明けなので学校はお休みなのだが、そんなとこに突っ込みを入れるほど私は
小さな人間ではないのだ。・・・小さくないもんっ!
「じゃあ、行こうよ。女の子だけで楽しくすごそっ」
「そうだね~♪」
 私たちは人気の少なくなってきた教室を後にした。



 私たちは喫茶店に来ていた。裕美子ちゃんは初めて来たらしく店内を珍しそうに見回し
ている。私は店の奥のほうの席に座った。いつもなら眺めのよい窓際の席を選ぶんだけど、
今日は違う。これから大事な話をするんだから。
「私ここ初めてだよ~。雪夜ちゃん、前にも来たことあるの?」
 裕美子ちゃんは席に座ってもまだ興味深そうにまわりを見ている。
「うん。一度だけね、来たことあるんだ。『百華屋』っていうんだ、このお店」
「ふ~ん、そうなんだ。でもなんで『百花屋』じゃないの?こんなにたくさんお花がかざっ
てあるのに」
 店内には造花も含めて、色とりどりの花が何種類も飾られていた。裕美子ちゃんはそれ
が気になっていたのだろう。
「それはね、マスターに聞いたんだ。それによるとね・・」
 私が解説しようとしたらお水が運ばれてきた。それを持ってきたのはなんと店員ではな
く、マスターだった。
「いらっしゃいませ、よく来てくれましたね、白河さん。そしてはじめまして、美しいお
嬢さん。ご注文はお決まりですか?」
 営業用のスマイルではなく、心の底からお客が来たことを喜んでいるような笑顔でマス
ターは私たちに話しかけてきた。
 マスターはすらっとした長身で、スリムな体型をしている。年齢は26歳。最初はアル
バイトでこの『百華屋』に入っただけだったらしいが、いつのまにかマスターになってい
たらしい。不思議な人だ。黙っていても女の子が何人か寄ってくるぐらいのハンサムだ。
ちょっとキザなセリフさえ除けば問題ない人だと思う。
「こんにちは、マスター。美しい白河雪夜、またやってまいりました~♪」
 私はそう言って、にこーと笑った。お金では買えない笑顔だ。
「あはは、いらっしゃい、美しい白河さん。そして、麗しいお嬢さん、よろしければお名
前を教えていただけませんか?」
 マスターったらなかなかいい度胸してるじゃない。どうしても私より裕美子ちゃんのほ
うが上だって強調したいのかしら。裕美子ちゃんはそんな私たちのやりとりを楽しそうに
見ていた。
「うふふ、2人とも仲がよろしいんですね。じゃあ、自己紹介しますね。わたしは藤川裕
美子です。雪夜ちゃんとは小さいころからずっと仲良しで、一番の親友なんですよ~。あ
とは・・・特に何もないふつうの女の子ですよ~」
 裕美子ちゃんはそう言って、にっこりと微笑んだ。ふつうの女の子にはこんな素敵な笑
顔はできないと思うけど。
「では僕も自己紹介を。僕はこの喫茶店『百華屋』のマスターです。以後、よろしくおね
がいします。困ったことがありましたら、なんでも言ってくださいね」
 マスターはそう言うと、私たちの注文を取ってキッチンへと向かった。どうやらマスタ
ー自ら作ってくれるみたい。あいかわらず、かわいい女の子にはサービスを惜しまないよ
うだ。
「雪夜ちゃん、マスターさんととっても仲がいいね~。まだ一度しか来たことないんだっ
たよね?」
「うん、そうだよ。私もびっくりしたよ。なんていうのかな、ずっと昔から知ってたよう
な、それに何でも話しやすい感じがするんだ。多分、それでだと思う」
「ふ~ん。私だったらそうはならないなあ。確かに雪夜ちゃんが言ってるような感じはわ
たしもするけど、会ってその日にっていうのは無理かな~。そういうところが雪夜ちゃん
のすごいところだと思うんだ、わたし」
 裕美子ちゃんはそう言ってから私の顔を見てにっこり笑った。私は自分では特に何かし
ているわけじゃないからほめられる理由はないんだけど、やっぱりほめられて悪い気はし
なかった。こういうところが裕美子ちゃんのすごいところなんだと私は思う。
「そうそう、雪夜ちゃん。さっきの話の続きだけど、この『百華屋』の名前の由来は何な
の?」
「そっか、まだ言ってなかったっけ。マスターが割り込んできたからすっかり忘れちゃっ
てたよ。あのね・・」
「お待たせしました。ケーキセット2つお持ちしました♪」
 私の説明を遮って、またしてもマスターが私たちの席にやってきた。なんだか意図的に
やってるとしか思えないんだけど。強烈な視線を送ってみる。
「あれ、どうかされましたか白河さん。その熱い視線は? もしや僕に恋しちゃいました
か?」
「いえいえいえ、そんなはずないじゃありませんか、おほほほほ」
 マスターのとぼけた問いに私はにこやかな笑顔で返した。泣く子も黙るかもしれない笑
顔だ。裕美子ちゃんはそんな私たちをにこにこと眺めている。
「何の話をされてたんですか、藤川さん」
 マスターは私の出した視線のパスには目もくれず、裕美子ちゃんに軽い会話のパスを出
した。
「えっとですね、このお店の名前の『百華屋』の由来を聞いてたんですよ~」
「そうでしたか。それなら僕が説明いたしましょう」
 マスターはそう言うと、私たちのテーブルの空いている席に座った。あなたの仕事はい
