2007/12/02

(ぷちSS)「白いノートの1ページ」(FORTUNE ARTERIAL)



 白い鳥が飛んでいる。
 電車の窓から見える風景が変わったのは、目的地まであと少しになった頃だった。
 それは橋に差し掛かったことと、海が近くなったことが関係しているのだろう。
 太陽が水面をまぶしく照らす風景は、昔、珠津島のいた頃のことを思い出させてくれる
ような気がした。
 修智館学院。それが、これから俺が通うことになる学校の名前だ。全寮制の学院なので、
きっと卒業まではいられることだろう。
 今までは、親の仕事の都合で渡り鳥のように転校を繰り返していたが、それもここで終
わり。
 俺、支倉孝平は期待に胸をふくらませて、珠津島の土を7年ぶりに踏んだ。



「きゃあああっ?」
 悲鳴と共に、目の前の女生徒が転んだ。それと同時に俺の期待も瞬時に霧散した。
 俺がいったい何をしたのだろう。
 とにかく、助けないと。
「えっと、だ、大丈夫か」
「えっ? ……ええ、大丈夫よ」
 千堂瑛里華と名乗った彼女は、この学院の生徒会の副会長をしているらしい。
 そんな彼女が、わざわざ転入してきた俺を出迎えに来てくれたのだから、俺の期待もさ
らにふくらもうというもの。それなのに、握手をしようと差し出された手を掴もうとした
瞬間、悲鳴をあげられてしまったのだから……。
「なら、よかった。……いや、よくない」
「な、何がよくないの?」
 彼女の顔は赤くなっていて、それ以外には何もおかしなところはなさそうだったが、俺
の言葉に表情が不安な色に染まった。
「いや、それ、見えてるから。早く隠したほうがいいと思うんだけど」
「それ?」
 俺の視線を追った彼女はようやく気が付いたようで、さらに顔を真っ赤にしてから、ス
カートのすそを押さえた。
「あ、あなたねえ……もっと早く言いなさいよっ」
「いや、その……ごめん」
 彼女の剣幕に、つい謝ってしまう俺。
「……もう、いいわ。あなたもわざと見たわけじゃなさそうだし、転んだ私も悪かったの
だし」
 俺の手を掴み、立ち上がる彼女の瞳は、会った時の勝気な色を宿していた。
「ようこそ、修智館学院へ! 学院を代表して歓迎するわ」
 にっこりと笑う彼女は本当に嬉しそうで、一瞬見惚れてしまった。
「これからよろしくね。……でも、支倉くんがえっちなのは、ふたりだけの秘密にしてお
いたほうがいいと思うわ」
 そう言ってウインクする瑛里華は、心底楽しそうだった。



 先生に挨拶をした後、学院生が住むという寮に着いた時に、瑛里華の携帯が鳴り出した。
「ちょっと、ごめんなさい」
 そう言って電話に出た瑛里華は、だんだんと表情が暗くなっていった。
「ああ、もうっ! わかったわ。今すぐに戻るから」
 携帯を切った瑛里華は、いらだちを隠すこともしないで、足元の小石を蹴り飛ばした。
「どうかしたのか? ……まあ、緊急事態なのは見ててわかるけど」
「ええ。お察しの通り、急用が出来ちゃったの。だから悪いんだけど、案内は……、寮長
にお願いするわ」
「おっけーだよ、えりりんっ♪」
 さっきまではそこには誰もいなかったのに。気が付けば、そこに彼女は立っていた。
「この白鳳寮の両親……じゃなかった良心、キング・オブ・寮長こと、マドリガルかなで
おねーちゃんに全ておまかせっ!」
「……えっと?」
「寮長、あとはよろしくお願いします」
 マイペースだな、おい。
 ぺこりと頭を下げると、瑛里華は山の方角へ颯爽と歩いていった。
「さて、転入生君、お名前は?」
 こっちもマイペースだった。
「支倉です、支倉孝平」
 俺が自分の名前を答えると、寮長は難しい問題を考えるように、首を捻った。
「支倉孝平……こうへい……こーへー……?  こーへー!!」
「は、はい?」
 突然、目を輝かせる寮長。って、なんだか聞き覚えのある呼び名だな。
「あれ、もしかして、わたしのこと覚えてない?」
 と聞かれて、目の前のひとをよく見てみる。
「や、やだな……そんなに見つめられると、おねーちゃん困っちゃうぞ♪」
 全然困ってるようには見えない。でも、このテンションは確かに記憶にある気がする。
 俺の脳裏に、ふたりの女の子の姿が思い浮かんだ。
「悠木……」
「そうそう♪」
「悠木陽菜……」
「ぶー」
「……の姉の、かなで、さん。悠木かなでさん」
「せーかいっ!」
 かなでさんは、にぱぁっと笑うと俺に抱きついた。



