2003/08/28

「あの人の背中を追いかけて」(君が望む永遠)



「ここが、白陵柊かあ……」
 長い長い坂を登った先にある学園。白陵大付属柊学園。
 私のお姉ちゃんが通っている学園。そして、私の尊敬する速瀬水月先輩が通っている学
園。
 水月先輩の泳ぐ姿を始めて見た時から、水月先輩は私の憧れだった。
 水月先輩が見ているものはなんだろう?水月先輩と同じぐらい速く泳ぐ事が出来れば、
私にもわかるのかな?
 私の夢は、速瀬水月先輩と一緒にオリンピックの舞台で泳ぐことだ。そのためには、もっ
ともっと速く泳げるようになりたい。
 だから水月先輩のことを色々知りたい。
 今日ここに来たのは、水月先輩の新たな一面が見られるかもしれないからだ。
 こないだ、お兄ちゃんがうちに来た時に話してくれたんだ。水月先輩のこと。
 あ、『お兄ちゃん』ってのはお姉ちゃんの彼氏のこと。まさか、あのお姉ちゃんに彼氏
ができるなんて想像もできなかったよ。それで、どんな人か気になって、お姉ちゃんにつ
いていって見たら、……65点の彼氏でした。
 でも、それなりにおもしろいし、暇つぶしにもなるし、いいかなあ~って思ってる。
 そのお兄ちゃんが教えてくれた。水月先輩が喫茶店のウェイトレスをやるのだというこ
とを!!
 いつもの水月先輩からは想像も出来ないその姿。水月先輩のファンとしては見逃すわけ
にはいかないのです!
 お姉ちゃんからは見に来ちゃダメって言われたけど、はい、わかりましたって返事する
わけもなく、わざわざお姉ちゃんの予備の制服を探し出して、今ここにいるのだった。
「しかし、どうでもいいけど。お姉ちゃんの制服ってちょっと大きくない?」
 スカートはぴったりなんだけど、どうも胸元あたりがすーすーするんだけど……。これ
がもしかして3年の違いってやつなのかな、あははー。……お姉ちゃん、おそるべし。
 いつまでも門のところに突っ立っててもしかたないので、いよいよ私こと、涼宮茜は学
園内に潜入することにした。時計を見ると、12時を5分ほど過ぎた頃だった。



「いらっしゃいませ!M’s メモリィへようこそ!!」
 もう何度この挨拶を繰り返したことだろうか。
 開店してまもなく座席は満席となり、お客は絶えることがない。それどころか順番待ち
のお客が増える一方なので、急遽『時間制』の許可が白秋祭管理委員会から出たほどだ。
注文した物を食べ終わってもなかなかお客が出ていかないからだ。普通なら大したことは
ないのだろうけど、お客でいっぱいのこの状況なら話は別。お客の回転をよくするために
も『時間制』は当然のことといえよう。
「ただ、回転がよくなったら仕事量がその分増えるのよね……」
 目が回る忙しさとはこのことだろうか。常日頃、水泳で鍛えている私だったが、見えな
い緊張と慣れないメイド服。そして、恥ずかしさという最大の敵が相乗効果を発揮して、
私の肉体を蝕んでいた。……要は疲れたってことなんだけどね。
 お客の注文を調理場にオーダーして、注文が出来上がるまでのわずかの間が休憩時間だ。
この忙しさは時給1500円はもらっても割にはあわない、と思う。
「水月さん。3番の注文できたわ!」
 委員長の調理場からの声を聞くと、徐々に重くなりつつある身体に力を入れ、オーダー
を『御主人様』の元へと運ぶのだった。
「お待たせしました、御主人様。M’sセットでございます」
「ああ、どうも」
「それでは、ごゆっくりおくつろぎくださいませ」
 すでに私は一流のメイドさんになりつつあった……。



「えーっと、水月先輩のクラスは……3階かあ」
 受付でもらった白秋祭のパンフレットを見ながら階段を上る。どこの出し物も魅力的で
はあるのだが、全部見てまわっている余裕はないので、やっぱり水月先輩のとこをメイン
にすることにした。
 水月先輩のクラスを目指して歩いていると、目の前にヘンなお化け屋敷があった。
『一億万回死ぬかもしれないお化け屋敷』
 どこかで聞いた事あるよーなないよーな。パンフレットを見てみると……B組の出し物
らしい。えっと、確かB組って、お姉ちゃんのクラスだよね? ということはこのネーミ
ングは……。
「さあ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい~。『一億万回死ぬかもしれないお化け屋敷』
だよ~。もしかして卒倒したり気絶したり意識不明になっちゃうかもしれないよ~。さあ
どうぞ~」
 そんなこと言われて入る気になる人はヘンだと思います。呼び込みをしている人がお姉
ちゃんにすごく似ているような気がしたけど、あまり深く考えずに私は水月先輩のクラス
へと向かうのだった。



「M’s メモリィ……ここかあ」
 ようやく到着した喫茶店、『M’s メモリィ』。店内をチラっと見てみると、お客さん
でいっぱいだった。受付の人に聞いてみると、あと数分で交代するらしいので、予約用紙
に名前を記入してパンフレットを見ながら待つことにした。



チリンチリン



 ベルの音が鳴り響いた。すると喫茶店からお客さんがぞろぞろと出てきた。どうやらあ
のベルの音が交代時間を告げる合図だったらしい。
 お店の中からひとりのメイドさんが出てきて、予約のお客さんの名前を読み上げていく。
 メイドさん? 不思議に思う間もなく、私は名前を呼ばれたので列に並んで、順番に店
に入っていった。
「いらっしゃいませ!M’s メモリィへようこそ!!」
 総勢七人のメイドさんが一斉に挨拶をする光景は、ある種のプロ意識を感じさせられた。
この人たちは間違いなくメイドさんだ。そう思わせる何かが、そこには、その空間にはあっ
た。
「おかえりなさいませ、御主人様」
 そう言って顔をあげたその人は、
「み、水月先輩?」
「あ、茜?」
 私も水月先輩もお互いにびっくりしていた。何より水月先輩は、知り合いにこんな姿を
見られることが特に恥ずかしかったのだろう。顔が真っ赤になっていた。
 しかしながら、さすがはプロというべきか。動揺しながらも私を席へと案内して、注文
を取っていった。



「ちょっと水月さん? さっきの態度はどういうことなの」
「あ、委員長。たまたま知り合いが来ててさ……」
 弁解しようとしたら、
「委員長って言うな!」
 と、怒られた。
「……じゃあ、なんて呼べばいいのよ」
「侍従長です。侍・従・長。もしくは下の名前で読んでください」
 委員長のメイド像がどういうものなのかイマイチ理解できないけど、さすがに侍従長は
ないだろうと思ったので、下の名前で呼ぶことにした。でも、下の名前ってなんだっけ?
「あ、麻奈麻奈ー。アイスティーひとつねー」
「了解。せめて、さん付けで呼んでくれないかな。そして私の名前は麻奈です」
 別のメイドの子の注文を聞きつつ、委員長は注意をしていた。……マナマナ?



「いってらっしゃいませ、御主人様」
 水月先輩に送り出されて、私はM’s メモリィを出た。
 水月先輩は最初こそ動揺していたが、その後は完璧なメイドさんだった。私が話し掛け
てもにっこり笑うだけで答えてくれない。世間話には相槌を打ってくれたりするのだが、
プライベートに関することは全て笑顔ではぐらかされた。
 残念ではあったが、水月先輩の新たな一面を見られて私は満足だった。
 このときのことが印象に残っていたのだろう。
 3年後、私は水月先輩に追いつくべく、アルバイトに行っていた。
「いらっしゃいませ! すかいてんぷるへようこそ!!」



なお、当たり前のことですが、このお話はもちろんフィクションで、
実在の団体や「君が望む永遠」本編とはまったく関係ありません。
……多分。



あとがき





PCゲーム「君が望む永遠」のSSです。
水橋かおりさんの聖誕祭用と、ヒロインの速瀬水月の聖誕祭の後夜祭用を兼ねてます(笑)。
段々脱線して行っているよーな気もしますが……フィクションですから、ま、いいか。
本編にからんでない、という前提で書くと、とても楽ですね(笑)。
それではまた次の作品で。



��003年8月28日 水橋かおりさんのお誕生日



2003/08/27

「白秋祭に想いをこめて」(君が望む永遠)



