2004/03/22

「あの人への想い」(君が望む永遠)



 8月27日は、私にとって、忘れられない日になりました。



��日前、夜



 昼の暑さがまるで夢だったのではないかと思わせるぐらい、その日の夜は涼しかった。
 まだ秋の訪れには早いはずだ。天気予報によると、明日も明後日も快晴のお天気で
あることから、この涼しさはきっと今夜だけのものなのだろう。
 理由はさておき、涼しいので勉強もいつもの2割増ではかどっているような気がする。
 そうして、8月24日の夜は更けて行った。……いや、更けていくはずだった。



 1通のメールを受け取るまでは。



 時計の針が23時を過ぎ、少し休憩しようと思って椅子から立ち上がった時、充電器に
置いてある携帯電話からクラシックのメロディが流れた。
 それは私、涼宮遙の携帯だ。私はメール着信音を落ち着くクラシック曲に設定している。
 私はさっきまで座っていた椅子にまた着席。携帯電話を開いて見た。
「……あ、水月からだ」
 そのメールは、私の親友、速瀬水月から届いたものだった。



 水月とは、私が病院から退院して以来、まだ一度も会っていない。そろそろ1年近くに
なるけど、なかなかお互い後一歩を踏み切ることが出来ないからだ。
 退院してから約半年後、私の誕生日に水月は電話して来てくれた。その時は突然の
ことでびっくりして、でも嬉しくて。あまりお話出来なかったけど、水月も元気でやって
るんだということがわかった。
 後日、平君を介して水月の携帯のメールアドレスを教えてもらった。
 それから私と水月は、時々メールのやり取りをするようになったんだ。
 ほら、電話では話しにくいけど、メールだと気軽に出来ちゃうものじゃない?
 なんて言うのかな。交換日記みたいな感じで、ちょっと反応がゆっくりなところも今の
私たちには合っていた。
 ほとんどが他愛もない日常のやり取りだったけど、メールだと以前のように自然に水月
とお話が出来たんだ。



 何かあったのかな……。
 私は水月のメールを読んでみることにした。



『こんばんは、水月です。こんな時間だけど、よかったかな?
やっと今日の仕事が終わったんだよね。最近はすごく忙しくて
毎日が大変です。今年の夏はお盆も休みがなくてずっと仕事
だったんだよ?信じられないでしょう。でもほんとなんだ、これが。
近況はこれぐらいにして本題に行くね。
明日から私は1週間のお休みです。すごく遅い夏休みだけど。
だから、久しぶりに里帰りしようかなーと思います。
つまり、そっちに行こうかなってこと。
ようやく気持ちも落ち着いて。
遙に逢いたくなりました。
だから、遙さえよければ都合のいい日を連絡してくれないかな。
よろしくね。
それでは~。
夜遅くに長々とゴメンね。』



 水月、戻って来るんだ……。
 メールを何度も読み返してから、アメリカに留学している茜に電話した。
「もしもし?遙です。夜遅くにゴメンね。……え、こっちは夜じゃない?
あ、そっか。あはは、間違えちゃった。あのね……」



��日前、夜



 私は、ゆうべの茜との電話のやり取りの内容と私の予定と、その他諸々を考慮して出た
結論を水月にメールで送った。



『こんばんは、遙です。今日は1日中暑かったねえ。今も部屋の
温度計が25度を指してるから今夜は寝苦しいかもしれないね。
さて、ゆうべのメールの件ですが、私も水月に逢いたいです。
逢っていろいろお話したいよ。
それで、日にちなんだけど。明後日の8月27日はどうかな?
時間は3時で、集合場所は柊町駅前のコンビニ。
最近新しく出来たところだから水月は知らないかもしれないけど、
まだきれいでコンビニは1軒しかないからすぐわかると思う。
これでどうかな?』



 メールを打ち終わって送信した後、私はのんびりとお風呂に入った。
 いつもより時間をかけて丁寧に髪の毛を洗う。髪の毛のお手入れってなかなか大変なん
だよね。忙しい時は、つい扱いが雑になっちゃうけど、そうすると髪の毛が痛んできちゃ
う。
 何でもそうだけど、毎日の積み重ねが1番大事なんだね。
 1時間ほどお風呂で過ごして部屋に戻ってきた。
 携帯を見ると、メールが届いていた。



『水月です。ほんと今日は暑いね!普段はなるべくエアコンを
使わないようにしてるんだけど、今日はガマンできないよ。
メールありがとう。うん、27日の3時で柊町駅前のコンビニ
だね。オッケーだよ♪
実は今日こっちに戻ってきた時に、そのコンビニに寄ったの。
きれいだし、結構品揃えもよさそうじゃない。
ではでは、当日にお会いしましょう~。』



 水月からのメールだった。日付もオッケーでよかった。
 実は水月にはナイショなんだけど、今、水面下で秘密の計画を実行中なんだ~。
 当日どうなるか、今から楽しみだな。



��日前



 ドタバタと忙しい1日だった。朝から出かけて買い物をして、昼からはずっと準備で
あたふたあたふた。でも、その甲斐があって、なんとか準備が間に合ったよ。
「後は、明日になるのを待つだけだね、姉さん」
「そうだね。疲れたでしょう?今日は早く寝たほうがいいよ」
「うん。……そうだ!久しぶりに一緒に寝よっか?」
「え?」
「いいじゃん、たまには~。可愛い妹のお願いは聞いてくれないとお姉ちゃん失格だよ」
「……しょうがないわね。今日だけよ?」
「うん。だから姉さん好き~♪」
 そう言うと、茜は抱きついてきて、ちゅっとほっぺにキスをした。
 くすぐったいよ~。
 あ、なんで茜がいるのかってことは明日のお楽しみです。
 明日は晴れるといいな。



��月27日



 朝、目が覚めるとすでに時計の針は8時を回っていた。いつもは遅くとも7時過ぎには
起きているので、ちょっと寝すぎたかも。
 幸い、水月との約束の時間にはまだかなりの余裕があるからいいんだけど。
 朝食を食べるためにキッチンに行く途中、茜の部屋に寄ってみた。
 コンコン
 …………。
 ノックをしても返事がないので、そーっとドアを開けてみると茜はぐっすりと眠ってい
た。
 しかたないよね。昨日は準備に一生懸命がんばってくれたんだから。
 私は茜を起こさないように再びそーっとドアを閉めると、今度こそ朝食を取るために
キッチンへ行った。



 朝食を食べてからはいつものように勉強開始。実は私、来年は白陵大に行こうと思って
いるんです。絵本作家になりたいという夢は、3年経っても色褪せることなく私の中に
残っていたから。その夢を実現するためにも、大学に行ってもっと勉強したい。
 そのためにも、毎日のお勉強はかかさずやっていきたいな。



 2時ごろ、ようやく茜が起きてきた。時差の関係か、それとも昨日の疲れか、まだ少し
ぼーっとしているようだった。
 髪の毛についていた寝癖を指摘すると、これはいいの!と怒っていた。
 あ、そうか。そう言えばそうだったね。えーとなんて言ったかな……あほ毛?



 ぷんぷん怒っている茜を残して、私は家を出た。髪のセットをして、お気に入りの白い
ワンピース、お気に入りの帽子を身につけて。
 だって、今日はすごくいいお天気なんだから。



 2時半よりちょっぴり前に柊町駅に着いた。コンビニに行ってみたが、水月はまだ来て
いない。日陰になっている場所を探して、そこで水月を待つことにした。
 駅前は平日なのでサラリーマンの姿は少ないが、まだ夏休みなので高校生ぐらいの
若い人たちの姿が多いように思えた。



 そう言えば、私もここで待ち合わせしたっけ……。
 まだ白陵に通っていた4年前の夏。いろんなことがすごいスピードで駆け抜けて行った
あの夏。
 花火大会、カラオケ、プール、ミートパイ記念日、おまじない、絵本作家展……。
 それらは4年も前のことなのに、私の中ではまだ鮮明な記憶で残っていた。



