2005/08/03

(ぷちSS)「フルートとクラッカー」(夜明け前より瑠璃色な)(朝霧麻衣)






 担任のホームルームを終了させる言葉を聞いてから、俺、朝霧達哉は
急いでカバンに荷物を詰め込んで教室を出た。
 教室を出るときに、うちにホームステイしている月王国のお姫さま、
フィーナとすれ違う。
「がんばって、達哉」
「ああ」
 お互いにしか聞こえない程度の声で、囁きあう俺たち。
 それだけで、俺たちは理解しあっていた。
 この後の予定のために。



 ダッシュのおかげで、わずか数分で麻衣の教室に到着。ドアから中を
覗き込むと。
「……いない」
 一足遅かったか?
 俺は近くにいた女生徒に声をかけてみることにした。
「ちょっと聞きたいんだけど、朝霧麻衣がどこにいるか知らないかな。
俺、麻衣の兄なんだけど…」
「麻衣ちゃんですか? 確か、部活に行くって言って教室を出ていきました
けど。吹奏楽部だから、多分中庭じゃないでしょうか」
 中庭か。まだ間に合うかな?
 俺は親切な女生徒にありがとうと言ってから、再びダッシュを開始した。



 中庭に近づいていくと、何かが聞こえてきた。
 何の曲かはわからないけれど、何の楽器かはわかる。
 フルートだ。
 吹奏楽部の麻衣は、フルートを演奏している。
 いつも聴いているので、自然に音だけは覚えてしまったらしい。
 俺は演奏のジャマにならないように、ゆっくりと近づいていく。
 ~~♪
 麻衣はどうやらひとりで演奏しているようだ。
 俺は麻衣が1曲演奏し終えた頃を見計らって、声をかけた。
「よ。調子はどうだ」
「お兄ちゃん? どうしたの、こんなところに」
 突然俺がやってきたことに、麻衣は驚いているようだった。
「や、クラスの子に聞いたら、麻衣はここにいるって言うから。吹奏楽部の
練習なんだって?」
「うん。今日は個人練習の日だから。いつも中庭で練習してるんだ」
 まわりを見ると、同じ吹奏楽部の生徒らしい子達が何人かいた。
 それぞれ個別に練習しているらしい。
「ところでお兄ちゃん。わざわざ私を探しにきたってことは、何か
用事なの?」
「ああ。今日の買い物の当番は俺だろ? ちょっと手伝ってほしいなーと
思ってさ」
「う~ん、どうしようかなあ」
 と言って、こっちを見つめてくる麻衣。
「手伝ってくれたら、今日の夕飯は麻衣の好きなものにしよう」
 すかさず俺が交換条件を提示すると、
「ふふっ。しょうがないなあ。お兄ちゃんは」
 と言って、麻衣はにっこりと笑った。



「えーと、キャベツにネギに、牛肉、豚肉、それから……」
「あ、お兄ちゃん。お醤油がそろそろ無くなりそうだったよ?」
「そっか。んじゃ、醤油っと」
 麻衣の助言もあって、俺たちのカートには順調に品物が増えていく。
 うちにフィーナとお付きのミアが居候するようになってから、以前
よりもいろいろと物が入り用になったのだ。
 量もさることながら、何がどれだけ必要かってのは俺だけでは
ちと把握しきれないからなあ。



「やっぱり麻衣に頼んでよかったよ」
「いえいえ、どういたしまして」
 帰り道、重い荷物を両手に持って、俺たちは夕日を背に仲良く並んで
歩いていた。
 ちょっと思惑とは違ったけど、結果的には目的を達成しているんだから、
まあいいか。
「お兄ちゃん、何か言った?」
「いや、なんにも」
 俺の役目は、麻衣の足止め。
 今日は特別な日なので、ちょっとだけ麻衣が家に帰るのを阻止しな
ければならなかったのだ。
 今頃は、フィーナやミア、従姉のさやか姉さんが準備してくれている
ことだろう。
「大丈夫? 荷物、ずいぶん重そうだけど」
「大丈夫、だいじょうぶ。買い物の手伝いをしてもらったんだから、荷物
ぐらい俺が持たないと」
 俺はさわやかに言いきった。内心では結構重かったりするのだが、
麻衣にカッコワルイところは見せられないしな。