「え、うそ……」



 水泳の朝練で疲れている私にとって、HRは格好の休憩タイムだ。さすがに机に突っ伏
して眠ったりはしないけど、目を閉じて体力の回復に努めるのはいつものことだったりす
る。
 今日のHRの議題は、来るべき白秋祭のクラスの出し物についてだ。うちのクラスは喫茶
店をやることになっている……らしい。実は今まであんまりHRに真剣に参加したことなかっ
たからさっぱりなのよ。別に私が不真面目っていうわけじゃなくて、水泳のためなんだか
ら仕方ないじゃない。ねえ?
 黒板を見ると、役割分担がすでに決まっていた。いつのまにか、決まっていた。どうも
立候補していない生徒は勝手に決められたらしい。
 私は自分の名前を探してみた。すると、



ウェイトレス:速瀬水月



 と書かれてあった。ここで冒頭のつぶやきに戻るわけである。



「ちょっと!それってどういうことよ!!」
 反射的に私は委員長に食ってかかっていた。
「どうって? 見たまんまだけど。何か不満でもあるの、速瀬さん」
 委員長の委員長による委員長らしい言葉に、私は圧倒された。
 さすが委員長。おそるべし。伊達に委員長は名乗っていないようね。でも私だって水泳
部期待の星と呼ばれた速瀬水月。簡単に負けるわけには……いかない。
「私……立候補してないわ」
「確かにそうね。あなたの言う通りだわ」
 委員長はごく自然にそう言った。動揺なんか微塵も感じられない。
「じゃあなんでっ!」
 逆に私のほうが動揺したのか、声を荒げてしまった。
 感情的になっちゃ駄目よ、水月。水泳のときと同じじゃない。あせったほうが負けなん
だから。落ち着いていつもの自分でいられた方が勝ちなんだって知ってるでしょ?
「推薦があったから」
 …………え?
「確かにあなたは立候補してないわ。でもね、推薦があったのよ。それで多数決を取った
結果、クラスの半数以上の票を獲得したため、あなたがウェイトレスに決定したというわ
け。わかった?」
 こんなに丁寧な説明をされてわからないほど私だってバカじゃない。それに、くやしい
けど寝ていた私にも非はある。ただ、理解はできても納得はできなかった。
「まああきらめろ速瀬。寝てたヤツが悪い」
 孝之がまともな意見を……。孝之、他人事だと思って随分楽しそうじゃない。しかし、
言い返せない。何を言っても負け犬の遠吠えになってしまうのは火を見るよりも明らかだ。
だから私は黙った。
「おい孝之。推薦したヤツがそんなこと言うか?」
 ……?
「いいんだよ、慎二。それよりも、賭けは俺の勝ちだな」
 …………
「ああ、しかたない。今日の昼飯は俺のオゴリだ」
 ……………………
「ふふふ。早くも昼が待ち遠しいぜ」
 こ、このふたりは~! 怒りに震える私。だが。



 キーンコーンカーンコーン。



 チャイムが鳴った。委員長が号令をかけてHRは終了。結局、私がウェイトレスをやるこ
とは問答無用で決定したのだった。孝之、覚えてなさいよ!



 その日の夜。親友の遙から電話があった。私がウェイトレスをやることを孝之から聞い
たらしい。
「まあ、そういうことになっちゃったのよ。今更ジタバタしたってしかたないけどさ~、
やっぱりなんかくやしいのよね~。孝之にハメられたってところが特に」
「え?……ハメられた? 孝之君に??」
 あ。
「ち、違うのよ? 孝之に推薦されたってこと。私はウェイトレスなんてガラじゃないか
ら自分で立候補するわけないじゃないっ」
 な、なんか聞きようによっては危険なセリフだったわね。ちょ、ちょっと動揺しちゃっ
たじゃない。
「……あ、そういうこと、なんだ。ははは、納得。なんだか孝之君らしいね」
「孝之らしいからいいってわけじゃないけどね……。ところでさ、遙のクラスは白秋祭で
何やるの?」
 あまりウェイトレスのことについては考えたくないので、さりげなく話をそらしてみた。
「わたしのクラス? 定番だけど、お化け屋敷だよ」
「…………」
「あれ、水月? どうかしたの」
「あ、ううん。なんでもない、なんでもない。ちょっとぼーっとしてた。ごめん」
 なんでよりによってお化け屋敷なんか選ぶのかな……。
「そう? ならいいけど。あ、そうだ。茜も行くって言ってたよ。白秋祭に」
 ……え?
「茜? なんで茜が来るのよ。って言うか、もしかして茜も知ってるんじゃ……」
 私は恐る恐る尋ねてみた。すると予想通りの答えが帰ってきた。
「うん、知ってるよ。今日はね、一緒に勉強しようってことで孝之君がうちに来たの。そ
れで、休憩時間に孝之君が茜に話してたよ。水月がウェイトレスをするってこと」
 な!? ……ここにも孝之の魔の手が広まっていようとは。お、覚えてなさいよぉ……。
「そしたらね、『絶対、ぜーったい行くんだから!』って、茜はりきってたよ」
 ああ~、そうなったときの茜は止められないでしょうね。私にも無理なんだから遙には
絶対無理だろうなあ。はぁ~……。
「あの、水月?」
「あ、ごめんごめん。何?」
「もし、茜に来て欲しくないのなら、私から行かないように言ってあげようか?」
「あ~、いいよ。多分茜のことだから言っても聞きそうにないし。むしろ余計行く気にな
るような気がするから。ありがとね、遙」
 そう、遙は悪くない。悪いのはひとりだけよね!
「それじゃ、そろそろ寝ることにするわ。明日も朝練あるから」
「うん、わかった。おやすみ水月。また明日学校でね」
「うん。……おやすみ、遙」
 おやすみの挨拶をして携帯の電源を切る。携帯を充電器にセットしてからベッドにダイ
ビング。…………ふう。ま、しかたないか。決まっちゃったものは。いつまでもくよくよ
してるのは私には似合わないよね。
 そう考えると、ちょっとだけ気分が楽になったような気がした。やっぱり物事は気の持
ちようだ。いやだいやだと思っていたら本当にいやになっていくし、逆に気にしないでい
れば大したことなく済んじゃうかもしれない。
「お風呂に入って寝ようっと」
 先ほどまでの気分はどこへやら。ポニーテールを縛っている紐を外しながらお風呂場へ
と向かう私であった。



 次の日から、どこのクラスも空き時間は白秋祭の準備に追われていった。
 うちも例外ではなく、みんな忙しい日々を過ごしていった。テーブルの運搬などの力仕
事は男子たちに割り当てられたので、私たち女子は喫茶店のメニュー作りや内装について
の担当だった。私は主にメニュー作りに精を出した。



「そうねえ~……ドネルケバブ?」
「「「「「「え?」」」」」」
 みんながハモって聞き返してきた。
「ドネルケバブよ。ド・ネ・ル・ケ・バ・ブ。新顔よ? 中近東よ?」
 何か珍しいメニューないかな? ってことなんで発言したんだけど、そんなに珍しいか
な。どうやらみんな知らないみたいなので熱く語ろうとしたその時、
「速瀬さん。確かに新顔で中近東だけど、それはちょっとどうかと思う」
 委員長が横槍を入れてきた。
「あ、委員長は知ってるんだ。おいしいのよね~、焼きあがったばかりのお肉を野菜やソ
ースと一緒にパンにはさんで食べるとジューシーな肉汁がジワーっと!」
「そうそう! あの専用の機械で回しながらお肉を焼いてるところがいいよね!なんかも
う見てるだけで食欲をそそられるって感じで!!」
 お? 意外にも委員長ノッテきましたよ?
「ちなみにケバブってのはトルコの言葉で『焼き肉料理』って意味なの。知ってた?」
「ううん、初耳」
 しかも、解説が始まったんですけど。
「お肉にもいろんな種類があって、羊とか牛とか豚とか鶏とかあるの。速瀬さんは何の肉
が好き?」
「私は、羊かな? やっぱりドネルケバブは羊じゃない!」
 ノリノリの委員長に合わせておけば、もしかしてメニューになるかも? そう思ってい
たのだが。
「そうだよね。やっぱり羊だよね! …………羊肉なんて、簡単に手に入らないわよね?」
「え?」
「それに、あの専用の機械がないとドネルケバブじゃあないわよね~」
「……………」
「ってなわけで、却下ね♪」
 委員長は音符マーク付きでそう言うと、会議に出席するということで教室を出ていった。
 後には、うまく丸め込まれた私と、目が点になったままの女の子たちがいた……。
 委員長。なぜだかわからないけど、あなたには勝てないような気がしてきたわ。でも、
私はあきらめない。なぜなら、私は水泳部期待の星なのだから!!
 思いがけず気合が入ったので、水泳の練習のために私はクラスの作業を抜け出させても
らい、戦場であるプールを目指した。
 後には、まだ目が点になったままの女の子たちがいた。うちのクラスは大丈夫だろうか。



