2008/08/03

(ぷちSS)「アイスクリームのお姫さま」(夜明け前より瑠璃色な)(朝霧 麻衣)






 まだ太陽が昇りきらないうちから、セミが元気よく鳴いている。こんなにも
うるさいと、きっと今日も暑くなるんだろう。
 洗濯物にとってはうれしいんだけど、わたしたちにとっては、少し辛い。
「どうした、麻衣。なんだか元気がないぞ」
 布団を干しながら、お兄ちゃんが聞いてきた。表情に出てたのかな。
「うん、今日も暑くなるのかなって思って」
「残念ながら、なるだろうな。毎日のように、『今年の最高気温』ってやつが
更新されてるからな」
 うひゃあ、やっぱり。
 がくりとうなだれたわたしは、うんざりしながら洗濯物を物干し竿にかけて
いった。



「よし、これで終わりっと」
 最後の洗濯物を干したところで、う~んと背伸びをする。太陽はますます
元気になっていて、これでもかと日差しを浴びせてくる。
「お疲れ様、麻衣。ごほうびをあげよう」
「わぉ♪ お兄ちゃん大好き」
 お兄ちゃんが差し出したのは、一本の棒アイスだった。きんきんに冷やした
ソーダアイスは、大げさかもしれないけど、わたしにとっては夏の風物詩の
ひとつでもある。
「はは、麻衣が好きなのは俺じゃなくて、アイスだろう?」
 笑いながらわたしの頭を撫でると、お兄ちゃんは階段を下りていった。
 アイスも、好きなんだよ?
 わたしはアイスを丁寧に舐めながら、お兄ちゃんの後に続いた。



 お昼を食べた後は、お兄ちゃんとお昼寝。暑い時にガマンして勉強するよりは、
いっそ眠ってスッキリしたほうがいい。
 お仕事のあるお姉ちゃんには悪いけど、こうやってのんびりすごせるのも、
夏休み中の学生の特権だ。



 夕方になって、アイスの買い置きがなくなっていたことに気づく。お兄ちゃんに
泣きついて、一緒に買い物に行くことにした。
 ミアちゃんにおみやげを買って帰ることを約束して、わたしとお兄ちゃんは
家を出た。
「そうだ、お兄ちゃん。フィーナさんにはシュークリームのほうがいいのかな」
「そうだなあ、でも、フィーナはシュークリームのこととなると、目の色が
変わるから。たまには違うもののほうがいいんじゃないか?」
 お兄ちゃんとふたり、弓張川のほとりを歩きながら、そんな話をする。
「たとえば?」
「フィーナは、桃が好きみたいなんだ。だから、桃はどうだろう」
 う~ん、と考えてから、ぽんと手を打つ。
「そうだ、ピーチ味のアイスクリームはどうかな。きっとフィーナさんも
そのほうが喜ぶと思うんだけど。ねえねえ、お兄ちゃん、どうかな」
 お兄ちゃんは苦笑いを浮かべながら、
「そうだな、夏だから、アイスもいいかもな」
 と言って、わたしの頭を撫でた。
「やったぁ♪ って、どうして、頭を撫でるの?」
「いやか?」
「ううん、そうじゃないけど」
「だって、アイスなら麻衣も食べられるからな。麻衣にとっては、そのほうが
好都合なんじゃないか」
「そ、それはそうかもしれないけど、それと頭を撫でることの関係がわかん
ないよ?」
 お兄ちゃんに気持ちを読まれていて、少し動揺する。
「そりゃあ、まあ……うちのお姫さまは可愛いなあと思ったから、じゃダメか」
 お、お兄ちゃん、そのセリフはかっこつけすぎだよ……。
 わたしは、菜月ちゃんのように、顔が赤くなっているみたいだった。



 お持ち帰り用のアイスとは別に、おやつ用のアイスを食べながら家に向かう。
「冷たくておいしいねっ」
「ああ。でも、麻衣はよくアイス食べるよなあ」
「アイスクリームは別腹、って、そういうことわざがあるのかも」
「それは麻衣専用だろうな。まったく、うちのアイスクリームのお姫さまは、
身体の作りから特別みたいだ」
 お兄ちゃんが笑う。
「むー。ひどいよ、お兄ちゃん。罰として、お兄ちゃんが食べてるそれ、
ひとくちわたしにちょうだい」
 あーん、と口を開ける。
「かしこまりました、姫さま」
 お兄ちゃんが口に入れてくれたのは、北海道の牛乳で作られたミルク味だ。
「……うん、お兄ちゃんのミルクも、とってもおいしいねっ」
 にこにこと笑うわたしに、お兄ちゃんは少しフクザツな笑顔を浮かべた。



 とある夏の日の夕暮れ。
 どんなに暑くっても、アイスとお兄ちゃんがいれば、それなりに快適に
すごせるなあ、と、わたしは思った。
 右手にアイス。左手にお兄ちゃんの手のあたたかさを感じながら。






 おわり



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