2003/07/15
「あいつとの思い出」(君が望む永遠)
��、天川との出会い(看護学校入学時)
「…………………………………………………………」
壇上でえらい人が延々と話をしている。校長だか学長だかいう肩書きの人は、どうして
こうも話が長くなるのだろう。
あたしはうんざりしていた。昔っからこの手の式は退屈でしかたない。できることなら
サボリたいぐらいだけど、入学式ともなれば、さすがに出席しないわけにはいかない。
あたしは星乃文緒。今年の春からは看護学校の一年生。
看護婦になるのが当面のあたしの目標だ。つっても、別に看護婦になりたいという確固
とした理由があるわけじゃない。誰かの役に立ちたいとか、小さい頃に看護婦にお世話に
なったとか、そんな理由でもあればいいんだろうけど。
ただ、なーんとなく手に職持ってるほうが便利かな、と思っただけ。今の世の中、不景
気まっしぐら。技術を持ってて損する事はないだろうしね。
あたしが看護婦になるって言った時、友人たちはみんな驚いたものだ。みんなボーゼン
としてた。それできっかり10秒後、大爆笑。あたしが一番似合わない職業らしい。失礼
なやつらねー、まったく。ま、わからないでもないけどね。
ああ、そういやひとりだけ賛成してたヤツいたっけ。ヒロトだったかマサシだったか。
その理由を訊いてみたら、またみんな爆笑。そういうムチムチなナースのイメクラもいい
じゃん、だって。とことんバカだね。
ぼんやりとそんなことを考えていたら、いつの間にかえらい人の話は終わっていて、式
が進行していた。次は……新入生代表挨拶か。
「新入生代表、天川蛍」
「はいっ」
元気良く聞こえた返事だったが、どこにもその姿は見つけられなかった。不思議に思っ
ていたらそいつはようやく壇上に上がった。その姿を見てあたしは思った。
��ここって小学校の入学式だっけ?)
そいつ、天川はすんごくちっちゃかったのだ。あたしだけじゃない、周りにいる新入生
のみんなも同じことを思ったに違いない。だけど、天川はその外見とは違い、しっかりし
た口調で新入生代表挨拶をやり終えた。人は見かけによらない。それどころか見かけだけ
で判断してはいけないんだと思った。
このときが、天川をはじめて知ったときだった。まさかこんなにも長い付き合いになる
とは、そのときは思いもしなかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
��、天川と仲良くなった(看護学校時代)
看護学校での生活ももうすぐ一年が過ぎようとしている。講義や実習、レポートなど毎
日忙しい生活を送っている。寮生活も規則は煩わしいけど、それなりに楽しくやっている。
この寮では2人部屋が基本で、あたしのルームメイトはあの天川だった。別に誰がしく
んだわけでもなく、ただの偶然だろう。あいつをはじめて間近に見たとき、あまりの小さ
さに驚いたっけ。入学式で見た光景は夢じゃなかったんだと思ったものだ。
あいつは一言で言って、マジメなやつだった。二言目を付け加えるならば、一生懸命。
はっきりいって、あたしのニガテなタイプだ。事実、その予想は的中していた。あいつは
事あるごとに色々と口出しをしてきた。お化粧のしすぎですよとか、爪はもっと短くしな
いと患者さんを傷つけてしまいますよとか、夜中に窓から抜け出すのは寮則違反ですよと
か。
なんでこんなに口やかましいのか、もしかしてあたしのことがキライなのか? そう思っ
たことも一度ならずあったけど、それはあたしの勘違いだった。
あいつは、天川はただマジメで一生懸命なだけだったのだ。それに規則を守ることは理
由だけど、裏にはあたしのことを心配してくれていたんだってことも今ではわかってる。
何日か前、夕食を食べてる時に、突然天川が一年のみんなに話し始めた。もうすぐ戴帽
式を迎える先輩たちに、一年のみんなで何か贈り物をしたい、ということだった。
先輩たちに対する感謝の気持ちもこめて、そういうことをしたいという天川の純粋な気
持ちはみんなもわかってると思う。でも、あたしたちだってそんなに暇があるわけじゃな
い。戴帽式まで時間もないし、レポートの期限も迫ってる。看護学生というのは忙しいの
だ。
天川だってそんなことはわかってる。だからああいうことを言ってしまったのだろう。
天川にとってはごく自然で当たり前のことを。
「ちょっと頑張れば、すぐに終わっちゃう量でしたよ……ねっ?」
天川にとっては全然悪気のないセリフだったんだろうけど、みんなにとっちゃあイヤミ
以外の何物でもなかった。それはできるやつが言うセリフだったから。
案の定、みんなは怒って食堂から出ていった。ま、確かにムカついてたってのもあるん
だろうけど、本当のところはやりたくないから、だと思った。あたしだって自分からやろ
うなんて言い出さないけどね。
でも天川は、がっかりはしてたけど、すぐに立ち直って贈り物の準備を始めた。
こいつのこういうところはえらいと思うのよね~。めげないっつーか、へこたれないっ
つーか。だけど、どうしてひとりでがんばろうとするんだろうね~。そうやってひとりで
がんばってる姿を見せられたら……ほっとけないじゃない?
だから、あいつの手伝いをした。天川は知識とか勉強関係はすごいけど、実技関係はそ
れほどでもない。むしろダメなほうかな。それに比べてあたしは逆で、実技関係は結構得
意なほうなのよ。見かけに寄らず(って自分で言ってて悲しいけど)、裁縫とかも得意な
のよね~。
これが天川と仲良くなったきっかけ。今まではただのルームメイトだったけど、これか
らは友だち………なのかなあ。ま、あたしはあたし。天川は天川なんだからあんまり変わ
らないのかもしれないわね~。でも、これ以降、天川はあたしのことを『星乃さん』では
なく、『文緒っち』と呼ぶようになった。
なんとなくだけど、うれしかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
��、日常(欅総合病院時代)
看護学校を無事に卒業したあたしは、欅町にある総合病院に勤めることになった。病院
の裏手には海があり、環境的にもいいところだ。同僚には……天川がいた。ここまでくれ
ば、くされ縁もいいところだ。お互いに家が欅総合病院に近いから、もしかして同じ病院
になるんじゃないか、ぐらいには思っていたが、いざそうなるとなんだか無性に笑いがこ
みあげてきた。運命の赤い糸なんて信じちゃいないけど、くされ縁って言葉ならまあいいやっ
て思えた。
今振り返ってみると、このときが一番楽しかったのかもしれない。あたしがいて、天川
がいて、穂村、香月先生、涼宮さん、そして『彼氏』。いろいろと大変なこともあったん
だけど、楽しいって思える時間だった。
天川は一生懸命なのはいいんだけど、それがカラ回りしてるってのかなあ。あいつらし
いと言えばそうなんだけどね。それにいつもニコニコ。中にはそのニコニコ顔が気に障るっ
ていうひねくれた患者もいたっけ。それでも、天川はいつでもニコニコな笑顔の看護婦だっ
た。
そんな天川のフォローをしてるのは大抵あたしだった。面倒なときもあったけど、いつ
ものことだから慣れていた。なんだか子どもの世話をしてるみたいだよねえ。
でもねぇ~、彼氏を誘って断られたときはちょっとショックだったけど、その後に天川
の誘いを彼氏が受けたって聞いた時はほんと立ち直れないかと思ったわよ。天川に負けた、
ガーン!! みたいな感じでさ~。だけどその後で彼氏の特殊な趣味のせいだって気が付
いたんでよかったけどね。
ちなみに、その時のことを『彼氏』に問いただすと絶対否定するんだけど、あれは当たっ
てるから否定してるのよねぇ?
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
��、報告(菩提寺)
そして今。あたしは菩提寺に来ている。1年に1度、9月6日にだけ。掃除をして、花
を新しい物に変えて。1年間にあったことを報告する。
あたしさ~、小児科の看護婦になることにしたよ。
あんたの夢を受け継ぐっていうかぁ、あんたの目指してたものが何なのか知りたいんだ。
ガキってさぁ~ほんとにうるさいのよね、ぴーちくぱーちくと。
前のあたしなら、もう~うっさい!って言って泣かしちゃってたんだけど、今はそんな
ことないんだ~。
なんだかね~ぴーちくぱーちくうるさいのもかわいいなぁ~って思えてきたよ。
ガキだからぴーちくうるさいのは当たり前なんだって気が付いたのよ。
それに、あんたの相手で慣れてたからかなぁ?
あはははは。
それからね~、すでに聞いてるかもしんないんだけど~、『彼氏』のこと。
なんと! 医者になるんだってさ~。
あんなにフラフラしてた彼氏なのにね~、人間変われば変わるもんだよ。
ま、人の事は言えないか。あたしもそうなんだけどさ~。
9月とはいえ、まだ夏の陽射しは衰えることなく降り注いでいる。先ほど掃除をして水
をかけたばかりだというのに、早くも渇きはじめている。
ジジジと鳴くセミの声。毎年変わることのないような光景。けれど、少しずつ少しずつ
時は移ろっていく。辛い思い出も懐かしい記憶へと、楽しい思い出はより楽しかった記憶
へと変わっていく。
それじゃあ、またね。天川。
あとがき
PCゲーム「君が望む永遠」のSSです。
ヒロインの星乃文緒の聖誕祭用です。
やはり文緒っちには天川さんがかかせないということで。
なんだか天川さんSSみたいですが、これはれっきとした文緒っちのSSです。
書いた本人が言うのですから間違いありません(笑)。
それではまた次の作品で。
��003年7月15日 文緒っちのお誕生日
2003/07/07
「7月7日」(マブラヴ)
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��月6日(雨)
明日は7月7日だ。
みんなにとっては7月7日=七夕なんだろうけど、わたしにとってはもうひとつの意味が
ある。
��年に1度だけの特別な日。
どんな日になるんだろう。
いいこといっぱいあるといいな。
でもひとつ不安なことがあるよ。
お天気。
天気予報では明日は雨。
今日が雨なのはしかたないとしても、明日は晴れてくれるといいな。
だって、毎年七夕は雨なんだよ?
��年に1度だけの特別な日ぐらい、晴れてくれてもいいじゃない。
そうだ!
てるてるぼーやだ!
てるてるぼーやを吊るしておけばいいじゃん。
そう思って、一生懸命てるてるぼーやを作った。
…………できたっ!