 とか思いながら歩いていると、ようやくうちが見えてきた。
「はい到着~。今ドアを開けるから、ちょっと待ってて」
 麻衣はとたとたとドアに駆け寄ると、俺のためにドアを開けてくれた。
「ただいま~」
 俺が声をかけながら玄関に入ると、スリッパをぱたぱたさせてメイド服の
女の子が出てきた。ミアだ。
「おかえりなさいませ。達哉さん、麻衣さん」
「ただいま、ミアちゃん」
 俺たちは靴を脱いで、台所へ向かう。
「ミア、準備はどうなってる?」
「ばっちりです、達哉さん」
 俺とミアは、麻衣に聞こえないようにこそこそと打ち合わせ。
 どうやら準備は出来ているようだ。
「これを置いたら、居間に行くよ」
「はい、わかりました」
 ミアは一足先に居間に入っていった。
「どうしたの?」
「ああ、フィーナが話があるみたいだ。俺たちもこれを置いたら来てくれ
ってさ」
「フィーナさんが? なんだろうね」
 どうやら麻衣はこれっぽっちも気がついてないようだ。
 
 もちろん俺は知っているので、麻衣を先に居間に入らせる。
 こんこん
「麻衣です。入ってもいいですか?」
「どうぞ。入って」
 居間の中からはフィーナの声が聞こえてきた。
 麻衣がドアを開けると。



 パンパンパン!!!



「きゃああああ?」
 突然の大音響。
 麻衣は当然のごとくびっくりして、俺にしがみついてきた。
 おいおい、落ち着け。
「あら、ちょっと驚かせてしまったかしら」
「だ、大丈夫ですか、麻衣さん~」
「麻衣ったら、びっくりしすぎ」
「菜月ちゃん。そんなことを言ってはかわいそうですよ」
「麻衣、けっこう大胆」
 居間には、フィーナ、ミア、幼なじみの菜月、さやか姉さん、
そして、リースリットがいた。
「え、え、えええ~~??」
 麻衣はまだ何がなんだかわかっていないようだった。
「麻衣、今の音はクラッカーだよ」
「ク、クラッカー?」
「そう。今日は何月何日だ?」
「えっと、8月……3日。……あっ」
 やっと麻衣も気がついたようだ。まあ、机の上にはでっかい
ケーキが用意してあるんだから、わからないほうがどうかしている。
 そう、今日は麻衣の誕生日。
 何日か前にフィーナたちと相談して、麻衣をびっくりさせようと
計画したのだ。
 俺が麻衣を引き止めている間に、フィーナたちに誕生日会の
準備をしてもらう。
 ほんとは俺が準備を引き受けようと思ったのだが、フィーナが
自分から準備の役目を買って出た。
 月のお姫さまとしてではなく、一緒に暮らしている家族として、
麻衣を祝いたいというフィーナの気持ちだった。



「誕生日おめでとう。麻衣」



 口々にみんなでおめでとうを言い、ハッピーバースデーの
歌を歌う。
「ありがとう、みんな。こんなに嬉しい誕生日は、今までで
はじめてです」
 えへへっと笑う麻衣の頭を、俺はやさしく撫でた。
 その目じりには、うっすらと涙の粒が輝いていた……。






おわり♪



あとがき



PCゲーム「夜明け前より瑠璃色な」のSSです。
��月3日は朝霧麻衣ちゃんのお誕生日ということで書いてみました。
まだゲームは発売されてないので、細かい設定とかはいろいろと
違うでしょうが、あまり気にしない方向で。
それでは、また次の作品で。



��005年8月3日 朝霧麻衣ちゃんのお誕生日~



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