「こーへーげっとで~、猫がにゃ~(にゃ~)♪」
 妙な歌をうたいながら、かなでさんは上機嫌だ。
 抱きついたままのかなでさんをぶら下げたまま、俺はかなでさんに白鳳寮を案内しても
らった。
 さすがは寮長。秘密の通路から何から、隅々まで教えてくれた。
 本来なら、感謝の気持ちでいっぱいのはずなんだが。
「どーしたの、こーへー」
 俺を見上げて、首を傾げるかなでさん。
「いえ、そろそろ離れてくれたら、と」
「もしかして……重かった?」
 そういうことではない。
「いえ、そんなことは。むしろ、昔よりも軽くなったような……」
「かなですぺしゃるぼんばー☆」
「あいたっ」
 なんだか、よくわからないもので頭をはたかれた。
「こーへーはちょっといじわるになったのかな、おねーちゃんは寂しいよ」
 と言いつつも、かなでさんは俺を放してくれた。
「ところで、陽菜はどこにいるんですか?」
 かなでさんの妹の陽菜。いつも姉妹仲良くて、昔は俺を含めて3人でよく遊んでいたも
のだ。
「ひなちゃんはねー、今日は海岸通りまで買い物に行ってるの」
 海岸通りというのは、学院からは15分くらいのところにある繁華街だ。俺も、つい数
時間前に歩いてきたところである。
「夕方には帰ってくると思うから、それまでの間に、こーへーには『これ』をやってきて
もらおうかな~」
 かなでさんはにんまりと笑った。



 カシャリ。
 かなでさんから渡されたデジカメのシャッターの音だ。
「これで、だいたい半分か。まだまだ先は長いなあ」
 俺は軽い溜息と共に、かなでさんからデジカメと一緒に渡された冊子を眺める。
 『修智館学院108の秘密』。
 新寮生に毎年渡されるものらしく、学院の説明や名所などが書かれている。
 ポイントごとの写真を撮るように、とかなでさんに命じられ、それを実行していた。
 あとどれくらいなのかと、冊子をめくってみると、『秘密情報♪』と書かれたページが
目に入った。
『学院のグラウンドにひとりでいると、不幸の気を呼び寄せます。くれぐれもひとりでは
いないように』
 ……俺、今ひとりなんだけど。
 あまりこういうのは信じていないけど、いい気がしないのも事実で。
 俺は近くを通りかかった女の子に声をかけていた。
「ちょっと、いいかな」
「……」
 足は止めてくれたが、何もしゃべらない。もしかして、ナンパだと思われているのだろ
うか。
「実はさ、ちょっとグラウンドに行きたいんだけど、もしよかったら一緒に行ってくれな
いか」
 そう言って、彼女に冊子を見せる。
「……少しでいいなら」
 ようやく納得してくれたのだろう。そっけない答えだったが、俺にとっては神の声に匹
敵する。
 流れるような黒髪がきれいな女の子と一緒に、俺はグラウンドで目的の写真を撮った。
 カシャリ。
「よし、これでいいか。ありがとう、助かったよ」
「……随分、早いのね」
 なんだか、男として負けた気になるのは、俺の思い過ごしだろうか。
「どうかした?」
「い、いや、なんでもない。えっと、俺は今日転入してきたばかりなんだ。支倉孝平。2
年……じゃなくて、5年生だ。君は?」
「紅瀬、桐葉。5年生。それじゃ」
 そっか、同い年なのか。って、あれ?
 紅瀬さんは、俺の質問に短く答えると、さっさと歩いていってしまった。
 きっと、何か用事でもあったのだろう。
 何にせよ、彼女のおかげで目的は達成したし、俺もさっさと行くことにするか。
 俺はそそくさとデジカメを片付けると、グラウンドを後にした。



 プールを横目に体育館の裏を抜けて、礼拝堂へ出た。礼拝堂といっても、それは元々の
名前が今でも使われているだけで、今はスクールカウンセリング室として使われているら
しい。
「それではっと」
 俺はデジカメを構えて、ファインダーを覗き込む。すると、画面を白い何かが横切った。
「?」
 それは、ぴょんぴょんと俺の周りを飛び跳ねている。
「ウサギか」
 白くてまあるいウサギは、とってもやわらかそうだ。
「ゆきまるー、どこですかー」
 礼拝堂の裏手から、声が聞こえてきた。
「あ」
 ぴょこんと出てきた女の子は、制服の上に白い羽織るような物を身につけている。
「よかった、ここにいたんですね」
 女の子はウサギを抱きかかえると、頬ずりした。
「君のウサギなんだ?」
「あ、はい。礼拝堂の裏に小屋があって、そこで飼っているんです」
 女の子はにっこりと笑う。
「あなたが、雪丸を捕まえてくれたんですね。どうもありがとうございました」
 ぺこりと頭を下げる女の子。
「いやいや、本当に何もしてないから。礼拝堂の写真撮ろうとしたら、そいつが出てきて、
俺の周りを飛んでただけだし」
「写真、ですか?」
 女の子が首を傾げる。
「ああ、これ」
 と言って、俺は冊子を見せる。
「あ、これ、わたしも頂きました。なるほど、写真を撮ると、その場所のことをより早く
覚えられていいと思います」
 いや、写真を撮ってるのはかなでさんに言われたからなんだけど……ま、いいか。
「この冊子を持ってるということは、後期課程から入学の方ですか?」
「いや、5年生。今日、転入してきたばかりなんだ」
「それでは、わたしの先輩ですね。わたしは、4年生の東儀白と申します」
「俺は、支倉孝平。よろしくね」
「はい。よろしくお願いします、支倉先輩♪」
 白は雪丸を捕まえた時と同じように、にっこりと微笑んだ。



