2005/09/29

(ぷちSS)「フィーナの寄り道」(夜明け前より瑠璃色な)(フィーナ・ファム・アーシュライト)



 滞りなくホームルームも終わり、教室には生徒たちのいろいろな声が広がっていく。
 さて、俺も帰るとするか。
「達哉は、もう帰れるのかしら」
 隣の席のフィーナが話しかけてきた。
 フィーナは月のスフィア王国のお姫さまだ。いろいろあって、今はうちに
ホームステイしている。
「うん、今週は掃除当番じゃないし。フィーナは?」
「私も特に用事はないわ」
 かばんに荷物を詰め終えたフィーナが立ち上がる。
「では、帰りましょうか」
「うん」
 俺たちは並んで歩き出した。
 靴を履き替えて校舎の外に出る。すると、もうすっかりお馴染みになった
音が中庭から聞こえてきた。
「……麻衣のフルートの音ね?」
 フィーナが呟く。
「そう、よくわかったね」
「だって、毎日のように聞いているんだもの。それに麻衣の音はとっても
心地良いから覚えてしまったわ」
 それもそうか。
 麻衣は俺の妹で、吹奏楽部に所属している。担当の楽器はフルート。パート
リーダーに選ばれたこともあって、毎日学院の中庭で練習している。
「ちょっと顔を出してみようか」
 中庭に入っていくと、フルートの演奏をしている麻衣の姿が見えてきた。
 ちょうど一曲終わったところらしい。
「あ、お兄ちゃんにフィーナさん。もう帰りなの?」
 俺たちに気づいた麻衣が話しかけてくる。
「ああ、そのつもり。今日は『左門』のバイトもないし、久しぶりに
ゆっくり帰れるよ」
「私も、特に用事は無いわ」
「そうなんだ。じゃあ、ふたりにお願いしてもいいかな」
 麻衣は楽しそうに微笑んだ……。



 フィーナとふたり、弓張川沿いの道を並んで歩く。
「麻衣もちゃっかりしてるよ。俺たちに買い物を頼むんだから」
「あら、別に構わないと思うけど」
 麻衣が俺たちに頼んだお願いは、買い物だった。
 いつもはまとめて買出しに行くのだが、フィーナとお付きのメイドのミアが
うちに来てからというもの、以前よりも物の無くなるスピードが増した。
 そのせいもあって、足りなくなった物を買いに行くことになったのだ。
「ま、確かに暇なんだけどね」
 今日は麻衣が買い物に行く予定だったのだが、麻衣は部活があるので代わりに
俺とフィーナがその役目を受け持つことになってしまった。
「それに、買い物はいろいろなことが体験できておもしろいわ」
 フィーナはおもしろそうだ。
 なるほど。そういう考え方もあるんだな。
 フィーナの立場からすれば、自分で買い物をするということは今までに
ほとんどなかったと言ってもいいだろう。
 だからこそ、新鮮な気持ちにもなれるんだと思う。
「じゃあ、がんばって買い物しようか」
「ええ、そうしましょう」
 俺たちはいつの間にか商店街の入り口に辿り着いていた。



「さてと、これで全部かな」
 麻衣からもらったメモを見ながら、俺は袋の中の荷物を確認していく。
「うん、こっちはOK。フィーナのほうは?」
「ええ、こちらも全部揃っているわ」
 袋の中身を確認していたフィーナがにっこりと微笑んだ。
 ふたりで手分けして買い物したせいか、思ったよりもあっさりと買い物が
済んだ。
「それじゃあ帰るとしようか。フィーナの荷物も持つよ」
「いいえ、軽いから大丈夫よ」
 フィーナはそう言うが、こればっかりはやっぱり男の仕事だからな。
「女の子に荷物は持たせられないって。ほら」
 俺はフィーナから荷物を受け取る。
「あ、ありがとう、達哉」
 そう呟いたフィーナの顔は、わずかにほんのりと赤くなっていた。
 ??
「どうかしたの?」
「な、なんでもないわ」
 フィーナはそう言いきると、スタスタと歩き出した。
「ねえ達哉。少しだけ寄り道してもいいかしら?」
 しばらく歩いているとフィーナが聞いてきた。
「うん、いいよ」
 フィーナのほうからこういうことを言い出すのは珍しかったので、俺は
もちろん賛成した。
「ここのお店よ。ちょっと待っていてね」
 そう言い残してフィーナが入っていったのは、洋菓子屋だった。



「シュークリーム?」
「ええ。このお店のシュークリームはすごくおいしいのよ」
 袋いっぱいにシュークリームを詰め込んで、フィーナがお店から出てきた。
 そういや、仁さんが作ったシュークリームもすごく幸せそうに食べていたっけ。
「へえ、早速食べてみたいけど、今は両手がふさがってるからなあ…」
「では、私が食べさせてあげるわ」
 ……今、なんと?
「はい、達哉」
 フィーナはにこにこしながら、袋からひとつシュークリームを取り出す。
 もしかして、これって……。
「達哉、口を開けないと食べられないわよ?」
 公衆の面前で、しかも月王国のお姫様直々に「あ~ん」攻撃? 
 何やら周りの視線が突き刺さっているような気もするが、断ればフィーナは
きっと悲しむだろう。
 そう思った俺は、恥ずかしさをガマンしてシュークリームにかぶりついた。
「……美味い」
「でしょう♪」
 フィーナはうれしそうに微笑んだ。



「達哉くん、何をしているのかしら♪」
「うわっ」
 突然声をかけられた俺は、思わず声を出してしまった。
「あら、さやかも今日は早いのね」
「ええ、フィーナ様。……それは?」
 同居している従姉のさやか姉さんだった。
 姉さんはフィーナの持っている袋が気になっているようだ。
「シュークリームよ。さやかもどうかしら?」
「せっかくですが、わたしは家に帰ってからいただくことにします」
「そう、わかったわ。それでは帰りましょう」
 そう言って、フィーナは歩き出した。俺たちも後に続く。
 歩いていると、姉さんが俺にだけ聞こえるように話しかけてきた。
「達哉くん、わかっているとは思うけどフィーナ様は……」
 姉さんのお説教がはじまった。
 月のお姫様のフィーナと、地球の庶民でしかない俺。
 立場や身分の違いは、やはり壁となってしまうものなのだろうか。
「……ということなの。わかりますか」
「うん、ごめん」
 俺は素直に謝った。すると姉さんは俺の頭を撫でてくれた。
 いや、これも人前ではやめてほしいんだけどなあ。
「達哉、さやか、どうしたの?」
 いつのまにか歩くのがゆっくりになっていたらしく、フィーナとの
差が開いていた。
「今、行きますフィーナ様。ほら、達哉くん」
「うん」
 俺は早足で歩き出した。
 フィーナとの差を埋めるために。
 いつの日か、フィーナとの差が本当になくなればいいと、俺は心の
奥で願った……。 
 
 





















おわり♪



あとがき



PCゲーム「夜明け前より瑠璃色な」のSSです。
��月29日はフィーナのお誕生日ということで書いてみました。
ちょっとだけシリアスな感じになってしまいましたが、これはこれで
いいかな。
まだゲームはクリアしてないので、細かい部分については目を瞑って
いただけると助かります。
それでは、また次の作品で。



��005年9月29日 フィーナのお誕生日~



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