急ごしらえにしては良い出来だった。
わたしは早速てるてるぼーやを自分の部屋の窓の外に吊るした。
「何やってんだ、純夏?」
てるてるぼーやを吊るしていると、声をかけられた。タケルちゃんだ。
「てるてるぼーやを吊るしてるの。明日晴れますようにって」
「……てるてるぼーや?てるてるぼーずの間違いじゃないのか」
「いいの。てるてるぼーやのほうがかわいいでしょ」
「ま、いいけどな。どっちにしたって明日は雨だろうし」
「そんなのまだわかんないじゃない。みてろー、てるてるぼーやの力を」
明日は絶対に晴れるんだから!
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っと、こんなところかな。
わたしはいつものように日記を書き終えた。
しかしタケルちゃんもひどいなあ。絶対てるてるぼーやの力を信じてないよね。
明日になればその力にタケルちゃんも驚くことになるだろう。ふふん。
わたしはてるてるぼーやに全てを託して眠りについたのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
そして翌朝。目が覚めてすぐに窓の外を見たわたしは目が点になった。
「どこまでも澄みきった青空。照りつける直射日光。波のせせらぎ。……うーん、夏だね
え」
「おい」
「子どもたちの騒々しい声も、カップルのいちゃつく声も、夏だねえ……」
「お~い」
「お祭りに浴衣、花火大会。夜店の金魚すくいに射的。屋台のドネルケバブにたこやき。
どこからどこまでも夏だねえ…………」
「バカ?」
カチン!
「バカって言った方がバカなんだよっ!」
わたしの言葉を聞いて、タケルちゃんはふぅと溜息を付いた。
「じゃあお前のほうがバカだな。だって今2回もバカって言っただろ」
「くっ……タ、タケルちゃんだって今2回言ったー」
わたしは悔しさに拳をふるわせながら言った。
「わかったわかった。いいから、そろそろ現実に戻って来いよ」
わたしとタケルちゃんはマイルドクルー横幅に来ていた。ある人いわく、『夏のにおいを
感じることのできない室内型リゾート』らしい(ある人ってだれ?)。
そう。わたしたちは屋内プールに来ているのだった。なぜなら、外は土砂降りだから。
目が覚めてすぐに窓の外を見たわたしの目に飛び込んできた光景は、すごい勢いで降り
注いでいる雨と、その雨によって原形をとどめていないてるてるぼーやだった。
やっぱりな、と言って笑うタケルちゃんをどりるみるきぃぱんちで黙らせ、なかば無理矢
理ここへ連れてきたのだった。
「いーじゃない。少しぐらい夏のイメージトレーニングしてたって。誰に迷惑かけるわけ
でもないし」
「俺に迷惑かけてるだろ」
「タケルちゃんは他の人とは別だよ」
「俺は一緒にしてくれてもいっこうにかまわないんだが。つーか一緒にしろ」
やれやれしかたないなあ~。それじゃタケルちゃんの相手をしてやりますか。
「それじゃあタケルちゃん、泳ぎに……って何見てるのよ」
タケルちゃんの視線はわたしではなく、わたしの肩越しに何かを見ていた。振り返って見
ると、そこにはきわどいハイレグのお姉さんがいた。タケルちゃんの視線はお姉さんのハ
イレグ部分に釘付けだ。
「……ヘンタイだね」
ヴォグゥ!!
「んがっっっ!!!」
ザッパーーーーーンッッッ!!
どりるみるきぃぱんちふぁんとむをタケルちゃんにぶちこんだわたしは、ひとりでマイル
ドクルー横幅名物のウォータースライダーへと向かった。ふんだ。水でもかぶって反省す
ればいいんだ。隣にわたしがいるのに、他の女の子に目が行くなんて失礼だよ……。
あ~、気持ちいい~。
やっぱり室内プールといったらウォータースライダーだよね。このジェットコースターみ
たいなスピード感はたまらないよ。
せっかく来たんだし、タケルちゃんにも味わってもらおう。あ、タケルちゃんだ。
「おーい、タケルちゃーん」
「んあ?……なんだ純夏かよ。やっと戻ってきたか」
「うん。ねえねえタケルちゃんもウォータースライダー乗ろうよ~。すっごいおもしろい
よ」
「戻ってくるなりそれかよ。やっぱり純夏は純夏だよな」
なにそれ、どういう意味。もしかしてタケルちゃんバカにしてる?
「別にバカにしてるつもりはねーよ。お前はお前だってことだ」
「なんかよくわかんないけど。ところでタケルちゃん何してたの」
「ああ。お前にプールに落とされてから、美人のお姉さんに助けてもらったよ。人工呼吸
のオマケ付き。それからそのお姉さんと楽しく過ごした。お姉さんは用事があるっつーん
でさっき帰ったとこだ。いやー、いい人だった。どっかの誰かとは大違いだ」
え?……うそ、だよね?
「連絡先も教えてもらったし、今年の夏は楽しくなりそうだぜ。ははははは」
タケルちゃんが他の女の人と……え?え?
「…………なーんてな。何信じてるんだよ、バーカ」
タケルちゃんは呆れ顔だ。
急にそんなこと言われたらびっくりして冷静に考えることが出来なかったんだよ~。
「純夏を待ってたんだよ」
…………え?
「……もう1回言って」
「二度と言わねーぞ。……純夏を待ってたんだよ」
「ほんと?」
「ああ」
「ほんとにほんと?」
「しつこいぞ」
…………えへへへ。まいったなー。どうしてかわからないけど、うれしいよ~。
「ゴメンね、タケルちゃん。おいてけぼりにして」
「いいよ。気にしてねーからさ」
時々タケルちゃんってやさしいよね~。いつもこうだといいんだけど。
「んじゃあ、行こうぜ」
「うんっ!」
わたしは幸せいっぱいに頷いたのだが。
タケルちゃんの歩いていく方向はウォータースライダーの方向とは違っていた。
あれれ?
「タケルちゃん、そっちは方向が違うよ?」
わたしにとっては当然の疑問だったが、タケルちゃんはこう言った。
「何言ってんだ。こっちにしか売店はねーだろ?」
は?売店??
「財布役のお前がいないことには買い食いもできないからなあ。ほんと待ちくたびれてハ
ラペコだぜ」
「財布役?」
「そう。財布役。なにしろ無理矢理連れてこられてきた身。当然、飲み食いはおまえ持ち
だろ」
さーて、何を食おうかな~なんて言いながらタケルちゃんは歩いていった。
「やっぱり、タケルちゃんはタケルちゃんだね……」
わたしは呆れたまま、しばらくそこに突っ立っていたのでした。
-----------------------------------------------------------------------------
コンコン
「………………」
コンコン、コンコン
「………………………………」
おかしいな~、気が付いてないのかな。……よし、これでどうだっ!
わたしは手近にあったソレを投げつけた。タケルちゃんの部屋の窓めがけて。
すると、ちょうどいいタイミングで窓が開いて、ソレはタケルちゃんにクリティカルヒッ
トした。
「……ててて。いってーな!何すんだよ!!ん?国語辞典??んバカか、てめえはっ!!
こんなもん投げたらガラスが割れちまうだろがっっ!!!」
タケルちゃんが怒りながらソレを投げ返してきた。
「あ、ははは~。ごめんなさい。気づいてないかと思って」
「気づいてないからってこんなの投げるかね、普通」
タケルちゃんは呆れていた。
「まーまー、それより今日は楽しかったね」
「ん?」
「マイルドクルー横幅だよ。今シーズン限りなんだもん。どうだった?」
「あー。あのたこやきは絶品だったなあ。思い出すだけでもよだれが出てくるぜ。それに
お好み焼きもだ。味はそれほどでもないが、あのボリュームで200円とは信じられんよ
なー。あの店あんな値段設定でやっていけるのかって心配しちまうぜ」
「いや、そっちじゃなくて」
「んん?あー、金魚すくいのほうか。俺の腕前をもってすりゃちょろいもんだった。店の
おやじ、泣いてたからな。かわいそうになって、獲った金魚全部返してやったもんな。ま、
持って帰っても育てられないということもあるが」
「……タケルちゃん」
「なんだ?」
「やっぱり、タケルちゃんはタケルちゃんだね……」
わたしはしみじみと今日2回目になるセリフを口にした。
「ところで、今日は何の日か知ってる?」
これ以上この話を続けてもしかたないので、話題を変えることにする。
「今日は7月7日だから……七夕だろ?」
「……そうだね。他には?」
「何だっけ?」
じとーーーーーーーーーー。
「冗談だよ。純夏の誕生日だ。おめでとう」
「ありがとう」
「…………」
「それだけ?」
「誰か他に誕生日のやつでもいたっけ?」
……そうだった。タケルちゃんはこういう人だった。ガクリ。
気を取り直して、と。
「今年も雨だったね~」
「毎年のことだからなあ。そういや天の川って見たことないよなあ。純夏は見たことある
か?」
「言われてみるとないかも。あ、ねえねえ、織姫と彦星ってわたしたちみたいだね」
「そうか?織姫と彦星は年に1回、七夕の日に天の川をはさんでしか逢えないんだぞ。俺
たちは違うだろ。毎日こうやって家と家のほんの少しの隙間をはさんで逢うことができる
んだからな」
「そうか。じゃ、毎日が七夕みたいなもんだね」
「それはどうかと思うが、まあそういうこった」
「ってことはー、毎日が7月7日。つまり毎日がわたしの誕生日。……タケルちゃん!」
「な、なんだよ」
「明日はプレゼントよろしくー」
「………バカ?」
むかっ。
「バカって言った方がバカなんだよっ!」
七夕=わたしの誕生日なんだから、この論理は完璧じゃない。
「じゃあ、お前は毎日年を取っていくわけだ?」
え?
「だってそうだろ~。誕生日に年を取らないヤツなんていないもんなあ」
……しまった。そこまで考えてなかったよ……。
「てことはあれだ。来月にはお前はおばさんで、再来月にはおばあちゃんか。……俺には
なぐさめの言葉もかけられねーよ」
よよよ、とタケルちゃんは大げさに泣き真似をした。
「うるさいなー、もういいよ。それじゃおやすみっ!」
「あ、ちょっと待てよ。プレゼント欲しくないのか」
プレゼント?