 少しだけ不安に思いながら廊下を歩いていると、声をかけられた。
「あ、水月。今からプール?」
「うん。ごめんね、みんな作業してるのに私だけ抜けさせてもらっちゃって」
 クラスメイトの女の子だった。
「いいよ、気にしないで。その分、水月は水泳をがんばればいいと思うよ。あ、でも水泳
がイヤになったらいつでも作業に戻ってもらって構わないからね~」
 この子はいつもこんなふうに言ってくれる。いい子だなあと素直に思う。
「あ、そうそう、忘れるところだった。水月、ちょっとだけ時間いいかな? 部室までつ
きあってほしいんだけど」
「うん、いいよ。少しぐらいなら。でも何の用事?」
 腕時計を見る必要もなく了承。そもそも泳ぐ時間がきっちり決められてるわけでもない
し。
「えーと、水月は知らなかったっけ。私、手芸部なんだ」
「……だから?」
「つまり、今度の喫茶店で水月が着るウェイトレスの衣装のためにサイズを測りたいのよ」
「え? わざわざ衣装なんかあるの?」
 初耳だった。てっきりエプロンとか着ける程度だと思ってた。
「そうなんだよ。結構力入れてるみたいで、このための予算も多めなの。手芸部の私とし
ても腕の見せどころだからね~。もう他のみんなのサイズは測ったんだけど、水月だけま
だだったから」
 彼女と話をしているうちに、手芸部部室へ到着した。
「ここよ、入って」
 ノックもせず部室に入っていく彼女に続いて私も入った。
「ようこそ。手芸部部室へ」
「え、うそ……」
 部室に入ってまっさきに目に飛び込んできたものに、私は空いた口がふさがらなかった……。



 白秋祭当日。
 私は最後までその衣装を着ることに抵抗を感じていたのだが、委員長の口車、衣装製作
者の泣き落としなどの攻撃により、あえなく白旗をあげた。
 同じウェイトレス役の子たちはすでに着替えを済ませていた。かわいいだの、これはこ
れでいいんじゃない? といった感想が飛び交っている。確かにかわいいんだけど……ね。
 恥ずかしさを満載しながらみんなが待つ教室に入っていくと、私たちは拍手で迎えられ
た。
 最初はお義理で拍手してくれていたのかと思ったが、途中から歓声が飛んだりしていた
ことから本当に喜んでくれていることがわかった。……特に男子たちが。
「すごく似合ってるよ」
「あ、ありがと」
 慎二君が褒めてくれた。うれしいような恥ずかしいような気持ちでいっぱいだった。
「まさか速瀬がそれを着ている姿を見られる日が来るとは思わなかったよ」
「あ、あんまり見ないでよね~。結構恥ずかしいんだからさ、これ」
 特に短いわけでもないのに、スカートのすそとか妙に気になったりする。
「いやいや、本当に似合ってるって。なあ、孝之!」
「……馬子にも衣装ってヤツだな~って思った」
「……あ、あんたねえ、花火大会の時から進歩してないじゃないのよ」
 ポカーンと私を見ていた孝之は進歩のないセリフを口にした。よくよく考えてみれば、
孝之が私を推薦したせいで、この衣装を着ることになったんだけど……ま、いいか。
「しかし、誰が考えたのよ。このメイド服」
 そう。我がクラスの白秋祭の出し物はただの喫茶店ではなかったのだ。メイド喫茶だ
ということに私が気づいたのは、手芸部の部室でこの服を見たときだった。
「さ、さあ? 誰だろうなあ。なあ、孝之!?」
「あ、ああ。一体誰なんだろうなあ、慎二」
 こいつらか。なんとなく想像はついてたけどね~。
「でもね~、こういうのって遙の方が似合いそうじゃない?ほら、あの子控えめだしさ」
「遙が…メイド……」
 何気なく言った言葉に、孝之は空想の世界へと旅立ってしまった。やれやれだわ。
「まったく困ったヤツね。ねえ慎二く……」
「涼宮が……メイド……」
 ここにも旅立ってしまった人がいた。
「あ、速瀬さん。そろそろ時間よ。……どうしたの、このふたり?」
 委員長が孝之たちを哀れみのこもった目で見ていた。



 時計の針はあと1周で10時。いよいよ開店時間だ。
 5秒前、4、3、2、1、はい!
「いらっしゃいませ! M’s メモリィへようこそ!!」



なお、当たり前のことですが、このお話はもちろんフィクションで、
実在の団体や「君が望む永遠」本編とはまったく関係ありません。
……多分。



あとがき





PCゲーム「君が望む永遠」のSSです。
ヒロインの速瀬水月の聖誕祭用です。
なんか今までで一番書いてて楽しかったような気がします。
本編にからんでない、という前提で書くと楽ですね(笑)。
それではまた次の作品で。



��003年8月27日 速瀬水月さんのお誕生日。…………そして、あの日……。



2003/07/15

「あいつとの思い出」(君が望む永遠)



��、天川との出会い(看護学校入学時)



「…………………………………………………………」
 壇上でえらい人が延々と話をしている。校長だか学長だかいう肩書きの人は、どうして
こうも話が長くなるのだろう。
 あたしはうんざりしていた。昔っからこの手の式は退屈でしかたない。できることなら
サボリたいぐらいだけど、入学式ともなれば、さすがに出席しないわけにはいかない。
 あたしは星乃文緒。今年の春からは看護学校の一年生。
 看護婦になるのが当面のあたしの目標だ。つっても、別に看護婦になりたいという確固
とした理由があるわけじゃない。誰かの役に立ちたいとか、小さい頃に看護婦にお世話に
なったとか、そんな理由でもあればいいんだろうけど。
 ただ、なーんとなく手に職持ってるほうが便利かな、と思っただけ。今の世の中、不景
気まっしぐら。技術を持ってて損する事はないだろうしね。
 あたしが看護婦になるって言った時、友人たちはみんな驚いたものだ。みんなボーゼン
としてた。それできっかり10秒後、大爆笑。あたしが一番似合わない職業らしい。失礼
なやつらねー、まったく。ま、わからないでもないけどね。
 ああ、そういやひとりだけ賛成してたヤツいたっけ。ヒロトだったかマサシだったか。
その理由を訊いてみたら、またみんな爆笑。そういうムチムチなナースのイメクラもいい
じゃん、だって。とことんバカだね。
 ぼんやりとそんなことを考えていたら、いつの間にかえらい人の話は終わっていて、式
が進行していた。次は……新入生代表挨拶か。
「新入生代表、天川蛍」
「はいっ」
 元気良く聞こえた返事だったが、どこにもその姿は見つけられなかった。不思議に思っ
ていたらそいつはようやく壇上に上がった。その姿を見てあたしは思った。
��ここって小学校の入学式だっけ?)
 そいつ、天川はすんごくちっちゃかったのだ。あたしだけじゃない、周りにいる新入生
のみんなも同じことを思ったに違いない。だけど、天川はその外見とは違い、しっかりし
た口調で新入生代表挨拶をやり終えた。人は見かけによらない。それどころか見かけだけ
で判断してはいけないんだと思った。
 このときが、天川をはじめて知ったときだった。まさかこんなにも長い付き合いになる
とは、そのときは思いもしなかった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
��、天川と仲良くなった(看護学校時代)