 そんなことを考えていると、ぽんっと肩を叩かれた。
「久しぶりだね、遙」
 肩を叩かれた方向を向くと、そこには少し髪を伸ばした水月が立っていた。
「ごめんね、急いで来たんだけど待たせちゃったかな?」
 手を合わせてごめん、とあやまる水月の姿は、私の記憶のままの水月だった。たとえ
時間が経っていても、その人が持つ雰囲気というものは変わらないみたい。
「ううん、大丈夫だよ。だって……ほら、まだ3時前だもん。遅刻じゃないから平気」
 左手に着けていた腕時計を見せると、水月はよかったーと胸を撫で下ろしていた。
「立ち話もなんだから、ちょっと歩こっか。でもその前に…」
 そう言うと水月はコンビニに入って行って、すぐに出てきた。手に持ったビニール袋
には飲物とおやつ。
「よし、準備OK!しゅっぱつ~」
「うん」
 そうして私たちは歩き始めた。
 どこへ行くかなんていちいち確認する必要もない。大切なのは場所じゃなくて、2人が
今ここにいるということだから。
 歩きながらちょっとずつ水月とお話。話題は最近のこととか主に近況報告かな。
 逢う前は少し不安だったけど、実際逢ってみると意外なほど自然に話す事ができて
自分でもびっくり。もう少しぎこちなくなるかと思ってたけど、私たちはすごく普通に話
すことができた。
 多分、水月が以前と変わらない感じで話し掛けてくれたことが大きいと思う。
 そういうなんでもない当たり前のことが、すごく嬉しかった。



 歩いているうちに公園の近くを通りかかった私たちは、どちらが誘ったわけでもないが
公園へと入って行った。
 町中にある公園にしては緑が多く、結構広い。
「ふーん、この公園まだ残ってたんだ…」
 水月が呟く。
 それもそのはず。この公園はいつだったかは覚えてないが、取り壊されることが
決まったという告知の張り紙が張られていた公園だからだ。だけど、どうしてなのか
取り壊しは中止になって今に至っている。
「あ、あそこのベンチに座ろう、水月」
 ちょうど木陰になっているベンチを見つけた私は、水月を誘ってベンチに座った。
「はい、遙」
 水月が先ほどコンビニで買った飲物を渡してくれた。私はありがとうと言って受け取り、
それを一口飲んだ。
 公園は私たちの他には人影がなく、静かだった。3時半ごろになっても夏の日差しは
衰えない。確かにこの辺りの子どもたちの数が少なくなっていることもあるだろうが、
この暑さの中、遊びに行こうと考える子はいないようだった。



「ねえ、水月」
「なに?」
「また……伸ばし始めたんだね。髪」
「うん。……もう、短くしておく理由も……ないから」
「………………」
 セミの声がBGMとして聴こえていたが、いつの間にか静かになっていた。
「もうそろそろ、ポニーテールも結えそうだね」
「うん。今ぐらいの長さって中途半端だから、いろいろと不便なんだ。やっぱり私には
ポニーテールが一番かなーなんて思ったよ。仕事場ではあんまり関係ないんだけど」
「仕事って、何のお仕事してるの?」
「あー、言ってなかったけ。私、先生だよ」
「……え?」
 …………水月が先生?
「と言っても、スポーツクラブの水泳教室の先生なんだけどね」
 ぺろっと舌を出して水月が笑う。
「そっか。先生なんだ。すごいね」
「そうでもないよ。ただ、なんて言うのかな。最初はなんとなく選んだんだけど、やっぱ
り水が性にあってるのかもしれない。泳いでると気持ちいいんだね。いろんなモヤモヤ
してることも、ふわっと軽くなる感じ。正直、白陵で泳いでるときはそんなふうに思うこ
とってなかったから」
 コクリ、と手に持った飲物を飲む水月。
「だから、今は結構楽しいよ。休みが少なくて大変だけど、それでも楽しいんだ……」
 水月はそう言うと、袋の中からおやつを取り出して食べ始めた。
「はい、遙。『いもきんつばポリッチ』おいしいよ」
 おもむろに差し出されたそれを条件反射で受け取る私。こんなのあるんだ……。
「ところでさ、遙は今何やってるの?」
「……私?私は白陵大目指して勉強中の毎日だよ。涼宮遙は受験生なのです」
 ポリッチを食べながら答える私。あ、これおいしい。
「そうなの?てっきり私は花嫁修業中の身なのかと思ってた。あははっ」
「私、絵本作家になりたいんだ。そのためにも大学に行っていろいろ勉強したいの」
「そう言えばそうだったね。遙の部屋って、絵本博物館並に絵本がいっぱいあったっけ」
「そんな建物あるのかな?絵本美術館はあるんだけど……」
「え、ほんとなの?」
「…………」
「や、やあねえ。シャレじゃないわよ。でもそんなのあるんだ……」
 なんだか妙なところで感心している水月だった。



 ……。
 …………。
 ………………。



 ふいに、会話が途切れた。



 静かになっていたセミの声はいつの間にか再開していた。
 時々ポリッチを食べる音や飲物を飲む音だけが聞こえる。
 しばらく、時間は静かに流れていた。



「……あのね、遙」
「……なに、水月」
「………………」
「………………」
「実は今回戻ってきたのは、遙に逢いたかっただけじゃないの。遙に、これを……
受け取ってほしくて」
 水月がカバンから取り出したそれは、シンプルな真っ白の包み紙で包まれていた。
 中身は、指輪だった。シンプルな形だけど、それがこの指輪には合っているように
思えた。
「これは……?」
「私が…………孝之からもらった指輪なの。誕生日に」
「……え?」
「あの日、偶然孝之と出会った私は、ちょっとしたイタズラ心で孝之にプレゼントを
ねだってみたの……」
 あの日(私が事故にあった日だ)が誕生日だった水月は、偶然会った孝之君に
誕生日のプレゼントをねだってみた。半分冗談で指輪を選んだら、渋った末に
孝之君は買ったあげたらしい。
「どうして……、どうしてこれを私に?」
 水月にとっては大切な指輪のはず。なのにどうして…。
「これは水月にとって思い出のつまった物なんじゃないの?」
「……そうね。良い思い出もそうじゃない思い出も、いっぱいあるわ。でもね……」
「…………」
「でも、私にとっては過去の大切な思い出だけど。いつまでもそれにすがって生きて
いくわけにはいかないもの」
「…………」
「遙、孝之のこと……好き?」
「……うん、好きだよ」
 はっきりと、答えた。
「なら、それはやっぱり遙に持っていてほしいの。孝之を好きなあなたに」
 …………。
「それに、遙だから渡したいと思った。他の誰でもない、遙だから」
 指輪をじっと眺める。それは使い込まれた物だけが持つ雰囲気があった。それは
水月がこの指輪とともに過ごし、そしてこの指輪を大切にしてきたという証でもある
ように思えた。
「ひとつだけ、聞いてもいいかな」
 私は水月としっかり向き合って、質問した。



「水月は、孝之君のこと、好きですか」



 ………………。…………。
「うん。好き、だったよ」
 水月は、私の目を見つめて、そう答えた。
 ………………。
 水月の言葉を聞いた私は、ゆっくりと指輪をはめてみた。右手の薬指にはめて
みると少しきつかった。だから今度は左手の薬指にはめてみることにした。
「あ……」
「ぴったり、だね。遙」
「うん。……ありがとう、水月。ずっと……」
「なに?」
「ずっと……大切にする、よ……」
 私はそこまで言うのが限界だった。
 私は水月にしがみつくと、こらえきれなくなって、泣いた。
 水月も私を抱きしめて、いっしょになって、泣いた。



 ………………。



 しばらくしてから、私たちは離れた。顔はお互い涙でぐしょぐしょだった。
「こうやって泣くのは、2回目だね」
「うん」
 私たちはもう1度、お互いを抱きしめあった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――



「でもいいの?お邪魔しちゃって」
「もちろん。せっかく帰ってきたんだから、寄っていって」
 あれから私たちは歩いて遙の家まで来ていた。
 私はそのまま実家まで帰るつもりだったんだけど、遙がどうしてもって言うから
お邪魔することにしたんだ。
「ただいまー……あれ、誰もいないのかな」
「お、お邪魔しまーす。……出かけてるの?」
「うーん、そうかもしれない。あ、リビングに行ってて。今、お茶持っていくから」
 遙がそう言うので、私はひとりリビングへと向かった。勝手知ったるなんとやら。
白陵にいた頃は何度も遙の家に遊びに来てたから、リビングの場所ぐらいは
覚えている。
 ただ私が心配だったのは、茜のことだった。あの時以来、茜とは話をしていない。
 遙とはメールでやり取りしてたから少しは楽に話し掛けられたけど、実際は
話してみるまですっごくドキドキしていた。
 だから、茜と話すことを思うと、ちょっと躊躇してしまっているのも事実だ。偶然に
今は留守にしているようだから、今日のところは都合がよかった。
 私は迷うことなくリビングに着いた。そしてドアを開ける。すると、



 パンパンパン!!!