むかっとしていたわたしの気持ちはその言葉で元に戻った。
「何かくれるの?」
「ああ、目を瞑って手をこっちに出せ。……もっとこっちに寄れ。……よし、動くなよ」
わたしはタケルちゃんの言う通りにした。
わー、何をくれるんだろう。どきどきするよ~。
わたしは手のひらに神経を集中させていた。
ちゅっ
「わっ」
「そんじゃ渡したからな。おやすみー」
ガラガラー、ピシャ。シャッ。
窓を閉める音、カーテンをひく音が聞こえた。
わたしは一瞬何が起こったかわからなかったが、すぐに理解した。
思わず唇を手でなぞる。
確かに唇にはその感触が残っていた……。
-----------------------------------------------------------------------------
……なんてね。
わたしは日記を閉じながら呟いた。
ちょっとだけ脚色しちゃった、へへへ。
今日は貰えなかったけど、クリスマスには貰えるかな。
タケルちゃんは約束しても守ってくれないけど、でも……。
ちょっとぐらいは期待してもいいかな。
だって……。
これからも、わたしとタケルちゃんはずーーーーっと一緒なんだもんね!!
あとがき
PCゲーム「マブラヴ」のSSです。
ヒロインの鑑純夏の聖誕祭用です。
いろいろ調べて書いているうちに、純夏への想いが強くなっていることに気づく(笑)。
やっぱり純夏っていいですよね~。
それではまた次の作品で。
��003年7月7日 織姫と彦星の日
2003/06/26
「あの言葉」(君が望む永遠)
聞きたいけど、聞いちゃいけないような気がする「あの言葉」。
言って欲しいのに、言ってもらいたいのに、それをしてもらったらダメな気がする。
今、私は診療所にいます。欅町から新幹線を使えば3時間ほどの距離にあります。
空気はとってもきれいで、窓からの眺めも素敵です。ここで静かに生活していればある
いは……と思ってしまいそうです。
��『期待』しちゃいけないんだ。)
小さい頃からだから、そんなふうに考えるのが当たり前になってしまっているのかもし
れません。
………………ダメですっ! このままじゃ気持ちが滅入っていってしまいます。『病は
気から』ともいいますし。元気良く、いつもの天川さんらしく行きましょう。
そうだ! お庭を散歩してみましょう。天気もいいことですし。
私は外出着に着替えてから部屋を出ました。階段をトントンと降りて玄関へ向かいます。
玄関の近くには受付があります。私は受付まで歩いて行って、うんと背伸びをして声をか
けました。
「すみませーん」
「はい? ……ああ、蛍ちゃん。どうしたの?」
やっぱりすぐには気づいてもらえませんでした。いくら天川さんがちっちゃいといって
も、そんなに小さいわけではないと思うのに……ちょっとショックです。
「あの、ちょっとお庭を散歩してきます。いいですか?」
「ええ、かまいませんよ。気をつけていってらっしゃい」
受付の女の方はにっこりと笑ってそう言いました。私は、はい、と元気良く返事をして、
お庭に出ました。
陽射しが強いので、木陰を選びながらのんびりと歩きます。とってもいい気持ちです。
ぐるっと回って一周が終わるころ、小さな犬小屋に気が付きました。わんこ、いるのか
な?
そろそろと犬小屋に近寄って、中を覗きこんでみます。すると、いましたっ! ちっちゃ
なわんこです。
お昼寝をしてるらしく、すーすーと寝息が聞こえます。なでなでしたいけど、そうした
ら起きちゃうかもしれません。残念でしたが、今日はあきらめてお部屋に戻りました。
診療所に来てから1週間ほど経った頃、なんと! 鳴海さんが来てくれました。すごく
びっくりしました。
でも、私は心のどこかで望んでいたのかもしれない。鳴海さんが来てくれることを。こ
んな姿を見られたくなかった。けれど、会いたいって気持ちも間違いなく私のもの。実際、
私は嬉しかったんだと思う。鳴海さんが来てくれた日はすごく調子がよかったから。
それに、あんなにも幸せな気持ちになれたのだから。
鳴海さんと交わしたキス。……鳴海さんの心が直接伝わってくるようだった。鳴海さん
は私のことを『好き』だと思ってくれている。……勘違いかもしれない。むしろ勘違いの
方がいいのかもしれない。
鳴海さんに悲しい想いをしてほしくないから。
あ、もしかして、私の気持ちも鳴海さんに伝わってないだろうか。決して形には出来な
い、言葉には出来ない、この想い。
こんなことを考えてしまうのは、やっぱり元気が出てきている証拠なのかな。いつのま
にか鳴海さんのことばかり考えてしまっているのだから。
でも、ごめんなさい、鳴海さん。私はあなたにお願いしてしまいました。
決して叶うことはないお願い。
でも、もしかして。
そう思う事は、私にとって何よりも幸せな時間でした。
鳴海さんに「あの言葉」を言ってもらって。
私も鳴海さんに「あの言葉」を言って。
それから始まる2人の未来。
とても幸せな、夢。
あなたを苦しめてしまうことになるってわかっているのに、私は……。
私は小さい頃からこんな身体だから、いつそうなってしまうか、お医者さまにもわかり
ませんでした。
自分が生まれて来た意味って、なんなんだろう?
その意味を探すために、ううん、探したいから今まで生きてこられたのかもしれません。
小児科の看護婦になりたいという夢。
その夢が叶わなかったのは残念だけど。
代わりに、こんなにも素敵なことを体験できました。
いろんなことを体験したいと、思っていました。
でも、『好き』だけは体験したくないと思っていました。
そう思っていたのに。
いつの間にか私は体験してしまっていたようです。
よかった。
体験できてよかった。
怖いとか、いろいろな理由をつけて体験したくないと思っていたことが、実は1番素敵
なことでした。
そして、その素敵なことを私に与えてくれたのは。
鳴海さん。あなたです。
今なら、私は自分が生まれて来た意味がわかります。
ありがとうございます、鳴海さん。
夜空を見上げると、たくさんの星たちが輝いていました。
今頃、鳴海さんは何をしているんだろう?
お風呂に入っているのかな?
それとも、もう寝ちゃってるのかな?
もしかして、私宛のお手紙を書いてくれているのかな。
あなたのことを考えることが出来るのがとってもうれしいです。
少し眠たくなってきました。
鳴海さんのことを考えていると、幸せな夢が見られそうです。
それでは、鳴海さん。
またね、です。
あとがき
PCゲーム「君が望む永遠」のSSです。
ヒロインの天川蛍の聖誕祭用です。
今回はショート・ストーリーとも言えないような気がします。
決して〆切のせいではないので、何も言えません。
すべては僕の力量不足が原因です。
それではまた次の作品で。
��003年6月26日 天川さんの生まれた日
2003/05/11
「がんばりますっ!!」(君が望む永遠)
「いらっしゃいませ~」
今日最初のお客様がいらっしゃったことを告げるベルの音が聞こえました。
私はすかさずお客様の応対を致します。
「喫煙席と禁煙席、どちらになさいますか?」
私は、玉野まゆ。この『すかいてんぷる』橘町店でアルバイトするようになって、そろ
そろ10ヶ月。
少しは一人前に近づけたでしょうか。まだまだ熟練というレベルにはほど遠いですが、
一生懸命がんばっております。
「まゆまゆ~。オーダーできたから3番テーブルまでお願い」
「御意っ!」
大空寺あゆ先輩がオーダーがあがったことを教えてくれました。
今回のお皿は2枚。これなら大丈夫です!
私は両手にお皿を持って、3番テーブルへと向かいます。
「お待たせしました~。……ご注文の品はお揃いですか?それではごゆっくりどうぞ!」
私はお客様に深々と頭を下げて、フロントへと戻りました。
「おはようございます、玉野さん」
「あ、店長さん。おはようございます~」
店長の崎山健三さんがいらっしゃいました。私たちの間では”健さん”と呼ばれていま
す。
「今日はゴールデンウィークが終わってから最初の日曜日です。また忙しい日になると思
いますが、がんばってくださいね」
「はいっ!がんばりますっ!」
そうです。休日の『すかいてんぷる』は、いつも人がたくさんいらっしゃいます。特に
ランチタイムなどはまさに戦場といっても過言ではないほど。モノノフの私としましては、
負けるわけにはまいりません。毎日が戦いの日々なのですっ!
「あ~~。やっと落ち着いてきたわねえ」
「そう、ですねえ~~」
先輩が話し掛けてきました。壁にかけてある時計を見上げると、14時を少し過ぎたこ
ろ。ランチタイムも終わり、私たちもようやくひと息つける余裕が出てきました。
「この忙しい日に、あの糞虫はなんで休みを取ってやがるのかしらね?あんな給料泥棒が
休みなんて100万年早いのよ!」
「なんでも~、彼女さんとデート、らしいですよ?」
先輩のおっしゃってる糞虫とは、鳴海孝之さんのことです。先輩と孝之さんは、私が『す
かいてんぷる』で働き始めた頃からずーっとお世話になっている方々です。早く先輩たち
のお手をわずらわせないように一人前になりたいものです。
「あんですと~!糞虫の分際で生意気ね。あんなやつは人の3倍働いてちょうどいいぐら
いなのよ」
「では、今度から鳴海君には赤いエプロンをつけて働いてもらうことにしましょうか」
健さんがいつのまにかそばにいらっしゃってました。
「店長、あの男はそろそろクビにしたほうがこの店のためだと思うわ」
「ははは、まあいいではありませんか。鳴海君だってたまには休みも必要でしょう。彼は
ここのところ毎日シフトに入ってましたからねえ」
「あんなのは死ぬまでこき使ってやってもいいのよ」
「そうですね。あ、ランチタイムも終わって少し余裕も出てきたことでしょう。交代で休
憩を取ってもらってかまいませんよ。私は事務処理がありますので奥にいますので、何か
ありましたら声をかけてください」
健さんはそう言って、店の奥に入っていかれました。
「どうする、まゆまゆ?」
「先輩がお先にどうぞ~。後は私ひとりでも大丈夫ですから」
「そうね。まゆまゆもだいぶ使えるようになってきたからね。それじゃ後はよろしく~」
「はいっ! おまかせくだされ~」
えへへ、先輩にちょっと褒められちゃいました。うれしいです~。がんばっている成果、
でているのかもしれませんね~。
ポロンポロン
「いらっしゃいませ~。喫煙席と禁煙席……って孝之さんっ?」
「や、玉野さん。バイトご苦労様」
お客様は孝之さんでした。どうして孝之さんがいらっしゃったのでしょう。今日はお休
みのはずでは……。
「今日はお客として来たんだ。ほら」
そう言って孝之さんが指差したのは、彼女さんでした。
「お食事……ですよね?」
「うん。ランチタイムは混んでると思ったから、わざと時間ずらして来たんだ」
「それではこちらへどうぞ~」
私は孝之さんと彼女さんをテーブルへと案内しました。
「ご注文はお決まりですか?」
「うん。『すかてんS』をふたつ。……それでいいだろ?」
「『すかてんS』ってなんなの?」
「『すかいてんぷるすぺしゃる』のことだよ。前に食べてみたいって言ってたろ?」
「うん。じゃあ、それ」
彼女さんが頷かれました。……素敵な彼女さんです。
「では『すかいてんぷるすぺしゃる』をおふたつですね。しばらくお待ちください~」
「うん、よろしく。……ところで玉野さん。今日、大空寺のやつは?」
「先輩はご休憩中です。ご用でしたらお呼びいたしましょうか?」
「いやいや! 呼ばなくていいよ。呼ばれるとやかましくてたまらないからね~」
「わかりました♪」
先輩と孝之さんはいっつもこんな感じです。
「はい、玉野さん。『すかてんS』ふたつあがったよー」
「わかりました~」
コックさんが出来上がりを教えてくれました。
『すかいてんぷるすぺしゃる』は今、『すかいてんぷる』で一番人気のあるメニューで
す。ボリュームのあるメニューですが、値段もお手ごろなので若い方を中心に大人気です。
普通、そんなメニューだと店の売上げにも響くらしいのですが、先輩がおっしゃるには
大丈夫だそうです。なんでも材料に秘密があるそうなのですが。
私は『すかてんS』を両手にふたつ持って、孝之さんたちのテーブルへと向かいます。『す
かてんS』はボリュームたっぷりなためお皿も大きいですが、がんばって運びます。玉野ま
ゆ、ここで負けるわけにはまいりません!
