2008/04/14

「ふたつき遅れの……」(Canvas2)(竹内 麻巳)



業務報告~。
SS「ふたつき遅れの……」を追加しました。
「Canvas2」のヒロイン、竹内 麻巳のSSです。
上のリンクからでも下のリンクからでも、お好きなほうからどうぞです~。
上はいつものhtmlで、下ははてな仕様になります。





「ふたつき遅れの……」(Canvas2)(竹内 麻巳)



 桜の花も散り始め、葉桜がぽつぽつと出始めた頃のある日。
 あたたかな日差しをまぶしく感じながら、キッチンに私は立っていた。
「よし。これなら……」
 ひとりごとを呟きながら慎重に慎重に作業を進めて、ついにそれは
完成した。
 あとは、これを渡すだけだ。むしろ問題は、こちらのほうにあるのかも
しれない。
 閉じようとする目蓋を、父特製のコーヒーで強制的に開けて、私は
撫子学園に向かって歩いた。



 なんとか遅刻することなく学園に着くことができて、私は安堵の
ためいきをついた。
「ふう……」
「お、珍しいな。竹内がためいきなんて」
「か、上倉先生っ!?」
 突然の声に振り向くと、そこには撫子学園の美術教師であり、我が
美術部の顧問でもある上倉浩樹先生が立っていた。
「いや、なんでそんなに驚いてるんだ? と思うが、とりあえず
おはようと言っておこうか」
「あ、お、おはようございます」
「ああ、おはよう」
「……」
「……」
 どのように渡そうか、とここに来るまでの間にいろいろと考えて
いたけど、いきなり目の前に現れるとどうしたらいいのだろう。
 ペースを乱された私にはどうすることも出来ず、かと言って
このままでは先生に不審に思われてしまうかもしれない。
 とりあえず言い訳をしようと口を開きかけた時、救いの神はやはり
唐突に現れた。
「おっはよーー、セーンセーーーーっっ!!」
「ぐはっ」
 奇妙なうめき声を出して、上倉先生がうずくまった。
「だーかーら~、オマエは俺にタックルするのをやめろといつも
言ってるだろーが~、萩野」
「もー、やだなあセンセー。これはちょっとした愛情表現なんだから」
 いつものようにあっけらかんと笑う萩野さん。
 この撫子では見慣れた風景のひとつだ。
 先生にはお気の毒だけど、私にとっては救いの神。
 ありがたくその恩恵を受け取り、私はそそくさとその場を離れた。



 朝は萩野さんに救われたものの、先生に渡すきっかけも無くしてしまい、
休み時間に先生の様子を伺ってみると、意外にも障害が多いことが発覚した。
 鷺宮理事長代理とお話されていたり、お昼は食堂で藤浪さんとじゃれあい、
その後は屋上で菫さんと楽しく談笑し、といった具合だった。
 これは、桔梗先生に天然ジゴロといわれても仕方ないのかもしれません。
「部活の間には渡せないし……」
 嘆いていても事態が進展するわけでもない。部活終了後に目標を定め、
私は部活動に精を出すことにした。
 まずは、美術部顧問の探索からはじまる、いつもの仕事を。



 撫子学園中を歩き回り、各クラブの部長たちにも協力してもらい、
やっとこさっとこ、上倉先生を捕まえることができた。
「ちっ、仕方ない。今日は時間まで付き合ってやるよ」
「顧問のセリフとは思えませんが……、まあいいです。これでもかって
くらい働いてもらいますからね」
 捨てゼリフを吐く上倉先生を引っ張り、美術室の扉を開くと。
 きーんこーんかーんこーん……。
 無常にも、鐘の音が鳴り響いた。
「というわけで、今日はこれまで。みんな、しっかり片づけして早く
帰るようになー」
 はーい、というみんなの声を聞き届けると、先生は踵を返す。
「ちょ、ちょっと待ってください」
「悪いな。今日はこれから職員会議なんだ」
 え?
「そういうわけなの。ごめんなさいね、竹内さん。このバカは、私が
懲らしめておくから」
「桔梗先生……」
 どうやら、職員会議というのは本当のようだ。
 私は呆然としながら、桔梗先生に耳を引っ張られながら歩いていく
上倉先生を見つめていた。



 職員会議という、まさかの強敵に私はなす術もなく、美術部のみんなが
ひとり、またひとりと帰っていく間、私は放心していた。
「どうしたんですか、竹内部長」
 最後まで残っていた鳳仙さんが、私に声をかけてくれた。
「もしかして、またお兄ちゃんのせいでしょうか……」
「部活のことに関してはそうなんだけど、それだけじゃないのよ」
「と言いますと?」
 チャンスはほとんど失われてしまった、それに、別にひた隠しにするような
ことでも、ない……はず。
 そう思った私は、鳳仙さんに話し始めた……。