 看護学校での生活ももうすぐ一年が過ぎようとしている。講義や実習、レポートなど毎
日忙しい生活を送っている。寮生活も規則は煩わしいけど、それなりに楽しくやっている。
 この寮では2人部屋が基本で、あたしのルームメイトはあの天川だった。別に誰がしく
んだわけでもなく、ただの偶然だろう。あいつをはじめて間近に見たとき、あまりの小さ
さに驚いたっけ。入学式で見た光景は夢じゃなかったんだと思ったものだ。
 あいつは一言で言って、マジメなやつだった。二言目を付け加えるならば、一生懸命。
はっきりいって、あたしのニガテなタイプだ。事実、その予想は的中していた。あいつは
事あるごとに色々と口出しをしてきた。お化粧のしすぎですよとか、爪はもっと短くしな
いと患者さんを傷つけてしまいますよとか、夜中に窓から抜け出すのは寮則違反ですよと
か。
 なんでこんなに口やかましいのか、もしかしてあたしのことがキライなのか? そう思っ
たことも一度ならずあったけど、それはあたしの勘違いだった。
 あいつは、天川はただマジメで一生懸命なだけだったのだ。それに規則を守ることは理
由だけど、裏にはあたしのことを心配してくれていたんだってことも今ではわかってる。
 何日か前、夕食を食べてる時に、突然天川が一年のみんなに話し始めた。もうすぐ戴帽
式を迎える先輩たちに、一年のみんなで何か贈り物をしたい、ということだった。
 先輩たちに対する感謝の気持ちもこめて、そういうことをしたいという天川の純粋な気
持ちはみんなもわかってると思う。でも、あたしたちだってそんなに暇があるわけじゃな
い。戴帽式まで時間もないし、レポートの期限も迫ってる。看護学生というのは忙しいの
だ。
 天川だってそんなことはわかってる。だからああいうことを言ってしまったのだろう。
天川にとってはごく自然で当たり前のことを。
「ちょっと頑張れば、すぐに終わっちゃう量でしたよ……ねっ?」
 天川にとっては全然悪気のないセリフだったんだろうけど、みんなにとっちゃあイヤミ
以外の何物でもなかった。それはできるやつが言うセリフだったから。
 案の定、みんなは怒って食堂から出ていった。ま、確かにムカついてたってのもあるん
だろうけど、本当のところはやりたくないから、だと思った。あたしだって自分からやろ
うなんて言い出さないけどね。
 でも天川は、がっかりはしてたけど、すぐに立ち直って贈り物の準備を始めた。
 こいつのこういうところはえらいと思うのよね~。めげないっつーか、へこたれないっ
つーか。だけど、どうしてひとりでがんばろうとするんだろうね~。そうやってひとりで
がんばってる姿を見せられたら……ほっとけないじゃない?
 だから、あいつの手伝いをした。天川は知識とか勉強関係はすごいけど、実技関係はそ
れほどでもない。むしろダメなほうかな。それに比べてあたしは逆で、実技関係は結構得
意なほうなのよ。見かけに寄らず(って自分で言ってて悲しいけど)、裁縫とかも得意な
のよね~。
 これが天川と仲良くなったきっかけ。今まではただのルームメイトだったけど、これか
らは友だち………なのかなあ。ま、あたしはあたし。天川は天川なんだからあんまり変わ
らないのかもしれないわね~。でも、これ以降、天川はあたしのことを『星乃さん』では
なく、『文緒っち』と呼ぶようになった。
 なんとなくだけど、うれしかった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
��、日常(欅総合病院時代)



 看護学校を無事に卒業したあたしは、欅町にある総合病院に勤めることになった。病院
の裏手には海があり、環境的にもいいところだ。同僚には……天川がいた。ここまでくれ
ば、くされ縁もいいところだ。お互いに家が欅総合病院に近いから、もしかして同じ病院
になるんじゃないか、ぐらいには思っていたが、いざそうなるとなんだか無性に笑いがこ
みあげてきた。運命の赤い糸なんて信じちゃいないけど、くされ縁って言葉ならまあいいやっ
て思えた。
 今振り返ってみると、このときが一番楽しかったのかもしれない。あたしがいて、天川
がいて、穂村、香月先生、涼宮さん、そして『彼氏』。いろいろと大変なこともあったん
だけど、楽しいって思える時間だった。
 天川は一生懸命なのはいいんだけど、それがカラ回りしてるってのかなあ。あいつらし
いと言えばそうなんだけどね。それにいつもニコニコ。中にはそのニコニコ顔が気に障るっ
ていうひねくれた患者もいたっけ。それでも、天川はいつでもニコニコな笑顔の看護婦だっ
た。
 そんな天川のフォローをしてるのは大抵あたしだった。面倒なときもあったけど、いつ
ものことだから慣れていた。なんだか子どもの世話をしてるみたいだよねえ。
 でもねぇ~、彼氏を誘って断られたときはちょっとショックだったけど、その後に天川
の誘いを彼氏が受けたって聞いた時はほんと立ち直れないかと思ったわよ。天川に負けた、
ガーン!! みたいな感じでさ~。だけどその後で彼氏の特殊な趣味のせいだって気が付
いたんでよかったけどね。
 ちなみに、その時のことを『彼氏』に問いただすと絶対否定するんだけど、あれは当たっ
てるから否定してるのよねぇ?



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
��、報告(菩提寺)
 そして今。あたしは菩提寺に来ている。1年に1度、9月6日にだけ。掃除をして、花
を新しい物に変えて。1年間にあったことを報告する。



 あたしさ~、小児科の看護婦になることにしたよ。
 あんたの夢を受け継ぐっていうかぁ、あんたの目指してたものが何なのか知りたいんだ。
 ガキってさぁ~ほんとにうるさいのよね、ぴーちくぱーちくと。
 前のあたしなら、もう~うっさい!って言って泣かしちゃってたんだけど、今はそんな
ことないんだ~。
 なんだかね~ぴーちくぱーちくうるさいのもかわいいなぁ~って思えてきたよ。
 ガキだからぴーちくうるさいのは当たり前なんだって気が付いたのよ。
 それに、あんたの相手で慣れてたからかなぁ?
 あはははは。
 それからね~、すでに聞いてるかもしんないんだけど~、『彼氏』のこと。
 なんと! 医者になるんだってさ~。
 あんなにフラフラしてた彼氏なのにね~、人間変われば変わるもんだよ。
 ま、人の事は言えないか。あたしもそうなんだけどさ~。



 9月とはいえ、まだ夏の陽射しは衰えることなく降り注いでいる。先ほど掃除をして水
をかけたばかりだというのに、早くも渇きはじめている。
 ジジジと鳴くセミの声。毎年変わることのないような光景。けれど、少しずつ少しずつ
時は移ろっていく。辛い思い出も懐かしい記憶へと、楽しい思い出はより楽しかった記憶
へと変わっていく。



 それじゃあ、またね。天川。



あとがき





PCゲーム「君が望む永遠」のSSです。
ヒロインの星乃文緒の聖誕祭用です。
やはり文緒っちには天川さんがかかせないということで。
なんだか天川さんSSみたいですが、これはれっきとした文緒っちのSSです。
書いた本人が言うのですから間違いありません(笑)。
それではまた次の作品で。



��003年7月15日 文緒っちのお誕生日



2003/07/07

「7月7日」(マブラヴ)



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��月6日(雨)



明日は7月7日だ。
みんなにとっては7月7日=七夕なんだろうけど、わたしにとってはもうひとつの意味が
ある。
��年に1度だけの特別な日。
どんな日になるんだろう。
いいこといっぱいあるといいな。
でもひとつ不安なことがあるよ。
お天気。
天気予報では明日は雨。
今日が雨なのはしかたないとしても、明日は晴れてくれるといいな。
だって、毎年七夕は雨なんだよ?
��年に1度だけの特別な日ぐらい、晴れてくれてもいいじゃない。
そうだ!
てるてるぼーやだ!
てるてるぼーやを吊るしておけばいいじゃん。
そう思って、一生懸命てるてるぼーやを作った。
…………できたっ!
急ごしらえにしては良い出来だった。
わたしは早速てるてるぼーやを自分の部屋の窓の外に吊るした。
「何やってんだ、純夏?」
てるてるぼーやを吊るしていると、声をかけられた。タケルちゃんだ。
「てるてるぼーやを吊るしてるの。明日晴れますようにって」
「……てるてるぼーや?てるてるぼーずの間違いじゃないのか」
「いいの。てるてるぼーやのほうがかわいいでしょ」
「ま、いいけどな。どっちにしたって明日は雨だろうし」
「そんなのまだわかんないじゃない。みてろー、てるてるぼーやの力を」
明日は絶対に晴れるんだから!
-----------------------------------------------------------------------------



