2003/06/26

「あの言葉」(君が望む永遠)



 聞きたいけど、聞いちゃいけないような気がする「あの言葉」。
 言って欲しいのに、言ってもらいたいのに、それをしてもらったらダメな気がする。



 今、私は診療所にいます。欅町から新幹線を使えば3時間ほどの距離にあります。
 空気はとってもきれいで、窓からの眺めも素敵です。ここで静かに生活していればある
いは……と思ってしまいそうです。



��『期待』しちゃいけないんだ。)



 小さい頃からだから、そんなふうに考えるのが当たり前になってしまっているのかもし
れません。
 ………………ダメですっ! このままじゃ気持ちが滅入っていってしまいます。『病は
気から』ともいいますし。元気良く、いつもの天川さんらしく行きましょう。
 そうだ! お庭を散歩してみましょう。天気もいいことですし。
 私は外出着に着替えてから部屋を出ました。階段をトントンと降りて玄関へ向かいます。
玄関の近くには受付があります。私は受付まで歩いて行って、うんと背伸びをして声をか
けました。
「すみませーん」
「はい? ……ああ、蛍ちゃん。どうしたの?」
 やっぱりすぐには気づいてもらえませんでした。いくら天川さんがちっちゃいといって
も、そんなに小さいわけではないと思うのに……ちょっとショックです。
「あの、ちょっとお庭を散歩してきます。いいですか?」
「ええ、かまいませんよ。気をつけていってらっしゃい」
 受付の女の方はにっこりと笑ってそう言いました。私は、はい、と元気良く返事をして、
お庭に出ました。
 陽射しが強いので、木陰を選びながらのんびりと歩きます。とってもいい気持ちです。
 ぐるっと回って一周が終わるころ、小さな犬小屋に気が付きました。わんこ、いるのか
な?
 そろそろと犬小屋に近寄って、中を覗きこんでみます。すると、いましたっ! ちっちゃ
なわんこです。
 お昼寝をしてるらしく、すーすーと寝息が聞こえます。なでなでしたいけど、そうした
ら起きちゃうかもしれません。残念でしたが、今日はあきらめてお部屋に戻りました。



 診療所に来てから1週間ほど経った頃、なんと! 鳴海さんが来てくれました。すごく
びっくりしました。
 でも、私は心のどこかで望んでいたのかもしれない。鳴海さんが来てくれることを。こ
んな姿を見られたくなかった。けれど、会いたいって気持ちも間違いなく私のもの。実際、
私は嬉しかったんだと思う。鳴海さんが来てくれた日はすごく調子がよかったから。
 それに、あんなにも幸せな気持ちになれたのだから。
 鳴海さんと交わしたキス。……鳴海さんの心が直接伝わってくるようだった。鳴海さん
は私のことを『好き』だと思ってくれている。……勘違いかもしれない。むしろ勘違いの
方がいいのかもしれない。
 鳴海さんに悲しい想いをしてほしくないから。
 あ、もしかして、私の気持ちも鳴海さんに伝わってないだろうか。決して形には出来な
い、言葉には出来ない、この想い。
 こんなことを考えてしまうのは、やっぱり元気が出てきている証拠なのかな。いつのま
にか鳴海さんのことばかり考えてしまっているのだから。



 でも、ごめんなさい、鳴海さん。私はあなたにお願いしてしまいました。
 決して叶うことはないお願い。
 でも、もしかして。
 そう思う事は、私にとって何よりも幸せな時間でした。
 鳴海さんに「あの言葉」を言ってもらって。
 私も鳴海さんに「あの言葉」を言って。
 それから始まる2人の未来。
 とても幸せな、夢。
 あなたを苦しめてしまうことになるってわかっているのに、私は……。



 私は小さい頃からこんな身体だから、いつそうなってしまうか、お医者さまにもわかり
ませんでした。
 自分が生まれて来た意味って、なんなんだろう?
 その意味を探すために、ううん、探したいから今まで生きてこられたのかもしれません。
 小児科の看護婦になりたいという夢。
 その夢が叶わなかったのは残念だけど。
 代わりに、こんなにも素敵なことを体験できました。
 いろんなことを体験したいと、思っていました。
 でも、『好き』だけは体験したくないと思っていました。
 そう思っていたのに。
 いつの間にか私は体験してしまっていたようです。
 よかった。
 体験できてよかった。
 怖いとか、いろいろな理由をつけて体験したくないと思っていたことが、実は1番素敵
なことでした。
 そして、その素敵なことを私に与えてくれたのは。
 鳴海さん。あなたです。
 今なら、私は自分が生まれて来た意味がわかります。
 ありがとうございます、鳴海さん。



 夜空を見上げると、たくさんの星たちが輝いていました。
 今頃、鳴海さんは何をしているんだろう?
 お風呂に入っているのかな?
 それとも、もう寝ちゃってるのかな?
 もしかして、私宛のお手紙を書いてくれているのかな。
 あなたのことを考えることが出来るのがとってもうれしいです。
 少し眠たくなってきました。
 鳴海さんのことを考えていると、幸せな夢が見られそうです。
 それでは、鳴海さん。
 またね、です。



あとがき





PCゲーム「君が望む永遠」のSSです。
ヒロインの天川蛍の聖誕祭用です。
今回はショート・ストーリーとも言えないような気がします。
決して〆切のせいではないので、何も言えません。
すべては僕の力量不足が原因です。
それではまた次の作品で。



��003年6月26日 天川さんの生まれた日



2003/05/11

「がんばりますっ!!」(君が望む永遠)



「いらっしゃいませ~」
 今日最初のお客様がいらっしゃったことを告げるベルの音が聞こえました。
 私はすかさずお客様の応対を致します。
「喫煙席と禁煙席、どちらになさいますか?」



 私は、玉野まゆ。この『すかいてんぷる』橘町店でアルバイトするようになって、そろ
そろ10ヶ月。
 少しは一人前に近づけたでしょうか。まだまだ熟練というレベルにはほど遠いですが、
一生懸命がんばっております。
「まゆまゆ~。オーダーできたから3番テーブルまでお願い」
「御意っ!」
 大空寺あゆ先輩がオーダーがあがったことを教えてくれました。
 今回のお皿は2枚。これなら大丈夫です!
 私は両手にお皿を持って、3番テーブルへと向かいます。
「お待たせしました~。……ご注文の品はお揃いですか?それではごゆっくりどうぞ!」
 私はお客様に深々と頭を下げて、フロントへと戻りました。
「おはようございます、玉野さん」
「あ、店長さん。おはようございます~」
 店長の崎山健三さんがいらっしゃいました。私たちの間では”健さん”と呼ばれていま
す。
「今日はゴールデンウィークが終わってから最初の日曜日です。また忙しい日になると思
いますが、がんばってくださいね」
「はいっ!がんばりますっ!」
 そうです。休日の『すかいてんぷる』は、いつも人がたくさんいらっしゃいます。特に
ランチタイムなどはまさに戦場といっても過言ではないほど。モノノフの私としましては、
負けるわけにはまいりません。毎日が戦いの日々なのですっ!



「あ~~。やっと落ち着いてきたわねえ」
「そう、ですねえ~~」
 先輩が話し掛けてきました。壁にかけてある時計を見上げると、14時を少し過ぎたこ
ろ。ランチタイムも終わり、私たちもようやくひと息つける余裕が出てきました。
「この忙しい日に、あの糞虫はなんで休みを取ってやがるのかしらね?あんな給料泥棒が
休みなんて100万年早いのよ!」
「なんでも~、彼女さんとデート、らしいですよ?」
 先輩のおっしゃってる糞虫とは、鳴海孝之さんのことです。先輩と孝之さんは、私が『す
かいてんぷる』で働き始めた頃からずーっとお世話になっている方々です。早く先輩たち
のお手をわずらわせないように一人前になりたいものです。
「あんですと~!糞虫の分際で生意気ね。あんなやつは人の3倍働いてちょうどいいぐら
いなのよ」
「では、今度から鳴海君には赤いエプロンをつけて働いてもらうことにしましょうか」
 健さんがいつのまにかそばにいらっしゃってました。
「店長、あの男はそろそろクビにしたほうがこの店のためだと思うわ」
「ははは、まあいいではありませんか。鳴海君だってたまには休みも必要でしょう。彼は
ここのところ毎日シフトに入ってましたからねえ」
「あんなのは死ぬまでこき使ってやってもいいのよ」
「そうですね。あ、ランチタイムも終わって少し余裕も出てきたことでしょう。交代で休
憩を取ってもらってかまいませんよ。私は事務処理がありますので奥にいますので、何か
ありましたら声をかけてください」
 健さんはそう言って、店の奥に入っていかれました。
「どうする、まゆまゆ?」
「先輩がお先にどうぞ~。後は私ひとりでも大丈夫ですから」
「そうね。まゆまゆもだいぶ使えるようになってきたからね。それじゃ後はよろしく~」
「はいっ! おまかせくだされ~」



 えへへ、先輩にちょっと褒められちゃいました。うれしいです~。がんばっている成果、
でているのかもしれませんね~。



ポロンポロン



「いらっしゃいませ~。喫煙席と禁煙席……って孝之さんっ?」
「や、玉野さん。バイトご苦労様」
 お客様は孝之さんでした。どうして孝之さんがいらっしゃったのでしょう。今日はお休
みのはずでは……。
「今日はお客として来たんだ。ほら」
 そう言って孝之さんが指差したのは、彼女さんでした。
「お食事……ですよね?」
「うん。ランチタイムは混んでると思ったから、わざと時間ずらして来たんだ」
「それではこちらへどうぞ~」
 私は孝之さんと彼女さんをテーブルへと案内しました。
「ご注文はお決まりですか?」
「うん。『すかてんS』をふたつ。……それでいいだろ?」
「『すかてんS』ってなんなの?」
「『すかいてんぷるすぺしゃる』のことだよ。前に食べてみたいって言ってたろ?」
「うん。じゃあ、それ」
 彼女さんが頷かれました。……素敵な彼女さんです。
「では『すかいてんぷるすぺしゃる』をおふたつですね。しばらくお待ちください~」
「うん、よろしく。……ところで玉野さん。今日、大空寺のやつは?」
「先輩はご休憩中です。ご用でしたらお呼びいたしましょうか?」
「いやいや! 呼ばなくていいよ。呼ばれるとやかましくてたまらないからね~」
「わかりました♪」
 先輩と孝之さんはいっつもこんな感じです。



「はい、玉野さん。『すかてんS』ふたつあがったよー」
「わかりました~」
 コックさんが出来上がりを教えてくれました。
 『すかいてんぷるすぺしゃる』は今、『すかいてんぷる』で一番人気のあるメニューで
す。ボリュームのあるメニューですが、値段もお手ごろなので若い方を中心に大人気です。
 普通、そんなメニューだと店の売上げにも響くらしいのですが、先輩がおっしゃるには
大丈夫だそうです。なんでも材料に秘密があるそうなのですが。
 私は『すかてんS』を両手にふたつ持って、孝之さんたちのテーブルへと向かいます。『す
かてんS』はボリュームたっぷりなためお皿も大きいですが、がんばって運びます。玉野ま
ゆ、ここで負けるわけにはまいりません!
「おまたせしました。『すかいてんぷるすぺしゃる』です」
「ありがとう~って、玉野さんふたついっぺんに持ってきたの?」
「はい、そうですけど」
「すごいね~。前ふたつ持とうとしたらフラフラしてたのに」
「あ、あのときのことは忘れてください~」
『すかてんS』がメニューに出来たころ、私はお皿をふたつ持ってみたら、見事にバランス
をくずしてころんでしまったことがあります。あの時は散々でした……。
「いや、すごいよ。玉野さんも成長してるんだね~」
「ありがとうございます♪それではごゆっくりどうぞ~」
「あ、ちょっと待って。お持ち帰り、注文してもいいかな?」
「はい。かまいませんよ」
 メニューを孝之さんに差し出します。
「ありがと。ええと……じゃあこれ」
「はい、わかりました。それでは会計の時にお渡ししますね」
「うん。よろしくね」
 私はコックさんにオーダーを伝えました。
「すみません~。『お持ち帰りS』お願いしまーす」



 孝之さんたちが会計のために席を立ったので、私はレジへと向かいました。
「……はい、2500円ちょうどですね。ありがとうございます。では、こちらが『お持
ち帰りS』になります」
 私は孝之さんに『お持ち帰りS』をお渡ししました。
「ありがと。じゃあ、はい」
 孝之さんは私に『お持ち帰りS』を渡しました。???
「玉野さん、今日誕生日だよね。おめでとう。それ、俺からのプレゼント。おやつにでも
食べて」
「孝之さん……ご存知だったんですか」
「うん。っていうのはちょっとウソ。実は今日思い出したんだ。それでプレゼント用意す
る時間がなくて、ごめんね。こんなもので」
 孝之さんはそうおっしゃいましたが、私は……私は……うれしいですぅ!
 孝之さんにプレゼント戴けて、今日は本当に良い日です!
「ありがとうございます。私は果報者ですぅ……」
「あはは。大げさだなあ、玉野さんは。それじゃ、俺たちは行くね。バイト、がんばって
ね」
「はいっ!!玉野まゆ、がんばりますっっ!!!」



あとがき





PCゲーム「君が望む永遠」のSSです。
ヒロインの玉野まゆの聖誕祭用です。今回もなんとか間に合いました。
またまた短めですがね(汗)。
実働数時間ですが、数時間かかってこれだけというのもなんだかなーという感じです。
それではまた次の作品で。



��003年5月11日 PS2版「君のぞ」を早くプレイしようと心に誓った日(笑)



2003/05/04

「ラクロスへの思い」(マブラヴ)



「いよいよ、明日なんだ……」
 夜空に瞬いている星空を見上げながら、私は呟いた。
 11月ともなれば、夜は結構冷え込む。窓を開けたままの室内はかなり寒い。
 だけど、その冷たさが今の私には心地よかった。
 ともすれば揺らぎがちな私の気持ちを、キリッと引き締めてくれるから。



