2006/12/03

「菫色のメロディー」(Canvas2)(美咲 菫)



業務報告~。
読み物広場に、SS「菫色のメロディー」を追加しました。
「Canvas2」のヒロイン、美咲 菫のSSです。
上のリンクからでも下のリンクからでも、お好きなほうから
どうぞです~。
上はいつものhtmlで、下ははてな仕様になります。





 目が覚めたら、すでに太陽は空高く昇っている時刻だった。
 休日だからと、のんびり惰眠を貪っていた浩樹が起きてきたのは
��0時過ぎ。普段よりもずいぶん遅い。だが。
「エリスのやつは、まだ寝てるのか」
 同居している従妹のエリスの姿が見当たらないのはいつものことだ。
「ま、休日だしな」
 それに、夜遅くまでキャンバスに向かっていたようだから、仕方の
ないことかもしれない。
 起こすのもかわいそうだし、何より手間がかかるので、浩樹は軽く
朝食を取ってから、出かけることにした。



 11月にしてはあたたかい日差しで、散歩するにはちょうどいい。
 浩樹はどこに向かうでもなく、ぼんやりと歩く。
 たまにはこうゆうのもいいだろう、普段は美術教師としてあくせく
働いているわけだし。
 美術部部長の竹内麻巳が聞いたら、部活に出ていないのに…と呆れる
ことだろうが。
 やがて、浩樹は公園に辿り着いた。幸いにして、池のほとりの東屋の
ベンチには誰もいない。
 横になった浩樹が眠りに落ちるのは、それほど時間はかからなかった。



「~~♪」
 どこかから、きれいな歌声が聞こえている。
 それは、子守唄のように心地よく、聞く者全てをあたたかく包んで
くれるような歌声だ。
 目を声のほうへ向けると、見知った顔がそこにあった。
「おはようございます。上倉先生」
「ああ、美咲か。ま、おはようって時間じゃあないがな」
 その歌声の持ち主は、撫子学園合唱部所属、美咲菫だった。
「歌の練習だったんだろう。邪魔をしてしまったか?」
「いえ、そんなことはありません。私のほうこそ、先生のお昼寝の
邪魔をしてしまったのではありませんか?」
「いや、それどころかとても気持ちよく目覚められたよ。ありがとうな」
 浩樹がやさしく言うと、菫は頬を染めて微笑んだ。
「そうだな、いいものを聞かせてもらったお礼に、お茶でもごちそう
しよう」
「え、そんなの悪いです」
 浩樹の申し出に、遠慮がちに答える菫。だが、
「いいからいいから。この近くに美味しいコーヒーを出してくれる
お店があるんだ」
「ちょ、ちょっと、先生……」
 強引に菫の手を取って歩き出す浩樹。びっくりはしたものの、決して
いやがるそぶりはなく、菫は微笑みながら浩樹に連れられていった。



 浩樹に連れられて歩くこと数分。菫は公園の近くにある一軒のお店の
前に立っていた。
「あの、先生。ここは……?」
 菫はとまどいを隠せない様子で、お店と浩樹を交互に見ている。
「この店だ。ここのマスターが入れてくれるコーヒーが格別なんだ。
この間、偶然発見した、いわゆる『隠れた名店』ってやつだな。
ほら、入るぞ」
 とまどう菫に気づくこともなく、浩樹は店の扉を開いた。すると、
からんからんというベルの音が聞こえ、続いてぱたぱたと
ウェイトレスさんが駆け寄ってきた。
「はいっ、いらっしゃいませー! 何名様で……」
 急速にウェイトレスが固まる。その様子を見て菫は微笑み、
「こんにちは。竹内さん」
 と言った。



「なんだ、美咲は知っていたのか。びっくりさせてやろうと思ったのに」
「すみません。以前、竹内さんからお話は聞いていましたので。でも、
ここに来たのは今日がはじめてなんですよ」
「……びっくりしたのは私のほうなんですけどね……」
 浩樹と菫はテーブル席に座っており、傍らにはウェイトレスさんが
仏頂面で立っていた。
「部長、別にそんなに怒ることじゃないだろ。売り上げに貢献しようと
いう俺の気持ちに感謝するところだと思うんだが」
「無理に来なくても結構なんですが」
 ウェイトレスさんはにべもない。それもそのはず。彼女は撫子学園
美術部部長を務めている竹内麻巳。菫とは同級生である。ちなみになぜ
このお店でウェイトレスをしているかというと、彼女の家がこの喫茶店を
経営しているからである。
 美術部のちゃらんぽらん顧問の浩樹と部長の麻巳は、いつもこのような
やりとりを繰り広げているのだった。
「それはそうと、菫さん。今日はどうして先生と?」
「……それは、上倉先生に……ムリヤリ……」
 そこで言葉を止め、ちらりと浩樹のほうを見る菫。
「……先生。一応言っておきますが、生徒に手を出すのは教育上
よろしくないのでは」
 汚らわしいものを見るような目で浩樹を見つめる麻巳。後ろ手に
イーゼルらしきものを持っているような気がするのは気のせいだろうか。
「出しとらんわっ! 美咲も誤解を招く言い方はやめてくれ……」
 その後、誤解を解く状況説明に10分ほど時間を費やしたのだった。