 昼間はあったかい春風も、茜色の夕日が池の水面を染める時間になると、
さすがに少し冷たく、私は風を避けるように池の中央の東屋にいた。
「先生、まだかな……」
 部室で彼女に話をしたら、
「そういうことですか……。うん、よし、私にまかせてください!」
 なんと、彼女が上倉先生を連れてきてくれると言うのだ。悪いから、と
断ろうとしたのだけど、押しの強い彼女に押し切られてしまい、私は公園に
ある池の東屋で先生を待つことになった。
 どうしてわざわざ公園なんだろうと思ったけど、私のためにやってくれた
ことだし、それに、待つのには慣れているから。
「……って、思ってたんだけどね~」
 待てど暮らせど、というのはこういう気持ちなんだろうか。寒さも
手伝って、このままぼーっとしているのは身体にも精神的にもよくない。
 私は、たまたま持っていた携帯用のイーゼルを立てると、スケッチブックを
セットした。



 さらさらと鉛筆を走らせる。簡単なモチーフだから、デッサンはすぐに
出来た。でも、何かが足りないとわかる。わかっているけど、それが何かは
わからない。
「ふう……、何が駄目なんだろう」
「……そうだな、それは技術以外の部分だろ」
 後ろから声をかけられた私が振り向くと、そこには撫子学園の美術教師で
あり、我が美術部の顧問でもある上倉浩樹先生が立っていた。
「今日2回目のためいきだな」
 そう言うと、上倉先生は缶コーヒーをくれた。ホットのあたたかさが
じんわりと伝わる。
「誰のせいだと思ってるんですか」
「この絵に関してのことなら、俺のせいじゃないな」
「そうでもないと思いますが」
 私はコーヒーを一口飲んだ。あたたかさが染みる。
「ま、それはそれとしてだ。待たせて悪かったな、職員会議が思ったよりも
長引いてな」
「……いえ、お呼びしたのは私のほうですから」
 来てくれたのだから、待った甲斐があったというものだ。
「それにしても、まさか竹内からこういう手紙を貰うとは思わなかったぞ」
「こういう手紙?」
 何のことだろう。首を傾げる私に、先生はその手紙を見せてくれた。



『上倉先生へ
   先生に私の大切なものを渡したいと思います
   中央公園で待ってます
                       麻巳』



 こ、これは……。
「まあ、冗談だとは思ったが、もし本気でも教師として貰うわけには
いかないからな」
 先生は苦笑していた。
 この手紙は鳳仙さんの仕業だろう。意味深な文章のせいで、そういう
意味にとられかねないことが鳳仙さんにわかっていたかどうかは
知らないけど、せっかくだから、少しくらい意地悪しても、バチは
当たらないわよね。
「本気……ですよ、私」
「……へ?」
「先生に差し上げようと、今日まで大切にしてきたんです」
「た、竹内?」
 私は先生の目を正面から見つめる。先生も、私の目から感じるところが
あったのか、先ほどまでのおちゃらけた雰囲気ではなくなっていた。
「どうか、もらってください。私の、大切な……」
 私は目を閉じると、先生にくちびるをそっと突き出した。



「だ、ダメーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」



 その瞬間、大きな声で鳳仙さんが姿を現した。
「え、エリス?」
「竹内部長! あげるのはチョコだって言ったじゃないですかっ。だから
私も協力しようと思ったのに」
 驚く上倉先生と私の間に割り込むように飛び込む鳳仙さん。それが
あまりにもおもしろくて、私は笑ってしまった。
「なっ、何がおかしいんですかっ」
「ふふっ、ごめんなさい。ちょっとだけからかおうと思ったの。先生が
どんな反応をしてくれるのかなあって」
 私はカバンからピンク色の包み紙を取り出した。
「でも、その前に鳳仙さんが出てくるなんて、慣れない事はしないほうが
いいみたいね。はい、上倉先生」
「お、おう」
 あっけに取られたまま、上倉先生は私のチョコレートを受け取ってくれた。
「ふたつき遅れになってしまいましたが、受け取ってください。もちろん、
義理チョコですけど」
「そうか、今日は4月14日だからな」
「ええ。それに、ひとつだけじゃないんですよ?」
「じゃーん♪ エリスちゃんからも、チョコレートでーす」
 鳳仙さんも、隠し持っていたチョコレートを先生の手に乗せた。
「せっかくそばにいるんだもん、今年は直接渡したかったの。本当は家に
帰ってから渡そうと思ってたんだけど、竹内部長も渡したいことを聞いて、
それならこのロマンチックな公園がいいかなって思ったんだよ」
「なるほどね、そういうわけか」
 先生は納得がいったのか、笑って受け取ってくれた。



「それじゃ、部長。お先に失礼します」
「暗くならないうちに帰るんだぞ、竹内」
「はい、わかりました」
 鳳仙さんと上倉先生は帰っていった。私が残ったのは、描きかけだった
絵をもう少し描いておきたかったからだ。
 今なら、さっきまで足りなかった何かがわかるような気がしたから。
 そういえば、さっきは先生、どんな表情をしていたんだろう。
 私は目を閉じていたからわからなかったけど、鳳仙さんがあんな勢いで
出てきたところを見ると、少しは驚いてくれたのかな。
 そんなことを考えていると、自然に笑いがこみ上げてきた。
 よし、今ならいいものが描ける気がする。
 私は鉛筆を手に取った。
 デッサンが完成したら、先生に見てもらおう。そして、その時に今日の
ことを聞いてみよう。先生は、私のことをどう思ったのかって。






 おわり



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