 明日は球技大会。今まで3年間過ごしてきた白陵柊の最後のイベントと言ってもいい。
 それだけに、クラスのみんなもいつも以上に張り切っているような気がする。
 なんだかんだいっても、白陵柊で過ごすのはあとわずかだと、みんなが感じているから
だろうか。
 御剣さんが転校してきてから、ううん、剛田君が転校してきてからかな。騒々しい学園
生活になってしまっているから、受験とか別れとかのしんみりしたことは考える暇もない
くらいめまぐるしく毎日が過ぎていっている。
 やることがいっぱいで大変だけど、みんなと何かをやり遂げることができたら……と思っ
ている。
 勝ち負けが全てじゃない。もちろん、勝てればうれしいんだけど、そこに至るまでの過
程も大事だと思えるから。……思えてきたから。



 はじめは勝ちたい、という気持ちでいっぱいだった。負ければ、きっとラクロス部は廃
部、もしくは同好会だろうか。どっちにしても、あまりうれしくない未来が待っているに
違いないから。
 球技大会の種目にラクロスが選ばれたのは、知っている人も少なく、人気もないから。
 そんな人気のないラクロス部に入る物好きは決して多くない。自分で言っててくやしい
けど。
 だからラクロス部を球技大会の種目にしてみんなの興味を引こうというのが、学園側の
表向きの理由。もうひとつは、みんな知らない種目なら条件は平等、ということだ。
 これでもし来年ラクロス部に新入部員が入らなかったら、部員の人数は試合をするため
の最少人数にも満たなくなってしまう。そうなればラクロス部は……。
 でも、私たちが勝てば、ラクロスの素晴らしさをみんなに見せることができたなら、興
味を持った人がラクロス部に入ってくれるかもしれない。
 ラクロスは、格闘技の激しさとスポーツの華やかさを兼ね備えた、カナダの国技にもなっ
ている由緒正しいスポーツ。みんながその良さを知ってくれれば……。



 しかし、クラスで球技大会の選手を決めるときも苦労したなあ。球技大会用に少ない人
数の6人制でも、すぐには集まらなかったから。珠瀬さん、鑑さん、御剣さん、柏木さん
と私以外の4人はすぐ決まったんだけど、あとひとりが苦労した。もしかして人数集まら
なくて不戦敗になるんじゃないか、と思ったこともあった。でもそれもうまく解決した。
あの白銀君がどうやったのかわからないけど、彩峰さんを出場させるように説得してくれ
たから。彩峰さん、か……。



 トゥルルルルル。
 あ、電話だ。
 私は開けっぱなしの窓を閉めてから、電話を取りに部屋を出た。
「はい。榊ですけど」
「あ、千鶴? 私、茜ー」
「茜? どうしたの、こんな時間に」
 そう言ってから時計を確認してみると、11時だった。そろそろお風呂に入って寝ない
とまずいかな。
「うん。えーと、特に用があるわけじゃないんだけど、どうしてるかなーと思って」
 茜の声はどこか空々しい。
「なあに? 私の様子でも探ろうってことで電話してきたの?」
「ち、違うよ~? 私はただ、千鶴の声が聴きたいなーと思っただけなんだから。ただそ
れだけだよ」
「それにしては動揺してるみたいだけど?」
「し、してないよ? 私はいつも通りの私なんだから!」
「そろそろ白状しなさいよ。3、2、1、はい」
「あ、私の真似」
「そうよ、茜の真似。……ふふっ」
「あはは、やれやれお堅い委員長にそこまでされちゃかなわないね」
「委員長って言うな!」
「あはははは~。ちょっとしかえし。実はね、半分は千鶴の様子見なんだ。といっても香
月先生からの指令なんだけど。これでもD組の生徒ですからねー。先生への義理は果たし
ておかなきゃ」
 やっぱりね。そんなことだろうと思った。茜は態度に出やすいのよね。電話越しでもわ
かっちゃうぐらいに隠すのが下手なんだから。
「でも後の半分はホントに千鶴の声が聴きたかったんだ。本当だよ?」
「うん、わかってる。ありがとう」
「べ、別にお礼言われることじゃないけどね、ま、いいか。それで、どう? 調子は」
「うん、まあまあかな。練習はじめたころはどうなるか不安だったけど、今日までの短い
間でみんな一生懸命がんばってくれたから」
「いろいろ大変だったって聞いたよ~。ゴールがまっぷたつになってたって話も聞いたし」
「あ、あれはその……誰にだって間違いはあるわよ!」
「え? 本当だったの! てっきり噂話だからウソかと思ってたんだけど」
 しまった! 黙ってればわからなかったのに。そうよ、誰もゴールがまっぷたつになる
なんて信じるわけないじゃない。御剣さんだからこそ出来たんだし、御剣さんだからこそ
次の日には新しいゴールが納入されてたんだから。
「……本当に大変だったんだね」
「しみじみ言わないでよ、お願い」
 あまり思い出したくないんだから。
「それに、メンバー集めも苦労したんでしょ? 彩峰さんってあの彩峰さんでしょ。千鶴
がいっつも『ムカつくムカつく』って言ってる」
「……そうよ」
「香月先生がちょっとあせってたから気になってね。先生があんなふうになってるの、は
じめて見たかもしんない。で? 彩峰さんはどうなの?」
「どうってなにが?」
「そりゃもちろん、ラクロスのことに決まってるでしょ。すんごい秘密兵器とか」
「そうねえ、ノーコメント、にしておくわ」
「あーずるい」
「何がずるいのよ。いい? 私たちは敵同士なのよ。簡単に味方の情報を教えることはで
きないわ」
「それもそっか。でも……ふふっ」
「何がおかしいの?」
「だって、嫌ってる人じゃなかったの、彩峰さんは」
「そうよ、私は彼女のことが気に入らないわ。協調性のかけらもないし、何考えてるのか
わからないし。彼女だって私のこと嫌ってると思う。でも、ラクロスやってくれるって言っ
てくれた。どういう経緯でそう思ったのかはわからないけど」
「…………」
「今でも彩峰さんのことは全部が許せるわけじゃないけど、でも……」
「でも?」
「ラクロスやるって言ってくれた言葉は……信じられるから」
「……そっか。……ごめん、変なこと言っちゃって」
「ううん、いいよ、気にしてない」
「じゃあ、白銀君に感謝しなくちゃね!」
「!? な、なんで白銀君が出てくるのよっ!」
「え? だって先生が言ってたよ。『白銀め、余計なことを……』って。白銀君がからん
でることはすぐにわかるよ。監督らしきこともしてるみたいだし」
「あ……」
「いよいよ、千鶴にも頼れる人が出来たって事かなあ。あはは~」
「な、ちょっ、茜?」
「うふふ、それじゃ、そろそろ切るね。これ以上話してると寝不足になっちゃうから」
「あ……うん」
「千鶴、明日は負けないからね!」
「それはこっちのセリフよ」
「うん、じゃあおやすみ~」
「おやすみなさい、茜」
 ガチャ。
 受話器を置いた私は時計を見た。11時30分。あ、いつの間にかこんな時間なんだ。
早くお風呂に入らなきゃ。



 お風呂から上がった私は、すぐに寝る準備をした。電気を消して布団に入る前に、もう
1度だけ部屋の窓を開けた。
 胸一杯に夜の冷たい空気を吸い込む。
 体全体が澄み切っていくような感じがした。
 モヤモヤした気持ちも晴れていくような気がした。
 珠瀬さん、鑑さん、御剣さん、柏木さん、そして……彩峰さん。
 今日までみんな、ありがとう。
 明日は、精一杯がんばろうね。
 クラスのみんなのために。
 そして。
 ラクロス部の未来のために。
 空を見上げると、夜空にはたくさんの星がまぶしく瞬いていた。



あとがき



PCゲーム「マブラヴ」のSSです。
ヒロインの榊千鶴の聖誕祭用です。今回は間に合いました(というかフライング(笑))。
いつもよりもかなり短めですがね(汗)。
ま、SSというものはサイド・ストーリーともショートストーリーとも取れるので、
オッケーですよね?
それではまた次の作品で。



��003年5月4日 千鶴の誕生日イブ(笑)



2003/04/22

「Happy Birthday!!」(君が望む永遠)



「いよいよ、明日なんだ……」
 明日は3月22日。私の誕生日。迎えるのは実に3年ぶりだったりする。
 3年前の8月27日。私は事故にあった。怪我自体は、それほどひどいものではなかっ
たらしい。
 だけど、私の意識は戻らなかった。3日経っても、1週間経っても、1年経っても・・・・・・。
 あの事故から3年経ったと気づいたときのことは、ほとんど覚えていない。
 ただ目の前が真っ白になったことだけ覚えている。白く白く、何も見えない、聞こえな
い世界に。
 その次に目覚めたときから、私の時間は流れ始めた。まるで、3年間の時間を取り戻す
みたいにすごいスピードで。
 私は大切な人を失っていた。はっきりとそう告げられたわけじゃなかったけど、みんな
の態度とかいろいろなもので気づいた。
 私はこのときに、心の底から「3年経った」ということを実感した。
 それから、いろいろあった。
 病院を退院するときに、香月先生から贈られた言葉を使えば、
「人生って、面白いでしょう」
 という言葉が最も的確な表現だと思う。
 私は大切な人を再び得た代わりに、最も大切な親友を失ったのだから。
 コンコン
 ドアをノックする音だ。
「姉さん、電話だよ。お兄ちゃ……じゃなくて、鳴海さんからー」
「うん。今いくー」
 妹の茜が孝之君から電話があったことを伝えてくれたので、私は部屋を出た。
「もしもし? 遙です。……」



 やわらかな朝の日差しが、目覚し時計の代わりに私を起こしてくれた。
 ん~っと伸びをしてから体を起こす。
 お天気でよかった。今日はいい日になるといいな。
 朝ご飯を食べた後、家を出た。正確には茜に追い出されたの。
「姉さん、いい? お昼までは絶対帰ってきちゃダメだからね。それまでどこかで時間つ
ぶしててね。絶対ぜ~ったい帰ってこないでよ!わかったら早く出る!3、2、1、はい!!」
「わわわっ、ちょっと茜~」
 茜に背中をぐいぐいと押されて、家の外へ出てしまった。いったい何をしようとしてる
んだろう。聞いても絶対教えてくれないんだよね、こういうときは。
 私はせっかくだからのんびり散歩することにした。たまにはいいよね。こんなにいいお
天気だもん。
 商店街のほうへ行ってみようかな。なんとなくそちらのほうへと行ってみることにした。
 いつもはあまりウインドーショッピングしないから、たまにすると新鮮な気がした。
 にこにこしながら歩いてるよね、絶対。なんとなくうれしくなってくるんだよね~。
 ふと気づくと、目の前には本屋さんがあった。私にとってはとても思い出深い本屋さん
だ。
 入ってみることにする。絵本コーナーへと向かう私。ちょっとドキドキしている。
 絵本コーナーの棚を上から下まで順番に見ていく。絵本に限らず、本って読んでみなけ
れば、その良さはわからないと思う。でも、ごくまれに運命の出会いのように、巡りあう
べくして出会う本っていうものもあると思う。
 私にとっては『マヤウルのおくりもの』がそうだった。あの本のおかげで孝之君と仲良
くなれたって思うから。
「あれ? 茜? こんなところで何やってるの?」
「え?」
 突然話し掛けられて振り向いてみると、知らない女の子がいた。
 メガネをかけていて、責任感いっぱいな感じの……例えるなら委員長やってそうな女の
子だ。
「あ、す、すみません!人違いでした」
「あ、気にしなくていいですよ。それより茜って……」
「あ……私の、友だちなんです。さっきあなたを見かけたときにその子だと思って…それ
で声をかけたんです。今はもう留学してるころだと思ってたから」
 ……間違いない。この子は私と妹の茜を間違えたんだ。でも、どうしてだろう?
「ひとつ聞いてもいいですか? 私とその友だちをどうして間違えたんですか? 見た目
は似てないと思うんですけど」
「……そうですね。確かに見た目は似てません。先ほどはちらっと見ただけだったから、
勘違いかなとも思ったんですけど。だけど、やっぱり似てます。どことなく雰囲気が似て
るんです。うまく言えないんですけど」
 彼女の答えが嬉しかった。私と茜は性格も違うし、趣味も違うから姉妹らしいところが
あまりないなあと思ってたんだけど、やっぱりどこか似てるところってあるんだなあ。
「あの、どうかしましたか? 私何かおかしなこと言いましたか?」
 あ、やだ。知らないうちに顔がほころんじゃってたみたい。ヘンな人だって思われちゃっ
たかなあ。
「いえいえ、そんなことないです。ごめんなさい、変なこと聞いちゃって」
「?? そうですか。それでは私はこれで失礼します」
 彼女はそう言ってお店から出て行った。
 意外なところで茜の知り合いと逢っちゃった。あとで聞いてみようかな。



 本屋さんを出た私は学園に行ってみることにした。私の母校、白陵柊に。
 坂道を登って行く。結構……辛い。通ってるときはこんなに疲れなかったと思うんだけ
どな。
 やっぱり、3年のブランクは大きいのかなあ。……3年、かあ。こうして見ると、周り
の景色とかはあまり変わってないと思うんだけど、やっぱり変わってるんだよね、いろい
ろなものが。
 よいしょ、よいしょ。
 ふ~到着。やっと門まで辿り着いたよ。なんだかついこないだのことだけど、懐かしい
感じもする。
 変な感じだね。
 グランドには野球部の人やラクロス部の人たちが練習していた。あれ? 白陵にラクロ
ス部ってあったかな。
 私はプールに行ってみることにした。私の記憶にあるプールじゃない、あの立派な室内
プールに。茜が言ってたんだよね~。
「すんごいおっきな室内プールなんだよ~。姉さんびっくりして腰抜かしちゃうかも」
 って。ひどいこと言うよね、全くもう。
 プールに着いた。
 …………。
「すご~い……」
 さすがに腰抜かしちゃうことはなかったけど、まさかこんなに大きいなんて思わなかっ
たよ。茜は毎日ここで練習してたんだね。いい環境だといい練習になるよね。
 ……この室内プールが出来たのは、水月のおかげ、なんだよね。そう思うと、本当に水
月ってすごかったんだなあと思う。
 室内プールを出て、時計を確認する。そろそろお昼になる時間。帰ろうかどうしようか
迷ったけど、あの場所に行ってからにしようと思った。あの丘に。



