2006/11/30

(ぷちSS)「ワイングラスを掲げて」(夜明け前より瑠璃色な)(カレン・クラヴィウス)






 約束の時間に少し遅れていたため、カレン・クラヴィウスは急いでいた。
 いや、正確には走っていると言われない速度で歩いていた。
 月王国の秘書官たるもの、人目があろうとなかろうと、守るべきルールは
守らねばならない。
 そう思っていることを親友の穂積さやかに話したことがあった。さやかは、
カレンらしいわね、と微笑んでくれた。
 その地球人の友人のさやかとの待ち合わせ場所に向かって、カレンは急いだ。



「あ、カレン。こっちこっち」
 息をはずませながら行きつけのバーに駆け込むと、カウンターに座っていた
さやかが手をひらひらとさせていた。どうやら、もうかなり飲んでいるようだ。
「ごめんなさい。少し遅れてしまったわね」
 さやかに謝り、バーのマスターにはいつものお酒を注文する。
「ううん、私も今来たところだから」
 そう言うさやかの目の前に、空になったグラスがすでにふたつ置いてあるのを
見つけて、カレンはそっと微笑んだ。



「相変わらず忙しいみたいね」
「そうね。でも、今までで1番やりがいのある仕事だと思う」
 月の王女、フィーナ・ファム・アーシュライト。そして、地球人の青年、
朝霧達哉。
 ふたりの結婚という、月と地球にとっても非常に重要な事柄だ。
「達哉さんはとてもよくやっていると思う。まだまだ学ばなければならない
ことは星の数ほどあるけれど、彼ならば最後までやり遂げると思うわ」
 達哉は月に留学し、月学を学び、王家のしきたりを学び、月の政治について
学んでいる最中だ。
「なんたって、自慢の弟ですから」
 さやかは豊かな胸を張って答えた。
 小さい頃から一緒に過ごしてきたさやかだ、達哉のことは誰よりもよく
わかっているのだろう。
 そして、彼が今までに成し遂げることができた数々のことを知っているから
こそ、カレンもそう思うのだ。
「フィーナ様も一緒にいるし、達哉くんのことは心配ないと思うわ。……少し
ばかり問題はあるのかもしれないけど」
 さやかの顔が少し赤みを増したように感じたが、特に問いただす必要を
感じなかったので、それからは静かに杯を重ねた。



 2時間ほど、仕事の話や趣味の話、他愛もない話をした。
 お互いがしゃべるほうではないわりには、会話が途切れることはない。
 それは、ふたりがお酒を飲むようになってから、ずっと変わらない自然な
時間。
 ラストオーダーでスパークリングワインを注文し、ふたりで乾杯するのも、
いつの間にか出来ていたふたりの約束事だった。



「あ、そうそう、ちょっと待っていてくれる?」
 そう言うと、さやかはふらふらと階段をあがっていった。
 いつもどおり、さやかを朝霧家に送り、そのまま帰るのが習慣となって
いたが、今日は違うらしい。
 しばらくして戻ってきたさやかは、、カレンに大きめの紙袋を手渡した。
「申し訳ないけど、達哉くんに渡してもらえるかしら。たぶん、役に立つと
思うの」
「ええ、かまわないわ。中身は?」
「そっ、それはカレンにも教えるわけにはいかないわ。……大丈夫、
危険な物じゃない事は保証するから、何も聞かないで」
「……わかったわ。他ならぬさやかの頼みですものね」
 なぜか顔を赤くしているさやかを見ていたら追求するわけにもいかない
ので、カレンは苦笑しつつ紙袋を受け取った。
「今日は楽しかったわ。また飲みに行きましょうね、カレン」
「ええ、今度地球に来たら、私のほうから連絡するわ」
 ワイングラスを掲げる真似をして、ふたりは微笑みあった。





















おわり



あとがき



PCゲーム「夜明け前より瑠璃色な」のSSです。
あ~、特に事件があるわけでもなく、ごくありふれた風景を書いてみました。
見えないところでイベントは進んでいますが、それが表に出るかどうかは
今のところ不透明です。



それでは、また次の作品で。
��006年11月30日 カレンさんのお誕生日♪



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