っと、こんなところかな。
わたしはいつものように日記を書き終えた。
しかしタケルちゃんもひどいなあ。絶対てるてるぼーやの力を信じてないよね。
明日になればその力にタケルちゃんも驚くことになるだろう。ふふん。
わたしはてるてるぼーやに全てを託して眠りについたのだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
そして翌朝。目が覚めてすぐに窓の外を見たわたしは目が点になった。



「どこまでも澄みきった青空。照りつける直射日光。波のせせらぎ。……うーん、夏だね
え」
「おい」
「子どもたちの騒々しい声も、カップルのいちゃつく声も、夏だねえ……」
「お~い」
「お祭りに浴衣、花火大会。夜店の金魚すくいに射的。屋台のドネルケバブにたこやき。
どこからどこまでも夏だねえ…………」
「バカ?」
カチン!
「バカって言った方がバカなんだよっ!」
わたしの言葉を聞いて、タケルちゃんはふぅと溜息を付いた。
「じゃあお前のほうがバカだな。だって今2回もバカって言っただろ」
「くっ……タ、タケルちゃんだって今2回言ったー」
わたしは悔しさに拳をふるわせながら言った。
「わかったわかった。いいから、そろそろ現実に戻って来いよ」
わたしとタケルちゃんはマイルドクルー横幅に来ていた。ある人いわく、『夏のにおいを
感じることのできない室内型リゾート』らしい(ある人ってだれ?)。
そう。わたしたちは屋内プールに来ているのだった。なぜなら、外は土砂降りだから。



目が覚めてすぐに窓の外を見たわたしの目に飛び込んできた光景は、すごい勢いで降り
注いでいる雨と、その雨によって原形をとどめていないてるてるぼーやだった。
やっぱりな、と言って笑うタケルちゃんをどりるみるきぃぱんちで黙らせ、なかば無理矢
理ここへ連れてきたのだった。



「いーじゃない。少しぐらい夏のイメージトレーニングしてたって。誰に迷惑かけるわけ
でもないし」
「俺に迷惑かけてるだろ」
「タケルちゃんは他の人とは別だよ」
「俺は一緒にしてくれてもいっこうにかまわないんだが。つーか一緒にしろ」
やれやれしかたないなあ~。それじゃタケルちゃんの相手をしてやりますか。
「それじゃあタケルちゃん、泳ぎに……って何見てるのよ」
タケルちゃんの視線はわたしではなく、わたしの肩越しに何かを見ていた。振り返って見
ると、そこにはきわどいハイレグのお姉さんがいた。タケルちゃんの視線はお姉さんのハ
イレグ部分に釘付けだ。
「……ヘンタイだね」
ヴォグゥ!!
「んがっっっ!!!」
ザッパーーーーーンッッッ!!
どりるみるきぃぱんちふぁんとむをタケルちゃんにぶちこんだわたしは、ひとりでマイル
ドクルー横幅名物のウォータースライダーへと向かった。ふんだ。水でもかぶって反省す
ればいいんだ。隣にわたしがいるのに、他の女の子に目が行くなんて失礼だよ……。



あ~、気持ちいい~。
やっぱり室内プールといったらウォータースライダーだよね。このジェットコースターみ
たいなスピード感はたまらないよ。
せっかく来たんだし、タケルちゃんにも味わってもらおう。あ、タケルちゃんだ。
「おーい、タケルちゃーん」
「んあ?……なんだ純夏かよ。やっと戻ってきたか」
「うん。ねえねえタケルちゃんもウォータースライダー乗ろうよ~。すっごいおもしろい
よ」
「戻ってくるなりそれかよ。やっぱり純夏は純夏だよな」
なにそれ、どういう意味。もしかしてタケルちゃんバカにしてる?
「別にバカにしてるつもりはねーよ。お前はお前だってことだ」
「なんかよくわかんないけど。ところでタケルちゃん何してたの」
「ああ。お前にプールに落とされてから、美人のお姉さんに助けてもらったよ。人工呼吸
のオマケ付き。それからそのお姉さんと楽しく過ごした。お姉さんは用事があるっつーん
でさっき帰ったとこだ。いやー、いい人だった。どっかの誰かとは大違いだ」
え?……うそ、だよね?
「連絡先も教えてもらったし、今年の夏は楽しくなりそうだぜ。ははははは」
タケルちゃんが他の女の人と……え?え?
「…………なーんてな。何信じてるんだよ、バーカ」
タケルちゃんは呆れ顔だ。
急にそんなこと言われたらびっくりして冷静に考えることが出来なかったんだよ~。
「純夏を待ってたんだよ」
…………え?
「……もう1回言って」
「二度と言わねーぞ。……純夏を待ってたんだよ」
「ほんと?」
「ああ」
「ほんとにほんと?」
「しつこいぞ」
…………えへへへ。まいったなー。どうしてかわからないけど、うれしいよ~。
「ゴメンね、タケルちゃん。おいてけぼりにして」
「いいよ。気にしてねーからさ」
時々タケルちゃんってやさしいよね~。いつもこうだといいんだけど。
「んじゃあ、行こうぜ」
「うんっ!」
わたしは幸せいっぱいに頷いたのだが。
タケルちゃんの歩いていく方向はウォータースライダーの方向とは違っていた。
あれれ?
「タケルちゃん、そっちは方向が違うよ?」
わたしにとっては当然の疑問だったが、タケルちゃんはこう言った。
「何言ってんだ。こっちにしか売店はねーだろ?」
は?売店??
「財布役のお前がいないことには買い食いもできないからなあ。ほんと待ちくたびれてハ
ラペコだぜ」
「財布役?」
「そう。財布役。なにしろ無理矢理連れてこられてきた身。当然、飲み食いはおまえ持ち
だろ」
さーて、何を食おうかな~なんて言いながらタケルちゃんは歩いていった。
「やっぱり、タケルちゃんはタケルちゃんだね……」
わたしは呆れたまま、しばらくそこに突っ立っていたのでした。



-----------------------------------------------------------------------------



コンコン
「………………」
コンコン、コンコン
「………………………………」
おかしいな~、気が付いてないのかな。……よし、これでどうだっ!
わたしは手近にあったソレを投げつけた。タケルちゃんの部屋の窓めがけて。
すると、ちょうどいいタイミングで窓が開いて、ソレはタケルちゃんにクリティカルヒッ
トした。
「……ててて。いってーな!何すんだよ!!ん?国語辞典??んバカか、てめえはっ!!
こんなもん投げたらガラスが割れちまうだろがっっ!!!」
タケルちゃんが怒りながらソレを投げ返してきた。
「あ、ははは~。ごめんなさい。気づいてないかと思って」
「気づいてないからってこんなの投げるかね、普通」
タケルちゃんは呆れていた。
「まーまー、それより今日は楽しかったね」
「ん?」
「マイルドクルー横幅だよ。今シーズン限りなんだもん。どうだった?」
「あー。あのたこやきは絶品だったなあ。思い出すだけでもよだれが出てくるぜ。それに
お好み焼きもだ。味はそれほどでもないが、あのボリュームで200円とは信じられんよ
なー。あの店あんな値段設定でやっていけるのかって心配しちまうぜ」
「いや、そっちじゃなくて」
「んん?あー、金魚すくいのほうか。俺の腕前をもってすりゃちょろいもんだった。店の
おやじ、泣いてたからな。かわいそうになって、獲った金魚全部返してやったもんな。ま、
持って帰っても育てられないということもあるが」
「……タケルちゃん」
「なんだ?」
「やっぱり、タケルちゃんはタケルちゃんだね……」
わたしはしみじみと今日2回目になるセリフを口にした。
「ところで、今日は何の日か知ってる?」
これ以上この話を続けてもしかたないので、話題を変えることにする。
「今日は7月7日だから……七夕だろ?」
「……そうだね。他には?」
「何だっけ?」
じとーーーーーーーーーー。
「冗談だよ。純夏の誕生日だ。おめでとう」
「ありがとう」
「…………」
「それだけ?」
「誰か他に誕生日のやつでもいたっけ?」
……そうだった。タケルちゃんはこういう人だった。ガクリ。
気を取り直して、と。
「今年も雨だったね~」
「毎年のことだからなあ。そういや天の川って見たことないよなあ。純夏は見たことある
か?」
「言われてみるとないかも。あ、ねえねえ、織姫と彦星ってわたしたちみたいだね」
「そうか?織姫と彦星は年に1回、七夕の日に天の川をはさんでしか逢えないんだぞ。俺
たちは違うだろ。毎日こうやって家と家のほんの少しの隙間をはさんで逢うことができる
んだからな」
「そうか。じゃ、毎日が七夕みたいなもんだね」
「それはどうかと思うが、まあそういうこった」
「ってことはー、毎日が7月7日。つまり毎日がわたしの誕生日。……タケルちゃん!」
「な、なんだよ」
「明日はプレゼントよろしくー」
「………バカ?」
むかっ。
「バカって言った方がバカなんだよっ!」
七夕=わたしの誕生日なんだから、この論理は完璧じゃない。
「じゃあ、お前は毎日年を取っていくわけだ?」
え?
「だってそうだろ~。誕生日に年を取らないヤツなんていないもんなあ」
……しまった。そこまで考えてなかったよ……。
「てことはあれだ。来月にはお前はおばさんで、再来月にはおばあちゃんか。……俺には
なぐさめの言葉もかけられねーよ」
よよよ、とタケルちゃんは大げさに泣き真似をした。
「うるさいなー、もういいよ。それじゃおやすみっ!」
「あ、ちょっと待てよ。プレゼント欲しくないのか」
プレゼント?
むかっとしていたわたしの気持ちはその言葉で元に戻った。
「何かくれるの?」
「ああ、目を瞑って手をこっちに出せ。……もっとこっちに寄れ。……よし、動くなよ」
わたしはタケルちゃんの言う通りにした。
わー、何をくれるんだろう。どきどきするよ~。
わたしは手のひらに神経を集中させていた。