「わぁっ?!」
 突然の音に、私はびっくりして尻餅をついてしまった。
 な、なんなの?
 何が起こっているかわからない私に、すっと手が差し伸べられた。
「ご、ごめんなさい。そんなに驚くとは思ってなかったから……」
 そう言って手の差し伸べてきたのは、
「あ、茜……?」
「はい。……お久しぶりです。水月先輩」
 茜は私の手を取って立たせると、ぺこりとお辞儀をした。
「も~、だからやめておきなさいって言ったのに」
 遙が飲物を持ってリビングにやってきた。
「だって、びっくりさせたかったんだもん……」
 しょんぼりしながら答える茜。
「じゃあ、留守だと思ってたのは……」
「はい。全部驚かせようと思って仕組んだことなんです。そのために姉さんにも
水月先輩を連れてきてもらったんですよ」
 なんだ、そうだったんだ…。
 気が抜けた私は、へろへろと床に座りこんだ。
「ご、ごめんね。びっくりさせて。だって今日は…」
「水月先輩のお誕生日だから、内緒にして驚かせたかったんですよ~」
 遙の言葉を受け継いで、茜が答えた。



 え?



 見ると、テーブルの上にはケーキが。リビングにはいろいろと飾りつけが
してあった。
「お、覚えててくれたの?」
「もちろんだよ、水月。親友の誕生日は忘れないよ」
「そうですよ。おめでとうございます。そして……お帰りなさい、水月先輩」
 遙……茜……。
「あ、りがと……う」
 私は2人に抱きついて、今日2回目の涙を流した。
 遙も茜も、そんな私を抱きしめてくれ、優しく頭をなでてくれた。
「……今日は、再会お祝い記念日だね!」
 もらい泣きしながらの遙の言葉に茜は嫌そうな顔をしたが、私は
「うん」
 と、素直に頷いていた。
 ありがとう。最高の贈りものだよ。



そして――



 教会の鐘が鳴り響く音が聴こえる。
 いよいよ、かな。



 桜の花が舞う季節。
 今年は例年より開花が早かったせいか、すでに満開だ。
 私は、ある教会の外、少し離れたところに立っていた。
 遙から届いた結婚式の招待状。
 出席に丸をつけたものの、教会の中に入るのはなぜかためらわれた。
 そんなわけで、私は教会の外で遙が出て来るのを待っていた。
「ここにいたんですね、水月先輩」
「……茜」
 振り向くと、そこには遙の妹の茜が立っていた。
「どうして中に入らないんですか。私、受付でずっと待ってたのに」
「うーん、なんとなく。決して遙をお祝いしたくないわけじゃないわよ」
「ええ、わかってます」
 茜はにこにこと嬉しそうだ。
「でもどうして茜がここに?中にいなくていいの」
「えっとさっきまでいたんですけど、今日の主役は姉さんだし、水月先輩の
ことも気になってたので抜けてきちゃいました、えへっ」
 まったくもう、この子は。
「それはそうと、茜。今年はいよいよオリンピックの年だけど、調子は?」
 茜は、水泳選手としてはちょっと多き目の胸を叩いて答えた。
「ばっちりです。まかせてください。掲示板の一番上に『AKANE SUZUMIYA』の
表示を出して見せますから」
 やけに自信たっぷりだが、この子にとってはこれぐらいがベストなのかも。
「がんばってね」
「はい!……あ、そろそろ姉さん出てきますよ。行きませんか?」
「あ、うん。もうちょっと後で行くわ」
 そうですか、と頷いて、茜は教会の近くへと歩いていった。
 きっと遙が投げるブーケを取りに行くのだろう。
 私も欲しくないわけじゃなかったけど、教会の中に入ってなかったから、
あの場に行く勇気はなかった。
 そんなことを考えていると、遙が出てきた。隣には、旦那様である孝之。
 遙は真っ白なウェディングドレスで、ほんとうに綺麗だった。
「遙、すっごく幸せそうだな……」
 遙のその笑顔が見られただけでも、今日ここに来た甲斐があったという
ものだ。これ以上の高望みはバチが当たってしまうだろう。
 やがて、遙はブーケを構えて、空高く放り投げた。
 ブーケはゆっくりと空を舞い、なんと茜の元へと落ちていく。
 茜の手にブーケが収まろうとしていたその時、



 一瞬、強く吹いた風がブーケを再び舞い上がらせた。



 ブーケはふわりと空を舞い、私の手にぽすっと収まった。
 え、いいのかな。
 遙のほうを見ると、私のことに気づいてびっくりしているようだった。



 ありがとう、遙。忘れられない贈り物だよ。



 私は遙と孝之にお祝いを言うために、2人の元へ歩き出した。



 桜の花が舞う季節。
 私たちの想いは、遠く離れた場所にいても1度溶けあった想いは、決して
離れることはない。
 その想いのひとつひとつの積み重ねが、私たちが望む永遠を作り上げていく。









Fin



あとがき



PCゲーム「君が望む永遠」のSSです。
ヒロインの涼宮遙の聖誕祭用です。
まずはじめに、読んで頂いてありがとうございました。
このSSは遙エンド後のお話として書いています。
僕が以前に書いたSSの「Happy Birthday!!」と「1年で1番幸せな記念日」の
後のお話になっていますので、興味がある方はそちらもご覧ください。
途中から水月視点になったのは自分でも意外でしたが、これはれっきとした
遙SSです。
今回のコンセプトは、水月から遙への指輪の受け渡しでした。
どうしてもこのシーンだけは書きたかったんです。
ラストが遙の結婚式になったのは、ウェディングドレス着用企画にヒントを頂いた
からですが、思ったよりもいい感じに仕上がったかなと思います。
やっぱり水月にも幸せになってもらいたいですから。
とにかく、これで僕が書く遙メインのSSは完結です。
もう少しライトな感じのSSは書くかもしれませんが、シリアスな雰囲気のものは
書かないと思います。



それでは、また次の作品で。



��004年3月22日 涼宮遙さんお誕生日♪



2004/02/19

「あの人への想い」(君が望む永遠)



 今日は朝からいいお天気でした。
 お洗濯をしていると、自然に鼻歌を歌っていました。
 そのことに気づいて、少し自分でも驚きました。



 私、普通に笑えるんだなって。



 朝ご飯を気分よく食べ終えて、時計を見ると出勤10分前。
 たまには早く行くのもいいかも。
 そう考えた私は、戸締りをして部屋を出ました。
 アパートの階段を降りていくと、管理人さんが掃き掃除をしている光景が目に入りまし
た。
 管理人さんは私の足音に気づいたのでしょう。顔を上げると、
「あら、おはようございます。穂村さん」
 と、にっこり笑って挨拶をしてくださいました。
 おはようございます、と反射的に挨拶を返す私。
「今朝はいつもよりも少し早いんですね」
 さっ、さっ、と気持ちのいいリズムで掃除をしながら管理人さんが尋ねてくる。
「はい。いつもより早く準備ができたので、たまには早いのもいいかな、と思いまして」
 答えながら、嬉しそうに話をしている自分に気がついた。



 なんだか、今日は不思議な感じ。



 それでは、と管理人さんに会釈して、私、穂村愛美は勤め先である欅総合病院に向かっ
た。
 いつもより、幾分弾む足取りで。



 病院に着いて、服を着替えるとやっぱり気合が入ります。まだ私は准看護婦なのですが、
患者さんに対する気持ちは先輩にだって負けません。



 今日もがんばろう。



 両手をぐっと握って気合を入れて、私は今日のお仕事を開始しました。
 今日の最初の仕事は洗濯です。山のようにある洗濯物。いつもなら、ちょっと憂鬱な気
分になるのですが、今日はなぜか気分がいいです。



 これもお天気のおかげかな。



 そう思いながら、少しずつ洗濯物を片付けていると、先輩がやってきました。
「おはよぉ~、穂村。今日もいい天気だね~」
 星乃先輩です。先輩はいつもこんな喋り方ですが、決して仕事がいいかげんなわけでは
なく、むしろその技術は見習うべきところばかりです。
「おはようございます。星乃さん」
 星乃先輩に挨拶をして、私は仕事に戻ります。
「今日は洗濯が多いみたいだから手伝いがいるかと思って来たんだけどぉ~、どう?」
「あ、大丈夫です。私ひとりでやれますから」
「そぉ? じゃあよろしく~」
 手をひらひらさせながら、星乃先輩は戻っていきました。



 それから2時間ほど経って、ようやく洗濯が終わりました。
 病院の屋上には真っ白になったシーツが何枚も干してあって、なかなか壮観です。
 心地よい風が吹いています。
 休憩も兼ねて、私はしばらく屋上から景色を眺めていました。
 すると、ガチャッという音がして屋上の扉が開いて、誰かが入ってきました。
 先輩かと思ってドキっとしましたが、違いました。それは私のよく知っている人でした。
「ん?……ああ、穂村さんか。おはよう」
「おはようございます。鳴海さん」
 屋上に来たのは鳴海さんでした。鳴海孝之さん。私にとって、特別な人…。
「香月先生でしたら、こちらにはいらっしゃいませんけど」
「ああ、そうなの?医局にもいないから、てっきり屋上かと思ったよ」
 そう言うと、鳴海さんは屋上のフェンスにもたれかかった。
「ここは気持ちいいなあ。……もう、この景色も見納めかと思うとちょっと寂しくなるな
あ」



 え?