「おまたせしました。『すかいてんぷるすぺしゃる』です」
「ありがとう~って、玉野さんふたついっぺんに持ってきたの?」
「はい、そうですけど」
「すごいね~。前ふたつ持とうとしたらフラフラしてたのに」
「あ、あのときのことは忘れてください~」
『すかてんS』がメニューに出来たころ、私はお皿をふたつ持ってみたら、見事にバランス
をくずしてころんでしまったことがあります。あの時は散々でした……。
「いや、すごいよ。玉野さんも成長してるんだね~」
「ありがとうございます♪それではごゆっくりどうぞ~」
「あ、ちょっと待って。お持ち帰り、注文してもいいかな?」
「はい。かまいませんよ」
メニューを孝之さんに差し出します。
「ありがと。ええと……じゃあこれ」
「はい、わかりました。それでは会計の時にお渡ししますね」
「うん。よろしくね」
私はコックさんにオーダーを伝えました。
「すみません~。『お持ち帰りS』お願いしまーす」
孝之さんたちが会計のために席を立ったので、私はレジへと向かいました。
「……はい、2500円ちょうどですね。ありがとうございます。では、こちらが『お持
ち帰りS』になります」
私は孝之さんに『お持ち帰りS』をお渡ししました。
「ありがと。じゃあ、はい」
孝之さんは私に『お持ち帰りS』を渡しました。???
「玉野さん、今日誕生日だよね。おめでとう。それ、俺からのプレゼント。おやつにでも
食べて」
「孝之さん……ご存知だったんですか」
「うん。っていうのはちょっとウソ。実は今日思い出したんだ。それでプレゼント用意す
る時間がなくて、ごめんね。こんなもので」
孝之さんはそうおっしゃいましたが、私は……私は……うれしいですぅ!
孝之さんにプレゼント戴けて、今日は本当に良い日です!
「ありがとうございます。私は果報者ですぅ……」
「あはは。大げさだなあ、玉野さんは。それじゃ、俺たちは行くね。バイト、がんばって
ね」
「はいっ!!玉野まゆ、がんばりますっっ!!!」
あとがき
PCゲーム「君が望む永遠」のSSです。
ヒロインの玉野まゆの聖誕祭用です。今回もなんとか間に合いました。
またまた短めですがね(汗)。
実働数時間ですが、数時間かかってこれだけというのもなんだかなーという感じです。
それではまた次の作品で。
��003年5月11日 PS2版「君のぞ」を早くプレイしようと心に誓った日(笑)
2003/05/04
「ラクロスへの思い」(マブラヴ)
「いよいよ、明日なんだ……」
夜空に瞬いている星空を見上げながら、私は呟いた。
11月ともなれば、夜は結構冷え込む。窓を開けたままの室内はかなり寒い。
だけど、その冷たさが今の私には心地よかった。
ともすれば揺らぎがちな私の気持ちを、キリッと引き締めてくれるから。
明日は球技大会。今まで3年間過ごしてきた白陵柊の最後のイベントと言ってもいい。
それだけに、クラスのみんなもいつも以上に張り切っているような気がする。
なんだかんだいっても、白陵柊で過ごすのはあとわずかだと、みんなが感じているから
だろうか。
御剣さんが転校してきてから、ううん、剛田君が転校してきてからかな。騒々しい学園
生活になってしまっているから、受験とか別れとかのしんみりしたことは考える暇もない
くらいめまぐるしく毎日が過ぎていっている。
やることがいっぱいで大変だけど、みんなと何かをやり遂げることができたら……と思っ
ている。
勝ち負けが全てじゃない。もちろん、勝てればうれしいんだけど、そこに至るまでの過
程も大事だと思えるから。……思えてきたから。
はじめは勝ちたい、という気持ちでいっぱいだった。負ければ、きっとラクロス部は廃
部、もしくは同好会だろうか。どっちにしても、あまりうれしくない未来が待っているに
違いないから。
球技大会の種目にラクロスが選ばれたのは、知っている人も少なく、人気もないから。
そんな人気のないラクロス部に入る物好きは決して多くない。自分で言っててくやしい
けど。
だからラクロス部を球技大会の種目にしてみんなの興味を引こうというのが、学園側の
表向きの理由。もうひとつは、みんな知らない種目なら条件は平等、ということだ。
これでもし来年ラクロス部に新入部員が入らなかったら、部員の人数は試合をするため
の最少人数にも満たなくなってしまう。そうなればラクロス部は……。
でも、私たちが勝てば、ラクロスの素晴らしさをみんなに見せることができたなら、興
味を持った人がラクロス部に入ってくれるかもしれない。
ラクロスは、格闘技の激しさとスポーツの華やかさを兼ね備えた、カナダの国技にもなっ
ている由緒正しいスポーツ。みんながその良さを知ってくれれば……。
しかし、クラスで球技大会の選手を決めるときも苦労したなあ。球技大会用に少ない人
数の6人制でも、すぐには集まらなかったから。珠瀬さん、鑑さん、御剣さん、柏木さん
と私以外の4人はすぐ決まったんだけど、あとひとりが苦労した。もしかして人数集まら
なくて不戦敗になるんじゃないか、と思ったこともあった。でもそれもうまく解決した。
あの白銀君がどうやったのかわからないけど、彩峰さんを出場させるように説得してくれ
たから。彩峰さん、か……。
トゥルルルルル。
あ、電話だ。
私は開けっぱなしの窓を閉めてから、電話を取りに部屋を出た。
「はい。榊ですけど」
「あ、千鶴? 私、茜ー」
「茜? どうしたの、こんな時間に」
そう言ってから時計を確認してみると、11時だった。そろそろお風呂に入って寝ない
とまずいかな。
「うん。えーと、特に用があるわけじゃないんだけど、どうしてるかなーと思って」
茜の声はどこか空々しい。
「なあに? 私の様子でも探ろうってことで電話してきたの?」
「ち、違うよ~? 私はただ、千鶴の声が聴きたいなーと思っただけなんだから。ただそ
れだけだよ」
「それにしては動揺してるみたいだけど?」
「し、してないよ? 私はいつも通りの私なんだから!」
「そろそろ白状しなさいよ。3、2、1、はい」
「あ、私の真似」
「そうよ、茜の真似。……ふふっ」
「あはは、やれやれお堅い委員長にそこまでされちゃかなわないね」
「委員長って言うな!」
「あはははは~。ちょっとしかえし。実はね、半分は千鶴の様子見なんだ。といっても香
月先生からの指令なんだけど。これでもD組の生徒ですからねー。先生への義理は果たし
ておかなきゃ」
やっぱりね。そんなことだろうと思った。茜は態度に出やすいのよね。電話越しでもわ
かっちゃうぐらいに隠すのが下手なんだから。
「でも後の半分はホントに千鶴の声が聴きたかったんだ。本当だよ?」
「うん、わかってる。ありがとう」
「べ、別にお礼言われることじゃないけどね、ま、いいか。それで、どう? 調子は」
「うん、まあまあかな。練習はじめたころはどうなるか不安だったけど、今日までの短い
間でみんな一生懸命がんばってくれたから」
「いろいろ大変だったって聞いたよ~。ゴールがまっぷたつになってたって話も聞いたし」
「あ、あれはその……誰にだって間違いはあるわよ!」
「え? 本当だったの! てっきり噂話だからウソかと思ってたんだけど」
しまった! 黙ってればわからなかったのに。そうよ、誰もゴールがまっぷたつになる
なんて信じるわけないじゃない。御剣さんだからこそ出来たんだし、御剣さんだからこそ
次の日には新しいゴールが納入されてたんだから。
「……本当に大変だったんだね」
「しみじみ言わないでよ、お願い」
あまり思い出したくないんだから。
「それに、メンバー集めも苦労したんでしょ? 彩峰さんってあの彩峰さんでしょ。千鶴
がいっつも『ムカつくムカつく』って言ってる」
「……そうよ」
「香月先生がちょっとあせってたから気になってね。先生があんなふうになってるの、は
じめて見たかもしんない。で? 彩峰さんはどうなの?」
「どうってなにが?」
「そりゃもちろん、ラクロスのことに決まってるでしょ。すんごい秘密兵器とか」
「そうねえ、ノーコメント、にしておくわ」
「あーずるい」
「何がずるいのよ。いい? 私たちは敵同士なのよ。簡単に味方の情報を教えることはで
きないわ」
「それもそっか。でも……ふふっ」
「何がおかしいの?」
「だって、嫌ってる人じゃなかったの、彩峰さんは」
「そうよ、私は彼女のことが気に入らないわ。協調性のかけらもないし、何考えてるのか
わからないし。彼女だって私のこと嫌ってると思う。でも、ラクロスやってくれるって言っ
てくれた。どういう経緯でそう思ったのかはわからないけど」
「…………」
「今でも彩峰さんのことは全部が許せるわけじゃないけど、でも……」
「でも?」
「ラクロスやるって言ってくれた言葉は……信じられるから」
「……そっか。……ごめん、変なこと言っちゃって」
「ううん、いいよ、気にしてない」
「じゃあ、白銀君に感謝しなくちゃね!」
「!? な、なんで白銀君が出てくるのよっ!」
「え? だって先生が言ってたよ。『白銀め、余計なことを……』って。白銀君がからん
でることはすぐにわかるよ。監督らしきこともしてるみたいだし」
「あ……」
「いよいよ、千鶴にも頼れる人が出来たって事かなあ。あはは~」
「な、ちょっ、茜?」
「うふふ、それじゃ、そろそろ切るね。これ以上話してると寝不足になっちゃうから」
「あ……うん」
「千鶴、明日は負けないからね!」
「それはこっちのセリフよ」
「うん、じゃあおやすみ~」
「おやすみなさい、茜」
ガチャ。
受話器を置いた私は時計を見た。11時30分。あ、いつの間にかこんな時間なんだ。
早くお風呂に入らなきゃ。
お風呂から上がった私は、すぐに寝る準備をした。電気を消して布団に入る前に、もう
1度だけ部屋の窓を開けた。
胸一杯に夜の冷たい空気を吸い込む。
体全体が澄み切っていくような感じがした。
モヤモヤした気持ちも晴れていくような気がした。
珠瀬さん、鑑さん、御剣さん、柏木さん、そして……彩峰さん。
今日までみんな、ありがとう。
明日は、精一杯がんばろうね。
クラスのみんなのために。
そして。
ラクロス部の未来のために。
空を見上げると、夜空にはたくさんの星がまぶしく瞬いていた。
あとがき
PCゲーム「マブラヴ」のSSです。
ヒロインの榊千鶴の聖誕祭用です。今回は間に合いました(というかフライング(笑))。
いつもよりもかなり短めですがね(汗)。
ま、SSというものはサイド・ストーリーともショートストーリーとも取れるので、
オッケーですよね?