 一歩一歩踏みしめて歩いていく。私にとっては忘れられない場所。全てはあの丘から始
まったんだから。
 丘の頂上に近づいていく。すると、誰かの人影が見えた。
 あれ、誰かいるのかな。後ろ姿だから誰かはわからない。こんなところで何やってるん
だろう。
 そろそろと近くまで行ってみると、その人は急に振り向いた。わわっ。
「タケルちゃん?」
「え?」
「あ、あれ?」
 もしかして、私また誰かと間違われちゃったのかな?今日は不思議な日だなあ。
「あ、すみません。人違いでした~。私そそっかしくて、よく間違えちゃうんですよ。ホ
ント、ごめんなさい」
「私こそごめんなさい。別に驚かそうとしたわけじゃないんです。まさか、ここに誰かい
るとは思わなかったから」
 誰かがいてもおかしいことじゃないのに、どうして私はそう思っていたんだろう。
 それは、この丘が私にとっては特別な場所だからなのかもしれない。
 孝之君との想い出の場所だから。
「もしかして、あなたも待ち合わせなんですか?ここで」
 その子(もしかして、白陵の生徒かな?)が話し掛けてきた。
「え? …違いますけど。どうしてですか?」
「だって、普通はこんなところまで来る人なんていません。白陵の生徒だってあんまり来
ないんですから」
 そう。私が白陵に通ってた頃もそうだった。あまり人の来ない穴場。だから孝之君のお
気に入りだったんだよね。
「あなたは待ち合わせなんですね?」
「!? な、なんでわかったんですか?」
 この子、自分で言ってたのに気づいてないのかな。あなた”も”って言ってるのに。
「彼氏なんですか、タケルさんって」
「はわわー!どうしてタケルちゃんの名前まで知ってるんですかー!」
 うふふ、かわいい。好きだなあ、こういう子。
 見たところ私より年下みたいだけど、こういう子が妹だと毎日騒がしくて、でも楽しい
んだろうなあ。
 茜も白陵に入る前は元気いっぱいって感じだったけど、今は年相応に落ち着いてきたみ
たいだから。
 そう思うと、3年ってやっぱり長い。私にとってはあっという間だったけど、みんなに
とっては3年分の時間があって、茜も孝之君も平君も、……水月も、見た目だけじゃなく
変わったと思う。……いろいろ、変わったよ、ね。
「あの、どうしたんですか?」
「はい?」
「いえ、何か考え込んでるみたいですから」
 ああ、またやっちゃった。
 最近はあまりなくなってきたけど、退院したあとはしばらく、いろんなことを考えるよ
うになってたから。ふとしたことから、考えちゃうんだよ。答えは出ないかもしれないこ
とを。
「ちょっと、昔のことを思い出したんですよ。ここは、この丘は私にとって、とっても大
切な思い出の場所ですから」
「そうなんですか。……私も、ここ、思い出の場所なんです。いろいろあったけど、最後
の場所はここでした」
「…………」
 どうしてかわからないけど、その風景が目に見えるような気がする。実際に見たはずが
ないのに、見たことあるような感覚。もしかして、デジャヴってやつかな。
 彼女はいろいろな表情をしている。思い出してるのかな。楽しかったこと、辛かったこ
と、悲しかったこと、うれしかったこと、めまぐるしく変わる顔を見ていたら、なんとな
く答えがわかったような気がした。だって彼女は最後に世界一しあわせそうな顔をしたか
ら。



「♪~~~♪」
 軽快なメロディが私のポケットから聞こえてきた。携帯電話の着信音だ。
「あ、すみません」
 私は彼女に一言断ってから電話に出た。
「もしもし?」
「あ、姉さん? 私、茜。もう帰ってきてもいいよー。てゆうか、早く帰ってきて! い
い? じゃね~」
 プツッ……ツーツーツー。
 …………。
 茜ったら言いたいことだけ言って切っちゃった。しかたないなあ、もう。帰ってあげよ
うかな。
「あの、私そろそろ失礼します。ちょっと用事が出来たので。どうもおじゃましました」
「あ、そうですか。私こそ、じゃましちゃったみたいで……、ご迷惑でしたよね?」
「そんなことないです。ちょっとしかお話できなかったけど、楽しい時間を過ごせました」
 私はぺこりと頭を下げて、上ってきた道を降りて行った。途中で振り返ると、彼女もこっ
ちを見ていて、手を振ってくれた。うれしくて、私も彼女に手を振り返した。



 ふ~、やっとうちまで帰ってこられたよ。白陵に通ってた頃よりも時間がかかっちゃっ
た。景色がなつかしくて、いろいろ見ていたせいかなあ。
 ちょっと喉が渇いたから、お茶でも飲みたいな。
 そんなことを考えながら、私はドアを開けた。その瞬間!
 パンパンパン!!!
「きゃっ?」
 よろよろ~、ドスン!
「あいたたた……」
 突然の大きな音に、私はびっくり。いたた、おしり打っちゃったよ~。
「あはははは! ね、姉さん大丈夫~?」
 茜が大笑いしてる。手に持ってるのは……クラッカー。さっきの音の原因はこれだ。
「あ、茜~。ひどいじゃない、も~」
「ご、ごめーん。姉さんを驚かそうとは思ったんだけど、まさか転んじゃうとは思わなかっ
たから、つい、あはは」
「もう、笑い事じゃないよ~。そのせいでお尻、打っちゃったんだからね」
 せっかく早く帰ってきてって言うから帰ってきたのに、もしかしてこのために早く帰ら
せたの?
「そうだよ、茜ちゃん。あんまり笑っちゃ涼宮がかわいそうだよ」
 そう言って茜をたしなめる声は、平君だった。
「涼宮、久しぶり。おじゃましてます」
「あ、うん。いらっしゃい……」
 あれ、どうして平君がいるのかな。ぼんやりしながらそんなことを考えていた私の手を
取って立たせてくれたのは、孝之君だった。あれれ??
「大丈夫か、遙?俺はやめろって言ったのに、茜ちゃんがどうしても聞かなくてさ~」
「あ、ひどーい鳴海さん。言い出しっぺのくせに私だけ悪者にしようとするんですか」
「いや、確かに言い出したのは俺だけど、クラッカー使うって言い出したのは誰だったっ
け?」
「う、それは……」
「ふふ~ん♪というわけでだ、遙、悪いのは茜ちゃんなんだよ」
「…………」
「あれ? 遙?」
「言い出しっぺは、孝之君だったんだ……」
「う」
「2人して、私を驚かそうとしたんだ……」
「ううっ」
 茜も孝之君もひどいよ。
「ま、まあまあ涼宮。2人とも悪気があったわけじゃないしさ。そのへんで勘弁してやっ
てよ」
「ごめんな、遙」
「お姉ちゃん、ごめん」
 2人とも反省してるようだし、平君に免じて許してあげようかな。
「もういいよ、ふたりとも顔上げて」
 いつまでも怒っててもしょうがないし、ふたりともわかってくれたと思うからもういい
よ。
「じゃあ、遙の機嫌も直ったところで、茜ちゃんアレの準備だ!」
「了解! お兄ちゃん」
 茜があわただしく部屋から出ていった。なんなんだろう?
「あ、遙はそのソファーに座っててね」
「あ、はい」
 孝之君が私の手を引いて座らせてくれた。え、いったい何が起ころうとしてるの?
「遙、心配することないからちょっとだけ待っててくれないかな」
「…うん、わかった」
 待つこと1、2分。ドアをノックする音が聞こえた。茜だ。
「準備できたよ、お兄ちゃん」
「オッケー!……遙、ちょっとだけ目をつぶっててくれないか」
 そう言って、孝之君は私に目隠しをした。なんだろなんだろ。私、ドキドキしてる。
「慎二!」
「おう!!」
 ガチャっとドアの開く音が聞こえた。茜が入ってきたってのはなんとなくわかるけど…。
 ガサガサと何かやってる物音が聞こえる。2、30秒でその音もなくなった。
「準備完了!」
 茜の声と共に、孝之君が目隠しを外してくれた。
 私の目に映ったのは、なんと! 50センチぐらいの高さのケーキだった。うわあ……。
 そっかあ、この準備のために茜は私を追い出したんだ。孝之君や平君がいるのもそうい
うことなんだ。
「ハッピバースデー♪ハッピバースデー♪うふふっ、おっきなケーキでしょう。今ローソ
ク立てるからね~」
 茜がうれしそうに口ずさみながらローソクを1本1本立てていく。数えてみようかな。
「1、2、3、4……あれれ?3本多いよ?」
「……お姉ちゃん、いくつになったと思ってるの?もう」
 茜が苦笑しながらローソクに火をつけていく。
 そうか、3年分多いんだ。
「だって、しかたないじゃない。頭では理解してるんだけど……」
「だから今までの分も含めて、今日は遙の誕生日を祝うんだ。ケーキの大きさもハンパじゃ
ないだろう?」
「うん、おっきくてとってもおいしそう」
「こんなデカイケーキは届けてくれないから、俺と孝之でケーキ屋から運んできたんだよ」
「そうなんだ。ありがとう、平君。孝之君もありがとう」
「いやいや、遙のためならお安いご用さ。お、ローソクに火、つけ終わったみたいだ。そ
れでは、涼宮遙さん、どうぞ!!」
 すう~っ、ふうう~っ。よしっ、全部消せたよ~。
「おめでとう、遙」
「おめでとう、姉さん」
「涼宮おめでとう!」
 みんなが拍手してくれた。えへへ、うれしいな。
「みんなありがとう。今年の誕生日はね、すごくしあわせ。うふふ。だって、みんなに祝っ
てもらえたから」
 みんな。みんな、か。みんなって言ったけど、ひとりだけ足りない。私にとってとても大
切なあの……。
 プルルルルル。
 そのとき、私の携帯電話から着信を示す音が流れてきた。いつもと音が違うのは電話番号
を登録していない人だからだ。いったい、誰だろう。
「涼宮、出てみなよ。きっと出るまで鳴り止まないと思うよ」
「? うん、わかった」
 平君がそう言うから、出てみることにした。もしかして…。
「も、もしもし?」
「…………」
「あの、もしかして……水月?」
「……うん。久しぶりだね、遙」
「……うん。久しぶり、だね」
 水月からの電話だ。私が退院した日以来、会っていなかった水月からの電話。いろんな話
したい事があったはずなのに、いざこうして機会が与えられると、何を話していいか、何を
話そうか、全然思いつかない。おかしいな。
「まず先にお祝いを言っておくね。遙、誕生日おめでとう」
「ありがとう。水月、覚えててくれたんだ」
「当たり前でしょ、遙の誕生日なんだから。……親友の誕生日は忘れないよ」
「!!」
「ど、どうしたのよ、遙?」
「私のこと、親友って思ってくれてるんだ……」
「……何度も言わせないでよ、当たり前でしょ」
「……うん」
「ほんとはね、会いに行けたらよかったんだけど、まだダメだと思うから。もうしばらくは
距離を置いて、ゆっくり考えたいの」
「うん」
「さらに白状しちゃうとね、電話も……ためらってたんだ。さっきも番号を押す手が震えて
た。でもね、そんな私の背中をちょっとだけ押してくれた人がいたんだ。だから、勇気が出
たよ」
「うん」
「……遙、さっきから『うん』ばかり言ってるよ」
「うん」
「ふふ、遙らしいね」
 電話越しの水月の声はやさしく笑っていた。水月はやっぱり、水月だ。
「それじゃあ、そろそろ……電話、切るね。みんなに、よろしくって言っといて」
「そう……わかった。うん、伝えとく」
「それじゃ、ばいばい。……じゃなくて、またね、遙」
「うん、またね、水月」
 プツッ、ツーツーツー……
「孝之君、平君、茜、あのね水月ね、元気そうだった。みんなによろしくって」
 私はみんなにそれだけ伝えるのが精一杯だった。
 だって、今までこらえていた涙があふれてきたから。
 水月、ありがとう。私はここで元気にやってるよ。
 たとえどんなに距離が離れたって、私たちの想いは変わらないよね。
 だって、私たちは親友なんだから。
「今日は、みんなにお祝いして貰えた記念日…だねっ!」



あとがき





PCゲーム「君が望む永遠」のSSです。
ヒロインの涼宮遙の聖誕祭用に書いていたんですけど、いろいろあって1ヶ月も
伸びてしまいました。
セリフの一部はどこかで聴いたことがあるかもしれませんが、気のせい、ということで。
あと、このSSのイメージソングは栗林みな実さんの「HAPPY BIRTHDAY」です。
僕が勝手にイメージしているだけですが(笑)
それではまた次の作品で。



��003年4月22日 遙の誕生日からひと月後



2003/03/14

「D.C.Valentine Memory」(D.C.~ダ・カーポ~)



 ジリリリリリリ・・・・・。
 目覚し時計の音が部屋に響き渡る。
 やかましい。
 目覚ましを止めなければならないのがかったるくてしかたない。が、止めないともっと
かったるいことになりそうだ。
 俺はベッドの中から手を伸ばして、鳴り続けている目覚ましを止めた。
 ポチ。
 部屋は先ほどのうるささが嘘のように、静けさを取り戻した。
 音夢がいれば、目覚ましを使う必要はないのだが、あいつは看護師になりたいと言って、
看護学校に進学し、看護学校の寮に入ってしまった。去年の春のことだから、そろそろ1
年が経とうとしている。
「かったりぃ・・・」
 俺はそう呟いて、制服に着替えるためにベッドから出た。