いんですか? そう言ってやろうと思ったけど、裕美子ちゃんが聞きたそうにしていたの
で止めた。店員さんは大変だなあ、こんなマスターだと。
「百貨店という言葉があります。文字通り、百貨をそろえているお店という意味です。デ
パートとかがそうです。要するにいろんな品物があるということです。たくさん品物があ
りますから、そこに行けば大抵のものはそろうので、とても便利です。僕もお店のメニュ
ーを今はまだ少ないですが、いずれはたくさんにしたいと思っています。だからこの「ひゃっ
か」という言葉を頂きました。もう一つは、見てもらえればお分かりになると思いますが、
花です。僕は花が大好きですので、この店にもたくさん飾ろうと思っています。造花があ
るのはその季節にしか咲かない花でも置いておけるからです。あと、掃除をする手間も省
けますし。この場合は「百花」になりますね。以上の理由から、どちらの漢字でもない「百
華」という言葉を考えました。これが『百華屋』の名前の由来です」
 マスターは説明し終えると満足したのか、ごゆっくりと言い残して仕事に戻っていった。
ほんとに説明だけしたかったみたい。
「なるほどね~。そういう理由だったんだ。わたしはてっきり花がいっぱいだからそうな
のかな~って思ったんだけど、もう一つ意味があったんだね~」
「そうなの。私も前に来たときに聞いたんだ。私のときは聞かされたんだけどね。マスタ
ーったら聞きもしないのに説明し始めるんだもの。びっくりだよ」
 私たちはようやくケーキセットに手を付けた。うん、甘くておいしい。あのマスター、
腕は確かなのよね。だから来たんだけど。
「あのね、裕美子ちゃん。これから話す事は誰にもしゃべらないでほしいの。約束してく
れる?」
「ふたりだけの秘密ってこと?」
 私は何も言わずに、裕美子ちゃんの目をじっと見つめた。
 しばらくすると、裕美子ちゃんはにっこり笑って、「いいよ」って言ってくれた。
「実はね、私、告白しようと思うの」
「えっ・・う、そ・・雪夜ちゃんが?」
 裕美子ちゃんは相当びっくりしている。無理もないかな。だって私は自分で言うのも変
だけど、恋に恋する女の子ってタイプとはまるで違うから。実際今までだってそんな気持
ちになったことなかったし。
 私は、こくり、とうなずいて話を続けた。
「委員会のときにね、いつも親切にしてくれる先輩がいたの。それまでは親切なひとだなっ
て思ってただけなんだけど。学園祭のときにね、たまたま私といっしょに遅番の作業をし
てたの。8時ぐらいまで作業してたんだけど終わらなかったの。そしたら先輩が、そろそ
ろ帰ろうかって。あんまり遅くなると夜道は危険だからって私を家まで送ってくれたの。
本当は作業の途中で帰るのはイヤだったんだけど、先輩も好意で言ってくれてるんだし断
るのも悪いかなって思った。それで私は次の日の朝、早起きして学園に行ったの。作業の
続きをするためにね。そしたら・・」
 ちょっと喉が渇いたので紅茶をひとくち。うん、おいし。
「雪夜ちゃん。そしたら?」
「うん、そしたらね、作業部屋に先輩が寝てたの! 机に突っ伏してぐーぐーと! 先輩
はなんと私を家まで送った後、学園まで戻って作業してたの。私の分まで。先輩を起こし
て聞いたらそう言った。なんで学園で寝てたか聞いたらなんていったと思う?」
「う~ん、家に帰るのが面倒だったから、かな」
「ぶー、不正解です。正解はね『君に起こしてもらいたかったから』だって! そのとき
の私はすんごいドキドキしてた。顔も多分真っ赤だったんじゃないかな。先輩も自分で言っ
てて恥ずかしかったみたい。ちょっと顔赤かったから」
「なるほどね~。その瞬間、恋する乙女の雪夜ちゃんになったわけだ」
「そういうわけですよ、おほほほほ」
 話しているうちになんだか幸せな気持ちになって、いつのまにか私のテンションは高く
なっていた。なんていうかお酒を飲んだときの気分にちょっと似てるかな。普段お酒飲ん
でるわけじゃないんだけどね。未成年ですから。
「先輩って事は三年生だよね。もうすぐ卒業。ゆえに告白するなら今しかない!と雪夜ちゃ
んは思ったんだね」
「うん。今からならまだ三大イベントにも間に合うし。私は決心しました!当たって砕け
ようと!!」
「・・砕けちゃだめだと思うけど」
 盛り上がっている私の耳には裕美子ちゃんのツッコミは届かなかった。
「あと、三大イベントって何のこと?」
「それはもちろん、クリスマス、お正月、バレンタインの三つよ。これをクリアしてこそ
真の恋人同士になると思わない?」
「そ、そうなんだ~。わたし、そんな風に考えたことなかったよ・・。ということは、今
度のクリスマスやお正月は雪夜ちゃんとはいっしょに過ごせないんだね・・。ちょっと寂
しいかも」
 裕美子ちゃんはそう言ってから本当に寂しそうな顔をした。うっ、なんだろう。かすか
に罪悪感を感じるような。そんな顔されたら私・・。
「・・でも、わたし、がまんするよ。雪夜ちゃん、がんばってね。わたし応援するよ!」
 両手をぎゅっと握って私を応援してくれる裕美子ちゃん。大好きです。
「・・ありがとう。がんばるよ、私!」



