2003/05/04

「ラクロスへの思い」(マブラヴ)



「いよいよ、明日なんだ……」
 夜空に瞬いている星空を見上げながら、私は呟いた。
 11月ともなれば、夜は結構冷え込む。窓を開けたままの室内はかなり寒い。
 だけど、その冷たさが今の私には心地よかった。
 ともすれば揺らぎがちな私の気持ちを、キリッと引き締めてくれるから。



 明日は球技大会。今まで3年間過ごしてきた白陵柊の最後のイベントと言ってもいい。
 それだけに、クラスのみんなもいつも以上に張り切っているような気がする。
 なんだかんだいっても、白陵柊で過ごすのはあとわずかだと、みんなが感じているから
だろうか。
 御剣さんが転校してきてから、ううん、剛田君が転校してきてからかな。騒々しい学園
生活になってしまっているから、受験とか別れとかのしんみりしたことは考える暇もない
くらいめまぐるしく毎日が過ぎていっている。
 やることがいっぱいで大変だけど、みんなと何かをやり遂げることができたら……と思っ
ている。
 勝ち負けが全てじゃない。もちろん、勝てればうれしいんだけど、そこに至るまでの過
程も大事だと思えるから。……思えてきたから。



 はじめは勝ちたい、という気持ちでいっぱいだった。負ければ、きっとラクロス部は廃
部、もしくは同好会だろうか。どっちにしても、あまりうれしくない未来が待っているに
違いないから。
 球技大会の種目にラクロスが選ばれたのは、知っている人も少なく、人気もないから。
 そんな人気のないラクロス部に入る物好きは決して多くない。自分で言っててくやしい
けど。
 だからラクロス部を球技大会の種目にしてみんなの興味を引こうというのが、学園側の
表向きの理由。もうひとつは、みんな知らない種目なら条件は平等、ということだ。
 これでもし来年ラクロス部に新入部員が入らなかったら、部員の人数は試合をするため
の最少人数にも満たなくなってしまう。そうなればラクロス部は……。
 でも、私たちが勝てば、ラクロスの素晴らしさをみんなに見せることができたなら、興
味を持った人がラクロス部に入ってくれるかもしれない。
 ラクロスは、格闘技の激しさとスポーツの華やかさを兼ね備えた、カナダの国技にもなっ
ている由緒正しいスポーツ。みんながその良さを知ってくれれば……。



 しかし、クラスで球技大会の選手を決めるときも苦労したなあ。球技大会用に少ない人
数の6人制でも、すぐには集まらなかったから。珠瀬さん、鑑さん、御剣さん、柏木さん
と私以外の4人はすぐ決まったんだけど、あとひとりが苦労した。もしかして人数集まら
なくて不戦敗になるんじゃないか、と思ったこともあった。でもそれもうまく解決した。
あの白銀君がどうやったのかわからないけど、彩峰さんを出場させるように説得してくれ
たから。彩峰さん、か……。



