2010/04/14

(ぷちSS)「春のひなたの眠り姫」(舞阪 美咲)



 春休みも間近に迫った、三月のある日。
 半日授業を終えた俺は、いったん家に帰って着替えるとすぐに家を出た。
「あら、雄くん。こんにちは♪」
 いつもにこにこ麻美さんが俺を出迎えてくれた。そう、俺の目的地は舞阪家、正確に言
うなら美咲の部屋である。
「こんにちは、麻美さん。美咲、帰ってますよね?」
「ええ。三十分くらい前に帰ってきたわね。雄くんは今日は掃除当番だったの?」
「はい。それに平田先生に荷物運びを手伝わされてしまったせいで遅くなりました」
 部活に関係のある物なら納得もするが、運ばされた荷物は先生の私物だった。
「それだけ気に入られてるのよ。そう思ったほうが嬉しいでしょう?」
「それはまあ、そうなんですが」
 麻美さんに言われると、そんな気がしてくるから不思議だった。
「それじゃ、美咲の部屋に行きますね」
 そう言って上がらせてもらおうとした俺に、
「美咲ちゃんなら、お部屋にはいないわよ」
 と麻美さんが言った。
 え、と……美咲は帰ってきてるんだよな?
「どこか出かけたんですか?」
 わざわざ俺を呼びつけておいて出かけるとは。
「いいえ。そうじゃないわよ?」
「……?」
「お茶をいれてあげるわ。居間で待っていてね♪」
 麻美さんは怪訝そうな表情の俺に微笑みかけると、台所に入っていった。



 うーん、よくわからないが、とりあえず居間に行っておくか。
 そう思った俺は、脱いだ靴を整えてから舞阪家の居間にお邪魔することにした。
 ふすまを開けると、心地よいあたたかさ。暖房はないが、太陽のあたたかさだけで十分
すぎるほどあったかい。
「もう春なんだなあ……」
 そんなひとりごとを呟いて、俺は座布団に座る。
 すると、見慣れたポニーテールが視界に映った。
「ん? ……ここにいたのか」
 居間の反対側の障子を開けると、そこは縁側になっている。ガラス戸が閉められている
ので、ビニールハウスの中を想像してもらえば、そのあたたかさもわかってもらえるだろ
うか。
 そこに座布団を並べて、美咲が昼寝をしていた。
 居間に入った時に気づかなかったのは、障子がほんの少ししか開いていなかったから。
 俺が座った位置に来ると、かすかに縁側が見えるのだ。
 きっと、麻美さんの仕業だ。
 だって、俺がここに座ることを知っているのは、美咲を除けば今は麻美さんしかいない
のだから。



 美咲はというと、気持ち良さそうに眠っていた。
 人を呼びつけておいて何眠ってやがる、と思わないでもなかったが、その寝顔があまり
にも気持ち良さそうだったので、何も言わずにおいた。
「おまたせ、雄くん。美咲ちゃんは見つかったかしら♪」
 お茶の用意をした麻美さんが、楽しそうに言う。
「いいえ。俺が見つけたのは、春のひなたの眠り姫だけですよ」
 そう言うと、麻美さんはますます嬉しそうに微笑んだ。
 まあ、もう少しぐらいは寝かせておいてやってもいいかな。



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