ちゅっ



「わっ」
「そんじゃ渡したからな。おやすみー」
ガラガラー、ピシャ。シャッ。
窓を閉める音、カーテンをひく音が聞こえた。
わたしは一瞬何が起こったかわからなかったが、すぐに理解した。
思わず唇を手でなぞる。
確かに唇にはその感触が残っていた……。
-----------------------------------------------------------------------------



……なんてね。
わたしは日記を閉じながら呟いた。
ちょっとだけ脚色しちゃった、へへへ。
今日は貰えなかったけど、クリスマスには貰えるかな。
タケルちゃんは約束しても守ってくれないけど、でも……。
ちょっとぐらいは期待してもいいかな。
だって……。
これからも、わたしとタケルちゃんはずーーーーっと一緒なんだもんね!!



あとがき



PCゲーム「マブラヴ」のSSです。
ヒロインの鑑純夏の聖誕祭用です。
いろいろ調べて書いているうちに、純夏への想いが強くなっていることに気づく(笑)。
やっぱり純夏っていいですよね~。
それではまた次の作品で。



��003年7月7日 織姫と彦星の日



2003/06/26

「あの言葉」(君が望む永遠)



 聞きたいけど、聞いちゃいけないような気がする「あの言葉」。
 言って欲しいのに、言ってもらいたいのに、それをしてもらったらダメな気がする。



 今、私は診療所にいます。欅町から新幹線を使えば3時間ほどの距離にあります。
 空気はとってもきれいで、窓からの眺めも素敵です。ここで静かに生活していればある
いは……と思ってしまいそうです。



��『期待』しちゃいけないんだ。)



 小さい頃からだから、そんなふうに考えるのが当たり前になってしまっているのかもし
れません。
 ………………ダメですっ! このままじゃ気持ちが滅入っていってしまいます。『病は
気から』ともいいますし。元気良く、いつもの天川さんらしく行きましょう。
 そうだ! お庭を散歩してみましょう。天気もいいことですし。
 私は外出着に着替えてから部屋を出ました。階段をトントンと降りて玄関へ向かいます。
玄関の近くには受付があります。私は受付まで歩いて行って、うんと背伸びをして声をか
けました。
「すみませーん」
「はい? ……ああ、蛍ちゃん。どうしたの?」
 やっぱりすぐには気づいてもらえませんでした。いくら天川さんがちっちゃいといって
も、そんなに小さいわけではないと思うのに……ちょっとショックです。
「あの、ちょっとお庭を散歩してきます。いいですか?」
「ええ、かまいませんよ。気をつけていってらっしゃい」
 受付の女の方はにっこりと笑ってそう言いました。私は、はい、と元気良く返事をして、
お庭に出ました。
 陽射しが強いので、木陰を選びながらのんびりと歩きます。とってもいい気持ちです。
 ぐるっと回って一周が終わるころ、小さな犬小屋に気が付きました。わんこ、いるのか
な?
 そろそろと犬小屋に近寄って、中を覗きこんでみます。すると、いましたっ! ちっちゃ
なわんこです。
 お昼寝をしてるらしく、すーすーと寝息が聞こえます。なでなでしたいけど、そうした
ら起きちゃうかもしれません。残念でしたが、今日はあきらめてお部屋に戻りました。



 診療所に来てから1週間ほど経った頃、なんと! 鳴海さんが来てくれました。すごく
びっくりしました。
 でも、私は心のどこかで望んでいたのかもしれない。鳴海さんが来てくれることを。こ
んな姿を見られたくなかった。けれど、会いたいって気持ちも間違いなく私のもの。実際、
私は嬉しかったんだと思う。鳴海さんが来てくれた日はすごく調子がよかったから。
 それに、あんなにも幸せな気持ちになれたのだから。
 鳴海さんと交わしたキス。……鳴海さんの心が直接伝わってくるようだった。鳴海さん
は私のことを『好き』だと思ってくれている。……勘違いかもしれない。むしろ勘違いの
方がいいのかもしれない。
 鳴海さんに悲しい想いをしてほしくないから。
 あ、もしかして、私の気持ちも鳴海さんに伝わってないだろうか。決して形には出来な
い、言葉には出来ない、この想い。
 こんなことを考えてしまうのは、やっぱり元気が出てきている証拠なのかな。いつのま
にか鳴海さんのことばかり考えてしまっているのだから。



 でも、ごめんなさい、鳴海さん。私はあなたにお願いしてしまいました。
 決して叶うことはないお願い。
 でも、もしかして。
 そう思う事は、私にとって何よりも幸せな時間でした。
 鳴海さんに「あの言葉」を言ってもらって。
 私も鳴海さんに「あの言葉」を言って。
 それから始まる2人の未来。
 とても幸せな、夢。
 あなたを苦しめてしまうことになるってわかっているのに、私は……。



 私は小さい頃からこんな身体だから、いつそうなってしまうか、お医者さまにもわかり
ませんでした。
 自分が生まれて来た意味って、なんなんだろう?
 その意味を探すために、ううん、探したいから今まで生きてこられたのかもしれません。
 小児科の看護婦になりたいという夢。
 その夢が叶わなかったのは残念だけど。
 代わりに、こんなにも素敵なことを体験できました。
 いろんなことを体験したいと、思っていました。
 でも、『好き』だけは体験したくないと思っていました。
 そう思っていたのに。
 いつの間にか私は体験してしまっていたようです。
 よかった。
 体験できてよかった。
 怖いとか、いろいろな理由をつけて体験したくないと思っていたことが、実は1番素敵
なことでした。
 そして、その素敵なことを私に与えてくれたのは。
 鳴海さん。あなたです。
 今なら、私は自分が生まれて来た意味がわかります。
 ありがとうございます、鳴海さん。



 夜空を見上げると、たくさんの星たちが輝いていました。
 今頃、鳴海さんは何をしているんだろう?
 お風呂に入っているのかな?
 それとも、もう寝ちゃってるのかな?
 もしかして、私宛のお手紙を書いてくれているのかな。
 あなたのことを考えることが出来るのがとってもうれしいです。
 少し眠たくなってきました。
 鳴海さんのことを考えていると、幸せな夢が見られそうです。
 それでは、鳴海さん。
 またね、です。



あとがき





PCゲーム「君が望む永遠」のSSです。
ヒロインの天川蛍の聖誕祭用です。
今回はショート・ストーリーとも言えないような気がします。
決して〆切のせいではないので、何も言えません。
すべては僕の力量不足が原因です。
それではまた次の作品で。



��003年6月26日 天川さんの生まれた日



2003/05/11

「がんばりますっ!!」(君が望む永遠)



「いらっしゃいませ~」
 今日最初のお客様がいらっしゃったことを告げるベルの音が聞こえました。
 私はすかさずお客様の応対を致します。
「喫煙席と禁煙席、どちらになさいますか?」