 次の日。私は公園のベンチに座っていた。目的は先輩に告白するため。試験最終日の昨
日の朝、私は先輩に手紙を渡していた。内容は「明日の午後2時、公園のベンチでお待ち
しております。白河雪夜」という、いたってシンプルなものだった。余分な言葉は必要な
かった。本当に伝えたいことは直接言いたかったから。
 先輩が手紙を受け取ったのは確かだと思う。古典的な手段だけど、先輩の靴箱の中に入
れておいた。物陰からこっそり見て、先輩が来て教室へ行くのを見届けてからすぐに靴箱
を確認しに行った。中には先輩の靴しかなかった。念のため、まわりの靴箱もチェックし
たし、捨てられていないかゴミ箱も確認した。手紙はなかった。先輩が持っていったと考
えて間違いないと思う。
 先ほどまでは太陽が雲間からほんの少しのぞいていたが、今では完全に雲に覆われてし
まった。時計を見る。午後1時45分。まだあと約束の時間まで15分ある。
 まわりを見てみる。時折、通りがかる人はいるけど、公園に用事のある人は私を除いて
いないようだ。みんな足早に歩き去っていく。今日はこの時期にしては寒いほうだからだ
ろうか。子供は風の子っていうけど、最近は外で遊ぶ子なんて滅多に見かけない。この公
園の遊具もずいぶんほったらかしにされてるようだ。私が遊んでたころは、まだ出来立て
の新品だったのに。あのころはいっぱい遊んだ記憶がある。雪の日は誰よりもたくさん遊
んでいたと思う。何でって聞かれても困るけど。
 またまた時計を見る。午後1時50分。だんだん寒くなってきているのは気のせいでは
ないだろう。空を見上げると、完全に太陽の存在は消え去ってしまっている。代わりに雲
はどんどん勢力を広げていっているようだ。寒いのは嫌なのに。
 じっとしていると寒くてたまらないので、ちょっと散歩。1周300メートルくらいの
公園を一回り。こつっこつっと私の足音だけが響く。気が付くと、通りがかる人もいなく
なっていた。人気のない公園はどこか寂しい。誰にも使われないブランコがきこきこと揺
れている。乗ってみようかと思ったけど、きっと冷たいに決まってる。やっぱりやめる。
 特に何も事件はなく(事件があっても困るけど)、散歩終了。そろそろ約束の時間だ。
私は先輩を待っていたベンチへと向かった。先輩が来てくれることを祈りながら。