 トーストとコーヒーの味気ない朝食を済ませ、家を出る。
 2月の朝はまだまだ寒い。
 なんで俺はこんなに寒い中、学園に向かっているのだろう。たまには休んでもバチは当
たらないのではないか? 毎日毎日、週に5日も学園に通っているのだから、たまに休ん
だりしても問題はないだろう。
 そう思った俺は回れ右をして、閉めたばかりの家の鍵を取り出そうとした。
「朝倉せんぱーい!」
 誰かが俺を呼ぶ声が聞こえた。声を聞いただけで誰だかわかった。というか、朝からこ
んなに元気なヤツは俺の知り合いの中ではひとりしかいない。そいつはたたたっと走って
きて、俺の前で急ブレーキをかけて止まった。
「おはようございます。朝倉先輩。今日は早起きなんですね!」
「・・・お、美春か。いや、俺らしくもないので今日は家でのんびりしていることにする
よ。それじゃ」
 俺は美春にそう言うと、家に入ろうとドアに手をかけた。
「ダメですよ! 朝倉先輩! 朝倉先輩の面倒を見るように、音夢先輩から申し付けられ
ているんですから。この美春の目が黒いうちはおサボリは許しませんからね!」
 この状態の美春には何を言ってもダメだろう。それに、こう見えても美春は風紀委員。
すでに危険人物として風見学園のブラックリストに載っている身としては、今後の学園生
活のためにも目立つ行動は控えねばならない。そうなのだが、やはり
「かったりぃ」
 と、思わず呟かずにはいられなかった。
 しかたなく、俺は学園に向けて歩き出すことにするのだった。



 キーンコーンカーンコーン。
 午前の授業の終了を告げるチャイムの音が鳴った。
 昼休みのはじまりを告げるチャイムでもあるその音を目覚ましに、俺の頭は覚醒する。
 俺は中庭に向かうため、教室を後にした。
 最近、昼食は中庭でことりと食べるようにしている。数日前、ことりに
「手料理が食べてみたい」
 と言ったら、お弁当を作ってきてくれるようになった。それまでは、中庭で食べたり、
食堂で食べたりといろいろだったのだが、さすがに手作りのお弁当とあっては、人の集中
される所は避けたいと思うのは当然だろう。2月のこの時期、中庭で食事をしようとする
生徒の数は少ない。ま、中には外で食べたいと思う生徒もいるようだが。
 それに、人目を避けたい理由はもうひとつある。
 学園のアイドル、白河ことり。その名を知らないものはいないほどの学園の有名人。去
年の卒業パーティーから俺とことりは付き合うようになった。卒パでの出来事は俺にとっ
て(ことりにとっても)一生の思い出だ。全校生徒の前であんなことをしてしまったので、
俺たちの仲を知らない人はいないほどなのだが、それでもことりの人気は未だに根強い。
 さすがに、みんなの前でいちゃつくようなことはしたくないから、こうしてわざわざ中
庭に来ているというわけだ。
 俺はいつもと同じぐらいの時間に着いたのだが、ことりはまだ来ていなかった。教室を
出る前にことりの方を見たら、友達と話をしていたようだったから、それが長引いている
のかもしれない。
 ベンチに座って、空を見上げた。どんよりした曇り空。太陽が出ていないせいだろうか。
いつもより少し寒かった。
「だ~れだ?」
 ふいに、誰かの手が俺の目隠しをした。こういうことをする知り合いには事欠かない様
な気がするが、声と手の感触、それに耳元にかかるかすかな息遣いから、俺にはそれが誰
だかすぐにわかった。
「お待ちしておりました、姫様」
「わ、姫様だなんて・・・もう、冗談ばっかり~」
 ことりはそう言うと俺の隣に腰をおろした。
「ごめんね、朝倉くん。ちょっと友だちとの話が長びいちゃって。ほんと、申し訳ないっ
す」
 ことりはお弁当の用意をしながら、俺に謝ってくれた。
「今日のお弁当のおかずは何?」
「えっとね。鳥のからあげと、卵焼きとほうれん草のおひたしです」
 いつも通り、とてもおいしそうだ。音夢の料理だと見た目はよくても、味のほうは……
といった感じなのだが、ことりは見た目通りの味なので問題はないだろう。
 俺はさっそく食べようと箸を探す…………あれ?
「あの、ことり? 箸が一膳しかないんだけど」
「うん。今日は私が食べさせてあげる。はい、あ~ん」
 ことりはからあげをつまんで、俺の口元まで持ってくる。思わずあたりを見回してしま
う俺。
「えっとですね、今日は朝倉くんと一緒に帰ることが出来ないんですよ。その代わりとい
うと変なんだけど、そのぶん朝倉くんにいろいろしてあげたいな、と思って」
 なるほど。そういう理由だったのか。突然のことにさすがの俺もびっくりしちまったよ。
 俺はことりが作ってくれたからあげを頬張った。もぐもぐ。うん、美味い。まさに絶品
としかいいようがない。
「どうですか?お味のほうは」
「いちいち言わなきゃいけない?」
「ええ、聞きたいです。朝倉くんの口から」
「おいしいよ。ことりの作る料理は最高だ」
 照れながらそう言うと、ことりは満面の笑顔を浮かべた。笑顔ってのは女の子の最強兵
器だと思った。



 何事もなく午後の授業は終了。
 さくら先生が手短にホームルームを済ませる。
「はい。それじゃ今日は連絡事項もないのでこれでおわり~。みんな、寄り道しないで帰
るようにね。特に、男の子はお菓子屋さんに行かないこと。チョコは自分で買うんじゃな
くて、一番大切な人からもらうものなんだから」
最後に余計な一言をクラスに残し、さくらは職員室へと戻っていった。
 誰だって自分でチョコなんて買いたくないに決まっている。それに、バレンタインは明
日だってのに、さくらのせいで意識しちまうじゃないか。やれやれ。
 ちらっとことりのほうを見ると、さりげなく俺にだけわかるように手を振ってくれた。
これは、期待してもいいってことでしょうか?
 ことりは友だちといっしょに帰るらしいので、俺はほとんどからっぽのカバンを持って
教室を出た。掃除当番でもないのに教室に残っていたってしかたないからな。
 正門まで歩いてきたところで美春に声をかけられた。
「朝倉先輩!お帰りですか?」
「ああ、そうだけど」
「白河先輩とは一緒じゃないんですか?」
「今日は友だちと用事があるんだってさ」
 つきあっているからといっても、俺たちはいつも一緒に帰っているわけではない。そりゃ
一緒にいられるに越したことはないし、一緒にいたいとは思うけど、お互いにいろいろと
都合もあるからな。
「・・・じゃあ、今日は美春と一緒に帰りませんか?」
「そうだな。ま、たまにはいいか」
「それじゃ、行きましょう!先輩♪」
 そう言うと、美春は嬉しそうに歩き出した。しっぽがあったらぶんぶんと振っているこ
とだろう。ほんとに美春ってわんこだよな。
 俺たちは桜公園を歩いている。美春は島の西側に住んでいるので、公園を出たところに
あるバス停まで送るのがいつものパターンだ。ちなみにことりを送るときも同じバスを使っ
ているので帰り道は同じだったりする。
「あ!朝倉先輩、チョコバナナの屋台がありますよ。おいしそうですね~」
 お前はチョコバナナの屋台がおいしそうなのか? ・・・違うよな、チョコバナナがお
いしそうなんだよな。
「食べるか?」
 返事はわかりきっているが、一応聞いてみる。すると、
「はい!!」
 と、元気のいい返事が返ってきた。バナナに目がない美春には愚問だったようだ。
「それじゃ美春が先輩の分も買ってきますね。朝倉先輩はそこのベンチで座って待ってい
てください」
 俺の返事を聞く前に、美春は屋台のところまで走っていった。
 さすが、バナナ帝国の国民。その行動力はバナナエネルギーから得ているんだろうか。
 ベンチに座ってバカなことを考えていると、美春がチョコバナナを2本持って走ってき
た。
「・・・速すぎ」
「だって先輩が早く食べたいんじゃないかなーと思って。お待たせしちゃバナナにも悪い
ですから」
 早く食べたいのはお前だろ、というツッコミはさておき、美春からチョコバナナを受け
取る。代金を美春に払おうとすると、
「あ、今日は美春のおごりです♪ 今、美春の財布はほかほかなんですよ。それに・・・」
 美春はちょっと恥ずかしそうに目を伏せて続ける。
「明日はバレンタインですから。1日早いんですけどね」
 チョコバナナを食べている美春の横顔は、いつもよりもほんのちょっと嬉しそうだった。
 美春の気持ちはなんとなくだが、わかっていた。だが、俺が選んだのはことりだった。
 卒パでの一件を知った後、数日はギクシャクしていたが、今では以前のように話せるよ
うになっている。
 そして、チョコバナナとはいえ俺にチョコをくれる美春。ことりのことを考えて、わざ
と1日前に渡すようにしてくれたんだな。バレンタインデー当日は恋人であることりのも
のだから。
「ありがとうな、美春」
「いえいえ、どういたしましてです♪」
 俺はチョコバナナを食べた後、しばらく雑談をしてからバス停まで美春を送っていった。



 家に帰りついた俺を待ちうけていたのは、電話の音だった。かったるいので、無視して
リビングへ行く。どうせ、しばらくすれば静かになるだろう。そう思っていたのだが、電
話は鳴り止まない。すでに20回はコールしてるような気がする。誰だよ、まったく。俺
はあきらめて受話器を取った。
「もしもし?」
「あ、兄さんですか? 音夢です」
「音夢? なんだ音夢だったのか。それならそうと言ってくれればいいのに」
「言える訳ないでしょ。全く、兄さんは……」
「それより何の用だ? 用が無いなら切るぞ、じゃあな」
 俺はそう言って、受話器を置く素振りをする。
「わー! 待って待って!! 用事あるんですから切らないでー!!」
「……冗談だよ」
「ひどいよ、兄さん。久しぶりに声を聞いたかわいい妹にすることじゃないと思うんです
けど」
「悪かったよ、んで、何の用?」
「あ、えっとですね。兄さん、明日は何の日だか知ってますか?」
「……何の日だ?」
「バレンタインデーですよ。もう、ほんとは知ってるくせに~。それで、かわいい妹から
もチョコレートを兄さんに上げようと思いまして。今日、宅配便で送りましたので、明日
しっかり受け取ってくださいね」
「もしかして、音夢の手作りとか」
「ええ、そうです。苦労したんですよ?」
 気持ちはうれしい。が、食べた後に訪れる悲劇を考えると素直に喜べないものがある。
胃薬、あったかな。
「……兄さん、今すご~く失礼なこと考えていませんか」
「ははは、何を仰る音夢様。謹んで受け取らせて戴きますです」
「何かバカにされているような気がしますけど、まあいいです。用件はそれだけです」
「わかった。わざわざご苦労だな」
「いえいえ、それではまた電話しますね」
 そう言って、音夢は電話を切った。本当にご苦労なこった。しかしこれで受け取らない
わけにはいかなくなったな。明日また電話がかかってくるような気がする。ちゃんと受け
取ったかどうか、そしてちゃんと食べたかどうかの確認の電話が。本当に胃薬を探してお
く必要があるかもしれない、と俺は思った。



 俺は桜の木の前に立っていた。元・枯れない桜の木の前に。
 もちろん、魔法は溶けてしまっているので、桜には花びらはなく、寂しい景色だ。現実
ならば。
 しかし、今、俺の目の前の桜は満開だ。
 夢を見ているんだな、とそう思った。
 誰かの夢を覗き見てしまう力は、俺にはもうない。という事は、これは俺の夢だ。
 最近では夢を見ることは時々あるが、ぼんやり覚えている程度だ。
 夢を見ていたという記憶はあるような気がするが、どんな夢だったかは覚えていない。
そんな感じ。
 だから、こんなにはっきり夢を見るのは久しぶりだ。
 桜の周りには誰もいない。だがどこからか、かすかに何か聞こえてくる。
 それが何かははっきりとわからないのだが、どこかで聞いたことがある歌声だった。
 その歌声を聞きながら、俺はだんだん夢から覚めていくのを感じていた。



「……くん。……くん」
 んー。……ぐー。
「もう、朝ですよ。起きてください~」
 ゆさゆさゆさ。
 ん? 今日は音夢のやつ、随分やさしいな。いつもなら広辞苑の一冊や二冊くらっても
おかしくはないのに。
 ……んん? なんで音夢がいるんだ? あいつは今、初音島にはいないはずじゃないの
か。
 がばっ
 起きた俺の目に飛び込んできたのは、
「あ、おはようございます、朝倉くん。もうすぐ朝食ができますよ」
 制服の上にエプロンをつけている、ことりの姿だった。なに!
「な、なんでことりがいるんだ?」
 あまりに唐突な出来事に、いつも起きた直後はまどろんでいる俺だが、すっかり目が覚
めてしまった。
「なんでって、それは朝倉くんに朝ご飯を作ってあげたいな~と思ったからですよ」
「どうやって家に入ってきたんだ?鍵はかかってたはずだけど」
 俺は当然の疑問を聞いてみた。
「もちろん鍵を開けて、ですよ?」
 違う。俺が聞きたいことはそんな当たり前のことじゃなくて。
 そもそも島の西側に住んでいることりがどうやって俺の家まで来れたんだ?
 いろんな疑問が頭に浮かんできた。なんで朝からこんなにも頭を使わなきゃならないん
だ?
「どうやら目はバッチリ覚めたみたいですね。それでは朝ご飯を食べましょう。私は先に
行って準備してるから着替えて降りてきてくださいね」
 ことりはそう言って、リズミカルに階段を降りて行った。
 何がなんだかわからなかったが、とにかく着替えることにした。
 ここで考えていても仕方ないし、何よりキッチンからはうまそうな朝食の匂いが漂って
きていたからだ。



