業務報告~。
オリジナル「花見月の夜に」を追加しました。
上のリンクからでも下のリンクからでも、お好きなほうからどうぞです~。
上はいつものhtmlで、下ははてな仕様になります。
なんとか完成できました。
ぎりぎりで五月になっちゃいましたがー。
「第1話」と書くべきなんでしょうけど、続くかどうかがわからないので、あえて
表示はつけませんでした(笑)。
便宜上、このエントリーのカテゴリは「SS」ですが、二次創作ではありませんので。
「花見月の夜に」
僕は階段をとんとんと下り、姉さんの部屋の扉をノックした。
コンコン
「……入ってまーす」
ここはトイレかっての。
「姉さん。ちょっとコンビニまで行って来るよ。何か買って来るものがあれば」
扉を開けずに話しかけると、中で「どすん」という物音が聞こえた。何やら重量物でも
落ちたような音だ。
がちゃり
「とりあえず、お仕置きね」
姉さんは僕のほっぺたをつねった。
「ひどい……、何も言ってないのに」
僕はほっぺたを押さえて、姉さんをにらんだ。
「あらあら。アンタが声をかけたから、あたしがベッドから落ちたのよ。ったく、減らず
口だけは一人前なんだから」
姉さんはそういうと、紙幣を一枚突き出した。
「このイライラを解消するには、何を買ってくるかはわかっているわよね?」
「アイスだろ、それもイチゴ味限定」
「正解♪ お釣りで買い物してもいいけど、残ったらちゃんと返しなさいよ」
コンビニで一万円札を使いきるのは大変だと思います。
「近いとは言え、夜なんだから車に気をつけなさいよ」
「車なんて、あまり走ってないけどね」
受け取ったお金を財布にしまいながら、僕は呟く。
昼間はともかく、夜に車を走らせる人はあまりいない。それぐらいの田舎なのだ、この
あたりは。
「バカね。自動車だけが車じゃないわ。原付も軽車両も車なのよ。ちなみに軽車両は自転
車だけじゃないからね。覚えておきなさい」
「と、姉さんは教習所の教官みたいなことを言った」
「おバカ。あたしは教官なのよ。アンタの免許の試験官はあたしがやってあげるんだから、
今から首を洗って勉強しておきなさい」
おっほほほ、と、どこかの貴婦人っぽく笑うと、姉さんはベッドに戻っていった。
実際の話、姉さんは本当に自動車教習所の教官だったりする。性格はともかく、教官と
しては優秀らしい。というのは、姉さんに教わった生徒で免許試験に落ちた人はほとんど
いないということを
「んじゃ、行って来る」
「行ってらっしゃい。リーコによろしくね♪」
姉さんは里衣子さんのことを「リーコ」と呼ぶ。漢字だけ見れば、確かにそう読めるん
だけどね。
僕はにっこりと笑う姉さんに手を振って、扉を閉めた。
三月とは言っても、今年はまだ寒い日が続いている。当然のように、夜ともなれば昼間
以上の冷え込みになるので、コートの類は欠かせない。
吐き出す息が白いのも当然のこと。それでも、わざわざコンビニに行くのは、これが僕
の日課のようなものだからだ。
家から走って五分、徒歩なら十分のところに、この町の唯一のコンビニはある。
コンビニと言っても、二十四時間営業ではない。なんて不便な、と思うかもしれないが、
そもそも二十四時間開けていても夜中に客なんてやって来ないのだ。開ける意味がない。
現在時刻は二十一時。都会ならまだまだ宵の口であろう時間だが、この町では既に住民
の大半が眠りについていると思われる。人口の半分以上は年配の方なので、それも仕方の
ないことだ。まあ、無理に夜更かしする必要もないしね。
僕はコートのポケットに手をつっこんで、道の真ん中をのんびりと歩く。
姉さんの心配はありがたいことだけど、このあたりでこの時間に車が走ることは滅多に
ない。仮に走ってきたとしても、見通しはいいし、すぐに気づけるのだ。
万が一、ライトもつけずに音も無く近づいてくる車があれば、話は別だが。
ちょうど、うちとコンビニの中間の交差点にやってきた。この角を曲がると、コンビニ
が視界に入る。暗闇の中にちらほらと点在している街灯以外では、唯一の光源だ。
もちろん近くに民家もあるのだが、眠っている家に明かりは灯っていないものだ。
庭先には大きな桜の木が一本あり、周辺に花びらを散らせている。片手ですくえそうな
ほどの花びらが溜まっているが、まだまだ木には花びらがいっぱいだ。
桜の木を見ながら交差点を曲がろうとした時、何かを感じた。
……?