 私が硬直していると、
「遙が今日で退院するんだ。だから、もうこの病院に来る事もなくなると思う」
 と、説明してくれた。
 そうか、涼宮さんが今日で退院するんだ…。
 涼宮さんはずっと前からこの病院に入院している患者さんで、鳴海さんは涼宮さんの彼
氏さん。
 だから、涼宮さんのお見舞いに来るのは当然で、涼宮さんが退院すれば病院に来なくな
るのも当然だった。
「今までいろいろ遙がお世話になりました」
 鳴海さんはぺこりとお辞儀をした。
「いえ、その……私は自分の仕事をしただけですから……」
 私は少しパニックになって、しどろもどろに返答した。
「それじゃあ俺は遙の病室に行ってみます。もし香月先生が来たら、俺が探していたと伝
えてくれませんか」
「あ、はい。わかりました」
 私の返事を聞くと、鳴海さんは行ってしまった。



 鳴海さんともうすぐ会えなくなっちゃうんだ。



 そのことばかりが頭の中で渦を巻いて。
 お昼休みまでの時間はぼーっとしたまま過ごしてしまい、星乃先輩にからかわれるネタ
になったのはまた別の話。



 お昼を過ぎて、やっと休憩時間を取ることができた私は、涼宮さんの病室に行ってみる
ことにしました。
「……失礼します」
 ノックをして部屋に入ると、涼宮さんは不在で、代わりに涼宮さんの妹の茜さんが
部屋の片付けをしていた。
 すでに片付けはほとんど終わっていた。一応、何かお手伝いできることはありませんか?
と、尋ねてみたが、
「もうすぐ終わるから大丈夫です。どうもありがとう」
 という返事が返ってきた。
「あ、姉さんなら今医局にいると思います。多分、香月先生とお話をしているころなんじゃ
ないかな」
 茜さんにお礼を言って、私は病室を出ました。
 私は涼宮さんに用があるのではなく、鳴海さんにもう一度だけお話したいことがあった
のですが、残念ながら休憩時間も終わりに近づいていたので、やむなく仕事に戻りました。



 夕方になり、いよいよ涼宮さんが退院する時がやってきました。
 院長をはじめ、みんなでお見送りです。
 医局からでてきた涼宮さんをみんなで出迎えます。
 その後の香月先生に続いて、鳴海さんが出てきました。



 拍手で出迎えながら、自然に涙が溢れていました。



 まわりを見ると、にっこり笑って見送りをしている人。
 もらい泣きで泣きながら見送りをしている人。
 いろいろな人がいます。
 でも、私の涙はほんの少しだけ、理由が違っていました。



 涼宮さんたちが車に乗り込みました。
 私はこれが最後かもしれないと思い、鳴海さんの姿を一生懸命見つめました。
 鳴海さんは笑っていました。
 その目は涼宮さんに向けられています。
 私はそっと目を閉じると、誰にも聞こえないような小さな声でお別れをしました。



 ありがとう、鳴海さん。
 あなたにもう一度会うことが出来て、本当によかった。



 私は車が見えなくなるまで見送りをしてから、仕事に戻りました。
 空を見上げると、朝と同じくいいお天気。
 風がやさしく吹いていました。
 それは、それぞれの門出を祝福しているようでした。



おわり



あとがき



PCゲーム「君が望む永遠」のSSです。
ヒロインの穂村愛美の聖誕祭用です。
背景は『遙エンド』なので、安心してご覧頂けたのではないでしょうか(笑)。
マナマナにはこういう一面もあるんですよ、ということをみなさんに
知っていただけたら幸いです。
それではまた次の作品で。



��004年2月19日 マナマナのお誕生日♪



2004/02/03

「豆まきなんて大嫌い!」



 今年も2月3日がやってきた。
 今日が何の日かは、ちっちゃい子からお年寄りまで、みんな知ってる。
 そう。節分だ。
 季節の分かれ目、という意味があり、立春、立夏、立秋、立冬の前日のことを示すらし
い。
 だから、1年に4回は節分がやってくるのだが、なぜか2月3日だけが有名になってい
る。
 まあ、そんなことはどうでもいい。
 と言うより、1年に4回もやってこられたら大変なのだ。
 だから、1年に1度の2月3日。
 この日だけを切り抜けることができれば、何の問題も無い。
 無事、切り抜けられればの話だけど。



 時計の針が5時を指した。チャイムが鳴り響く。今日の仕事は終了だ。
 今、うちの会社はちょっとだけ暇になっている。従って、残業をすることはできない。
 普段は残業なんてやりたくはないのに、今日に限っては別だ。
 残業という理由があれば納得してくれるのだろうが、なかなか世の中はうまくいかない
ものらしい。
 無駄に会社で時間をつぶすことすらできないので、あきらめて帰り支度をする。
「よう、福野。今日はこれからどうするんだ?」
 同僚の桜餅が話し掛けてきた。
 もちろんあだ名だ。いつも血色の良い桜色の頬と、もちもちとした身体。
 なにぶんストレートなあだ名だが、命名したのはヤツの彼女なので桜餅も文句が言えな
いらしい。
「どうって……家に帰るんだが」
「なんだ。何か用事でもあるのか」
「あると言えばあるし、無いと言えば無い」
「なんだかよくわからんが……。まあいい。ちまきがこれから飲みに行こうって言うんだ。
お前も来いよ」
 ちまきというのは桜餅の彼女のことだ。ちなみに本名だ。ふたりが結婚して子供が生ま
れたら、男だったら大福、女の子だったら苺大福という名前にするのかと、酒の席で言っ
た事がある。
 もちろん、そのときはちまきにしこたま殴られたけど。
 ……酒を飲むのは控えようと思った。
「悪いけど、今日は帰ることにするよ」
「そうか。じゃあまた今度な」
 ヤツは残念そうな素振りも見せず、さっさと行ってしまった。
「……帰るか」
 ボソリと呟くと、僕はカバンを持って会社を出た。
 電車を乗り継いで自宅に最寄の駅に着く。
 その瞬間、空気が張り詰めた!
 嫌が応にも緊張が高まる。
 僕は注意深くあたりをきょろきょろと見回しながら、改札を抜け、駅を出る。
 まわりに人影は、ない。
 緊張感を纏ったまま、家へ向かって歩き始める。
 コツコツと僕の靴の音だけが響く。しばらく歩いていたが何のアクションもない。
 ちょうど駅と家の中間まで来た頃、街灯の下に1匹のネコがうずくまっていた。
 黒と白が仲良く混ざり合った灰色のネコ。うちのネコ、カーラだ。
「何やってんだ、こんなところで」
 そう言って、カバンを置いてカーラを抱きあげる。カーラがにゃおんと鳴き声をあげた
その時、
「もらった!」
 と言う声が聞こえると同時に、無数の何かが僕(とカーラ)に向かって撃ちこまれた!
 とっさにカーラを抱えたままその場から飛びのく。
 あの声は……一姫だ。
「いつきのバカ! 早いんだよ!!」
「うるさいわね! そんなこと言ってる間に攻撃しなさいよ、ニタロー!!」
 僕を間に挟んで、あっちとこっちで会話が繰り広げられる。
 一姫と二太郎の声の聞こえてきた方角から最も離れた方向へと僕は走り出す。
 その直後、ビシビシビシッッッと地面に何かが叩きつけられる音。間一髪。



 その後は2人の散発的な攻撃をなんとか潜りぬけ、なんとか家まで辿り着いた。
 玄関の扉を開けると、愛する妻の美沙希が出向かえてくれた。
「おかえり神弥。その様子からすると、今年は無事に逃げ切ったみたいね」
「かろうじて、だけどね」
 息をはずませながら答える。後ろを振り向くと、一姫と二太郎が残念そうにうつむいて
いる。
「じゃあ、あんたたち。これはあずからせてもらうわよ」
 そう言うと、美沙希はふところから一姫と二太郎のお年玉を取り出し、中身を半分ずつ
抜き取ると、ふたりに手渡した。
 くやしそうにお年玉を受け取る一姫と二太郎。
 我が家では、節分の日の鬼ごっこは恒例の行事になっている。
 子供たちが勝てば、お年玉は2倍。(ただし、その分は僕が出さなければならない)
 僕が勝てば、お年玉は半額。(半額は美沙希の元へ。貯金しているらしいが、真実は闇
の中)
「「お父さんのバカー!」」
 2人仲良く叫ぶと、一姫と二太郎は家に飛び込んでいった。
 なんで僕が悪者なんだ……。名前だけ見ればとってもえらいのに。
 福野神弥。ふくのかみなんだけどなあ……。
 そう言えば、桜餅のやつが言ってたな。ちまきの『き』は鬼の『き』だって。
 という事は美沙希の『き』は……。
「神弥~。今夜はいっぱいサービスしてあげるからね~」
 デカイ声でそう言うと、美沙希は家に入っていった。
 ……ご近所中にまる聞こえなんですけど。
 やれやれと思いながら、家に入ろうとして気がついた。
「カバン、忘れてきた」
 その頃。街灯の下に置き去りにされていたカバンは、豆まみれになっていた。
 トホホ……。