 翌日、私は学園を休んだ。風邪をひいたらしい。ためしに測ってみた体温計は37度2
分。微熱といったところ。ただ、どうにも頭痛がひどいので休むことにした。期末試験も
終わったので、あとはクリスマスに向けての浮かれた学園生活。授業は半日で終わりだし、
��日ぐらい休んだからといって、たいしたことじゃない。それに、たとえ健康でも今の私
には、学園に行きたくない理由があったのだ・・。
 休みの連絡を学園に入れてから、私はもう一度寝直した。期末試験中は睡眠不足ぎみの
生活だったから、ちょうどよかった。身体は正直です。
 目を覚ましたのはお昼をちょっとまわったころだろうか。あれだけひどかった頭痛はすっ
かりなくなっていた。やっぱり病は気から、という言葉は正しいのかなと思う。気分も落
ち着いたみたい。さすがだよ、私。
 朝ご飯も食べていないので、さすがにおなかは空腹を訴えている。食欲がでてるってこ
とは回復してる証拠。テーブルの上には、いつもお母さんが用意してくれる朝食がラップ
をかけられて置いてあった。私はそれをレンジであっためてから、ゆっくり味わって食べ
た。うん、おいし。電子レンジは魔法の箱だよね、いったい誰が考えたのかな?
 朝昼兼用の食事を済ませた私は、お皿を洗った。いつもは洗い物なんてしてる時間がな
いから、水につけておくだけで夜にまとめて洗うんだけど、今日は時間がたっぷりあるか
ら。ぴかぴかお皿は気持ちいい。
 2時過ぎ、玄関のチャイムが鳴った。インターホンのところまで行って受話器を取る。
こんな時間に誰だろう?
「はい、どちら様ですか?」
「あ、藤川です。雪夜ちゃんだよね」
「裕美子ちゃん? ちょっと待っててね」
 私は玄関まで行ってドアを開いた。
「どうしたの、裕美子ちゃん。うん? アンタも一緒なの?」
 裕美子ちゃんの後ろには、鷲一が立っていた。鷲一は私のほうをちらっと見て、すぐ顔
を背けた。???
「雪夜ちゃんのお見舞いに来たんだよ。秋森くんが一緒なのはね、どうしても一緒に行き
たいって言うから一緒に来たんだよ~♪」
「デタラメ言うなーっ! 藤川がどうしてもって言うからしかたなく来てやったんだよ!
・・・それなのに、なんか元気そうじゃねえかよ。心配して損したぜ」
 え、こいつ心配してくれたの?私のことをこいつが?
「なんだよ、その目は。俺だって病人の心配ぐらいするぜ?・・・まあいいや。じゃあ俺
は帰る」
 そう言って鷲一は歩き出した。曲がり角まで歩いてから、こちらを振り返った。
「一つ教えてやるけど、そのカッコで外に出るのはどうかと思うぞー」
 私は自分の服装を見てみた。
「・・・きゃああああああーーーーーー!!!!」
 ご近所中にパジャマ姿の私の黄色い悲鳴が響き渡った。隣では、裕美子ちゃんが口元を
押さえて笑っていた。