「そうだったんですか。それならそうと言ってくれればいいのに」
 やっと納得したらしい麻巳が、ようやくお水の入ったコップを
出しながらそう言った。
 出されたお水をごくごくと飲み干して、浩樹が呟いた。
「言ってもなかなか信じなかったのは竹内だろうが……」
「で、おふたりとも、ご注文は?」
 浩樹の呟きはさらっと流して、麻巳が尋ねる。
「俺はブレンドだな。美咲はどうする? ここのコーヒーはオススメだぞ」
「そうですね……では、私もブレンドをお願いします」
「はい、かしこまりました♪」
 にっこりと会釈して、麻巳が注文をマスターへ告げる。しばらくすると、
コーヒーの香りが漂ってきて、麻巳の笑顔と共に、カップが浩樹と菫の
前に置かれたのでした。
「……うん、美味い。やっぱりここのコーヒーはいいなあ」
「本当……ですね。私は苦い飲み物は苦手なのですが……ここの
コーヒーはおいしいです」
「ありがとうございます♪ これからも喫茶『やどりぎ』をよろしく
お願いします」
 ぺこりと頭を下げる麻巳を見て、自然に笑顔がこぼれる浩樹と菫だった。



「それじゃ、お父さん。ちょっと行ってくるね」
 休憩時間を多めにもらった麻巳は、浩樹と菫につきあうことにした。
 ふたりっきりにするのがちょっと心配だったこともあるが、ただ
のんびりと公園を歩くのも悪くない、そう思ったからだった。
 ただ、公園を歩く。たったそれだけのことだけど、麻巳にとっては
新鮮な体験だった。
 なぜなら、いつもの浩樹とは違う表情がそこにはあり、いつもの
菫とは違う表情がそこにはあったのだから。
「先生、私、菫さんがこんなに楽しそうに笑うのははじめて見たかも
しれません」
「そうなのか?」
「はい。きっと、先生が菫さんの心を開いているのでしょうね。
……信じられませんが」
「一言余計だよ」
 そう、この教師としてはちゃらんぽらんな上倉先生だけど、不思議と
人望はあるのだ。
 部長として、この1年を浩樹と過ごしてきた麻巳には、はっきりとは
わからなくても浩樹の良さが理解できている。そしてそれは、菫にも
同じことが言えるのだろう。
 しばらく3人で公園を散歩していると、目の前に見知った女の子が
現れた。
「あ、お兄ちゃんみーつけた♪ そして、美咲先輩に竹内部長、
こんにちは」
 ぺこりと頭を下げたのは、鳳仙エリスだった。



「せっかくのお休みだから、お兄ちゃんとどこかにお出かけしようと
思ってたのに、起きたらお兄ちゃんいないんだもん」
「そりゃ、お前が起きないからだろ」
「まあまあふたりとも。静かにしないと菫さんが集中できないじゃ
ありませんか」
 ここは池のほとりの東屋。菫が歌の練習の続きがしたいと言うので、
戻ってきたのだ。
「ありがとう、竹内さん」
 にっこりと笑って、菫は静かに歌いだした。
 その声は、どこまでも涼やかで、それでいて人の心に染み込んで
くるようなあたたかい声。
 夕焼け色に染まる池の水面を、菫の歌声が響き渡る。
 さわやかな風に乗って、どこまでもどこまでも。



「ねえ、お兄ちゃん。私、スケッチブック持ってくればよかった。
そうすれば、また美咲先輩の絵が描けたのに」
「そうね。歌っている菫さんを、私も描いてみたいって思った」
 エリスの意見に賛成する麻巳。口には出さないが、浩樹も同じことを
思っていた。自分の一番弟子と教え子が自分と同じようなことを考えて
いるのが嬉しくて、浩樹はふたりの頭をくしゃっと撫でた。
「いつだって、描けるさ。絵の具と絵筆があれば、キャンバスに
好きなだけ描けるんだから。
美咲だって、いつだってどこでだって、歌うことができるんだ。
絵を描くこと、歌をうたうこと。
表現する方法は違うけど、それは伝える手段が違うだけで、伝えたい
気持ちは誰だってきっと同じなんだから」
























おわり♪



あとがき



PCゲーム「Canvas2」のSSです。
��1月3日は美咲菫さんのお誕生日ということで書いてみました。
当日は序盤しか書けず、一応それで終わらせてはいたものの、
なんだか物足りなくて。
続きを書こうと思っていてもなかなか時間が取れず、やっと書けたの
でした。
その分、菫分を補給してから執筆できたかなって思います。
コミックスや公式ビジュアルガイドにはかなりお世話になりました。
書いてみて、あらためて僕はCanvas2のお話が好きなんだなあと思いました。
それでは、また次の作品で。



��006年12月3日 美咲菫さんのお誕生日から1ヶ月後~



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