 ささっと着替えて、トントンと階段を降りて行く。
 キッチンのドアを開けた俺の目に飛び込んできたのは、
「おはよう、朝倉。外はいい天気だぞ」
 まるで自分の家のようにくつろいで新聞を読んでいる暦先生だった。
「な、なんで暦先生がうちに?」
「あー、それはだな、ことりに頼まれたんだ。今日は朝倉とずーっと一緒に過ごしたいん
だと。幸せものだな」
「いや、先生がいる理由にはなってませんけど」
「やれやれ。珍しく早起きしたら頭の回転がニブイようだな。ことりがどうやってここま
で来ることができたかを考えれば、わかるようなもんだが?」
 そう言われた俺はちょっと考えてみることにした。
 …………。
 …………。
 かったりい。
「まったくお前って奴は。私が車で送ってやったんだ。さすがに朝早くだし、ふたりっき
りはまずいだろう。そう思って私もここにいるというわけだ。ちなみに家の鍵は朝倉音夢
から預かっていたんだ。『兄さんに万が一のことがあるといけないので』と頼まれていて
な」
 ……音夢のやつ、いつの間にそんなことを。俺はそんなに信用できないやつだっていう
のか?
「朝倉くん。音夢のことを怒らないであげてくださいね。音夢は朝倉くんのことが信用で
きないからじゃなく、大切な兄さんだから、なんですから」
 ことりが朝食の準備をしながら音夢のフォローをする。
「そうだといいけどな」
 そう言って、俺はことりが用意してくれた朝食に手を付けた。



 ことりに起こされて、ことりと朝ご飯を食べて、ことりと一緒に学園へ行く。いつもは
出来ないことが、今日はこんなにたくさん出来ている。
 そして、ことりと昼食。
「はい、朝倉くん。あ~ん♪」
 ことりは今日も俺に恥ずかしい思いをさせたいようだ。
「ことり。ありがたいんだけど、今日は自分の手で食べたいんだけど」
 俺がそう言うと、ことりはちょっと残念そうにしながらも、箸を俺に渡してくれた。
 さすがに頻繁にそういうことは人前で出来ないからな。いくら俺たちの仲が周知の事実
とはいっても。
「それじゃ、今日は私に食べさせてください。あ~ん」
 な、なにっ?そういう返し技でくるとはっ!
 思わず周りを見渡した。中庭には何組か俺たちと同じように昼食を食べている生徒がい
る。俺がそいつらのほうを見ると、みんな気まずそうに目をそらす。くそ、こいつら何気
ない振りで様子を窺ってやがる!
「どうしたんですか?はい、あ~ん」
 ことりが催促をしてくる。その顔は………可愛い。
 こんな顔を見せられて抵抗することができるだろうか?……俺には無理です。
 俺は他の奴らに見せつけるように、ことりと幸せな昼食をすませた。
 ことりの喜ぶ顔が見られるなら、なんだってできる。今日の俺はどこかがマヒしている
ようだった。



 かったるい授業が終わって放課後。ことりが俺の所へとやってくる。
「朝倉くん、一緒に帰りましょう」
「そうだな」
 俺はからっぽのカバンを持って教室を出る。隣にはことりの楽しそうな笑顔。この笑顔
をもっと独り占めしたいと思った。
 学園を出ると、ことりが腕をくんできた。いつもはこんなことしないのに。理由は多分、
今日という日が特別なものだからだろうか。
 ごく自然に、俺たちの足は桜公園へと向かっていた。
 いっぱいの桜の林の中を抜けて、この公園で一番大きな桜の木の元へ。
「やっぱり、ここが一番落ち着くね」
 ことりは桜の木にもたれてそう言う。
「俺も、この桜が一番好きだな」
 小さい頃、秘密基地だったこの場所。さくらとわかれ、そして約束をしたこの場所。家
出した音夢を探し出したこの場所。美春との思い出の品を埋めたこの場所。そして……。
「私たちにとっての思い出の場所だもんね」
「ああ、ことりが大好きな歌をうたっている姿が印象的だよ。そして、ことりと通じ合っ
たのも、この桜の木だったな」
「うん」
「俺、ことりと一緒にいられて幸せだよ」
「うん、私も。朝倉くん知ってる?今日は何の日か。女の子にとって、とっても大切な日
なの」
「ああ」
「私、一生懸命考えた。どうしたら朝倉くんが喜んでくれるかなって。いっぱい考えたけ
ど、わからなかった。ううん、正確には何をしても朝倉くんは喜んでくれるんじゃないかっ
て、そんな気がしたの。今日は朝からずっと朝倉くんと一緒だったよね? 私、すごく楽
しかった。特別に何かしてる訳じゃない。ただ一緒にいるだけなのに。すごく幸せなこと
だなあって思えたの」
「俺も楽しかったよ」
 一緒に朝ご飯食べたり、登校したり、そんな何気ないことでも、ことりと一緒だとすご
く楽しい。
「これからも私と一緒にいてください」
 ことりはそう言って、俺にきれいにラッピングされた包みを差し出した。
「俺の方こそ、よろしくお願いします」
 俺は包みを受け取り、ことりを抱き寄せる。
「俺は今のこの気持ちを言葉よりも雄弁な行動で示す」
「んっ……」
 俺はことりにやさしくキスをした。
「私、嬉しいよ。チョコレートよりも甘いキスでした」
 そう言ったことりの笑顔は、今日何度も見た中でも一番の笑顔だった。





あとがき



PCゲーム「D.C. ~ダ・カーポ~」のSSです。
ことりエンド後のお話です。
本当ならひと月前に完成しているはずでしたが、いろいろな事情が重なって
ホワイトデーになってしまいました。
まだまだ自分の力不足を感じました。
それではまた次の作品で。



��003年3月14日バレンタイン・デーのひと月後



2002/12/24

初雪(水月)



 ざざーん、ざざーん。
 波の音が聞こえる。
 これは、夢だ。
 迷うことなく、そう思った。
 最近は全く見ることはなくなっていたが、夏の頃は毎日のように見ていたから。
 ざざーん、ざざーん。
 途切れることのない波の音。これが夢の中でさえなければたいした事はないのだが、
 夢の中である以上は僕にとっては大問題だ。
 なぜならこの後、僕は女の子を弓で射殺さなければならないのだから。
 抵抗しても、どれだけ抵抗しても逆らうことはできなかった。
 それに、彼女を射殺さないと僕は夢から目覚められないのだから。
 しかたない。
 夢だから。
 そんな言葉で片付けることもできた。けれど、どうしても後味の悪さというものはある。
 きりきりきり。
 ああ、僕の手が僕の意志を無視して、弓を引き絞る音が聞こえる。
 精一杯の抵抗を試みる。が、無常にも弓は引かれていく。
 この段階まで来てしまったら、もう手遅れだ。
 あとは、矢を握っている右手を離さないようにするしかない。
「・・・・・・・・・」
 少女が何か言った。けど、声が小さくて聞き取れない。
 波の音は途切れることなく、続いている。
「・・・・・・・・・」
 また何か言った。やっぱり聞こえない。
 くそっ、僕にはどうすることも出来ないのか?
 少女の表情は怯えているふうでもなければ、喜んでいるふうでもない。
 しいて言えば、悟っている、そんな表情だった。
 これから起こる出来事を受け止めている、そんな晴れやかな表情だった。
「・・・・・・さん」
 ?
「・・・矢さん、朝ですよ」
 誰かが僕を呼んでいる。起こそうとしている。そんなことをしてくれるのは今の僕には
ひとりしかいない。雪さんだ。
「透矢さん、透矢さん」
 ゆさゆさゆさ。
 僕をゆすって一生懸命起こそうとしてくれる雪さん。でも、目が覚めない。
 起こされている感覚はあるのに、どうして身体は起きてくれないんだろう。
 このまま右手を離して彼女を射れば、起きることは出来ると思う。でも、それだけはな
んとしても避けたかった。雪さんにひっぱたいてでもいいから、彼女を射る前に起こして
欲しかった。
 でも、雪さんがそんなことをするとは思えなかった。どうしようもない。
「もう・・・しょうがないですね」
 雪さんは僕をゆさぶるのをやめた。あきらめたのだろうか。
「・・・・・・・・・・・・特別ですよ?」
 僕の唇をやわらかい感触が包み込んだ。
 雪さんの匂いがしたような気がした。



「おはようございます。透矢さん。今日もいいお天気ですよ」
「・・・おはよう、雪さん」
 なんとか目覚めることができた。あのやわらかい感触のおかげかな。もしかして雪さん
��・・なんとなく想像はつくけど・・・。聞くのが恥ずかしい様な気がしたのでやめておく。
「ありがとう、雪・・・さ、ん?」
 お礼を言って雪さんのほうを見た僕は、固まってしまった。
 あれ?いつもと格好が違うような・・・。
「あの、雪さん?」
「雪の顔に何かついていますか?」
「そうじゃなくて、服、服」
「雪はサンタですから」
 そう。雪さんはサンタの格好をしていたのだ。赤いサンタ服に赤いサンタキャップ。
 まぎれもなくサンタさんだった。それに、スカートからでているふとももが・・・。
 なんとも目に毒だった。
「えーと? 雪さんはメイドさんだよね?」
 わかりきっていることだったけど、なんとなく質問してしまった。
「はい、雪は透矢さん専属のメイドです。でも今日はサンタでもあるんですよ」
 そう言いながら、雪さんはにこにこして何かを待っている様だった。
「・・・・・・似合ってるよ、その服」
「ありがとうございます! 実は急ごしらえで作ったのでちょっと不安だったんですよ。
でも喜んでいただけた様でうれしいです」
 そう言うと、雪さんは朝食の準備をするので部屋を出て行った。ご主人様も大変だ。
 でも、なんで今日はサンタの格好してるんだろう。そりゃ確かに今日はクリスマスでは
あるんだけど。だからってサンタの格好をするものなんだろうか。
 とにかく考えていてもしかたがないので、着替えて食堂に行くことにした。じっとして
ても寒いだけだから。それほどまでに部屋の温度は冷たかった。



 3時から僕の家でクリスマスパーティーをやるというので、午前中は準備に大忙しとなっ
た。
 雪さんはケーキ作りをしなければならなかったので、会場の飾り付けは僕の仕事だった。
 どうやら毎年クリスマスパーティーをやっているらしく、会場が僕の家っていうのも恒
例らしい。
 そりゃ花梨や庄一の家は神社だから合わないのはわかるけど、アリスとマリアちゃんが
住んでいる教会ならぴったりの場所なんじゃないだろうか。
 そう思ったけど、僕の家に来るのを楽しみにしているマリアちゃんの笑顔を見たら、ま
あいいか、と思えた。僕も現金なものだ。
 昼までに部屋の飾り付けをだいたいすませることができた。こんなことをしたのは久し
ぶりのような気がする。といっても記憶が元に戻っていない僕には以前のことはわからな
いんだけど。
「透矢さん、そろそろお昼ご飯にしましょうか」
「そうだね。お昼にしようか」
 一段落ついたので、昼食を取ることにした。
「お部屋の飾りつけはどうですか?」
 雪さんが申し訳なさそうに聞いてきた。なぜか今はメイド服を着ている。
「雪もお手伝いできればいいんですけど・・・」
「雪さんはクリスマスケーキを作るっていう大事な仕事があるんだから。飾り付けのほう
は僕にまかせてよ。それに、部屋の飾り付けはだいたい終わったから」
「そうなんですか?さすが透矢さんですね」
 雪さんは僕のことをいつも褒めてくれる。僕は特別すごいことだとは思わないんだけど、
やっぱり褒められて悪い気はしなかった。
「ごちそうさま。今日もおいしかったよ」
「ありがとうございます。はい、あったかいお茶をどうぞ」
 雪さんは急須からお茶を注いで、僕に渡してくれた。一口飲んでみる。熱すぎず、冷た
すぎず。僕にぴったりの温度だった。さすが雪さん。
「よし。それじゃもうひとがんばりしようかな。雪さん、ケーキのほうはどうなの?」
「はい。土台のほうは出来上がりました。後は飾り付けが残っています」
「何か僕にできることってあるかな」
「ありがとうございます。でも後の作業は雪だけでもできますので、透矢さんはお部屋の
ほうをお願いします」
「わかった。雪さん、がんばってね」
「はい。透矢さんもがんばってください」
 雪さんはとびっきりの笑顔を僕に向けてくれた。



 作業を再開して30分ほどが経った頃、玄関のチャイムが鳴った。
「雪さん、僕が出るよ」
 台所で奮闘中の雪さんに声をかけて、僕は玄関まで出た。
「はいはい。・・・マリアちゃん? ・・・それにアリスも」
「こんにちは、透矢さん。ちょっと早いけど来ちゃいました」
 マリアちゃんはにこにこしながらそう言った。
「こんにちは、マリアちゃん、アリス。せっかく早く来てくれたのに申し訳ないんだけど、
まだ飾りつけが途中なんだ。ごめんね」
「そんなことだろうと思ったわ」
「お姉ちゃん!」
「はいはい、だから手伝ってあげるわよ。そのために早く来たんだから」
「透矢さん、わたしたちお手伝いします」
 なんだかお客様に手伝わせるなんて申しわけなかったけど、せっかくの厚意を断るのも
悪いかなと思ったので手伝ってもらうことにした。
「それじゃふたりにはツリーの飾り付けをお願いするよ。飾りはダンボール箱に入ってる
から。何か困ったことがあったら言ってね」
「はい!わかりました。それじゃお姉ちゃん、がんばろうね」
「はいはい、わかったわよ」
 アリスもなんだかんだ言いながら、マリアちゃんには優しいんだよね。
 ふたりにまかせておけば安心だろう。



