2007/04/19

(ぷちSS)「ぬくもり」(夜明け前より瑠璃色な)(リースリット・ノエル)



 時間がない。
 今日に限って、担任の宮下先生に用事を頼まれてしまい、その処理のために
学院内を駆けずり回り、やっと校門をくぐったら、茜色の夕日が鮮やかな時間に
なっていた。
 俺、朝霧達哉は、靴紐を結びなおし大きく息を吸い込むと、月人居住区内にある
礼拝堂を目指して、全速力で走り出した。



 夜が昼を支配し始める時間に、なんとか礼拝堂に着くことができた。
 俺は、ぜいはあと荒々しい呼吸を繰り返し、かなり大変な目にあったが、
彼女の顔を見られる幸福に比べれば、こんなことはなんでもないことだと思った。
 そして、息を整えると礼拝堂の扉を開いた。
「あら、あなたでしたか」
 ちょうど掃除をしているところだったのだろう、ほうきを持ったエステルさんが
立っていた。
「こんにちは。エステルさん」
 俺が挨拶をすると、エステルさんは掃除の手を休めて挨拶を返してくれた。
「それで、今日は何の用事ですか」
「ええっと……」
 なぜか口ごもる俺。いや、別にリースに会いに来るのが恥ずかしいとかでは
ないはずなんだけど。
 はにかむ俺を見て、くすりと笑うエステルさん。
 こう言っては失礼だが、彼女の笑顔を見るのはとても珍しいのだ。
「何か、今とても失礼なことを考えてはいませんか」
「いえいえ、そんなことは」
 ……顔に出ていたのだろうか。
「まあ、いいです。リースなら、先ほど出かけましたが」
「あ、そうなんですか……。でも、どうして俺がリースに用事があるとわかったん
ですか?」
 やはり顔に出ているのか?
「ふふふ、あなたのことだから、そうではないかと思いました」
 俺ってそんなにわかりやすいのだろうか。
「本当についさっき出かけたばかりですので、追いかけてみてはいかがですか」
「そうですね。ありがとうございます、エステルさん」
 俺はぺこりと一礼すると、礼拝堂を飛び出した。
「まったく、忙しい方ですね。……でも、少し羨ましいかも」
 エステルの呟きは、達哉の耳には届かなかった。



 リースといえば商店街。そう思った俺は急ぎ足で商店街を探すと、あっさりと
リースを見つけることが出来た。
「こんにちは、リース」
「……こんばんは」
 気が付けば、あたりはすでに暗くなっていた。
 リースはいつもの服装で、ふと目を離すと見失ってしまいそうだが、なぜか
俺はすぐに見つけることが出来た。
「今日、リースの誕生日って聞いたよ」
「そう」
 いつものようにそっけない態度。これであきらめてはいけない。そもそも、
あきらめるという選択はないのだけど。
「おめでとう、リース」
「……うん」
「いくつになったんだ?」
「同じ質問には答えない」
「はじめてだけど?」
「エステルが聞いてきた」
 それは、リースにとっては同じ質問になるのだろうが、なんだか少し
ずるくないか?
「用がないなら帰る」
 うわあ、しまった。
「リースともっと一緒にいたいんだ」
「……」
「ダメか?」
「……その質問には答えない」
 そう言いながらも、リースは帰ろうとしない。
「ありがとう、リース」
「……うん」
 そっと手をつなぐと、リースは向こうを向いてしまった。
 でも、リースは手を離そうとはしなかった。
 今日があとどのくらいあるのかわからないけど、出来るだけ、リースと一緒に
過ごせますように。
 と、夜空に輝く月に祈った。



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