2007/11/21

(ぷちSS)「レッド・ブレード」(FORTUNE ARTERIAL)(紅瀬 桐葉)



 ある晴れた日のこと。
 学院が休みだからといっても起きる時間は変わらないはずだったけど、
今日に限っては、なぜか遅めの起床だった。
 カーテンを開けなくても、その隙間からはまぶしい太陽の光が差し込んで
いるから、いい天気なんだろう。
 大きく背伸びをしてから、陽菜はカーテンを開ける。続いて窓を開けると、
涼しい風と晴天の日差しが陽菜の身体を包み込んだ。
 11月にしてはあたたかい日。寒いのが苦手な陽菜にとっては、今日は
良い一日になりそうだ。



「さてと、朝ごはんでも食べに行こう」
 すでに朝ごはんには遅く、昼ごはんには早い時間だったが、お休みだから
誰に気兼ねすることもない。しいて言うなら『学食の鉄人』に申し訳ない
くらいだろうか。
 白鳳寮を出て、食堂棟へ向かう。
 歩いていると、顔見知りの生徒とすれ違ったりするが、やはりすれ違う
ばかりで、この時間に同じ方向に向かうような人は少数派なのだろう。
 食堂棟に着いた。予想したように、人影はまばらだ。
 少し寂しい気もするが、混雑しているよりはいいと思うことにして、
料理を注文した。
 威勢のいい掛け声で、あっという間に料理が出てきた。さすがは鉄人と
呼ばれる人だ。
 どこに座ろうかと思って周りを見渡してみると、ある場所に目が止まった。
 流れるような艶のある黒髪。赤いリボンも彼女の雰囲気に合っていて、
まさに絵になるという表現がぴったりだった。
 少しどきどきしながら、陽菜は静かに傍らまで歩いて、やわらかな笑顔で
声をかけた。
「紅瀬さん、おはよう。ここ、座ってもいいかな」



 紅瀬桐葉。陽菜のクラスメートだが、あまり話したことはない。そもそも、
ほとんどクラスでも一人で過ごしているので、誰かと会話している光景を
見ることさえ稀なのだが。
 ちらりと陽菜のほうを見た桐葉は、どうしてこんなことを聞いてくるの
かしら、といった表情を浮かべたが、短く「どうぞ」とだけ答えた。
 ありがとう、と感謝の言葉を伝えてから、陽菜は桐葉の前の椅子に座る。
 すると、目の前の桐葉の食事に、目を奪われた。
「あの……聞いてもいいかな」
「何かしら?」
「紅瀬さんが食べてるのって、麻婆豆腐だよね」
「ええ」
「どうして……そんなに真っ赤なの?」
 桐葉はちらりと陽菜を見ると、麻婆豆腐だからよ、とそっけなく答えた。
 鉄人が作る麻婆豆腐は陽菜も食べたことがあるが、こんなに赤くはなかった。
 もしかしたら、桐葉用の特製超激辛麻婆豆腐なのかもしれない、と、
陽菜は鉄人が作ってくれた陽菜用の特製味噌ラーメンを食べながら思うのだった。



 食後の散歩を一緒にどうかと桐葉を誘ってみると、意外にも了承してくれた
ので、ふたりでゆっくりと海岸通りまで歩いてきた。
 途中、会話がないということはなかったが、桐葉は最低限の受け答えしか
しないので、自然と言葉のない時間が増えていく。
 どうしたものかと思い始めたとき、桐葉が海浜公園を通り過ぎて歩いていく
ので、陽菜もついていくと、見通しの良い丘にたどり着いた。
 どうやらここが目的地のようで、桐葉は草の茂ったところに腰を下ろして、
海を眺め始めた。
 陽菜も、そんな桐葉に倣うように海を見つめるが、次第に桐葉の黒髪に目が
移っていく。
 やさしい風が、桐葉の黒髪を躍らせる。それを見ていると、陽菜の中にある
気持ちが浮かんできた。
「あの」
 その声に、桐葉は陽菜のほうをちらりと振り向く。
「もし、もしよかったら、編ませてくれないかな」
 桐葉はまじまじと陽菜を見つめた後で、こう言った。
「どちらでも」
 と。
 それを聞いた陽菜は、お日さまのような微笑を浮かべる。
 そして、思った。
 今日はほんとうに良い一日になるかもしれない、と。



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