 裕美子ちゃんが帰って、1人になった私は手紙を読もうか読むまいか悩んでいた。裕美
子ちゃんが渡してくれた手紙。差出人は・・・先輩だった。裕美子ちゃんに先輩が頼んだ
らしい、私に渡すようにと。
 約束を守ってくれなかった先輩に対する私の気持ちはどうなんだろう?私は先輩に対し
て怒っているのだろうか? 怒ってるとは言い切れなかった。むしろ、先輩が来なくてほっ
としてる気持ちもあるかもしれない。このままでいいやっていう気持ちの私も少なからず
ここにいた。
 たぶん、この手紙がなければ私は先輩と今までどおり普通に接していけただろうと思う。
でも、この手紙は約束を守らなかったことに対しての先輩の返事だ、と思う。そうでなきゃ、
わざわざ先輩が私に手紙を書くことなんてありえないから。ただの後輩の私に。
 私は長い間考えた。こんなに考えたことはいまだかつてないんじゃないかってぐらい考
えた。考え過ぎて頭がぼうっとしてきた。知恵熱?
 私は服を着替えた。白いコートに白い手袋といういつものお気に入りの服。外で手紙を
読もうと思ったから。頭を冷やせる外で。
 想像どおり外は寒かった。それもそのはず。見上げれば空からはちらほらと雪が降って
いた。だんだん白くなっていく道を歩いた。私の足は公園へ向かっていた。
 公園に着いた。いつのまにか雪は大粒になっていて、はやくも公園は白く塗りつぶされ
ようとしていた。私は足跡をつけたくなかったから、屋根のあるところまで行ってベンチ
に座った。通りには歩いてる人は誰もいなかった。
 私は先輩の手紙を読むことにした。ちょっと手紙を開く手が震えるのは寒さだけじゃな
いかもしれない。
 私は手紙に目を通した。・・・・・・・・・。もう一度目を通した。・・・・・・。最
後にもう一回だけ目を通した。・・・・・・・・・・。私は手紙を閉じた。



「はっ・・・」



「ははっ・・」



「あははははっ・・・」



「そりゃないよ・・・ははっ」
 私はなんというか笑うことしか出来なかった。なんだか色々考えていたことが、全て意
味なかったような。空回りだった。
 先輩の手紙には次のように書かれていた。
『白河へ
風邪ひいたらしいけど大丈夫か。
今日の約束はまたの機会にしよう。
お大事に 』
 先輩は『今日』が約束の日だと思っている。ということは、先輩は私の手紙を『昨日』
読んだってことになる。私は手紙には『明日の午後2時』としか書いてなかった。
 こんな些細なことで・・・そう思うと笑うしかなかった。
 白一色になっていた雪に私は寝転がった。笑いすぎて熱くなっていた体にはちょうど気
持ちよかった。雪はいつのまにかやんでいた。
 しばらくそうしていたが、さすがに背中が冷たくなってきたので起き上がることにする。
雪が降る気配はまったくなかった。寒くなってきたからそろそろ帰ろうかなと思っていた
ときだった。なんだか目の前にきらきらしたものがたくさんあった。
 うわあ、なんだろこれ・・・。きらきらしたものは空気中をふわふわと浮かんでいた。
太陽の光があたって、まるで宝石の海にいるみたいだ。私は暗くなるまでそのきらきらし
たものを眺めていた。夢の中にいるような、不思議な、時間を忘れるぐらいのすごい出来
事だった。



 あのときもそうだった。私が小さい頃、ひとりで遊んでいたとき。雪うさぎをたくさん
作ったとき。ひとりだった私。通りがかる人もいなくてひとりだったとき。
 ひとりぼっちの私をかわいそうに思って、それで見せてくれたのかなあ。
 何がしあわせで、何が不幸かわからないけど、とりあえずお礼を言っておくよ。



 ありがとう



 そう呟いて私は空を見上げた。ずっと見続けていた。



 家に帰った私は裕美子ちゃんに電話した。
「もしもし、裕美子ちゃん?私、雪夜。あのね、今日すっごいもの見たんだよ!裕美子ちゃ
んにも見せたかったよ、ダイヤモンドダスト! ・・・えっ何それって?これはね、神様
の贈りものだよ!」







はじめてのあとがき





 みなさん、読んで頂いてありがとうございました。
 この作品を書き始めるに当たって、イメージした作品がふたつあります。
 「ちっちゃな雪使いシュガー」
 「Kanon」
 以上のふたつです。わかるひとにはわかるでしょう。
 書き始めのきっかけは今年(2002年)の1月頃だったでしょうか。テレビのニュースで
ダイヤモンドダストのことを見たからです。
 言葉の響きがよかったので何かこれをネタに書けないものかなと思いました。
 あんまりタイトルと内容に意味はないかもしれませんが。
 本来なら、もっとはやく書き上げるべきだったのですが、いつのまにやら夏になってしまい
ました。
 あと、執筆中に影響を受けた作品として、「水夏」があります。
 でも、白河雪夜の苗字は「水夏」から取ったわけではありませんので。それは偶然の一致で
す。だって書き始めた頃は僕は「水夏」やったことなかったんですから。
 わかるひとにしかわからないネタでごめんなさい。
 それでは次の作品で。みなさん、よい電波を・・・。



エアコンの効いた涼しい部屋にて
��外は暑くて・・・)