誰かの視線というほどではないが、一瞬何かに見られた……ような。
きょろきょろと辺りを見たが、当然のように誰もいない。
「……気のせい気のせい」
声に出したことで強引に安心感を得た僕は、コンビニを目指して足を動かした。
「いらっしゃいませ~♪ あら、
自動ドアを通ると、里衣子さんがレジに立っていた。
「こんばんは、里衣子さん。……今日はポニーテールなんですね」
「そうなの。ねえ、似合うかしら?」
「ええっと、爽やかな感じでいいんじゃないでしょうか」
ちらりと見えるうなじにドキッとしてしまったのはナイショだ。
「うふふ、ありがと。でも私に惚れちゃだめよ? 年上の女に惚れると、ヤケド程度じゃ
すまないんだから」
嬉しそうに微笑むと、里衣子さんは先ほど入荷された商品の陳列を始めた。
姉さんの親友で、実家は大富豪(本人談)。このコンビニ「
なんでも、ハタチの誕生日に両親から「ほしいものをひとつやるから、これからは自分
で生活していきなさい」と言われて、このコンビニを希望したらしい。
なんとも豪快な両親だなあと思うけど、里衣子さんは気楽なものだ。まあ、それまでに
貰っていたこづかいをほとんど使わずに銀行の定期預金に預けていたので、経営資金につ
いては全然問題ないらしい。……こづかい毎月いくらだったんだよ。
それはさておいても、それなりに繁盛はしているみたいで昼間に来るといつも何人かは
お客が入っている。その反面、夜はほとんど客が来ないのだが。
経営は大丈夫なのかと気になりはするが、
「もし、どうしようもなくなったら、睦月くんのお嫁さんになるから♪」
というようなことを言っているらしい。里衣子さんの口から聞いたことは無いが、姉さ
んが教えてくれた。やれやれだ。
「里衣子さん。イチゴのアイスってありますか?」
とりあえず姉さんの機嫌を取るために、アイスコーナーにいる里衣子さんに聞いてみる。
「えっとね、デラックスレッドパールってのと、プリンセスサマープリンセスってのがあ
るけど、どっちがいい? わたしはデラックスレッドパールがオススメだよ」
名前を聞いただけだとどっちがどうなのかさっぱりわからない。
「よくわからないから、里衣子さんのオススメでいいです。いつもの箱に入れておいてく
ださい」
「は~い、お買い上げありがとうございます♪」
よし、これでオッケー。あとは僕の用事だな。
雑誌コーナーに移動すると、いつものマンガを立ち読みする。申し訳ないなとは思いな
がらも、こればっかりはやめられない。
……、…………。
ふと視線を上げると、正面のウィンドーに反射して、里衣子さんが映っていた。
背中を向けているので、ちょうど僕の後ろの棚の品物を補充しているらしい。
表情は見えない代わりに、里衣子さんのうなじがちらりと見えた。
……いかん、今日はどうかしてる。
「ねえ、睦月くん。そのマンガおもしろい?」
「え? ええっと、おもしろいですよ?」
「ふうん。それじゃあ、今度からもう少し入荷しようかなあ……」
そんなことを言いながら、里衣子さんはてきぱきと商品を陳列していく。
「睦月くんのお気に入りの商品って、けっこう人気あるものが多いんだよ?」
「そうなんですか?」
「うん♪ わたしがいない時に読んでるエッチな雑誌も、よく売れるし」
「読んでませんし」
「でも、興味はあるでしょ?」
「……そりゃ、まあ」
一応、健全な男子高校生ですから。
「ふふ、正直な子は大好きよ。それじゃ、今日はいっぱいサービスしてあげるね☆」
「え?」
「あ、今エッチなこと考えたでしょ」
「なんでそんなことわかるんですか」
「それは、睦月くんのことだから♪」
理由になってないし、そもそも本当にエッチなことなんて考えてないんだけど。
楽しそうな里衣子さんをウィンドー越しに見ていたら、そんなことは些細なことだと、
僕には思えた。
結局マンガを読みきれなかったので、たまには買うことにした。
あとは、チョコレート菓子と飲み物は紅茶。季節は関係なく、僕にこのふたつは欠かせ
ないアイテムだ。
「そんなにチョコばっかり食べてると、太るよ?」
「だいじょうぶです、摂取したカロリー分は走ってますから」
「ふうん、今度
にこにことポニーテールを揺らしながら、里衣子さんはレジに入った。
ちなみに、葉月は姉さんの名前だ。
カゴに入れた商品を会計してもらっている間に、店内を見渡してみる。……がらん、と
いう音が聞こえそうなくらいに、僕以外の客はいない。