それではまた次の作品で。
��003年5月4日 千鶴の誕生日イブ(笑)
2003/04/22
「Happy Birthday!!」(君が望む永遠)
「いよいよ、明日なんだ……」
明日は3月22日。私の誕生日。迎えるのは実に3年ぶりだったりする。
3年前の8月27日。私は事故にあった。怪我自体は、それほどひどいものではなかっ
たらしい。
だけど、私の意識は戻らなかった。3日経っても、1週間経っても、1年経っても・・・・・・。
あの事故から3年経ったと気づいたときのことは、ほとんど覚えていない。
ただ目の前が真っ白になったことだけ覚えている。白く白く、何も見えない、聞こえな
い世界に。
その次に目覚めたときから、私の時間は流れ始めた。まるで、3年間の時間を取り戻す
みたいにすごいスピードで。
私は大切な人を失っていた。はっきりとそう告げられたわけじゃなかったけど、みんな
の態度とかいろいろなもので気づいた。
私はこのときに、心の底から「3年経った」ということを実感した。
それから、いろいろあった。
病院を退院するときに、香月先生から贈られた言葉を使えば、
「人生って、面白いでしょう」
という言葉が最も的確な表現だと思う。
私は大切な人を再び得た代わりに、最も大切な親友を失ったのだから。
コンコン
ドアをノックする音だ。
「姉さん、電話だよ。お兄ちゃ……じゃなくて、鳴海さんからー」
「うん。今いくー」
妹の茜が孝之君から電話があったことを伝えてくれたので、私は部屋を出た。
「もしもし? 遙です。……」
やわらかな朝の日差しが、目覚し時計の代わりに私を起こしてくれた。
ん~っと伸びをしてから体を起こす。
お天気でよかった。今日はいい日になるといいな。
朝ご飯を食べた後、家を出た。正確には茜に追い出されたの。
「姉さん、いい? お昼までは絶対帰ってきちゃダメだからね。それまでどこかで時間つ
ぶしててね。絶対ぜ~ったい帰ってこないでよ!わかったら早く出る!3、2、1、はい!!」
「わわわっ、ちょっと茜~」
茜に背中をぐいぐいと押されて、家の外へ出てしまった。いったい何をしようとしてる
んだろう。聞いても絶対教えてくれないんだよね、こういうときは。
私はせっかくだからのんびり散歩することにした。たまにはいいよね。こんなにいいお
天気だもん。
商店街のほうへ行ってみようかな。なんとなくそちらのほうへと行ってみることにした。
いつもはあまりウインドーショッピングしないから、たまにすると新鮮な気がした。
にこにこしながら歩いてるよね、絶対。なんとなくうれしくなってくるんだよね~。
ふと気づくと、目の前には本屋さんがあった。私にとってはとても思い出深い本屋さん
だ。
入ってみることにする。絵本コーナーへと向かう私。ちょっとドキドキしている。
絵本コーナーの棚を上から下まで順番に見ていく。絵本に限らず、本って読んでみなけ
れば、その良さはわからないと思う。でも、ごくまれに運命の出会いのように、巡りあう
べくして出会う本っていうものもあると思う。
私にとっては『マヤウルのおくりもの』がそうだった。あの本のおかげで孝之君と仲良
くなれたって思うから。
「あれ? 茜? こんなところで何やってるの?」
「え?」
突然話し掛けられて振り向いてみると、知らない女の子がいた。
メガネをかけていて、責任感いっぱいな感じの……例えるなら委員長やってそうな女の
子だ。
「あ、す、すみません!人違いでした」
「あ、気にしなくていいですよ。それより茜って……」
「あ……私の、友だちなんです。さっきあなたを見かけたときにその子だと思って…それ
で声をかけたんです。今はもう留学してるころだと思ってたから」
……間違いない。この子は私と妹の茜を間違えたんだ。でも、どうしてだろう?
「ひとつ聞いてもいいですか? 私とその友だちをどうして間違えたんですか? 見た目
は似てないと思うんですけど」
「……そうですね。確かに見た目は似てません。先ほどはちらっと見ただけだったから、
勘違いかなとも思ったんですけど。だけど、やっぱり似てます。どことなく雰囲気が似て
るんです。うまく言えないんですけど」
彼女の答えが嬉しかった。私と茜は性格も違うし、趣味も違うから姉妹らしいところが
あまりないなあと思ってたんだけど、やっぱりどこか似てるところってあるんだなあ。
「あの、どうかしましたか? 私何かおかしなこと言いましたか?」
あ、やだ。知らないうちに顔がほころんじゃってたみたい。ヘンな人だって思われちゃっ
たかなあ。
「いえいえ、そんなことないです。ごめんなさい、変なこと聞いちゃって」
「?? そうですか。それでは私はこれで失礼します」
彼女はそう言ってお店から出て行った。
意外なところで茜の知り合いと逢っちゃった。あとで聞いてみようかな。
本屋さんを出た私は学園に行ってみることにした。私の母校、白陵柊に。
坂道を登って行く。結構……辛い。通ってるときはこんなに疲れなかったと思うんだけ
どな。
やっぱり、3年のブランクは大きいのかなあ。……3年、かあ。こうして見ると、周り
の景色とかはあまり変わってないと思うんだけど、やっぱり変わってるんだよね、いろい
ろなものが。
よいしょ、よいしょ。
ふ~到着。やっと門まで辿り着いたよ。なんだかついこないだのことだけど、懐かしい
感じもする。
変な感じだね。
グランドには野球部の人やラクロス部の人たちが練習していた。あれ? 白陵にラクロ
ス部ってあったかな。
私はプールに行ってみることにした。私の記憶にあるプールじゃない、あの立派な室内
プールに。茜が言ってたんだよね~。
「すんごいおっきな室内プールなんだよ~。姉さんびっくりして腰抜かしちゃうかも」
って。ひどいこと言うよね、全くもう。
プールに着いた。
…………。
「すご~い……」
さすがに腰抜かしちゃうことはなかったけど、まさかこんなに大きいなんて思わなかっ
たよ。茜は毎日ここで練習してたんだね。いい環境だといい練習になるよね。
……この室内プールが出来たのは、水月のおかげ、なんだよね。そう思うと、本当に水
月ってすごかったんだなあと思う。
室内プールを出て、時計を確認する。そろそろお昼になる時間。帰ろうかどうしようか
迷ったけど、あの場所に行ってからにしようと思った。あの丘に。
一歩一歩踏みしめて歩いていく。私にとっては忘れられない場所。全てはあの丘から始
まったんだから。
丘の頂上に近づいていく。すると、誰かの人影が見えた。
あれ、誰かいるのかな。後ろ姿だから誰かはわからない。こんなところで何やってるん
だろう。
そろそろと近くまで行ってみると、その人は急に振り向いた。わわっ。
「タケルちゃん?」
「え?」
「あ、あれ?」
もしかして、私また誰かと間違われちゃったのかな?今日は不思議な日だなあ。
「あ、すみません。人違いでした~。私そそっかしくて、よく間違えちゃうんですよ。ホ
ント、ごめんなさい」
「私こそごめんなさい。別に驚かそうとしたわけじゃないんです。まさか、ここに誰かい
るとは思わなかったから」
誰かがいてもおかしいことじゃないのに、どうして私はそう思っていたんだろう。
それは、この丘が私にとっては特別な場所だからなのかもしれない。
孝之君との想い出の場所だから。
「もしかして、あなたも待ち合わせなんですか?ここで」
その子(もしかして、白陵の生徒かな?)が話し掛けてきた。
「え? …違いますけど。どうしてですか?」
「だって、普通はこんなところまで来る人なんていません。白陵の生徒だってあんまり来
ないんですから」
そう。私が白陵に通ってた頃もそうだった。あまり人の来ない穴場。だから孝之君のお
気に入りだったんだよね。
「あなたは待ち合わせなんですね?」
「!? な、なんでわかったんですか?」
この子、自分で言ってたのに気づいてないのかな。あなた”も”って言ってるのに。
「彼氏なんですか、タケルさんって」
「はわわー!どうしてタケルちゃんの名前まで知ってるんですかー!」
うふふ、かわいい。好きだなあ、こういう子。
見たところ私より年下みたいだけど、こういう子が妹だと毎日騒がしくて、でも楽しい
んだろうなあ。
茜も白陵に入る前は元気いっぱいって感じだったけど、今は年相応に落ち着いてきたみ
たいだから。
そう思うと、3年ってやっぱり長い。私にとってはあっという間だったけど、みんなに
とっては3年分の時間があって、茜も孝之君も平君も、……水月も、見た目だけじゃなく
変わったと思う。……いろいろ、変わったよ、ね。
「あの、どうしたんですか?」
「はい?」
「いえ、何か考え込んでるみたいですから」
ああ、またやっちゃった。
最近はあまりなくなってきたけど、退院したあとはしばらく、いろんなことを考えるよ
うになってたから。ふとしたことから、考えちゃうんだよ。答えは出ないかもしれないこ
とを。
「ちょっと、昔のことを思い出したんですよ。ここは、この丘は私にとって、とっても大
切な思い出の場所ですから」
「そうなんですか。……私も、ここ、思い出の場所なんです。いろいろあったけど、最後
の場所はここでした」
「…………」
どうしてかわからないけど、その風景が目に見えるような気がする。実際に見たはずが
ないのに、見たことあるような感覚。もしかして、デジャヴってやつかな。
彼女はいろいろな表情をしている。思い出してるのかな。楽しかったこと、辛かったこ
と、悲しかったこと、うれしかったこと、めまぐるしく変わる顔を見ていたら、なんとな
く答えがわかったような気がした。だって彼女は最後に世界一しあわせそうな顔をしたか
ら。
「♪~~~♪」
軽快なメロディが私のポケットから聞こえてきた。携帯電話の着信音だ。
「あ、すみません」
私は彼女に一言断ってから電話に出た。
「もしもし?」
「あ、姉さん? 私、茜。もう帰ってきてもいいよー。てゆうか、早く帰ってきて! い
い? じゃね~」
プツッ……ツーツーツー。
…………。
茜ったら言いたいことだけ言って切っちゃった。しかたないなあ、もう。帰ってあげよ
うかな。
「あの、私そろそろ失礼します。ちょっと用事が出来たので。どうもおじゃましました」
「あ、そうですか。私こそ、じゃましちゃったみたいで……、ご迷惑でしたよね?」
「そんなことないです。ちょっとしかお話できなかったけど、楽しい時間を過ごせました」
私はぺこりと頭を下げて、上ってきた道を降りて行った。途中で振り返ると、彼女もこっ
ちを見ていて、手を振ってくれた。うれしくて、私も彼女に手を振り返した。
ふ~、やっとうちまで帰ってこられたよ。白陵に通ってた頃よりも時間がかかっちゃっ
た。景色がなつかしくて、いろいろ見ていたせいかなあ。
ちょっと喉が渇いたから、お茶でも飲みたいな。
そんなことを考えながら、私はドアを開けた。その瞬間!