 そして30分後。ようやく部屋の飾り付けが終わった。ひとりでやったにしては上出来
な感じかな。
 とりあえず目標が達成できてよかった。マリアちゃんたちのほうはどうなってるかな。
 僕はツリーのところに行ってみることにした。
 するとそこには、マリアちゃん、アリス、そして雪さんの3人がツリーの飾り付けをし
ていた。
「あ、透矢さん。お部屋のほうの飾り付けは終わりましたか」
 僕に気づいた雪さんが声をかけてきた。
「うん。ついさっきね。雪さんがここにいるってことは、ケーキはもう完成したってこと
だね」
「はい。10分ぐらい前に終わりましたので、ここでマリアさんとアリスさんのお手伝い
をしていたんですよ」
 ツリーを見ると、もうあらかた飾り付けが済んでしまっていた。すごい。まさかこんな
に早くできてしまうなんて思わなかった。僕は部屋の飾り付けだけでもかなりの時間がか
かってしまったというのに。
 自分の情けなさを改めて感じつつ、僕も手伝いをすることにした。
 ・・・・・・・・・・・・。
「できた!」
 最後の星の飾りをツリーのてっぺんに付けたマリアちゃんの声が聞こえた。
 時計を見ると、2時30分を少しまわったところだった。なんとか間に合ったかな。よ
かったよかった。
「あなたひとりでやってたら、まだ終わってなかったでしょうね」
「う・・・」
アリスのさりげない一言が僕の胸に突き刺さった。
「お姉ちゃん!」
「だってほんとのことじゃない」
「そうだね。確かに終わらなかったと思う。ありがとうアリス、マリアちゃん、そして雪
さんも」
 僕は3人にお礼を言った。実際本当に終わってなかったと思うし、手伝ってもらえて本
当にうれしかったから。
「わ、私はマリアの付き添いなだけだから・・・」
「お役に立ててよかったです!」
「ふふ、ありがとうございます。透矢さんもご苦労様でした」
 出来上がったクリスマスツリーは午前中までの寂しげな装いとはうってかわって、きら
きらと輝いていた。



 雪さんが入れてくれたお茶を飲んでいると、花梨、和泉ちゃん、庄一、鈴蘭ちゃんが次
々に家に来た。
 牧野さんは体調が思わしくないらしく、昨日から入院しているとのことだった。ちょっ
と残念。
 みんながそろったのでクリスマスパーティーを始めることにした。といっても何か特別
なことをするわけじゃない。みんなでゲームとかして楽しく過ごそうという内輪の集まり
だ。プレゼントの交換とかの話もでたんだけど、欲しいものが当たらなかった人がかわい
そうだってことで中止になった。まあせっかくのクリスマスなんだし、みんなが幸せな気
持ちになれればいいかなと思う。
 かくして、大トランプ大会は始まった。トランプ1組ではアリスやマリアちゃんにはか
なわないので、5組のトランプを使用することとなった。大ババヌキ大会。先に上がった
者から雪さんの特製ケーキが食べられることとなった。
「それじゃあ、まず賞品のケーキを見てもらうことにしようか。雪さん、お願い」
「わかりました。それではみなさん、少々お待ちください」
 雪さんは部屋を出て行った。
「なあ、雪さんが作ったケーキってどんなやつだ?」
 庄一が興味深い感じで僕に聞いてきた。
「僕も知らないんだ。全部雪さんにおまかせだったから」
「そうか。まあ雪さんなら安心だな。コイツに比べたら・・・」
 庄一は花梨のほうを見ながらそう言った。
「むー、そりゃ雪にはかなわないと思うけど、私だってケーキぐらい作れますー。あ、何、
透矢その目は?」
「な、何も言ってないじゃないか」
「あ、嘘ついてる。幼なじみだからわかるわよ。まったく・・・」
 なんとなく嫌な展開になりそうだったので、鈴蘭ちゃんに話題を振った。
「す、鈴蘭ちゃんはケーキ好き?」
「うん、雪ちゃんの作ったケーキは好きー。花梨ちゃんのは嫌いー」
「なんですって! 鈴、あんたにケーキなんて食べさせたことないでしょ!」
「食べなくてもわかるもーん」
 鈴蘭ちゃんと花梨の追いかけっこが始まった。やれやれ。とはいえ、鈴蘭ちゃんに話題
を振った僕の責任なのだろうか。走り回っているふたりを見て、和泉ちゃんはくすくすと
笑っていた。
「みなさん、お待たせしました。クリスマスケーキをお持ちしました」
 雪さんがケーキを持って部屋に入ってきた。その瞬間、僕らはもちろん、追いかけっこ
をしていた花梨と鈴蘭ちゃんまでもが静止した。
 雪さんが持ってきたケーキはケーキ屋さんでもかなわないような素晴らしい出来栄えだっ
た。しかし、みんなが固まったのはケーキだけが原因ではなかった。
「ゆ、雪?その格好・・・」
「雪はサンタですから」
 花梨がおずおずと質問すると、朝と同じ答えを雪さんは返した。雪さんはサンタさんの
格好をしていた。
「さすが雪さん。俺の思ったとおりだ」
 庄一が満足げな表情でうなずいていた。もしや・・・。
「まさか庄一が雪さんに?」
「ああ。お前が喜ぶと思ってな。どうだ、バッチリだろう」
「そりゃうれしいけど・・・」
 僕はあきれて物がいえなかった。隣では花梨が「このエロ共は・・・」と軽蔑のまなざ
しを僕らに送っていた。
「わはー、雪ちゃんかわいいー」
「すごく似合ってますね。いいなあ・・・」
「透矢が喜ぶのは間違いないわね」
 みんな口々に感想を言っている。アリスの感想がちょっと引っかかるけど。
 和泉ちゃんはにこにこと笑っていた。



 大ババヌキ大会は、意外にも鈴蘭ちゃんが一番に勝ち抜いて雪さんのケーキを味わって
いた。続いて、雪さん、アリス、マリアちゃん、和泉ちゃんと勝ち抜いて、僕が雪さんの
ケーキを食べることができたのは6番目だった。
 庄一と花梨はお互いの足の引っ張り合いで、未だに熾烈な戦いを繰り広げている。勝負
は長引きそうだ。
 ふと気づくと、鈴蘭ちゃんと雪さんがいなかった。僕はふたりを探しに部屋を出た。
 熱気のこもった室内とは違って、廊下はかなり涼しかった。僕はなんとなく雪さんの部
屋のような気がして、そっちへと向かった。
 コンコン。
 ノックをしてからドアを開ける。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 前に見たときよりもぬいぐるみが増えている気がするのは、僕の気のせいなのだろうか?
 部屋には鈴蘭ちゃんがいた。そして、雪さんも・・・いた。ポテトの中に。
「あったかいうちにお召し上がりくださいね♪」
「えっ」
 雪さん、今なんて言った?
「ほらほらー、早く食べないと冷めちゃうよー」
 鈴蘭ちゃんが囃し立てる。どうなってるんだ?
「鈴蘭ちゃん? いったい今、何やってるの?」
 わけもわからず質問する僕に、鈴蘭ちゃんは答えてくれた。
「ポテトごっこだよー。前にもやってたでしょ。大好きなひとに食べてもらうゲームなん
だー」
 食べるって・・・。鈴蘭ちゃんの前では出来ないよ・・・って何を考えてるんだ僕は。
「と、とにかくふたりとも。向こうの部屋に行こうよ。そろそろ勝負も終わるころだと思
うから」
 僕は話題を転換した。
「ちぇーっ、ケチー」
 なんで鈴蘭ちゃんが文句を言うんだろう。
 雪さんは文句は言わなかったけど、ひどくガッカリした表情だった。なんだか悪いこと
をしたような気がした。
 部屋に戻ると、庄一が床に突っ伏していた。どうやら花梨が勝ったようだった。
 結局、庄一は雪さんのケーキをひとかけらしか食べることが出来なかった。
 こんなに美味しいケーキを食べられないとは・・・。ちょっと不憫だ。



 そんなこんなでクリスマスパーティーもお開きの時間になった。
 みんなが帰るのを見送ってから、僕は雪さんに声をかけた。
「雪さん。今日は本当にどうもありがとう。その服も僕のためにわざわざ作ってくれたん
だね」
「庄一さんに、透矢さんはこういうのがお好きだとお聞きしましたので。作った甲斐があ
りました」
 雪さんはにっこりと笑って、そう言ってくれた。変なイメージが定着していないだろう
か。庄一のヤツめ。
「お礼といっちゃ変だけど。雪さん何か僕にして欲しいことない?クリスマスなんだし、
プレゼントのかわりに何かしてあげたいんだ。雪さんのために」
「それでは・・・ぎゅってしてくれますか。さすがにこの格好は体が冷えちゃいました」
 確かにサンタルックは防寒機能はあまりよくなさそうだ。
「わかった。それじゃ」
 僕は雪さんを抱きしめた。雪さんの唇が冷たそうに見えた。
「雪さん。唇もあっためてあげる」
 そう言って、僕は雪さんの唇を自分の唇でふさいだ。
「んっ・・・」
 雪さんの吐息が鼻にかかる。しばらく、いやかなりの長い間、僕は雪さんを暖め続けた。
 唇を解放して雪さんを見ると、頬がほんのりと赤くなっていた。
「ふふ、今日2回目ですね」
「えっ?」
「あっ・・・」
 雪さんはまっかっかになった。今朝のアレはやっぱりそうだったらしい。
「雪さん。サンタは今日だけなんだよね」
「はい。明日からはメイドの雪ですよ」
「じゃあ・・・」
 僕はこっそり持っていたカメラを取り出す。
「写真撮ってもいいかな?雪さんの写真残しておきたくて」
 すると雪さんはわかりやすすぎるぐらいに、渋い顔になった。
「ごめんなさい。恥ずかしいですし、それに雪は・・・」
「写真、苦手なんだよね。ん、わかった。残念だけどあきらめるよ」
 予想はついたことなので、僕はカメラをしまった。
「すみません」
「雪さんがあやまることじゃないから、気にしないで」
 本当に申し訳なさそうに言う雪さんがかわいかった。
「じゃあ代わりに・・・3回目、いい?」
「・・・はい」
 雪さんは僕だけの特別な笑顔でそう言ってくれた。
 空からは今年初めての雪が舞い降りてきていた。



あとがき





 PCゲーム「水月」のSSです。
 前々からSS書いてみたいなと思っていまして、クリスマスだから、という理由で書い
てみました。
「水月」のSSにしたのは、ある方のイラストがキッカケでして。まあいっしょに更新さ
れているイラストを見ていただければわかるんじゃないかなと思います。
 自分としてはかなりのハイペースで書くことが出来ました。やっぱりキャラクターが
出来ていると書きやすい面がありますね。勉強になりました。
 それではまた次の作品で。



��002年12月24日 クリスマスの前日



2002/08/13

「ダイヤモンドダスト」



 初めてそれを見たのは、私が小学生になってから一回目の冬休みだった。
 その日、友達と遊ぶ約束をしていた私は、白いコートに白い手袋といういつものお気に
入りの服に、カイロをいくつか持って公園に向かった。いつもはカイロなんて持っていか
ないんだけど、その日はいつもよりかなり寒かったから、出かける前にお母さんが渡して
くれた。私は寒いのは苦手。だから寒い日は外には出かけない。生まれたときから夏は涼
しく、冬は寒いこの地方だけど、私はいつまでたってもこの「寒さ」というやつには慣れ
なかった。
 でもそんな私にも、あるときだけはどんなに寒くても外に出ることが出来た。それは雪
があるとき。雪が降ってたり積もってるとき。なんで外に出られるかは私にもわからない。
人に聞かれたときはこう答えるようにしている。
「雪、好きだから。すっごく」
 もしかして他にも理由や原因があるかもしれないけど、私にとってはどうでもよかった。
雪が好きだから。私にとって理由はそれだけで十分だった。
 公園に着いた。吐く息が白いのは寒いからだけじゃなくて、ちょっと走ってきたから。
見渡すと公園は早くも白いお化粧をしていた。空を見上げると、お化粧の源の雪がいっぱ
い降っていた。一粒一粒が結構大きいからしばらくすると公園は白一色となるだろう。私
は足跡をつけたくなかったから、屋根のあるところで友達を待つことにした。そのまま待っ
てるのも退屈だったので、お母さんからもらったカイロを一個取り出して、ごしごしとこ
すった。あったかい。やっぱり寒いときはカイロに限るね。なんか自然と顔がニコニコし
てくる。私は幸せな気分で友達を待っていた。その時の私は時計を持ってなかったから詳
しい時間はわからなかったけど、30分ぐらい経っただろうか。友達はまだ来ない。公園
は白一色になっていた。道路はさっきから誰も通らない。みんなどうしちゃったんだろう。
 しかたがないので、友達には悪いと思ったけど、先にひとりで遊ぶことにした。雪だる
まを作るにはまだちょっと雪が少なかった。だから私は雪うさぎを作った。何匹も。お弁
当に入ってるりんごのうさぎさんもいいけど、やっぱり雪うさぎのほうが私は好きだった。
りんごのうさぎさんは赤いけど、雪うさぎは真っ白だから。やっぱりうさぎさんは白くな
くっちゃ。私はそう思うんだけど、友達のほとんどはりんごのうさぎさんのほうが好きみ
たい。なんで?って聞いてみたら、
「だって、おいしいんだもん!」
だって。みんなわかってないよ。
 雪うさぎが10匹ぐらい出来た頃、ふと空を見上げると、雪はもうやんでいた。さっき
までのねずみ色の空がうそみたいになくなって、赤い夕焼け色の空になっていた。私はがっ
かりだった。友達が来なかったこともそうだし、真っ白な雪うさぎも夕焼けのせいで赤い
雪うさぎになっていたから。
「あーあ、せっかく作ったのに・・・」
 私はふう、とため息をついて、雪の上に大の字になって寝転がった。雪の冷たさが雪う
さぎ作りで火照った体には気持ちよかった。カイロはとっくの昔に役立たずになっていた。
しばらくそうやって空を眺めていた。
 さすがに背中が冷たくなってきたので起き上がることにする。雪が降る気配はまったく
なかった。寒くなってきたからそろそろ帰ろうかなと思っていたときだった。なんだか目
の前にきらきらしたものがたくさんあった。
 うわあ、なんだろこれ・・・。きらきらしたものは空気中をふわふわと浮かんでいた。
太陽の光があたって、まるで宝石の海にいるみたいだ。私は暗くなるまでそのきらきらし
たものを眺めていた。夢の中にいるような、不思議な、時間を忘れるぐらいのすごい出来
事だった。
 家に帰るとお母さんから、裕美子ちゃんから電話があったことを聞いた。裕美子ちゃんっ
てのは今日遊ぶ約束をしていた友達のことなんだけど、なんでもカゼひいたせいで今日来
れなかったみたい。一生懸命謝ってたことをお母さんが教えてくれた。そうだったんだ。
カゼならしかたないよ。それに、今話を聞くまで約束すっぽかされたこと完全に忘れてた
から。よし、お夕飯を食べたら裕美子ちゃんにお見舞いの電話しよう。それに、あのきら
きらしたもののことも教えてあげよう。
 夕飯は私の大好きなクリームシチューだった。あったかいクリームシチューをお腹いっ
ぱいになるまで食べて、大満足の私はゆっくりお茶を飲みながらテレビのニュースを見て
いた。ニュースは今日の出来事についての話題だった。・・・そっか、そうなんだ。ニュ
ースを見終わった私は裕美子ちゃんに電話した。
「もしもし、裕美子ちゃん? 私、雪夜。カゼ大丈夫? ・・・そう、よかった。あのね、
今日すっごいもの見たんだよ! 裕美子ちゃんにも見せたかったよ。ダイヤモンドダストっ
て言うんだけど・・・」