「どうしたの? ふたりっきりだからどきどきしてるのかな♪」
「いや、そんなことないですから。他のお客は来ないのかなーと」
「この時間はしょうがないよ。睦月くんが来ない日は、そりゃあ寂しいものだよ?」
だったら夜は閉めればいいのに。
桜美亭は二十四時間営業ではないが、朝は七時からスタートで、夜は二十二時まで営業
している。アルバイトも何人か雇っているが、基本的には店長の里衣子さんがメインスタッ
フだ。
「はい、いつもお買い上げありがとうございます。睦月くん用のエコバッグに入れておい
たよ。それと、こっちは葉月ちゃん用ね」
バッグをふたつ渡してくれる里衣子さん。姉さんがアイスを買うのはいつものことなの
で、簡易クーラーボックスがここには常備されていたりする。
「あ、それでね、これはサービスだよ♪」
さらにもうひとつのバッグを渡してくれた。賞味期限がぎりぎりの商品がいくつか入っ
ている。少しぐらい過ぎていても大丈夫なんだけど、里衣子さんは今までぎりぎりのもの
しかサービスしてくれない。こういうところはきっちりしてるんだよね。
「ありがとうございます。いつも助かります」
「こちらこそ、本来捨てなきゃいけないものを貰ってもらっているんだから、お互い様」
ちらりと時計を見ると、そろそろ二十二時だ。
「それじゃあ、また」
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております♪」
元気よくポニーテールを揺らす里衣子さんに見送られて、僕は桜美亭を出るのだった。
夜道を歩いていても、人っ子一人いない。夏なら虫でも飛んでいるんだろうけど、春先
だからまだ虫の時期でもないので、僕はひとり静かに歩く。
交差点にさしかかった。この角を曲がれば、家まで一直線だ。
そう思った時。突風が吹いて、散りかけていた桜の花びらを舞い上がらせた。
視界が花びらで埋め尽くされた。
何も見えない。花びら以外は、何も見えなかった。
周囲の花びらは舞い続けているのに、他に見えるものが何もないなんて……。
ぎゅっと目を瞑った僕は、いつもの『おまじない』を呟いた。
「……気のせい気のせい」
声に出すことで得られる安心感。
僕はゆっくりと目を開いた。
目の前に、ひとりの女の子が立っていた。
花びらはそよそよと舞っているものしかなかった。
しかし、女の子は確かにそこにいた。さっきまではいなかったのに。
風が彼女の髪を揺らす。街灯の灯りが、彼女の長い髪を照らしている。
どこまでもまっすぐで艶やかな黒髪が、僕の視線を釘付けにした。
「きれいだ……」
声が聞こえた。……いや、他人事のように書いたけど、声を出したのは僕だ。
無意識に呟くなんて、やっぱり今日の僕はどうかしてる。
「……あなた、いつもそういうことを言っているの?」
「……え?」
女の子に話しかけられていた。
「そういうことって?」
「……いいわ。もうわかったから」
何がわかったというんだろう。
聞いてみたい気持ちは十分だったが、それ以上に声を出してはいけないような気がした。
女の子はそれっきり喋らない。ただ、じっと僕を見つめ続ける。
僕も同じように、彼女を見つめ続けた。それこそ、身じろぎもせずに。
動いてるものは桜だけ。そよそよと舞う桜の花びらの中で、僕と彼女は動かない。
……我慢比べしてるんじゃないよな。
と思ったら、彼女が笑った。
「そうね」
彼女が口に出した言葉は、僕の脳内の言葉に返事をしたのだろうか。
「あなた、おもしろいわね」
そう言うと、女の子はくるりと回った。スカートのフリルが優雅に舞う。そして、すそ
をそっとつまんで、可愛らしく頭を下げた。
「お名前は?」
「ぼ、僕の名前?」
「他に誰がいるの」
「そ、そうだよね。……睦月、
「そう。……素敵な名前」
女の子はもう一度同じように礼をすると、くるりと背中を見せた。
その瞬間、またしても突風が吹いて、目の前が桜で満たされた。
ぎゅっと目を瞑った僕は、三度目の『おまじない』を唱えてから目を開けた。
目の前には、誰もいなかった……。
家に帰ると、玄関に立っていた姉さんに「遅いからお仕置き」と言われ、両方のほっぺ
たをつねられた。その痛みが、さっきのことが夢ではなかったのだと実感させてくれた。
これが、彼女との出会いだった。
三月三十一日の夜。桜の舞う中で、僕は、彼女と出会った。
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