パンパンパン!!!
「きゃっ?」
よろよろ~、ドスン!
「あいたたた……」
突然の大きな音に、私はびっくり。いたた、おしり打っちゃったよ~。
「あはははは! ね、姉さん大丈夫~?」
茜が大笑いしてる。手に持ってるのは……クラッカー。さっきの音の原因はこれだ。
「あ、茜~。ひどいじゃない、も~」
「ご、ごめーん。姉さんを驚かそうとは思ったんだけど、まさか転んじゃうとは思わなかっ
たから、つい、あはは」
「もう、笑い事じゃないよ~。そのせいでお尻、打っちゃったんだからね」
せっかく早く帰ってきてって言うから帰ってきたのに、もしかしてこのために早く帰ら
せたの?
「そうだよ、茜ちゃん。あんまり笑っちゃ涼宮がかわいそうだよ」
そう言って茜をたしなめる声は、平君だった。
「涼宮、久しぶり。おじゃましてます」
「あ、うん。いらっしゃい……」
あれ、どうして平君がいるのかな。ぼんやりしながらそんなことを考えていた私の手を
取って立たせてくれたのは、孝之君だった。あれれ??
「大丈夫か、遙?俺はやめろって言ったのに、茜ちゃんがどうしても聞かなくてさ~」
「あ、ひどーい鳴海さん。言い出しっぺのくせに私だけ悪者にしようとするんですか」
「いや、確かに言い出したのは俺だけど、クラッカー使うって言い出したのは誰だったっ
け?」
「う、それは……」
「ふふ~ん♪というわけでだ、遙、悪いのは茜ちゃんなんだよ」
「…………」
「あれ? 遙?」
「言い出しっぺは、孝之君だったんだ……」
「う」
「2人して、私を驚かそうとしたんだ……」
「ううっ」
茜も孝之君もひどいよ。
「ま、まあまあ涼宮。2人とも悪気があったわけじゃないしさ。そのへんで勘弁してやっ
てよ」
「ごめんな、遙」
「お姉ちゃん、ごめん」
2人とも反省してるようだし、平君に免じて許してあげようかな。
「もういいよ、ふたりとも顔上げて」
いつまでも怒っててもしょうがないし、ふたりともわかってくれたと思うからもういい
よ。
「じゃあ、遙の機嫌も直ったところで、茜ちゃんアレの準備だ!」
「了解! お兄ちゃん」
茜があわただしく部屋から出ていった。なんなんだろう?
「あ、遙はそのソファーに座っててね」
「あ、はい」
孝之君が私の手を引いて座らせてくれた。え、いったい何が起ころうとしてるの?
「遙、心配することないからちょっとだけ待っててくれないかな」
「…うん、わかった」
待つこと1、2分。ドアをノックする音が聞こえた。茜だ。
「準備できたよ、お兄ちゃん」
「オッケー!……遙、ちょっとだけ目をつぶっててくれないか」
そう言って、孝之君は私に目隠しをした。なんだろなんだろ。私、ドキドキしてる。
「慎二!」
「おう!!」
ガチャっとドアの開く音が聞こえた。茜が入ってきたってのはなんとなくわかるけど…。
ガサガサと何かやってる物音が聞こえる。2、30秒でその音もなくなった。
「準備完了!」
茜の声と共に、孝之君が目隠しを外してくれた。
私の目に映ったのは、なんと! 50センチぐらいの高さのケーキだった。うわあ……。
そっかあ、この準備のために茜は私を追い出したんだ。孝之君や平君がいるのもそうい
うことなんだ。
「ハッピバースデー♪ハッピバースデー♪うふふっ、おっきなケーキでしょう。今ローソ
ク立てるからね~」
茜がうれしそうに口ずさみながらローソクを1本1本立てていく。数えてみようかな。
「1、2、3、4……あれれ?3本多いよ?」
「……お姉ちゃん、いくつになったと思ってるの?もう」
茜が苦笑しながらローソクに火をつけていく。
そうか、3年分多いんだ。
「だって、しかたないじゃない。頭では理解してるんだけど……」
「だから今までの分も含めて、今日は遙の誕生日を祝うんだ。ケーキの大きさもハンパじゃ
ないだろう?」
「うん、おっきくてとってもおいしそう」
「こんなデカイケーキは届けてくれないから、俺と孝之でケーキ屋から運んできたんだよ」
「そうなんだ。ありがとう、平君。孝之君もありがとう」
「いやいや、遙のためならお安いご用さ。お、ローソクに火、つけ終わったみたいだ。そ
れでは、涼宮遙さん、どうぞ!!」
すう~っ、ふうう~っ。よしっ、全部消せたよ~。
「おめでとう、遙」
「おめでとう、姉さん」
「涼宮おめでとう!」
みんなが拍手してくれた。えへへ、うれしいな。
「みんなありがとう。今年の誕生日はね、すごくしあわせ。うふふ。だって、みんなに祝っ
てもらえたから」
みんな。みんな、か。みんなって言ったけど、ひとりだけ足りない。私にとってとても大
切なあの……。
プルルルルル。
そのとき、私の携帯電話から着信を示す音が流れてきた。いつもと音が違うのは電話番号
を登録していない人だからだ。いったい、誰だろう。
「涼宮、出てみなよ。きっと出るまで鳴り止まないと思うよ」
「? うん、わかった」
平君がそう言うから、出てみることにした。もしかして…。
「も、もしもし?」
「…………」
「あの、もしかして……水月?」
「……うん。久しぶりだね、遙」
「……うん。久しぶり、だね」
水月からの電話だ。私が退院した日以来、会っていなかった水月からの電話。いろんな話
したい事があったはずなのに、いざこうして機会が与えられると、何を話していいか、何を
話そうか、全然思いつかない。おかしいな。
「まず先にお祝いを言っておくね。遙、誕生日おめでとう」
「ありがとう。水月、覚えててくれたんだ」
「当たり前でしょ、遙の誕生日なんだから。……親友の誕生日は忘れないよ」
「!!」
「ど、どうしたのよ、遙?」
「私のこと、親友って思ってくれてるんだ……」
「……何度も言わせないでよ、当たり前でしょ」
「……うん」
「ほんとはね、会いに行けたらよかったんだけど、まだダメだと思うから。もうしばらくは
距離を置いて、ゆっくり考えたいの」
「うん」
「さらに白状しちゃうとね、電話も……ためらってたんだ。さっきも番号を押す手が震えて
た。でもね、そんな私の背中をちょっとだけ押してくれた人がいたんだ。だから、勇気が出
たよ」
「うん」
「……遙、さっきから『うん』ばかり言ってるよ」
「うん」
「ふふ、遙らしいね」
電話越しの水月の声はやさしく笑っていた。水月はやっぱり、水月だ。
「それじゃあ、そろそろ……電話、切るね。みんなに、よろしくって言っといて」
「そう……わかった。うん、伝えとく」
「それじゃ、ばいばい。……じゃなくて、またね、遙」
「うん、またね、水月」
プツッ、ツーツーツー……
「孝之君、平君、茜、あのね水月ね、元気そうだった。みんなによろしくって」
私はみんなにそれだけ伝えるのが精一杯だった。
だって、今までこらえていた涙があふれてきたから。
水月、ありがとう。私はここで元気にやってるよ。
たとえどんなに距離が離れたって、私たちの想いは変わらないよね。
だって、私たちは親友なんだから。
「今日は、みんなにお祝いして貰えた記念日…だねっ!」
あとがき
PCゲーム「君が望む永遠」のSSです。
ヒロインの涼宮遙の聖誕祭用に書いていたんですけど、いろいろあって1ヶ月も
伸びてしまいました。
セリフの一部はどこかで聴いたことがあるかもしれませんが、気のせい、ということで。
あと、このSSのイメージソングは栗林みな実さんの「HAPPY BIRTHDAY」です。
僕が勝手にイメージしているだけですが(笑)
それではまた次の作品で。
��003年4月22日 遙の誕生日からひと月後
2003/03/14
「D.C.Valentine Memory」(D.C.~ダ・カーポ~)
ジリリリリリリ・・・・・。
目覚し時計の音が部屋に響き渡る。
やかましい。
目覚ましを止めなければならないのがかったるくてしかたない。が、止めないともっと
かったるいことになりそうだ。
俺はベッドの中から手を伸ばして、鳴り続けている目覚ましを止めた。
ポチ。
部屋は先ほどのうるささが嘘のように、静けさを取り戻した。
音夢がいれば、目覚ましを使う必要はないのだが、あいつは看護師になりたいと言って、
看護学校に進学し、看護学校の寮に入ってしまった。去年の春のことだから、そろそろ1
年が経とうとしている。
「かったりぃ・・・」
俺はそう呟いて、制服に着替えるためにベッドから出た。
トーストとコーヒーの味気ない朝食を済ませ、家を出る。
2月の朝はまだまだ寒い。
なんで俺はこんなに寒い中、学園に向かっているのだろう。たまには休んでもバチは当
たらないのではないか? 毎日毎日、週に5日も学園に通っているのだから、たまに休ん
だりしても問題はないだろう。
そう思った俺は回れ右をして、閉めたばかりの家の鍵を取り出そうとした。
「朝倉せんぱーい!」
誰かが俺を呼ぶ声が聞こえた。声を聞いただけで誰だかわかった。というか、朝からこ
んなに元気なヤツは俺の知り合いの中ではひとりしかいない。そいつはたたたっと走って
きて、俺の前で急ブレーキをかけて止まった。
「おはようございます。朝倉先輩。今日は早起きなんですね!」