 私は待っていた。時が過ぎるのを辛抱強く待っていた。大好きなことをしているときは
あんなにも早く過ぎていってしまうのに、どうしてつまんないことをしなきゃいけないと
きはこんなにもゆっくりなんだろう。私は机にうずくまったままじっとしていた。他にす
ることもないのでそうしていた。
 キーンコーンカーンコーン・・・。チャイムが鳴った。ようやく介抱されるときが来た。
退屈な試験という時間から。高校一年の二学期の期末試験の全日程が今の時間でようやく
終了した。私は大きく伸びをした。
「雪夜ちゃん、やっと終わったね~」
 裕美子ちゃんがいつものほんわか口調で話し掛けてきた。彼女は藤川裕美子ちゃん。私
の親友。小学生のときからずっといっしょのクラスで、ずっと仲良しだ。ほんわかな口調
といつもニコニコしている彼女が、実は学年トップの秀才だという事を聞くと大抵の人は
驚く。そして驚かなかったわずかな人も、彼女が陸上の長距離の大会で毎回表彰台に上っ
ている事を聞くと、絶対驚く。顔もかわいく、人にはやさしい。とにかく、そんなすごい
女の子なのだ、裕美子ちゃんは。
「おつかれさま、裕美子ちゃん。試験の出来はどんな感じ?」
「う~ん、まあまあかな。雪夜ちゃんは?」
「私は・・・今回ちょっとマズイかも♪」
 私、白河雪夜は自分ではかわいい方の部類に入ると思っているごく普通の高校一年生。
勉強は、この前の試験ではクラスでなんとかひとケタに入るぐらいの成績だ。自分ではとっ
ても普通の女の子だと思ってるんだけど、みんなに言わせると違うみたい。
「マズイって言ってる割には楽しそうな口調だね~?」
「だって試験終わったんだもんっ♪」
 そう、3日間もの長きに渡って行われた期末試験は、ついさっきのチャイムをもって終
了したのです。これを喜ばずに何を喜べというんでしょう。
「そうだね。やっと終わったんだもん。今から試験の結果を気にしててもしょうがないよ
ね~」
「そう、私たちの時間は限られてるの。ここのところ試験にだけ集中してたから、これか
らは有意義に時間を使わなくっちゃね!」
 これは私だけの考えではないようで、周りを見るとみんな試験が終わった喜びを感じて
いるようだった。帰りに何か食べにいこっか、俺のうちに遊びにこいよ、早く帰って寝よ
う、といった声があちこちから聞こえてきていた。
「裕美子ちゃん、今日これからの予定は?」
「予定?う~ん、別にないけど」
「だったら、おいしいものでも食べに行こうよ♪私おごるから」
 私は裕美子ちゃんを誘ってみた。試験中は二人ともまっすぐ家に帰って勉強してたから
久しぶりだ。それに相談したいこともあるし。
「なに?おごり?行く!俺も行く!!」
 突然私たちの会話に割り込んできたコイツ。秋森鷲一。私たちと同じクラス。小学三年
のときに私の家の近所に引っ越してきた。いわゆる幼なじみというやつである。運動神経
は人の二倍くらいあるが、頭の中身は人の二分の一しかないオバカサン。それでも私と同
じ高校に通っているのはなぜでしょう?
��、試験でカンニングに成功!
��、先生方に黄金色のお菓子を贈った。
��、この高校は無試験だった。
 こんな三択問題を出すと大抵の人は3番の答えを選ぶんだけど、それはハズレ。正解は
��の「スポーツ推薦で合格」なのだ。神様は平等だなあと思わざるをえない。誰にでも取
り柄ってあるものなんだなあってね。
「私はアンタを誘ったんじゃなくて、裕美子ちゃんを誘ったのよ。耳がおかしいんじゃな
いの? それとも耳じゃなくておかしいのは頭?」
「・・・いきなりすごい挨拶してくれんじゃねーか。えらくご機嫌ナナメだな。さては、
テストあんまりできなかったのか?」
 鷲一は私の言葉に一瞬固まったが、すぐにやり返してきた。知らない人が見ていたら険
悪な雰囲気だと思うだろうが、これぐらいは私たちにとってはいつものことなのだ。日常
茶飯事というやつである。
「仮に百歩譲ってそうだとしても、私はテストの出来の悪さでアンタに当たるような小さ
な人間じゃないわよ」
「なるほどね。小さいのは胸だけか」
「な、なんですって!」
 コイツ、言うに事欠いてなんて事を! 信じられない。今日という今日はガマンならな
いわ! 徹底的に口げんかしてやろうじゃないの!!
 そう思って、毒舌を振るおうとしたら、裕美子ちゃんが私をなだめてくれた。
「雪夜ちゃん、落ち着いて~。雪夜ちゃんの胸は綺麗な形でわたしは好きだよ~。だから、
元気出してね♪」
「・・・裕美子ちゃん、それ誉めてくれてるんだよね?」
「もちろんだよっ♪」
 裕美子ちゃんのおかげといえばいいのか、私の怒りはどこかへ行ってしまったみたい。
まったく、裕美子ちゃんにはかなわないなあ。
「秋森くん、今日は久しぶりに女の子だけで過ごしたいの。悪いけど、また今度ね。その
ときはわたしがおごるから~」
 裕美子ちゃんは鷲一にそう言ってから、私のほうをチラッと見てウインクした。
「しょうがねえなあ。じゃあ俺は帰る。また明日な、2人とも」
 鷲一はそう言って、すたすたと歩いていった。
 明日は試験明けなので学校はお休みなのだが、そんなとこに突っ込みを入れるほど私は
小さな人間ではないのだ。・・・小さくないもんっ!
「じゃあ、行こうよ。女の子だけで楽しくすごそっ」
「そうだね~♪」
 私たちは人気の少なくなってきた教室を後にした。



 私たちは喫茶店に来ていた。裕美子ちゃんは初めて来たらしく店内を珍しそうに見回し
ている。私は店の奥のほうの席に座った。いつもなら眺めのよい窓際の席を選ぶんだけど、
今日は違う。これから大事な話をするんだから。
「私ここ初めてだよ~。雪夜ちゃん、前にも来たことあるの?」
 裕美子ちゃんは席に座ってもまだ興味深そうにまわりを見ている。
「うん。一度だけね、来たことあるんだ。『百華屋』っていうんだ、このお店」
「ふ~ん、そうなんだ。でもなんで『百花屋』じゃないの?こんなにたくさんお花がかざっ
てあるのに」
 店内には造花も含めて、色とりどりの花が何種類も飾られていた。裕美子ちゃんはそれ
が気になっていたのだろう。
「それはね、マスターに聞いたんだ。それによるとね・・」
 私が解説しようとしたらお水が運ばれてきた。それを持ってきたのはなんと店員ではな
く、マスターだった。
「いらっしゃいませ、よく来てくれましたね、白河さん。そしてはじめまして、美しいお
嬢さん。ご注文はお決まりですか?」
 営業用のスマイルではなく、心の底からお客が来たことを喜んでいるような笑顔でマス
ターは私たちに話しかけてきた。
 マスターはすらっとした長身で、スリムな体型をしている。年齢は26歳。最初はアル
バイトでこの『百華屋』に入っただけだったらしいが、いつのまにかマスターになってい
たらしい。不思議な人だ。黙っていても女の子が何人か寄ってくるぐらいのハンサムだ。
ちょっとキザなセリフさえ除けば問題ない人だと思う。
「こんにちは、マスター。美しい白河雪夜、またやってまいりました~♪」
 私はそう言って、にこーと笑った。お金では買えない笑顔だ。
「あはは、いらっしゃい、美しい白河さん。そして、麗しいお嬢さん、よろしければお名
前を教えていただけませんか?」
 マスターったらなかなかいい度胸してるじゃない。どうしても私より裕美子ちゃんのほ
うが上だって強調したいのかしら。裕美子ちゃんはそんな私たちのやりとりを楽しそうに
見ていた。
「うふふ、2人とも仲がよろしいんですね。じゃあ、自己紹介しますね。わたしは藤川裕
美子です。雪夜ちゃんとは小さいころからずっと仲良しで、一番の親友なんですよ~。あ
とは・・・特に何もないふつうの女の子ですよ~」
 裕美子ちゃんはそう言って、にっこりと微笑んだ。ふつうの女の子にはこんな素敵な笑
顔はできないと思うけど。
「では僕も自己紹介を。僕はこの喫茶店『百華屋』のマスターです。以後、よろしくおね
がいします。困ったことがありましたら、なんでも言ってくださいね」
 マスターはそう言うと、私たちの注文を取ってキッチンへと向かった。どうやらマスタ
ー自ら作ってくれるみたい。あいかわらず、かわいい女の子にはサービスを惜しまないよ
うだ。
「雪夜ちゃん、マスターさんととっても仲がいいね~。まだ一度しか来たことないんだっ
たよね?」
「うん、そうだよ。私もびっくりしたよ。なんていうのかな、ずっと昔から知ってたよう
な、それに何でも話しやすい感じがするんだ。多分、それでだと思う」
「ふ~ん。私だったらそうはならないなあ。確かに雪夜ちゃんが言ってるような感じはわ
たしもするけど、会ってその日にっていうのは無理かな~。そういうところが雪夜ちゃん
のすごいところだと思うんだ、わたし」
 裕美子ちゃんはそう言ってから私の顔を見てにっこり笑った。私は自分では特に何かし
ているわけじゃないからほめられる理由はないんだけど、やっぱりほめられて悪い気はし
なかった。こういうところが裕美子ちゃんのすごいところなんだと私は思う。
「そうそう、雪夜ちゃん。さっきの話の続きだけど、この『百華屋』の名前の由来は何な
の?」
「そっか、まだ言ってなかったっけ。マスターが割り込んできたからすっかり忘れちゃっ
てたよ。あのね・・」
「お待たせしました。ケーキセット2つお持ちしました♪」
 私の説明を遮って、またしてもマスターが私たちの席にやってきた。なんだか意図的に
やってるとしか思えないんだけど。強烈な視線を送ってみる。
「あれ、どうかされましたか白河さん。その熱い視線は? もしや僕に恋しちゃいました
か?」
「いえいえいえ、そんなはずないじゃありませんか、おほほほほ」
 マスターのとぼけた問いに私はにこやかな笑顔で返した。泣く子も黙るかもしれない笑
顔だ。裕美子ちゃんはそんな私たちをにこにこと眺めている。
「何の話をされてたんですか、藤川さん」
 マスターは私の出した視線のパスには目もくれず、裕美子ちゃんに軽い会話のパスを出
した。
「えっとですね、このお店の名前の『百華屋』の由来を聞いてたんですよ~」
「そうでしたか。それなら僕が説明いたしましょう」
 マスターはそう言うと、私たちのテーブルの空いている席に座った。あなたの仕事はい
いんですか? そう言ってやろうと思ったけど、裕美子ちゃんが聞きたそうにしていたの
で止めた。店員さんは大変だなあ、こんなマスターだと。
「百貨店という言葉があります。文字通り、百貨をそろえているお店という意味です。デ
パートとかがそうです。要するにいろんな品物があるということです。たくさん品物があ
りますから、そこに行けば大抵のものはそろうので、とても便利です。僕もお店のメニュ
ーを今はまだ少ないですが、いずれはたくさんにしたいと思っています。だからこの「ひゃっ
か」という言葉を頂きました。もう一つは、見てもらえればお分かりになると思いますが、
花です。僕は花が大好きですので、この店にもたくさん飾ろうと思っています。造花があ
るのはその季節にしか咲かない花でも置いておけるからです。あと、掃除をする手間も省
けますし。この場合は「百花」になりますね。以上の理由から、どちらの漢字でもない「百
華」という言葉を考えました。これが『百華屋』の名前の由来です」
 マスターは説明し終えると満足したのか、ごゆっくりと言い残して仕事に戻っていった。
ほんとに説明だけしたかったみたい。
「なるほどね~。そういう理由だったんだ。わたしはてっきり花がいっぱいだからそうな
のかな~って思ったんだけど、もう一つ意味があったんだね~」
「そうなの。私も前に来たときに聞いたんだ。私のときは聞かされたんだけどね。マスタ
ーったら聞きもしないのに説明し始めるんだもの。びっくりだよ」
 私たちはようやくケーキセットに手を付けた。うん、甘くておいしい。あのマスター、
腕は確かなのよね。だから来たんだけど。
「あのね、裕美子ちゃん。これから話す事は誰にもしゃべらないでほしいの。約束してく
れる?」
「ふたりだけの秘密ってこと?」
 私は何も言わずに、裕美子ちゃんの目をじっと見つめた。
 しばらくすると、裕美子ちゃんはにっこり笑って、「いいよ」って言ってくれた。
「実はね、私、告白しようと思うの」
「えっ・・う、そ・・雪夜ちゃんが?」
 裕美子ちゃんは相当びっくりしている。無理もないかな。だって私は自分で言うのも変
だけど、恋に恋する女の子ってタイプとはまるで違うから。実際今までだってそんな気持
ちになったことなかったし。
 私は、こくり、とうなずいて話を続けた。
「委員会のときにね、いつも親切にしてくれる先輩がいたの。それまでは親切なひとだなっ
て思ってただけなんだけど。学園祭のときにね、たまたま私といっしょに遅番の作業をし
てたの。8時ぐらいまで作業してたんだけど終わらなかったの。そしたら先輩が、そろそ
ろ帰ろうかって。あんまり遅くなると夜道は危険だからって私を家まで送ってくれたの。
本当は作業の途中で帰るのはイヤだったんだけど、先輩も好意で言ってくれてるんだし断
るのも悪いかなって思った。それで私は次の日の朝、早起きして学園に行ったの。作業の
続きをするためにね。そしたら・・」
 ちょっと喉が渇いたので紅茶をひとくち。うん、おいし。
「雪夜ちゃん。そしたら?」
「うん、そしたらね、作業部屋に先輩が寝てたの! 机に突っ伏してぐーぐーと! 先輩
はなんと私を家まで送った後、学園まで戻って作業してたの。私の分まで。先輩を起こし
て聞いたらそう言った。なんで学園で寝てたか聞いたらなんていったと思う?」
「う~ん、家に帰るのが面倒だったから、かな」
「ぶー、不正解です。正解はね『君に起こしてもらいたかったから』だって! そのとき
の私はすんごいドキドキしてた。顔も多分真っ赤だったんじゃないかな。先輩も自分で言っ
てて恥ずかしかったみたい。ちょっと顔赤かったから」
「なるほどね~。その瞬間、恋する乙女の雪夜ちゃんになったわけだ」
「そういうわけですよ、おほほほほ」
 話しているうちになんだか幸せな気持ちになって、いつのまにか私のテンションは高く
なっていた。なんていうかお酒を飲んだときの気分にちょっと似てるかな。普段お酒飲ん
でるわけじゃないんだけどね。未成年ですから。
「先輩って事は三年生だよね。もうすぐ卒業。ゆえに告白するなら今しかない!と雪夜ちゃ
んは思ったんだね」
「うん。今からならまだ三大イベントにも間に合うし。私は決心しました!当たって砕け
ようと!!」
「・・砕けちゃだめだと思うけど」
 盛り上がっている私の耳には裕美子ちゃんのツッコミは届かなかった。
「あと、三大イベントって何のこと?」
「それはもちろん、クリスマス、お正月、バレンタインの三つよ。これをクリアしてこそ
真の恋人同士になると思わない?」
「そ、そうなんだ~。わたし、そんな風に考えたことなかったよ・・。ということは、今
度のクリスマスやお正月は雪夜ちゃんとはいっしょに過ごせないんだね・・。ちょっと寂
しいかも」
 裕美子ちゃんはそう言ってから本当に寂しそうな顔をした。うっ、なんだろう。かすか
に罪悪感を感じるような。そんな顔されたら私・・。
「・・でも、わたし、がまんするよ。雪夜ちゃん、がんばってね。わたし応援するよ!」
 両手をぎゅっと握って私を応援してくれる裕美子ちゃん。大好きです。
「・・ありがとう。がんばるよ、私!」