 私は、玉野まゆ。この『すかいてんぷる』橘町店でアルバイトするようになって、そろ
そろ10ヶ月。
 少しは一人前に近づけたでしょうか。まだまだ熟練というレベルにはほど遠いですが、
一生懸命がんばっております。
「まゆまゆ~。オーダーできたから3番テーブルまでお願い」
「御意っ!」
 大空寺あゆ先輩がオーダーがあがったことを教えてくれました。
 今回のお皿は2枚。これなら大丈夫です!
 私は両手にお皿を持って、3番テーブルへと向かいます。
「お待たせしました~。……ご注文の品はお揃いですか?それではごゆっくりどうぞ!」
 私はお客様に深々と頭を下げて、フロントへと戻りました。
「おはようございます、玉野さん」
「あ、店長さん。おはようございます~」
 店長の崎山健三さんがいらっしゃいました。私たちの間では”健さん”と呼ばれていま
す。
「今日はゴールデンウィークが終わってから最初の日曜日です。また忙しい日になると思
いますが、がんばってくださいね」
「はいっ!がんばりますっ!」
 そうです。休日の『すかいてんぷる』は、いつも人がたくさんいらっしゃいます。特に
ランチタイムなどはまさに戦場といっても過言ではないほど。モノノフの私としましては、
負けるわけにはまいりません。毎日が戦いの日々なのですっ!



「あ~~。やっと落ち着いてきたわねえ」
「そう、ですねえ~~」
 先輩が話し掛けてきました。壁にかけてある時計を見上げると、14時を少し過ぎたこ
ろ。ランチタイムも終わり、私たちもようやくひと息つける余裕が出てきました。
「この忙しい日に、あの糞虫はなんで休みを取ってやがるのかしらね?あんな給料泥棒が
休みなんて100万年早いのよ!」
「なんでも~、彼女さんとデート、らしいですよ?」
 先輩のおっしゃってる糞虫とは、鳴海孝之さんのことです。先輩と孝之さんは、私が『す
かいてんぷる』で働き始めた頃からずーっとお世話になっている方々です。早く先輩たち
のお手をわずらわせないように一人前になりたいものです。
「あんですと~!糞虫の分際で生意気ね。あんなやつは人の3倍働いてちょうどいいぐら
いなのよ」
「では、今度から鳴海君には赤いエプロンをつけて働いてもらうことにしましょうか」
 健さんがいつのまにかそばにいらっしゃってました。
「店長、あの男はそろそろクビにしたほうがこの店のためだと思うわ」
「ははは、まあいいではありませんか。鳴海君だってたまには休みも必要でしょう。彼は
ここのところ毎日シフトに入ってましたからねえ」
「あんなのは死ぬまでこき使ってやってもいいのよ」
「そうですね。あ、ランチタイムも終わって少し余裕も出てきたことでしょう。交代で休
憩を取ってもらってかまいませんよ。私は事務処理がありますので奥にいますので、何か
ありましたら声をかけてください」
 健さんはそう言って、店の奥に入っていかれました。
「どうする、まゆまゆ?」
「先輩がお先にどうぞ~。後は私ひとりでも大丈夫ですから」
「そうね。まゆまゆもだいぶ使えるようになってきたからね。それじゃ後はよろしく~」
「はいっ! おまかせくだされ~」



 えへへ、先輩にちょっと褒められちゃいました。うれしいです~。がんばっている成果、
でているのかもしれませんね~。



ポロンポロン



「いらっしゃいませ~。喫煙席と禁煙席……って孝之さんっ?」
「や、玉野さん。バイトご苦労様」
 お客様は孝之さんでした。どうして孝之さんがいらっしゃったのでしょう。今日はお休
みのはずでは……。
「今日はお客として来たんだ。ほら」
 そう言って孝之さんが指差したのは、彼女さんでした。
「お食事……ですよね?」
「うん。ランチタイムは混んでると思ったから、わざと時間ずらして来たんだ」
「それではこちらへどうぞ~」
 私は孝之さんと彼女さんをテーブルへと案内しました。
「ご注文はお決まりですか?」
「うん。『すかてんS』をふたつ。……それでいいだろ?」
「『すかてんS』ってなんなの?」
「『すかいてんぷるすぺしゃる』のことだよ。前に食べてみたいって言ってたろ?」
「うん。じゃあ、それ」
 彼女さんが頷かれました。……素敵な彼女さんです。
「では『すかいてんぷるすぺしゃる』をおふたつですね。しばらくお待ちください~」
「うん、よろしく。……ところで玉野さん。今日、大空寺のやつは?」
「先輩はご休憩中です。ご用でしたらお呼びいたしましょうか?」
「いやいや! 呼ばなくていいよ。呼ばれるとやかましくてたまらないからね~」
「わかりました♪」
 先輩と孝之さんはいっつもこんな感じです。



「はい、玉野さん。『すかてんS』ふたつあがったよー」
「わかりました~」
 コックさんが出来上がりを教えてくれました。
 『すかいてんぷるすぺしゃる』は今、『すかいてんぷる』で一番人気のあるメニューで
す。ボリュームのあるメニューですが、値段もお手ごろなので若い方を中心に大人気です。
 普通、そんなメニューだと店の売上げにも響くらしいのですが、先輩がおっしゃるには
大丈夫だそうです。なんでも材料に秘密があるそうなのですが。
 私は『すかてんS』を両手にふたつ持って、孝之さんたちのテーブルへと向かいます。『す
かてんS』はボリュームたっぷりなためお皿も大きいですが、がんばって運びます。玉野ま
ゆ、ここで負けるわけにはまいりません!
「おまたせしました。『すかいてんぷるすぺしゃる』です」
「ありがとう~って、玉野さんふたついっぺんに持ってきたの?」
「はい、そうですけど」
「すごいね~。前ふたつ持とうとしたらフラフラしてたのに」
「あ、あのときのことは忘れてください~」
『すかてんS』がメニューに出来たころ、私はお皿をふたつ持ってみたら、見事にバランス
をくずしてころんでしまったことがあります。あの時は散々でした……。
「いや、すごいよ。玉野さんも成長してるんだね~」
「ありがとうございます♪それではごゆっくりどうぞ~」
「あ、ちょっと待って。お持ち帰り、注文してもいいかな?」
「はい。かまいませんよ」
 メニューを孝之さんに差し出します。
「ありがと。ええと……じゃあこれ」
「はい、わかりました。それでは会計の時にお渡ししますね」
「うん。よろしくね」
 私はコックさんにオーダーを伝えました。
「すみません~。『お持ち帰りS』お願いしまーす」



 孝之さんたちが会計のために席を立ったので、私はレジへと向かいました。
「……はい、2500円ちょうどですね。ありがとうございます。では、こちらが『お持
ち帰りS』になります」
 私は孝之さんに『お持ち帰りS』をお渡ししました。
「ありがと。じゃあ、はい」
 孝之さんは私に『お持ち帰りS』を渡しました。???
「玉野さん、今日誕生日だよね。おめでとう。それ、俺からのプレゼント。おやつにでも
食べて」
「孝之さん……ご存知だったんですか」
「うん。っていうのはちょっとウソ。実は今日思い出したんだ。それでプレゼント用意す
る時間がなくて、ごめんね。こんなもので」
 孝之さんはそうおっしゃいましたが、私は……私は……うれしいですぅ!
 孝之さんにプレゼント戴けて、今日は本当に良い日です!
「ありがとうございます。私は果報者ですぅ……」
「あはは。大げさだなあ、玉野さんは。それじゃ、俺たちは行くね。バイト、がんばって
ね」
「はいっ!!玉野まゆ、がんばりますっっ!!!」



あとがき





PCゲーム「君が望む永遠」のSSです。
ヒロインの玉野まゆの聖誕祭用です。今回もなんとか間に合いました。
またまた短めですがね(汗)。
実働数時間ですが、数時間かかってこれだけというのもなんだかなーという感じです。
それではまた次の作品で。



��003年5月11日 PS2版「君のぞ」を早くプレイしようと心に誓った日(笑)



2003/05/04

「ラクロスへの思い」(マブラヴ)