「・・・お、美春か。いや、俺らしくもないので今日は家でのんびりしていることにする
よ。それじゃ」
俺は美春にそう言うと、家に入ろうとドアに手をかけた。
「ダメですよ! 朝倉先輩! 朝倉先輩の面倒を見るように、音夢先輩から申し付けられ
ているんですから。この美春の目が黒いうちはおサボリは許しませんからね!」
この状態の美春には何を言ってもダメだろう。それに、こう見えても美春は風紀委員。
すでに危険人物として風見学園のブラックリストに載っている身としては、今後の学園生
活のためにも目立つ行動は控えねばならない。そうなのだが、やはり
「かったりぃ」
と、思わず呟かずにはいられなかった。
しかたなく、俺は学園に向けて歩き出すことにするのだった。
キーンコーンカーンコーン。
午前の授業の終了を告げるチャイムの音が鳴った。
昼休みのはじまりを告げるチャイムでもあるその音を目覚ましに、俺の頭は覚醒する。
俺は中庭に向かうため、教室を後にした。
最近、昼食は中庭でことりと食べるようにしている。数日前、ことりに
「手料理が食べてみたい」
と言ったら、お弁当を作ってきてくれるようになった。それまでは、中庭で食べたり、
食堂で食べたりといろいろだったのだが、さすがに手作りのお弁当とあっては、人の集中
される所は避けたいと思うのは当然だろう。2月のこの時期、中庭で食事をしようとする
生徒の数は少ない。ま、中には外で食べたいと思う生徒もいるようだが。
それに、人目を避けたい理由はもうひとつある。
学園のアイドル、白河ことり。その名を知らないものはいないほどの学園の有名人。去
年の卒業パーティーから俺とことりは付き合うようになった。卒パでの出来事は俺にとっ
て(ことりにとっても)一生の思い出だ。全校生徒の前であんなことをしてしまったので、
俺たちの仲を知らない人はいないほどなのだが、それでもことりの人気は未だに根強い。
さすがに、みんなの前でいちゃつくようなことはしたくないから、こうしてわざわざ中
庭に来ているというわけだ。
俺はいつもと同じぐらいの時間に着いたのだが、ことりはまだ来ていなかった。教室を
出る前にことりの方を見たら、友達と話をしていたようだったから、それが長引いている
のかもしれない。
ベンチに座って、空を見上げた。どんよりした曇り空。太陽が出ていないせいだろうか。
いつもより少し寒かった。
「だ~れだ?」
ふいに、誰かの手が俺の目隠しをした。こういうことをする知り合いには事欠かない様
な気がするが、声と手の感触、それに耳元にかかるかすかな息遣いから、俺にはそれが誰
だかすぐにわかった。
「お待ちしておりました、姫様」
「わ、姫様だなんて・・・もう、冗談ばっかり~」
ことりはそう言うと俺の隣に腰をおろした。
「ごめんね、朝倉くん。ちょっと友だちとの話が長びいちゃって。ほんと、申し訳ないっ
す」
ことりはお弁当の用意をしながら、俺に謝ってくれた。
「今日のお弁当のおかずは何?」
「えっとね。鳥のからあげと、卵焼きとほうれん草のおひたしです」
いつも通り、とてもおいしそうだ。音夢の料理だと見た目はよくても、味のほうは……
といった感じなのだが、ことりは見た目通りの味なので問題はないだろう。
俺はさっそく食べようと箸を探す…………あれ?
「あの、ことり? 箸が一膳しかないんだけど」
「うん。今日は私が食べさせてあげる。はい、あ~ん」
ことりはからあげをつまんで、俺の口元まで持ってくる。思わずあたりを見回してしま
う俺。
「えっとですね、今日は朝倉くんと一緒に帰ることが出来ないんですよ。その代わりとい
うと変なんだけど、そのぶん朝倉くんにいろいろしてあげたいな、と思って」
なるほど。そういう理由だったのか。突然のことにさすがの俺もびっくりしちまったよ。
俺はことりが作ってくれたからあげを頬張った。もぐもぐ。うん、美味い。まさに絶品
としかいいようがない。
「どうですか?お味のほうは」
「いちいち言わなきゃいけない?」
「ええ、聞きたいです。朝倉くんの口から」
「おいしいよ。ことりの作る料理は最高だ」
照れながらそう言うと、ことりは満面の笑顔を浮かべた。笑顔ってのは女の子の最強兵
器だと思った。
何事もなく午後の授業は終了。
さくら先生が手短にホームルームを済ませる。
「はい。それじゃ今日は連絡事項もないのでこれでおわり~。みんな、寄り道しないで帰
るようにね。特に、男の子はお菓子屋さんに行かないこと。チョコは自分で買うんじゃな
くて、一番大切な人からもらうものなんだから」
最後に余計な一言をクラスに残し、さくらは職員室へと戻っていった。
誰だって自分でチョコなんて買いたくないに決まっている。それに、バレンタインは明
日だってのに、さくらのせいで意識しちまうじゃないか。やれやれ。
ちらっとことりのほうを見ると、さりげなく俺にだけわかるように手を振ってくれた。
これは、期待してもいいってことでしょうか?
ことりは友だちといっしょに帰るらしいので、俺はほとんどからっぽのカバンを持って
教室を出た。掃除当番でもないのに教室に残っていたってしかたないからな。
正門まで歩いてきたところで美春に声をかけられた。
「朝倉先輩!お帰りですか?」
「ああ、そうだけど」
「白河先輩とは一緒じゃないんですか?」
「今日は友だちと用事があるんだってさ」
つきあっているからといっても、俺たちはいつも一緒に帰っているわけではない。そりゃ
一緒にいられるに越したことはないし、一緒にいたいとは思うけど、お互いにいろいろと
都合もあるからな。
「・・・じゃあ、今日は美春と一緒に帰りませんか?」
「そうだな。ま、たまにはいいか」
「それじゃ、行きましょう!先輩♪」
そう言うと、美春は嬉しそうに歩き出した。しっぽがあったらぶんぶんと振っているこ
とだろう。ほんとに美春ってわんこだよな。
俺たちは桜公園を歩いている。美春は島の西側に住んでいるので、公園を出たところに
あるバス停まで送るのがいつものパターンだ。ちなみにことりを送るときも同じバスを使っ
ているので帰り道は同じだったりする。
「あ!朝倉先輩、チョコバナナの屋台がありますよ。おいしそうですね~」
お前はチョコバナナの屋台がおいしそうなのか? ・・・違うよな、チョコバナナがお
いしそうなんだよな。
「食べるか?」
返事はわかりきっているが、一応聞いてみる。すると、
「はい!!」
と、元気のいい返事が返ってきた。バナナに目がない美春には愚問だったようだ。
「それじゃ美春が先輩の分も買ってきますね。朝倉先輩はそこのベンチで座って待ってい
てください」
俺の返事を聞く前に、美春は屋台のところまで走っていった。
さすが、バナナ帝国の国民。その行動力はバナナエネルギーから得ているんだろうか。
ベンチに座ってバカなことを考えていると、美春がチョコバナナを2本持って走ってき
た。
「・・・速すぎ」
「だって先輩が早く食べたいんじゃないかなーと思って。お待たせしちゃバナナにも悪い
ですから」
早く食べたいのはお前だろ、というツッコミはさておき、美春からチョコバナナを受け
取る。代金を美春に払おうとすると、
「あ、今日は美春のおごりです♪ 今、美春の財布はほかほかなんですよ。それに・・・」
美春はちょっと恥ずかしそうに目を伏せて続ける。
「明日はバレンタインですから。1日早いんですけどね」
チョコバナナを食べている美春の横顔は、いつもよりもほんのちょっと嬉しそうだった。
美春の気持ちはなんとなくだが、わかっていた。だが、俺が選んだのはことりだった。
卒パでの一件を知った後、数日はギクシャクしていたが、今では以前のように話せるよ
うになっている。
そして、チョコバナナとはいえ俺にチョコをくれる美春。ことりのことを考えて、わざ
と1日前に渡すようにしてくれたんだな。バレンタインデー当日は恋人であることりのも
のだから。
「ありがとうな、美春」
「いえいえ、どういたしましてです♪」
俺はチョコバナナを食べた後、しばらく雑談をしてからバス停まで美春を送っていった。
家に帰りついた俺を待ちうけていたのは、電話の音だった。かったるいので、無視して
リビングへ行く。どうせ、しばらくすれば静かになるだろう。そう思っていたのだが、電
話は鳴り止まない。すでに20回はコールしてるような気がする。誰だよ、まったく。俺
はあきらめて受話器を取った。
「もしもし?」
「あ、兄さんですか? 音夢です」
「音夢? なんだ音夢だったのか。それならそうと言ってくれればいいのに」
「言える訳ないでしょ。全く、兄さんは……」
「それより何の用だ? 用が無いなら切るぞ、じゃあな」
俺はそう言って、受話器を置く素振りをする。
「わー! 待って待って!! 用事あるんですから切らないでー!!」
「……冗談だよ」
「ひどいよ、兄さん。久しぶりに声を聞いたかわいい妹にすることじゃないと思うんです
けど」
「悪かったよ、んで、何の用?」
「あ、えっとですね。兄さん、明日は何の日だか知ってますか?」
「……何の日だ?」
