2007/11/01

「『自由』という名の翼」(Canvas2)(エリス、霧、可奈、菫、紗綾、麻巳、朋子)



 やわらかな日差しが降り注ぐ撫子学園美術室。昼休みのおだやかな時間、
いつもならこの時間はほとんど人がいない部室だが、今日はずいぶんと
にぎやかなようだ。
「通り名?」
 美術教師であり美術部の顧問でもある浩樹は、あきれた声を出した。
「そう。ほらほら、私も小説家として新刊が発行されたことだし、ここらで
素敵な通り名をつけてもらおーかなーって思って」
 可奈がチャームポイントの八重歯をきらりと光らせる。
 新刊の発行と通り名の関係はどこにあるんだろう、とその場にいる誰もが
思ったことだが、あえて水は差さない。
「紫衣さんがね、いいのがあったら、次の本のキャッチコピーに使ってくれる
かもって言ってたんだ」
「ほー、そりゃすごいな」
「でしょでしょ! だから、みんな考えてみてよ~」
 適当な浩樹の相槌に気付かなかったのか、それとも巧みにスルーしたのか、
可奈はマイペースで話を進める。
「通り名っていうと、美咲先輩の『撫子の歌姫』みたいなのですよね?」
「そうですね。竹内さんは、確か『水彩の悪魔』でしたよね」
 エリスに応える形での菫の言葉には、特に悪気はない。
「あんまり嬉しくない通り名なんだけどね……」
 美術部部長の麻巳は苦笑いを浮かべる。
「まあ、竹内さんのように不本意な通り名になる可能性もあるかもしれないけど、
それでもいいの?」
「大丈夫ですよ、桔梗センセー。イヤな通り名は却下しますから♪」
 どこまでもマイペースだな、と誰もが思ったが、やはり水は差さない。
「まあ、可奈先輩のお願いだし、ちょっと考えてみようかな」
「ありがと~、朋ちゃんはやっぱりいい子だね~」
 めいっぱい背伸びをして朋子の頭を撫でる可奈だった。
「そうですわね。可愛い教え子のためですもの、私も考えてみますね」
 紗綾がにこにこと笑いながら、可奈の頭を撫でた。
「ありがとうございます、理事長センセ代理センセー♪」
 なんだその呼称は、と浩樹は思ったが、やはり口にはしなかった。



「でも、あらためて考えようとすると、けっこう難しいなあ。お兄ちゃんは
何か思いついた?」
「ん? ああ、別にそんなに大変なことでもないだろ」
 造作も無いことだと言わんばかりの態度だ。
「萩野は『ちびっこ小説家』でいいだろ。帯の惹句も考えたぞ。『謎の新人は
ちびっこ小説家?』ってんだ。どうだ、ばっちりだろ」
「う、うん。確かにばっちりなんだけど……あはは」
 浩樹の後ろに涙目の可奈が立っているので、エリスは苦笑いを浮かべる
しかなかった。
「センセー、私のことキライなの?」
「騒がしいヤツだとは思うが、別にキライって事はないが」
「うう、喜んでいいのか、悲しんでいいのかわからないよ~」
 どんどん沈んでいく可奈。
 さすがに見かねたのか、普段はこういうときにあまり口を開かない菫が
手を挙げた。
「あのう、上倉先生よろしいでしょうか」
「どうした、美咲」
「もしよろしければ、私にも通り名をつけていただきたいと思うんですが」
「美咲には立派な通り名があるだろ、『撫子の歌姫』なんて実に素敵じゃないか」
「それはそうですけど……、私は上倉先生に考えていただきたいんです」
 菫にしては強い口調だった。だから、浩樹も思わず頷いていた。
「ありがとうございます。では、ここにいる全員の通り名を考えていただけると
いうことでよろしいですね?」
「は? おいおい、どうして全員になるんだよ」
「それは当然ですよ。だって、ひとりならまだしも、ふたりがオッケーと
いうことになれば、他のみんなも……ということになりますよね」
「随分と極端な論理だが……」
 反論しかけたところで、浩樹は自分を取り囲む視線に気が付き、肩をすくめた。
「わかった。全員の通り名を考えればいいんだろ」
 浩樹の投げやりな返事を聞いて、美術室にいた全員が歓声をあげた。



「それじゃあ、順番に行くぞ」
 みんなが神妙な顔で浩樹を見つめる。期待半分、不安半分というところだろう。
「『期待の金髪少女画家』、『熱血体育教師』、『小さな小説家』、
『麗しの歌姫』、『美人理事長代理』、『イーゼルの悪魔』、
『毒舌エビフライ』っと。こんなところでいいか?」
「悪くないけど、一文字抜けてるよ、お兄ちゃん」
「無難すぎて笑えないんだけど」
「あ、あんまり変わってない……」
「ほ、褒めすぎですっ……」
「とっても嬉しいのですが、肩書きは少し残念ですわ」
「上倉先生、遺書の準備はいいですか……」
「アンタってひとはぁ~~」



 ごがん。



 普段聞きなれない音が美術室に響きわたり、ドサリという音がした。
 床には、自業自得な美術部顧問が横たわっていた。
「まったく、先生に自由にさせたのが間違いだったのかもしれませんね。
おかげで、この、ある方から譲り受けた『フリーダム』を使うことになって
しまったじゃないですか」
 麻巳がイーゼルを拭きながらぼやく。何で汚れたのかは、あえて言うまい。
「でも、安心してくださいね、みなさん。この『フリーダム』がある限り、
先生の自由にはさせませんから」
 にっこりと笑顔の麻巳。
「あの、竹内さん、よろしいでしょうか」
「どうしたの、菫さん」
「上倉先生、先ほどからぴくりとも動きませんが」
「大丈夫だいじょうぶ、いつものことだから。それに、この
『フリーダム』は”不殺”の誓いがかけられていますので、死ぬことは
ありません」
 これには、さすがの菫も乾いた笑いを浮かべることしか出来なかった。









おわり♪



あとがき



PCゲーム「Canvas2」のSSです。
通り名というか二つ名というか。考えてみるとおもしろいかなあと思って
みたのですが、最後はやはり力技のオチになってしまいました。
別バージョンのオチも考えていたのですが、それはまた気が向いたら。
ネタとしては、以前の”禁断の魔術”なのですが(笑)
それでは、また次の作品で。



��007年11月1日 霜月初めの日~



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