「いよいよ、明日なんだ……」
 夜空に瞬いている星空を見上げながら、私は呟いた。
 11月ともなれば、夜は結構冷え込む。窓を開けたままの室内はかなり寒い。
 だけど、その冷たさが今の私には心地よかった。
 ともすれば揺らぎがちな私の気持ちを、キリッと引き締めてくれるから。



 明日は球技大会。今まで3年間過ごしてきた白陵柊の最後のイベントと言ってもいい。
 それだけに、クラスのみんなもいつも以上に張り切っているような気がする。
 なんだかんだいっても、白陵柊で過ごすのはあとわずかだと、みんなが感じているから
だろうか。
 御剣さんが転校してきてから、ううん、剛田君が転校してきてからかな。騒々しい学園
生活になってしまっているから、受験とか別れとかのしんみりしたことは考える暇もない
くらいめまぐるしく毎日が過ぎていっている。
 やることがいっぱいで大変だけど、みんなと何かをやり遂げることができたら……と思っ
ている。
 勝ち負けが全てじゃない。もちろん、勝てればうれしいんだけど、そこに至るまでの過
程も大事だと思えるから。……思えてきたから。



 はじめは勝ちたい、という気持ちでいっぱいだった。負ければ、きっとラクロス部は廃
部、もしくは同好会だろうか。どっちにしても、あまりうれしくない未来が待っているに
違いないから。
 球技大会の種目にラクロスが選ばれたのは、知っている人も少なく、人気もないから。
 そんな人気のないラクロス部に入る物好きは決して多くない。自分で言っててくやしい
けど。
 だからラクロス部を球技大会の種目にしてみんなの興味を引こうというのが、学園側の
表向きの理由。もうひとつは、みんな知らない種目なら条件は平等、ということだ。
 これでもし来年ラクロス部に新入部員が入らなかったら、部員の人数は試合をするため
の最少人数にも満たなくなってしまう。そうなればラクロス部は……。
 でも、私たちが勝てば、ラクロスの素晴らしさをみんなに見せることができたなら、興
味を持った人がラクロス部に入ってくれるかもしれない。
 ラクロスは、格闘技の激しさとスポーツの華やかさを兼ね備えた、カナダの国技にもなっ
ている由緒正しいスポーツ。みんながその良さを知ってくれれば……。



 しかし、クラスで球技大会の選手を決めるときも苦労したなあ。球技大会用に少ない人
数の6人制でも、すぐには集まらなかったから。珠瀬さん、鑑さん、御剣さん、柏木さん
と私以外の4人はすぐ決まったんだけど、あとひとりが苦労した。もしかして人数集まら
なくて不戦敗になるんじゃないか、と思ったこともあった。でもそれもうまく解決した。
あの白銀君がどうやったのかわからないけど、彩峰さんを出場させるように説得してくれ
たから。彩峰さん、か……。



 トゥルルルルル。
 あ、電話だ。
 私は開けっぱなしの窓を閉めてから、電話を取りに部屋を出た。
「はい。榊ですけど」
「あ、千鶴? 私、茜ー」
「茜? どうしたの、こんな時間に」
 そう言ってから時計を確認してみると、11時だった。そろそろお風呂に入って寝ない
とまずいかな。
「うん。えーと、特に用があるわけじゃないんだけど、どうしてるかなーと思って」
 茜の声はどこか空々しい。
「なあに? 私の様子でも探ろうってことで電話してきたの?」
「ち、違うよ~? 私はただ、千鶴の声が聴きたいなーと思っただけなんだから。ただそ
れだけだよ」
「それにしては動揺してるみたいだけど?」
「し、してないよ? 私はいつも通りの私なんだから!」
「そろそろ白状しなさいよ。3、2、1、はい」
「あ、私の真似」
「そうよ、茜の真似。……ふふっ」
「あはは、やれやれお堅い委員長にそこまでされちゃかなわないね」
「委員長って言うな!」
「あはははは~。ちょっとしかえし。実はね、半分は千鶴の様子見なんだ。といっても香
月先生からの指令なんだけど。これでもD組の生徒ですからねー。先生への義理は果たし
ておかなきゃ」
 やっぱりね。そんなことだろうと思った。茜は態度に出やすいのよね。電話越しでもわ
かっちゃうぐらいに隠すのが下手なんだから。
「でも後の半分はホントに千鶴の声が聴きたかったんだ。本当だよ?」
「うん、わかってる。ありがとう」
「べ、別にお礼言われることじゃないけどね、ま、いいか。それで、どう? 調子は」
「うん、まあまあかな。練習はじめたころはどうなるか不安だったけど、今日までの短い
間でみんな一生懸命がんばってくれたから」
「いろいろ大変だったって聞いたよ~。ゴールがまっぷたつになってたって話も聞いたし」
「あ、あれはその……誰にだって間違いはあるわよ!」
「え? 本当だったの! てっきり噂話だからウソかと思ってたんだけど」
 しまった! 黙ってればわからなかったのに。そうよ、誰もゴールがまっぷたつになる
なんて信じるわけないじゃない。御剣さんだからこそ出来たんだし、御剣さんだからこそ
次の日には新しいゴールが納入されてたんだから。
「……本当に大変だったんだね」
「しみじみ言わないでよ、お願い」
 あまり思い出したくないんだから。
「それに、メンバー集めも苦労したんでしょ? 彩峰さんってあの彩峰さんでしょ。千鶴
がいっつも『ムカつくムカつく』って言ってる」
「……そうよ」
「香月先生がちょっとあせってたから気になってね。先生があんなふうになってるの、は
じめて見たかもしんない。で? 彩峰さんはどうなの?」
「どうってなにが?」
「そりゃもちろん、ラクロスのことに決まってるでしょ。すんごい秘密兵器とか」
「そうねえ、ノーコメント、にしておくわ」
「あーずるい」
「何がずるいのよ。いい? 私たちは敵同士なのよ。簡単に味方の情報を教えることはで
きないわ」
「それもそっか。でも……ふふっ」
「何がおかしいの?」
「だって、嫌ってる人じゃなかったの、彩峰さんは」
「そうよ、私は彼女のことが気に入らないわ。協調性のかけらもないし、何考えてるのか
わからないし。彼女だって私のこと嫌ってると思う。でも、ラクロスやってくれるって言っ
てくれた。どういう経緯でそう思ったのかはわからないけど」
「…………」
「今でも彩峰さんのことは全部が許せるわけじゃないけど、でも……」
「でも?」
「ラクロスやるって言ってくれた言葉は……信じられるから」
「……そっか。……ごめん、変なこと言っちゃって」
「ううん、いいよ、気にしてない」
「じゃあ、白銀君に感謝しなくちゃね!」
「!? な、なんで白銀君が出てくるのよっ!」
「え? だって先生が言ってたよ。『白銀め、余計なことを……』って。白銀君がからん
でることはすぐにわかるよ。監督らしきこともしてるみたいだし」
「あ……」
「いよいよ、千鶴にも頼れる人が出来たって事かなあ。あはは~」
「な、ちょっ、茜?」
「うふふ、それじゃ、そろそろ切るね。これ以上話してると寝不足になっちゃうから」
「あ……うん」
「千鶴、明日は負けないからね!」
「それはこっちのセリフよ」
「うん、じゃあおやすみ~」
「おやすみなさい、茜」
 ガチャ。
 受話器を置いた私は時計を見た。11時30分。あ、いつの間にかこんな時間なんだ。
早くお風呂に入らなきゃ。



 お風呂から上がった私は、すぐに寝る準備をした。電気を消して布団に入る前に、もう
1度だけ部屋の窓を開けた。
 胸一杯に夜の冷たい空気を吸い込む。
 体全体が澄み切っていくような感じがした。
 モヤモヤした気持ちも晴れていくような気がした。
 珠瀬さん、鑑さん、御剣さん、柏木さん、そして……彩峰さん。
 今日までみんな、ありがとう。
 明日は、精一杯がんばろうね。
 クラスのみんなのために。
 そして。
 ラクロス部の未来のために。
 空を見上げると、夜空にはたくさんの星がまぶしく瞬いていた。



あとがき



PCゲーム「マブラヴ」のSSです。
ヒロインの榊千鶴の聖誕祭用です。今回は間に合いました(というかフライング(笑))。
いつもよりもかなり短めですがね(汗)。
ま、SSというものはサイド・ストーリーともショートストーリーとも取れるので、
オッケーですよね?
それではまた次の作品で。



��003年5月4日 千鶴の誕生日イブ(笑)