「バレンタインデーですよ。もう、ほんとは知ってるくせに~。それで、かわいい妹から
もチョコレートを兄さんに上げようと思いまして。今日、宅配便で送りましたので、明日
しっかり受け取ってくださいね」
「もしかして、音夢の手作りとか」
「ええ、そうです。苦労したんですよ?」
気持ちはうれしい。が、食べた後に訪れる悲劇を考えると素直に喜べないものがある。
胃薬、あったかな。
「……兄さん、今すご~く失礼なこと考えていませんか」
「ははは、何を仰る音夢様。謹んで受け取らせて戴きますです」
「何かバカにされているような気がしますけど、まあいいです。用件はそれだけです」
「わかった。わざわざご苦労だな」
「いえいえ、それではまた電話しますね」
そう言って、音夢は電話を切った。本当にご苦労なこった。しかしこれで受け取らない
わけにはいかなくなったな。明日また電話がかかってくるような気がする。ちゃんと受け
取ったかどうか、そしてちゃんと食べたかどうかの確認の電話が。本当に胃薬を探してお
く必要があるかもしれない、と俺は思った。
俺は桜の木の前に立っていた。元・枯れない桜の木の前に。
もちろん、魔法は溶けてしまっているので、桜には花びらはなく、寂しい景色だ。現実
ならば。
しかし、今、俺の目の前の桜は満開だ。
夢を見ているんだな、とそう思った。
誰かの夢を覗き見てしまう力は、俺にはもうない。という事は、これは俺の夢だ。
最近では夢を見ることは時々あるが、ぼんやり覚えている程度だ。
夢を見ていたという記憶はあるような気がするが、どんな夢だったかは覚えていない。
そんな感じ。
だから、こんなにはっきり夢を見るのは久しぶりだ。
桜の周りには誰もいない。だがどこからか、かすかに何か聞こえてくる。
それが何かははっきりとわからないのだが、どこかで聞いたことがある歌声だった。
その歌声を聞きながら、俺はだんだん夢から覚めていくのを感じていた。
「……くん。……くん」
んー。……ぐー。
「もう、朝ですよ。起きてください~」
ゆさゆさゆさ。
ん? 今日は音夢のやつ、随分やさしいな。いつもなら広辞苑の一冊や二冊くらっても
おかしくはないのに。
……んん? なんで音夢がいるんだ? あいつは今、初音島にはいないはずじゃないの
か。
がばっ
起きた俺の目に飛び込んできたのは、
「あ、おはようございます、朝倉くん。もうすぐ朝食ができますよ」
制服の上にエプロンをつけている、ことりの姿だった。なに!
「な、なんでことりがいるんだ?」
あまりに唐突な出来事に、いつも起きた直後はまどろんでいる俺だが、すっかり目が覚
めてしまった。
「なんでって、それは朝倉くんに朝ご飯を作ってあげたいな~と思ったからですよ」
「どうやって家に入ってきたんだ?鍵はかかってたはずだけど」
俺は当然の疑問を聞いてみた。
「もちろん鍵を開けて、ですよ?」
違う。俺が聞きたいことはそんな当たり前のことじゃなくて。
そもそも島の西側に住んでいることりがどうやって俺の家まで来れたんだ?
いろんな疑問が頭に浮かんできた。なんで朝からこんなにも頭を使わなきゃならないん
だ?
「どうやら目はバッチリ覚めたみたいですね。それでは朝ご飯を食べましょう。私は先に
行って準備してるから着替えて降りてきてくださいね」
ことりはそう言って、リズミカルに階段を降りて行った。
何がなんだかわからなかったが、とにかく着替えることにした。
ここで考えていても仕方ないし、何よりキッチンからはうまそうな朝食の匂いが漂って
きていたからだ。
ささっと着替えて、トントンと階段を降りて行く。
キッチンのドアを開けた俺の目に飛び込んできたのは、
「おはよう、朝倉。外はいい天気だぞ」
まるで自分の家のようにくつろいで新聞を読んでいる暦先生だった。
「な、なんで暦先生がうちに?」
「あー、それはだな、ことりに頼まれたんだ。今日は朝倉とずーっと一緒に過ごしたいん
だと。幸せものだな」
「いや、先生がいる理由にはなってませんけど」
「やれやれ。珍しく早起きしたら頭の回転がニブイようだな。ことりがどうやってここま
で来ることができたかを考えれば、わかるようなもんだが?」
そう言われた俺はちょっと考えてみることにした。
…………。
…………。
かったりい。
「まったくお前って奴は。私が車で送ってやったんだ。さすがに朝早くだし、ふたりっき
りはまずいだろう。そう思って私もここにいるというわけだ。ちなみに家の鍵は朝倉音夢
から預かっていたんだ。『兄さんに万が一のことがあるといけないので』と頼まれていて
な」
……音夢のやつ、いつの間にそんなことを。俺はそんなに信用できないやつだっていう
のか?
「朝倉くん。音夢のことを怒らないであげてくださいね。音夢は朝倉くんのことが信用で
きないからじゃなく、大切な兄さんだから、なんですから」
ことりが朝食の準備をしながら音夢のフォローをする。
「そうだといいけどな」
そう言って、俺はことりが用意してくれた朝食に手を付けた。
ことりに起こされて、ことりと朝ご飯を食べて、ことりと一緒に学園へ行く。いつもは
出来ないことが、今日はこんなにたくさん出来ている。
そして、ことりと昼食。
「はい、朝倉くん。あ~ん♪」
ことりは今日も俺に恥ずかしい思いをさせたいようだ。
「ことり。ありがたいんだけど、今日は自分の手で食べたいんだけど」
俺がそう言うと、ことりはちょっと残念そうにしながらも、箸を俺に渡してくれた。
さすがに頻繁にそういうことは人前で出来ないからな。いくら俺たちの仲が周知の事実
とはいっても。
「それじゃ、今日は私に食べさせてください。あ~ん」
な、なにっ?そういう返し技でくるとはっ!
思わず周りを見渡した。中庭には何組か俺たちと同じように昼食を食べている生徒がい
る。俺がそいつらのほうを見ると、みんな気まずそうに目をそらす。くそ、こいつら何気
ない振りで様子を窺ってやがる!
「どうしたんですか?はい、あ~ん」
ことりが催促をしてくる。その顔は………可愛い。
こんな顔を見せられて抵抗することができるだろうか?……俺には無理です。
俺は他の奴らに見せつけるように、ことりと幸せな昼食をすませた。
ことりの喜ぶ顔が見られるなら、なんだってできる。今日の俺はどこかがマヒしている
ようだった。
かったるい授業が終わって放課後。ことりが俺の所へとやってくる。
「朝倉くん、一緒に帰りましょう」
「そうだな」
俺はからっぽのカバンを持って教室を出る。隣にはことりの楽しそうな笑顔。この笑顔
をもっと独り占めしたいと思った。
学園を出ると、ことりが腕をくんできた。いつもはこんなことしないのに。理由は多分、
今日という日が特別なものだからだろうか。
ごく自然に、俺たちの足は桜公園へと向かっていた。
いっぱいの桜の林の中を抜けて、この公園で一番大きな桜の木の元へ。
「やっぱり、ここが一番落ち着くね」
ことりは桜の木にもたれてそう言う。
「俺も、この桜が一番好きだな」
小さい頃、秘密基地だったこの場所。さくらとわかれ、そして約束をしたこの場所。家
出した音夢を探し出したこの場所。美春との思い出の品を埋めたこの場所。そして……。
「私たちにとっての思い出の場所だもんね」
「ああ、ことりが大好きな歌をうたっている姿が印象的だよ。そして、ことりと通じ合っ
たのも、この桜の木だったな」
「うん」
「俺、ことりと一緒にいられて幸せだよ」
「うん、私も。朝倉くん知ってる?今日は何の日か。女の子にとって、とっても大切な日
なの」
「ああ」
「私、一生懸命考えた。どうしたら朝倉くんが喜んでくれるかなって。いっぱい考えたけ
ど、わからなかった。ううん、正確には何をしても朝倉くんは喜んでくれるんじゃないかっ
て、そんな気がしたの。今日は朝からずっと朝倉くんと一緒だったよね? 私、すごく楽
しかった。特別に何かしてる訳じゃない。ただ一緒にいるだけなのに。すごく幸せなこと
だなあって思えたの」
「俺も楽しかったよ」
一緒に朝ご飯食べたり、登校したり、そんな何気ないことでも、ことりと一緒だとすご
く楽しい。
「これからも私と一緒にいてください」
ことりはそう言って、俺にきれいにラッピングされた包みを差し出した。
「俺の方こそ、よろしくお願いします」
俺は包みを受け取り、ことりを抱き寄せる。
「俺は今のこの気持ちを言葉よりも雄弁な行動で示す」
「んっ……」
俺はことりにやさしくキスをした。
「私、嬉しいよ。チョコレートよりも甘いキスでした」
そう言ったことりの笑顔は、今日何度も見た中でも一番の笑顔だった。
あとがき
PCゲーム「D.C. ~ダ・カーポ~」のSSです。
ことりエンド後のお話です。
本当ならひと月前に完成しているはずでしたが、いろいろな事情が重なって
ホワイトデーになってしまいました。
まだまだ自分の力不足を感じました。
それではまた次の作品で。
��003年3月14日バレンタイン・デーのひと月後
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