 トゥルルルルル。
 あ、電話だ。
 私は開けっぱなしの窓を閉めてから、電話を取りに部屋を出た。
「はい。榊ですけど」
「あ、千鶴? 私、茜ー」
「茜? どうしたの、こんな時間に」
 そう言ってから時計を確認してみると、11時だった。そろそろお風呂に入って寝ない
とまずいかな。
「うん。えーと、特に用があるわけじゃないんだけど、どうしてるかなーと思って」
 茜の声はどこか空々しい。
「なあに? 私の様子でも探ろうってことで電話してきたの?」
「ち、違うよ~? 私はただ、千鶴の声が聴きたいなーと思っただけなんだから。ただそ
れだけだよ」
「それにしては動揺してるみたいだけど?」
「し、してないよ? 私はいつも通りの私なんだから!」
「そろそろ白状しなさいよ。3、2、1、はい」
「あ、私の真似」
「そうよ、茜の真似。……ふふっ」
「あはは、やれやれお堅い委員長にそこまでされちゃかなわないね」
「委員長って言うな!」
「あはははは~。ちょっとしかえし。実はね、半分は千鶴の様子見なんだ。といっても香
月先生からの指令なんだけど。これでもD組の生徒ですからねー。先生への義理は果たし
ておかなきゃ」
 やっぱりね。そんなことだろうと思った。茜は態度に出やすいのよね。電話越しでもわ
かっちゃうぐらいに隠すのが下手なんだから。
「でも後の半分はホントに千鶴の声が聴きたかったんだ。本当だよ?」
「うん、わかってる。ありがとう」
「べ、別にお礼言われることじゃないけどね、ま、いいか。それで、どう? 調子は」
「うん、まあまあかな。練習はじめたころはどうなるか不安だったけど、今日までの短い
間でみんな一生懸命がんばってくれたから」
「いろいろ大変だったって聞いたよ~。ゴールがまっぷたつになってたって話も聞いたし」
「あ、あれはその……誰にだって間違いはあるわよ!」
「え? 本当だったの! てっきり噂話だからウソかと思ってたんだけど」
 しまった! 黙ってればわからなかったのに。そうよ、誰もゴールがまっぷたつになる
なんて信じるわけないじゃない。御剣さんだからこそ出来たんだし、御剣さんだからこそ
次の日には新しいゴールが納入されてたんだから。
「……本当に大変だったんだね」
「しみじみ言わないでよ、お願い」
 あまり思い出したくないんだから。
「それに、メンバー集めも苦労したんでしょ? 彩峰さんってあの彩峰さんでしょ。千鶴
がいっつも『ムカつくムカつく』って言ってる」
「……そうよ」
「香月先生がちょっとあせってたから気になってね。先生があんなふうになってるの、は
じめて見たかもしんない。で? 彩峰さんはどうなの?」
「どうってなにが?」
「そりゃもちろん、ラクロスのことに決まってるでしょ。すんごい秘密兵器とか」
「そうねえ、ノーコメント、にしておくわ」
「あーずるい」
「何がずるいのよ。いい? 私たちは敵同士なのよ。簡単に味方の情報を教えることはで
きないわ」
「それもそっか。でも……ふふっ」
「何がおかしいの?」
「だって、嫌ってる人じゃなかったの、彩峰さんは」
「そうよ、私は彼女のことが気に入らないわ。協調性のかけらもないし、何考えてるのか
わからないし。彼女だって私のこと嫌ってると思う。でも、ラクロスやってくれるって言っ
てくれた。どういう経緯でそう思ったのかはわからないけど」
「…………」
「今でも彩峰さんのことは全部が許せるわけじゃないけど、でも……」
「でも?」
「ラクロスやるって言ってくれた言葉は……信じられるから」
「……そっか。……ごめん、変なこと言っちゃって」
「ううん、いいよ、気にしてない」
「じゃあ、白銀君に感謝しなくちゃね!」
「!? な、なんで白銀君が出てくるのよっ!」
「え? だって先生が言ってたよ。『白銀め、余計なことを……』って。白銀君がからん
でることはすぐにわかるよ。監督らしきこともしてるみたいだし」
「あ……」
「いよいよ、千鶴にも頼れる人が出来たって事かなあ。あはは~」
「な、ちょっ、茜?」
「うふふ、それじゃ、そろそろ切るね。これ以上話してると寝不足になっちゃうから」
「あ……うん」
「千鶴、明日は負けないからね!」
「それはこっちのセリフよ」
「うん、じゃあおやすみ~」
「おやすみなさい、茜」
 ガチャ。
 受話器を置いた私は時計を見た。11時30分。あ、いつの間にかこんな時間なんだ。
早くお風呂に入らなきゃ。



 お風呂から上がった私は、すぐに寝る準備をした。電気を消して布団に入る前に、もう
1度だけ部屋の窓を開けた。
 胸一杯に夜の冷たい空気を吸い込む。
 体全体が澄み切っていくような感じがした。
 モヤモヤした気持ちも晴れていくような気がした。
 珠瀬さん、鑑さん、御剣さん、柏木さん、そして……彩峰さん。
 今日までみんな、ありがとう。
 明日は、精一杯がんばろうね。
 クラスのみんなのために。
 そして。
 ラクロス部の未来のために。
 空を見上げると、夜空にはたくさんの星がまぶしく瞬いていた。



あとがき



PCゲーム「マブラヴ」のSSです。
ヒロインの榊千鶴の聖誕祭用です。今回は間に合いました(というかフライング(笑))。
いつもよりもかなり短めですがね(汗)。
ま、SSというものはサイド・ストーリーともショートストーリーとも取れるので、
オッケーですよね?
それではまた次の作品で。



��003年5月4日 千鶴の誕生日イブ(笑)



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