おわり。



あとがき





突発的に書きたい衝動が湧きあがったので、書いてしまいました(笑)。
思い着くままにつらつらと文章を書き連ねるのも楽しいですね。
それではまた。



��004年2月3日 たいしておいしくない豆だけど、気づけばたくさん食べている日



あとがきのついき



今回は、まずタイトルを考えてから、それから本文を書き始めました。
書き終わってから、妙にガキっぽいタイトルだなーと(汗)。
主人公は妻子ある男なのに……。
何も考えずに書くのも良し悪しですね。
執筆時間は1時間30分ほどだったので、いいペースで書けたんですけどね。
オチも5分ぐらい考えたものですし。
それではまた次の作品で。



��004年2月7日 少しくもってて寒い日



2003/12/14

「(第1回 夜空に星が瞬くように、いつも通りの大空寺)」(君が望む永遠)



 カチっコチっと、壁にかけられた時計から秒針が動いている音だけが聞こえる。
 いつもは気にも止めない秒針の音が、今日はなぜ聞こえるのだろうか。
 それはこの空間が、普段からは考えられないほどの静寂に包まれているからに他ならな
い。
 いつの間にか口中に唾が溜まっていた。ゴクリ、と溜まった唾を飲み込む音がやけに大
きく聞こえたような気がした。
「孝之さん……」
 隣にいる女の子が俺の名前を呼んだ。



 俺の名前は鳴海孝之。2年前から、この『すかいてんぷる』橘町店でアルバイトをして
いる。店長もいい人だし、まかないも付いているので、一人暮らしの俺にとっては申し分
ない職場だ。ただ、野獣の世話をしなければならないというのが頭痛のタネではあるが。
 隣の女の子は玉野まゆさん。おなじく『すかいてんぷる』でアルバイトをしている。彼
女はまだ新人さんと言ってもいいぐらいなので、一応は彼女の指導役を俺がやっていたり
する。
 玉野さんはちょっとだけおっちょこちょいだが、いつも明るく素直で前向きな性格をし
ている。こんな子が妹だったら楽しいのかもな。



「何? 玉野さん」
「………………」
 話し掛けてきたのは玉野さんだが、何も言わずに沈黙している。
 おしゃべりというわけではないがおとなしい子でもないので、普段の玉野さんらしくな
い。不思議に思った俺は質問してみることにした。
「あのさ、玉野さん。今日ってなんの日だっけ?」
「…………?」
 俺の言葉の意味がわからなかったのか、玉野さんは首を傾げている。
「ほら、今日の店の雰囲気ってさ、いつもと違うじゃない。何かあるのかなーと思ってさ。
あ、もしかして本社のほうから誰か視察に来たりするの?」
「いえ、そんな予定はないでござるよ」
 いや、ござるよって言われてもね。
「……知りたいですか」
 突然、背中から声をかけられたのでびっくりして振り向くと、そこにいたのは店長だっ
た。
 何の気配も感じなかったが、いつの間に……。さすがは店長といったところか。いや、
すでに俺の思考もよくわからんが。
 とにかく、心中の動揺はさておくことにする。
「店長は知ってるんですか? この店のいつもとは違う雰囲気の理由を」
「ええ、もちろんです。店長ですから」
 店長はにこりと笑ってそう言った。
「あれは…そうですね、4日前のことです。ちょうど鳴海君はお休みの日でしたね。時刻
は夕方の4時ぐらいでした。4人組の学生のお客さんがいらっしゃいました……」
 それから店長はたっぷり時間をかけて話してくれた。その内容をかいつまんで説明する
と。



 4人組のお客さんが来て、その応対を玉野さんがしたらしい。そして、オーダーを運ん
だのは大空寺だった。ここまではごく普通の話だ。問題は、大空寺がオーダーを運んだ、
ということだ。まあ、普段でも何もないところからトラブルの種を植え付けるやつなのだ
が、今回はいつもと違ったようだ。……より悪い方向に。
 その4人組のお客さんのひとりと口論となったらしい。遠くから見ていた玉野さんの証
言では
「何やら顔見知りの方のようでございました~」
ということらしい。
 大空寺の顔見知りというのも気にはなるが、とにかくその口論は収まるところを知らな
い勢いだったそうだ。もちろん大空寺が引き下がるわけはなく、相手も一歩も引かなかっ
たようで、後日あらためて決着をつけよう、という形でその場はなんとか収まったようだ。



「私も詳しい事はわからないのですが、今日起こる出来事については黙認して欲しい、と
いう上層部からの指令も出ていますので……」
 店長がいつもと変わらない表情でそう呟いた。
 上層部? いったい何がどうなっているんだ……。
 結局、大空寺以外に誰もこれから何が起こるかわからないという事らしい。いや、大空
寺とその相手以外、か。
 大空寺本人に聞いてもきっと答えてはくれないだろう。
 あいつは今、店の奥のスタッフルームを締め切って、何やらやっているようだ。近寄ろ
うとすると、部屋の前に立っている秘書らしきお姉さんからの無言の圧力による攻撃が待っ
ている。
 まったく困ったもんだ。
 そう思った俺は大空寺のことはあきらめて、別の質問をしてみることにした。
「そう言えば、玉野さんはその時いたんだよね。相手ってどんな人だったの? 店長の話
では4人組の学生だったようだけど」
 玉野さんは人差し指を額に当てて、その時の記憶を振り絞りながら答えてくれた。
「えーと、確か男の方がふたりに女の方がふたりでした。みなさん制服を着てらっしゃい
ましたから、学校の帰りだったんでしょうね~」
「制服……どこの学校の制服だかわかる?」
「あれは…んーと名前は思い出せないのですが、柊町にある坂を登ったところにある学校
だと思います」
「……白陵、柊…………」
「え、孝之さんもしかしてご存知なのですか?」



 たぶんそれは白陵大付属柊学園。俺の通っていた学園だ。
 丘の上にある白陵柊に通うのは毎日大変だったが、それももう昔のこと。あれからすで
に3年の月日が経っている。
 3年なんて言うと長く感じられるような気もするが、過ぎ去ってしまえばほんの一瞬の
出来事だったような気がする。それでいていろんな想い出がつまっていたりもする。
 3年前のあの夏の2ヶ月間。俺にとっては何よりも大切なものを手に入れたときであり、
そしてそれをなくした時でもあった……。



「孝之さん? 孝之さん!」
 ふと気づくと、目の前には俺のそでをぐいぐい引っ張っている玉野さんの顔があった。
ちょっと怒っているみたいだ。
「どうしたの? 玉野さん」
「どうしたの? じゃありません。さっきからお呼びしてるのにどうして気づいてくれな
いんですか」
「ああ……ごめん。ちょっと昔のことを思い出してた」
「? 昔のことってなんですか」
 興味深そうに俺をみつめる玉野さんには悪いが、余計な詮索をされないためにも話題を
変えよう。
「ああーそろそろ開店の時間じゃないかなあー。店長、入り口の準備をしてきます」
 店長にそう告げて、逃げるようにフロントに出てきた。いささかわざとらしすぎただろ
うか。
 幸い、玉野さんはついて来ないようなので、俺はそのまま開店準備のために店の出入り
口へと向かった。
 ドアを開けようと取っ手に手をかけようとしたら、ドアが急に開いた。とっさのことに
身体が対応できずに、情けない話だが俺は見事に転んでしまった。
「あいててて……」
「すまない、大丈夫か」
 そう言って俺に手を差し伸べてくる人影があった。
 それは、白陵柊の制服に身を包んだ、ポニーテールの良く似合う少女だった……。



続く(え~)



なお、当たり前のことですが、このお話はもちろんフィクションで、
実在の団体や「君が望む永遠」本編とはまったく関係ありません。
……多分。おそらく。



あとがき



PCゲーム「君が望む永遠」のSSです。
大空寺あゆの聖誕祭記念です。
まー、いろいろありまして、続きます(笑)。
って、あゆ様出てないな(汗)



