2009/08/26

(ぷちSS)「38日目 スパートはまだ早い?」(舞阪 美咲)



 秋の気配が漂って来ようが、八月は八月以外の何ものでもなく、夏休みは残り少なくなっ
ても夏休み以外の何ものでもない。
 つまり、夏休みなのだから夏休みの宿題をするのは当然なわけで。
 俺、笹塚雄一は今日も夏休みの宿題を片付けているのだった。
「しかし、普通ならとっくに宿題は終わっているペースだと思うんだが、雄一はどうして
まだ終わってないんだ」
「夏休みだからなー」
 ぼんやりと弘明の声に返事を返す。条件反射みたいなもんだ。
「別にいいんじゃないかな。夏休みはまだ終わってないんだし、きちんと休み明けに提出
できれば」
「さすがグッさん。今日も眼鏡が似合ってるね♪」
「雄一君。お世辞はいいから手を動かそうね」
「……はい」
 眼鏡をかけたグッさんは笑っているが、得体の知れない雰囲気に俺の背筋はゾクリ。
「雄一はマイペースだからね~。最後に泣きついて来ても、宿題を見せちゃだめだよ、香
奈ちゃん。弘明くんもだよ」
「わかってるよ、美咲ちゃん」
「ああ。親友なら当然だよな」
 美咲による俺包囲網は確実に狭くなっていた。
「まあ、雄一がど~~~~してもって言うなら、条件次第で考えて上げなくもないかもし
れないかも」
 楽しそうに美咲は笑う。いや、お前が何を言ってるかさっぱりわからん。
「お願いします、美咲さん。オラに宿題を見せておくんなましって言うなら、見せてあげ
ると言ってるんだけど」
「んだとコラ!」
 図書館内は恫喝禁止です。



 とは言いながらも、みんなから遅れていることは否定できないが、さすがに俺の宿題も
ゴールが見えてきていた。もちろん、リタイヤというゴールではなく、完走というゴール
である。
 だから、多少だらける時間も取れているのだ。
「そう言えば、次の日曜は雄一君たち試合なんだよね。私たちも応援に行っていいのかな?」
 グッさんの言葉に真っ先に反応したのは美咲だった。
「もっちろん♪ 大歓迎だよ~。わたしマネージャーとして大活躍するからね!」
「いやいや、メインは俺たちだから! 美咲はオマケだから」
「ひどい! 雄一にとっては、わたしは過去のオンナってことなの?」
「そんなこと言ってないけど」
「心の声が聞こえたもん」
 エスパー能力が開花していた。……間違った方向に。
「えーとな、美咲はオマケはオマケでも大切なオマケで、場合によってはメインよりも重
宝されるぐらいすごいオマケなんだ。だから、安心してくれ」
「そう? ……えへへ、それならいいかな。もう、雄一ったら照れ屋さんなんだから♪」
 やれやれ、機嫌が直ったか。
「雄一君、やさしいよね~。美咲ちゃんには特に」
「ほんとほんと。見てるこっちはおもしろいからいいけどさ」
 グッさんと弘明には、後できちんと説明する必要がありそうだった。



「でも、それじゃ早めに宿題終わらせちゃったほうがいいんじゃない? 試合前に終わっ
てたほうが、気持ちよく試合に臨めるんじゃないかと思うんだけど」
 グッさんが首を傾げる。
「それもそうなんだけどさ。無理して宿題をやって、無理してバスケの練習時間を増やし
てもよくないかなって思う。もちろん、できる限りのことはやってるつもりだし、全力を
尽くしてるんだけど、それは普段どおりのことをきっちりやったからこそ、発揮できるよ
うな気がするんだ」
「なるほどな。平常心ってことか」
 弘明がしきりに頷いていた。
「そういうこと。だから、スパートはもう少し先。ゆえに、俺は今日もだらだらと宿題を
するのです」
「と言ってますが、いいの、美咲ちゃん?」
「いいんだよ。雄一は昔からマイペースだもん。ええと、なんていうかな……雄一ペース?」
「よくわからんが、まあそんなとこだ」
 なんてことのない雑談だけど、これも俺たちにとっては普段どおりだった。



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