 次の日。私は公園のベンチに座っていた。目的は先輩に告白するため。試験最終日の昨
日の朝、私は先輩に手紙を渡していた。内容は「明日の午後2時、公園のベンチでお待ち
しております。白河雪夜」という、いたってシンプルなものだった。余分な言葉は必要な
かった。本当に伝えたいことは直接言いたかったから。
 先輩が手紙を受け取ったのは確かだと思う。古典的な手段だけど、先輩の靴箱の中に入
れておいた。物陰からこっそり見て、先輩が来て教室へ行くのを見届けてからすぐに靴箱
を確認しに行った。中には先輩の靴しかなかった。念のため、まわりの靴箱もチェックし
たし、捨てられていないかゴミ箱も確認した。手紙はなかった。先輩が持っていったと考
えて間違いないと思う。
 先ほどまでは太陽が雲間からほんの少しのぞいていたが、今では完全に雲に覆われてし
まった。時計を見る。午後1時45分。まだあと約束の時間まで15分ある。
 まわりを見てみる。時折、通りがかる人はいるけど、公園に用事のある人は私を除いて
いないようだ。みんな足早に歩き去っていく。今日はこの時期にしては寒いほうだからだ
ろうか。子供は風の子っていうけど、最近は外で遊ぶ子なんて滅多に見かけない。この公
園の遊具もずいぶんほったらかしにされてるようだ。私が遊んでたころは、まだ出来立て
の新品だったのに。あのころはいっぱい遊んだ記憶がある。雪の日は誰よりもたくさん遊
んでいたと思う。何でって聞かれても困るけど。
 またまた時計を見る。午後1時50分。だんだん寒くなってきているのは気のせいでは
ないだろう。空を見上げると、完全に太陽の存在は消え去ってしまっている。代わりに雲
はどんどん勢力を広げていっているようだ。寒いのは嫌なのに。
 じっとしていると寒くてたまらないので、ちょっと散歩。1周300メートルくらいの
公園を一回り。こつっこつっと私の足音だけが響く。気が付くと、通りがかる人もいなく
なっていた。人気のない公園はどこか寂しい。誰にも使われないブランコがきこきこと揺
れている。乗ってみようかと思ったけど、きっと冷たいに決まってる。やっぱりやめる。
 特に何も事件はなく(事件があっても困るけど)、散歩終了。そろそろ約束の時間だ。
私は先輩を待っていたベンチへと向かった。先輩が来てくれることを祈りながら。



 翌日、私は学園を休んだ。風邪をひいたらしい。ためしに測ってみた体温計は37度2
分。微熱といったところ。ただ、どうにも頭痛がひどいので休むことにした。期末試験も
終わったので、あとはクリスマスに向けての浮かれた学園生活。授業は半日で終わりだし、
��日ぐらい休んだからといって、たいしたことじゃない。それに、たとえ健康でも今の私
には、学園に行きたくない理由があったのだ・・。
 休みの連絡を学園に入れてから、私はもう一度寝直した。期末試験中は睡眠不足ぎみの
生活だったから、ちょうどよかった。身体は正直です。
 目を覚ましたのはお昼をちょっとまわったころだろうか。あれだけひどかった頭痛はすっ
かりなくなっていた。やっぱり病は気から、という言葉は正しいのかなと思う。気分も落
ち着いたみたい。さすがだよ、私。
 朝ご飯も食べていないので、さすがにおなかは空腹を訴えている。食欲がでてるってこ
とは回復してる証拠。テーブルの上には、いつもお母さんが用意してくれる朝食がラップ
をかけられて置いてあった。私はそれをレンジであっためてから、ゆっくり味わって食べ
た。うん、おいし。電子レンジは魔法の箱だよね、いったい誰が考えたのかな?
 朝昼兼用の食事を済ませた私は、お皿を洗った。いつもは洗い物なんてしてる時間がな
いから、水につけておくだけで夜にまとめて洗うんだけど、今日は時間がたっぷりあるか
ら。ぴかぴかお皿は気持ちいい。
 2時過ぎ、玄関のチャイムが鳴った。インターホンのところまで行って受話器を取る。
こんな時間に誰だろう?
「はい、どちら様ですか?」
「あ、藤川です。雪夜ちゃんだよね」
「裕美子ちゃん? ちょっと待っててね」
 私は玄関まで行ってドアを開いた。
「どうしたの、裕美子ちゃん。うん? アンタも一緒なの?」
 裕美子ちゃんの後ろには、鷲一が立っていた。鷲一は私のほうをちらっと見て、すぐ顔
を背けた。???
「雪夜ちゃんのお見舞いに来たんだよ。秋森くんが一緒なのはね、どうしても一緒に行き
たいって言うから一緒に来たんだよ~♪」
「デタラメ言うなーっ! 藤川がどうしてもって言うからしかたなく来てやったんだよ!
・・・それなのに、なんか元気そうじゃねえかよ。心配して損したぜ」
 え、こいつ心配してくれたの?私のことをこいつが?
「なんだよ、その目は。俺だって病人の心配ぐらいするぜ?・・・まあいいや。じゃあ俺
は帰る」
 そう言って鷲一は歩き出した。曲がり角まで歩いてから、こちらを振り返った。
「一つ教えてやるけど、そのカッコで外に出るのはどうかと思うぞー」
 私は自分の服装を見てみた。
「・・・きゃああああああーーーーーー!!!!」
 ご近所中にパジャマ姿の私の黄色い悲鳴が響き渡った。隣では、裕美子ちゃんが口元を
押さえて笑っていた。



 裕美子ちゃんが帰って、1人になった私は手紙を読もうか読むまいか悩んでいた。裕美
子ちゃんが渡してくれた手紙。差出人は・・・先輩だった。裕美子ちゃんに先輩が頼んだ
らしい、私に渡すようにと。
 約束を守ってくれなかった先輩に対する私の気持ちはどうなんだろう?私は先輩に対し
て怒っているのだろうか? 怒ってるとは言い切れなかった。むしろ、先輩が来なくてほっ
としてる気持ちもあるかもしれない。このままでいいやっていう気持ちの私も少なからず
ここにいた。
 たぶん、この手紙がなければ私は先輩と今までどおり普通に接していけただろうと思う。
でも、この手紙は約束を守らなかったことに対しての先輩の返事だ、と思う。そうでなきゃ、
わざわざ先輩が私に手紙を書くことなんてありえないから。ただの後輩の私に。
 私は長い間考えた。こんなに考えたことはいまだかつてないんじゃないかってぐらい考
えた。考え過ぎて頭がぼうっとしてきた。知恵熱?
 私は服を着替えた。白いコートに白い手袋といういつものお気に入りの服。外で手紙を
読もうと思ったから。頭を冷やせる外で。
 想像どおり外は寒かった。それもそのはず。見上げれば空からはちらほらと雪が降って
いた。だんだん白くなっていく道を歩いた。私の足は公園へ向かっていた。
 公園に着いた。いつのまにか雪は大粒になっていて、はやくも公園は白く塗りつぶされ
ようとしていた。私は足跡をつけたくなかったから、屋根のあるところまで行ってベンチ
に座った。通りには歩いてる人は誰もいなかった。
 私は先輩の手紙を読むことにした。ちょっと手紙を開く手が震えるのは寒さだけじゃな
いかもしれない。
 私は手紙に目を通した。・・・・・・・・・。もう一度目を通した。・・・・・・。最
後にもう一回だけ目を通した。・・・・・・・・・・。私は手紙を閉じた。



「はっ・・・」



「ははっ・・」



「あははははっ・・・」



「そりゃないよ・・・ははっ」
 私はなんというか笑うことしか出来なかった。なんだか色々考えていたことが、全て意
味なかったような。空回りだった。
 先輩の手紙には次のように書かれていた。
『白河へ
風邪ひいたらしいけど大丈夫か。
今日の約束はまたの機会にしよう。
お大事に 』
 先輩は『今日』が約束の日だと思っている。ということは、先輩は私の手紙を『昨日』
読んだってことになる。私は手紙には『明日の午後2時』としか書いてなかった。
 こんな些細なことで・・・そう思うと笑うしかなかった。
 白一色になっていた雪に私は寝転がった。笑いすぎて熱くなっていた体にはちょうど気
持ちよかった。雪はいつのまにかやんでいた。
 しばらくそうしていたが、さすがに背中が冷たくなってきたので起き上がることにする。
雪が降る気配はまったくなかった。寒くなってきたからそろそろ帰ろうかなと思っていた
ときだった。なんだか目の前にきらきらしたものがたくさんあった。
 うわあ、なんだろこれ・・・。きらきらしたものは空気中をふわふわと浮かんでいた。
太陽の光があたって、まるで宝石の海にいるみたいだ。私は暗くなるまでそのきらきらし
たものを眺めていた。夢の中にいるような、不思議な、時間を忘れるぐらいのすごい出来
事だった。



 あのときもそうだった。私が小さい頃、ひとりで遊んでいたとき。雪うさぎをたくさん
作ったとき。ひとりだった私。通りがかる人もいなくてひとりだったとき。
 ひとりぼっちの私をかわいそうに思って、それで見せてくれたのかなあ。
 何がしあわせで、何が不幸かわからないけど、とりあえずお礼を言っておくよ。



 ありがとう



 そう呟いて私は空を見上げた。ずっと見続けていた。



 家に帰った私は裕美子ちゃんに電話した。
「もしもし、裕美子ちゃん?私、雪夜。あのね、今日すっごいもの見たんだよ!裕美子ちゃ
んにも見せたかったよ、ダイヤモンドダスト! ・・・えっ何それって?これはね、神様
の贈りものだよ!」







はじめてのあとがき





 みなさん、読んで頂いてありがとうございました。
 この作品を書き始めるに当たって、イメージした作品がふたつあります。
 「ちっちゃな雪使いシュガー」
 「Kanon」
 以上のふたつです。わかるひとにはわかるでしょう。
 書き始めのきっかけは今年(2002年)の1月頃だったでしょうか。テレビのニュースで
ダイヤモンドダストのことを見たからです。
 言葉の響きがよかったので何かこれをネタに書けないものかなと思いました。
 あんまりタイトルと内容に意味はないかもしれませんが。
 本来なら、もっとはやく書き上げるべきだったのですが、いつのまにやら夏になってしまい
ました。
 あと、執筆中に影響を受けた作品として、「水夏」があります。
 でも、白河雪夜の苗字は「水夏」から取ったわけではありませんので。それは偶然の一致で
す。だって書き始めた頃は僕は「水夏」やったことなかったんですから。
 わかるひとにしかわからないネタでごめんなさい。
 それでは次の作品で。みなさん、よい電波を・・・。



エアコンの効いた涼しい部屋にて
��外は暑くて・・・)