��003年12月14日 大空寺あゆ様のお誕生日



2003/11/01

「モトコ先生の相談室」(君が望む永遠)



 ここは、欅町のとある病院のなかの一室。
 机の上には何枚かのカルテとコーヒーカップがひとつ置かれている。
 現在、部屋には誰もいない。しかし、先ほどまで人がいたのか、気配は残っていた。
 ほんの少し残っているカップのコーヒーから湯気が立ち上っていることも、それを指し
示していた。



 部屋の主、香月モトコは病院の屋上にいた。
 手すりにもたれかかり、屋上から見える病院の中庭をぼんやり眺めながら、白衣のポケッ
トからタバコを取り出して、火をつける。
 肺の中いっぱいに吸い込んだ煙をゆっくりと口から出しながら、大きく伸びをする。
「やっぱり屋上は気持ちいいわね。……そう思わない?鳴海君」
 屋上にはモトコの他にもう1人、青年がたたずんでいた。
「そうですね」
 その青年、鳴海孝之はそっけなく返事をする。
「それよりも香月先生。どうしてオレをここへ呼び出したのか、教えて欲しいんですけど」
「…………………………」
 返事の代わりに口からタバコの煙を吐き出す。
「オレ、帰ってもいいですか」
 歩き去ろうとした孝之の背中に、ようやくモトコが声をかける。
「別に」
「え?」
 怪訝そうな顔で振り向く孝之。
「特に理由はないわ。そうね、しいて言えば、タバコが吸いたかった……からだけど」



 10分後。モトコは孝之を連れて先ほどの部屋へと戻っていた。
「まあ座って」
「はあ、どうも」
 今から何が起こるかわからない不安を抱えながら、孝之は勧められるままイスに座る。
 同じく椅子に座るモトコ。机の上のカルテを整理しながら孝之に説明をする。
「あなたはそこでじっとしてなさい。今から何が起ころうと、動いたり声を出しちゃダメ。
わかった?私がいいと言うまでね」
 そう言うと、モトコは孝之の前にしきりのためのカーテンを引いた。
 孝之が座っているのは、来客用のイスではなく、どこにでもあるような折りたたみイス。
 そして、孝之が座っている場所は、モトコの後ろ。入り口のドアから最も離れた位置だっ
た。
「そろそろね」
 モトコのその声を待っていたかのように、ドアがノックされる音が聞こえた。



涼宮遙の場合。



「香月先生、こんにちは。
……はい、自宅療養に切り替わって1週間経ちましたが、身体の方は順調です。
これも先生をはじめ、看護婦のみなさま方のおかげです。
……え?元気がない、ですか?私、そんなふうに見えますか。
……そう、ですね。やっぱり先生には隠し事はできないですね、えへへ。
実は……孝之君のことなんです。孝之君、退院した後も以前のように優しくしてくれてます。
優しくしてくれてるんですけど、どこか違うんです。
もしかして私の気のせいかもしれないけど……。
私が眠っていた3年の間に何かあったのかなって。そう考えちゃうんです。
ダメ……ですね、私。
……………………。
はい、そうですね。私に出来ることは孝之君を信じること。それだけなんですよね。
ありがとうございました。香月先生にお話したらちょっと気持ちが落ち着きました。
妹の茜にはこんな話出来ませんから。
……はい。それでは今日は失礼します。
どうもありがとうございました」



 遙が出て行ったドアが閉まり、モトコは孝之に声をかける。
「どうだった?」
「ど、どうって何が……」
「あーまだ答えなくていいわ。答えは全てが終わってからでも遅くないもの」
「それって、どういう……」
 反論する孝之の声を遮るように、ドアをノックする音が聞こえた。
「静かにね。……どうぞ」
 前半は孝之にだけ聞こえるように、後半はドアの向こうの人物に聞こえるように、
モトコは返事をした。



速瀬水月の場合。



「お久しぶりです、香月先生。
……ええ、そうですね。遙が退院して以来ですよね。
あのときはすみませんでした。勝手に屋上に上っちゃったりして。
……はい。孝之とはあれから会っていません。もちろん、遙とも。
……え?そりゃ、未練はありますよ。今でもまだ孝之のこと、好きですから。
そう簡単に割り切れるわけ……ないですよ。
孝之と過ごした2年間のことは、忘れようとしても忘れられません。
むしろ、忘れちゃいけないんだって思うから……。
……………………。
それに、遙のことも私にとっては大事だから。
……だって私と遙は、親友なんですから。
……はい。ありがとうございます。
それでは失礼します」



 水月が出て行ったドアが閉まる。
 モトコはカーテンの隙間からそっと孝之の様子を窺った。
 孝之はうつむいたまま、身体を震わせていた。
 モトコは孝之には何も言わず、ドアの向こうに声をかけた。



涼宮茜の場合。



「こんにちは、香月先生。今日はどうしたんですか?
……え、お姉ちゃんの様子ですか?
さすがですね、先生。
実はお姉ちゃん、ちょっとだけ元気ないんですよ。
……心当たり、ですか?
うーん、なんだろう。お兄ちゃんにはやさしくしてもらってるし、ケンカしてるわけでも
ないし……。
せっかく私が身を引いたんだから、お姉ちゃんとお兄ちゃんには幸せになって
もらわないと……。
……え?私何か言ってましたか、先生。
……そうですか。よかった~。
とにかく、私の方でもお姉ちゃんについて気をつけてみますね。
妹の私がしっかりしてないとダメですよね~。
……はい。それでは香月先生、失礼します」



 ドアが閉まり、部屋には静寂が訪れる。
 5分ほど経過して、カーテンが開かれた。
「もういいわよ、鳴海君」
「……はい」
 まっすぐモトコの顔を見る孝之の目には、真新しい涙の後がついていた。
「涼宮さんは診察の都合もあるんだけど、実は速瀬さんも涼宮さんの妹さんも
時々相談されてたのよ。涼宮さんのことだけじゃなくて、いろいろね」
 そう言って、モトコは孝之の目をじっと見る。
 さすがの孝之もその言葉の意味がわからないほどにぶくはなかったようだ。
「あなたが選ぶの。ほかの誰でもないあなたが。
時間は永遠にあるように思えても、チャンスは少ないのよ。
後回しにすればするほど、つらくなることもある。
前にも言ったわよね。
『時間が一番残酷で……優しい』って。
今のあなたになら、それがよくわかるはずよ」
「はい……。ありがとうございました」
 孝之はモトコに一礼して部屋を出て行った。
「やれやれ、一番手間のかかる患者さんがようやく退院したかな」
 モトコは満足げに呟くと、また屋上へと足を向けるのだった。



なお、当たり前のことですが、このお話はもちろんフィクションで、
実在の団体や「君が望む永遠」本編とはまったく関係ありません。
……多分。おそらく。



あとがき



PCゲーム「君が望む永遠」のSSです。
香月モトコの聖誕祭記念です。
ちょっといつもと違う感じにしてみました。
実ははじめての3人称だったような(笑)
それではまた次の作品で。



��003年11月1日 香月モトコ先生のお誕生日



2003/10/20

「涼宮茜 in すかいてんぷる」(君が望む永遠)



「いらっしゃいませ!すかいてんぷるへようこそ!!」
 お店にやってきたお客様に、私は心からの笑顔で応対する。
 この『すかいてんぷる』で働くようになって、早1週間。ようやく仕事のコツも掴めて
きたと思う。
 ウェイトレスという仕事に興味を持ったのは、ある先輩がきっかけだった。
 どうしてあそこまでお客様に尽すことが出来るのか?
 私の憧れである速瀬水月先輩と一緒のことをすれば、先輩に一歩でも近づくことができ
るのではないか。
 そう考えた私は、お兄ちゃんのバイト先の『すかいてんぷる』を選んだ。別にどこでも
よかったし、それならお兄ちゃんのいるところの方がおもしろいかなって思ったからだ。
 もうひとつの決め手は、制服かな。可愛くて1度着てみたいなって思ってたから。
 実際に制服を着てみると、可愛いことは可愛いんだけど、結構胸元がキワドイんだよね。
 お兄ちゃんに聞いたら、似合ってるよ、って言うから悪い気はしないけど、やっぱり少
し恥ずかしい。
 ウェイトレスって大変なんだとしみじみ思ったよ。
「涼宮さ~ん、オーダーあがりましたよ~」
「わかりました~」
 厨房からオーダーができたことを告げられた私は元気良く返事をする。涼宮茜は、今日
もアルバイトに一生懸命です。なんちゃって。