 監督生棟を出ると、西の空が茜色に染まっていた。思ったよりも、時間が経っている。
 かなでさんの冊子には『伏魔殿』と書いてあったが、あながち間違いでもないような気
がした。
「只者じゃないよな、あのひとたち」
 副会長もインパクトの強い人だと思ったが、会長はそれに輪をかけてすごかった。さす
がは兄妹というところか、変なところで似ている気がする。
「ま、それはそれとして、帰るか」
 全ての写真を撮り終えた俺は、疲れた体を引きずるように白鳳寮に向かった。
 夕日色に染まる白鳳寮が見えてきた。これからは、毎日この風景を見ることになるんだ
ろう。
 そう思いながら歩いていくと、寮の前にひとりの女の子が立っているのが見えた。
 おだやかな雰囲気、やわらかそうな髪は肩下あたりの長さで、前髪はかなでさんに似て
いる。
 陽菜だ。悠木陽菜。かなでさんの妹で、俺の幼馴染。
「?」
 向こうもこっちに気が付いたようだ。
「……孝平、くん」
「……陽菜、だよな?」
「うんっ」
 陽菜は小走りで駆け寄って、俺の手を握った。
「ほんとに孝平くんなんだね」
 嬉しそうに目を細める陽菜。
「ああ、久しぶり」
 目の前にいるのは、確かに陽菜だった。それがまぼろしじゃないことは、繋いだ手から
伝わってくるささやかなぬくもりが教えてくれている。
「さっきね、お姉ちゃんから話は聞いてたんだけど、やっぱりこの目で見ないと信じられ
なくて。ほら、お姉ちゃんの言うことだし」
 えへっ、と陽菜ははにかんだ。
 その時、寮外に聞こえるように設置してあるスピーカーから、かなでさんの声が聞こえ
てきた。
「こらー、こーへー。転入初日からわたしのヨメに手を出そうなんて……さすがはこーへ
ー♪」
 ずるっ
 俺と陽菜は同時にずっこけた。
「どこで見てるんだ、かなでさんは」
「あはは……、お姉ちゃんったら」
 俺たちは顔を見合わせて苦笑する。
「支倉くんは、えっちなだけじゃなく、手も早いのかしら」
「……」
「支倉先輩……」
 唐突に聞こえてきた声に振り向くと、そこには。
「千堂さん、紅瀬さん」
「白ちゃん……」
 なぜか、今日出会った3人の女の子たちがいた。
「別にいいんだけど、いつまで手を繋いでいるのかしら。見てるこっちが恥ずかしくなるわ」
 ちょっとむっとした口調で呟く瑛里華の声に、俺たちはあわてて手を話した。
「おー、役者はそろったみたいだね。よし、今日はこーへーの転入祝いに、鉄人に特製鍋
をお願いしてあるの。みんなで食べよ♪」
 いつの間にか、かなでさんが近くにいた。
「お鍋は、みんなで食べたほうがおいしいからね~」
 楽しそうに言うかなでさんに反対できる人はいなくて。
 その日の夕食は、かなでさん特製レシピの鉄人特大鍋だった。



 平穏無事な学院生活。それはどこか遠いかなたにあるまぼろしのようで、ちょっとだけ
残念ではあるけど、それでも、今までとは違った生活がここにはある。
 少なくとも、新しい生活の1ページ目は、カラフルな内容で満載だった。
 きっと、次のページも色鮮やかに。
 そんなことを思いながら、転入1日目の夜は更けていった。



 おわり



あとがき



PCゲーム「FORTUNE ARTERIAL」のSSです。
発売前なので、いろいろと問題は出てくると思いますが、そのあたりはご容赦いただき
たく願います。
ありがたいことに、体験版をプレイする時間が取れましたので、序盤の展開を再構成して
みました。
続きは、ゲームでお楽しみください(笑)。
今回の作品が生まれたのは、お誘いくださった風蛍さんと、原作のオーガストさんが
あってのこと。
ありがとうございました。
そして、読んでいただいた読者様、どうもありがとうございました。
それでは、また次の作品で。
��007年12月2日 12月でもまだまだあたたかい日♪



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