「ありがとうございました~」
 現在、時間は夜の8時。夕食時とはいえ、今日はいつもよりお客さんが多い。私を含め
たフロアのスタッフは大忙しだ。
「茜ちゃん大丈夫? 今日は随分お客が多いから忙しくて大変だと思うけど、疲れてない?」
「あ、お兄ちゃ……じゃなくて、鳴海さん。大変だけど、大丈夫だよ。日頃から水泳で鍛
えてるもん」
 お兄ちゃんが、私が疲れてるのかどうか心配だったみたいで話し掛けてくれた。
 お兄ちゃんってのは、鳴海孝之さんのこと。3年前、私のお姉ちゃんとつきあっていた
時からの呼び名だ。ずっとお兄ちゃんが欲しいと思っていた私は、お姉ちゃんがつきあい
だしたと聞いた時から『鳴海孝之』という人の事が気になっていた。お姉ちゃんがすんご
くうれしそうに鳴海さんのことを話すものだから、どんな人なのかな~って。
 実際に実物を目にして私の淡い期待は裏切られたんだけど、悪い人じゃなさそうだった
から、まあいいかなって思った。この人が私のお兄ちゃんでもいいかなって。
 はじめての出会いから3年経った今でも、私は鳴海さんのことをお兄ちゃんと呼んでい
る。3年の間にはいろいろあったけど、それでも私は鳴海さんのことをお兄ちゃんと呼ん
でいる。
「ようやくお兄ちゃんって呼ぶ癖が治ってきたか? 店の中では絶対、お兄ちゃん禁止だ
からな」
 お兄ちゃんが苦笑いしながらそう言った。
 一週間前のはじめてのバイトの日。お兄ちゃんにまず言われたのは、『店の中では、お
兄ちゃんと呼ばないこと』だった。理由を聞いたら、公私混同はよくないってことだった
けどそんなのはタテマエで、お兄ちゃんと呼ばれるのが恥ずかしいからに違いない、と私
は思っている。
「そりゃ、1週間も経てばね~。今までず~っと呼んでた呼び方を変えるのは大変だよ。
鳴海さんだって私のことを茜様と呼べって言われたら困るんじゃない?」
「そりゃ困るけど、困るの意味が全然違うだろ」
「それもそうだね。てぃひっ」
 何を言ってるんだか、とお兄ちゃんにこつんと頭を叩かれた。可愛い義妹になんてこと
を。お姉ちゃんに言いつけてやろうかしら。
「ちょっとそこの糞虫と乳臭いガキんちょ! 何この忙しい時にベラベラとしゃべくって
んのよ。働け! この給料泥棒が!!」
「お兄ちゃんとほんのちょっと話をしてたら、いきなり野獣に吠えられた。この野獣の名
前は大空寺あゆ。お兄ちゃん曰く、『すかいてんぷるの”核弾頭”』。はじめは大げさな
あだ名だな~と思ってたけど、今ではそれ以上に的確な表現はないんじゃないかってぐら
い。この国には『非核三原則』ってのがあるんだから、核兵器は保有しちゃいけないはず
なのに。それに乳臭いガキんちょって何よ。自分の方こそちんちくりんのくせにさ」
「……アンタ、さっきから何のつもりか知らないけど、思いっきり聞こえてるわよ」
 核兵器がしゃべった。
「あ、しまった。つい本音が。てぃひっ」
「まあ、茜ちゃんの言う事はもっともだが、そろそろ仕事に戻ろうか」
「はい!鳴海さん」
 私は元気良く返事して、ちょうどお客様に呼ばれたのでオーダーを取りに行った。その
直後、
「おまえらなんて、んがっ、へほのふんほふへ~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」
という奇妙な叫びが店内に響き渡った。お兄ちゃん、ないすっ!



 それから1時間ぐらい経って、ようやくお店も普段の落ち着きを取り戻したようだった。
なんとかディナーは乗り切ったかな。さすがに疲れた~。
「お疲れ様です、涼宮さん」
 そう話し掛けてきたのは、この『すかいてんぷる』橘町店店長の崎山健三さん。なかな
か渋くてかっこいい。それにすごくいい人なのだ。
「今日は普段よりもお客様の入りが多くて大変ではありませんでしたか」
「そうですね……確かに大変でした、けど……」
「けど?」
「忙しいからこそ、働いてるんだな~って実感できました」
 私がそう答えると、店長はにっこり笑って、
「そうですね」
と言ってくれた。
「今日は少し早いですが、もうあがってもらって構いませんよ。あとは、鳴海君と大空寺
さんにおまかせすれば大丈夫でしょうから」
 店長がそんな優しい言葉をかけてくれたとき、



がっしゃ~~~~~~ん



という音が店内に響き渡った。
「ああ~、またやっちまいました~~~~~~」
「まゆまゆ大丈夫?ほら糞虫、あんたの出番よ」
「玉野さんけがはない?お前も手伝えよ、大空寺」
……………………………………………………
「私、お手伝いしてきますね」
「お願いします」
 私は店長にそう告げると、ほうきとちりとりを持って現場へと急行した。
 まだまだ今日という日は終わりそうにないみたいだった。



「ありがとうございます~、涼宮さん~」
「いえいえ、困ったときはお互い様ですよ~。それに、私がはじめてお皿割ったときは玉
野先輩が片付けを手伝ってくれたじゃないですか。あのときは本当に助かりました」
 ざっざっとほうきで割れたお皿を片付ける。
「お礼なんていいですよ。先輩として当然のことをしたまでです。……先輩?」
 ちりとり役の玉野先輩の動きが止まった。
「玉野さんのことですよ。私より先にバイトに入ってたんですから、『先輩』じゃないで
すか」
「先輩、だなんて……恥ずかしいです。でも……ちょっと嬉しいです」
 玉野先輩はちょっとおっちょこちょいなとこもあるけど、いつも一生懸命で元気な人。
その前向きな姿勢は見習いたいと思う。
「まゆまゆ~、チチクサ~、それが片付いたら洗い物お願いね~」
「御意っ!」
 玉野先輩は元気良く返事した。チチクサって……もう怒る気力もないよ。早いとこ洗い
物をすませたほうがいいなあ。そう思った私は急いでゴミを片付けて、玉野先輩と洗い物
をはじめた。
 いつもよりお客さんが多かったせいで、洗い物の量はハンパじゃなかった。玉野先輩と
手分けして片っ端から洗う。
 ゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシ…………。
 途中で急に水道の水が出にくくなったので、蛇口をもっと開いてみた。……出ない。お
かしいなと思い、もっと開いてみると、



がきん



という音と共に蛇口が外れ、大量の水が私に襲い掛かってきた!
「うわわわわ~~~~~!!!」
 あわてて、水道の蛇口を押さえつける私。
「た、大変です!一大事です!!た、孝之さ~ん!!!」
 その声を聞きつけてやってきた鳴海さんが、蛇口を手馴れた様子で直してくれた。
 あとで聞いたところに寄ると、その水道の蛇口は以前から調子が悪くて、いっぱいまで
開くと外れてしまう、とのことだった。みんなは知ってたみたいだけど、まだバイトに入っ
て1週間の私は知るはずもなく、今回の事態を招いてしまったのだった。
「大丈夫、茜ちゃん。災難……だった……ね」
 なぜかお兄ちゃんは途中で私から目をそらした。怪訝に思っていると、
「水もしたたる……ってやつかしら。ふふふ」
 まるでどこかの財閥のお嬢様のような口調で大空寺先輩が言うので、私は自分の姿を見
てみた。
 きっかり10秒後。
「きゃあああああああーーーーーーーーーっっっっっ!!!!!!」
 今日、店の中に響き渡った音の中でも、最も大きな音が計測された瞬間だった。



 10分後。
 私は更衣室の中で、ひとり悩んでいた。
「替えの下着がない……」
 いつもなら替えの下着は常備しているのだけど、今日はここに来る前に水泳部の練習が
あったため、すでに使ってしまっていたのだ。
 このまま濡れたままの下着をつけているわけにもいかないし、かといって履かない訳に
はいかないし。
 悩みに悩んだ末に私が手に取ったのは。
 あの体育の授業でおなじみの、紺色のブルマーだった……。



なお、当たり前のことですが、このお話はもちろんフィクションで、
実在の団体や「君が望む永遠」本編とはまったく関係ありません。
……多分。おそらく。



あとがき



PCゲーム「君が望む永遠」のSSです。
涼宮茜の聖誕祭記念です。
あくまでゲームのキャラクターのみです。~エンド後というわけではないので、
あしからず。
それではまた次の作品で。



��003年10月20日 涼宮茜たんのお誕生日



2003/09/27

「焼きそばパンが食べたくて」(マブラヴ)



 『焼きそばパン。英語では「Yakisoba Bread」。
 最近では、パンの中に焼きそばを閉じ込めたタイプの焼きそばパンもあるが、やはりコッ
ペパンに切れ目を入れて、そこに焼きそばを挟んだタイプがオーソドックスであると思わ
れる。
 単純に、パンに焼きそばを挟めば焼きそばパンの出来上がりではあるが、それでは普通
の焼きそばパンでしかない。素材、調理法、パンの形等、工夫する余地は十分にある。
 美味しい焼きそばパンに出会うために、今日も私は歩きつづけるだろう。』



 なんか、すげえな……。
「タケルちゃん何読んでるの?」
 俺の名前は白銀武。白陵からの帰り道、たまたま寄ったコンビニで雑誌を立ち読みして
いると、幼馴染の鑑純夏が話し掛けてきた。
「えーと……『月刊ヤキソバ』だな」
「『月刊ヤキソバ』? 何それ、そんな雑誌があるんだ~」
 俺が雑誌を純夏に渡してやると、純夏はそれを受け取って興味津々で読み始めた。
 何気なく手に取って読み始めたんだが、何か引き寄せられるものがあった。ただの雑誌
のコラムのくせに俺の気持ちを動かすとは……。
 気が付くと、俺はそのコンビニの惣菜パンコーナーの前に立っていた。焼きそばパンが
食べたくて仕方がない。時間は午後4時。ちょうど夕飯前に軽く腹ごしらえしておきたい
ころだ。
 焼きそばパンを探す……探す……探す……あった!! ひとつだけ!! まさに、俺に
食べられるためだけにその焼きそばパンはあった。普段は存在すら気にもかけない神に感
謝の祈りをささげる。そして、俺は焼きそばパンに手を伸ばした。すると、
「も~らいっ」
 と言う声と共に、俺の目の前から焼きそばパンがさらわれた。
「……純夏か。悪いことは言わない。その焼きそばパンを置け。それは俺のものだ」
「そうはいかないよっ! 私だって焼きそばパン食べたいんだから。ひとつしか無い以上、
先に手に入れたほうが勝ちだもん」
 純夏のくせに生意気な。どうやら俺が渡した雑誌を読んだせいで、純夏も焼きそばパン
が食べたくなったようだ。
 雑誌を渡した俺のせいと言えなくもないが、今はそんなことはどうでもいい。最優先事
項は、目の前の焼きそばパンの確保だ。
「ここは公平にじゃんけんで勝負を決めようぜ。どうだ?」
「……そうだね。そのほうがもめなくてすみそう」
 と言うと、純夏は焼きそばパンを棚に置いた。
 ふふふ、やはり純夏だな。俺が何年お前の幼馴染をやっていると思っているんだ? 純
夏のじゃんけんのくせはすでにお見通しだぜ! そして、俺のじゃんけんのくせは純夏に
は読みきれない! すなわち、俺の勝ちだということだ。ふっふっふ。
 俺はひとつ深呼吸をして構える。無駄な力を入れない自然体の構え。手は半開きにして
おく。……よしっ!
「準備はいいか、純夏?」
「いつでもいいよっ!!」
 俺と純夏は一定の距離を保って向かい合う。双方の緊張の高まりのせいか、まわりの空
気が張り詰めているように思えるのは俺の気のせいだろうか?
 ……気のせいだよな。だってここはコンビニの惣菜パンコーナーの前なんだから。微妙
に周りの視線が突き刺さっているような感覚がするのは気のせいだろうか?
 …………………………………………………
 早いとこ、勝負しよう。
 お互いの呼吸を合わせて……3……2……1っ!
「「最初はグッ!! じゃんけんぽんっっ!!!」」
「やったーーーーーーっっっっっ!!!!!」
 コンビニの店内に純夏の声が響き渡った。俺はグー。純夏はパー。
 ガクっとひざをつく俺。しまった。勝負の直前に周囲が気になってしまったせいだ。そ
れまでいい感じで張り詰めていた緊張感が、あの瞬間ふっと途切れた。俺の……負けだ。
「ふっふっふ~。タケルちゃん甘いね! タケルちゃんのじゃんけんのくせはお見通しな
んだから。何年タケルちゃんの幼馴染やってると思ってるのさ。これに懲りたら、二度と
私にじゃんけん勝負は挑まないほうがいいと思うよ」
 くっそ~、純夏のやつめ。言いたい放題言いやがって! お前にじゃんけんのくせを読
まれたからじゃないんだが、今は何を言っても無駄だろう。……覚えてやがれっ!
「わかったわかった純夏の勝ちだおめでとうおめでとう」
「心がこもってないうえに棒読み。しかも句読点がない」
 ツッコミ入れんな、純夏のくせに。
「ま、いいか。負けを認めたくない気持ちは誰にでもあるものだし。それじゃあ、勝利の
特典として焼きそばパンを買おうかな…………って、あれ?」
 純夏が変な声を出したのでそちらに目をやると、純夏は固まっていた。さらに注意深く
見てみると、純夏はある一点を見つめたまま固まっていた。その一点とは、純夏が焼きそ
ばパンを置いておいた場所だった。
「……なんだ、もう食べたのか? 早いね。それにしても金を払う前に食うのはどうかと
思うが」
「そんなわけないでしょ! ……確かにここに焼きそばパン置いといたのに。……神隠し?」
 んなわけあるかよ。
「まああれだ。気を落とすな。たかが焼きそばパンひとつで」
「あんなに真剣にじゃんけん勝負挑んできたタケルちゃんに言われたくないけど」
 ツッコミ入れんな、純夏のくせに。
「きっと心やさしい誰かに買われていったのさ。あいつも幸せになってるに違いない」
「そうだね……」
 ツッコミ入れろよ、純夏のくせに。



 じゃんけんに負けて気落ちしている俺と、じゃんけんには勝ったが焼きそばパンをゲッ
トできなくて気落ちしている純夏。ふたりともそれぞれしょんぼりした気分のまま、コン
ビニを出た。
「あああああーーーーーーー!!!!!」
 コンビニを出た途端、耳元で純夏がでっけえ叫び声をあげた。
「うるせえなあ、なんだよ……お、彩峰じゃん。それに、犬?」
「?…………」
 コンビニの前にいたのはクラスメイトの彩峰慧だ。その足元にはどこかで見たことある
ような気がする犬がいた。
 彩峰は俺らをチラッと見ると、犬に餌をやりはじめた。その手に持っているのは………
焼きそばパンだった。
「おい彩峰。それは……」
「……焼きそばパン」
「んなこたあ見りゃわかる。それどうしたんだ?」
「……買った」
「どこで?」
 彩峰は俺の後ろを指差した。そこにあるのは、コンビニだった。
「えーと、いつ?」
「……5分ぐらい前、かな」
 純夏、やっぱり犯人はこいつだ。一目見た瞬間答えはわかっていたんだが。
「ひどいよ彩峰さん。それ私が食べる予定だったのに……」
 純夏がどうにもならないことを呟いた。
「……食べたいの?」
「うんっ!」
 純夏はパブロフの犬のように反射的に答えた。
「……白銀も、食べたい?」
「まあ、な」
 俺も、もちろんだと言わんばかりにうなずいた。
「……お手」
「するかっ!!」
「……残念」
 そんなことをしているうちに、犬は焼きそばパン(俺か純夏が食べるはずだった)を食
べ終わって、去っていった。
「それじゃ」
 そう言って、彩峰も帰っていった。
 あとには、俺たちふたりが残された。
「……帰るか」
「そだね……」
 なんかもうどうでもよくなった俺たちは、意味もなく疲れきっていた。



 家に着いた俺は、腹が減っていたのでキッチンへ行った。
 キッチンの机の上には置き手紙があり、そこにはこう書かれていた。



『父さんと母さんは、今夜は鑑さんたちと夕食を食べに行ってきます。
あんたは純夏ちゃんに何かめぐんでもらいなさい。
あ、そうそう。おやつは冷蔵庫に入れておいてあげたから』



 ……俺が何かしたんだろうか?
 置き手紙を握りつぶしながら冷蔵庫を開けると、そこにはラップにくるまれた焼きそば
パンがひとつ置いてあった。



なお、当たり前のことですが、このお話はもちろんフィクションで、
実在の団体や「マブラヴ」本編とはまったく関係ありません。
……多分。



あとがき



PCゲーム「マブラヴ」のSSです。
ヒロインの彩峰慧の聖誕祭の作品……のつもりです。
ヒロインがあまりからんでないような気もしますが……フィクションですから、
ま、いいか(ぉ
それではまた次の作品で。



��003年9月27日 あの日からひと月後(ぇ